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巫女の本分、巫女の本懐

今度は普通(?)の巫女。
思えば霊霖を書いたのは初めてかもしれない。
展開が早いことについてはお詫びいたします。


もし霊夢が記憶喪失になったら。

霖之助 霊夢








「そろそろ結婚しましょうか、霖之助さん」


 縁側でお茶を飲みながら、自然な流れで出た言葉だった。

 自然……だったように、霊夢自身では思っている。
 何度も練習したかいがあるというものだ。
 90点、と言ったところだろうか。

 長かった。
 少しずつ私物を持ち込み、香霖堂に手ぶらで来ても不自由なく生活できるようにするまで。
 服だけは……借りることにしているが。

 長かった。
 香霖堂に客が来たら霖之助と一緒に顔を出し、まるで一緒に住んでいるかのように錯覚させる。
 既成事実、というやつだ。

 打てる手は打った。
 あとは本人の了承だけ、のはずだったのに。


「すまないが、君の気持ちには応えられない。君は博麗の巫女だ。だから……」


 彼は首を振った。


「どうしてっ――!」


 ……気が付いたときには、彼の襟首を掴み、壁に押しつけていた。


 ――これで今まで積み上げてきたものも無駄になるなあ。


 そんなことを、頭のどこか冷静な部分で考えながら。
 それでも身体と口は勝手に動いていた。


「ずっと好きだった、気づいてくれてると思ってた!
 男の人の服を借りるって、女の子にとってどんな意味なのか考えたこと無かったの?
 ずっと一緒にいて、一緒に寝起きして……それで駄目だって、応えられないって!
 ずっと私、ひとりで勘違いしてたってこと?
 ねぇ、答えてよ、霖之助さん……。
 私を見てくれてると思ってたのに、霖之助さんは博麗の巫女しか見てなかったの?」
「霊夢、落ち着いて」
「これが落ち着いてっ……」


 どん、と霊夢が足を踏みならした。
 瞬間、霖之助が驚いた表情を浮かべる。

 彼の瞳に映っていたのは、今の衝撃で棚から落ちていくクリスタル製の花瓶。





「……夢、霊夢」


 頭を強く打ったため、身体を揺することが出来ず、霖之助はただ声をかけ続ける。
 目の前で霊夢が倒れた瞬間、血の気が失せたのをはっきりと覚えている。

 見たところ外傷は……少ない。
 角が当たったりしなかっただけ僥倖というやつだろうか。
 出血などはなく、気を失っているだけのようだ。

 だが頭の傷はなにが起こるかわからない。
 霖之助は早急に竹林の医者と連絡を取る算段を考え……。


「ぅ……ん……」


 幸い、霊夢が気が付いたようだ。
 霖之助は胸をなで下ろしながら、彼女が身体を起こすのを支えた。

 ……いや、これからまた詰問されるのだろう。
 いつかはこうなることを覚悟していた。

 だから……彼女の気のすむようにさせようと思っていた。

 どのみち、きちんとけじめを付ける必要があった。
 永遠の中立、調停者たる博麗の巫女を自分の感情で縛るわけにもいかない。

 そして博麗の巫女として成長した霊夢なら、それをわかってくれるだろう。
 ……そう、思っていた。


「……貴方、誰?」


 彼女が発した言葉は、霖之助の予想外のものだった。


「どうしたんだい、霊夢?」
「れい……む? それが私の名前?」
「まさか……」


 嫌な想像が頭をよぎる。
 そして、黒い考えも。


「私は……なにをしていたの?」


 そう言って、彼女は近くにあった鏡を覗き込んだ。


「なにこの格好。まるで巫女みたい」
「ああ……そうだね、霊夢。君は巫女……」


 博麗の巫女は何物にも縛られてはいけない。
 霊夢が巫女であるなら――けじめを付けなければ、いけなかった。

 だから。


「――そう、巫女なんかじゃない。それはただの制服。……霊夢、君はね」


 もし、霊夢が巫女でないならば。


「住み込みで働いている、香霖堂の店員だよ」









「はい、これで大丈夫」
「ありがとうございます。あの、それで……」
「ああ、記憶のこと? そうね……」


 霊夢の治療を終えた永琳は、くるりと椅子を回して霖之助に向き直った。
 トントン、と指で机を叩きながらなにやら考え込む。


「薬で治せないことはないけど」
「そう……ですか」


 心なしか表情を曇らせる霖之助に、永琳は首を振った。


「でも、あまりオススメはしないわね」
「……何故です?」
「成分が自白剤と似たようなものだから……と言ったら、貴方、どう思う?」
「…………」


 霖之助は言葉を詰まらせる。
 それがどのようなものなのかはよくわからなかったが、あまり良くないものなのだろうと言うことだけはわかった。


「まあ、放っておいても治る……可能性もあるわ。あとは本人次第ね」
「私?」


 先ほどから頭をさすっていた霊夢は、呼ばれて声を上げた。


「薬は嫌よ。さっきのだってものすごく苦かったし」
「今のは痛み止めなんだけどね」


 苦笑する永琳。
 唇を尖らせて応える霊夢の言葉に、霖之助は内心安堵のため息を漏らす。


「あとはしばらく激しい運動を控えること。
 正しいリズムで生活すること。……くらいかしらね?
 一応薬も出しておくわ」


 永琳から紙に書かれたリストを受け取る。
 これを受付に渡せば、薬をもらえるらしい。


「ありがとう……」
「何かあったら、また来させてもらうよ」
「本当は来ないに越したことはないのだけどね。お大事に」


 一礼して去っていくふたりを見送り……永琳は隣の空間に声をかける。


「いつまで見てるつもり?」
「……あら、ばれていたの」
「永く生きてるからね」


 スキマから出てきた紫に、背中で応える永琳。
 本当は年の功より女としての勘、だったのだが。


「いいの?」
「……別に。次の巫女を捜すだけよ」
「そうじゃなくて……」


 永琳は紫に向き直り……表情を見て、苦笑いを浮かべた。


「……そうね、じゃあ今日は飲みましょうか」
「どうしてかしら?」
「そんな気分だからよ」









 竹林をふたり並んで歩く。
 迷いの竹林として有名だが、きちんと手順を踏めば出口までさほど距離はない。


「えっと……店長?」
「なんだい?」


 恐る恐る、と言った様子で霊夢が声をかけてくる。
 今までの彼女からは想像も付かない姿だ。

 どうやら対人関係の記憶と、幻想郷についての一部の知識が抜け落ちているらしい。
 それ以外の……物を買うのにお金が必要と言った常識などは、覚えているようだ。


「これからどうするの?」
「そうだね……」


 広くとも狭くとも取れる質問に、霖之助はあえて考え込む。
 霊夢の不安そうな視線をたっぷりと浴びたところで、ようやく口を開いた。


「開店準備をしないといけないかな」
「……仕事なんて、できるかわからないわよ。
 記憶がないんだし」


 記憶があっても同じだということを、彼女自身は気づいていない。


「できるさ。霊夢だからね。
 出来なければ、教えればいい」


 霖之助の言葉に、驚いたように霊夢は目を丸くした。


「何故、貴方はそこまでしてくれるの?」
「何故かな……」


 聞かれても、理由はひとつしかない。


「君のことが、好きだからかな」


 博麗の巫女に言えなかった言葉を、霖之助は口にした。


 ――都合のいいことを。


 言って、自嘲気味に笑う。

 こんなことを引き起こしてしまったのは霖之助の責任だ。
 それなのに。霊夢が役目を覚えていないことをいいことに、都合のいいことを吹き込んでいる。


 ――都合のいい記憶喪失。


 医療についての知識は乏しいのだが、外の世界の本によると脳にはエピソード記憶などいくつかに分かれているらしい。
 ……それが本当かはともかく。

 ただひとつ。
 霊夢は自分から心を閉ざしてしまったのではないか……。
 それだけが心配だった。


「そう」


 博麗の巫女ではない霊夢は、短く答え……首を振る。


「ごめんなさい、覚えてないから」
「いや、いいんだ」


 あまり失望感はなかった。
 ……こうなった原因は霖之助にあるのだし。


「でも」


 霊夢は言葉を続け、霖之助を見上げる。
 その表情は、とても素直に微笑んでいた。


「不思議ね、あまり嫌じゃないわ」
「そうか」


 そこでふたりの会話は途切れる。
 言いたいこと、言わなければならないことはたくさんあるのだが……。
 どうしても言葉が出なかった。

 ……そして無言のまま、香霖堂に辿り着く。


「ただいま、でいいのかしら」
「ああ、そうだね」


 店に入り、ようやく言葉を交わすふたり。
 そして霊夢はなにを思ったのか、いつの霖之助が座ってる椅子の隣に腰掛ける。


「店長」
「……なんだい?」
「何故だかとてもお茶が飲みたくなるの。何故かしら?」
「……それはね、君が霊夢だからだよ」


 どうやら開店にはもうしばらくかかるようだった。

 ……まあ、大した差はないだろう。
 どちらにせよ、この時間に客が来るとは考えにくい。


「邪魔するぜ」


 そして客以外の場合、お構いなしに扉は開くものだ。


「いらっしゃい、魔理沙。ツケを払いに来たのかい?」
「また今度な」


 魔理沙はいつもの定位置に腰を下ろし……霊夢に気づく。


「お、霊夢じゃないか。お前も来てたのか」


 声をかけられた霊夢はしかし、首を傾げるばかり。


「誰?」
「悪い冗談だな」


 まさかそう返ってくるとは思わなかったのだろう。
 魔理沙は不機嫌そうににらみ返した。


「すまない魔理沙、これには事情があってね……」


 見かねた霖之助が割って入り、魔理沙に状況を説明する。


「はぁ? 記憶がない?」
「ああ」
「そうみたいね」


 言ってお茶を一口。
 のんびりとしたその仕草は、彼女が彼女である証だろうか。


「そうみたいねって……」


 そんな霊夢を、魔理沙は気味が悪そうに見やる。
 普通はもっとこう、焦ったりするものなのではないだろうか。


「最近妖怪が元気だと思ったら……霊夢が妖怪退治をサボっていたのか」
「退治? 私が?」


 霊夢は首を傾げた。
 そんなことも忘れているのか、と魔理沙は言葉を続ける。


「そうだぜ。だってお前は博麗の……」
「魔理沙」


 いつになく強い口調で、霖之助が魔理沙の名前を呼んだ。
 無意識だったのか、霖之助自身も出した言葉に驚いていたようだ。

 魔理沙はそんな霖之助と霊夢の顔を見比べ……前触れもなく立ち上がる。


「また来る」


 そう言い残して、彼女は去っていった。









 天才肌の霊夢は、記憶を失っても天才肌だった。


「店長、仕事終わったわよ」
「……早かったね」


 香霖堂の手伝いといっても曖昧で際限がないので、掃除などある程度のノルマを決めることにしていた。
 ……そのノルマを、霊夢はあっという間に終わらせてしまうのだ。

 あとは席に座って、のんびりとお茶を飲むばかり。
 普段霖之助がやっていることと変わらない、とも言う。


「ええ。だから先にお茶、頂いてるわ」
「霊夢、君は雇われ店員だということを少しは自覚した方がいい」
「いいじゃない、どうせ結果は同じなんだし」
「その結果というのは、商品として並べておいた最高級のお茶が君のお腹に――」
「そう、結果は同じよ」


 やはり記憶を失っても、霊夢は霊夢のようだ。









 ある、雨の日だった。


「もう、いきなり降ってくるんだもの。びしょびしょだわ」
「降ることくらいわかっていただろう?」
「急げば間に合うと思ってったのよ」


 お使いから帰ってきた霊夢の服はすっかり濡れてしまっていた。


「最近ずっと雨続きだからね。
 あいにく君の服はまだ乾いてないよ」
「そう……でもこのままじゃ風邪引いちゃうわ。裸でいるわけにもいかないし」


 霊夢は袴の裾を搾りながら、そう零した。

 袴がたくし上げられ太ももまで見えてしまっているが、それは気にしないらしい。
 むしろ店内を水浸しにしていることを気にして欲しくはあるが……。


「奥のタンスに僕の服が入っているから、それを使うといい。しっかり拭いて上がってくれよ」
「ええ、そうさせて貰うわ」


 霊夢は頷くと、居間へと向かった。

 霖之助はそのまま本へと視線を戻す。
 この雨では客は来ないだろう。


「……ん?」


 本を一冊読み終わり、顔を上げる霖之助。
 そこでようやく、まだ霊夢が戻ってないことに気が付いた。

 ひょっとして、着方がわからなかったのだろうか。
 今の霊夢ならあり得なくもない。

 霖之助は居間の襖の前に立ち、声をかける。


「霊夢?」
「……なに?」
「ずいぶん遅いようだが……開けても大丈夫かい?」
「ええ」


 襖を開けると、霊夢が背中を向けて立っていた。
 霖之助の服は……ちゃんと着ているようだ。


「着方がわからなかったのかい?」
「……ええ、そうね。そうみたい。ごめんなさい、時間かかっちゃったわね」
「ああ、やはりもう一着くらい君の服を作っておくべきだったか」
「あまりあっても邪魔になるだけよ、霖之助さん」


 そう言って霊夢は振り返り、微笑む。


「じゃあ、仕事に戻るわね。
 店の中、拭かないと」
「……ああ」


 霖之助は深く、ため息を吐いた。







 霊夢が香霖堂で働くようになって、いくつか変わったことがある。


「おーっす、邪魔するぜ」


 魔理沙の来る頻度が増えた。


「新しい布、入荷してる?」


 妖怪がよくやってくるようになった。


「酒ちょーだい」


 鬼もやってくるようになった。

 人を引きつける霊夢の力だろうか。
 昔に比べると、客は増えたのかもしれない。
 少しだけ、だが。









 秋も終わりに近づいた頃。
 香霖堂に彼女がやってきた。


「そろそろ終わりにしましょうか」
「来るころだと思っていたよ」


 むしろ遅かった、と言えるかもしれない。
 見逃してくれていた、と思うのは……気のせいだろうか。

 だがそれも、今日で終わり。


「あるべき場所に帰るときが来た。それだけのことよ」
「……なんのこと?」
「貴方のことよ、博麗霊夢」


 少女……紫にまっすぐ見据えられ、霊夢は視線を逸らす。


「……わかった」
「霖之助さん?」
「博麗の巫女は、お返しするよ。妖怪の賢者殿」


 霖之助の言葉に、霊夢は驚いて振り返る。


「なにを言ってるの? 私は……」
「もういいんだ」


 霖之助は首を振った。
 深い、ため息とともに。


「……もういいんだ。
 もう記憶がないふりをしなくても。
 もう……僕と暮らさなくても」
「……霖之助さん?」


 縋るような霊夢の視線に、やはり霖之助は首を振る。


「本当は……すべてわかっていたんだ。
 君の記憶が戻っていたことも。
 だが僕は、どうしてもこの幸せを壊したくなくて……」


 幸せ。
 幸せだった。

 本来なら叶わぬ想いを仮初めにでも叶えられたのだ。


「私も……っ!」


 そしてそれは、霊夢も同じだったのだろう。

 だからこそ。
 そう、だからこそ。


「じゃあ行きましょうか、霊夢。
 博麗の巫女は何物にも縛られてはいけないのだから」


 スキマが開く。

 あとに残された霖之助は、ひとり彼女の名前を呟いた。












「いらっしゃい」
「なによ魔理沙、また来たの?」
「ああ、何度だって来るぜ……それにそれはこっちのセリフだぜ、霊夢」
「ふん」
「香霖、霊夢の記憶が戻っていたなら教えてくれればいいのに」
「ああ……ついこの間のことだからね、それを知ったのは」
「……ふふっ」


 吹き出す霊夢に訝しげな視線を送るが……魔理沙は思い出したように言葉を続けた。


「そう言えばこの前紫となんかあったんだって?」
「別になにもないわよ。巫女の本分さえ忘れてなければそれでいいって話をしただけ」
「そう、なのかい?」
「ええ」


 霊夢は霖之助に向かって微笑んだ。
 そう言えば、今日久し振りに会ったというのに肝心なことを伝えていなかった気がする。


「博麗の巫女は何物にも縛られないわ。
 もちろん、この言葉にもね」

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