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バレンタインSS06

病んでないうどんげを書いたのは久し振りのような気がする。


霖之助 鈴仙









 香霖堂の店内に、控えめなノックの音が響く。
 カウンターで静かに読書をしていなければ気付かないような、そんな音。


「開いてるよ」


 霖之助はドアに向かって、そう声をかけた。
 わざわざ玄関をノックするような人物は、心当たりがひとりしかいない。


「お邪魔します……」


 恐る恐る、といった様子でカウベルを鳴らし、少女が店内に入ってくる。
 紫色の髪と、その上に伸びた白い兎の耳がゆらゆらと揺れた。


「いらっしゃい、鈴仙」


 霖之助は読んでいた本から目を離し、鈴仙に向き直る。

 彼女も香霖堂の常連のひとりだ。
 お客と言うよりは、むしろ香霖堂が顧客というか……かかりつけの医者のようなものだが。


「入る時はノックなんて要らないよ、とこの前も言ったと思うんだけどね」
「ええ、そうなんですけど……」


 鈴仙は困ったように縮こまる。
 いくら言ってもやめようとしない。
 ……きっと、臆病なのだろう。

 あまり無理強いしても仕方ないので、霖之助は話題を変えることにした。


「それで、今日はなんの用だい?」
「え、あ、はい。
 実はですね、先日置いた薬の使用期限の確認に来まして」
「ふむ?」


 霖之助はひとつ頷き、次の言葉を待った。
 しかし、しばらく経っても続きは出てこない。

 むしろ訪れた沈黙に鈴仙は首を傾げている。
 ……仕方ないので、こちらから質問してみることにした。


「……それだけかい?」
「はい、そうですけど。
 期限が短いやつが入ってるかもしれないんですよ」
「……別に次の補充の時でも構わなかったんじゃないかな?
 期限が短いと言っても、一月くらいで切れるものではないだろう」
「えっと……その……でも……」


 霖之助の言葉に、鈴仙は困ったような表情を浮かべた。
 助けを求めるように視線を彷徨わせるが、そんな物があるわけもない。

 ……まあ、なにか理由があるのだろう。
 そう思うことにして、霖之助はため息を吐く。


「君が来るのはいつも仕事だね」
「え、おかしいですか?
 だって……」
「いや、少しもおかしくはないよ。
 ただね……」


 ……悲しいかな、そんな反応が新鮮にすら思えてしまう。
 他の常連も、少しは見習って欲しいものだ。


「もっと普通に来てくれても構わない。
 お客ならいつでも歓迎するよ」
「そ、そうですか?
 でも師匠が……」


 確かに彼女の師匠は厳しい人だと聞いた。
 だが、さすがについでに少し寄るくらいなら認めてくれるだろう。

 現にこうやって、小さな用事でたびたび来ているのだから。


「……別に友人としてでも構わないんだがね」
「へっ?」


 霖之助の言葉に、彼女は心底驚いたような表情を浮かべた。
 驚きと、戸惑いと、嬉しさの混じったような……そんな表情。


「そんなにおかしいかな?」
「いえ、そ、そうじゃないんですけど……」


 客ではない常連ばかりになってもらっては困るのだが、
たまに来るのを拒むほど霖之助は狭量ではない。

 友人としてやって来て、未知の薬や月の道具についての話を聞ければそれでいいと霖之助は思う。
 ……まあ、彼女自身の話でも構わないのだが。


「……あまり無理を言っても仕方ないね。
 期限の確認だったね? 少し待ってるといい。取ってこよう」
「はい、わかりました」


 霖之助はカウンターから立ち上がり、置いてある薬箱を手に取った。
 それを鈴仙に渡すと、早速チェックに入る。


「……終わりました」
「ああ、ありがとう。


 彼女の仕事はすぐに終わった。
 当然だ、薬箱を開けて記入を確認するだけなのだから。


「目的のものはあったかい?」
「いえ、どれも異常なしです」
「そうか、それは重畳。
 君の仕事の成果だね」


 そう言って、霖之助は手元の本を開いた。
 あとはいつも通り、霖之助の日常だ。

 しかし……。


「…………」
「ん?」


 ふと視線に気付き、顔を上げる。

 いつもなら鈴仙は仕事が終わるとすぐに帰るのだが、今日は珍しく残っているようだ。
 それこそ、脱兎のごとく。


「どうしたんだい、鈴仙?」
「え、えっと……」


 彼女はなにやら迷っていたようだが……ややあって、口を開く。


「しばらく……ここにいてもいいですか?」
「しばらく、かい?」


 珍しい提案だ。
 ……と言っても、初めてではない。

 また嫌なことでもあったのだろうか。
 修行と言えど、彼女の師匠のしごきはなかなか想像を絶するものがあるらしい。


「まあ、構わないよ。
 騒がしくしないのなら、追い出す理由もないしね」
「ありがとうございます……」


 ついでに物を無断で拝借したり、ツケを溜めていったり、窓ガラスを割ったりしなければ。
 あと胡散臭かったり、幽霊を集めたりしないと尚いい。


「……」


 しかし、いていいと言ったものの。


「…………」


 鈴仙は何をするでもなく、じっと霖之助の顔を見つめていた。


「……………………」


 何か言いたいことがあるかのように、口を開きかけ……閉じる。
 深呼吸を繰り返し、気合いを入れたかと思えば……ため息を吐き、小さくなる。。


「鈴仙」
「ひゃい?」


 ずっと見つめていたわりに、視線が合うと彼女は驚いたように目を背けた。
 ……何故か顔が赤い気がする。


「何か伝えたいことでもあるのかい?
 随分と落ち着かないようだが……」
「い、いえ。なんでもない……です……」


 最後のほうは消え入りそうな声だった。
 世間話をしても、どことなく上の空。

 ……このやりとりを、何度繰り返しただろう。


「あ、あの……、霖之助さん!」


 ようやく彼女は意を決したかのように、立ち上がる。


「わ、私……チョ……」


 言いかけて……しおしおと萎びていった。
 彼女の言葉と、彼女の耳が。


「……そろそろ帰ります……」


 時計を見て、鈴仙は肩を落とす。
 いい加減時間なのだろう。

 涙目になりながら、鈴仙は香霖堂をあとにした。


「……なんだったんだ……」


 あまりの出来事に、いまいち理解が及ばない。
 ……そこでふと、店内に包み紙が落ちているのに気が付いた。


「……これは……」


 鈴仙の忘れ物だろう。
 霖之助さんへ、と書かれている。


「名称はバレンタインのチョコレート。
 用途は……渡すこと、か」


 彼女の手で果たされることがなかった、用途は果たされたと見るべきか。
 ……きっと彼女は今日一日、これを渡したかったのだろう。


「……食べていいのだろうか」


 鈴仙に聞こうかと思ったが……やめた。


「……頂くとするか」


 あの調子では、慌てて取り返そうとするだろう。
 そう思い、霖之助は包み紙からチョコを取り出し、一口。


「うっ……」


 ……とても刺激的な味がした。

 お茶を飲む、がとても追いつきそうにない。
 まるでココアパウダーと間違えて唐辛子の瓶をひっくり返したような、そんな味。


「甘いの欲しくない?」
「ああ、欲しいね……」


 思わず返事をしていた。
 振り向く霖之助に、また別の包み紙が押しつけられる。


「はい、これあげる」


 いつの間にかやってきていたてゐから渡されたのは、同じくチョコレートだった。
 甘い匂いに誘われ、口に入れる。


「……助かったよ、てゐ」
「ふふん、どういたしまして」


 辛いチョコレートを甘いチョコレートでなんとか中和し、一息つくことが出来た。
 食べたあとで彼女のイタズラを警戒したが、ごく普通のチョコレートだった。

 ……まあ、最初のを超えるイタズラなどそうそうあるものでもないが。


「おいしかった?」
「ああ……おかげさまで何倍もね」
「それはよかった」


 てゐは嬉しそうに頷いた。
 兎の耳が嬉しそうに揺れる。


「それが鈴仙からので、さっきのが私からのね」
「……ん?
 いやしかし……」


 てゐの言葉に、しかし霖之助は首を傾げる。
 しかし彼女は首を振った。

 何も言うな、とばかりに。


「それでいいの。
 じゃね、霖之助」
「あ、ああ」


 帰るてゐを見送り、ため息。


「……やれやれ
 意外と優しい所もあるんだな」


 ひとり、苦笑を浮かべた。

 チョコレートの入った、ふたつの包み紙。
 最初のはてゐのだと、彼女は言った。

 だがしかし、甘いのにも、辛いのにも、『霖之助さんへ』という鈴仙の字が書いてある。


「……なるほど、バレンタインのチョコレートと……その失敗作、ね」


 自らの能力で道具の名称を確認し、肩を竦める。
 鈴仙は知らずに持ってきたのだろう。

 ……今頃落ち込んでいるかも知れない。
 ともあれ。


「お礼を言いに行かないとな」


 そう言えばホワイトデーというものがあるらしい。
 その日には……永遠亭へ行くのもいいかもしれない。

 霖之助はそんなことを考えていた。
 鈴仙とてゐに、お礼を返しに行くために。


「お返しは何がいいだろう。
 ……まあ、ゆっくり考えようとしようか」


 二兎を追いかけようというのに、不安はない。


 幸せの兎は、霖之助の味方なのだから。

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病んでない鈴仙見るの久しぶりwww
オチがうまかったです(^-^)/
あと、てゐが男前すぎます(笑)
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同好の士は大ウェルカムだよね。
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