酉京都幻想 第7話
『酉京都幻想 第6話』の続きっぽく。
相方にイメージ絵を描いて貰いました。
霖之助 蓮子 メリー 夢美
「そう言えば、結局霖之助君って帰省しなかったの?」
長いようで短かった夏休みも終わり、季節は秋になろうとしていた。
霖之助は蓮子とメリーと居間でお茶をしながら、彼女の質問に質問で返す。
「蓮子は一度帰ったんだったかな?」
「うん。メリーも一緒にね」
「何度か行ったことあるのよ、蓮子の実家」
「東京の田舎なんだけど、いいところよ」
この時代、京都に遷都が行われ、東京は田舎扱いらしい。
京都と東京の間は卯酉新幹線で結ばれ、53分で行き来が可能となっている。
霖之助がその話を聞いて一番驚いたのは、その線路が富士の樹海の下を通っていることだったが。
「霖之助君も来られればよかったんだけど」
「残念ながら、ね」
蓮子の言葉に、霖之助は肩を竦めた。
誘われはしたのだが、講義や勉強の予定が入って動けなかったのだ。
「それに僕のことはちゃんと説明してないんだろう?
行かないほうが得策だとは思うけどね」
「それはまあ、そうだけど……」
元々この部屋は蓮子とメリーがふたりで借りていたものだ。
いろんな事態に備えて大きめのところを借りていたらしく、物置となっていた空き部屋に霖之助が転がり込んだというわけだ。
その際蓮子は「メリーの親戚の男の子を同居させる」と家族に説明したようで……。
何も文句を言ってこないところを見ると、おそらく幼い男子だとでも思われているのだろう。
まさか、遙か年上の男性だとは露とも思わないはずだ。
いや、メリー……紫から比べれば遙かに年下ではあるが。
「あれ、霖之助君の実家ってどこにあるんだっけ?」
「……行き来するのはかなり面倒な場所、かしら」
「少なくとも、気軽に行き来できる場所じゃないね」
幻想郷とこの世界。
紫のスキマを使う以外に移動する手段を霖之助は知らない。
「じゃあ結局帰らなかったんだ」
「そうなるね」
「実家の人、心配してたりしないの?」
「……まあ、してるかもしれないが……」
ちらり、とメリーを見る。
彼女は溜息と共に首を振った。
「今帰ったら、戻って来られないわよ。間違いなく」
「……そうか」
何が起きてるかはわからなかったが……そういうことらしい。
どのみち1年後には戻る予定だったのだ。
知るのはその時でいいだろう、と霖之助は納得しておくことにした。
「そっか、メリーも知ってるんだっけ」
「ええ」
「どんなところなの? 霖之助君の実家」
「自然が豊かだね」
「いろんな生き物やそれ以外もいるわ」
「ふーん。珍しいね、そんな場所」
自然物の乏しい、管理された世界。
発展の先がこうなのかと思うと、霖之助は少しだけ迷ってしまう。
「あれ、外国にあるんだっけ? 霖之助君ってハーフって言ってたよね」
「……まあ、似たようなものだよ」
結界的には間違ってないはずだ。
そもそも時代自体が違うので、正しい言葉が思いつかないが。
「じゃあさ、いつか連れてってよ。霖之助君ち」
「機会があったらね。どのみち卒業してからの話だけど」
「そうだねえ」
言って、蓮子は首を傾げる。
「で、卒業は出来そうなの?」
「……おそらく」
少し視線を逸らし、霖之助は自信なさげにそう呟いた。
さすがトップレベルの大学だけあって、授業の難易度も半端なものではない。
蓮子達の協力もあって前期試験はなんとかクリアしたものの、
夏期集中講座はそうも行かず、いくつか追試ということになっていた。
ちょうどその問いは蓮子が帰省しメリーも付いていったので、偶然会った夢美達に教えてもらったのだ。
幸いにして追試をパスできたので、借りを返さなければならないだろう。
……しかし何となく蓮子達に、夢美達に手伝って貰ったことを伝え損なってたりもするわけで。
――大丈夫だろう、多分。
とりあえず、楽観視することにした。
借りを返すのは個人的なことだし、伝える必要はないだろう、という判断からだ。
それでも何となく後ろめたかったが……やめた。
考えても答えは出そうにないからだ。
「ダメだったらもう一年一緒に勉強しようよ、霖之助君」
「いや、そう言うわけにもね……」
「あら、霖之助さんがどうしてもって言うなら……私から霖之助さんの実家に言ってあげてもいいのよ?」
霖之助が首を振り……横からメリーが口を挟む。
「……いや、やめておこう。契約は契約だからね」
「そう?」
「えー」
一瞬、迷ってしまった。
しかし外の世界に来たのは技術を習得し幻想郷に役立てるためだ。
目的と手段が入れ違っては意味がない。
……ない、はずなのだ。
「先のことは後で考えよう。今はそれより……」
「そうだね、今のことだね」
言って、蓮子は手元のPDAを操作した。
表示されてるのはアルバイト情報だ。
さっきから探しているのだが、あまりいいものが見つからない。
「旅行とかで結構使っちゃったから、貯金が結構減っちゃったよ」
「そうねぇ」
「暇もなかったし、仕方がないだろう」
メリー……紫なら、その気になればいくらでも工面できるのだろう。
しかし蓮子に合わせているのか、それをする素振りはない。
霖之助もなるべく紫を頼らないようにしていた。
既に振り込まれている学費などは仕方ないとしても、食事等は自分の分は自分で稼ぐ。
個人的なプライドの問題だった。
「と言っても授業の都合もあるし、長期のバイト入れるのも……」
「短期で入れる、割のいいバイトねぇ……」
言いかけて、霖之助は動きを止める。
「ダメだよ、それは最後の手段」
「……ああ、そうだな」
蓮子も同じことを思ったらしい。
脳内に浮かんだ顔を、慌てて振り払う。
「何の話?」
「いや、なんでもない」
「そうそう、なんでもない」
ふたりのバイトのことを、メリーには話していなかった。
霖之助は彼女の視線から逃れるようにPDAの画面に目を落とし……着信が入っていることに気が付く。
「……どしたの?」
「それが……」
ふたりに断り、霖之助は通話ボタンを押した。
「バイト探してるんでしょ? ちょうどいいのがあるわよ」
「その前に、どうしてそれを知ってるんだい、教授」
最後の手段は、向こうから近づいてきたようだ。
それにしてもどうして夢美がこの番号を知っているのだろうか。
「だって貴方達、学校の端末でバイト情報調べてたでしょ?
学生IDで管理されてるから一目瞭然なのよ」
「だからと言ってそれは誰でも見られるものなのかな」
「さて、どうだったかしら」
とぼける彼女に、霖之助は肩を竦める。
「せっかくだが……」
「あら、そんなこと言っていいのかしらね」
言葉を最後まで聞かず、彼女はなにやら笑みを含んだ声を上げた。
「お金と単位の両方が取れる、とっても素敵なアルバイトがあるんだけど」
魅力的な提案だった。
霖之助は蓮子、そしてメリーの顔を見……やがて言葉を絞り出す。
「詳しい話を聞かせてもらおうか」
講義堂の中は巫女で溢れていた。
それと、神主で。
「ご苦労様」
「ああ……」
神主の衣装を身に纏った霖之助は、疲れた様子で返事を返す。
振り向くと、夢美は珍しくスーツを身に纏っていた。
彼女なりの正装だろうか。
「やはり慣れた人が作ると違うわね」
「それはどうも」
「……ま、ちょっとだけ想定してたのとデザイン違うけど、許容内でしょ」
夢美から頼まれたのは、特別講義用の服作りだった。
神主と巫女衣装を男女それぞれ先着20名にプレゼント。
少し前、ちゆりに服を作ってあげたことを聞いて知ったらしい。
霖之助作の服を、彼女が自慢げに話していたという話だが……。
授業と並行しての作業はかなり困難だったが、蓮子達が手伝ってくれたおかげで何とかすることができた。
……まあ、蓮子は裁縫スキルが壊滅的だったので戦力外ではあったものの。
メリーがいてくれて助かったと言える。
「宗教が心の拠り所でなくなって、随分が経つわ」
「……ふむ」
「この巫女衣装も、単なる郷土資料としてしか見られてないのよ」
「悲しいことだね」
人間の信仰心が薄いことは、紫の講義で聞いていた。
神も妖怪もそれに仕える人間も、この世界ではもう忘れられた存在なのだろう。
「宗教には救いの力があると思うのだけど」
なにやら考え込んでいる夢美に、霖之助はあえて何も言わなかった。
別の世界の知識を下手に披露するべきではない。
彼女のように頭の切れる人間相手には特に。
「ま、それはおいおい考えましょ。
単位は約束通り付けておくわね。
あなたの担当は1時間だけだから、あとはゆっくり休むといいわ」
「そうさせてもらうよ」
夢美と別れ、霖之助は講義堂の入り口へと向かう。
受け付けの仕事を受けていたせいだ。
正確には、服作りと受け付けでワンセットだった。
持ち時間が1時間だけなのがせめてもの救いである。
「お疲れ様、霖之助さん」
「やあ、メリー」
途中、入り口の方から歩いてきたメリーとすれ違う。
彼女も周囲の人間と同じ、巫女服姿だった。
彼女のこういう服装は初めて見るかもしれない。
メリーに手招きされたので、道の脇で立ち止まった。
「毎日遅くまで、大変だったでしょう?」
「そりゃあね。だが、それだけの報酬は得たよ」
「……もっと私を頼ってくれてもいいのだけど」
「これも修行さ。それに久し振りに腕が振るえて楽しかったし」
そう言って、霖之助は少しだけ視線を逸らす。
「……まあ、ちょっと間に合わなかったんだが」
「そうね」
彼の言葉に、メリーは笑っていた。
客に渡す分は何とか完成したのだが。
どうしても……受け付けで着る蓮子とメリーの分が間に合いそうになかったのだ。
そこでイチから作るより早いと、メリーが幻想郷から霊夢の服を持ってきて仕立て直し、事なきを得たのだった。
「すまないね」
「これくらいはおやすいご用よ」
「……ところであれは店から持ってきたのかい?」
「いいえ、霊夢のタンスからよ」
「霊夢の?」
メリーの返事に、霖之助は驚いた表情を浮かべる。
「ばれるんじゃないのかい?」
「大丈夫よ」
「ふむ?」
「最近、霊夢はこの服を着てないもの」
「もしや、霊夢に何か……」
「いいえ、何も。むしろいつもより真面目に異変解決に取り組んでるわね」
「……そうか」
詳しいことはわからなかったが、彼女に聞いてもそれ以上は答えないだろう。
無事であればそれでいいと思い、霖之助は納得する。
「それじゃ、私はあっちで仕事だから。
またね、霖之助さん」
「ああ」
霖之助を見送り……メリーはひとり、ため息を吐いた。
「最近あの子は霖之助さんの服ばかり着てるからね。
こっそり返してれば気付かないわよ」
受け付けに到着した時、既に周囲は来訪者で賑わっていた。
「あ、霖之助君。おそーい!」
「すまない、少し遅れたかな」
「そうだよ。ひとりで大変だったんだから」
怒りながら、しかし笑顔で蓮子は霖之助を出迎える。
「それにしても、面白い服だね、これ」
「そうかい?」
「うん。今まで着たことない感じ」
蓮子の服装もメリーと同じ巫女服だ。
霖之助にしてみれば懐かしい、幻想郷の巫女の服。
……制作依頼が『巫女服』なので、これでいいはずなのだ。
「ところでこれ、なんで腋が出てるの?
かわいいからいいけど、霖之助君の趣味?」
「いや、歴史的デザインだよ。多分」
「そう? 前に資料で見たのは違うような気がするけど……。
あ、いらっしゃいませー」
なにやら首を傾げながら、来訪者に服を渡す蓮子。
その合間を縫って、彼女は感心した声を上げた。
「それにしても、霖之助君って裁縫得意だったんだねぇ」
「まあ、ね」
「でもさすがに、大変だったみたいだけど」
「……今では少し後悔してるよ。さすがに眠い」
「私が手伝えればよかったんだけどね」
しかし材料を用意したりと、裁縫以外のことで手伝ってくれたので大助かりだった。
それにミシンを用意してくれたのも大きい。
霊夢用ならいろいろ仕込むため手縫いのほうがいいのだが、大量生産なら問題無いだろう。
「霖之助君は、1時間のシフトだっけ」
「ああ。あとはメリーに交代だね」
「先に帰って寝てていいよ。疲れただろうし」
「……そうさせてもらうかな」
あくびをかみ殺す霖之助を姉のような視線で見守りながら……。
蓮子はぽつりと、疑問を投げる。
「霖之助君は、こっちに来てよかったと思ってる?」
「ん? もちろんだよ」
外の世界に出ることは前からの目的だった。
実際に来て、全てがよいことばかりとは言えないが……。
だが間違いなく来てよかったと言える。
霖之助は現在進行形でそう考えていた。
「そっか」
彼女はなにやら満足げに頷く。
少しだけ熱を帯びた視線で、霖之助を捉えて。
「私も霖之助君に会えてよかったと思ってるよ」
「蓮子……」
蓮子の視線の意味を問う間もなく。
「ほらほら、時間ないんだからキリキリ働こう。
この一瞬は今しかないんだからね!」
「……そうだね」
霖之助は受け付けの仕事に奔走することにした。
後で考えられることなら、後で考えればいいと。
今しかないこの時間を、しっかりと堪能するために。
相方に蓮子とメリーの巫女服姿を描いていただきました。
感謝感謝。
相方にイメージ絵を描いて貰いました。
霖之助 蓮子 メリー 夢美
「そう言えば、結局霖之助君って帰省しなかったの?」
長いようで短かった夏休みも終わり、季節は秋になろうとしていた。
霖之助は蓮子とメリーと居間でお茶をしながら、彼女の質問に質問で返す。
「蓮子は一度帰ったんだったかな?」
「うん。メリーも一緒にね」
「何度か行ったことあるのよ、蓮子の実家」
「東京の田舎なんだけど、いいところよ」
この時代、京都に遷都が行われ、東京は田舎扱いらしい。
京都と東京の間は卯酉新幹線で結ばれ、53分で行き来が可能となっている。
霖之助がその話を聞いて一番驚いたのは、その線路が富士の樹海の下を通っていることだったが。
「霖之助君も来られればよかったんだけど」
「残念ながら、ね」
蓮子の言葉に、霖之助は肩を竦めた。
誘われはしたのだが、講義や勉強の予定が入って動けなかったのだ。
「それに僕のことはちゃんと説明してないんだろう?
行かないほうが得策だとは思うけどね」
「それはまあ、そうだけど……」
元々この部屋は蓮子とメリーがふたりで借りていたものだ。
いろんな事態に備えて大きめのところを借りていたらしく、物置となっていた空き部屋に霖之助が転がり込んだというわけだ。
その際蓮子は「メリーの親戚の男の子を同居させる」と家族に説明したようで……。
何も文句を言ってこないところを見ると、おそらく幼い男子だとでも思われているのだろう。
まさか、遙か年上の男性だとは露とも思わないはずだ。
いや、メリー……紫から比べれば遙かに年下ではあるが。
「あれ、霖之助君の実家ってどこにあるんだっけ?」
「……行き来するのはかなり面倒な場所、かしら」
「少なくとも、気軽に行き来できる場所じゃないね」
幻想郷とこの世界。
紫のスキマを使う以外に移動する手段を霖之助は知らない。
「じゃあ結局帰らなかったんだ」
「そうなるね」
「実家の人、心配してたりしないの?」
「……まあ、してるかもしれないが……」
ちらり、とメリーを見る。
彼女は溜息と共に首を振った。
「今帰ったら、戻って来られないわよ。間違いなく」
「……そうか」
何が起きてるかはわからなかったが……そういうことらしい。
どのみち1年後には戻る予定だったのだ。
知るのはその時でいいだろう、と霖之助は納得しておくことにした。
「そっか、メリーも知ってるんだっけ」
「ええ」
「どんなところなの? 霖之助君の実家」
「自然が豊かだね」
「いろんな生き物やそれ以外もいるわ」
「ふーん。珍しいね、そんな場所」
自然物の乏しい、管理された世界。
発展の先がこうなのかと思うと、霖之助は少しだけ迷ってしまう。
「あれ、外国にあるんだっけ? 霖之助君ってハーフって言ってたよね」
「……まあ、似たようなものだよ」
結界的には間違ってないはずだ。
そもそも時代自体が違うので、正しい言葉が思いつかないが。
「じゃあさ、いつか連れてってよ。霖之助君ち」
「機会があったらね。どのみち卒業してからの話だけど」
「そうだねえ」
言って、蓮子は首を傾げる。
「で、卒業は出来そうなの?」
「……おそらく」
少し視線を逸らし、霖之助は自信なさげにそう呟いた。
さすがトップレベルの大学だけあって、授業の難易度も半端なものではない。
蓮子達の協力もあって前期試験はなんとかクリアしたものの、
夏期集中講座はそうも行かず、いくつか追試ということになっていた。
ちょうどその問いは蓮子が帰省しメリーも付いていったので、偶然会った夢美達に教えてもらったのだ。
幸いにして追試をパスできたので、借りを返さなければならないだろう。
……しかし何となく蓮子達に、夢美達に手伝って貰ったことを伝え損なってたりもするわけで。
――大丈夫だろう、多分。
とりあえず、楽観視することにした。
借りを返すのは個人的なことだし、伝える必要はないだろう、という判断からだ。
それでも何となく後ろめたかったが……やめた。
考えても答えは出そうにないからだ。
「ダメだったらもう一年一緒に勉強しようよ、霖之助君」
「いや、そう言うわけにもね……」
「あら、霖之助さんがどうしてもって言うなら……私から霖之助さんの実家に言ってあげてもいいのよ?」
霖之助が首を振り……横からメリーが口を挟む。
「……いや、やめておこう。契約は契約だからね」
「そう?」
「えー」
一瞬、迷ってしまった。
しかし外の世界に来たのは技術を習得し幻想郷に役立てるためだ。
目的と手段が入れ違っては意味がない。
……ない、はずなのだ。
「先のことは後で考えよう。今はそれより……」
「そうだね、今のことだね」
言って、蓮子は手元のPDAを操作した。
表示されてるのはアルバイト情報だ。
さっきから探しているのだが、あまりいいものが見つからない。
「旅行とかで結構使っちゃったから、貯金が結構減っちゃったよ」
「そうねぇ」
「暇もなかったし、仕方がないだろう」
メリー……紫なら、その気になればいくらでも工面できるのだろう。
しかし蓮子に合わせているのか、それをする素振りはない。
霖之助もなるべく紫を頼らないようにしていた。
既に振り込まれている学費などは仕方ないとしても、食事等は自分の分は自分で稼ぐ。
個人的なプライドの問題だった。
「と言っても授業の都合もあるし、長期のバイト入れるのも……」
「短期で入れる、割のいいバイトねぇ……」
言いかけて、霖之助は動きを止める。
「ダメだよ、それは最後の手段」
「……ああ、そうだな」
蓮子も同じことを思ったらしい。
脳内に浮かんだ顔を、慌てて振り払う。
「何の話?」
「いや、なんでもない」
「そうそう、なんでもない」
ふたりのバイトのことを、メリーには話していなかった。
霖之助は彼女の視線から逃れるようにPDAの画面に目を落とし……着信が入っていることに気が付く。
「……どしたの?」
「それが……」
ふたりに断り、霖之助は通話ボタンを押した。
「バイト探してるんでしょ? ちょうどいいのがあるわよ」
「その前に、どうしてそれを知ってるんだい、教授」
最後の手段は、向こうから近づいてきたようだ。
それにしてもどうして夢美がこの番号を知っているのだろうか。
「だって貴方達、学校の端末でバイト情報調べてたでしょ?
学生IDで管理されてるから一目瞭然なのよ」
「だからと言ってそれは誰でも見られるものなのかな」
「さて、どうだったかしら」
とぼける彼女に、霖之助は肩を竦める。
「せっかくだが……」
「あら、そんなこと言っていいのかしらね」
言葉を最後まで聞かず、彼女はなにやら笑みを含んだ声を上げた。
「お金と単位の両方が取れる、とっても素敵なアルバイトがあるんだけど」
魅力的な提案だった。
霖之助は蓮子、そしてメリーの顔を見……やがて言葉を絞り出す。
「詳しい話を聞かせてもらおうか」
講義堂の中は巫女で溢れていた。
それと、神主で。
「ご苦労様」
「ああ……」
神主の衣装を身に纏った霖之助は、疲れた様子で返事を返す。
振り向くと、夢美は珍しくスーツを身に纏っていた。
彼女なりの正装だろうか。
「やはり慣れた人が作ると違うわね」
「それはどうも」
「……ま、ちょっとだけ想定してたのとデザイン違うけど、許容内でしょ」
夢美から頼まれたのは、特別講義用の服作りだった。
神主と巫女衣装を男女それぞれ先着20名にプレゼント。
少し前、ちゆりに服を作ってあげたことを聞いて知ったらしい。
霖之助作の服を、彼女が自慢げに話していたという話だが……。
授業と並行しての作業はかなり困難だったが、蓮子達が手伝ってくれたおかげで何とかすることができた。
……まあ、蓮子は裁縫スキルが壊滅的だったので戦力外ではあったものの。
メリーがいてくれて助かったと言える。
「宗教が心の拠り所でなくなって、随分が経つわ」
「……ふむ」
「この巫女衣装も、単なる郷土資料としてしか見られてないのよ」
「悲しいことだね」
人間の信仰心が薄いことは、紫の講義で聞いていた。
神も妖怪もそれに仕える人間も、この世界ではもう忘れられた存在なのだろう。
「宗教には救いの力があると思うのだけど」
なにやら考え込んでいる夢美に、霖之助はあえて何も言わなかった。
別の世界の知識を下手に披露するべきではない。
彼女のように頭の切れる人間相手には特に。
「ま、それはおいおい考えましょ。
単位は約束通り付けておくわね。
あなたの担当は1時間だけだから、あとはゆっくり休むといいわ」
「そうさせてもらうよ」
夢美と別れ、霖之助は講義堂の入り口へと向かう。
受け付けの仕事を受けていたせいだ。
正確には、服作りと受け付けでワンセットだった。
持ち時間が1時間だけなのがせめてもの救いである。
「お疲れ様、霖之助さん」
「やあ、メリー」
途中、入り口の方から歩いてきたメリーとすれ違う。
彼女も周囲の人間と同じ、巫女服姿だった。
彼女のこういう服装は初めて見るかもしれない。
メリーに手招きされたので、道の脇で立ち止まった。
「毎日遅くまで、大変だったでしょう?」
「そりゃあね。だが、それだけの報酬は得たよ」
「……もっと私を頼ってくれてもいいのだけど」
「これも修行さ。それに久し振りに腕が振るえて楽しかったし」
そう言って、霖之助は少しだけ視線を逸らす。
「……まあ、ちょっと間に合わなかったんだが」
「そうね」
彼の言葉に、メリーは笑っていた。
客に渡す分は何とか完成したのだが。
どうしても……受け付けで着る蓮子とメリーの分が間に合いそうになかったのだ。
そこでイチから作るより早いと、メリーが幻想郷から霊夢の服を持ってきて仕立て直し、事なきを得たのだった。
「すまないね」
「これくらいはおやすいご用よ」
「……ところであれは店から持ってきたのかい?」
「いいえ、霊夢のタンスからよ」
「霊夢の?」
メリーの返事に、霖之助は驚いた表情を浮かべる。
「ばれるんじゃないのかい?」
「大丈夫よ」
「ふむ?」
「最近、霊夢はこの服を着てないもの」
「もしや、霊夢に何か……」
「いいえ、何も。むしろいつもより真面目に異変解決に取り組んでるわね」
「……そうか」
詳しいことはわからなかったが、彼女に聞いてもそれ以上は答えないだろう。
無事であればそれでいいと思い、霖之助は納得する。
「それじゃ、私はあっちで仕事だから。
またね、霖之助さん」
「ああ」
霖之助を見送り……メリーはひとり、ため息を吐いた。
「最近あの子は霖之助さんの服ばかり着てるからね。
こっそり返してれば気付かないわよ」
受け付けに到着した時、既に周囲は来訪者で賑わっていた。
「あ、霖之助君。おそーい!」
「すまない、少し遅れたかな」
「そうだよ。ひとりで大変だったんだから」
怒りながら、しかし笑顔で蓮子は霖之助を出迎える。
「それにしても、面白い服だね、これ」
「そうかい?」
「うん。今まで着たことない感じ」
蓮子の服装もメリーと同じ巫女服だ。
霖之助にしてみれば懐かしい、幻想郷の巫女の服。
……制作依頼が『巫女服』なので、これでいいはずなのだ。
「ところでこれ、なんで腋が出てるの?
かわいいからいいけど、霖之助君の趣味?」
「いや、歴史的デザインだよ。多分」
「そう? 前に資料で見たのは違うような気がするけど……。
あ、いらっしゃいませー」
なにやら首を傾げながら、来訪者に服を渡す蓮子。
その合間を縫って、彼女は感心した声を上げた。
「それにしても、霖之助君って裁縫得意だったんだねぇ」
「まあ、ね」
「でもさすがに、大変だったみたいだけど」
「……今では少し後悔してるよ。さすがに眠い」
「私が手伝えればよかったんだけどね」
しかし材料を用意したりと、裁縫以外のことで手伝ってくれたので大助かりだった。
それにミシンを用意してくれたのも大きい。
霊夢用ならいろいろ仕込むため手縫いのほうがいいのだが、大量生産なら問題無いだろう。
「霖之助君は、1時間のシフトだっけ」
「ああ。あとはメリーに交代だね」
「先に帰って寝てていいよ。疲れただろうし」
「……そうさせてもらうかな」
あくびをかみ殺す霖之助を姉のような視線で見守りながら……。
蓮子はぽつりと、疑問を投げる。
「霖之助君は、こっちに来てよかったと思ってる?」
「ん? もちろんだよ」
外の世界に出ることは前からの目的だった。
実際に来て、全てがよいことばかりとは言えないが……。
だが間違いなく来てよかったと言える。
霖之助は現在進行形でそう考えていた。
「そっか」
彼女はなにやら満足げに頷く。
少しだけ熱を帯びた視線で、霖之助を捉えて。
「私も霖之助君に会えてよかったと思ってるよ」
「蓮子……」
蓮子の視線の意味を問う間もなく。
「ほらほら、時間ないんだからキリキリ働こう。
この一瞬は今しかないんだからね!」
「……そうだね」
霖之助は受け付けの仕事に奔走することにした。
後で考えられることなら、後で考えればいいと。
今しかないこの時間を、しっかりと堪能するために。
相方に蓮子とメリーの巫女服姿を描いていただきました。
感謝感謝。
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霊夢どんだけさみしがりなんだよw
毎日着ている発言に何かを感じたキリッ
あ、あとSS目次のリンクの数字が6になってましたよ
毎日着ている発言に何かを感じたキリッ
あ、あとSS目次のリンクの数字が6になってましたよ
No title
蓮子はともかく、霊夢とゆかりんでは服のサイズが根本的に合わないのでは?ほら、主に胸部のボリュームg(テーレッテー)
…幻想郷に帰還したら巫女と魔法使いとメイドと庭師にヤンデレ寸前の勢いで甘えられたり、後に大学を卒業した蓮子が香霖堂の押し掛け店員になったり、教授とちゆりが香霖堂の隣に移住してきたりする、そんな未来があってもいいと思うんだ…。
…幻想郷に帰還したら巫女と魔法使いとメイドと庭師にヤンデレ寸前の勢いで甘えられたり、後に大学を卒業した蓮子が香霖堂の押し掛け店員になったり、教授とちゆりが香霖堂の隣に移住してきたりする、そんな未来があってもいいと思うんだ…。
No title
霖之助さんの服をずっと着てるのか・・・霊夢め、羨まけしからん。
巫女服を本気で間違えてる(幻想郷ではアレが正しいのか?)霖之助さんが可愛いと思いましたwww
巫女服を本気で間違えてる(幻想郷ではアレが正しいのか?)霖之助さんが可愛いと思いましたwww
No title
今回は秘封じゃなくて霊夢の回ですね
毎日来ているとかこれはもはやヤンデレの一歩手前まで来てますよ
霖之助さんが幻想郷に帰ったらかんっきんっされちゃう><
毎日来ているとかこれはもはやヤンデレの一歩手前まで来てますよ
霖之助さんが幻想郷に帰ったらかんっきんっされちゃう><