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こころのしずく 第02話

『第01話』の続きっぽく。

6月はここ霖強化月間って感じでひとつ。
ところで使用可能パッチはまだですかね。


霖之助 こころ





 無表情な百面相というのもなかなか珍しいものである。
 カウンターに本を積み上げ、努力の痕跡を残すこころを眺めながら霖之助はそんなことを考えていた。

 いつも通りの無表情で資料と向き合い、ページをめくるごとに首を傾げ、時には一節を読み上げる。
 あるいは手元の面と鏡を見比べ、霖之助の表情をじっと見つめてなにやら考え込む。

 そして。


「この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!」


 突然般若の面を付け、こころはそんな言葉を言い放った。
 どうやら行き詰まったらしい。


「苦戦しているようだが、大丈夫かい」
「……ご心配をおかけします」


 鏡を前にどことなく疲れた雰囲気を出し、彼女は肩を竦める。

 こころが香霖堂に来て2日。
 彼女はずっとこんな調子で修行を行っていた。

 口出し無用と言われていたのだが……これでは見ている方がかえって気になるというものだ。


「感情というのはなかなか難しい……です」
「慣れないことをするとどうしても、ね。でもまったく進展がないわけじゃないんだろう?」
「はい。この前皆さんと闘った経験もありますし、それに教科書も貸していただいてありがとうございました」


 こころは深々と頭を下げ、それからふと吐息を漏らす。


「でも、自分で動くと疲れるというのを最近知りました」
「そりゃあね。でもそれは君が成長している証しだと思うよ」
「そうでしょうか」
「ああ。生きるというのはそういうものさ」


 疲労や痛みは身体のSOSである、とは誰の言葉だったか。
 使われるだけの道具なら限界まで使用され、あとは壊れるだけである。

 彼女が疲れを覚えたということは壊れることを避けているわけで、それは道具から妖怪として自立に近づいたということだ。
 あと知るべきは、加減の具合だろうか。


「あまり無理はしないように。休むのも修業のうちだからね」
「はい、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、使ってない仮面は休んでますから」
「……それで疲れが取れるのなら、いいんだろうけど」


 そういえば海に住むというイルカは、脳を半分ずつ休ませ睡眠中でも泳ぎ続けることが出来るらしい。
 こころもそういう能力があるのだろうか。

 ……あるいは、休み方を知らないだけかもしれない。

 何となくじっと考え始めた霖之助に、彼女は首を傾げた。


「何か?」
「いいや、なんでもないさ。それよりその本、気に入ってくれたみたいでなによりだよ」
「はい。流れもわかりやすく、とても参考になります」


 そう言って頷くこころの前に積まれているのは、主に霖之助が用意した漫画である。
 天狗や外の世界の技術を使って描かれたそれらには登場人物の心の機微や多彩な表情がわかりやすく納められており、まさに彼女向けの教科書と言えるだろう。
 最初はちゃんとした能楽の本を貸していたのだが、霖之助が読んでいるのを見て興味を引いたらしい。

 つまり今現在のこころの修行というのは大部分が漫画を読むことだ。
 まるで遊んでいるようにしか見えないが彼女は真剣だった。
 今後がかかっているのでそれも当然なのだが。

 それに憎悪や絶望、悲痛と言った大きな感情はその辺を歩いていたただけでは遭遇することも少ないので、その点でも漫画は優秀な教科書と言えた。
 ……漫画で描かれる絶望の表情が正しいものかどうかは、さておくとして。


「けど参考にはなるんですが……感情を真似しようとすると、なかなか難しくて」
「そこは考えるんじゃなくて感じるんだ、って誰かが言ってたよ。あとは慣れじゃないかな」
「そうですね。マスターはどうやって感情を認識し、表情を作っているのですか?」
「だから……いや、まあいいけど」


 こころは霖之助のことをマスターと呼んでいた。
 自己紹介の時、店主と言ったせいだと思うのだが。

 持ち主を意味するマスターにも聞こえて、いまだに少しだけ驚いてしまう。


「それにしても感情ねぇ。今までこれといって気にしたことはないんだが」


 霖之助……というか大部分の人間にとって、感情を顔に出すのは出来て当たり前のことだ。
 だからその方法論を聞かれても、なかなか上手く言葉にすることが出来ない。

 といっても頼られた以上、何とか答えを見つけたいところでもあるわけで。


「あんまり難しく考えないこと、かな。商売上愛想笑いや作り笑いはやるけど、君が求めてるのはそうじゃないだろうし」
「作り笑いというと、とりあえず笑っておけばこの場は丸く収まるだろうっていう魂胆丸出しの、あの」





「……いや、そこまで卑屈なものじゃないからね。曖昧にお茶を濁して間を持たせ、人間関係をいたずらに悪化させないためとかに使ったりもするから」
「あまり違いがわかりませんが、とりあえずわかりました」
「むしろ君がどこからその知識を仕入れたのかが気になるよ」


 霖之助にしてもそんなに作り笑いを浮かべているわけではない。
 せいぜいスキマ妖怪や閻魔や説教くさい仙人相手くらいだ。

 ……こうしてみると結構ある気がするが。


「まだまだ勉強が必要と言うことですね」
「ああ、それが一番の近道かな」


 頷くこころに、霖之助は笑みを浮かべた。
 その様子を見て、彼女はふと思い出したように本を広げる。


「ところでマスター、この人物がここで笑う意味がよくわからないのですけど」
「漫画の展開にそこまで確実なものを求められても難しいと思うけど、どれどれ」


 彼女が見ている天狗の漫画は香霖堂に出入りしている鴉天狗から譲ってもらったものだ。
 最近新聞よりよく売れている、と泣き言を零していたのだが。
 実際新聞より面白いのだから仕方が無い。

 それにしてもまさか今になって作者の心情を述べよ、と言うような読書感想文を求められるとは思わなかった。
 寺子屋のテストの手伝いで似たような問題は作ったことがあるのだが、こうしてみるとなかなか難しいものである。


「ふと思ったんだが」
「はい、なんでしょう」


 霖之助はこころの疑問にどうにか答え、自分へのご褒美に少し高いお茶を用意した。
 ついでにこころの湯飲みにも同じものを注ぐ。

 無表情に、しかしどことなくおっかなびっくり湯飲みに口を付ける少女を見ながら、霖之助は口を開いた。


「今までこころは仮面を使って感情を表していたんだろう? その時の選別は、どうやっていたんだい?」
「そのことですか」
「ああ。ちょっと気になってね」
「それは簡単だよー」


 軽快な声とともに、オカメの面がこころの頭に装着された。
 青白い輝きをともない、それはすぐに狐の面へと変わる。


「我々が皆で考え、然るべき面を選出していたのだ。それぞれが感情の専門家だからな、出るべき時はすぐにわかる」
「……なるほど」


 頷く霖之助に、こころは仮面を外す。
 そして両腕で抱くようにしながら、上目遣いに霖之助を見上げた。

 無表情だが……何となく、心細そうにも見える。


「でも今は、私だけの判断で動いてます。だから、その」
「そういうこと、か」


 言葉を濁すこころに、霖之助はため息をついた。

 おそらく今までは66個の面という存在の付喪神だったのだろう。
 どちらかといえば群体に近いものだった彼女が、今はこころという主人格を頂点にまとまろうとしている。
 仮面を付けている時の彼女がどういう状態なのかまだ把握していないのだが、感情だけ変わっていると言うよりは人格も変わっているように感じられるわけで。

 その辺りは要研究なのかもしれない。
 ……などと考えていると。


「ん」


 気がつけば、至近距離にこころの顔が合った。
 吐息がかかりそうな距離で、じっと彼女は霖之助を観察している。


「やっぱりマスターは顔に出ますね」
「あまり自分では気にしたことがなかったんだが」
「いえ、羨ましいです」


 そう言って彼女は椅子に腰を下ろした。
 少しだけうつむき、ため息を漏らす。


「……私ももっと、顔に出るようにならないといけないんですけど」
「ふむ」


 その声には焦りが滲んでいる気がした。
 しかしふと、霖之助は違和感に首を捻る。

 その正体を確認するべく、彼は疑問の声を上げた。


「こころの目的は、感情を学ぶことなんだろう?」
「はい、そうです。感情を理解していれば、もしまた仮面を無くしても自分の心から作り出せるようになると思うんですよ。そうすれば……」


 異変を起こさず、退治されることも……ただの道具に戻ることもない。
 たったひとつの、小さな願い。
 秦こころは静かに暮らしたいだけなのだ。

 ならば。


「じゃあ別に、出来なくてもいいんじゃないかな」
「え?」


 無意識なのだろう。
 驚きの面を付けた彼女は、目を丸くしているようだった。


「昔修業した店の親父さんは古風な人でね、人前では絶対泣かないと決めてたらしい。
 そんなこともあって僕は親父さんの泣いた顔なんて見たことないんだけど、でもそれは親父さんが悲しいという感情を知らないわけじゃない。そう思わないかい?」
「それはそうかもしれませんけど、でもそれとこれとは……」
「たいして違いは無いよ。むしろ理解しているからこそ……悲しい時に笑うということも出来るんだろうね」


 当然、使った方が理解が早いということもわかってはいるが。
 ……正直、その手法はこころには向いていない気がした。


「あれもこれもと手を出してどれも手が届かないよりは遙かにマシさ。特に、君の目的のためならね」
「そう……かもしれません」


 まあ、霖之助としてはこころの笑顔を見てみたいというのはあるのだが。
 それは気長に待つことにした。いつかきっと、見せてくれるだろう。


「では、私はどうすればいいのでしょうか」
「やることは同じだよ。ただ」


 霖之助はこころの仮面を指さし、ひとつ笑ってみせる。


「感情を自分で決めて、面を選んでみたらいいんじゃないかな」
「面を、ですか?」
「ああ。その選択が正しかったかどうかは……専門家が教えてくれるだろう?」


 考えてみれば、これ以上優秀な教師もないはずだ。
 感情をお面に任せるのではなく、こころの感情を面で表現する。
 方向性としては、表情を作るのと同じ……と言っていいのだろうか。

 少なくとも、こころの意思が挟まる分感情を理解する手段としては十分のはずだった。

 彼女は目を瞬かせながら、霖之助と自分の面を見比べる。


「それに使ってあげたほうが喜ぶと思うよ。なんと言ってもその面を含めて、君自身なんだから」
「そう、ですね。私も……我々も、その方が嬉しい……です」
「じゃあ決まり、かな」


 満足げに霖之助は頷いた。

 今のこころは、独り立ちしなければならないという想いが強すぎたのだろう。

 結局霖之助がやったことといえば、自分自身と向き合う時間を与えたことくらいだろう。
 あとは今まで通り、たまに話しかけて情報を提供すればひとりで何とか出来るはずだ。

 それで十分だと、霖之助は考えていた。


「やっぱりマスターを選んで正解でした」
「そう言ってくれると悪い気はしないね」


 喜びの面を抱いて、こころはじっと霖之助を見上げる。
 その目が揺れているように見えたのは……おそらく気のせいだろう。

 なんとなく沈黙が落ちてしまったので、霖之助は話題を変えることにした。


「ところでもうこんな時間だけど、今日は神社で能をやる予定じゃなかったのかい?」
「はい。でも今から行けば十分間に合いますよ」
「そうか、まあ危険は無いと思うけど気をつけて行ってくるんだよ」
「?」


 そこで彼女は首を傾げる。
 霖之助を見つめる瞳は変わらず無表情だが、猿の面を持っているところを見ると困っているのかもしれない。


「マスターは見に来てはいただけないのですか?」
「ん、まあ見たいのはやまやまなんだが」


 縋るようなこころの視線をかわすように、肩を竦めて霖之助は答えた。


「君達みたいに飛んでいけばすぐなんだろうけど、ここから神社まで移動するのは結構骨でね」
「そうなんですか? でも飛べばすぐなんですよね」
「あいにくと僕は君達みたいに自由に動ける手段は持ち合わせていないんだ。今度にとりのプロペラでも借りてみようかな」
「でしたら、私が抱えて運びましょうか」
「ありがたい申し出だけど、成人男性として遠慮しておくよ」
「そうですか……」


 こころが取り出したのは、姥の仮面。悲しさを表しているのだろう。
 とはいえ譲れない一線なので、見なかったことにしておく。

 すると彼女はため息をつき……口を開いた。


「では……帰ったら、今日の舞をマスターにもお見せしましょうか」
「ふむ? それはありがたい申し出だが、いいのかい?」
「はい。面が必要とされるのは私も嬉しいですし」


 頷く彼女は、不思議なことにお面を後ろ手に隠しているようだった。


「お面を選ぶんじゃなかったのかい?」
「そのつもりでしたが、ひとつ誤算がありまして」


 疑問を浮かべる霖之助に、こころはやはり無表情で答えた。


「感情が筒抜けになるのは、ちょっと不都合がありまして。
 でも私が顔に出さなければ問題ないという、逆転の発想の勝利ですね」
「そうかい? まあ君がそういうなら、深くは聞かないけど……」





 ……素顔より持った面を見られる方が困るというのも不思議な話である。

 とりあえず霖之助は気にしないことにして、話を進めることにした。


「じゃあお願いしようかな」
「お任せください」


 笑顔の面を浮かべ、彼女は頷いた。

 喜怒哀楽の感情は、だいたい理解し終わっているらしい。
 そういえばたまに獅子舞の仮面などを取り出しているこころなのだが、あれは一体何の感情を表しているのだろうか。


「代わりと言っては何ですが、お願いがあるのですけど」
「ん、僕に叶えられることなら構わないが」


 ぼんやりとしていたところに声をかけられ、霖之助は目を瞬かせた。
 こころは少し迷っていたようだが、やがて意を決したように口を開く。


「このあたりでは定期的に異変が起こると聞いたんですよ」
「まあ、そうだね。君が巻き起こした騒動も、間違いなくそのひとつに数えられると思うけど」
「その節は、どうも……」


 恐縮するかのように俯くこころ。
 先ほどと同じく持っている仮面は見えなかったのだが。

 ……ひょっとしたら、恥ずかしがっているのかもしれない。
 ふと、そんなことを考える。


「それでですね、さっき漫画を読んでて思ったのですが、新しい演目の題材に使えないかなと思いまして」
「なるほど。いいんじゃないかな。知り合いの人形遣いも劇の題材にして、評判良かったみたいだし」


 少し前にこころが読んでいたのは、山の神々が引き起こした異変を題材とした漫画だ。
 天狗の中ではポピュラーなものらしく、様々な角度から描かれることの多いそれは人里にも人気のあるエピソードとなっていた。
 異変を起こした本人が吹聴して回っているので無理もない話だろう。


「ただ漫画は資料として信憑性に欠けると思うが」
「どのみち面白おかしく改変しますので、その辺りは問題ありません」


 きっぱりと言い切る彼女は、自信満々な様子だった。
 表情は変わっていないが、何となくわかる。


「本人に許可は取った方がいいと思うよ。まあ、資料は集めておこう」
「お願いします。出来たら一番にお見せしますね」
「楽しみにしておくよ、っと……そろそろ時間かな」
「はい」


 そうして彼女は時計を見上げた。
 本を片付け立ち上がる。

 玄関に駆け寄り……そこで彼女はくるりと向き直った。


「いってきます、マスター」


 こころは仮面を持たないまま、彼女自身の言葉を紡ぐ。
 変わらないはずの無表情に……霖之助は笑顔を見た気がした。


「いってらっしゃい、こころ」


 少女を見送り、帰りを待つ。
 そんな生活も悪くないと想いながら。

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感情を見せないために仮面を抑える、この動作にトキメキとニヤニヤが詰まっておりました。
幻想郷の少女に漏れず、どこか天然なこころちゃんがとても可愛らしかったです。

あ、ネチョでもいいんですよ?(

No title

「持ち主を意味するマスターにも聞こえて・・・」って自分は霖之助の物って自己主張しているんですよねきっと(2828)
それにしても感情を学ぶ教材が漫画って(笑) 確かに日常では経験しづらい負の感情とか学ぶには便利なものかもしれませんね。

・・・漫画の中に18禁のものが含まれていて興味を持ったこころちゃんがマスターと・・・みたいな展開になったりしてwww

No title

そのうちマスターが『所有者』の意味に変わらないかなと思いながら読んでしまいました
最近影が薄くなってきた早苗さんが訴訟も辞さないこころちゃんの発言に有頂天になりました

こころちゃんは可愛いと思います

こころちゃんがかわいくてしあわせ

No title

そのうち「自分の舞を見て欲しい」→「特別な感情を込めた特別な舞をマスターにだけ見て欲しい」的な感じになるんですね、わかります^^

No title

道草さんの影響で好きなキャラランキングトップ5に入ったんですけど・・・・・・とってもかわいすぎるんですけど!!
所有者(マスター)、か(グハッ)吐血するとはまだまだ自分は未熟でありますな・・・・・・。

ところで終わり際の『いってきます』『いってらっしゃい』って、仕事している女性と主夫にしか見えな(ゲフンゲフン)
『少女を見送り、帰りを待つ。
 そんな生活も悪くないと想いながら。』
少女方がアップしそうな・・・・・・気のせいか

No title

この二人の遣り取り、気心知れた遣り取りじゃないですか。やったー!

・・・冒頭のセリフ、風祝さんに吹き込まれたのでしょうか?
だとしたら、霖之助さんにお尻ペンペンしてもらいましょうねぇ~(ゲス顔)
プロフィール

道草

Author:道草
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同好の士は大ウェルカムだよね。
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