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サボテンの花

acceraさんの誕生日と言うことでサボテンネタをひとつ。
すでに1ヶ月が経過している気がしますがキニシナイ!

今回の紫さんは小さい方で。


霖之助 紫








「あら、サボテンの花が咲いているわ」


 突如降って湧いたかのような言葉に、霖之助は読んでいた本から顔を上げた。
 聞き覚えのある声だ。犯人はわかっている。

 そう、文字通り降って湧いたのだ、彼女は。


「紫、何時も何度も言っているが」
「入る時は入り口から、でしょう? もちろん覚えてますわ」
「覚えてるだけじゃ意味がないだろう。実践し、活用してこその知識だよ」
「世の中には知識の収集こそを目的として、一日中本ばかり読んで暮らしているものだっているわよ。
 館の地下図書館とか、あとどこかの道具屋とかに」
「……僕にはまったく心当たりがないね」


 霖之助はため息を吐き、彼女に向き直る。
 紫は笑みを浮かべながら、香霖堂の窓の脇に置かれた鉢植えを覗き込んでいた。

 そこにあるのは一輪のサボテン。
 窓からの光を受け、小さな花を輝かせている。


「霖之助さんって、育てるのが上手なのね」
「サボテンのことかい? そんな事を言われたのは初めてだよ」


 紫はそう言って霖之助に微笑んで見せた。
 相変わらず笑顔が胡散臭い。

 客かそうでないかで言うなら、おそらく今日の彼女は後者だろう。
 もっとも前者だった試しはほとんど無いが。

 そしてそんな霖之助の思考をよそに、彼女は話を続けた。


「このサボテンは花をつけるのに10年以上かかる種類なのよ。
 それに加えて鉢植えで育てて花を咲かせるのは結構難しいのだけど」
「僕は気の向くまま世話していただけなんだけどね」
「あら、じゃあ相性がよかったのかしら」
「それはそのサボテンじゃないとわからないな」


 このサボテンは香霖堂が開店した時くらいから置いてあるものだ。
 そう考えるともうずいぶん年季が入っていることになる。


「愛情を注ぐと花が咲くとか、厳しく育てないと花が咲かないとか。
 サボテンはそんな言い方をされることがあるの。ご存じかしら」
「いや、初めて聞くね。そしてどちらも僕は実践した覚えがないよ」
「そうなの? それなのに花が咲くなんて、やっぱりサボテンから好かれてるのかしらね。
 ひょっとしたら見て欲しかったのかも」
「さて、どうだろうね」


 クスクスと笑う彼女に、霖之助は肩を竦めてみせる。

 確かに途中、何度かフラワーマスターから育て方を教わったり、鉢を植え替えたこともある。
 その甲斐あってか、ここ数年花を付けるようになっていた。

 だがあまり熱心に育てていたかというと、そうでもないわけで。


「あと、元の環境に近いほど花を咲かせやすいらしいわよ」
「……うちが砂漠みたいな環境だ、と言いたいのかな。君は」
「誰もそんな事は言ってないわ。それにサボテンが砂漠にしか生育しないと思っているのなら、それこそ視野狭窄ではないかしら」
「ふむ、君の言うことも一理あるな」


 サボテンと言えば砂漠のイメージが強いが、実際はそれだけではない。
 熱帯や高山地帯に生える種もあるそうだし、実際砂漠とは縁遠い環境の香霖堂でも立派に育っているではないか。

 ……まあ、半分以上は幽香の受け売りではあるが。


「ともあれ厳しい環境で生きてる植物に違いはないわね。
 だからかしら? サボテンは優しい植物として人気なのよ。癒し効果ってやつね」
「なるほど。確かに見ていると落ち着くのはそのせいかな」
「あら、霖之助さんもサボテン愛好家のひとりかしら?」
「愛好家かどうかはともかくね。
 ひとり月の光の下でこいつを眺めてると、なんだか落ち着くんだよ」
「砂漠の寂しさが伝わってきそうで?」
「ああ、そんな感じかな」


 霖之助はひとつ頷くと、窓際のサボテンを眺めた。
 その独特なフォルムは見ているだけで面白いと思う。

 針のように見えるのは葉が退化したものらしい。
 その由来や系譜を考えているだけでいつの間にか時間が過ぎていることも多々あった。

 ……紫にはああ言ったものの、ひょっとしたら自分はサボテン愛好家なのではないかと霖之助は思ったりもする。


「そう言えばさっき砂漠のような環境って言ったけど、確かに昼と夜の差が激しい場所よね、この店は。
 もっとも、客がいる時間帯を昼と仮定して、ですけど」
「仮定が少し引っかかるが……。昼の騒がしさは君も一因を担っているだろうに」
「あら、私も客と認めてくださるのですね」
「もちろん。お客様は神様だそうだよ。……神にもいろんなのがいるがね」


 願わくば福の神であって欲しいものである。
 いやそれ以前に、まず客になってもらうところから始めるべきだろう。

 目の前の少女を含め、脳裏に客でない常連の姿が思い浮かんだ。


「あの子達はどんな花を咲かせるのかしらね?」


 霖之助の考えを読んだのか、紫はそう言って笑みを浮かべる。
 扇で口元を隠しているせいか、ますます胡散臭い。

 頼むから心を見透かすような発言はやめてほしいのだが。


「霖之助さんって、育てるのが上手なのね」
「……何の話かな?」
「そこは誰の、と聞き返すべきではなくて?」


 ……本当に、やめてほしいのだが。
 霖之助はゆっくりと首を振ると、ため息ひとつ。


「あの子達は大輪の花を咲かせるだろうさ。それがいつかまでは責任は持てないがね」


 そう言って霖之助はサボテンから紫へと視線を移す。

 10年か、20年か。
 あるいはそれ以上かもしれない。
 人間の寿命は短いものだが、あの子達はそれにすら縛られていないのだから。


「育ての親としては心配かしら」
「そもそもそんな覚えはないんだがね。
 もしそうだとしても、早く僕の手を離れて欲しいよ」


 それは霖之助の本心だった。


「あら、どうして?」


 しかし、目の前の少女は首を傾げる。
 心の底から、不思議そうに。


「ねえ、あの子達を自分のものにしようと思ったことはないの?」
「さて、考えたこともないね。そもそもそんな下心で接するのは失礼じゃないかな?」
「何故そう思うのかしら?」
「何故って……」


 反論しようとして、思い当たる。

 彼女は……彼女達は、他人を自分が使うために式とする。
 つまり教育し、育てるのはあくまで自分のためなのだ。

 根本的な考え方の相違。
 深淵のような紫の瞳を覗き、覗き込まれ……やがて彼女はすっと眼を細めた。


「そんな怖い顔をしないでくださらない?」
「……いや、なんでもない。
 僕にも下心はあるよ。ただし商売的な、ね。僕は商人だから」
「ふふ、そういう事にしておきましょうか」


 何時もの笑顔を見せる彼女に、霖之助は苦い表情を浮かべる。
 変な勘違いをしていなければいいが。

 ……と、霖之助が考えていることすらお見通しなのだろう。きっと。


「じゃあ、そうね……」
「まだその話を続けるのかい?」
「これが最後よ。あの子達があなたのものになりたいと言ってきたら、どうするのかしら」
「それこそ、考えたこともないよ」


 今度こそ、霖之助は言い切った。
 それから話題を変えるように、続けて口を開く。


「それで、君はいったい何をしに来たのかな」
「あなたの顔を見に来た、と言えば満足かしら」


 一瞬、店内に沈黙が落ちた。

 なんと答えるべきか。どう返すべきか。
 霖之助が思案に暮れる中、紫はますます笑みを深める。


「そうそう、そんな顔よ」
「からかいに来たのなら帰ってくれないか」
「あら、つれないのね」
「つれなくて結構」


 紫から視線を逸らすように、霖之助は椅子に座り直す。
 だがそんな彼の気を惹こうとしてか、彼女はスキマを伝って視線の先へとするりと滑り込んでくる。


「冗談よ、霖之助さん。先日うちの式がお邪魔したでしょう?」
「ああ、そんな事もあったね」


 それはつい先日のことだ。
 人里に買い物に出掛けたついでに油揚げを買ったのだが、少々買い込みすぎてしまった。
 そんな折り、偶然やって来た彼女の式とその式にいなり寿司をごちそうしたのだ。

 ……今思えば、本当に偶然やって来たのか少々怪しいところがある。
 まさか彼女ほどの妖獣が油揚げの匂いに釣られてきたなんて事はないだろうが。


「ずいぶん世話になったみたいだから。お礼に来たのよ」
「わざわざ、君が?」
「あら、不思議そうな顔ね」
「不思議というか、なんというか」


 紫は妖怪の賢者であり、幻想郷きっての大妖怪だ。
 そんな彼女がわざわざこの道具屋まで足を運ぶ理由。

 普段わからないことは考えない霖之助だったが、さすがにこれまで思考放棄するわけにはいかない。
 なんといっても自分の身に降りかかることなのだし。


「私だからよ?」
「……ああ、そうか」


 そう、紫は大妖怪である。
 なればこそ、礼節においても他の者に後れを取るわけにはいかない。

 たぶん、そういうことなのだろう。


「あなただから、かも」
「…………」


 続けられた言葉に、思わず絶句する霖之助。
 だが彼女の楽しそうな表情を見て、からかわれたのだと気づく。

 本当に顔を見に来ただけなのかもしれない。
 相変わらず考えの読めない少女だと思う。


「霖之助さんはどっちの答えがお好みかしら」
「それは僕が決めることかい?」
「それもまた一興。未来は自分の手で決めるものよ?」
「それだと未来の意味が違う気がするよ」


 つまるところ、霖之助に会いに来たというのは間違いないようだ。
 ただ残念ながら、やはり客ではなかったようだが。


「嗚呼。それにしても本当に綺麗」


 いつの間にか、紫は再び窓際へと移動していた。
 サボテンの鉢を眺めながら、うっとりと眼を細める。

 その横顔は無垢な少女のようで。
 可憐な一輪の花のようで。

 霖之助は言葉に出来ず、ハッと息を呑んだ。


「霖之助さんはどんな花を咲かせるのかしら」
「聞くまでもないだろう。僕の目標は幻想郷一の大商人になることだからね」
「……ああ、そう言えばそうだったわね」


 思い出したように、紫は手を叩く。


「なんだいその、まるで忘れてたような言い方は」
「いえいえ、とんでもない」


 まるで取り繕うかのように、彼女は手を振った。

 先程の光景はどこへやら。
 霖之助はため息とともに肩を竦めた。


「じゃあ、あなたがどんな風に咲くのか、期待しててもいいのかしら?」


 そう言って彼女は、じっと上目遣いに霖之助を覗き込んでくる。

 深淵を覗き込む時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。
 どこかで読んだその言葉の意味が、少しだけわかった気がした。


「……確かに、商売とはひとりでは成り立たないものだからね。
 だからではないが、僕はこう思うよ」


 深い瞳に呑み込まれまいと、霖之助は気合をひとつ。


「君に見せるために咲くのも、悪くないかな」
「……え? そ、それって」


 霖之助の言葉に、珍しく紫は驚いたように目を丸くしていた。

 彼女の瞳が揺らいだのを見て、霖之助はいたずらっぽく、口の端を釣り上げる。


「なに。僕もこいつみたいに、美しい月の下で咲いてみたいってことさ」


 そんな視線を、紫は受ける。
 紫の頬が、仄かにあかく染まる。

 それを見て、おや、月があかくなったな、と。
 もう一度、今度は声を上げて笑った。

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No title

早速読ませて頂きました。
グーグル先生に尋ねたらサボテンの花言葉は『秘めた熱意』『内気な乙女』とのことで
どちらの視点からも見られるなと思ったり。
二人の化かし合いのようなやり取りが面白かったです。


ついでに僭越ながら誤字報告をば
「実際砂漠とは縁遠い環境の香霖堂でも立派に育っている出はないか」
と、なっています

No title

普段からかってる分、不意の一言におもわずときめく紫様。
草食店主にも実は針がありました。みたいな。

そしてここで言うのもあれですが、acceraさん誕生日おめでとうございました。

No title

誕生日SSを拝謁し恐悦至極に存じまする。サボテンかわいい(ぇ
紫霖は大人の会話のようで、それでいてどこか初々しくもあったりして大好物です。オラもう満腹だぜ……。

ほんの小さな出来事で、愛が始まっていいじゃない。

ガンダムネタかと思えばそんな事はなかったぜ!
攻めてるつもりがいつのまにか真っ赤にされてる紫様かわいい。
しかしサボテンか……昔育ててた事はあったけど結局花はつけてくれなかったなぁ。
いや、そもそもどんな花が咲くのかも分からない奴だったんですが。

あ、僭越ながら誤字らしきものを見つけたのでご報告をば。
途中の「奥義」は「扇」の間違いのような気がします。
ご確認くださいませ。

No title

最後の最後で巻き返す霖之助は流石ですね(笑)
しかし、ちゃんとヒロインしている紫のSSを見るとほっとするのは何故だろう・・・

・・・霖之助に愛でられたい一心で人間化するサボテンとか想像してみたりwww

No title

りんのすけかゆかりが殴られて、サボテンの花が咲いている・・・っていうのかと思ったら
アダルトな関係になりつつある感じがよいです。
肉体関係がないとこうはならないのでは・・・!?
プロフィール

道草

Author:道草
霖之助がメインのSSサイト。
フラグを立てる話がメインなのでお気を付けください。
同好の士は大ウェルカムだよね。
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