子悪魔シリーズ番外『姉悪魔03』
『姉悪魔02』の続き。
またハzlさんに挿絵を描いていただきました。
感謝感謝。ウフフ。
オリキャラ注意。
武術とは、自分より強い者に勝つためにある。
かつて師はそう言った。
そして教えてもらったからには、実践で証明しなければならない。
「ふっ……!」
短く息を吐き出し、マナミは地を蹴った。
まっすぐに伸ばした足が輝く気を纏い、まるで空を翔る龍の如きシルエットを作り出す。
天龍脚。
マナミの師匠、美鈴のお気に入り技のひとつである。
だが。
「いい蹴りですね、よく練習されてます」
「……ありがとう」
マナミの蹴りをしっかりとガードし、白と黒の大魔法使い……白蓮は微笑む。
防がれたといえ当たったはずなのに全く手応えがない。
まるで羽毛を蹴っているような感覚に、マナミは表情を引き締めた。
カウンター気味に放たれた光弾をギリギリでかわし、距離を開ける。
「聖ー、がんばってくださいー!」
「マナちゃんふぁいとー」
寺から聞こえてくるギャラリーの声が、意識の片隅に届いた。
頭上にある太陽を遮るものはない。
命蓮寺の庭は広く、スペルカードルールで遊ぶにはもってこいだ。
いつものように白蓮から魔法を教えてもらうついでに、せっかくだから一勝負と相成ったのだが。
食後の運動には少し過激かもしれない。
「いきます!」
マナミは白蓮を見据え、魔力を解放した。
属性は火。色は紅。
――仏敵「比叡山焼き討ち」
大小合わせて108の火球が、マナミの力に呼応し姿を現す。
山で会った妖怪に教えてもらったスペルだが、名前の通りなら僧に効くはずだ。
「あらあら」
しかし炎の中だというのに白蓮は涼しい笑みを浮かべていた。
無駄のない動きでめぼしい火球をかわすと、残る火の粉を拳で打ち落としていく。
「火遊びは感心しませんね。でもちょっと修業時代を思い出しました」
炎の道を、彼女は悠々と歩いていた。
仏敵とはいえ、修行僧ならまだしも住職には効果がないらしい。
「むぅ……」
あっさりとスペルカードを破られ、マナミはうなり声を上げた。
遠距離も近距離も、桁違いの相手だ。正直打つ手がない。
特殊ルールとして一撃当てればマナミの勝ちなのだが、その条件すら遥か険しい道に思える。
「そろそろ私の番でしょうか?」
白蓮が小首を傾げた次の瞬間、彼女の姿がかき消えた。
どこに行ったのかと思う暇すらなく、マナミの身体を衝撃が走り抜ける。
「くはっ……」
息が詰まり、意識を手放さないようなんとか努める。
いつの間にか太陽を背に白蓮を見下ろしていることに気づき、初めてガードの上から投げられたのだと理解した。
「まだまだいきますよ」
――光魔「スターメイルシュトロム」
白蓮が召還した光の渦が、逃げ道を塞ぐように空中のマナミを取り囲んでいた。
左右から散発的に襲い来る光線をすんででかわす。
規則的な軌道は、しかし不規則に襲い来る事で判断が付きにくい。
「おっと、これは勝負ありかな?」
「ナズ~、怪我させたりしないでしょうか?」
「ちゃんと聖は手加減してるよ。落ち着いてくれ、ご主人様」
「ふふっ、これくらいで諦めたりしないですよね?」
空中で身を躍らせるマナミに、白蓮は微笑んで言った。
まだまだこれからと言わんばかりに、背に極彩色の蝶の羽根を展開する。
「魔神と僧侶の力を併用なんて、反則……」
「それをあなたが言いますか」
ようやく渦を抜け、呆れた吐息を吐き出す白蓮に向かって、マナミは空を駆けた。
そんな彼女に、白蓮は左右の羽根を輝かせる。
襲い来る光弾に、マナミは少しだけ笑みを浮かべた。
待ち望んだ瞬間だ。
地面に降り立ち、そのまま弾幕に向かって突っ込んでいく。
手が出せないなら、出させればいい。
――偽符「ナズーリンペンデュラム・レプリカ」
胸元から取り出した青い宝石。
父から貰ったそれはマナミの呼びかけに応え、周囲にバリアを展開する。
複製故あまり保たないが、ただ一度のチャンスを得るには十分だ。
「ハハッ、パクられてしまったよ。
著作料を請求しに行かないと……」
横から聞こえてきた声は気にしない。
白蓮に肉薄すると同時に、ペンデュラムが砕け散った。
「取った!」
足を踏みしめ、速度を拳に載せる。
師匠の技その2、紅砲。
名前の通り、纏った気の色は紅。
空中でガードするのは不可能のタイミングのはずだった。
「……え?」
勝利の確信は、しかし驚愕へと変わる。
ガード不可と見るや、白蓮は防ぐことも下がることもせず空中で一歩踏み出した。
腕が伸びきる前に力を逸らされ、必殺のはずのそれはあっさりと不発で終わる。
――ブロッキングと呼ばれる技能だと聞いたのは、そのあとのことだった。
すぐ間近に白蓮の圧力が迫る。
技の硬直から抜け出せないまま、マナミは負けを覚悟し……。
「あらら、やってしまいました」
困った顔を浮かべたのは、白蓮の方だった。
「使うつもりはなかったんですけど、すみません。
ルール違反で私の反則負けですね」
「…………」
「どうしました?」
驚いた顔のマナミがだんだんと不満そうな顔になるのを見て、白蓮は首を傾げる。
マナミにとって、勝負は負けて当然だった。
周囲には桁違いの実力者しかいないのだから当たり前とも言える。
だからこそ、彼女は勝ちを望んでいた。
だがこんな勝利は……全く嬉しくない。
「もう一本、お願いします」
「あらあらまあまあ」
頭を下げるマナミに、白蓮は思わず彼女を抱きしめた。
心の底から、嬉しそうに。
「君たちの娘は預かった」
図書館へ命蓮寺からのメッセンジャーとしてやってきたナズーリンは、重々しく口を開いた。
本に目を落とした霖之助、パチュリー、それからお茶の準備をする小悪魔へ順番に視線を移し、反応を窺う。
やがて霖之助は本から顔を上げ、ナズーリンに向き直った。
「夕食はどうする?」
「いや、泊まっていくことになったからうちで食べさせるよ」
「あらそうなんですか。じゃあ咲夜さんに伝えておきますね」
小悪魔はそう言うと、腕を伸ばし手を開く。
すると手のひらから2頭身くらいにディフォルメされた小悪魔が生まれ、図書館の外へと飛んでいった。
そんなやりとりを聞きながら、パチュリーが口を開く。
「で、あの子の着替えでも取りに来たのかしら?」
「いや、下着は買い置きがあるし……。
まあ、最終的には私の服を着せることになるだろうね」
「最終的には?」
「最初は着せ替え人形みたいにいろいろと遊ばれると思うよ、いつものようにね」
門戸を広く開けている命蓮寺には、当然来客用の準備がされている。
だが結構な頻度で命蓮寺に遊びに行っているマナミ用に、いろいろと別の用意がされているらしい。
そのことは楽しそうに語る本人の口からも聞いていた。
いつかお礼をしようと思っていたところだ。
「毎度すまないね」
「なに、こちらも好きでやってることさ」
「そう」
パチュリーもなんだか嬉しそうに相づちを打つ。
子の喜びは親の喜びということだろう。
「特に聖が可愛がっていてね。まるで初孫ができたみたいだよ」
「孫かい? それじゃあ僕たちは子供なのかな」
「まあ、聖にとっては幻想郷の少女は娘みたいなものだろうさ。
私もご主人様も、そして君たちもね」
「えっ、確かにおふたりは未だに熱い青春をぶつけ合ってますが」
いつものように茶々を入れてきた小悪魔は、いつものように黙らせられた。
小悪魔の姿は巨大な石の棺と化している。
どうやら石の中にいるらしい。
「客人の前よ」
ぽつりと漏らしたパチュリーの言葉に、ナズーリンは苦笑いを浮かべた、
見慣れた光景とはいえ、反応のしようがないのだろう。
「遠慮なく母さんと呼んでくれと言っていたがね」
「それは遠慮させてもらうよ」
とはいえ、聖より年上の妖怪など珍しくもない。
ナズーリン自身、白蓮より年上の可能性だってあるのだ。
にもかかわらずそう思うのは、人間の精神によるものだろう。
「というわけで、娘さんをうちにくれないか」
「命蓮寺に、ねぇ」
ナズーリンの申し出に、霖之助は首を捻った。
あげると言ってももちろん嫁にではない。
今まで何度か頼まれたことがあるのだが。
「君たちがいろいろ教えているのは知っているが、寺小屋に行かせてるわけじゃないんだろう?」
「行かせてもよかったんだが、パチュリーが渋ったんだよ」
「あの教師に教えられることくらい、私でも教えられるわ」
唇を尖らせ、パチュリーは言った。
なにやら慧音と何度か争ったことがあるらしい。
何について争ったのかは、霖之助は教えてもらえなかったが。
「ああいうところでは勉強だけを教えているわけではないというのに」
「それはわかっているがね」
今更寺子屋に通わせても、ほぼすべて歴史を教え終わっているためあまり意味があるとは思えない。
むしろ学んでいる子の邪魔になるかと思うとどうしても躊躇してしまうわけで。
「先日天狗がいろいろと連れ回していたようだが、同世代の友人はいた方がいいと思うよ、霖之助君。
その点命蓮寺なら寺子屋にも近いし一石二鳥というわけさ」
「……確かに」
つまりは命蓮寺に学校の代わりに通わないかという誘いだ。
どちらかというと私塾だろう。
マナミの教育はほぼ家庭教師だけで行ってきたので、どうしたものかと考えてしまう。
「なに、毎日来いと言うわけではないよ。週に3、4日でいいさ。
私も喜ぶ、聖も喜ぶ。そして君たちのためにもなると思うんだが。
もちろん授業参観は大歓迎だよ」
ナズーリンの勧誘に、霖之助はパチュリーへと視線を向けた。
「好きにするといいわ」
任せる、と言うことらしい。
霖之助はひとつ考え、ゆっくりと頷く。
「あの子が行きたいというなら、僕は構わないよ」
「よし、その言葉忘れないでくれよ」
軽い笑みを浮かべる彼女に、霖之助は苦笑いを浮かべた。
ひょっとしたら本人にもう話を通してあるのかもしれない。
策士な彼女ならそれくらいはやりかねない。
「そうだ、夕食でも食べていったらどうだい?」
「いや、せっかくの申し出だが遠慮させて貰うよ」
帰り支度を始めるナズーリンに、霖之助は驚いた顔を浮かべた、
まだお茶しか飲んでないというのに、気が早いことだ。
「ん、もう帰るのかい?」
「あの子と遊びたいのは聖だけじゃないってことさ」
「ありゃ、紅魔館のマスコットの座がピンチかもしれませんね!」
「むしろマスコットと思っていたことに驚きだわ」
いつの間にか復活していたらしい。
そんな小悪魔に、ナズーリンはニヤリと笑みを浮かべる。
「もちろんちゃんとした目的もあるよ」
「ふむ?」
「子供というのは純粋なものさ。そして、その信仰も。
命蓮寺は毘沙門天様の寺だからね。彼女にも信仰してもらおうと思ってるよ。
そうすれば、あの子が強力な能力者になればなるほど、毘沙門天様の力も増すということさ。
今から仲良くしておくに越したことはないだろう?」
「なるほどね」
「信仰は自由だもの。任せるわ」
あの有名人も信仰している、というのは勧誘において重要な一面を持つらしい、
いつか早苗がそんなことを話していた。
幻想郷の信仰といっても、だいたい一緒に騒ぐだけなのだが。
「無論、可愛がっているのは私たちも同じだがね」
「それはよくわかっているよ」
「まあ、悪いようにはしないでしょう」
「任せてくれたまえ」
ナズーリンは自信満々に頷き、それからふと思い出したように霖之助に振り返る。
「あ、そうそう、霖之助君。
ペンデュラムの著作料のことだが」
「……なんのことかな」
視線を逸らし、とぼける霖之助。
そんな彼を見て、おかしそうにナズーリンは笑う、
「なに、別に怒っている訳じゃない。
そうだね、代金としてそこの娘が命蓮寺まで送っていってくれるだけでかまわないよ」
「えっ、私ですか?」
思わぬ指名を受け、小悪魔は目を見開いた。
「その通り。逢魔が時は物騒だからね」
「いや、私はこれからお父様をからかうという重要な使命が」
「つべこべ言わずに来たまえ」
小悪魔の首根っこを掴み、ナズーリンは歩き出す。
どう見ても護衛が必要に見えないのだが、別の意図があるのだろう。
その証拠に、彼女は出口で一度振り返った。
「たまには夫婦水入らずで過ごすといい」
「……またいらっしゃい」
パチュリーが珍しく、手を振って彼女を見送った。
残ったふたりは、どちらからともなく顔を見合わせ、微笑む。
「水入らず、か。まあ、そのうち小悪魔は戻ってくるだろうけど」
「でしょうね。それまで、ゆっくりしましょうか」
契約者がパチュリーからマナミに移り、感覚共有などはできなくなっていた。
小悪魔の能力も前と比べると少しは落ちているのだが、ふたりの絆はかえって強くなっている気がする。
「少し、寂しくなりそうかい?」
「さて、どうかしら」
命蓮寺に行くようになれば、家を空けることが多くなるのだろう。
だがむしろそれは喜ばしいことに思えた。
「ゆっくりか。まずは何をしようかな」
「そうね……」
パチュリーは本を閉じ、音もなく立ち上がった。
それから霖之助の隣に寄り、妖しい笑みを浮かべる。
「とりあえず、シャワーでも浴びましょうか?」
またハzlさんに挿絵を描いていただきました。
感謝感謝。ウフフ。
オリキャラ注意。
武術とは、自分より強い者に勝つためにある。
かつて師はそう言った。
そして教えてもらったからには、実践で証明しなければならない。
「ふっ……!」
短く息を吐き出し、マナミは地を蹴った。
まっすぐに伸ばした足が輝く気を纏い、まるで空を翔る龍の如きシルエットを作り出す。
天龍脚。
マナミの師匠、美鈴のお気に入り技のひとつである。
だが。
「いい蹴りですね、よく練習されてます」
「……ありがとう」
マナミの蹴りをしっかりとガードし、白と黒の大魔法使い……白蓮は微笑む。
防がれたといえ当たったはずなのに全く手応えがない。
まるで羽毛を蹴っているような感覚に、マナミは表情を引き締めた。
カウンター気味に放たれた光弾をギリギリでかわし、距離を開ける。
「聖ー、がんばってくださいー!」
「マナちゃんふぁいとー」
寺から聞こえてくるギャラリーの声が、意識の片隅に届いた。
頭上にある太陽を遮るものはない。
命蓮寺の庭は広く、スペルカードルールで遊ぶにはもってこいだ。
いつものように白蓮から魔法を教えてもらうついでに、せっかくだから一勝負と相成ったのだが。
食後の運動には少し過激かもしれない。
「いきます!」
マナミは白蓮を見据え、魔力を解放した。
属性は火。色は紅。
――仏敵「比叡山焼き討ち」
大小合わせて108の火球が、マナミの力に呼応し姿を現す。
山で会った妖怪に教えてもらったスペルだが、名前の通りなら僧に効くはずだ。
「あらあら」
しかし炎の中だというのに白蓮は涼しい笑みを浮かべていた。
無駄のない動きでめぼしい火球をかわすと、残る火の粉を拳で打ち落としていく。
「火遊びは感心しませんね。でもちょっと修業時代を思い出しました」
炎の道を、彼女は悠々と歩いていた。
仏敵とはいえ、修行僧ならまだしも住職には効果がないらしい。
「むぅ……」
あっさりとスペルカードを破られ、マナミはうなり声を上げた。
遠距離も近距離も、桁違いの相手だ。正直打つ手がない。
特殊ルールとして一撃当てればマナミの勝ちなのだが、その条件すら遥か険しい道に思える。
「そろそろ私の番でしょうか?」
白蓮が小首を傾げた次の瞬間、彼女の姿がかき消えた。
どこに行ったのかと思う暇すらなく、マナミの身体を衝撃が走り抜ける。
「くはっ……」
息が詰まり、意識を手放さないようなんとか努める。
いつの間にか太陽を背に白蓮を見下ろしていることに気づき、初めてガードの上から投げられたのだと理解した。
「まだまだいきますよ」
――光魔「スターメイルシュトロム」
白蓮が召還した光の渦が、逃げ道を塞ぐように空中のマナミを取り囲んでいた。
左右から散発的に襲い来る光線をすんででかわす。
規則的な軌道は、しかし不規則に襲い来る事で判断が付きにくい。
「おっと、これは勝負ありかな?」
「ナズ~、怪我させたりしないでしょうか?」
「ちゃんと聖は手加減してるよ。落ち着いてくれ、ご主人様」
「ふふっ、これくらいで諦めたりしないですよね?」
空中で身を躍らせるマナミに、白蓮は微笑んで言った。
まだまだこれからと言わんばかりに、背に極彩色の蝶の羽根を展開する。
「魔神と僧侶の力を併用なんて、反則……」
「それをあなたが言いますか」
ようやく渦を抜け、呆れた吐息を吐き出す白蓮に向かって、マナミは空を駆けた。
そんな彼女に、白蓮は左右の羽根を輝かせる。
襲い来る光弾に、マナミは少しだけ笑みを浮かべた。
待ち望んだ瞬間だ。
地面に降り立ち、そのまま弾幕に向かって突っ込んでいく。
手が出せないなら、出させればいい。
――偽符「ナズーリンペンデュラム・レプリカ」
胸元から取り出した青い宝石。
父から貰ったそれはマナミの呼びかけに応え、周囲にバリアを展開する。
複製故あまり保たないが、ただ一度のチャンスを得るには十分だ。
「ハハッ、パクられてしまったよ。
著作料を請求しに行かないと……」
横から聞こえてきた声は気にしない。
白蓮に肉薄すると同時に、ペンデュラムが砕け散った。
「取った!」
足を踏みしめ、速度を拳に載せる。
師匠の技その2、紅砲。
名前の通り、纏った気の色は紅。
空中でガードするのは不可能のタイミングのはずだった。
「……え?」
勝利の確信は、しかし驚愕へと変わる。
ガード不可と見るや、白蓮は防ぐことも下がることもせず空中で一歩踏み出した。
腕が伸びきる前に力を逸らされ、必殺のはずのそれはあっさりと不発で終わる。
――ブロッキングと呼ばれる技能だと聞いたのは、そのあとのことだった。
すぐ間近に白蓮の圧力が迫る。
技の硬直から抜け出せないまま、マナミは負けを覚悟し……。
「あらら、やってしまいました」
困った顔を浮かべたのは、白蓮の方だった。
「使うつもりはなかったんですけど、すみません。
ルール違反で私の反則負けですね」
「…………」
「どうしました?」
驚いた顔のマナミがだんだんと不満そうな顔になるのを見て、白蓮は首を傾げる。
マナミにとって、勝負は負けて当然だった。
周囲には桁違いの実力者しかいないのだから当たり前とも言える。
だからこそ、彼女は勝ちを望んでいた。
だがこんな勝利は……全く嬉しくない。
「もう一本、お願いします」
「あらあらまあまあ」
頭を下げるマナミに、白蓮は思わず彼女を抱きしめた。
心の底から、嬉しそうに。
「君たちの娘は預かった」
図書館へ命蓮寺からのメッセンジャーとしてやってきたナズーリンは、重々しく口を開いた。
本に目を落とした霖之助、パチュリー、それからお茶の準備をする小悪魔へ順番に視線を移し、反応を窺う。
やがて霖之助は本から顔を上げ、ナズーリンに向き直った。
「夕食はどうする?」
「いや、泊まっていくことになったからうちで食べさせるよ」
「あらそうなんですか。じゃあ咲夜さんに伝えておきますね」
小悪魔はそう言うと、腕を伸ばし手を開く。
すると手のひらから2頭身くらいにディフォルメされた小悪魔が生まれ、図書館の外へと飛んでいった。
そんなやりとりを聞きながら、パチュリーが口を開く。
「で、あの子の着替えでも取りに来たのかしら?」
「いや、下着は買い置きがあるし……。
まあ、最終的には私の服を着せることになるだろうね」
「最終的には?」
「最初は着せ替え人形みたいにいろいろと遊ばれると思うよ、いつものようにね」
門戸を広く開けている命蓮寺には、当然来客用の準備がされている。
だが結構な頻度で命蓮寺に遊びに行っているマナミ用に、いろいろと別の用意がされているらしい。
そのことは楽しそうに語る本人の口からも聞いていた。
いつかお礼をしようと思っていたところだ。
「毎度すまないね」
「なに、こちらも好きでやってることさ」
「そう」
パチュリーもなんだか嬉しそうに相づちを打つ。
子の喜びは親の喜びということだろう。
「特に聖が可愛がっていてね。まるで初孫ができたみたいだよ」
「孫かい? それじゃあ僕たちは子供なのかな」
「まあ、聖にとっては幻想郷の少女は娘みたいなものだろうさ。
私もご主人様も、そして君たちもね」
「えっ、確かにおふたりは未だに熱い青春をぶつけ合ってますが」
いつものように茶々を入れてきた小悪魔は、いつものように黙らせられた。
小悪魔の姿は巨大な石の棺と化している。
どうやら石の中にいるらしい。
「客人の前よ」
ぽつりと漏らしたパチュリーの言葉に、ナズーリンは苦笑いを浮かべた、
見慣れた光景とはいえ、反応のしようがないのだろう。
「遠慮なく母さんと呼んでくれと言っていたがね」
「それは遠慮させてもらうよ」
とはいえ、聖より年上の妖怪など珍しくもない。
ナズーリン自身、白蓮より年上の可能性だってあるのだ。
にもかかわらずそう思うのは、人間の精神によるものだろう。
「というわけで、娘さんをうちにくれないか」
「命蓮寺に、ねぇ」
ナズーリンの申し出に、霖之助は首を捻った。
あげると言ってももちろん嫁にではない。
今まで何度か頼まれたことがあるのだが。
「君たちがいろいろ教えているのは知っているが、寺小屋に行かせてるわけじゃないんだろう?」
「行かせてもよかったんだが、パチュリーが渋ったんだよ」
「あの教師に教えられることくらい、私でも教えられるわ」
唇を尖らせ、パチュリーは言った。
なにやら慧音と何度か争ったことがあるらしい。
何について争ったのかは、霖之助は教えてもらえなかったが。
「ああいうところでは勉強だけを教えているわけではないというのに」
「それはわかっているがね」
今更寺子屋に通わせても、ほぼすべて歴史を教え終わっているためあまり意味があるとは思えない。
むしろ学んでいる子の邪魔になるかと思うとどうしても躊躇してしまうわけで。
「先日天狗がいろいろと連れ回していたようだが、同世代の友人はいた方がいいと思うよ、霖之助君。
その点命蓮寺なら寺子屋にも近いし一石二鳥というわけさ」
「……確かに」
つまりは命蓮寺に学校の代わりに通わないかという誘いだ。
どちらかというと私塾だろう。
マナミの教育はほぼ家庭教師だけで行ってきたので、どうしたものかと考えてしまう。
「なに、毎日来いと言うわけではないよ。週に3、4日でいいさ。
私も喜ぶ、聖も喜ぶ。そして君たちのためにもなると思うんだが。
もちろん授業参観は大歓迎だよ」
ナズーリンの勧誘に、霖之助はパチュリーへと視線を向けた。
「好きにするといいわ」
任せる、と言うことらしい。
霖之助はひとつ考え、ゆっくりと頷く。
「あの子が行きたいというなら、僕は構わないよ」
「よし、その言葉忘れないでくれよ」
軽い笑みを浮かべる彼女に、霖之助は苦笑いを浮かべた。
ひょっとしたら本人にもう話を通してあるのかもしれない。
策士な彼女ならそれくらいはやりかねない。
「そうだ、夕食でも食べていったらどうだい?」
「いや、せっかくの申し出だが遠慮させて貰うよ」
帰り支度を始めるナズーリンに、霖之助は驚いた顔を浮かべた、
まだお茶しか飲んでないというのに、気が早いことだ。
「ん、もう帰るのかい?」
「あの子と遊びたいのは聖だけじゃないってことさ」
「ありゃ、紅魔館のマスコットの座がピンチかもしれませんね!」
「むしろマスコットと思っていたことに驚きだわ」
いつの間にか復活していたらしい。
そんな小悪魔に、ナズーリンはニヤリと笑みを浮かべる。
「もちろんちゃんとした目的もあるよ」
「ふむ?」
「子供というのは純粋なものさ。そして、その信仰も。
命蓮寺は毘沙門天様の寺だからね。彼女にも信仰してもらおうと思ってるよ。
そうすれば、あの子が強力な能力者になればなるほど、毘沙門天様の力も増すということさ。
今から仲良くしておくに越したことはないだろう?」
「なるほどね」
「信仰は自由だもの。任せるわ」
あの有名人も信仰している、というのは勧誘において重要な一面を持つらしい、
いつか早苗がそんなことを話していた。
幻想郷の信仰といっても、だいたい一緒に騒ぐだけなのだが。
「無論、可愛がっているのは私たちも同じだがね」
「それはよくわかっているよ」
「まあ、悪いようにはしないでしょう」
「任せてくれたまえ」
ナズーリンは自信満々に頷き、それからふと思い出したように霖之助に振り返る。
「あ、そうそう、霖之助君。
ペンデュラムの著作料のことだが」
「……なんのことかな」
視線を逸らし、とぼける霖之助。
そんな彼を見て、おかしそうにナズーリンは笑う、
「なに、別に怒っている訳じゃない。
そうだね、代金としてそこの娘が命蓮寺まで送っていってくれるだけでかまわないよ」
「えっ、私ですか?」
思わぬ指名を受け、小悪魔は目を見開いた。
「その通り。逢魔が時は物騒だからね」
「いや、私はこれからお父様をからかうという重要な使命が」
「つべこべ言わずに来たまえ」
小悪魔の首根っこを掴み、ナズーリンは歩き出す。
どう見ても護衛が必要に見えないのだが、別の意図があるのだろう。
その証拠に、彼女は出口で一度振り返った。
「たまには夫婦水入らずで過ごすといい」
「……またいらっしゃい」
パチュリーが珍しく、手を振って彼女を見送った。
残ったふたりは、どちらからともなく顔を見合わせ、微笑む。
「水入らず、か。まあ、そのうち小悪魔は戻ってくるだろうけど」
「でしょうね。それまで、ゆっくりしましょうか」
契約者がパチュリーからマナミに移り、感覚共有などはできなくなっていた。
小悪魔の能力も前と比べると少しは落ちているのだが、ふたりの絆はかえって強くなっている気がする。
「少し、寂しくなりそうかい?」
「さて、どうかしら」
命蓮寺に行くようになれば、家を空けることが多くなるのだろう。
だがむしろそれは喜ばしいことに思えた。
「ゆっくりか。まずは何をしようかな」
「そうね……」
パチュリーは本を閉じ、音もなく立ち上がった。
それから霖之助の隣に寄り、妖しい笑みを浮かべる。
「とりあえず、シャワーでも浴びましょうか?」
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No title
これは二人目が生まれるのもそう遠くなさそうだなw
No title
どうやら命蓮寺組みは霖之助争奪戦には一切関わりはなさそうですね~
純粋にマナミを愛でているだけのようですしw
早く弟か妹が生まれるといいですねw
純粋にマナミを愛でているだけのようですしw
早く弟か妹が生まれるといいですねw
No title
2人目はなんて名前なんですか?w
ふと思いましたが霖之助と誰かの子供という設定はちょいちょい見かけますが男の子の子供は見たことが無いです。
やはりもてるのでしょうかねぇ。紫とかゆかりんとか少女臭とかBBAとk(ピチューン
ふと思いましたが霖之助と誰かの子供という設定はちょいちょい見かけますが男の子の子供は見たことが無いです。
やはりもてるのでしょうかねぇ。紫とかゆかりんとか少女臭とかBBAとk(ピチューン
No title
おいおい 男の子供なら有名なのがいるじゃない
あの子はBBAにさらわれまくってて将来がかなり心配だけどねww
あの子はBBAにさらわれまくってて将来がかなり心配だけどねww
No title
姉悪魔ktkr
ナズが著作権請求、これはやばい
ナズが著作権請求、これはやばい