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夏のひとときを貴方と

今年も扇風機の夏がやってまいりました。
アリ霖は久しぶりかもしれない。


霖之助 アリス









 今日も窓の外では蝉の大合唱が響いていた。
 あと数年もすればまた11年蝉の季節が巡り、眠れないほどうるさい夏が来ると思えば若干憂鬱でもある。

 そして夏というのは当然ながら気温が高いわけで。


「暑いわねぇ」


 ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら、アリスは当たり前のことを言った。
 わざわざ口に出したということは何かしらの意図があるのだろう。
 それを単なる世間話と取るか、現状をどうにかして欲しいという顧客の要望と取るかは接客術の範疇である。


「そりゃ夏だからね」


 とりあえず前者だと判断しそう答えた霖之助に、彼女はため息ひとつ。
 ……どうやら間違えてしまったようだ。


「霖之助さんはいつもと同じ服みたいだけど、暑くないのかしら」
「もちろん暑いよ。しかしこの気温じゃ、打ち水をしたところで文字通り焼け石に水かもしれないな」
「暑いなら薄着になればいいじゃない」
「そうもいかない。店の営業時間中に店主が気の抜けた格好をしていれば、それこそやる気を疑われかねないからね」
「普段から本ばかり読んでいるのに?」
「普段から本を読んでいるからこそ、だよ」


 呆れた、と笑いながらアリスは肩を竦めた。
 半袖の白いブラウスを纏った彼女はすっかり夏の装束である。
 スカートも少し薄手のものらしく、いつもより軽快な印象を受ける。


「まあ僕のこの服も一応夏用の生地なんだけどね」
「長袖じゃあんまり涼しくないでしょ?」
「時と場合によるさ。例えば外の世界にある砂漠では、直射日光を避けるため身体を布で覆わないと火傷してしまうほど暑く……」
「ここは幻想郷よ、霖之助さん」


 アリスはそう言うと、店内を見渡した。


「なんかこう、夏でも涼を取れるような便利な道具とかないものかしらね」
「あるじゃないか、ほらここに」


 霖之助が指さしたのは、扇風機と呼ばれる外の世界の道具である。
 用途は風を起こすものであるが、機構的にはただ羽根の付けられた軸を回転させるだけのシンプルなものなので、河童の協力の下動力を取り替え幻想郷で使用出来るよう改造したのだ。
 にとりが持っている空飛ぶプロペラに比べればオモチャのようなものなので、改造自体はあっという間だった。

 よく妖精や吸血鬼が、回転する羽根の前で声を出して遊んでいるところを見るが……それはさておき。


「なんだか生暖かい風を送りつけてくるだけの機械だと思ってたわ」
「そこはそれ、前に氷を置いたりすることで冷えた空気を送ることが出来るんだよ」
「で、その氷ってのは? 見た感じ無いみたいだけど」
「氷精が捕まらなくてね。今切らしてるのさ」


 扇風機が出来るのはあくまで風を起こすことであり、涼しい風を出すことではない。
 河童の協力があればその辺もなんとかしたいところだったのだが……援助を打ち切られてしまったのだ。
 何のことはない、水中で使えないからという理由で。

 どうやら彼女たちにとって涼というのは水の中で取るものであり、この扇風機にそこまで魅力を感じなかったらしい。


「じゃあ前話してた道具があったじゃない。エアコンだったかしら、あれはどうなったのよ」
「もちろん絶賛研究中だよ。そう遠くないうちに、あの技術は僕の物になるだろう」
「つまりまだまだ使えないってことね」
「そうとも言うかな」


 再度のため息をつくアリスに、霖之助は苦笑いで返す。
 エアコンについては山の神から講釈を受けたこともあったが、やっぱりよくわからなかった。
 使い方はリモコンを押すだけと言われても、知りたいのはそういうことではないのだから。


「そういえば前君の家にお邪魔した時はずいぶん涼しかった気がするけど、あれは魔法によるものかな」
「ええそうよ。人形を保管するため、適切な気温と適度な除湿が必要だもの。元々が多湿な魔法の森だから余計に、ね」
「その技術をこっちにも使えたりしないのかい?」
「あれは結構大がかりなのよね、家ひとつ分を魔法装置にするようなものだし。建て直すくらいの手間を掛ければ可能だと思うわよ」
「そうか、仕方ない」


 夏を涼しく過ごすために家を建て直すのはさすがに手間だが……いつか離れを作る時には仕込んでおくのもいいかもしれない。
 霖之助がそんな未来図を描いていると、ふとアリスが首を傾げた。


「なんならうちで商談する? 霖之助さんが出張してくれるなら私は構わないわよ」
「そうするのもありかなと思うんだが……大量の商品を抱えてこの暑さの中歩くと思うと、二の足を踏むね。もうちょっと平坦な道ならともかく」
「……紅魔館には配達に行くくせに」


 アリスのジト目を、霖之助は素知らぬ顔で受け流す。
 紅魔館も規格外の魔法使いがいるためか、気温はいつでも快適に保たれている。
 断っておくが別に涼むためではなく、道が平坦で大量発注してくれるから届けているだけである。

 ……と言い訳してみたのだが、アリスがわかってくれたかどうか定かではない。


「もうちょっと小規模な、自分の周りだけ冷やす魔法とかはないのかい?」
「ないことはないわよ。でも……」
「でも?」
「ああいうのって、魔力節約のためにマントで限定的な空間を作ってから使用するものなのよ。冷風をたまに流して、服の内側だけ涼しくする……んだけど」
「なるほど、見た目は暑そうだね」
「そうなのよ。それに顔の周りは暑いままだし。よっぽどでも無い限り、人と会う用事ではあまり利用したくないわね」
「ふむ、なかなか上手くはいかないな」


 アリスは苦笑しながらただ熱を持つ空気を攪拌するだけの扇風機を眺めた。
 そして何事か呟き指をひとつ鳴らすと、ひんやりとした風が霖之助の頬を撫でる。

 ……しかし冷たい空気はすぐに薄れてゆき、部屋の中は元通りになってしまった。

 なるほど魔法だけで広い空間を冷やし続けるというのはかなり骨の折れる作業のようだ。
 これが暖房だったら、何かに火をともすだけで済むのだが。

 そんなことを考えていると、アリスはひとつ明るい声を上げた。


「決めた。こっちの生地にするわ」
「まいどあり。どれくらいの量必要かな」
「多ければ多いほどありがたいわね。最近うちの子達も増えてきたから……」


 先ほどから悩んでいたようだが、ようやく決まったらしい。
 彼女はカウンターに置かれた青い生地を手に取ると、にっこりと微笑んだ。

 アリスは人形の衣替えをするため布を買い付けに来ていたのだ。


「うちの中はともかく、外に出ることもやっぱりあるわけだし。気分だけでも涼しくしてあげないとね」


 そう言って近くに浮かんでいた上海人形を手の上に乗せる。
 上海だけではなく、いくつかの人形も連れて歩いているはずだ。
 そうしていると当然汚れと無縁というわけにはいかない。

 こうやってたまに大量発注してくれる彼女もまた、香霖堂の上客の一人だった。

 布を包みつつ、霖之助は口を開く。


「気分だけでもといえば、この国にも伝統的な涼み方はいくつかあるよ」
「あら、どんなのかしら」
「まずアレだ」


 自信たっぷりに指さした霖之助を追い……アリスは目を瞬かせる。


「あああの……風鈴?」
「そう。音色を聞いてるだけで涼しくなるだろう?」
「……なるかしら?」


 窓に吊され、ちりんと音を立てる小物。
 しかしどうやら彼女にはあの良さがわからないようだ。

 仕方なく、霖之助は次の案を口にする。


「金魚鉢に入れた金魚を鑑賞するとか」
「河童に水でも掛けて貰った方が確実だと思うけど」


 なかなかどうして、東洋と西洋の思考というのは差があるらしい。
 この場合は幻想郷と魔界、だろうか。


「あとは打ち水して流し素麺とか」
「さっき効果がないって言ったわよね、打ち水。……大半が何の解決にもなりそうにないのってどうなのよ」
「そこはそれ、暑いなら暑いのを楽しんでしまおうって言う風情の表れかな」
「むしろ開き直りに聞こえるわね」
「その一面があるのは否定しないよ」


 日本の家屋はいかに夏涼しく過ごすかに重点を置かれている。
 それだけ夏の気温、湿気というのは難敵なのだ。

 そこまでやって克服出来ない暑さに対する開き直りは、むしろすがすがしく好感が持てるものだった。


「風呂上がりに甚兵衛着て冷や奴や花火を見上げて一杯なんて楽しみ方を知ってると、この季節もそう悪くないものだと思うよ。暑いことに変わりはないがね」
「ふぅん。そういう風に考えてみたことはなかったわね」


 アリスはなにやら考えていたようだが、ふと視線を霖之助に向ける。


「甚兵衛って浴衣の男性版みたいなやつでしょ。私、和服って着たことないのよね」
「そうなのかい? 君なら十分似合うと思うけど」
「でも浴衣って元々湯上り着でしょ? 私の家は十分涼しいから、あまり着る機会がないかも」
「最近の浴衣は外出着にもなるから大丈夫だよ」
「今のところ外出する用事も無いし」
「無いなら作ればいいじゃないか」
「……そうね」


 一瞬、アリスが笑った気がした。
 その理由を考える暇も無く、彼女は言葉を続ける。


「霖之助さんがそう言うなら、ひとついただこうかしら」
「まいどあり」
「私に似合う浴衣を一着、お願いするわ。それともうひとつ」


 営業スマイルを浮かべる霖之助。
 そんな彼に、アリスは注文を付け足した。


「その服を着る機会も、ついでにいただけると嬉しいのだけど」
「……機会、かい?」
「だって霖之助さん、さっき言ったじゃない」


 まさか嘘じゃないわよね、と彼女は笑う。


「無ければ作ればいいのよね?」


 小さく首を傾げた彼女の瞳は、少し照れているようで。
 熱を帯びたような頬は……この暑さのせいだろうか。

 だから、ではないが。


「次の日曜日、空けておいてくれるかな」


 霖之助は彼女とそう約束を交わすのだった。

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非公開コメント

No title

香霖堂は店主の日陰者なイメージのせいでどこか涼しさを感じます。なにより客(人)が居ないし。
霖之助の服は本当に暑そうで暑そうで、ぜひアリスに研究して貰いたいところです。
それにしても、夏バテにはアリ霖がよく効きますね。

やったぜアリ霖浴衣デートだ!

No title

浴衣アリス・・・想像するだけでテンション上がって熱くなってしまいますな! 自分は涼しくなって読者を
熱くさせるだなんて、アリスは魔性の女ですねwww

・・・果たして日曜日のデートは上手くいくのやら? 十中八九邪魔が入るでしょうなぁ(笑)

No title

浴衣アリス……そう言うのもあるのか!
金髪少女に浴衣、この組み合わせはアンバランスなようですっごく美味しいんじゃないかと思います

No title

浴衣だと・・・。なぜ僕はその発想がないんだ!
別の発想はでてきたのに・・・。

あはは、早とちりしちゃいました。
アリスの家は涼しいからてっきりアリスが家に誘うのかと。
浴衣の魅力はうなじだと思いがちですが、普段と違う髪形とかありますよ!
そりゃうなじもいいですけどね?浴衣というより着物は大きくなくても着れるとい(ここでから破られている)
そういえば着物着るときは下着はどうのこうのって聞いた気が。

No title

神綺「これはアリスちゃんが私に紹介するフラグ…!」

No title

東洋と西洋では自然に対する考え方が違いますからねー
物理的な涼しさを求めるのと心理的な涼しさを求めるのとではなかなか折り合わないかも。

幻想入りした「浴衣には下着をつけない」という都市伝説を信じて一人羞恥プレイしてしまうアリスはまだですか!


ところで目録からのリンクがずれてますよー。

No title

浴衣アリスの続編はまだですか?
心の底から楽しみです!

No title

さすがはデキル女アリス。 霖之助さんの方から誘わせるとは・・・

このまま人里へ浴衣デート レッツゴーですね?
寺子屋の先生と阿礼乙女さんと住職さん、それと貸本屋の子とのエンカウントにはご注意を・・・

No title

服の下で冷却魔法、の元ネタはスレイヤーズかな?
炎系は調整が性質上難しい云々言ってたけども
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道草

Author:道草
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フラグを立てる話がメインなのでお気を付けください。
同好の士は大ウェルカムだよね。
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