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蝶のように、花のように

もうすぐ春ですね。いやもう春でしょうか。


霖之助 妖夢









「とりあえず、こんなものか」


 裏庭の桜を見上げ、霖之助は満足げに頷いた。

 先ほどまで動いていたせいか、身体をほどよく暖まっている。
 とはいえ周囲の気温は低く、そのままにしておいたら風邪を引いてしまうかもしれない。


「筋肉痛には気をつけないとな」


 慣れないことはするもんじゃないな、などと考えつつ。
 霖之助は軍手を外し、首に巻いたタオルで額に浮いた汗を拭いた。

 一息ついたところで、もう一度桜に視線を送る。
 こうして庭師の真似事をしているのも、また見事な桜を見たいためやっていることだ。

 冬の名残を整理し、新たな季節の受け皿を作る。
 これは春を迎える重要な儀式だと霖之助は考えていた。

 ……というか、春告精が訪れやすい環境を作ることでいち早く春を楽しめるのだと経験から判断したのだが。


「またここで宴会をやるなんて言い出さなければいいが」


 ここ数年の花見を思い出し、霖之助はひとり苦笑を漏らす。
 酒は好きだが、騒がしすぎるのは苦手である。
 とりわけ幻想郷の少女が大勢集まったら、どうなるのかは言わずもがなだ。

 そんな彼を、ふわりと一陣の風が頬を撫でた。
 つい先日まで雪が積もっていたほどだったのに、その風からはすでに春の気配が感じられる。

 桜が咲く日も意外と近いのかもしれない、などと思っていると、後ろから少女の声がこだました。


「霖之助さん、あっちの方は終わりました」
「ああ、ありがとう」


 霖之助が振り向くと、ちょうど目の前に少女が歩いてくるところだった。
 白く長い髪に緑を基調とした服。背中に長刀を2本差している。
 だがそれより目を引くのは、一緒に連れている白く大きな人魂のようなものだろう。


「手伝って貰って悪いね、妖夢」
「いえ、どうせ暇でしたし」


 半人半霊の少女、魂魄妖夢。
 珍しく彼女が仕事以外で香霖堂を訪れていたため、こうして庭いじりを手伝って貰っていた。
 曰く、休日の過ごし方があまり思いつかないらしい。
 真面目な性格故の苦悩、というやつかもしれない。

 そんな彼女の種族を象徴するかのような半透明の大きな人魂は、今は妖夢の背負う刀より長い鉄の棒を持ってふよふよと漂っていた。

 名称は高枝切りハサミ。用途は高い場所の枝を切ること。
 便利な道具なので、使い心地を聞いておこうと思い貸し出したのだ。
 ……もっとも、飛べる彼女にとって意味のないものかもしれないが。


「わあ、ずいぶん綺麗になりましたね。見違えましたよ」
「君にそう言われると悪い気はしないな」


 桜の木を見上げ、妖夢は顔を輝かせた。

 本職から褒められると、悪い気はしない。
 お世辞が言えるような性格ではないので、本心だと思えば尚更である。


「これなら今年のお花見も盛り上がること間違いなしですね」
「いや、あまり盛り上がってもらっても困るんだが」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。花は静かに愛でるものだと僕は思うね」


 幻想郷の少女はなんというか花より団子なので困る。
 団子というか、酒だろうか。

 ……彼女の中では、ここで花見をすることはすでに確定事項らしい。


「でも騒がしい方が楽しいですよ」
「たまになら僕もそう思うさ。でもさすがに桜の時期に連日騒がれては、そう思いたくもなるよ」
「それは、まあ……」


 妖夢はどちらかと言えば、宴会では飲ませるより飲ませられる側である。
 だから思い当たる節があるのだろう。
 彼女が浮かべた苦笑いに、霖之助は肩を竦めてみせた。

 それから妖夢の顔を眺め、思い出したように口を開く。


「桜と言えば、白玉楼も見事なものだと聞くね」
「はい。霖之助さんもぜひご覧くださいね。私がお世話してますし、自慢の庭なんですよ」
「それは楽しみだね。機会があればお邪魔させて貰うよ」
「はい、いつでもいらしてください」


 ぱっと顔を輝かせる妖夢に、頷いて返す霖之助。
 ……とはいえ。
 冥界の桜を見る機会が、死んだ時以外にあるかどうか不明なのだが。


「そうそう花見で思い出しましたけど、今朝神社に顔を出したら早速鬼が宴会の計画を立ててましたよ。
 霖之助さんは今年どうされるんですか?」
「ああ、呼ばれれば行くかもしれないね。気分が向けば、だけど」
「そんなこと言って、全然来てくれなかったじゃないですか」


 妖夢は唇を尖らせ、軽く霖之助を睨み付けた。
 意外と根に持つタイプらしい。
 ……いや、それだけ霖之助が断ったからという可能性もあるが。


「何を言うんだい妖夢。ちゃんと一回は顔を出したじゃないか」
「出来れば私が誘った時に来て欲しかったです……」
「ふむ、じゃあ次の機会には前向きに考えてみようか」
「本当ですか?」
「次があればね」
「絶対ですよ! 約束ですからね」
「わかったわかった」


 途端に上機嫌になる妖夢に首を傾げつつ。
 霖之助は外していた軍手をつけると、ひとつ大きく伸びをした。


「さて、少し休憩したら続きをやろうか」
「はい、わかりました」


 彼女は頷き……ふと、首を傾げる。


「それで、次はどんな作業をするんですか?」
「いや、庭掃除の続きをやろうかと言ったんだが……」


 言って、霖之助は違和感に気づいた。
 振り返り、そして反対側に視線を送る。

 先ほどまで目の前の桜の木に集中していたので気づかなかったが。

 これは、もしや。


「妖夢、さっき君は作業が終わったと言っていたね」
「はい、そうですけど」
「あっちって、もしかしてここ以外全部のことかい?」
「ええ。こっちから回っていって、そこまで」


 平然と彼女が指さしたのは、香霖堂を取り巻く周囲一帯だった。
 ……どおりでさっきから、やけに周りの光景がすっきりしているように感じられたわけだ。

 見えないところだからと言って手を抜くような妖夢でもないし、彼女の言葉は信じていいのだろう。
 だからこそ、霖之助は素直に感心していた。


「驚いたな。正直見直したよ」
「いつもはどんな目で見てたんですか……」
「すまない。しかしまさかこれほどの手際とは思わなかったのでね」
「これくらい、朝飯前ですよ」


 がっくりと肩を落とす妖夢だったが、褒められたのが嬉しいのか口元がにやけているようだった。
 普段からあり得ない広さのお屋敷で働いているためか、これくらいの広さだと物足りないくらいなのかもしれない。

 入れ直した気合いのやり場をなくしてしまったものの、仕事が終わったのはいいことである。
 霖之助は気の抜けたため息をつきながら、もう一度彼女に向き直った。


「じゃあ後片付けをしてしまおうかな」
「あれ、もういいんですか?」
「ああ、十分すぎるよ。予定よりずいぶん早い……というか、まさか今日終わるとは思ってなかったし」
「ではこの後、霖之助さんの予定は特に立てていらっしゃらないと」
「そういうことになるね」


 使用した道具をまとめながら、霖之助は軽く肩を竦める。
 苦労様と彼女を労いつつ、言葉を続けた。


「今日は手伝って貰ったし、お礼にお駄賃をあげよう。
 労働には対価が支払われるべきだからね」
「あ、あの。ご褒美をいただけるのでしたら、リクエストがあるんですけど」
「ふむ? まあお礼だし、別に構わないが……」


 少々予想外の返答に、霖之助は目を瞬かせた。
 先ほど考え込んでいたように見えたのは、この件だろうか。


「内容次第だね。あまり高いものとかは考えさせて貰うけど」
「いえ、私が欲しいのは……その、霖之助さんのお時間なんですよ。空いた時間があるのなら、ちょっと私に付き合っていただけないかなと思いまして」
「なんだ、そんなことか」


 妖夢の時間の対価を、霖之助の時間で支払う。
 考えてみれば、至極真っ当な取引である。

 ……ツケにしたりされたりするよりは、ずっと。


「お安い御用さ。元々今日はこの作業に使う予定だったからね」
「本当ですか? ありがとうございます」


 妖夢は嬉しそうな表情を浮かべると、勢いよく頭を下げた。
 礼に礼を言うというのも、なんだか変な気がするのだが。


「それで、僕はなにをすればいいんだい?」
「えーっと。実はですね……ちょっと恥ずかしいんですけど」


 そこで妖夢は言葉を切った。
 しばらく迷っていたようだが……ややあって、口を開く。


「私の女の子の部分を、見ていただきたいのです」







 畳の上で、蝶が舞った。
 時に緩く、そして疾く。

 緩急織り交ぜたその動きは、ひらひらと花が咲くようで。
 淀みのない踊りは、心も一緒に浮き立たせるようで。

 くるくると回る彼女の身体を支えるように、同じく半霊がふわふわと舞い踊る。

 やがて一連の動作を終え、蝶はゆるゆると羽根を閉じていく。

 ……彼女が携えた扇子が役目を終えると同時。
 霖之助は妖夢の舞に、拍手を贈った。


「今日は君に驚かされっぱなしだな」
「そんな……未熟でお恥ずかしい限りです」


 思わず感嘆のため息を漏らす霖之助。
 妖夢はというと、あまり連続で褒められることに慣れてないのか、恥ずかしそうに頬を染めていた。


「いや素晴らしかったよ。ずいぶん練習したんだろう?」
「はい。練習はずっとしてたんですけど……でも幽々子様以外の方に見せるのは初めてですね」
「ふむ、そう思うと光栄だね」


 霖之助は感心しきった表情で、妖夢を向かいに座らせ、お茶を注ぎ足す。

 こういったものを鑑賞する機会はあまりなかったために素人目なのだが、修練を積んだ武の動きが、彼女の紡ぐ舞を更に昇華させているように見える。

 たいしたものだ、と霖之助は素直にそう思っていた。


「あとは似合いの衣装でもあれば完璧じゃないかな。君の舞ならやはり和服が似合うだろうね」
「一応幽々子様のお古をいただいたんですが、さすがに持ってくる時間がありませんでしたので。私の普段着だと裾が短くてどうしても……」


 そこで彼女は何かに気づいたようにぱっと顔を伏せ、スカートを押さえた。
 それから恐る恐るといった様子で、上目遣いに霖之助を見やる。


「ひょっとして……その、見えてました?」
「いや、そんなことはなかったよ」


 妖夢の問いに、首を振る霖之助。
 ……少しだけ目を逸らしたことを、彼女は気づいただろうか。


「……信じておきます」
「そうしてくれると助かる」


 しばらく沈黙が続いていたが、やがて彼女は追求を諦めたらしい。
 そういうことにした、といったほうが正しいか。

 普段の弾幕ごっこの方がよっぽど激しく動いている気はするのだが。
 それはそれ、これはこれなのだろう。


「着物を着て君が舞ったら、お金を取れるレベルかもしれないね」
「いえ、そんな、お金とかは別に」


 冗談めかして笑う霖之助に、妖夢は首を振った。


「だって私が舞を見せたいのは、幽々子様とお爺様とあと……」


 何かを言いかけ……慌てて彼女は口をつぐむ。

 それから妖夢はお茶を一口啜ると、呟くように言った。
 熱い吐息を、湯気に隠して。


「……霖之助さん」
「うん?」
「私はまだまだ半人前ですけど」


 妖夢は霖之助をじっと見つめ、そして続ける。


「いつかちゃんと舞えるようになったら、その時はまた……見てくださいますか?」
「ああ。期待しておくよ」


 霖之助は頷き、彼女の頭に手を置いた。
 ぽんぽんと軽く撫でると、妖夢は気持ちよさそうに目を細める。

 そんな子供っぽい仕草に安堵感と微笑ましさを覚えながら、霖之助はふと思いついたかのように口を開いた。


「その時は、君用の衣装でも進呈しようかな」
「本当ですか?」
「ああ。君の主人の服のほうが立派かもしれないけどね」
「そんな、比べることなんて出来ませんよ」


 嬉しいです、と微笑む彼女に。
 霖之助はひとつ、ため息をついてみせる。


「僕としてはたまに見せてくれた方が嬉しいんだけどね」
「え、霖之助さん、いまなんて……」


 目を瞬かせる妖夢をはぐらかしながら。
 将来の楽しみに、霖之助は期待を募らせるのだった。

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「いえ、私が欲しいのは……その、霖之助さんのお時間なんですよ」

中盤以降の積極的妖夢にニヤニヤしっぱなしでした!
ちょっとずつ見せてって霖之助をもっと照れさせればいいんじゃないですかね。
そしてゆくゆくは女の子の部分もさらに…!

妖夢さん…「女の子の部分」って…その言い回しは誤解を招きますwww

霖之助さん絶対咳き込んだだろwwwww

妖夢がいきなり何を言い出すのかと思ったら、こういうことでしたか。
この先成長して、長くなった銀髪をなびかせながら舞う妖夢の姿が楽しみになりますねぇ。

No title

初コメです。
妖夢が積極的でなおかつ空回りしない妖霖は珍しいなと思いながらニヨニヨさせてもらいました。
確かに主人が主人だしこういう教養もあっておかしくないですね。

No title

わざと下着を着けずに舞って女の子の部分を見てもらう妖夢を幻視した。
・・・何を言っているんだ俺は

No title

この妖夢……出来るぞ!
しかしこの『女の子の部分』、意味深ですなぁ……
もっともっと女の子の部分を見せて行く予定なんですねこの策士がっ!!

いや、読めば読むほどこの妖夢が『こいつ、出来るぞ……』と思わされてしまいまして
狙ってやってるならそうですし、狙ってないなら天然で策士……
半獣のライバルに、半霊が追加された瞬間であった

No title

蝶のように舞い、そして蜂のように刺すんですね、霖之助さんのハートを

No title

こうして霖之助さんは衣装作りなどで、忙しいから仕事できないんですね仕方ない・・・w
そして妖夢さんかわいすぎます~。
さて、香霖堂の桜が満開の時に妖夢さんは霖之助を誘えるのかっ!?・・・楽しみですね。

No title

「私の女の子の部分」でよからぬ想像をしてしまった私はもうダメかもしれない。

そして「妖夢の衣装を進呈」と聞いて白黒と紅白が羨ましそうに眺めている光景まで視えました(2828)

成長の余地・・・、なんか、エロい・・・。 

No title

「私の女の子の部分を、見ていただきたいのです」
この一文のせいで危うく椅子から立ち上がるところでした。R指定か?R指定なのか!?って。

はっ、成長した妖夢と霖之助さんが見える!?
これが霖之助さんのカップリングを妄想することをこじらせた境地!(んなことはない・・・はず)

はい、僕の脳内が春だっただけですね。あー、むずむずしてきた!なんか書きたい気分です!

No title

>「私の女の子の部分を、見ていただきたいのです」
思わずガタッとなった俺は心が汚れているのだろうなwww

だが「一人前になったら~」系統の約束をする妖霖はなんでこんなに2828してしまうんだw

No title

「私の女の子の部分を、見ていただきたいのです」
他の少女達が聞いていたら間違いなく戦争勃発もののセリフですねwww

・・・それにしても見えたであろう妖夢のスカートの中にはどんな素敵空間が広がっていたのやら(2828)
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道草

Author:道草
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フラグを立てる話がメインなのでお気を付けください。
同好の士は大ウェルカムだよね。
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