友人として03
しなづめさんに絵を描いていただいたので、思わず天魔霖。
この話の続きっぽいオリキャラ注意でございます。
霖之助 天魔
「上に立つ者の条件、ねぇ」
紫煙とともに、言葉を吐き出した。
正月早々にする話題にしては若干重めだなと思いつつ。
煙管の先から登る煙を眺めながら、霖之助はゆっくりと首を振る。
「あいにく考えたことがないな。今までそういうものとは無縁に生きてきたんでね」
「それは嘘だねん。人里で修業してたって言ってたじゃないの。その時上司がいなかったはずがないと思うけど。
それに結構長くいたなら……それこそ、昇進の話があっても不思議じゃない」
心の中を覗き込むように、彼女……天魔は霖之助に瞳を寄せた。
その圧力に押されるように、降参とばかりに肩を竦めてみせる。
「やれやれ。全てお見通しかい? 天魔」
「嘘は鬼ほど嫌いじゃないけど、うちに通用すると思っているあたりがまだまだ未熟なのさね」
カカカと笑い、杯を口に運ぶ彼女。
空になったその器に、霖之助は徳利を傾けた。
……天魔と比べたら、幻想郷の大多数が未熟者になる気がするのだが。
「わかった、訂正しよう。だが僕はそこから離脱した身なのでね。どちらかというと考えるのをやめたというのが正しいかな」
「おやま。意外と繊細な一面もあるじゃないの」
「仕方ないだろう。年功序列、職歴第一の現場に老けない中間管理職がずっと居座るなんて、若手の成長の妨げにしかならないからね」
「ふーん?」
霖之助の言葉は嘘ではない。
確かに昇進や支店を任せるという話もあったのだが……それらを断り、霖之助は独立することにしたのだ。
「そんなこと言って、ほんとは早く自分の店を持ちたくて思わず飛び出した、とか」
「……否定はしないよ」
もちろんそれもまた、大きな一因だった。
嘘は言っていないが、全てを言っているわけでもない。
天魔もわかっているのかそれ以上突っ込まず、話を戻すことにしたようだ。
「さっきの話だけど。なんなら霖之助が考える一般論でもいいよん。思いつく限り言ってみ?」
「別に構わないが……またずいぶん哲学的じゃないか」
「それはもう職業病ってやつさね」
霖之助は頷きながら、火鉢に煙管の灰を落とした。
それから自分の杯に手を伸ばすと、天魔に向き直る。
彼女と話しているとよくこんな問答になるのは……言葉通り、職業病なのだろう。
「オーソドックスに戦闘力の高さなんてのはどうかな。幻想郷にも多いだろう?」
「確かにどの陣営のトップも実力者揃いだねぃ。でもいくら強いからって、例えば紅い館の住人が八雲に従う光景を想像できるかに? その逆でもいいけど」
「言われてみれば、ふむ。では頭……知謀に長けていることというのはどうだい?」
「ないよりはあった方がいいけどねん。けどそれこそ、足りないなら参謀を雇えばいい話さね」
「なるほど。そういえば多いな、参謀タイプ。機能しているかはさておくとして」
霖之助の脳裏に、紅魔館の魔女や竹林の薬師、ネズミのダウザーが浮かんでは消えた。
そのわりには知謀を活かした戦いというのを見たことがない気がするのだが。
……それだけ幻想郷が平和だということだろう。たぶん。
「じゃあ故事に習って、人望や人脈ってとこかな。三顧の礼に留まらず、枚挙に暇がない。仏門の面々みたいに上手くやっている例だってあるし。
それに妖怪だけならず、人里で店を構える者にとってはまさに必須の条件だ」
「悪くない。でもね霖之助。鬼が妖怪の山を支配していた時、彼女たちに天狗の人望や人脈があったと思うかい?」
「……ふむ、これも外れか」
「いいや、正解ではあるよん」
「うん?」
天魔の言葉に、思わず霖之助は首を傾げた。
てっきり不正解だと思っていたのだが。
「ちなみに大正解はねぇ……人の上に立ち続けられること、ってあたりかなん」
「それじゃ結果じゃないか」
「その通りさね」
ニッと笑い、そして彼女は霖之助に顔を寄せた。
天魔用に作った酒が効いているらしく、熱を帯びた彼女の吐息に髪をくすぐられる。
「重要なのは上に立ち、それを継続できるという一点だよん。過程や方法はなんだっていいのさ。
だから霖之助の答えはどれも正解。大正解じゃないってだけで」
「それは経験論かい? それとも結果論かい?」
「ご想像にお任せします」
チチチ、と指を振る天魔。
乙女の過去は詮索しないもんさね、と笑いつつ。
「力が強くても頭が切れても、それは手段でしかないからねぃ。だからその手段は、人を雇って用意してもいい。
逆に言うと、上に立つからにはそれらの手段をこなせることが大前提だけど」
「それが上手くいかなかったら?」
「そんときゃ寝首を掻かれるだけさね。人里でも店舗の乗っ取りなんて珍しくもないだろう?」
あっけらかんと彼女は言った。
……もしかしたらこの覚悟こそが、上に立つ者の条件なのかもしれない。
ふと、そんなことを考える。
それはともかく。
「と言うことは上手くいってる限りにおいて、それすなわち証明ってことかな」
「そーいうことさね」
「なるほどだいたいわかった」
霖之助は大きく頷き、言葉を続ける。
「つまり今の君がこうしてここにいるのも、やることはやってるから問題ないと言いたいわけだな」
「まー、そうとも言うねぃ」
彼女はころんと横になると、頭を霖之助の膝の上に載せた。
体勢を変えたにも関わらず持っていた杯を少しも零さなかったのは、さすがと言うべきだろうか。
そもそものきっかけは、妖怪の山を放っておいていいのかい? と霖之助が天魔に尋ねたことなのだが。
その一言からここまで話が脱線するとは思いも寄らなかった。
とはいえ、こんなだらけた会話をするのももう3日目である。
元旦の夜、突然天魔が押しかけてきた時は何事かと思ったのだが。
「三が日ももう終わりだよ、天魔」
「いいじゃないか。普段から盆と正月が一度に来たみたいな経営状態なんだし」
「それについては返す言葉もないがね。まったくとんだ寝正月だった」
「確かに寝てばっかりだねぃ。いろんな意味で、ね」
「……そこについては触れないでおくよ」
天魔は霖之助の顔を見上げながら、彼の頬に手を添えた。
霖之助は少し照れたように視線を逸らすと、早口で言葉を紡ぎ出す。
「しかしあんまり長居すると他の人妖に見つかるんじゃないのかい?」
「それは大丈夫さね。今日まではこの店、誰も来ないから」
「……それはどういうことかな?」
「天狗の隠れ蓑さ。山をうろついてた部外者を見てピンときたんだけど、今この店は他人の認識の外にあるからねぃ。思い出そうとしても上手くいかないはずだよん」
「その妖怪って……まあいいか」
天魔に言われ、無意識を操る地下の妖怪を思い出した。
妖怪にしては珍しく神社に参拝してたりするらしいので、見かけても不思議はないだろう。
「それにしてもとんだ営業妨害だな。言われて気づく僕も僕だけど」
「誰にも邪魔されたくなかったんでね。でも減った売り上げの分は貢献しようと思ってるよん」
「まあこんな時期にうちに来るのは客じゃなくて宴会のお誘いだからね。気にしてはいないさ」
どのみち正月は休業日だ。
宴会が落ち着いた頃に挨拶に向かおうと思っていたので、丁度いいとも言えた。
「宴会といえば、妖怪の山のほうはどうなんだい? 確か神に任せてると言ってたけど」
「あー、うちは元々表に出ないからねぃ。最初の仕切りさえやっておけば、こういうときにいなくたって問題ないのさ」
「そういうものかな」
「そういうものなの。表に出るのは派手好きな神が適任さね」
確かに、宴会ではしゃぐ守矢の神が容易に想像できた。
彼女にとっての信仰は親交らしく、今ではほとんどの宴会で姿を見る気がする。
そんなことを考えていると、天魔がひらひらと手を振ってみせた。
「それにどうせ、今月いっぱいは宴会が続くんだし」
「一月もかい? ずいぶん長いじゃないか」
「これもしがらみってやつでねん」
「しがらみ?」
宴会に似つかわしくない言葉に、霖之助は眉を寄せる。
すると彼女は少し困ったような表情で、寝転んだまま器用に肩を竦めた。
「ほら、小さい方の鬼がいるじゃない。彼女が地上に出てきた時、ちょっとした騒ぎになっただろう?」
「ああ、萃香のことか。確かに妙に宴会が続いてたと霊夢が言ってたね」
「そうそうそれそれ。鬼という個に社会という組織で対抗するうちらとしては、逆に鬼が出来たことと同じかそれ以上のことを出来ないとダメなわけなのよん」
「なるほど、それがしがらみか」
「そーいうこと。だから山の宴会はしばらく続くのさ」
あの時もずいぶん長く宴会が続いていたようだが、今回はそれ以上ということらしい。
なかなかどうして、組織運営というのも大変なようだ。
「幸い山の神は楽しいことは大歓迎だし、1ヶ月なんて妖怪にとっちゃあっという間だからね。みんなノリノリでこの計画には乗ったんだけど……」
「何か問題でも?」
「妖怪の山は閉鎖的だからねぃ。騒ぐネタが不足するってこともあるのさね」
そこまで言って、彼女はチラリと霖之助に視線を送った。
「それ以上は聞かないでおこうか。ところで……」
「霖之助、乙女の話は最後まで聞くもんだよん」
危機を察知し、話を変えようとしたのだが。
すごい力で引き戻され、霖之助はため息を吐き出す。
「わかったわかった。で、僕はどうしたらいいんだい?」
「話が早くて助かるねぃ。なに簡単さ、たまに妖怪の山まで来てくれればいいよん」
「ふむ、入山を許可すると?」
「そうそう、麓までだけどね。宴会時のみ、一度関わったことある人種なら問題ないだろうって、先日の決議で決まったのよ」
「逆に言うと、放っておいても入ってきそうな面々ばかりってことかい?」
「さすがよくわかってるじゃないか、霖之助」
「酒の制限はあるんだろうね」
「客人に樽酒は禁止って言っておくよん」
その言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。
天狗はすぐ飲み比べをしたがるから危険なのだ。
まあ、天狗に限った話ではないのだが。
「山に住む仙人もどきも呼んでるからねぃ。余興に滝を酒に変えて貰おうと考えてるよ」
「それはなんとも、河童が溺れそうな話だな」
「酒に溺れるなんて幸せなことじゃないか」
仙人もどきというのはおそらく説教が趣味の桃色仙人のことだろう。
ひょっとしたら、他の仙人も呼んでいる可能性もあるが。
そんな話をしながら、しかし天魔はため息ひとつ。
「まあそんな楽しそうなイベントを企画しても、うちは顔を出せないんだけど」
「そうなのかい?」
「仕方ないさね。特例中の特例だから、警備の最終責任はうちが持つことになっちゃって気を抜けないし。周りが全部休みだから、細かい仕事が全部うちに回ってくるし」
「……責任者も大変だな……」
霖之助は苦笑を漏らすと、彼女の頭を撫でた。
気持ちよさそうに天魔は目を細め、幸せそうに吐息を吐き出す。
「だから今のうちに、霖之助分を補給しておこうと思ってるのさね」
「そんな成分はないよ」
「んふふ、それがあるんだよん」
天魔はくるりと寝返りを打ち、霖之助の太ももに頬をすりつけた。
そうしているとまるで猫のようにも見える。
たまに君はよくわからないことを言うね、と肩を竦める霖之助を横目で眺めつつ。
天魔は名案を閃いたかのように、ぽんと手を叩いた。
「なんなら霖之助が山に住めばいいさね。そしたらうちも遠慮無く霖之助と飲むことが出来るのに」
「遠慮してくれ。さすがにそうなったら身が持ちそうにないよ」
こうやって二人の時は、天魔は酒の量をセーブしてくれてるが。
それにしてもかなりの量であることに変わりは無いわけで。
もしこれが毎日続くとしたら、酔い止めがいくつあっても足りないだろう。
「だいたいそんな簡単に妖怪の山に住むことは出来ないだろう?」
「そんなことないよん。霖之助が天狗になれば問題ないさね」
「僕が? どうやって?」
「今でもたまに。ほら、商品が売れるとすぐになるじゃない?」
「……どうやらお酒のおかわりはいらないようだね、天魔」
「ごめんごめん、冗談だって」
取り上げられかけた杯を必死に死守しながら、彼女は言葉を続ける。
「でも山伏から天狗に転生した人間だっているわけだし、不可能じゃないよん」
「現実的ではないけどね。山に入るだけなら河童とか、守矢神社のつてを辿ったほうが早い気もするよ」
「やだー。霖之助は天狗じゃないとやだー」
「子供か、君は」
天魔から直々に天狗道に誘われるのは、ひょっとしたら光栄なのかもしれない。
……別に霖之助は仏教徒でもないのだが。
「やっぱりうちが攫ってしまうのが手っ取り早いかねぇ」
「やめてくれ。君が直々に動くと未曾有の大異変になりそうだ」
「異変じゃないさね。なんたって巫女に負けてあげるつもりがない」
「それは余計にやめてくれ」
「霖之助が自分の意思で来てくれれば、異変じゃないんだけどねぃ」
「はいはい、考えておくよ」
霖之助は冗談交じりに、軽く頷いた。
そして天魔の頭を膝からどかし、ゆっくりと立ち上がる。
「つまみが切れたな。作ってくるからちょっと待っててくれないか」
「はーいはい。いつまでも待っているよん」
「……うちは本気なんだけどねぃ」
去って行く霖之助の背中を見つめながら。
ほろ酔い混じりの赤い顔で。
天魔はそう呟いたのだった。
この話の続きっぽいオリキャラ注意でございます。
霖之助 天魔
「上に立つ者の条件、ねぇ」
紫煙とともに、言葉を吐き出した。
正月早々にする話題にしては若干重めだなと思いつつ。
煙管の先から登る煙を眺めながら、霖之助はゆっくりと首を振る。
「あいにく考えたことがないな。今までそういうものとは無縁に生きてきたんでね」
「それは嘘だねん。人里で修業してたって言ってたじゃないの。その時上司がいなかったはずがないと思うけど。
それに結構長くいたなら……それこそ、昇進の話があっても不思議じゃない」
心の中を覗き込むように、彼女……天魔は霖之助に瞳を寄せた。
その圧力に押されるように、降参とばかりに肩を竦めてみせる。
「やれやれ。全てお見通しかい? 天魔」
「嘘は鬼ほど嫌いじゃないけど、うちに通用すると思っているあたりがまだまだ未熟なのさね」
カカカと笑い、杯を口に運ぶ彼女。
空になったその器に、霖之助は徳利を傾けた。
……天魔と比べたら、幻想郷の大多数が未熟者になる気がするのだが。
「わかった、訂正しよう。だが僕はそこから離脱した身なのでね。どちらかというと考えるのをやめたというのが正しいかな」
「おやま。意外と繊細な一面もあるじゃないの」
「仕方ないだろう。年功序列、職歴第一の現場に老けない中間管理職がずっと居座るなんて、若手の成長の妨げにしかならないからね」
「ふーん?」
霖之助の言葉は嘘ではない。
確かに昇進や支店を任せるという話もあったのだが……それらを断り、霖之助は独立することにしたのだ。
「そんなこと言って、ほんとは早く自分の店を持ちたくて思わず飛び出した、とか」
「……否定はしないよ」
もちろんそれもまた、大きな一因だった。
嘘は言っていないが、全てを言っているわけでもない。
天魔もわかっているのかそれ以上突っ込まず、話を戻すことにしたようだ。
「さっきの話だけど。なんなら霖之助が考える一般論でもいいよん。思いつく限り言ってみ?」
「別に構わないが……またずいぶん哲学的じゃないか」
「それはもう職業病ってやつさね」
霖之助は頷きながら、火鉢に煙管の灰を落とした。
それから自分の杯に手を伸ばすと、天魔に向き直る。
彼女と話しているとよくこんな問答になるのは……言葉通り、職業病なのだろう。
「オーソドックスに戦闘力の高さなんてのはどうかな。幻想郷にも多いだろう?」
「確かにどの陣営のトップも実力者揃いだねぃ。でもいくら強いからって、例えば紅い館の住人が八雲に従う光景を想像できるかに? その逆でもいいけど」
「言われてみれば、ふむ。では頭……知謀に長けていることというのはどうだい?」
「ないよりはあった方がいいけどねん。けどそれこそ、足りないなら参謀を雇えばいい話さね」
「なるほど。そういえば多いな、参謀タイプ。機能しているかはさておくとして」
霖之助の脳裏に、紅魔館の魔女や竹林の薬師、ネズミのダウザーが浮かんでは消えた。
そのわりには知謀を活かした戦いというのを見たことがない気がするのだが。
……それだけ幻想郷が平和だということだろう。たぶん。
「じゃあ故事に習って、人望や人脈ってとこかな。三顧の礼に留まらず、枚挙に暇がない。仏門の面々みたいに上手くやっている例だってあるし。
それに妖怪だけならず、人里で店を構える者にとってはまさに必須の条件だ」
「悪くない。でもね霖之助。鬼が妖怪の山を支配していた時、彼女たちに天狗の人望や人脈があったと思うかい?」
「……ふむ、これも外れか」
「いいや、正解ではあるよん」
「うん?」
天魔の言葉に、思わず霖之助は首を傾げた。
てっきり不正解だと思っていたのだが。
「ちなみに大正解はねぇ……人の上に立ち続けられること、ってあたりかなん」
「それじゃ結果じゃないか」
「その通りさね」
ニッと笑い、そして彼女は霖之助に顔を寄せた。
天魔用に作った酒が効いているらしく、熱を帯びた彼女の吐息に髪をくすぐられる。
「重要なのは上に立ち、それを継続できるという一点だよん。過程や方法はなんだっていいのさ。
だから霖之助の答えはどれも正解。大正解じゃないってだけで」
「それは経験論かい? それとも結果論かい?」
「ご想像にお任せします」
チチチ、と指を振る天魔。
乙女の過去は詮索しないもんさね、と笑いつつ。
「力が強くても頭が切れても、それは手段でしかないからねぃ。だからその手段は、人を雇って用意してもいい。
逆に言うと、上に立つからにはそれらの手段をこなせることが大前提だけど」
「それが上手くいかなかったら?」
「そんときゃ寝首を掻かれるだけさね。人里でも店舗の乗っ取りなんて珍しくもないだろう?」
あっけらかんと彼女は言った。
……もしかしたらこの覚悟こそが、上に立つ者の条件なのかもしれない。
ふと、そんなことを考える。
それはともかく。
「と言うことは上手くいってる限りにおいて、それすなわち証明ってことかな」
「そーいうことさね」
「なるほどだいたいわかった」
霖之助は大きく頷き、言葉を続ける。
「つまり今の君がこうしてここにいるのも、やることはやってるから問題ないと言いたいわけだな」
「まー、そうとも言うねぃ」
彼女はころんと横になると、頭を霖之助の膝の上に載せた。
体勢を変えたにも関わらず持っていた杯を少しも零さなかったのは、さすがと言うべきだろうか。
そもそものきっかけは、妖怪の山を放っておいていいのかい? と霖之助が天魔に尋ねたことなのだが。
その一言からここまで話が脱線するとは思いも寄らなかった。
とはいえ、こんなだらけた会話をするのももう3日目である。
元旦の夜、突然天魔が押しかけてきた時は何事かと思ったのだが。
「三が日ももう終わりだよ、天魔」
「いいじゃないか。普段から盆と正月が一度に来たみたいな経営状態なんだし」
「それについては返す言葉もないがね。まったくとんだ寝正月だった」
「確かに寝てばっかりだねぃ。いろんな意味で、ね」
「……そこについては触れないでおくよ」
天魔は霖之助の顔を見上げながら、彼の頬に手を添えた。
霖之助は少し照れたように視線を逸らすと、早口で言葉を紡ぎ出す。
「しかしあんまり長居すると他の人妖に見つかるんじゃないのかい?」
「それは大丈夫さね。今日まではこの店、誰も来ないから」
「……それはどういうことかな?」
「天狗の隠れ蓑さ。山をうろついてた部外者を見てピンときたんだけど、今この店は他人の認識の外にあるからねぃ。思い出そうとしても上手くいかないはずだよん」
「その妖怪って……まあいいか」
天魔に言われ、無意識を操る地下の妖怪を思い出した。
妖怪にしては珍しく神社に参拝してたりするらしいので、見かけても不思議はないだろう。
「それにしてもとんだ営業妨害だな。言われて気づく僕も僕だけど」
「誰にも邪魔されたくなかったんでね。でも減った売り上げの分は貢献しようと思ってるよん」
「まあこんな時期にうちに来るのは客じゃなくて宴会のお誘いだからね。気にしてはいないさ」
どのみち正月は休業日だ。
宴会が落ち着いた頃に挨拶に向かおうと思っていたので、丁度いいとも言えた。
「宴会といえば、妖怪の山のほうはどうなんだい? 確か神に任せてると言ってたけど」
「あー、うちは元々表に出ないからねぃ。最初の仕切りさえやっておけば、こういうときにいなくたって問題ないのさ」
「そういうものかな」
「そういうものなの。表に出るのは派手好きな神が適任さね」
確かに、宴会ではしゃぐ守矢の神が容易に想像できた。
彼女にとっての信仰は親交らしく、今ではほとんどの宴会で姿を見る気がする。
そんなことを考えていると、天魔がひらひらと手を振ってみせた。
「それにどうせ、今月いっぱいは宴会が続くんだし」
「一月もかい? ずいぶん長いじゃないか」
「これもしがらみってやつでねん」
「しがらみ?」
宴会に似つかわしくない言葉に、霖之助は眉を寄せる。
すると彼女は少し困ったような表情で、寝転んだまま器用に肩を竦めた。
「ほら、小さい方の鬼がいるじゃない。彼女が地上に出てきた時、ちょっとした騒ぎになっただろう?」
「ああ、萃香のことか。確かに妙に宴会が続いてたと霊夢が言ってたね」
「そうそうそれそれ。鬼という個に社会という組織で対抗するうちらとしては、逆に鬼が出来たことと同じかそれ以上のことを出来ないとダメなわけなのよん」
「なるほど、それがしがらみか」
「そーいうこと。だから山の宴会はしばらく続くのさ」
あの時もずいぶん長く宴会が続いていたようだが、今回はそれ以上ということらしい。
なかなかどうして、組織運営というのも大変なようだ。
「幸い山の神は楽しいことは大歓迎だし、1ヶ月なんて妖怪にとっちゃあっという間だからね。みんなノリノリでこの計画には乗ったんだけど……」
「何か問題でも?」
「妖怪の山は閉鎖的だからねぃ。騒ぐネタが不足するってこともあるのさね」
そこまで言って、彼女はチラリと霖之助に視線を送った。
「それ以上は聞かないでおこうか。ところで……」
「霖之助、乙女の話は最後まで聞くもんだよん」
危機を察知し、話を変えようとしたのだが。
すごい力で引き戻され、霖之助はため息を吐き出す。
「わかったわかった。で、僕はどうしたらいいんだい?」
「話が早くて助かるねぃ。なに簡単さ、たまに妖怪の山まで来てくれればいいよん」
「ふむ、入山を許可すると?」
「そうそう、麓までだけどね。宴会時のみ、一度関わったことある人種なら問題ないだろうって、先日の決議で決まったのよ」
「逆に言うと、放っておいても入ってきそうな面々ばかりってことかい?」
「さすがよくわかってるじゃないか、霖之助」
「酒の制限はあるんだろうね」
「客人に樽酒は禁止って言っておくよん」
その言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。
天狗はすぐ飲み比べをしたがるから危険なのだ。
まあ、天狗に限った話ではないのだが。
「山に住む仙人もどきも呼んでるからねぃ。余興に滝を酒に変えて貰おうと考えてるよ」
「それはなんとも、河童が溺れそうな話だな」
「酒に溺れるなんて幸せなことじゃないか」
仙人もどきというのはおそらく説教が趣味の桃色仙人のことだろう。
ひょっとしたら、他の仙人も呼んでいる可能性もあるが。
そんな話をしながら、しかし天魔はため息ひとつ。
「まあそんな楽しそうなイベントを企画しても、うちは顔を出せないんだけど」
「そうなのかい?」
「仕方ないさね。特例中の特例だから、警備の最終責任はうちが持つことになっちゃって気を抜けないし。周りが全部休みだから、細かい仕事が全部うちに回ってくるし」
「……責任者も大変だな……」
霖之助は苦笑を漏らすと、彼女の頭を撫でた。
気持ちよさそうに天魔は目を細め、幸せそうに吐息を吐き出す。
「だから今のうちに、霖之助分を補給しておこうと思ってるのさね」
「そんな成分はないよ」
「んふふ、それがあるんだよん」
天魔はくるりと寝返りを打ち、霖之助の太ももに頬をすりつけた。
そうしているとまるで猫のようにも見える。
たまに君はよくわからないことを言うね、と肩を竦める霖之助を横目で眺めつつ。
天魔は名案を閃いたかのように、ぽんと手を叩いた。
「なんなら霖之助が山に住めばいいさね。そしたらうちも遠慮無く霖之助と飲むことが出来るのに」
「遠慮してくれ。さすがにそうなったら身が持ちそうにないよ」
こうやって二人の時は、天魔は酒の量をセーブしてくれてるが。
それにしてもかなりの量であることに変わりは無いわけで。
もしこれが毎日続くとしたら、酔い止めがいくつあっても足りないだろう。
「だいたいそんな簡単に妖怪の山に住むことは出来ないだろう?」
「そんなことないよん。霖之助が天狗になれば問題ないさね」
「僕が? どうやって?」
「今でもたまに。ほら、商品が売れるとすぐになるじゃない?」
「……どうやらお酒のおかわりはいらないようだね、天魔」
「ごめんごめん、冗談だって」
取り上げられかけた杯を必死に死守しながら、彼女は言葉を続ける。
「でも山伏から天狗に転生した人間だっているわけだし、不可能じゃないよん」
「現実的ではないけどね。山に入るだけなら河童とか、守矢神社のつてを辿ったほうが早い気もするよ」
「やだー。霖之助は天狗じゃないとやだー」
「子供か、君は」
天魔から直々に天狗道に誘われるのは、ひょっとしたら光栄なのかもしれない。
……別に霖之助は仏教徒でもないのだが。
「やっぱりうちが攫ってしまうのが手っ取り早いかねぇ」
「やめてくれ。君が直々に動くと未曾有の大異変になりそうだ」
「異変じゃないさね。なんたって巫女に負けてあげるつもりがない」
「それは余計にやめてくれ」
「霖之助が自分の意思で来てくれれば、異変じゃないんだけどねぃ」
「はいはい、考えておくよ」
霖之助は冗談交じりに、軽く頷いた。
そして天魔の頭を膝からどかし、ゆっくりと立ち上がる。
「つまみが切れたな。作ってくるからちょっと待っててくれないか」
「はーいはい。いつまでも待っているよん」
「……うちは本気なんだけどねぃ」
去って行く霖之助の背中を見つめながら。
ほろ酔い混じりの赤い顔で。
天魔はそう呟いたのだった。
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No title
いろんな意味で寝た、だと……ちょっとその話kwsk聞かせてもらおうk(ピチューン ←粛清
No title
この関係のまま満足するのか…否ッ!天魔様は強欲に霖之助さんを獲るに決っt(滅
霖之助さん拐ったら第一次幻想大戦勃発しそうだなぁ…wwwww
この関係って友人以上恋人未満に見えて2828しっぱなしだ( ´∀`)
ところでこの三日間どんな寝正月だったのかkwsk聞きたいものですなぁw
この関係って友人以上恋人未満に見えて2828しっぱなしだ( ´∀`)
ところでこの三日間どんな寝正月だったのかkwsk聞きたいものですなぁw
No title
膝枕的なのでさえ血を吐きかけたのに霖之助さんで戦争だって!?
血液の貯蔵は・・・うん、大丈夫じゃないな。
「はいはい、考えておくよ」からの「……うちは本気なんだけどねぃ」ってことはいずれ誘拐するんですね!
『桃色仙人』が(脳内)桃色仙人に見え(殴)
血液の貯蔵は・・・うん、大丈夫じゃないな。
「はいはい、考えておくよ」からの「……うちは本気なんだけどねぃ」ってことはいずれ誘拐するんですね!
『桃色仙人』が(脳内)桃色仙人に見え(殴)
No title
これはピンクの仙人と鉢合わせして説教(絡み酒)フラグですね?
霖之助分・・・某紅白と某白黒が独占しているアレですね。
それにしても、流石天魔様。こんなにあっさりと誘えるとは。
もう攫っちゃいなy(ドグチャァァ!!
霖之助分・・・某紅白と某白黒が独占しているアレですね。
それにしても、流石天魔様。こんなにあっさりと誘えるとは。
もう攫っちゃいなy(ドグチャァァ!!
No title
霖之助分、それは幻想郷の少女達には欠かせない重要な成分なのである(キリッ
ぶっちゃけこの成分を商品化出来たら幻想郷を牛耳ることもできるんじゃ・・・とか考えてみたり。
まぁ商品化されたらされたで確実に戦争が勃発するでしょうけどwww
ぶっちゃけこの成分を商品化出来たら幻想郷を牛耳ることもできるんじゃ・・・とか考えてみたり。
まぁ商品化されたらされたで確実に戦争が勃発するでしょうけどwww