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天地を繋ぐは琴の調べ

先日はみゅんさんの誕生日だったそうなので、お祝いの天霖を。
『悪戯心と腕の中』の続きっぽく。


霖之助 天子









 真剣な表情で、霖之助は道具を鑑定していた。
 香霖堂店主、古道具屋としての顔。

 天子はそんな彼の表情を眺めているのが好きだった。
 会話が無くても、少しも退屈だとは思わなかった。

 だからこうやって、彼女はたまに天界の要らない道具を持ち込むことにしていた。

 しかし。


「参ったな……」


 彼が漏らした、予想外の一言。
 どきりと心臓が飛び出しそうになる。

 天子はひとつ深呼吸をすると、動揺を押し殺して口を開いた。


「参ったって、どういう事かしら」
「ああ、すまない。聞こえてしまったかな。……いや、気にしなくていいよ」
「気にするなと言われても気になるわよ。ひょっとして、安すぎて値段がつかないとか?」
「そんな不安そうな顔はしなくていいよ、天子。実はその逆でね」
「逆って……」


 天子は霖之助の顔から、ゆっくりと鑑定台の上へと視線を動かす。

 鑑定台に陣取っているそれは、天子が昔使っていた琴だ。
 とても細かくチェックしているようで、鑑定を開始してから結構な時間が経過していた。
 つまりは、天子の至福の時間が。


「いいものすぎてね。値段がつけられないんだ」
「そうなの?」
「そうなのって、価値も知らずに持ってきたのかい?」
「だって、たくさんあるやつだし……」
「……つくづく天界というのは恐ろしい場所だな。
 宝石や装飾にかなり凝っているし、それに素材自体だって……」


 呆れた霖之助の視線に、天子は居心地悪そうに座り直した。

 彼女にとっては、その辺にあったものを持ってきただけなのだ。
 天子が天界に行った時に作った中のひとつだった気がするから、もう結構古い物だ。

 同じような琴はいくつもあり、とてもそんな事になるとは考えなかったわけで。


「天界じゃ歌や踊りか、あと宴会くらいしかすること無いのよね。
 無駄に手間暇かけてるのはそのせいかも。あと釣り道具とかもあるけど」
「なるほど。基本レベル自体がかなり違いそうだね」
「贅沢するしか能がないってスキマ妖怪は言ってたわ。失礼な話よね」
「……今回ばかりは、紫に同意してしまいそうだよ」


 霖之助は大きくため息をついた。

 ……少々ショックだった。
 感覚の違いもだが、紫に同意してしまうという一節が特に。


「とにかく、この琴がいいものなのは間違いない。
 だからこそ、地上の価値に換算するのに悩んでいるんだよ」
「ふーん、目利きはしっかりしてるのね」
「当たり前さ。僕をなんだと思ってるんだ」
「騙して安く買い叩くのかと」
「そんな事は……しないよ、うん」


 言葉の途中で、やや弱気になっていく。
 心当たりでもあるのだろうか。

 聞いても、教えてはくれないだろうが。


「それに金額を出したとしても、君はそのお金が必要かい?」
「別にいらないわね。天界にだいたいあるし。
 使うと言っても地上でご飯食べるくらいだからそんなに必要ないし」
「だろう? だから困っているんだよ」
「困ってるの?」
「ああ」


 彼を困らせてしまった事に罪悪感を覚えつつ、それでもむず痒い感覚を覚える。
 やはり褒められるのは嬉しいことだ。


「面倒な客だね、君は」
「えっ、そうなの?」
「ああ。だからこそ面白いんだが」
「そう……なんだ。よかった。持ってきて困らせたらどうしようかと」
「とんでもない。持ってきてくれたことは嬉しいよ」


 悪気はないのだろう。
 けどとてもびっくりした。

 ……こんな彼に苦手と言われたら、どんな気分になってしまうのか。
 想像するだに恐ろしい。


「僕の店にも、天界の道具を置けるというのはかなりプラスになるだろう。
 この価値のものを買える人はほとんどいないと思うがね」
「じゃあ、飾っておくの?」
「しばらくはそうなるだろう。だがそうすることで天界の道具も扱っていると売りに出来る。
 一種のステータスというヤツさ」


 楽しそうに語る霖之助と話していると、思わず天子も嬉しくなってしまう。
 まあ、値段に関しては完全に予想外の出来事だったが。


「ふーん。ならもうちょっといいのを持ってくればよかったかしら」
「……いや、それはいい。これでも対価をどうしようか悩んでいるところだからね。
 売ってくれるのはありがたいんだが……貨幣があまり必要ないなら、何かうちで欲しい商品はあるかい?
 この辺にあるものなら好きなものを持っていってくれて構わないよ」


 霖之助が商品棚の一角に顔を向けた。
 つられて天子も同じ方向へ向き直る。

 雑多な道具が山と積まれていた。
 この店に来た当初は珍しかったのだが、それはもう昔の話である。


「うーん、動かない道具を持って行ってもなあ。
 見る分には面白そうなんだけど、買ってまで見たいわけじゃないし」
「……なかなか正直だね」
「その方がいいでしょ?」
「まあね」


 手当たり次第に買ってみようと思ったこともあったが、それは最も彼が嫌がる事だと気づき、やめた。
 例え道具を買わなくても、道具の使い方を議論している方が彼は楽しいらしい。

 とことん商売人に向いてないと思う。
 だがそんなとこが、実に彼らしい。


「と、そんな理由で参ったと言ったわけだ」


 そう言って、霖之助は肩を竦める。
 彼は少し考えるような素振りを見せたあと、天子の服へと目を落とした。


「僕が作れるものなら、霊夢みたいに服を作ってあげてもいいんだが……」
「服?」


 目を輝かせる天子だったが、彼女が何か言う前に、霖之助は首を振る。


「……いや、天衣無縫と肩を並べるにはまだまだだからね。別のものにしよう」
「えー、気にしなくてもいいのに」


 天子の不満声に、曖昧に返す霖之助。
 だが彼の瞳に諦めの色はなく、むしろ挑戦的な光すら見える。

 これは未来に期待、というやつだろう。
 そうであってほしい。


「欲しいものかぁ」


 ため息をつきながら、天子は天井を見上げた。
 思い出すのは地上に降りて、初めて騒ぎを起こしたあの時のこと。


「別荘があったらいいなあ……」
「ん? 別荘かい?」
「え? うん、そうなんだけど。あったらいいなーって」


 別荘にするため地震を起こして神社を壊したことは、彼は知らないらしい。
 ……知っていたら、どんな顔をするだろう。

 例えばこの香霖堂を別荘にしたらどうだろうか、と考える。
 しかしすぐに、もしこの香霖堂を買い上げても、そこに彼がいなければ意味がないと思い至った。


「まあ、明け渡すわけには行かないけど。泊まりたくなったら泊まっても構わないよ」
「いいの?」
「何、気にすることはない。慣れてるからね。
 これくらいじゃ代金にもならないが……」
「ううん、そんなことない! 私がずっと欲しかったものだし……」
「そうかい?」
「じゃあ、えっと」


 答えるべき言葉に迷い、言葉を詰まらせる天子。


「よろしくお願いします……」


 やがて彼女は、深々と頭を下げたのだった。









「というわけで、香霖堂に泊まれるようにはなったんだけど」
「むしろどうしておめおめと帰ってきたのか不思議でなりません。
 そこは泊まってくるでしょう、普通」
「え? え? だって急な話だったんだもん……」
「そんなにかしこまる必要もないでしょうに。せっかく店主さんの服を借りるとか言うイベントも発生したかもしれませんのに」
「だって……迷惑じゃない? いきなり……」
「へぇ、そこは気にするんだ」


 天界の一角で、天子は衣玖と萃香と向かい合っていた。
 困り顔の天子に対し、衣玖は呆れ顔、萃香はいつもの酔っぱらい顔だ。


「ニャハハ、あの店主は霊夢や魔理沙で慣れてるからねぇ。
 ちょっとやそっとじゃそんな事気にもしないよ」
「そ、そうなの?」
「そーだよ。私も泊まったことあるし」
「そういえば妖夢も泊まったことあったわねぇ」
「ふーん、って……」


 天子は頷きかけ、動きを止める。
 そしてゆっくりと、衣玖の隣で酒を飲む幽々子に視線を向けた。


「なんでアナタまでいるのよ」
「あら、私がいちゃ迷惑だったかしら? 前はわざわざ呼ばれて来たのに」
「今回は呼んだ覚えもないんだけど、萃香ともども」


 天子の視線に、しかしふたりとも少しも動じた様子はない。


「美味しいお酒と美味しい桃があるなら、来ないと損じゃない?」
「損してくれて構わないんだけど。天界に亡霊がいるってどうなのかしら」
「いいじゃない、冥界仲間なんだし」
「それはそうだけど」


 天界は欲を捨てた人間や、成仏した人間の住まう場所だ。基本的には。
 俗世間に完全に別れを告げ、輪廻転生の輪からも外れ、永遠に天界に住む。

 欲を捨てるということは生きる欲も捨てることでもあり、生きながら死者と変わらない状態になる。

 天界にいる人間は、誰も彼も陽気で明るい。
 不安も何もないのだから、そうもなるだろう。


 天子は特殊な事情で天人になったせいで、かなりそのの中でも浮いた存在だった。
 ……そのためあんな異変を起こしたのだが。


「それにアナタ、なんか変な策練りそうだし……」
「とんでもない。私は貴女の味方よ?」
「本当に?」
「ええ、もちろん」


 幽々子はにんまりと笑うと、天子の顔を覗き込んだ。
 それから口元を袖で隠し、何事か呟く。


「妖夢のライバルを自分の手で育てる……胸が熱くなるわぁ」
「何か言ったかしら?」
「いいえ、なんでも」
「まあまあ、細かいことはいいじゃないの」
「そうですよ。細かいことはいいじゃないですか」
「……なんか怪しいわね」


 絶対何か企んでいる顔だ。間違いなく。
 それが自分に利があるか害があるかは、よくわからなかったが。

 まあ、気にしても仕方がないだろう。


「もちろん私だって泊まろうかとはお言葉に甘えて思ったんだけど。
 でもふと思ったのよね。そんなあっさり泊めてくれるってことは、やっぱり子供扱いされてるんじゃないのって」
「なにをー、私もそうだっていうのかー!」
「別にアンタのことまでは言ってないわよ」


 なにやら怒りを露わにした萃香だったが、突然動きを止めた。
 しばらく考え込んだあと、ポンと手を合わせる。


「まあ、あの時は私も泥酔してたからねー。気がついたら寝てたんだけど」
「……やっぱり、そんな事だろうと思ったわ」
「私が泊まろうとしたら渋りましたしねぇ、店主さん」
「そもそもどうして泊まろうと思ったのよ!?」
「なんというか、ノリで」
「ど、どんな?」


 天子の驚き顔に、しかし衣玖は答えをはぐらかす。
 そんなふたりのやりとりを見て、幽々子も楽しげに微笑んだ。


「妖夢は普通に泊まってきたわよ? 労働はさせられたみたいだけど」
「えー、じゃあやっぱり決定的じゃないの」
「そういう幽々子はどうなのさ」
「私はあいにくと機会がなかったのよね。じゃあ今度聞いてみようかしら」
「え、ダ、ダメよ」


 思わず天子は叫んでいた。
 それから自分の声の大きさに驚き、少し頬を赤らめる。


「いや別に、私が決める事じゃないけど」
「そうですね、そういうことにしておきましょう」


 3人のニヤニヤとした顔に囲まれ、居心地を悪くする。
 天子がその空気に何も言えないでいると、幽々子が話題を変えてきた。


「それで、大人扱いされるようになったのかしら? いろいろと頑張ってたって聞いたわよ?」
「そうなんだけど……なんか、こう」
「効果はなかったのかしら」
「ないことはない、のかなぁ。でももうちょっと……」
「まあ、霖之助がそう思うのも無理もないねぇ」
「正しい判断だと思います」
「ちょっと、どういうことよ!?」


 問い返してみるが、ふたりは知らん顔。
 酷い話だと思う。


「でも無視されることはなくなったんですよね? 私達のおかげで」
「邪険に扱われることもなくなったんだよねぇ。私達のおかげで」
「うぐ、確かにそうだけど」
「……一体最初はどんな状態だったのかしら……」


 それどころか、さらにしたり顔で胸を張る衣玖と萃香に、天子は苦い表情を浮かべた。

 あまりと言えばあまりのそのやりとりに、幽々子は珍しく驚いた顔をしている。


「ま、まあ。衣玖と萃香のアドバイスは聞いてるんだけど。
 ここらでひとつ、もう一歩前進する何かないかしら。味方って言うなら協力してよ」
「あらあら、そんなの簡単よ」
「簡単なの?」


 幽々子の答えはあっさりしたものだった。
 思わず天子は正座し、彼女に向き直る。


「ええ、せっかくいいものを香霖堂に持って行ったんでしょう?」
「いいものって、琴のこと?」
「そうよ。貴女がその腕前を披露すれば、別の一面にハッとなるかも。
 あの人ってそう言う風流なの好きだし」
「そ、そうかしら」


 幽々子は天子から見ても大人の女性である。
 そんな彼女が言うのだから間違いないだろう。

 少なくとも、萃香が言う事よりは説得力がある気がした。


「いわゆるギャップなんとかってやつだねぇ、紫が言ってた」
「いいじゃないですか、総領娘様。琴は得意だったでしょう?」
「う、昔はやってたけど……」
「そういえば最近サボりがちでしたねぇ」


 衣玖のため息に、天子は困り顔。
 無論今でも琴の腕前には自信がある。

 ……自信があるものの、練習してないのは事実なわけで。
 同じくらい、不安もあるのだった。


「決めた、特訓する!」
「あらあら、これが自分を磨くってやつね」
「天人なのに欲深いねぇ」
「幽々子って音楽出来るでしょ? あと衣玖も」
「ええ、お任せください」
「腕が鳴るわねぇ。妖夢はちっともこういうことに興味持ってくれないし」


 闘志を燃やす天子に、まるで新しいオモチャを手に入れたかのように幽々子は瞳を輝かせる。
 衣玖はいつも通り、マイペースに。


「じゃあ私は酒飲んで寝てるから~」
「んもう、いつも通りじゃないの」


 萃香も同じくのようだ。
 まあ、そっちの方が安心するのだが。


「首を洗って待ってなさいよ、霖之助!」
「それはちょっと違うと思いますけど」


 衣玖の苦笑もどこ吹く風。
 天子は空に向かって拳を突き上げるのだった。

 彼に最高の演奏を聴かせるために。





 ……それにしても。
 練習用の琴を売ったあとで、琴を練習したくなるなんて。


 やっぱりもう少しだけ、いい琴を売ればよかったかもしれない





 屋敷の琴を物色しつつ、彼女はそんな事を考えていた。

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No title

琴を使える天子ってのもいいですね!最高の演奏を出来た時のことを考えるだけでにやにやが

No title

まさかの幽々子嬢出演に俺歓喜
文中から察するに妖夢と天子の霖之助さん争奪戦がいつかは見れるのだろうか

確かに天子も良家の娘なんだし琴が弾けても違和感は無いな
最高の演奏が出来るように頑張れよっ

No title

ゆゆさまパネェ!
この天子、健気で可愛すぎるですよ
お姉さんらは相当楽しんでますね
妖夢や霊夢、魔理沙、紫とどうなるやらこの天子
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