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こころのしずく 第05話

『第04話』の続きっぽく。

こころちゃん華扇ちゃん漫画に出てきましたね。
実に楽しみです。


霖之助 こころ 咲夜








 妖怪とは事象の具現化である。
 言い換えれば、自らの役割を果たす存在であると言えるだろう。

 対して人間は、知恵や技術をもってその現象に立ち向かってきた。
 治水を行い夜を照らす。現状をよりよくしようとするのが人間の原動力と言えるだろう。

 では向上心があり努力する付喪神は……一体何と呼ぶべきなのだろうか。





「晩ご飯を作ろうとして砂糖と塩を間違えた表情!」


 恐ろしいことを口走りつつ、なにやらこころはポーズを決めた。
 周囲に浮かぶのは感情を示す六十六の面。
 それらに頼らず、そういう微妙なニュアンスの感情、表情を表現出来れば感情をマスターしたと誰もが認めるところだろう。

 だが残念ながら……彼女が浮かべているのはいつも通りの無表情。

 目は口ほどに物を言うとの言葉通り、なんだかんだでそれなりの付き合いとなった霖之助にはうっすらと変化が見えてきていなくもないわけであるが。

 さすがにこれを合格ラインとするのは、表情というものに対する冒涜である気がした。


「どうですか、マスター」
「ああ、うん。意気込みはいいと思うよ」


 霖之助は言葉を選びつつ、曖昧な笑みを浮かべる。
 するとこころはなにやら感心した様子で、深く頷いていた。


「なるほど、さすがはマスター。見事な作り笑いの見本をありがとうございます」
「……いや、見抜かれても困るんだがね」
「そうですか?」


 首を傾げるこころに、ため息で返す霖之助。

 彼女が香霖堂に住み着いてからの修業の日々は、確かに彼女を成長させていたようだ。
 複雑な感情はまだまだだが、喜怒哀楽といった基本的な感情はマスターしたらしい。
 ……表情はともかく。

 というわけで彼女の修業は次のステップへと進み、複雑な感情を学びつつ喜怒哀楽の表情を自らのものとすべく練習中というわけだ。


「では飲もうと思っていたお茶が巫女に持って行かれてたことに気づいた時のマスターの表情とか」
「驚きとどう違うんだいそれは」
「あ、一人も客が来なかった時のマスターの表情なら完璧に再現出来る自信があります」
「無表情……いつも通りすぎて変わらない、と言いたいのかな」


 とはいえ練習方法がこれで正しいのかは、霖之助も自信が無いのだが。


「それなら絶望に蝕まれつつも決して希望と誇りを失わない姫騎士の表情とかいかがでしょう」
「意味がわからないよ、こころ」
「ふふ」


 そんなやりとりをしていると、笑い声が聞こえてきた。
 霖之助は肩を竦め、苦笑を浮かべる。


「すまないね、騒がしくて」
「いえ、楽しませていただいてますわ」


 ごちそうさま、などと言いつつ紅魔館のメイド長……咲夜は二人を見比べる。
 彼女も霖之助と同じように、あの宗教戦争は参加せず観戦して楽しんだクチだ。

 そしてこころのことも、ある程度細かいところまで知っているようで。


「まだまだ精進が必要、ってところかしら」
「はい、掃除も洗濯も表情も練習あるのみです」
「前向きなのはいいことだ」
「まるで花嫁修業みたいですね」


 咲夜のからかうような声を、聞かなかったことにして流す。
 するとこころは咲夜に視線を向け、軽く一礼して見せた。


「ししょーもまた、ご教授のほどよろしくおねがいします」
「ええ、いつでも館に来るといいわ」


 一度別の本を読ませようと地下図書館に連れて行ってからというもの、こころはこのところたまに紅魔館に遊びに行くようになっていた。
 職人魂が通じたのか、特にこのメイド長に懐いているらしい。
 もしくは感情を制御するメイドの在り方に共感でも受けたのかもしれない。

 最近は咲夜からいろいろなメイド術を教えて貰っているようだ。

 ……変なことを吹き込まれなければいいが、と思うものの。
 まあ紅魔館にいる以上ある程度は仕方が無いと割り切っていたりもする。


「洗濯で思い出しました。ここはひとつ、上手く洗濯物が畳めたのにマスターに気づいてもらえなかった時の表情を……」
「今日の練習はこれくらいにしておこうか。あまり根を詰めてもいいことはないしね」


 こころが言いかけた言葉を慌てて遮る。
 だが時すでに遅く、ジロリと咲夜に睨まれてしまった。

 幸いそれ以上何も言われなかったものの……その視線から逃れるように、霖之助は腰を浮かした。


「さて、お茶が冷めてしまったようだしお代わりを持ってくるよ」
「あ、マスター。では私が」
「そうかい? じゃあお願いしようかな」
「お任せください」


 当初の目論見は外れてしまったが、師匠の前で張り切っているこころの好意を無駄にするのも悪いと思い再び椅子に腰掛ける。
 台所へ消えていく彼女を見送り、咲夜が楽しそうに口を開いた。


「楽しそうですね」
「おかげさまで。気にかけてくれて感謝してるよ」
「いえいえ。私も助かってますよ」
「邪魔してないといいけど」
「全くないとは言いませんが、今後に期待ですね」


 さすが瀟洒なメイドは見る目が厳しいようだ。
 しかしいろいろな人物と触れ合うのはこころにとってもいいことだと思う。
 霖之助が教えてあげられないことも色々あるわけだし、正しい方向に向かえば言うこと無しなのだが。


「そうしているとまるで父親みたいですよ、霖之助さん」
「喜んでいいのか判断に困るところだが……霊夢や魔理沙ならこんなに心配しないんだろうけど」


 あの二人は少女とはいえ、自分のことは自分でやれるだけの経験があるわけで。
 しかしこころのような、自分で自立した気になってる活動したての妖怪というのはなんだか危なっかしいのでつい気になってしまうのだ。

 昔の霊夢や魔理沙を見ているようだというか、なんというか。


「大丈夫ですわ、紅魔館にいる間はある程度様子を見てますから」
「ある程度、か。まあ十分だね」
「ええ、お任せください。おかげで私もこうやってサービスしていただいてますし」
「どういたしまして、かな」


 霖之助の手元には、咲夜からメンテナンスを頼まれた懐中時計。
 紅魔館の買い物では値段を見ずに買い物をするような彼女なのだが、こと自分のものとなると玄人顔負けの交渉術を使いあの手この手で値切ってくるから油断ならないところだ。


「それとお嬢様が急かしてましたよ。注文の品はいつ出来るのかって」
「ああ、あれか……いつもなにも、まだ図面も出来てないよ」
「あら、霖之助さんにしてはずいぶんゆっくりですね」
「そうは言うけど、難易度が高いんだよ。元は国家予算で作られたものだからね」


 マリーアントワネットという時計がある。
 かつてのヨーロッパで作られたそれは、当時の技術と贅沢の粋を集め作られたものらしい。
 外の世界の雑誌を眺めていた際、それを懐中時計にしたというニュースを見かけ……自分にふさわしい時計はこれだと紅魔館の主が張り切ったのだ。


「多機能で豪華にはなるだろうけど、どうしても大きさもそれなりになるから……君達に似合うものが出来るとは思えないんだけど」
「持ってるだけでも価値がある、と思われてるんじゃないでしょうか」
「なら余計にやる気が出ないな。まあ気長に待っててくれ」


 どうせ作ったとしても普段持ち歩きはしないだろう。
 コレクションの一部になるのが目に見えている。

 ただ最高の技術の結晶というのはやはり気になるわけで、すぐにとは言わないが挑戦してみようと考えてはいる。
 ……咲夜が生きているうちには、完成させたいと思うくらいに。


「君にはもっとシンプルで、機能美溢れるものが似合うだろうね」
「あら、褒められてるんでしょうか」
「そのつもりだよ、一応」


 例えば目の前のこれだ。
 よく使い込まれた銀色の懐中時計は弾幕ごっこによる無数の傷があり、彼女との歴史を感じさせる。
 時間を操るための触媒としても機能するらしいが、詳しいことは聞いていない。


「どうせなら腕時計に麻酔針発射装置でも仕込んでみようか? ボイスチェンジャーとか混ぜてみるのも面白いかもしれないね」
「便利そうですけど、壊してしまいそうですね。防弾耐性とかあるといいんですけど」
「なるほど、考えてみよう」


 咲夜の言葉に霖之助が頭を捻っていると、軽い足音が近づいてきた。
 程なくして、湯気を立てるポットを手にしたこころが優雅に一礼してみせる。


「お待たせしました、マスター。いただいたばかりですがハーブティにしてみました」
「ありがとう、こころ。なかなかいい香りじゃないか」
「美鈴が持たせてくれたんですよ。目にいいからって、パチュリー様もご愛用ですわ」
「それは助かる。効果が実証済みなのは嬉しいね」


 どことなく緊張した面持ちでお茶を注ぐこころを眺めつつ……ふと霖之助は疑問を口にした。


「ところでこころは時計だったらどんなのが好みかな?」
「時計ですか? 持ってたことがないのでわかりません」
「ふむ、そうか」


 考えてみれば、時間に追われる付喪神など聞いたことがない。
 今のような生活のほうが珍しく、本来はぼーっとしているのが彼女の本当の姿なのだろう。
 事実、お面を無くすまでの彼女はそうやって過ごしてきたらしい。

 ……それはそれで、羨ましい話ではあるが。

 そんなことを考えながらお茶を啜ると、霖之助は思わずため息をついた。


「ん、なかなかに美味いじゃないか。これで眼精疲労に効くならいいことずくめだな」
「お茶の入れ方もずいぶん上達したわね。そろそろ免許皆伝かしら」
「ありがとうございます。えっと……スマイル?」


 戸惑ったようにこころは声を上げた。
 どうやら喜びの度合いを測りあぐねたらしい。

 見ると、咲夜が苦笑を浮かべていた。


「そっちの方の訓練は、まだまだ免許皆伝とはいかないようね」
「はい……。喜びと大喜びの違いとか、まだいまひとつです。
 でも感情を体感してだいたい掴めてきた気がします」


 そう言って、ぐっとこころは拳を握る。
 少し前、不安に揺れていた彼女とは大きな違いだ。

 もし仮に喜びの面を無くしたとしても、こころは自らの心の中から喜びの面を造り出し、同じような異変は起こることはないだろう。
 まだ基本的な感情に限る、という制約はあるものの……この調子なら近いうちに霖之助の手を離れる気が来るのかもしれない。


「まあ難しく考えずに、嬉しかったら笑うくらいでいいんじゃないかな」
「そうね。度合いについては……心のままに、ってところかしら」


 何となく寂しさを感じつつ霖之助がアドバイスを出すと、咲夜も同意しているようだった。


「なるほど、参考になります」


 こころは感心したように頷き……ふと首を傾げた。


「でもそうすると、私はずっと笑っていた方がいいのでしょうか」
「あら、どうしてかしら」
「だってマスターと一緒にいると、嬉しい……んだと思います、たぶん」


 少しだけ自信なさそうに。
 だけど迷わず、彼女は言った。


「そう言う時は、やりたいようにやればいいのよ。
 笑いたければ笑えばいいし、無理しないで普段通りに、ね」
「やりたいように……」


 咲夜の言葉を受け、考え込むこころ。


「わかりました。ありがとうございます!」


 やがて顔を上げた彼女はいつも通りの無表情だったものの……。
 霖之助の目には、こころが少しだけ笑ったように見えた。









「ししょーとおそろいですね」


 こころはお面の力で他人の感情をある程度把握できるらしい。
 そんなことを言ったこころに、咲夜は顔を真っ赤に染めるのだった。

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非公開コメント

No title

のっけの台詞からドジっ子定番スキルが垣間見れて、ああこころちゃんまだまだ瀟洒には程遠いんだと思わされました!
ところで、「それなら絶望に蝕まれつつも決して希望と誇りを失わない姫騎士の表情とかいかがでしょう」
この台詞から某図書館の使い魔スメルがプンプンしてくるんですが、一体ナニを学んでるんですかね……

あ、それとキャラタグが咲夜じゃなく白蓮になっていますわ!

No title

こころちゃんが感情について理解を深めている様子がセリフから
伝わってきました。最初のころと比べると随分成長したんですね。

それにしても霖之助と一緒にいると嬉しいとストレートに言える
こころちゃんに思わず2828 ついでに同じ思いだとバラされて真っ赤
になった咲夜さんにも2828してしまいました(^ω^) これツンデレ
キャラと一緒にいる時に使ったら面白いことになりそうですなwww

はじめまして、いつも楽しく読ませていただいています。
ところで、この話が、目録では4話になってしまっています。

赤面ししょーさんが可愛い。

No title

花嫁修業・・・・誰の元に嫁がせるんだいお父さん!
(嫁ぐ相手いなくてお父さんが貰う・・・・貰われる?)
はっ、どこからかあったかも知れない未来が!?

恋愛方面の感情教えてくれるししょー多い気が。

No title

こころちゃん、なんと良く出来た娘さんでしょう!
妹分ふたりももう少し見習って・・・ イヤナンデモナイデス

ボイスチェンジャーと麻酔銃付きの腕時計と聞いて何故か藍さまがアップを始めました。
その後ろに日傘を構えているゆかりんが・・・
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道草

Author:道草
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