バレンタインSS26
2月まではバレンタイン期間だって誰かが言ってた気がして。
冬もモフモフだと思います。
霖之助 藍
「いらっしゃい。待っていたよ」
カウベルが鳴るや否や、霖之助は作業の手を止め顔を上げる。
そんな普通の……普段の彼からは想像できない対応に、彼女は驚いた表情を浮かべた。
「そうしていると、まるで真面目な店主みたいですね」
「うちはどこをどう見ても真面目な古物商さ。ささ、こっちに来てストーブに当たるといい。寒かっただろう?」
明け方まで降っていたため、屋根には雪が積もっていた。
室内の熱のせいかそれなりに成長した氷柱を窓から眺めながら、そこでふと霖之助は首を傾げる。
「いや、そうでもないのかな」
「尻尾があるからって、寒さに強いわけではないですよ」
九つの尻尾を揺らしつつ、彼女……藍は苦笑を浮かべる。
誰がどう見ても温かそうなそれは、しかしそこまで便利なものではないようだった。
藍は霖之助と、それから湯気を立てているヤカン、その下のストーブへ視線を動かしながら言葉を続けた。
「霖之助さんこそ、快適そうですね」
「おかげさまで。しかしそんな生活もあと数日保つかどうかだったんだが……」
「わかってますよ。ちゃんとご注文の品、持ってきました」
「すまない、いつも助かるよ」
どこからともなく、彼女は一抱えほどのポリタンクを取り出した。
中にはストーブの燃料が充填されており結構な重量のはずだが、さほど苦にした様子もない。魔法か妖術によるものだろう。
以前は他の機材に残っていた燃料を集めたりして使っていたのだが。
灯油と軽油と重油とガソリンをブレンド使用しひどい目に遭って以来、こうやって用立ててもらうことにしていた。
「これでもう少し対価が安ければいいんだが」
「あら、快適な冬のためなら仕方ないって仰ってたじゃないですか」
「そうなんだけど、もう少し手心というやつをだね」
「善処します。でも紫様にはご自分で交渉してくださいね」
「……それが一番難問だな」
スキマ妖怪は一番燃料を使うこの時期に冬眠していることが多いらしく、主な取引相手は彼女の式、藍だ。
そしてたまに紫が行う危険な道具回収も藍が代行しているようで。
そういう意味でも、彼女は香霖堂の上客の一人となっていた。
使い方のわからない道具の考察は霖之助のライフワークと言っても過言ではないのだが。
興味のある道具こそ対価として真っ先に持って行かれるから困ったものである。
「なんにせよありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。ところで……」
藍は恭しく頭を下げると、霖之助の手元を覗き込んだ。
彼女の柔らかい金髪が、霖之助の頬をそっとくすぐる。
「霖之助さんは、何を熱心に見てたんですか?」
「ああ、つい昨日気になるものを拾ってね」
カウンターの上に乗っていたのは、紙で作られた四角い箱。
その上面に、5つのスイッチらしい突起と5つの文字が描かれている。
「名称はおとうさんスイッチ。用途は父親を操作する、とある。
見たところ紙で出来ていて、スイッチもただ書かれているだけだ。
中は空洞で道具としての機能はなにも備えてないように見えるのにもかかわらず、こんな用途が見えたのでね」
「ええと、その」
難しい顔で考え込む霖之助に対し、藍は困ったような表情を浮かべていた。
しばらく迷っていたようだが……やがて言いにくそうに、彼女は口を開く。
「こどものおもちゃですよ、それ。外の世界のテレビ番組で使われたものでしょう」
「まあ、そんなところかな」
「あら、気づいてたんですか?」
「さすがにそれくらいはね」
何かの空き箱を流用したのだろう。
薄い紙の側面を指で押しながら、霖之助は苦笑を漏らす。
「むしろ僕が気になったのは、ただの紙にこんな用途を付与できたということかな」
「それはまあ、そういうものと作られたのですから当たり前じゃないですか?」
「そう、そこなんだよ」
我が意を得たり、とばかりに顔を輝かせる霖之助。
戸惑う藍を前に、更に彼は言葉を重ねる。
「これは霊夢達にも話したことがあるんだが……障子を知っているだろう?」
「ええ、もちろん。うちにもありますよ」
「当然障子というのはただの紙だ。子供が触れば破けてしまうくらいのね。
しかしその家屋の主の力によって、時には岩より強固な結界としての役目を帯びることもある」
「なるほど。確かに怒られるかもしれないと思えば雑な扱いをしなくなるものです」
感慨深げに彼女は頷いた。
覚えがあるのだろう。それが叱った記憶なのか叱られた記憶なのかは定かではないが。
「それで、障子とそのおもちゃが紙で出来ていることが何か関係が?」
「いいや、そこじゃないんだよ、僕が言いたいのはね」
首を傾げる藍に、ゆっくりと霖之助は首を振る。
「重要なのは信頼関係だよ。これはこういう道具です、と子供が作る。
そしてこの道具に用途が見えるということは、その機能に応えてくれる大人がいたということだろう」
「つまり障子と同じく、その道具単体では真価を発揮しないということですか」
「そうだね。その辺を考えて……よくできているな、と思ってたところさ」
言いながら、霖之助は文字の描かれたボタンを押してみた。
当然のようになにも反応がない。
この道具が効果を発するのは、それこそよっぽど親しい間柄のみだろう。
その最たるものが親子というわけだ。
「そしてきっとこの道具というのは、与えた者同士でしか役に立たないんだと思うよ」
「確かにこれを私が押しても、霖之助さんが動くわけでもありませんしねえ」
「……動いて欲しいのかい?」
「残念、まだ好感度が足りないようです」
藍もスイッチをいじりながら、冗談とも本気とも付かない言葉を零す。
からかわれているのかどうなのかは……彼女の表情から読み取れそうにもない。
霖之助は何かを言いかけ、諦めて話題を変えるためにストーブに視線を移した。
「そういえば燃料の対価がまだだったね。好きに選ぶといい。交渉はさせてもらうがね」
「はい。ですがその前に……」
彼女はひとつ頷くと、導師服の袂から小箱を取り出した。
目を瞬かせる霖之助に先だって、彼女はにこやかな笑みを浮かべる。
「今日はバレンタインですので、どうぞこれを。紫様からです」
「ああ、そういえばそんなイベントだったな」
「忘れていたのですか?」
「貰えるとは思ってなかったのでね」
幻想郷でバレンタインの話を聞かないわけではない。
しかし当然馴染みの薄いイベントなので、やりとりしている人妖は主に外からやって来た吸血鬼か、山の神くらいのものだ。
最近は天狗と協力して何とか根付かせようとしているようだが、それが功を奏したとしても一般的になるにはもう少しかかるだろうと踏んでいた。
どのみちわざわざチョコレートを持ってきて店に訪れるような客はいないだろうと思っていた。
……まあ正直、嬉しいかと問われれば首を縦に振らざるを得ないのだが。
「ありがとう、と伝えておいてくれ」
「それは霖之助さんから伝えられた方がよろしいかと」
「春先まで維持してるのはなかなか難しいんだが」
善処しよう、と呟いて霖之助はチョコレートの包みを見つめる。
あのスキマ妖怪が用意したものだ。どんな味なのか興味は尽きない。
「それからこれは私からです」
「君もくれるのかい?」
と、そんな霖之助の視線を遮るように、白い紙袋がカウンターの上に置かれた。
驚いて顔を上げると、藍は少しだけ照れたような顔をして……それから首を傾げる。
「もらっていただけませんか?」
「そんなことはないさ。ありがとう、早速開けてもいいかい?」
「もちろん」
頷く藍を確認し、霖之助は紙袋の封を開けた。
中に入っていたものを取り出し、思わず吐息を漏らす。
「ほう、これはなかなか温かそうな手袋だね」
「同じチョコレートでは芸がないと思いまして」
「そんなに気を遣わなくて良かったんだけど。でも嬉しいよ」
「ふふ。どうぞつけてみてください」
「ではお言葉に甘えて……」
一見スマートな白い手袋だが、男性用を意図してかデザインはシンプルすぎず、よく見ると微細な意匠が施してある。
薄い生地にも関わらず手に付けてみると防寒機能は完璧で、動作の妨げになることもない。
「なんだかずいぶんと手触りがいいね。それにすごく馴染む気がするよ」
「お気に召しましたか?」
「ああ。しかしよくこんな上等な生地が手に入ったね」
「あら、たいしたことは無いですよ」
自分の尻尾を撫でながら、彼女は笑う。
「だって私の毛を使いましたから」
「なるほど九尾の毛で編んだ手袋とはね。伝説の道具も裸足で逃げ出しそうだよ」
言われてみれば、どことなく気品が感じられるのはそのせいだろうか。
そんなことを考えつつ、ふと霖之助は疑問符を浮かべた。
「でも色は金色じゃないんだね」
「さすがに派手かと思いまして、変化させました。お好みの色があれば仰ってください。変えられますから」
藍が手をかざすと、彼女の言うとおり手袋が白から青、青から黄色に変化した。
一通り変化させたあとに白へと戻すと、思い出したように口を開く。
「あ、でもタヌキが近づくと元の色が出ますので、防犯に使っていただければ」
「……その機能が役に立たないことを祈るよ」
「私としては存分に活用して欲しいのですけど」
「考えておこう」
幻想郷の狸と狐は仲が悪い、と聞いたことがある。
霖之助としてはどちらもお得意様なので穏便にいって欲しいところだ。
……見た感じ、それも望めそうにない気はするが。
「しかしこんないいものを貰ってばかりというのも悪い気がするね。
と言っても、三倍返しなんてことになったら見合うだけの価値を想像するだけで一苦労だけど」
「それこそお気持ちだけでも結構ですよ」
ホワイトデーのお返しは三倍返し、と山の風祝が吹聴していたのを思い出した。
彼女もそれに気づいたのか、慌てたように手を振る。
しかしその動きをぴたりと止めると、なにやら思いついたらしくぽんと手を合わせた。
「あ、でも。三倍返しではないですけど。お返しをいただけるなら、ひとつ欲しいものがあるのですよ」
「ああ、なんでも言ってくれ。僕に用意できそうなものなら、だがね」
「本当ですか? では……」
そう言って、藍は霖之助に身を寄せた。
耳元で囁くように、吐息に言葉を載せる。
「霖之助さんスイッチをいただけないでしょうか」
「……それは、つまり」
「そういう関係を前提としたお付き合いを、ということですよ」
熱を残して、ゆっくりと身体を離す。
動きを見せない霖之助に、彼女は心配そうに首を傾げた。
「……お嫌ですか?」
「即答は出来かねるね」
「あら、その答えだと……期待してしまいますよ?」
にっこりと笑う藍の表情は、純真な少女でもあり、妖艶な女性でもあり。
「ホワイトデーまで一月もありますし。その時の信頼関係で判断していただければ」
「一ヶ月か……まるで執行猶予だな」
「それだと死刑宣告を受けたみたいですよ」
「ある意味間違ってないと思うがね」
肩を竦めて、霖之助はため息。
「でしたらおとうさんスイッチの予行演習というのはいかがでしょう?」
そっと藍は、霖之助の手を握る。
手袋越しの柔らかな感覚が、まるで鎖のようにきゅっと締まったように思えたのは……きっと気のせいだろう。
「……考えておくよ」
けれど彼女の顔を曇らせたくないと思う程度には、信頼関係を築いていたようで。
答えの出ている難問に、いろんな意味で頭を悩ませるのだった。
冬もモフモフだと思います。
霖之助 藍
「いらっしゃい。待っていたよ」
カウベルが鳴るや否や、霖之助は作業の手を止め顔を上げる。
そんな普通の……普段の彼からは想像できない対応に、彼女は驚いた表情を浮かべた。
「そうしていると、まるで真面目な店主みたいですね」
「うちはどこをどう見ても真面目な古物商さ。ささ、こっちに来てストーブに当たるといい。寒かっただろう?」
明け方まで降っていたため、屋根には雪が積もっていた。
室内の熱のせいかそれなりに成長した氷柱を窓から眺めながら、そこでふと霖之助は首を傾げる。
「いや、そうでもないのかな」
「尻尾があるからって、寒さに強いわけではないですよ」
九つの尻尾を揺らしつつ、彼女……藍は苦笑を浮かべる。
誰がどう見ても温かそうなそれは、しかしそこまで便利なものではないようだった。
藍は霖之助と、それから湯気を立てているヤカン、その下のストーブへ視線を動かしながら言葉を続けた。
「霖之助さんこそ、快適そうですね」
「おかげさまで。しかしそんな生活もあと数日保つかどうかだったんだが……」
「わかってますよ。ちゃんとご注文の品、持ってきました」
「すまない、いつも助かるよ」
どこからともなく、彼女は一抱えほどのポリタンクを取り出した。
中にはストーブの燃料が充填されており結構な重量のはずだが、さほど苦にした様子もない。魔法か妖術によるものだろう。
以前は他の機材に残っていた燃料を集めたりして使っていたのだが。
灯油と軽油と重油とガソリンをブレンド使用しひどい目に遭って以来、こうやって用立ててもらうことにしていた。
「これでもう少し対価が安ければいいんだが」
「あら、快適な冬のためなら仕方ないって仰ってたじゃないですか」
「そうなんだけど、もう少し手心というやつをだね」
「善処します。でも紫様にはご自分で交渉してくださいね」
「……それが一番難問だな」
スキマ妖怪は一番燃料を使うこの時期に冬眠していることが多いらしく、主な取引相手は彼女の式、藍だ。
そしてたまに紫が行う危険な道具回収も藍が代行しているようで。
そういう意味でも、彼女は香霖堂の上客の一人となっていた。
使い方のわからない道具の考察は霖之助のライフワークと言っても過言ではないのだが。
興味のある道具こそ対価として真っ先に持って行かれるから困ったものである。
「なんにせよありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。ところで……」
藍は恭しく頭を下げると、霖之助の手元を覗き込んだ。
彼女の柔らかい金髪が、霖之助の頬をそっとくすぐる。
「霖之助さんは、何を熱心に見てたんですか?」
「ああ、つい昨日気になるものを拾ってね」
カウンターの上に乗っていたのは、紙で作られた四角い箱。
その上面に、5つのスイッチらしい突起と5つの文字が描かれている。
「名称はおとうさんスイッチ。用途は父親を操作する、とある。
見たところ紙で出来ていて、スイッチもただ書かれているだけだ。
中は空洞で道具としての機能はなにも備えてないように見えるのにもかかわらず、こんな用途が見えたのでね」
「ええと、その」
難しい顔で考え込む霖之助に対し、藍は困ったような表情を浮かべていた。
しばらく迷っていたようだが……やがて言いにくそうに、彼女は口を開く。
「こどものおもちゃですよ、それ。外の世界のテレビ番組で使われたものでしょう」
「まあ、そんなところかな」
「あら、気づいてたんですか?」
「さすがにそれくらいはね」
何かの空き箱を流用したのだろう。
薄い紙の側面を指で押しながら、霖之助は苦笑を漏らす。
「むしろ僕が気になったのは、ただの紙にこんな用途を付与できたということかな」
「それはまあ、そういうものと作られたのですから当たり前じゃないですか?」
「そう、そこなんだよ」
我が意を得たり、とばかりに顔を輝かせる霖之助。
戸惑う藍を前に、更に彼は言葉を重ねる。
「これは霊夢達にも話したことがあるんだが……障子を知っているだろう?」
「ええ、もちろん。うちにもありますよ」
「当然障子というのはただの紙だ。子供が触れば破けてしまうくらいのね。
しかしその家屋の主の力によって、時には岩より強固な結界としての役目を帯びることもある」
「なるほど。確かに怒られるかもしれないと思えば雑な扱いをしなくなるものです」
感慨深げに彼女は頷いた。
覚えがあるのだろう。それが叱った記憶なのか叱られた記憶なのかは定かではないが。
「それで、障子とそのおもちゃが紙で出来ていることが何か関係が?」
「いいや、そこじゃないんだよ、僕が言いたいのはね」
首を傾げる藍に、ゆっくりと霖之助は首を振る。
「重要なのは信頼関係だよ。これはこういう道具です、と子供が作る。
そしてこの道具に用途が見えるということは、その機能に応えてくれる大人がいたということだろう」
「つまり障子と同じく、その道具単体では真価を発揮しないということですか」
「そうだね。その辺を考えて……よくできているな、と思ってたところさ」
言いながら、霖之助は文字の描かれたボタンを押してみた。
当然のようになにも反応がない。
この道具が効果を発するのは、それこそよっぽど親しい間柄のみだろう。
その最たるものが親子というわけだ。
「そしてきっとこの道具というのは、与えた者同士でしか役に立たないんだと思うよ」
「確かにこれを私が押しても、霖之助さんが動くわけでもありませんしねえ」
「……動いて欲しいのかい?」
「残念、まだ好感度が足りないようです」
藍もスイッチをいじりながら、冗談とも本気とも付かない言葉を零す。
からかわれているのかどうなのかは……彼女の表情から読み取れそうにもない。
霖之助は何かを言いかけ、諦めて話題を変えるためにストーブに視線を移した。
「そういえば燃料の対価がまだだったね。好きに選ぶといい。交渉はさせてもらうがね」
「はい。ですがその前に……」
彼女はひとつ頷くと、導師服の袂から小箱を取り出した。
目を瞬かせる霖之助に先だって、彼女はにこやかな笑みを浮かべる。
「今日はバレンタインですので、どうぞこれを。紫様からです」
「ああ、そういえばそんなイベントだったな」
「忘れていたのですか?」
「貰えるとは思ってなかったのでね」
幻想郷でバレンタインの話を聞かないわけではない。
しかし当然馴染みの薄いイベントなので、やりとりしている人妖は主に外からやって来た吸血鬼か、山の神くらいのものだ。
最近は天狗と協力して何とか根付かせようとしているようだが、それが功を奏したとしても一般的になるにはもう少しかかるだろうと踏んでいた。
どのみちわざわざチョコレートを持ってきて店に訪れるような客はいないだろうと思っていた。
……まあ正直、嬉しいかと問われれば首を縦に振らざるを得ないのだが。
「ありがとう、と伝えておいてくれ」
「それは霖之助さんから伝えられた方がよろしいかと」
「春先まで維持してるのはなかなか難しいんだが」
善処しよう、と呟いて霖之助はチョコレートの包みを見つめる。
あのスキマ妖怪が用意したものだ。どんな味なのか興味は尽きない。
「それからこれは私からです」
「君もくれるのかい?」
と、そんな霖之助の視線を遮るように、白い紙袋がカウンターの上に置かれた。
驚いて顔を上げると、藍は少しだけ照れたような顔をして……それから首を傾げる。
「もらっていただけませんか?」
「そんなことはないさ。ありがとう、早速開けてもいいかい?」
「もちろん」
頷く藍を確認し、霖之助は紙袋の封を開けた。
中に入っていたものを取り出し、思わず吐息を漏らす。
「ほう、これはなかなか温かそうな手袋だね」
「同じチョコレートでは芸がないと思いまして」
「そんなに気を遣わなくて良かったんだけど。でも嬉しいよ」
「ふふ。どうぞつけてみてください」
「ではお言葉に甘えて……」
一見スマートな白い手袋だが、男性用を意図してかデザインはシンプルすぎず、よく見ると微細な意匠が施してある。
薄い生地にも関わらず手に付けてみると防寒機能は完璧で、動作の妨げになることもない。
「なんだかずいぶんと手触りがいいね。それにすごく馴染む気がするよ」
「お気に召しましたか?」
「ああ。しかしよくこんな上等な生地が手に入ったね」
「あら、たいしたことは無いですよ」
自分の尻尾を撫でながら、彼女は笑う。
「だって私の毛を使いましたから」
「なるほど九尾の毛で編んだ手袋とはね。伝説の道具も裸足で逃げ出しそうだよ」
言われてみれば、どことなく気品が感じられるのはそのせいだろうか。
そんなことを考えつつ、ふと霖之助は疑問符を浮かべた。
「でも色は金色じゃないんだね」
「さすがに派手かと思いまして、変化させました。お好みの色があれば仰ってください。変えられますから」
藍が手をかざすと、彼女の言うとおり手袋が白から青、青から黄色に変化した。
一通り変化させたあとに白へと戻すと、思い出したように口を開く。
「あ、でもタヌキが近づくと元の色が出ますので、防犯に使っていただければ」
「……その機能が役に立たないことを祈るよ」
「私としては存分に活用して欲しいのですけど」
「考えておこう」
幻想郷の狸と狐は仲が悪い、と聞いたことがある。
霖之助としてはどちらもお得意様なので穏便にいって欲しいところだ。
……見た感じ、それも望めそうにない気はするが。
「しかしこんないいものを貰ってばかりというのも悪い気がするね。
と言っても、三倍返しなんてことになったら見合うだけの価値を想像するだけで一苦労だけど」
「それこそお気持ちだけでも結構ですよ」
ホワイトデーのお返しは三倍返し、と山の風祝が吹聴していたのを思い出した。
彼女もそれに気づいたのか、慌てたように手を振る。
しかしその動きをぴたりと止めると、なにやら思いついたらしくぽんと手を合わせた。
「あ、でも。三倍返しではないですけど。お返しをいただけるなら、ひとつ欲しいものがあるのですよ」
「ああ、なんでも言ってくれ。僕に用意できそうなものなら、だがね」
「本当ですか? では……」
そう言って、藍は霖之助に身を寄せた。
耳元で囁くように、吐息に言葉を載せる。
「霖之助さんスイッチをいただけないでしょうか」
「……それは、つまり」
「そういう関係を前提としたお付き合いを、ということですよ」
熱を残して、ゆっくりと身体を離す。
動きを見せない霖之助に、彼女は心配そうに首を傾げた。
「……お嫌ですか?」
「即答は出来かねるね」
「あら、その答えだと……期待してしまいますよ?」
にっこりと笑う藍の表情は、純真な少女でもあり、妖艶な女性でもあり。
「ホワイトデーまで一月もありますし。その時の信頼関係で判断していただければ」
「一ヶ月か……まるで執行猶予だな」
「それだと死刑宣告を受けたみたいですよ」
「ある意味間違ってないと思うがね」
肩を竦めて、霖之助はため息。
「でしたらおとうさんスイッチの予行演習というのはいかがでしょう?」
そっと藍は、霖之助の手を握る。
手袋越しの柔らかな感覚が、まるで鎖のようにきゅっと締まったように思えたのは……きっと気のせいだろう。
「……考えておくよ」
けれど彼女の顔を曇らせたくないと思う程度には、信頼関係を築いていたようで。
答えの出ている難問に、いろんな意味で頭を悩ませるのだった。
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「残念、まだ好感度が足りないようです」
ここまで甘くてまだ足りない…だと…っ!?
好感度MAXだとどんなことになっちゃうんですかね!
ここまで甘くてまだ足りない…だと…っ!?
好感度MAXだとどんなことになっちゃうんですかね!
No title
ピタゴラスイッチ面白いですよね
あの番組は「いろいろな考え方を伝える」がコンセプトだそうですので
子供に見せればきっと霖之助さんのような大人に育ちます
あの番組は「いろいろな考え方を伝える」がコンセプトだそうですので
子供に見せればきっと霖之助さんのような大人に育ちます
No title
おとうさんスイッチとは懐かしい。一度だけ横山剣(クレイジーケンバンドのVo)が出ていたのを思い出しましたよ。
さり気に藍さま、マミゾウさんを牽制してますねぇ、これは二人がバッタリ香霖堂で出くわして「Round1 fight!」的な事になるんですね(ジュルリ
・・・それにしても藍さまにはライバルが多いなぁ(遠い目)
いっそのこと主人が目覚める前に既成事実を・・・ イヤナンデモナイデスヨ
さり気に藍さま、マミゾウさんを牽制してますねぇ、これは二人がバッタリ香霖堂で出くわして「Round1 fight!」的な事になるんですね(ジュルリ
・・・それにしても藍さまにはライバルが多いなぁ(遠い目)
いっそのこと主人が目覚める前に既成事実を・・・ イヤナンデモナイデスヨ
No title
好感度を上げつつライバルを1人減らすという素晴らしい作戦ですね(笑) 1ヶ月後には念願の"霖之助スイッチ"もまず間違いなく手に入れられるでしょうし、向かうところ敵無し同然じゃないですか藍しゃまwww
・・・目覚めたときに自分の式が自分の意中の人と深い仲になっているのを知ったスキマ妖怪の明日はどっちだ?!
・・・目覚めたときに自分の式が自分の意中の人と深い仲になっているのを知ったスキマ妖怪の明日はどっちだ?!
No title
この前ピタゴラスイッチのこと思いだしたけどもしや道草さんの電波受信した!?
とまあ冗談はおいといて
『おとうさんスイッチの予行演習』
この文から考えるに……この後子供作るんですねわかります!
とまあ冗談はおいといて
『おとうさんスイッチの予行演習』
この文から考えるに……この後子供作るんですねわかります!