鬼々迫る 第1話
おこめさんから頂いたプロットで書いてみました。
今回は初心な感じの華扇ちゃんで。
茨歌仙発売記念と言うことで、華扇霖はもっと増えるといいよね!
霖之助 華扇
「貴方、何をしているの?」
華扇は見るからに怪しい人影を見つけ、首を傾げる。
揃える気のない銀髪に、彼女より頭ひとつは高い長身。
燦々と照りつける夏の日差しの中にあってもどこか張り詰めたような肌寒さを感じさせるこの無縁塚で、何故かその風貌は溶け込んでいるように見えた。
危険な場所だというのに気負いも緊張感もない。
まるでよく知っていると言わんばかりに。
「暑さ寒さも彼岸までとは言うが、一向に涼しくなる気配はないね」
「そんなことは聞いてないんですけど」
意図していたものとまるで違う返答に、華扇はため息を吐いた。
それから立て札を差し出し、地面に突き立てる。
大きく書かれた危険という文字を、よく見えるように。
「ご存じないかもしれませんけど、この辺は危険ですよ?
再思の道からこの無縁塚までは外の世界と繋がりやすくて……」
「知ってるさ。ここは幻想郷に縁者のいない人間達の眠る場所。
見ての通り、ね」
そう言って、彼は自分の足下へと視線を向けた。
妖怪に食われた者達がそこかしこに散乱している。
もしくは、自ら命を絶った者か。
「……貴方、何をしているの?」
改めて問う。
今度は少しだけ、警戒しながら。
だが彼は少しも変わった様子はないまま、作業を進めていた。
人間だった者達を一カ所に集め、ひとりひとり確認していくという作業。
見ようによっては、弔っているように見えなくもない。
「こういった死体を放置していたら、いつか妖怪の餌となってしまう。
死体を喰らう妖怪が出歩くのは衛生上よくないからね。こうやってまとめて火葬するのさ」
よく見ると、仏達はどれも死装束を着せられているらしかった。
彼がやったのだろうか。
元着ていたらしい服や付けていた装飾品などは、まとめて綺麗に置かれている。
「妖怪が怖くはないの?」
「そりゃ襲って来られたら怖いよ。だけど僕を襲おうなんて奇特な妖怪はいないらしくてね」
「それで、墓を?」
「他に誰もやらないようだから、仕方なくさ」
嘘を吐いている、と華扇は直感した。
だがそれがあまり危険なものには思えない。
それ以前に、目の前の男がなにか危険なことをやりそうだとはとても考えられなかった。
「と言っても、ここが危険な場所だというのは認識しているよ。ご忠告感謝しよう」
「わかってるなら待避して欲しいのですけど」
「おや、何故かな? 僕は長年墓参りをしているが、見ての通り元気にやっているよ」
「今まで無事だったからと言ってこれからも無事だという確証はないでしょう」
「それはこの幻想郷のどこにいても同じことだよ。違うかい?」
「ここは特別その可能性が高いと言ってるんです」
「ああ、わかってる。だから忠告は感謝してるよ」
「早く帰れと言ってるんですが」
「しかしまだ墓参りが終わってないからね」
華扇の物言いをのらりくらりとかわす男に、なんだか頭が痛くなってきた。
……霊夢に対しても同じような頭痛を抱いた記憶がある。
見た目は全く似ていないのに、どこか似ている気がした。
雰囲気、だろうか。
「そういう君が何者か、聞いていいかな?」」
「私は茨華仙。ただの行者です」
「ああ、仙人だったのか。こんなところまで説法かい?」
「その方が仙人らしいと思って……」
「ん? 仙人じゃないみたいな言い方をするね」
「いえ、忘れてください。れっきとした修行の一環です」
会話中も、彼の動きは途切れない。
先ほどの警告も、世間話程度にしか思っていないようだ。
「……んもう」
華扇はため息を吐くと、近くにあったスコップを手に持った。
「わかりました。貴方の作業が終わればここから出て行くんですね」
「ああ、手伝ってくれるのかい?」
「言っても効果がなさそうですから」
間違いなくそれが一番手っ取り早い方法だと思った。
早く終わらせて結界でも張ろうと。
とはいえこんな場所に個人の結界がどれほど効果を発揮するか怪しいところではあるが。
「じゃあすまないが、そこに穴を掘ってくれないかい? ああ違う、もう少し横に……そのあたりがいいかな」
「手伝う相手に対して注文の多い人間ですね、貴方は」
「僕はあくまで効率的に物事を考えているだけさ。作業が早く終わるほうが君の得にもなるだろう?」
「確かにそうは言いましたが……そもそも原因は貴方なんですがね」
「それに僕は人間じゃないんだよ。いわゆるハーフというやつでね。言い忘れたが僕は森近霖之助という。よろしく頼むよ」
「あまり頼まれたくありませんが……なるほど、通りで」
「何が通りなんだい?」
「人間ならもう少し面倒を見てあげたいと思うところですが、貴方にはそう言う気分があまり湧きません」
「やれやれ、ごあいさつなことで」
霖之助と名乗った彼の指示に従い、華扇は墓参りの準備を進めていく。
墓参りと言っても墓を作ることからなので、その作業量はかなりのものだ。
さらには雨まで降り始めてしまった。
気分は最悪である。
火葬が済んだ後だったからよかったものの……。
「さて、あとは埋葬しておけばここの桜が浄化してくれるよ」
「…………」
「どうかしたかな?」
「いえ、別に。ただ疲れただけです」
ようやく作業が終わったらしい。
……何故自分はこんなことをしているのだろう。
尽きぬ自問自答に、肩がすっかり重くなってしまっていた。
「どうだい?」
そんな折、霖之助が紙コップを差し出してきた。
「清めと別れの酒だ。いかがかな?」
「……いただきます」
一口飲むと、芳醇な香りが鼻孔をくすぐった。
なかなか上等な酒だ。
これくらいで酔うと言うことはないが、苦労の2割くらいは報われた気がする。
元々見返りを求めて立て札を立てて回っているわけではないものの、悪くない気分だった。
「じゃあこれで用件は済んだんですよね?」
「と、言いたいところなんだが」
「まだ何かあるんですか?」
「つい欲張りすぎてね、ひとりじゃ運べそうにないんだよ」
そう言って霖之助は彼が持ってきたリアカーへと視線を移した。
そこには無縁仏が持っていたものや流れ着いた外の世界の道具が山と積まれている。
「置いていったらいいじゃないですか」
「と言っても、ここに置いていけばゴミになる。それはやはりいいことではないだろう?」
「どこをどう見てもゴミにしか見えませんけど。一緒に燃やさなかったのは貴方の判断ですよね?」
「確かにそうだ。だからこそ、僕の判断ミスでゴミを増やすわけには行かないのさ」
「もう、ああ言えばこう言う……」
華扇は空を見上げ、肩を竦めた。
狙ったかのように雨が降っている。
これ以上燃やすことはできないだろう。
彼の言う通り、持ち帰るしか方法はないようだ。
「それに君だって、泥を落としていきたいんじゃないかな?」
「それはつまり、貴方の家まで押して行けと」
「家というか、店だね」
「店、ですか?」
「ああ。僕は古道具屋をやっているんだ」
「はぁ……これが、商品で?」
「すぐには無理だけどね。ゴミが商品となるのは輪廻転生と同じく時間がかかるものさ」
「まあ、それはどうでもいいですけど」
確かに泥まみれのまま歩き回るのもよろしくない。
それに、ひょっとしたら礼のつもりかもしれない。
読めない男だ、と華扇は思った。
少し考え、頷く。
「わかりました。お言葉に甘えるとしましょう」
「ありがたい、助かるよ」
「こうでもしないと、貴方帰りそうにないですし」
「しかし人手があって助かったよ。これぞ天の助けというやつかな」
「私には悪戯にしか思えませんけどね」
言いながら、霖之助はリアカーの取っ手を抱えた。
先導するということだろう。
……もちろんそうしてくれないと、華扇では行き先がわからないのだが。
「行きますよ」
「ああ、お願いするよ」
華扇は荷台に手を置き、軽く力を加える。
軽く軋んだような音を立てて、リアカーの車輪が回り始めた。
「ちょっと待った、ちょっと待った」
「はい?」
「強く押しすぎだ。速度が速すぎるよ」
「全然力を込めたつもりはないんですが」
「君がそうでもね。もう少し軽く頼むよ。車輪の加速に僕の足が追いつきそうにない。
いや、道具が振り落とされたら元も子もないからね」
「注文が多いですねぇ、本当に」
「たまに言われるよ」
やり過ぎたようだ。
力の加減は何十年、何百年経っても難しいと思う。
「こんな感じですか?」
「ああ、助かる」
車輪の奏でる音を聞きながら、他愛のない会話を交わす。
彼の店のこと。
拾った道具のこと。
無縁塚のこと。
どうやら彼は話し好きなようで、話題が途切れることはなかった。
霖之助の方も、長く生きている華扇の的確な意見を気に入ったらしい。
やがてリアカーが静止したのは、魔法の森の入り口あたりだった。
ごちゃごちゃとした異国風の建物。
玄関口にはゴミなのか商品なのかよくわからないものが散乱している。
霖之助は懐から鍵を取り出すと、玄関らしき場所に近寄った。
「早速風呂を沸かそう。こうなることを予想して水は張っておいたからね。すぐ済むよ」
「……ええ、ありがとうございます」
「手伝ってくれたお礼さ。先に入るといい。ああ、道具はそのままで構わないよ」
そう言いながら鍵を開け、華扇を中へと導く。
店内には外と比べものにならないほど物で溢れていた。
足の踏み場がないとはこのことだろう。
「まあ、どうせこの季節だ。まだぬるくても平気なら、先に泥を落としていてもいいが」
「そうですね、そうさせてもらいます」
なんだか疲れたので、とにかく早く帰ってしまいたかった。
多少の熱いのや冷たいのなど、華扇にとってなんてことはない。
「着替えはその辺の商品を使ってくれて構わないんだが、泥だらけの服で歩き回られるのもあまりよろしくないんでね。
すまないが、適当な服でも着てから改めて探してくれるかな?」
「構いませんよ。服にこだわりはありませんので……そうですね、貴方の服でも貸していただければ。デザインも似てなくはないですし」
「僕のをかい? まあ、構わないが……」
霖之助にじっと見つめられ、華扇は居心地悪そうに身じろぎをする。
「何か?」
「いや、霊夢が勝手に僕の服を着ていたことを思い出してね」
「霊夢と知り合いですか?」
「まあまあ付き合いは長い方かな。世話ばかり焼かされているがね。
君こそ知り合いかい? とはいえ、彼女が誰と知り合いでも驚かないがね」
「ええ、最近たまに」
にっこりと笑う華扇に、霖之助も笑みを浮かべた。
共通の知り合いがいると思うと少しだけ共感が持てる気がする。
気がするだけだったが。
「君の服はどうする? 必要なら洗ってみるけど」
「そこまでしていただくわけにも。何か袋でも貸していただけたら帰ってから洗います」
「そうか」
彼はひとつ頷くと、それ以上言わなかった。
女性の服と言うことで気を遣っているのだろう。
ごゆっくり、と言い残し、霖之助は去っていった。
華扇は服を脱ぎ、脱衣籠に畳んで置いていく。
「あ、包帯……」
右腕の包帯は、泥が染み込んでとてもそのままでは使えそうにない。
……これもそれもあの店主の責任と言うことで、後で新しい包帯を貰うことに決めた。
右腕を晒してしまうことになるが……彼なら大丈夫だろう。
何となく、そういう予感があった。
「ふぅ……」
湯船からお湯をすくい、顔を洗う。
まだ温いそれは、汗と一緒に疲れも流してくれる気がした。
置いてある洗面具にお湯を汲み、首筋から肩、そして胸から下腹部へと洗っていく。
「はぁ……調子が狂いっぱなしね……」
だんだんと温まってきた湯船につかる。
どういう構造になっているかはわからなかったが、外で彼が薪を燃やしているわけではないらしい。
魔法もある程度使えるようなので、そっちの技術かもしれない……と思ったところで、首を振る。
野暮なことを考えるより、今はこのお湯を楽しみたかった。
やがて十分温まり、華扇は風呂から上がることにした。
脱衣所へと戻ると、入り口に袋と服が置いてあるのに気づく。
脱いだ服を袋に入れ、置いてあった服を身につけると、彼女は店内へと顔を出した。
「湯加減はどうだったかな?」
「ええ、おかげさまで」
風呂上がりの華扇を見た店主の視線が、右腕で一瞬固まるのを彼女は見逃さなかった。
だがあえて今まで通りの調子で、首を傾げてみる。
「包帯か何か、ありますか?」
「普通のものから魔力付与されたものまで、雑多に取りそろえているよ」
「じゃあ、少しいただけないかしら」
「手伝って貰ったお礼もあるしね。好きなだけ持って行くといい」
動きが止まったのは一瞬のことだったらしい。
たいした度胸だ、と華扇は思う。
「はっきり言っていいのですよ?」
「ん? 何をかな」
「気になるんでしょう? 私の右腕」
「……そうだね。考察の対象としては興味が尽きないが、それはそれ、これはこれ。
そんなことをいちいち気にしていては、この場所で商売なんて出来ないよ」
「そんなこと、ね」
確かに他人から見たら些末事かもしれない。
……それがどんなに本人にとって重大なことでも。
しかし彼は華扇の思考に待ったをかけるように、言葉を続ける。
「だが気にならないと言えば嘘になるかな。商売人としてはね」
「……何が言いたいの?」
「ここは香霖堂。冥界、魔界、あるいは外の世界の道具すら扱う店だよ。
君の探しているものも見つかるかもしれない。例えば腕とかね」
「腕? 私の? 心当たりでもあるのかしら」
「いいや、全く」
「……ふざけてるのかしら?」
「とんでもない」
華扇に睨まれ、霖之助は首を振った。
そしてひとつ笑みを浮かべる。
何か企んでいそうな笑い顔。
「君の腕はここに置いてないが、作ることは出来ると言いたいのさ」
「作る? つまり義手ってこと?」
「察しがよくて助かるよ」
「う~ん……でも……」
「まぁ、これはひとつの提案だからね。
さすがにタダってわけにもいかないし、好きにしてくれて構わないよ」
チャンスと言いつつ、それほど執着を見せるわけではない。
商売をやる気があるのか疑わしいものだ。
「義手ねぇ……確かにあったほうが……でも……」
華扇は迷っていた。
確かに彼女は腕を探しているが、腕なら何でもいいというわけではない。
しかし、地獄から霊や妖怪が出てくるようになった昨今のことだ。
もし無い右腕を包帯で隠した奴がいたという噂話でも持ち帰られたら正体がばれる可能性がある。
しばし迷い……ややあって、彼女は決断を下した。
「……じゃあ、『本物と見分けがつかない便利な義手』なら作ってもらいたいわね」
「ふうむ」
挑戦的な彼女の言葉に、霖之助は今度こそ驚きの表情を浮かべた、
だがそれは、喜びの表情に見えないこともない。
「了解。引き受けたからには全力で当たらせてもらうよ」
「もちろん、割引は期待していいんですよね」
「勉強はさせて貰うがね」
「まるで商売人ね」
「よく言われるよ」
今度は嘘だとはっきりわかった。
だがあえてそれは追求しないでおく。
そして霖之助は華扇の右腕と、それから左腕へと視線を向けた。
「右腕を作るにあたって、左手の寸法を採らせて貰っても構わないかな?」
「ええ、どうぞ」
「それにあと、写真を撮らせてもらうよ。肌の質感も大事だからね。
少しばかり触らせてもらうことになるが……」
「え」
彼の申し出はもっともだ。
だが同時に予想外であった。
予想外だったのはひとえに、今までそういう経験がなかったことに起因する。
「……好きにしていいわ」
華扇は喉からそう絞り出すと、少しだけ恥ずかしそうに左腕を霖之助に向けて差し出した。
今回は初心な感じの華扇ちゃんで。
茨歌仙発売記念と言うことで、華扇霖はもっと増えるといいよね!
霖之助 華扇
「貴方、何をしているの?」
華扇は見るからに怪しい人影を見つけ、首を傾げる。
揃える気のない銀髪に、彼女より頭ひとつは高い長身。
燦々と照りつける夏の日差しの中にあってもどこか張り詰めたような肌寒さを感じさせるこの無縁塚で、何故かその風貌は溶け込んでいるように見えた。
危険な場所だというのに気負いも緊張感もない。
まるでよく知っていると言わんばかりに。
「暑さ寒さも彼岸までとは言うが、一向に涼しくなる気配はないね」
「そんなことは聞いてないんですけど」
意図していたものとまるで違う返答に、華扇はため息を吐いた。
それから立て札を差し出し、地面に突き立てる。
大きく書かれた危険という文字を、よく見えるように。
「ご存じないかもしれませんけど、この辺は危険ですよ?
再思の道からこの無縁塚までは外の世界と繋がりやすくて……」
「知ってるさ。ここは幻想郷に縁者のいない人間達の眠る場所。
見ての通り、ね」
そう言って、彼は自分の足下へと視線を向けた。
妖怪に食われた者達がそこかしこに散乱している。
もしくは、自ら命を絶った者か。
「……貴方、何をしているの?」
改めて問う。
今度は少しだけ、警戒しながら。
だが彼は少しも変わった様子はないまま、作業を進めていた。
人間だった者達を一カ所に集め、ひとりひとり確認していくという作業。
見ようによっては、弔っているように見えなくもない。
「こういった死体を放置していたら、いつか妖怪の餌となってしまう。
死体を喰らう妖怪が出歩くのは衛生上よくないからね。こうやってまとめて火葬するのさ」
よく見ると、仏達はどれも死装束を着せられているらしかった。
彼がやったのだろうか。
元着ていたらしい服や付けていた装飾品などは、まとめて綺麗に置かれている。
「妖怪が怖くはないの?」
「そりゃ襲って来られたら怖いよ。だけど僕を襲おうなんて奇特な妖怪はいないらしくてね」
「それで、墓を?」
「他に誰もやらないようだから、仕方なくさ」
嘘を吐いている、と華扇は直感した。
だがそれがあまり危険なものには思えない。
それ以前に、目の前の男がなにか危険なことをやりそうだとはとても考えられなかった。
「と言っても、ここが危険な場所だというのは認識しているよ。ご忠告感謝しよう」
「わかってるなら待避して欲しいのですけど」
「おや、何故かな? 僕は長年墓参りをしているが、見ての通り元気にやっているよ」
「今まで無事だったからと言ってこれからも無事だという確証はないでしょう」
「それはこの幻想郷のどこにいても同じことだよ。違うかい?」
「ここは特別その可能性が高いと言ってるんです」
「ああ、わかってる。だから忠告は感謝してるよ」
「早く帰れと言ってるんですが」
「しかしまだ墓参りが終わってないからね」
華扇の物言いをのらりくらりとかわす男に、なんだか頭が痛くなってきた。
……霊夢に対しても同じような頭痛を抱いた記憶がある。
見た目は全く似ていないのに、どこか似ている気がした。
雰囲気、だろうか。
「そういう君が何者か、聞いていいかな?」」
「私は茨華仙。ただの行者です」
「ああ、仙人だったのか。こんなところまで説法かい?」
「その方が仙人らしいと思って……」
「ん? 仙人じゃないみたいな言い方をするね」
「いえ、忘れてください。れっきとした修行の一環です」
会話中も、彼の動きは途切れない。
先ほどの警告も、世間話程度にしか思っていないようだ。
「……んもう」
華扇はため息を吐くと、近くにあったスコップを手に持った。
「わかりました。貴方の作業が終わればここから出て行くんですね」
「ああ、手伝ってくれるのかい?」
「言っても効果がなさそうですから」
間違いなくそれが一番手っ取り早い方法だと思った。
早く終わらせて結界でも張ろうと。
とはいえこんな場所に個人の結界がどれほど効果を発揮するか怪しいところではあるが。
「じゃあすまないが、そこに穴を掘ってくれないかい? ああ違う、もう少し横に……そのあたりがいいかな」
「手伝う相手に対して注文の多い人間ですね、貴方は」
「僕はあくまで効率的に物事を考えているだけさ。作業が早く終わるほうが君の得にもなるだろう?」
「確かにそうは言いましたが……そもそも原因は貴方なんですがね」
「それに僕は人間じゃないんだよ。いわゆるハーフというやつでね。言い忘れたが僕は森近霖之助という。よろしく頼むよ」
「あまり頼まれたくありませんが……なるほど、通りで」
「何が通りなんだい?」
「人間ならもう少し面倒を見てあげたいと思うところですが、貴方にはそう言う気分があまり湧きません」
「やれやれ、ごあいさつなことで」
霖之助と名乗った彼の指示に従い、華扇は墓参りの準備を進めていく。
墓参りと言っても墓を作ることからなので、その作業量はかなりのものだ。
さらには雨まで降り始めてしまった。
気分は最悪である。
火葬が済んだ後だったからよかったものの……。
「さて、あとは埋葬しておけばここの桜が浄化してくれるよ」
「…………」
「どうかしたかな?」
「いえ、別に。ただ疲れただけです」
ようやく作業が終わったらしい。
……何故自分はこんなことをしているのだろう。
尽きぬ自問自答に、肩がすっかり重くなってしまっていた。
「どうだい?」
そんな折、霖之助が紙コップを差し出してきた。
「清めと別れの酒だ。いかがかな?」
「……いただきます」
一口飲むと、芳醇な香りが鼻孔をくすぐった。
なかなか上等な酒だ。
これくらいで酔うと言うことはないが、苦労の2割くらいは報われた気がする。
元々見返りを求めて立て札を立てて回っているわけではないものの、悪くない気分だった。
「じゃあこれで用件は済んだんですよね?」
「と、言いたいところなんだが」
「まだ何かあるんですか?」
「つい欲張りすぎてね、ひとりじゃ運べそうにないんだよ」
そう言って霖之助は彼が持ってきたリアカーへと視線を移した。
そこには無縁仏が持っていたものや流れ着いた外の世界の道具が山と積まれている。
「置いていったらいいじゃないですか」
「と言っても、ここに置いていけばゴミになる。それはやはりいいことではないだろう?」
「どこをどう見てもゴミにしか見えませんけど。一緒に燃やさなかったのは貴方の判断ですよね?」
「確かにそうだ。だからこそ、僕の判断ミスでゴミを増やすわけには行かないのさ」
「もう、ああ言えばこう言う……」
華扇は空を見上げ、肩を竦めた。
狙ったかのように雨が降っている。
これ以上燃やすことはできないだろう。
彼の言う通り、持ち帰るしか方法はないようだ。
「それに君だって、泥を落としていきたいんじゃないかな?」
「それはつまり、貴方の家まで押して行けと」
「家というか、店だね」
「店、ですか?」
「ああ。僕は古道具屋をやっているんだ」
「はぁ……これが、商品で?」
「すぐには無理だけどね。ゴミが商品となるのは輪廻転生と同じく時間がかかるものさ」
「まあ、それはどうでもいいですけど」
確かに泥まみれのまま歩き回るのもよろしくない。
それに、ひょっとしたら礼のつもりかもしれない。
読めない男だ、と華扇は思った。
少し考え、頷く。
「わかりました。お言葉に甘えるとしましょう」
「ありがたい、助かるよ」
「こうでもしないと、貴方帰りそうにないですし」
「しかし人手があって助かったよ。これぞ天の助けというやつかな」
「私には悪戯にしか思えませんけどね」
言いながら、霖之助はリアカーの取っ手を抱えた。
先導するということだろう。
……もちろんそうしてくれないと、華扇では行き先がわからないのだが。
「行きますよ」
「ああ、お願いするよ」
華扇は荷台に手を置き、軽く力を加える。
軽く軋んだような音を立てて、リアカーの車輪が回り始めた。
「ちょっと待った、ちょっと待った」
「はい?」
「強く押しすぎだ。速度が速すぎるよ」
「全然力を込めたつもりはないんですが」
「君がそうでもね。もう少し軽く頼むよ。車輪の加速に僕の足が追いつきそうにない。
いや、道具が振り落とされたら元も子もないからね」
「注文が多いですねぇ、本当に」
「たまに言われるよ」
やり過ぎたようだ。
力の加減は何十年、何百年経っても難しいと思う。
「こんな感じですか?」
「ああ、助かる」
車輪の奏でる音を聞きながら、他愛のない会話を交わす。
彼の店のこと。
拾った道具のこと。
無縁塚のこと。
どうやら彼は話し好きなようで、話題が途切れることはなかった。
霖之助の方も、長く生きている華扇の的確な意見を気に入ったらしい。
やがてリアカーが静止したのは、魔法の森の入り口あたりだった。
ごちゃごちゃとした異国風の建物。
玄関口にはゴミなのか商品なのかよくわからないものが散乱している。
霖之助は懐から鍵を取り出すと、玄関らしき場所に近寄った。
「早速風呂を沸かそう。こうなることを予想して水は張っておいたからね。すぐ済むよ」
「……ええ、ありがとうございます」
「手伝ってくれたお礼さ。先に入るといい。ああ、道具はそのままで構わないよ」
そう言いながら鍵を開け、華扇を中へと導く。
店内には外と比べものにならないほど物で溢れていた。
足の踏み場がないとはこのことだろう。
「まあ、どうせこの季節だ。まだぬるくても平気なら、先に泥を落としていてもいいが」
「そうですね、そうさせてもらいます」
なんだか疲れたので、とにかく早く帰ってしまいたかった。
多少の熱いのや冷たいのなど、華扇にとってなんてことはない。
「着替えはその辺の商品を使ってくれて構わないんだが、泥だらけの服で歩き回られるのもあまりよろしくないんでね。
すまないが、適当な服でも着てから改めて探してくれるかな?」
「構いませんよ。服にこだわりはありませんので……そうですね、貴方の服でも貸していただければ。デザインも似てなくはないですし」
「僕のをかい? まあ、構わないが……」
霖之助にじっと見つめられ、華扇は居心地悪そうに身じろぎをする。
「何か?」
「いや、霊夢が勝手に僕の服を着ていたことを思い出してね」
「霊夢と知り合いですか?」
「まあまあ付き合いは長い方かな。世話ばかり焼かされているがね。
君こそ知り合いかい? とはいえ、彼女が誰と知り合いでも驚かないがね」
「ええ、最近たまに」
にっこりと笑う華扇に、霖之助も笑みを浮かべた。
共通の知り合いがいると思うと少しだけ共感が持てる気がする。
気がするだけだったが。
「君の服はどうする? 必要なら洗ってみるけど」
「そこまでしていただくわけにも。何か袋でも貸していただけたら帰ってから洗います」
「そうか」
彼はひとつ頷くと、それ以上言わなかった。
女性の服と言うことで気を遣っているのだろう。
ごゆっくり、と言い残し、霖之助は去っていった。
華扇は服を脱ぎ、脱衣籠に畳んで置いていく。
「あ、包帯……」
右腕の包帯は、泥が染み込んでとてもそのままでは使えそうにない。
……これもそれもあの店主の責任と言うことで、後で新しい包帯を貰うことに決めた。
右腕を晒してしまうことになるが……彼なら大丈夫だろう。
何となく、そういう予感があった。
「ふぅ……」
湯船からお湯をすくい、顔を洗う。
まだ温いそれは、汗と一緒に疲れも流してくれる気がした。
置いてある洗面具にお湯を汲み、首筋から肩、そして胸から下腹部へと洗っていく。
「はぁ……調子が狂いっぱなしね……」
だんだんと温まってきた湯船につかる。
どういう構造になっているかはわからなかったが、外で彼が薪を燃やしているわけではないらしい。
魔法もある程度使えるようなので、そっちの技術かもしれない……と思ったところで、首を振る。
野暮なことを考えるより、今はこのお湯を楽しみたかった。
やがて十分温まり、華扇は風呂から上がることにした。
脱衣所へと戻ると、入り口に袋と服が置いてあるのに気づく。
脱いだ服を袋に入れ、置いてあった服を身につけると、彼女は店内へと顔を出した。
「湯加減はどうだったかな?」
「ええ、おかげさまで」
風呂上がりの華扇を見た店主の視線が、右腕で一瞬固まるのを彼女は見逃さなかった。
だがあえて今まで通りの調子で、首を傾げてみる。
「包帯か何か、ありますか?」
「普通のものから魔力付与されたものまで、雑多に取りそろえているよ」
「じゃあ、少しいただけないかしら」
「手伝って貰ったお礼もあるしね。好きなだけ持って行くといい」
動きが止まったのは一瞬のことだったらしい。
たいした度胸だ、と華扇は思う。
「はっきり言っていいのですよ?」
「ん? 何をかな」
「気になるんでしょう? 私の右腕」
「……そうだね。考察の対象としては興味が尽きないが、それはそれ、これはこれ。
そんなことをいちいち気にしていては、この場所で商売なんて出来ないよ」
「そんなこと、ね」
確かに他人から見たら些末事かもしれない。
……それがどんなに本人にとって重大なことでも。
しかし彼は華扇の思考に待ったをかけるように、言葉を続ける。
「だが気にならないと言えば嘘になるかな。商売人としてはね」
「……何が言いたいの?」
「ここは香霖堂。冥界、魔界、あるいは外の世界の道具すら扱う店だよ。
君の探しているものも見つかるかもしれない。例えば腕とかね」
「腕? 私の? 心当たりでもあるのかしら」
「いいや、全く」
「……ふざけてるのかしら?」
「とんでもない」
華扇に睨まれ、霖之助は首を振った。
そしてひとつ笑みを浮かべる。
何か企んでいそうな笑い顔。
「君の腕はここに置いてないが、作ることは出来ると言いたいのさ」
「作る? つまり義手ってこと?」
「察しがよくて助かるよ」
「う~ん……でも……」
「まぁ、これはひとつの提案だからね。
さすがにタダってわけにもいかないし、好きにしてくれて構わないよ」
チャンスと言いつつ、それほど執着を見せるわけではない。
商売をやる気があるのか疑わしいものだ。
「義手ねぇ……確かにあったほうが……でも……」
華扇は迷っていた。
確かに彼女は腕を探しているが、腕なら何でもいいというわけではない。
しかし、地獄から霊や妖怪が出てくるようになった昨今のことだ。
もし無い右腕を包帯で隠した奴がいたという噂話でも持ち帰られたら正体がばれる可能性がある。
しばし迷い……ややあって、彼女は決断を下した。
「……じゃあ、『本物と見分けがつかない便利な義手』なら作ってもらいたいわね」
「ふうむ」
挑戦的な彼女の言葉に、霖之助は今度こそ驚きの表情を浮かべた、
だがそれは、喜びの表情に見えないこともない。
「了解。引き受けたからには全力で当たらせてもらうよ」
「もちろん、割引は期待していいんですよね」
「勉強はさせて貰うがね」
「まるで商売人ね」
「よく言われるよ」
今度は嘘だとはっきりわかった。
だがあえてそれは追求しないでおく。
そして霖之助は華扇の右腕と、それから左腕へと視線を向けた。
「右腕を作るにあたって、左手の寸法を採らせて貰っても構わないかな?」
「ええ、どうぞ」
「それにあと、写真を撮らせてもらうよ。肌の質感も大事だからね。
少しばかり触らせてもらうことになるが……」
「え」
彼の申し出はもっともだ。
だが同時に予想外であった。
予想外だったのはひとえに、今までそういう経験がなかったことに起因する。
「……好きにしていいわ」
華扇は喉からそう絞り出すと、少しだけ恥ずかしそうに左腕を霖之助に向けて差し出した。
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No title
華扇ちゃんが風呂に入る描写がなんだかエロいですねw
霖之助さん下手したら痴漢ですよ!Σ(゚д゚lll
霖之助さん下手したら痴漢ですよ!Σ(゚д゚lll
No title
華扇ちゃん初心ですね。
きっと握った瞬間誰かが入ってきて・・・
誰であってもプチ修羅場になると思ってしまうのは自分だけかな。
前のと比べても大分若・・可愛いかんじでよかったです!
きっと握った瞬間誰かが入ってきて・・・
誰であってもプチ修羅場になると思ってしまうのは自分だけかな。
前のと比べても大分若・・可愛いかんじでよかったです!
No title
赤らめた顔をそらしつつ左腕を差し出す華扇ちゃんを想起した
^q^ ←こんな感じになったwww
しかし義手まで作れるとは……流石霖之助さんマジ万能!
^q^ ←こんな感じになったwww
しかし義手まで作れるとは……流石霖之助さんマジ万能!
No title
霊夢と華扇ちゃんが修羅場るのはまだですか
No title
道草さんの同人誌が売り切れでどこにも売ってない(’・ω・)
No title
華扇ちゃんと霖之助って、それほど身長差ない気がw
それにしてもかわいい…赤ら顔をそらしつつ腕を差し出す華扇ちゃんなら、僕にも見えました!
それにしてもかわいい…赤ら顔をそらしつつ腕を差し出す華扇ちゃんなら、僕にも見えました!