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淑女≠大人

『前書いた天子』の続き……のようでそうでない立ち位置。
無意識に寸止めシリーズになってしまった。不思議。


霖之助 天子







「お茶が入りました……だんなさま」
「違いますよ、総領娘様。言い忘れてましたけど、お辞儀はこう、差し出すときの角度はこうです」


 衣玖は天子からお盆を奪い取り、正しい作法で湯飲みを差し出した。
 ……しかし天子は渋い顔。


「……大した違いは無いじゃない」
「いいえ。わずかな差によって場の空気というものは大きく変わります。いいですか? そもそも作法というのは……」
「……ところで、いつになったら次のステップに進むのかな」


 霖之助はため息を吐いた。
 ため息を吐くと幸せが逃げる、と言う話を聞いたことがあるが、この程度で逃げる幸せなら最初から無くてもいいのではないか。
 むしろ幸せを呼ぶため息はないものか……と考えたりもする。

 先ほどからお茶の作法ばかり繰り返しているせいで机の上が湯飲みで占領されている。
 これをすべて飲み干すことを考えれば……ため息くらい吐きたくなるというものだ。


「もう少しお待ちください
 たかがお茶汲み、されどお茶汲み。
 ここからすべては始まるのです」
「……まあ、作法が大事なのは認めるがね……」


 天女ふたりに世話を焼かれている――実際に行動しているのはひとりだが――のは、悪い気分ではない。
 ……ないのだが……どちらかというと世話を焼かれていると言うより、まるで新人研修のような空気だった。


「もう覚えたわ、今度は完璧よ」
「ええ、期待してますよ」


 そう言って天子は台所へと消えていった。
 ……また湯飲みが増えるのだろう。

 霖之助は楽しそうな笑みを浮かべている女性……衣玖に視線を向けた。

 最初は天子の従者かと思っていたが、違う。
 ここまで主に遠慮のない従者など今まで見たことが……いや、あまり見たことがない。

 どちらかというと、近所のお姉さんといった立ち位置だろう。
 もちろん、すべて霖之助の想像に過ぎなかったが。


「……それで、いつまでいるつもりなんだい?」
「あら、私としたことが気がききませんで。
 一通り教えたら、すぐにおふたりだけにしますからね」


 ――そういう意味で言ったのではないのだが。


 ため息。
 衣玖の表情を見れば霖之助だって空気は読み取れる。
 ……言っても無駄だ、と。

 衣玖は天子の面倒を見る役目でも負っているのだろうか。
 その割りにはどうも先ほどから気になっていたことがある。


「わざとかい?」
「なんですか?」
「一度にすべて説明しないのが、だよ。
 わざと何度も繰り返させているように見えたんだけどね」
「気のせいですよ。楽しんでなんかいないです。本当ですよ。
 それに、反復練習は基本とも言いますし」


 一体何の基本だというのだろう。
 いや、そもそも。


「どうしてこうなったんだっけな」
「あら?」


 今更ですか? と衣玖は驚いた表情を浮かべた。

 最初に何事か一気に捲し立てられたような気もしたのだが、本を読んでいて気が付かなかった。
 ……まさかこれほど巻き込まれるなら、もう少し耳を傾けたというのに。


「すべては空気を読んだ結果です
「……空気?」
「はい。先日、天界に地上の方たちがいらっしゃいまして」
「ああ、その話は聞いているよ」


 霊夢や魔理沙たちが一時期自慢げに話していたことがある。
 それに天子本人からも聞いたことがあった。

 もちろん、事件の内容が同じでも話し手によって印象は大きく異なったのだが。


「それで、そろそろあの不良天人を誰か更生させてくれないかな、と言う天界の空気を、私が」
「……うん、それで?」
「それだけですが、何か」


 言い切られてしまった。


「うちを選んだ理由とか……まだいろいろあるだろう」
「はい? ああ、何となく楽しいことになりそうだったからです。
 それにこの店なら、迷惑もかかりませんしね」
「……この店の空気も読んでくれると助かるんだが……」


 ため息。
 本日何度目だろう。


「おまたせしました、だんなさまー」


 話している間に、天子がお盆を持ってやって来た。
 今度の作法は完璧だ。
 満足げに頷く衣玖に、初めからこれを教えれば……と霖之助は視線を送る。


「総領娘様……その呼び方なんですけど、もう少しなんとかなりません?」
「え……だって」


 衣玖の言葉に、天子は視線を下げる。
 指を絡ませ、もじもじ。


「恥ずかしいじゃない、だん……なんて」
「そうですか? ねえ旦那様」
「……なんだい」


 至近距離で目が合った。
 ……完全に楽しんでる目だ。


「ほら、まるで大きな商家の主人になったみたいでまんざらでもない様子ですよ」
「私には現実に引き戻されてがっくり来てるところしか見えないんだけど」
「細かいことはいいんです」


 そんな調子で、衣玖は一通り天子にいろいろ教えていた。

 そもそもそういう下準備のようなものはあらかたやってから来るべきではないのか。
 ふと思ったが、思うだけにした。
 言ってみても同じだろう。


「じゃあ私はこれで。
 旦那様好みの立派な淑女に育て上げてくださいねー」
「……もう、衣玖ったら!」


 ようやく衣玖は帰っていった。
 それ以前に一言も引き受けるとは言っていないのだが。


「えっと……」
「ずっとやってて疲れただろう。
 お茶でも飲むかい?」
「うん」


 というか、飲んでくれないと困る。
 自分で入れてすっかり冷めてしまったお茶を、天子は文句も言わず飲んでいた。

 ……まあ、天人の成長というものに興味はある。
 少しくらいなら付き合ってやってもいいだろう。


「そうそう、衣玖からこんなの預かってるんだけど」
「どれどれ」


 封筒に収められ、やけに厳重に封をされたそれを、ペーパーナイフを使って取り出す。

 どうやら霖之助に指導して欲しいところの要望書のような文書だった。
 内容は主に天子のダメダメなところ。
 それが紙の隅々まで、びっしりと書き綴られている。


 ――天子本人に見せるわけにはいかないな。


 霖之助は表情に出さぬよう、その紙を再び封筒に戻した。


「ねえ、なんだったの?」
「ああ……練習メニューのようなものだよ」
「そうなの。衣玖は教え方が下手で嫌になるわ。
 その点霖之助は……」
「呼び方が違うな、天子」


 天子の言葉を、霖之助は遮った。
 無言で視線を合わせることしばし。


「だんなさまはー」
「なんだい?」


 今度は天子がため息を吐いた。
 そして苦笑気味に尋ねる。


「ひょっとして、気に入ってる?」









 実際のところ、天子は教えればわかる娘だった。

 単にきちんとした教育を受けてないだけなのだろう。
 それに何か理由があるのかまではわからなかったが。

 天子が特訓……香霖堂を手伝うようになって、1週間ほどが経過していた。


「しかし今更だが、よく了承したね」
「なにが?」


 天子は大福を頬張りながら、霖之助の言葉に首を傾げた。

 今は定時の休憩時間だ。
 天界の食事の方が美味だと思うのだが、天子は地上の食物をたいそう気に入っていた。


「この特訓だよ。淑女になるための……とは聞こえがいいが、逆に言えば淑女じゃないと言っているようなものだしね」
「別に気にしてないわ。本当のことだもの」


 あまりにあっさりとした答えに、霖之助は面食らってしまう。
 そんな彼を見て、天子は補足するように続ける。


「立派な淑女になって、衣玖や天界の皆を見返してやる……って思ってたわ。最初はね」
「……どういうことだい?」
「うーん、今となってはどうでもいいかなって。こだわるの馬鹿らしいし……。
 衣玖は……楽しんでるだけだろうし」
「ほう……」


 その言葉に、霖之助は感心したように頷いた。


「今の君は、立派な淑女だと思うよ」
「本当?」
「ああ。もし反骨心だけでこの特訓を終えたとしても……淑女ではないだろうね。
 淑女とは行動ばかりをさすことではなく……」


 しかし霖之助の言葉を聞かず、天子は彼にすり寄るようにして見上げてくる。


「ね、淑女って……だんなさまの好み?」
「……好みかどうかはともかく、好ましいことに違いないね」
「そ、そうかな?」


 天子の顔が赤い。
 そんな様子を見て、霖之助は知り合いの少女を思い出していた。


「やはり努力している姿というのは人の胸を打つね」
「そう?」
「ああ、僕の知り合いにも努力家な子がいてね……」
「……それって、ひょっとして白黒の魔法使い……?」
「ああ、そういえば知っていたね。
 彼女は……」
「…………」


 なんとなく、天子の機嫌が悪くなったような気がする。
 しかしそんな様子にも気づかず、霖之助は喋り続ける。


「ねぇ」
「八卦炉を渡したときなんか……うん?」
「実は私の特訓、立派な淑女になるためじゃないの」
「……うん?」
「立派な大人の女になってくださいね、って衣玖は言ったわ」
「……大した違いは無いような気もするが」
「ううん、大違いよ。だってオトナになるには、仕上げがいるもの」


 そう言って、天子は再び霖之助に身を寄せる。
 身体に回す手は、子供の抱き付きから大人の抱擁へと変化を見せ始めていた。


「ね……旦那様」

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