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酉京都幻想 第7.7話

月に願いをってやつですね、ええ。
お月見の時期はもう過ぎてしまいましたが。


霖之助 蓮子 メリー 夢美









「月を見るたび思い出すわねぇ」


 満天の星空を見上げながら、メリーは言った。

 いつもより少しだけ、空が近い。
 その代わりに地上の喧噪が遠いのは、ここが大学の屋上だからだ。

 眼下に広がる大学の構内では、すっかり夜の帳も降りたというのに、いくつかの研究室には煌々と明かりが灯っているようだった。
 どこの世界も研究者と言うものは熱心だと思いつつ……自分もその一環でここに来てるのだと思い直し、霖之助はひとりため息を漏らす。


「何か月に特別な思い入れでも?」
「まあ、月に言いたいことはいろいろありますけど」


 彼の問いに、すっと彼女は目を細める。
 不吉だからその笑い方はやめて欲しいとずっと思っているのだが……残念なことに、一向に聞き入れられる様子はない。


「今思い出すのは、蓮子のことですわ」
「蓮子と月が、どうかしたのかい?」
「ちょっとメリー、その話は……」
「あらあら、どうしようかしら」


 コーヒーを用意していた蓮子は、わたわたと慌てた声を上げた。
 彼女の声に、メリーは笑みの種類を普通の少女のものへと変える。


「そういえば、蓮子に口止めされていたのをすっかり忘れていたわ」
「……わざとでしょ、まったく」


 のほほんとしたメリーの顔に、蓮子は複雑な視線を送っていた。
 その様子を見て、霖之助は首を傾げる。


「途中まで言いかけられると、気になってしまうじゃないか」
「ほら蓮子、霖之助さんがお待ちよ」
「まあ別に無理に聞き出そうってわけでも……」
「……どうしてもって言うなら、話してあげてもいいけど」
「いや、だからね」


 どうしてこの歳頃の少女というものは人の話を聞かないのだろうか。
 ……幻想郷を思い返す限り、歳は関係ない気もするが。


「霖之助君のばか」
「理不尽だ」


 唇を尖らせる蓮子に、霖之助は肩を竦めた。
 しかし少し前、聞かないままにしておいたところ「霖之助君って私のことに興味ないんだ……」などと拗ねられたこともあるので、実に女心は扱いが難しい。


「この前蓮子の実家に遊びに行ってきたのよ」
「ああ、夏休みの小旅行だね」
「そうそう、霖之助君も誘ったのに来てくれなかったやつ」
「まあでも、まだ両親にご挨拶は早いと思うわよ、蓮子」


 話したがらなかった話題のわりに、蓮子はすんなりと口を開き始めた。
 下手にメリーに任せるより自分が説明した方がいい、と思っただけかもしれない。


「ヒロシゲに乗って53分。東京に無事着いて、まず私の実家に荷物を置きに行ったんだけど」
「時間もあるし、海に行こうって話になったのですわ」
「ほう、海か。なかなかいい選択肢だね」
「でしょ? 今度一緒に行こうよ、霖之助君」
「ああ、機会があったらね」


 海という単語に、霖之助は遙かな記憶を思い返す。
 まだ幻想郷が隔離される前、何度か見たことがある。

 ここ100年くらい見ていなかったので、何とも言えない懐かしさがこみ上げていた。


「私たちが宇宙旅行を計画してるのは知ってるでしょう?」
「ああ、月に行って……蓮子の能力で月を見るのが目的だったかな?」
「……なんだか微妙に違う気がするけど、まあいいや。とにかく、宇宙旅行ってすごく高いのよね」
「学生のアルバイトじゃなかなか手が出ないのよ。だから目的は目的のまま、別の方法でも宇宙に行けないか探してみようってことになったの」
「それで、海に?」
「そういうこと」


 蓮子は頷き、3人にコーヒーの入ったカップを配る。
 今回は上手く入れられた気がするよ、との笑みに、霖之助は礼を言いつつ黒い液体を口へと運んだ。


「ところで霖之助君、浦島太郎のおとぎ話知ってる?」
「無論さ。龍宮伝説は有名だからね」
「じゃあもちろん、相対性理論における時間の遅延性もわかるよね? 双子のパラドックスとかに代表されるあれなんだけど」
「……いやまあ、そちらの方はおぼろげなんだが」


 話題の飛躍っぷりに目を白黒させる霖之助を見て、メリーはおかしそうに笑っていた。

 ……蓮子の場合、もちろんの使い方が間違っていると思う。


「しょうがないなあ。えーと、簡単に言うと早く動く物体は時間が遅く流れるってやつなのよ。光速の物体には、時間が経過しないっていう」
「それってつまり……」
「そう、だから俗にウラシマ効果って言うのね。そのことから、竜宮城は月にあったんじゃないかって言う人もいるのよ。浦島太郎が年を取らなかったのは光速で動く宇宙船に乗ったからだ、ってね」
「なるほど……そう考えることも可能なのか」
「……まあ、玉手箱のことに関しては結論が出てないんだけど」
「あら、浦島子は玉手箱の煙を浴びて最後には鶴になるっていう話もあるわよ」
「ああ、そもそも竜宮城は蓬莱山が元になったという逸話もあってだね」
「う~ん? まあ城でも山でも何でもいいんだけど」


 メリーの補足に、頷く霖之助。
 霖之助としてもそっちの伝承のほうが詳しいのだが、蓮子はそれほどでもないらしい。

 どのみち話の結末自体は重要ではないようで……霖之助はもしやと思い、コーヒーを飲む手を止め蓮子へと視線を向けた。


「それで、一晩中亀探しでもしてたのかい?」
「……まさか。私達は今をときめく女子大生だよ? 亀を探して夜を明かすなんてとてもとても」
「そうね。上を向いたまま歩いてた蓮子がつまずいて転んでびしょ濡れになったあたりから、目的を忘れて水遊びしてたわね。
 今でも月を見るたび思い出すわ、あの時の蓮子の慌てた顔」
「もう、いい加減記憶からデリートしてよね!」
「なるほど、よくわかった」


 それは何とも、忘れられない思い出だ。
 女子大生としてどうか……とは思うものの。
 本人達が満足そうなら問題ないのだろう。


「その様子だと、結局亀は見つからなかったみたいだね」
「見つけてたら今頃地球上にはいないよ。たぶんだけど」
「でもせっかく海に行ったのだから、お土産に貝殻のひとつでも持ってくればよかったわね」
「その気持ちだけで十分だよ」


 蓮子たちの旅行を想像し、霖之助はほうと吐息を漏らす。


「何にせよ、楽しそうで何よりじゃないか」
「うん、まあ。すごく楽しかったんだけどね。そのあとちょっとだけ風邪引いちゃって……まあすぐ治ったんだけど」
「あれは蓮子がお腹を出して寝るから……」
「そんなことないよ!」


 照れたように顔を赤らめ、蓮子は叫び声を上げた。
 彼女はメリーに詰め寄り、頬を染めたまま小声で捲し立てる。


「ちょっとメリー! 恥ずかしいから言わないでって言ったじゃない」
「蓮子の恥ずかしいところも霖之助さんに知って貰おうと思って」
「もう!」


 それからなにやら文句を言っていたようだが、メリーは聞き流しているようだ。
 その見事なあしらい方を内心感心しながら眺めていると、階段へと続く近くのドアが音を立てた。


「主賓不在なのに、随分盛り上がってるじゃないの」


 赤い髪に赤いスーツ、ついでに赤い目をした女性が3人の元に歩み寄る。
 その瞳が若干不機嫌気味なのは、きっと先ほどの言葉に原因があるのだろう。


「まさか、主賓を忘れるなんてことあるわけないじゃないですか。ずっと待ってましたよ。月見団子」
「宇佐見、誰のおかげでこの特等席を使えると思っているのかしら」
「もちろん心優しい教授の好意ですが、何か」


 夢美に席を勧めつつ、用意するのを忘れていたらしいコーヒーを入れる蓮子に彼女はため息をついた。
 その代わりとばかりに、霖之助は夢美に向かって頭を下げる。


「使わせて貰って感謝しているよ、教授」
「いきなり押しかけてきて、何かと思ったわよ。ま、月見で屋上を使うくらいなら構わないけど」
「いい息抜きになったって、ご主人も喜んでたぜ」


 夢美はじろりと茶々を入れてきたちゆりを睨み、それから改めて蓮子へと視線を戻す。


「まったく、宇佐見は花より団子ね」
「物理学者ですから」
「私はその教授なんだけど」
「つまり教授も花より団子、と」
「一緒にしないでくれるかしら。私は花鳥風月を愛でる心をちゃんと持ち合わせているわ。針の先くらいはね」


 なにやら言い争いを始める二人に、残った3人は顔を見合わせた。
 とはいえこれもいつものことなので、それぞれ慣れた様子で月見の準備を再開する。


「やれやれ、仲がいいのか悪いのか」
「悪くはないんじゃないかしらね」
「私もそう思うぜ。ご主人は気が乗らないことには見向きもしないからな。
 それに今日なんて、月見団子よりいちご大福作れってうるさかったから……どっちもどっちだぜ」
「なるほど、似た者同士というわけか」


 その意味では、気は合うのかもしれない。
 もっとも夢美の偏屈さは学内に知れ渡るほどで、蓮子も変なところで頑固な面があるからつい言い争いになってしまうのだろう。


「貴方と図書館の主の関係かしらね」
「……その場合、どっちがどっちだい?」
「さあ、どうでしょう」


 そっと囁いてきたメリーに、霖之助は首を振る。
 頼むから人の心の中を見透かさないで欲しいのだが。

 ……そして気を取り直すように、ちゆりが持ってきた籠の中身へと目を向ける。


「ということは、この団子はちゆりが作ったのかな?」
「ああ。いきなり材料を買いに行かされて大変だったぜ」
「あら、それは申し訳なかったわね。言ってくれれば手伝いましたのに」
「気持ちだけ受け取っておくぜ。これが私の仕事だからな」


 言いながら、てきぱきと仕事をこなすちゆり。
 あの夢美が側に置くだけあって、実に有能だと霖之助は感心していた。


「しかしなかなか美味しそうじゃないか」
「ちゆりの料理の腕はなかなかのものよ。私が保証するわ」
「教授が褒めるなら、かなりのものなんだろうね」
「でも霖之助君も料理上手いじゃない。メリーだって上手だし」
「そういえば、前もそんなことを言ってたわね」


 論争に決着が着いたのか、二人が会話に加わってきた。
 ……どちらが勝ったのかは、あえて聞かないでおくことにする。


「でも宇佐見の言うことだし、話半分だと思ってたわ。ああでも前お邪魔した時、マエリベリーの料理はご馳走になったかしらね」
「美味しかったでしょう? でも霖之助君だって負けてないんですから」
「ふん、どうだか。食べ比べでもしてみないことにはわからないわね」
「望むところですよ!」
「……勝手に決めないで欲しいんだけどね」
「なんて蓮子が威張ってるのかしら」
「美味けりゃなんでもいいぜ」


 どうやっても張り合わずにはいられないらしい。

 戻ってくるや否や再び盛り上がり始めた蓮子と夢美に、三人は思わず苦笑を交わす。
 しかしながらそのままにしていると進まないので、霖之助は仕方なく止めに入ることにした。


「さて、いい加減月見を始めようじゃないか。月は逃げるものだからね」
「はーい」
「わかっているわよ」


 ようやく腰を落ち着け、改めて全員分のお茶を注ぎ直す。
 それから夢美の音頭で、ささやかな月見会は開始を告げた。

 外で見る月は、幻想郷と少しだけ違っているようで。
 昔と今を思い返しながら、霖之助はコーヒーと月見団子を口に運んだ。

 ……緑茶を用意して貰えばよかった、と少しだけ後悔していると、ふと視界に影がかかる。


「ねえ、霖之助君」
「うん?」


 名を呼ばれて顔を上げると、蓮子が隣に立っていた。
 彼女は自分のコーヒーカップをテーブルに置くと、そのまま腰を下ろす。


「月ってこんなに綺麗だったんだね」
「ああ、そうだね」
「今までずっと、知らなかったよ」
「そうかい?」
「うん、そう」


 蓮子は昔自分の能力が嫌いだったらしい。

『……でも、気持ち悪いよね、こんな私』

 ……そう言っていたことを思い出した。
 でもまあ、あれからいろいろ吹っ切れたようで……最近は、そうでもないようだが。


「霖之助のおかげ、かな」


 蓮子はそう言うと、そっと彼の耳元で囁いた。
 やがて彼女の背中を見送り、霖之助は肩を竦める。

 耳に残ったありがとうの言葉と、眼下の光を眺めつつ。

 こんな騒がしさも悪くないと。
 そんなことを、思いながら。










「気は済んだかしら」
「何の話ですか?」
「わざわざこんな企画をしたのは、何のためかしらね。ま、いいけど」


 夢美は苺大福を囓りながら、声だけを彼女に向けた。
 視線は遙か先。月の裏側を睨み付けるかのように、遠くを見ている。


「でも宇佐見、ひとつ聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「もし本当に亀が現れていたら、貴方はどうしたのかしら?」


 その質問に、蓮子は言葉を詰まらせた。
 しかし、沈黙が落ちたのもしばらくのこと。


「乗りますよ」
「本当に? 例え貴方ひとりでも?」
「はい。だってそのほうが……面白いでしょう?」
「……そうね」


 変なこと聞いたわね、と夢美が頭を下げた……気がした。

 いつかは別れ、ひとりになる。そのことはよくわかっているつもりだ。
 いつまで一緒にいられるのか。
 ……最近、蓮子はあまりそのことについて考えないようにしていた。


「でも」
「ん?」
「向こうに行っても、あの二人ならついてきてくれるかもって……何となく、そんな気はします」
「そう。私もそう思うわ」


 夢美は頷き……それから、笑みを浮かべる。

 蓮子が地上に視線を戻すと、霖之助、メリー、ちゆりの3人が集まって団子のレシピについて話し合っているようだった。
 夢美も同じ光景を見ていたらしい。
 少しだけ意地悪な表情を浮かべ、彼女は再び口を開く。


「ついでに聞くと、マエリベリーや森近が亀に乗ったら、貴方はどうするのかしら」
「もちろん、追いかけますよ」
「……ふぅん」


 その答えは迷わなかった。
 即答する蓮子に、夢美は満足そうに頷く。


「その時は協力してくださいね、教授」
「善処するわ。そのほうが、面白そうだもの」


 ……やっぱり考えることは同じなのかもしれない。

 にっこりと笑いあう二人の視線の先で。
 霖之助はぞくりと、妙な予感を覚えるのだった。

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No title

久しぶりに見る蓮子と夢美のやり取りはやっぱり良いものですなぁwww
そんな2人に目を付けられた霖之助には頑張ってと言うほかありませんね。

・・・びしょ濡蓮子とか想像するだけで滾ってきますぞ(笑)
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