こころのしずく 第06話
『第05話』の続きっぽく。
ぼちぼちとたまに。
霖之助 こころ 咲夜
反りのない真っ直ぐな刃。
ナイフと言うにはやや大ぶりなその切っ先を、同じ鋭さを湛えた眼光が隅々まで検めていく。
クリーニングを施し、磨き、油をひく。
ブレードの擦り傷からハンドルの状態まで精査し、以前の整備記録と照らしあわせる。
すべての工程を終えるまで、小一時間が経過していた。
……実作業はさほどでもなかったとはいえ、考察に時間を摂り過ぎたかもしれない。
霖之助は内心苦笑しながら、満足したかのように頷くと、ナイフを鞘に収め顔を上げた。
「問題なし、かな。特に異常は見られなかったよ」
「そうですか。それならいいんですけど」
霖之助の正面に座り、作業を真剣な表情で見守っていた咲夜はその言葉を聞いて安堵のため息を漏らす。
ナイフ使いでありナイフマニアでもある彼女は、メイドとしても個人としても香霖堂の常連だ。
魔法の付与されたナイフや曰く付きもの、果ては特殊ステンレス鋼やハイカーボン鋼と言った外の世界のハイテク素材のナイフなど、その対象は多岐にわたる。
もちろん彼女自身も簡単な点検は出来るのだが、それ以上のメンテナンスとなると難しい……とのことで、今日の来店と相成ったのだ。
「よかったですね、ししょー」
「ええ、このナイフは一番のお気に入りだから安心したわ」
同じく隣で作業を眺めていたこころの言葉に頷きつつ、咲夜は笑みを返す。
多数のナイフを所持している彼女だが、今霖之助が点検している一品は元々咲夜の私物だったものだ。
お気に入りという彼女の言葉通り随所に酷使の跡が見られ、香霖堂でのメンテナンスも両の手で数えられる回数をとっくに超えていた。
柄が壊れて取り替えたこともあれば、重心がずれていたので調整したこともある。
霖之助にとっても長い間面倒を見てきた、印象深い一本でもある。
……だからこそ、今回の補修に関しては腑に落ちないことがあるのだが。
「確かに異常はなかったんだが、ひとつ気になったことがある」
「はい?」
「……?」
咲夜に連動するかのように、隣でこころがこてんと首を傾けた。
顔は相変わらずの無表情だが、その分ボディランゲージに関してはわかりやすいところがある。
霖之助はたいしたことじゃないんだが、と前置きして言葉を続けた。
「そのナイフ、自分で手入れでもしたのかい? 気のせいか前に見た時より状態がよくなっているような気がしてね」
「よくなってる、と言いますと?」
「小さなことなんだけどね。研ぎに出したばかりのような状態になってたし、細かい傷が消えてたりしてたから気になったんだ」
長年使用されていただけあって、中にはどうあっても消えない傷などもあったはずなのだ。
もちろん完全に消えているわけではないが、あっても問題ない程度には復元されていた。
お気に入りだから、という理由だけで彼女に補修できる範囲ではないため気になったのだ。
「やはりそうですか」
そう言いながら、咲夜は肩をすくめる。
あるいは予想していたかのようなその言葉に、霖之助は眉を上げた。
「おや、何か心当たりでも?」
「ええ、ないと言えば嘘になりますね」
「ふむ」
「ふむふむ?」
霖之助に合わせ、こころが神妙な顔をして腕を組む。
いや、表情は変わっていないのだが暇なのかも知れない。
見ると、頼んでいた商品の整理はすでに終わっているようだ。
「……こころ、手が空いているならお茶のおかわりを用意してくれると嬉しいんだが」
「はーい喜んで」
どこで覚えたのか、声だけは明るく返事しながらこころは台所へと消えていった。
その姿を見送り、咲夜は少しだけ心配そうな様子で霖之助に向き直った。
「ひとつお尋ねしたいんですけど、霖之助さんは……というかこの店って、先日の一件は大丈夫でしたか?」
「ああ、先日の件ね」
「ええ」
「そうそうあれは……えーっと」
頷きつつ……霖之助は記憶をたぐり寄せる。
咲夜の口ぶりから察するによほど大きな一件らしい。
しかしながら、霖之助にはさっぱりと心当たりがなかった。
ここ最近の出来事といえば、いつもどおりスキマ妖怪に商品を持って行かれたり妹分に商品を借りていかれたりしたくらいである。
「すまない、先日の……どの一件のことかな?」
「こちらこそごめんなさい、さすがに説明不足でしたね」
咲夜は軽く頭を下げつつ苦笑を浮かべた。
「先日、少々変わった異変がありましたよね。弱小妖怪が暴れたり、道具が勝手に動き出したりするっていう」
「ああ……ぼんやりとは聞いているよ」
「ティーカップが勝手に踊り出したりとか、お館のペットも騒々しかったんですけど、むしろ妹様が新しい遊びかなんかと勘違いされたようで……そちらの後片付けのほうが大変でしたわ」
「それはなんとも……お疲れ様、だね」
「お気遣い、感謝します」
疲れたようにため息を零す咲夜に、霖之助は労いの眼差しを送る。
有能な彼女がここまで言うということは、どれだけ大変だったのか想像に難くない。
と同時に、それほどまでに派手な異変だったということが推測されるのだが……。
「そうか、紅魔館ではそんなことに……」
「……霖之助さん?」
「いや、なんでもないよ」
「そうですか?」
微妙に表情を曇らせる霖之助。
そんな霖之助に咲夜は違和感を抱いていたようだが、ひとまずその疑念は横においておくことにしたようだ。
先ほど補修が終わったナイフを撫でつつ、言葉を続ける。
「それでさっきの話に戻るんですけど、その時の騒ぎで特に力を得ていたようなのが、このナイフだったんですよ」
「なるほど。聞いた話や僕が調べたところから想像するに、半分付喪神化していたんだろうね。それならキズが直っていたりするのにも納得がいくかな」
もし道具の付喪神化を任意に行えるのなら新たな道具修理の可能性が開けるかもしれない。
だが傷も含めて自己のアイデンティティとする道具があることももちろん考えられる。
このナイフは主人のために働きたかったタイプなのだろう……というのが、霖之助の分析だった。
もちろん、本当のところは道具本人に聞いてみないことにはわからないのだが。
「というわけで、お屋敷ではそんな感じの一大スペクタクルが巻き起こっていたんですよ。
それで古い道具がたくさんある香霖堂はどうだったんだろうって思いまして。気になっていたのですが、なかなか手が離せなかったものですから」
「心配をかけたようで申し訳ない。香霖堂はおかげさまで、ご覧の通りさ」
「はぁ……」
曖昧な言葉を漏らしながら、改めて咲夜は店内を見渡す。
「見事にいつも通りに見えますね」
「そう見えるかい? だったらきっとそれが正解だよ」
「正解、ですか?」
「その通り。至って平和だったよ。そんな異変が起こってたことに気づかないくらいにね」
例によって、異変の内容について霖之助が知ったのは解決してしばらく後のことだった。
秘密主義の巫女や自分の手柄に関しては意外と語りたがらない妹分と交わす会話の端々、あとはいつの間にか増えていた神社の居候から当たりをつけていったのだ。
特に今回の件に関して魔法使いの口はいつも以上に固かった。
どうやら霖之助が好奇心で暴走しそうな異変の内容だったせいらしい。
「……本当に、何もなかったんだよ。道具が独りでに動き出すなんてこともなく……何も起こらなかったんだ」
「それは……理由は置いておくとしても、幸運なことなのではないですか?」
「まあ、ね……」
紅魔館に比べると、全く被害のなかった香霖堂はきっと幸運なのだろう。
しかしどこか釈然としない感情に、霖之助は肩を落としてみせる。
するとちょうど、カップの乗ったお盆をそろりそろりと運んでくるこころの姿が目に入った。
「マスター、どうぞ」
「ああ、ありがとう。こころ」
「今日は特に上手にできた……気がします」
「それは楽しみね」
霖之助はこころからハーブティを受け取り、香りを楽しむ。
咲夜の分ともこころの分とも色と香りが違うところを見ると、それぞれ別のハーブで入れたようだ。
自信たっぷりな仕草から察するに、言葉通りにうまく入れられたようだ。
……相変わらず表情は特に変化がなかったが。
「ししょー、こっちのハーブが少なくなってきたので今度もらいに行ってもよろしいですか?」
「わかったわ。美鈴に伝えておくわね」
頷きながら、咲夜はカップを口元に運ぶ。
しばしお茶の感想を言い合っていたようだが、ふと思い出したようにこころは霖之助へと視線を向けた。
「ところでマスター、先程はししょーとなんの話をされていたのですか?」
「ああ、少し前に起こったらしい異変の話をちょっとね。うちでは何事も無く済んだんだが……」
「それってもしかして……」
何やら記憶を探っているらしい彼女に、霖之助は首を傾げる。
「こころ、何か知っているのかい?」
「いえ、大したことではないんですけど……以前、この店に近づく邪な気配を感じたので、店を守るために追い払った事がありまして」
「……ほう」
「そういえば、鬼の力っぽかったような感じでしたね。私の鬼面と波長が似てたので」
「聞いた話によると、原因となったのは打ち出の小槌……鬼の道具みたいですね」
「そうか」
全て聞かずとも、霖之助は理解ができてしまった。
香霖堂は知らぬ間に百鬼夜行の危機に瀕し、そして救われていたのだと。
確かにそうなった場合、この道具であふれた店内がどうなったかなど火を見るよりも明らかである。
勝手に動き出す道具たちが勝手気ままに暴れ回り、目も当てられない惨状が出来上がっただろう。
だがそれは本来の使い方が多分に含まれたもので……そこにはきっと、道具の本質が垣間見えたことだろう。
霖之助は深く、深くため息をつくと、ポツリと呟いた。
「見てみたかったな……」
「……ししょー、こんな時どんな表情をすればいいんでしょうか」
「ごめんなさい、私にもわからないわ」
何やら顔を見合わせているこころと咲夜。
やがてこころはハッとしたかのように霖之助に駆け寄ると、服の端を握って恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「……もしかして私、マスターにとって余計なことをしたのでしょうか」
その言葉に、今度は霖之助が思わず顔を上げる。
落胆していたのは確かだが、それが彼女を傷つけていい理由にはならないはずだ。
何より彼女の行動で、霖之助は間違いなく助かっているのだから。
「そんなことはないさ。現にこうやって無事商売ができているのは君のおかげだろうし」
感謝こそすれ、責める気持ちなど毛頭ないのも正直な気持ちだ。
ぽんぽんと彼女の頭に手を置き、霖之助は笑みを浮かべる。
「確かに面白そうな光景だし、興味はあったけどね。
何よりこころが自発的に動いて解決してくれたんだ。僕はそれが一番嬉しいかな」
「そういうものですか?」
「ああ、そうだよ」
「……よくわかりませんけど、わかりました」
霖之助に撫でられ、こころは気持ちよさそうに目を細める。
実際、さっきこころはこの店のために、と言っていた。
他人のために行動できると言うのは大きな前進である。
ただでさえ人間、妖怪問わずに自分勝手な者が集まるこの幻想郷だ。
その気持ちは大事に育てていって欲しいと願いながら、霖之助は言葉を続ける。
「こういうのはきっと考えているうちが楽しいんだと思うよ。
実際にそんな事態になったら、そんな暇はないだろうし」
「ええ、本当にその通りだと思いますわ」
「ほら、君も師匠もこう言ってるよ。だからまた同じようなことがあったらよろしく頼みたいかな」
「……はい」
当事者だった咲夜の何より実感のこもった同意に、霖之助はこらえきれずに吹き出し……こころも福の神のお面を抱きしめ、頷くのだった。
「ところでマスター」
「ん、なんだい?」
「自発的に行動すれば、こうやって褒めてもらえるんですよね」
「ああ、まあ、そうだね」
そう言えばこころの頭に手を置きっぱなしだったことに言われて気がついた。
手を引っ込めると、どことなく残念そうな雰囲気を漂わせていたが……そんなこころが、ふと咲夜に視線を向ける。
「では自発的に店に来たししょーにも、褒めて上げる必要があるのではないでしょうか」
「……いや、店にはそもそも自発的に来るものだからね?」
「え、でも……」
不安げに店内を見渡すこころに、霖之助は彼女が何を言いたいかわかってしまった。
確かに店の求心力については一考の余地はあるのだが、そこはもう少し読み取りにくく伝えてほしいものである。
「えーと、あの」
「ほら、咲夜も困っているだろう……」
「あの……お願いします」
頬を染め、軽くうつむき少しだけ霖之助に身を寄せる咲夜に。
「今日だけ、だからね」
霖之助は苦笑し、ゆっくりと手を伸ばした。
ぼちぼちとたまに。
霖之助 こころ 咲夜
反りのない真っ直ぐな刃。
ナイフと言うにはやや大ぶりなその切っ先を、同じ鋭さを湛えた眼光が隅々まで検めていく。
クリーニングを施し、磨き、油をひく。
ブレードの擦り傷からハンドルの状態まで精査し、以前の整備記録と照らしあわせる。
すべての工程を終えるまで、小一時間が経過していた。
……実作業はさほどでもなかったとはいえ、考察に時間を摂り過ぎたかもしれない。
霖之助は内心苦笑しながら、満足したかのように頷くと、ナイフを鞘に収め顔を上げた。
「問題なし、かな。特に異常は見られなかったよ」
「そうですか。それならいいんですけど」
霖之助の正面に座り、作業を真剣な表情で見守っていた咲夜はその言葉を聞いて安堵のため息を漏らす。
ナイフ使いでありナイフマニアでもある彼女は、メイドとしても個人としても香霖堂の常連だ。
魔法の付与されたナイフや曰く付きもの、果ては特殊ステンレス鋼やハイカーボン鋼と言った外の世界のハイテク素材のナイフなど、その対象は多岐にわたる。
もちろん彼女自身も簡単な点検は出来るのだが、それ以上のメンテナンスとなると難しい……とのことで、今日の来店と相成ったのだ。
「よかったですね、ししょー」
「ええ、このナイフは一番のお気に入りだから安心したわ」
同じく隣で作業を眺めていたこころの言葉に頷きつつ、咲夜は笑みを返す。
多数のナイフを所持している彼女だが、今霖之助が点検している一品は元々咲夜の私物だったものだ。
お気に入りという彼女の言葉通り随所に酷使の跡が見られ、香霖堂でのメンテナンスも両の手で数えられる回数をとっくに超えていた。
柄が壊れて取り替えたこともあれば、重心がずれていたので調整したこともある。
霖之助にとっても長い間面倒を見てきた、印象深い一本でもある。
……だからこそ、今回の補修に関しては腑に落ちないことがあるのだが。
「確かに異常はなかったんだが、ひとつ気になったことがある」
「はい?」
「……?」
咲夜に連動するかのように、隣でこころがこてんと首を傾けた。
顔は相変わらずの無表情だが、その分ボディランゲージに関してはわかりやすいところがある。
霖之助はたいしたことじゃないんだが、と前置きして言葉を続けた。
「そのナイフ、自分で手入れでもしたのかい? 気のせいか前に見た時より状態がよくなっているような気がしてね」
「よくなってる、と言いますと?」
「小さなことなんだけどね。研ぎに出したばかりのような状態になってたし、細かい傷が消えてたりしてたから気になったんだ」
長年使用されていただけあって、中にはどうあっても消えない傷などもあったはずなのだ。
もちろん完全に消えているわけではないが、あっても問題ない程度には復元されていた。
お気に入りだから、という理由だけで彼女に補修できる範囲ではないため気になったのだ。
「やはりそうですか」
そう言いながら、咲夜は肩をすくめる。
あるいは予想していたかのようなその言葉に、霖之助は眉を上げた。
「おや、何か心当たりでも?」
「ええ、ないと言えば嘘になりますね」
「ふむ」
「ふむふむ?」
霖之助に合わせ、こころが神妙な顔をして腕を組む。
いや、表情は変わっていないのだが暇なのかも知れない。
見ると、頼んでいた商品の整理はすでに終わっているようだ。
「……こころ、手が空いているならお茶のおかわりを用意してくれると嬉しいんだが」
「はーい喜んで」
どこで覚えたのか、声だけは明るく返事しながらこころは台所へと消えていった。
その姿を見送り、咲夜は少しだけ心配そうな様子で霖之助に向き直った。
「ひとつお尋ねしたいんですけど、霖之助さんは……というかこの店って、先日の一件は大丈夫でしたか?」
「ああ、先日の件ね」
「ええ」
「そうそうあれは……えーっと」
頷きつつ……霖之助は記憶をたぐり寄せる。
咲夜の口ぶりから察するによほど大きな一件らしい。
しかしながら、霖之助にはさっぱりと心当たりがなかった。
ここ最近の出来事といえば、いつもどおりスキマ妖怪に商品を持って行かれたり妹分に商品を借りていかれたりしたくらいである。
「すまない、先日の……どの一件のことかな?」
「こちらこそごめんなさい、さすがに説明不足でしたね」
咲夜は軽く頭を下げつつ苦笑を浮かべた。
「先日、少々変わった異変がありましたよね。弱小妖怪が暴れたり、道具が勝手に動き出したりするっていう」
「ああ……ぼんやりとは聞いているよ」
「ティーカップが勝手に踊り出したりとか、お館のペットも騒々しかったんですけど、むしろ妹様が新しい遊びかなんかと勘違いされたようで……そちらの後片付けのほうが大変でしたわ」
「それはなんとも……お疲れ様、だね」
「お気遣い、感謝します」
疲れたようにため息を零す咲夜に、霖之助は労いの眼差しを送る。
有能な彼女がここまで言うということは、どれだけ大変だったのか想像に難くない。
と同時に、それほどまでに派手な異変だったということが推測されるのだが……。
「そうか、紅魔館ではそんなことに……」
「……霖之助さん?」
「いや、なんでもないよ」
「そうですか?」
微妙に表情を曇らせる霖之助。
そんな霖之助に咲夜は違和感を抱いていたようだが、ひとまずその疑念は横においておくことにしたようだ。
先ほど補修が終わったナイフを撫でつつ、言葉を続ける。
「それでさっきの話に戻るんですけど、その時の騒ぎで特に力を得ていたようなのが、このナイフだったんですよ」
「なるほど。聞いた話や僕が調べたところから想像するに、半分付喪神化していたんだろうね。それならキズが直っていたりするのにも納得がいくかな」
もし道具の付喪神化を任意に行えるのなら新たな道具修理の可能性が開けるかもしれない。
だが傷も含めて自己のアイデンティティとする道具があることももちろん考えられる。
このナイフは主人のために働きたかったタイプなのだろう……というのが、霖之助の分析だった。
もちろん、本当のところは道具本人に聞いてみないことにはわからないのだが。
「というわけで、お屋敷ではそんな感じの一大スペクタクルが巻き起こっていたんですよ。
それで古い道具がたくさんある香霖堂はどうだったんだろうって思いまして。気になっていたのですが、なかなか手が離せなかったものですから」
「心配をかけたようで申し訳ない。香霖堂はおかげさまで、ご覧の通りさ」
「はぁ……」
曖昧な言葉を漏らしながら、改めて咲夜は店内を見渡す。
「見事にいつも通りに見えますね」
「そう見えるかい? だったらきっとそれが正解だよ」
「正解、ですか?」
「その通り。至って平和だったよ。そんな異変が起こってたことに気づかないくらいにね」
例によって、異変の内容について霖之助が知ったのは解決してしばらく後のことだった。
秘密主義の巫女や自分の手柄に関しては意外と語りたがらない妹分と交わす会話の端々、あとはいつの間にか増えていた神社の居候から当たりをつけていったのだ。
特に今回の件に関して魔法使いの口はいつも以上に固かった。
どうやら霖之助が好奇心で暴走しそうな異変の内容だったせいらしい。
「……本当に、何もなかったんだよ。道具が独りでに動き出すなんてこともなく……何も起こらなかったんだ」
「それは……理由は置いておくとしても、幸運なことなのではないですか?」
「まあ、ね……」
紅魔館に比べると、全く被害のなかった香霖堂はきっと幸運なのだろう。
しかしどこか釈然としない感情に、霖之助は肩を落としてみせる。
するとちょうど、カップの乗ったお盆をそろりそろりと運んでくるこころの姿が目に入った。
「マスター、どうぞ」
「ああ、ありがとう。こころ」
「今日は特に上手にできた……気がします」
「それは楽しみね」
霖之助はこころからハーブティを受け取り、香りを楽しむ。
咲夜の分ともこころの分とも色と香りが違うところを見ると、それぞれ別のハーブで入れたようだ。
自信たっぷりな仕草から察するに、言葉通りにうまく入れられたようだ。
……相変わらず表情は特に変化がなかったが。
「ししょー、こっちのハーブが少なくなってきたので今度もらいに行ってもよろしいですか?」
「わかったわ。美鈴に伝えておくわね」
頷きながら、咲夜はカップを口元に運ぶ。
しばしお茶の感想を言い合っていたようだが、ふと思い出したようにこころは霖之助へと視線を向けた。
「ところでマスター、先程はししょーとなんの話をされていたのですか?」
「ああ、少し前に起こったらしい異変の話をちょっとね。うちでは何事も無く済んだんだが……」
「それってもしかして……」
何やら記憶を探っているらしい彼女に、霖之助は首を傾げる。
「こころ、何か知っているのかい?」
「いえ、大したことではないんですけど……以前、この店に近づく邪な気配を感じたので、店を守るために追い払った事がありまして」
「……ほう」
「そういえば、鬼の力っぽかったような感じでしたね。私の鬼面と波長が似てたので」
「聞いた話によると、原因となったのは打ち出の小槌……鬼の道具みたいですね」
「そうか」
全て聞かずとも、霖之助は理解ができてしまった。
香霖堂は知らぬ間に百鬼夜行の危機に瀕し、そして救われていたのだと。
確かにそうなった場合、この道具であふれた店内がどうなったかなど火を見るよりも明らかである。
勝手に動き出す道具たちが勝手気ままに暴れ回り、目も当てられない惨状が出来上がっただろう。
だがそれは本来の使い方が多分に含まれたもので……そこにはきっと、道具の本質が垣間見えたことだろう。
霖之助は深く、深くため息をつくと、ポツリと呟いた。
「見てみたかったな……」
「……ししょー、こんな時どんな表情をすればいいんでしょうか」
「ごめんなさい、私にもわからないわ」
何やら顔を見合わせているこころと咲夜。
やがてこころはハッとしたかのように霖之助に駆け寄ると、服の端を握って恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「……もしかして私、マスターにとって余計なことをしたのでしょうか」
その言葉に、今度は霖之助が思わず顔を上げる。
落胆していたのは確かだが、それが彼女を傷つけていい理由にはならないはずだ。
何より彼女の行動で、霖之助は間違いなく助かっているのだから。
「そんなことはないさ。現にこうやって無事商売ができているのは君のおかげだろうし」
感謝こそすれ、責める気持ちなど毛頭ないのも正直な気持ちだ。
ぽんぽんと彼女の頭に手を置き、霖之助は笑みを浮かべる。
「確かに面白そうな光景だし、興味はあったけどね。
何よりこころが自発的に動いて解決してくれたんだ。僕はそれが一番嬉しいかな」
「そういうものですか?」
「ああ、そうだよ」
「……よくわかりませんけど、わかりました」
霖之助に撫でられ、こころは気持ちよさそうに目を細める。
実際、さっきこころはこの店のために、と言っていた。
他人のために行動できると言うのは大きな前進である。
ただでさえ人間、妖怪問わずに自分勝手な者が集まるこの幻想郷だ。
その気持ちは大事に育てていって欲しいと願いながら、霖之助は言葉を続ける。
「こういうのはきっと考えているうちが楽しいんだと思うよ。
実際にそんな事態になったら、そんな暇はないだろうし」
「ええ、本当にその通りだと思いますわ」
「ほら、君も師匠もこう言ってるよ。だからまた同じようなことがあったらよろしく頼みたいかな」
「……はい」
当事者だった咲夜の何より実感のこもった同意に、霖之助はこらえきれずに吹き出し……こころも福の神のお面を抱きしめ、頷くのだった。
「ところでマスター」
「ん、なんだい?」
「自発的に行動すれば、こうやって褒めてもらえるんですよね」
「ああ、まあ、そうだね」
そう言えばこころの頭に手を置きっぱなしだったことに言われて気がついた。
手を引っ込めると、どことなく残念そうな雰囲気を漂わせていたが……そんなこころが、ふと咲夜に視線を向ける。
「では自発的に店に来たししょーにも、褒めて上げる必要があるのではないでしょうか」
「……いや、店にはそもそも自発的に来るものだからね?」
「え、でも……」
不安げに店内を見渡すこころに、霖之助は彼女が何を言いたいかわかってしまった。
確かに店の求心力については一考の余地はあるのだが、そこはもう少し読み取りにくく伝えてほしいものである。
「えーと、あの」
「ほら、咲夜も困っているだろう……」
「あの……お願いします」
頬を染め、軽くうつむき少しだけ霖之助に身を寄せる咲夜に。
「今日だけ、だからね」
霖之助は苦笑し、ゆっくりと手を伸ばした。
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No title
おおお、久しぶりの更新・・・・・!!
心待ちにしてました・・・・・・・・・!!
こころ、カワイイヤッター
咲夜さん、カワイイヤッター
心待ちにしてました・・・・・・・・・!!
こころ、カワイイヤッター
咲夜さん、カワイイヤッター
No title
久々の更新キターーーー!
相変わらず道草さんのSSはキャラがいきいきしていて可愛いです。
相変わらず道草さんのSSはキャラがいきいきしていて可愛いです。
No title
今しがた復活してたのしった
これからも頑張ってくさいや
これからも頑張ってくさいや
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