酉京都幻想 第6話
『酉京都幻想 第5話』の続きっぽく。
うるちさんに挿絵を描いていただきました。
感謝感謝。
霖之助 蓮子 メリー 夢美
大学の前期試験が終了すると、長い夏休みに入る。
蓮子やメリー、そして夢美のおかげもあって霖之助はまずまずの成績を修めることができた。
しかし夏休みと言っても短期集中カリキュラムでこの大学に在籍している霖之助には夏季集中講座などの予定が入っており、普通の学生である蓮子達と比べて休日は圧倒的に少ない。
蓮子達もバイトや帰省、旅行といった予定を入れていたので、なかなか一緒の休日が取れないでいた。
そして夏休みもひと月ほどが過ぎた頃、なんとか予定を合わせてプールに行くことにしたのだが。
「で、どうして教授達がここにいるんですか?」
「あら、いちゃ悪いかしら」
更衣室を出たところにある休憩所で、蓮子はため息を吐いた。
集合地点に指定していた場所に、見知った顔があったせいだ。
先に待っていた霖之助とちゆりが、気まずそうに口を開く。
「すまない。大学で会った時、ちょっとちゆりに話してしまってね」
「そしてご主人に漏らしてしまったんだぜ」
「口は災いの元ってやつね」
「教授は自分が災いって自覚があるんですね」
「どうかしら。天才って自覚はあるけど」
「あ、蓮子と同じ事言ってるわよ」
「ちょっとメリー、一緒にしないでよ」
一同揃って、なにやら言い合うことしばし。
端から見れば、ひょっとしたら仲の良さそうなグループに見えたかもしれない。
……実際はともかく。
そんな中、夢美は霖之助とちゆりを見比べ、ふと首を傾げる。
「ま、こっちとしては僥倖だったけど……ところでいつの間にふたりは仲良くなったのかしら?」
「ねぇメリー。霖之助君って、その、小さい子が好みだったりするの?」
「いえ、そうじゃない……と、思う……けど?」
「ちょっと、どうして疑問系なのよ」
「そうね、そこは私も気になるわ」
「だって霖之助さんってああ見えて面倒見がいいから前からよく小さい子に懐かれてたし……だからよく小さいこと一緒にいたところは見かけたんだけど」
3人は霖之助とちゆりを見比べながらなにやらよからぬことを話し合っているようだ。
……一番霖之助をよく知っているはずのメリーが不安げなのはどういうことなのだろう。
「本人を目の前にして変な憶測は止めてもらいたいんだが」
「あら、聞こえてた?」
「そりゃあね」
悪びれることもなく、夢美は逆に問いかける。
……まあ、いちいち気にしても仕方がない。
「と、予定外のアクシデントはあったけど」
コホンと咳払いし、蓮子は霖之助に向き直る。
蓮子が変なことを聞くから脱線したのではないかと思うのだが。
それはさておき。
「ね、霖之助君。どうかな、この水着。メリーと一緒に選んできたのよ」
くるりと一回転。
スレンダーな彼女の身体を、白いセパレートタイプの水着が包んでいた。
彼女の活発な印象をより強めており、なかなかのチョイスだった。
「ああ、似合ってるよ、蓮子」
「本当? よかった」
はにかんだ彼女の笑みは、水着姿ということもあっていつもとかなり違って見えた。
……それにしても。
こういう時の受け答えの例を昔本で読んだことがあってよかったと心から思う。
備えあれば憂い無し。
それは知識にも当然適用されるのだ。
「霖之助さん、私も新調してみたのよ?」
「メリーも似合っているよ」
メリーが着ているのは、紫のビキニだった、
豊満な彼女の身体を、下品にならない程度に魅力的に見せている。
紫色を好むのは、やはり紫だからか。
「あら、私のはどうかしら、森近」
言って、夢美が霖之助の前に歩み出た。
真っ赤なワンピースタイプ。
蓮子とはまた違った健康美と派手さが、いかにも夢美らしい。
「似合ってると思うよ」
霖之助は三度口を開き……周囲からため息が漏れた。
「霖之助君、それしか感想無いの?」
「……そういうわけではないが」
結論、付け焼き刃は剥げやすい。
慣れないことはするものではないのである。
「ま、期待してないけどね」
「そんな事だろうと思いましたわ」
「嘘は吐いてない、ってところだけは評価してあげるわ」
三者三様に肩を竦め、首を振った。
とても視線が痛い。
「気にするな、霖之助」
「……すまない」
ちゆりに慰められ、霖之助は苦笑を漏らした。
彼女が着ているのは一昔前のスクール水着と言われるものだ。
胸のところに書かれた名前が、なんだか妙に似合っていた。
……まあ結局、やっぱりその感想が真っ先に出るわけだが。
「とにかく、せっかくプールに来たんだし、泳ごうよ」
気を取り直してか、蓮子が微笑んだ。
視線の先には大型の室内プール施設。
今日中にすべてを体験できるのかわからないくらいの規模だ。
「でね、メリーと話して決めたんだけど。今日はそれぞれ自由行動にしようかなって思うの」
「ふむ?」
彼女の提案に、霖之助は驚いた表情を浮かべる。
「本当は案内してあげたいんだけど、いつも一緒にいると疲れちゃうかなって。霖之助君も、たまには羽を伸ばしたいだろうs」
言いながら、蓮子は少しだけ残念そうに笑う。
本当は一緒にいたいんだけど、というのが言外に伝わってきた。
「構いたがると嫌がるか。僕はまるで猫みたいだね」
「あら、お望みなら耳でも生やしてみましょうか?」
「やめてくれ」
そっと耳打ちしてくるメリーに、首を振る霖之助。
メリーなら……紫なら本当にやりかねないから困る。
「それに霖之助さん。こういう場所ってじっくり見て回りたいでしょう?」
「……まあね」
彼女の心遣いに、霖之助は素直に感謝した。
確かにじっくりと見て回りたい気持ちはある。
休日まで考え事してて疲れないのかと蓮子に笑われるのだが。
やはりこう、好きなことをやってると疲れはどこかに行ってしまうのだろう。
「……ということなんですが、構いませんよね?」
釘を刺すように、蓮子は夢美に視線を送る。
「釘を刺されなくてもわかってるわよ。私だって骨休みに来たんだから。それにもう目的は果たしたしね」
「目的?」
首を傾げる彼女に、夢美はニヤリと微笑んで見せた。
そこで彼女は大きく伸びをする。
大きく反った腕から肩、腋へのラインは緻密に構築された数式のようにこの上ない調和を保っていた。
「森近に水着を見せること、よ」
その表情だけでは、本気かどうか窺い知ることが出来ない。
からかっているようでもあるし、そうでないようでもある。
「行くわよ、ちゆり」
「了解だぜ、ご主人」
そう言い残して、夢美とちゆりは踵を返す。
「……先手を取られた……」
「何のことだい? 蓮子」
「ううん、なんでもない。なんでも」
去っていくふたりを見送ると、霖之助達もそれぞれ自由行動に入ることにした。
一口に室内プールと言っても、いろいろな設備があるらしい。
しかも天井設えられたスクリーンには空が映し出されていており、さながら外のような開放感すら漂っている。
霖之助はプールのひとつひとつをじっくりと見ているので、まだ全体の2割も回れてないはずだ。
広い施設だが、人で混み合っているというわけではない。
今日が平日だからなのか、それとも別の要因か。
もっとも、人が少ない方がゆっくり出来て都合がいい。
そんな中、ひときわ目を惹く一角で霖之助は立ち止まった。
近くにある説明書きによると、世界の海を再現している場所のようだ。
「あら、森近じゃない」
「ああ、教授……?」
名を呼ばれ、振り向く。
夢美はプールで寝そべったまま、本を広げていた。
「こんなところでも読書かい?」
自分で言って、思わず笑ってしまう。
――こんなところでも読書なのか?
幻想郷にいた頃よく言われた言葉だ。
まさか自分が言う側になるとは思わなかった。
そんな突然の含み笑いに、しかし夢美は表情ひとつ変えず首を振る。
「こんなところだからよ」
「ほう? よっぽどの理由があるんだね」
「そうね。少なくとも大学じゃ無理だし」
言いながら、夢美は本のページをめくる。
この時代では少なくなった、紙で出来た本。
それにしても。
「随分浅いプールだな」
夢美が寝そべっているのは確かに水の上なのだが。
悠々と本を読めると言う事は、単なる水たまりなのだろうか、と霖之助は首を傾げる。
「あら、深さは1メートルって書いてあるわよ」
「ん? しかし……」
そんなに深ければ沈んでしまうのではないか。
そう考える霖之助に、夢美は案内板を指差し、口を開く。
「ここは死海を模したプールでね、塩分濃度が30%くらいあるのよ。
水の比重が大きいから、沈む方が難しいってわけ」
「ほう……そんな場所もあるのか」
「西方にね。一応この本は防水処理してるけど」
こんなところ……最初の質問の答えの意味がようやく理解できた。
確かに大学にはこんなプールはない。
「そんなものに入っても大丈夫なのかい?」
「特にはね。現に今大丈夫だし、ちゃんと防護レンズもつけてるし」
洗えばいいんじゃない? と夢美は軽い調子で答える。
「しかしいろいろな設備があるものだね。
居ながらにして世界の海を疑似体験できるというのも便利なものだ」
「疑似、ねぇ。じゃあ本物って何かしら」
彼女は本を閉じ、霖之助の瞳を真っ直ぐに見つめてきた。
「泳ぐための海? 安全のため仕切りで区切られた海水浴場? それは本当に本物かしら。
海という環境の、ただ一面を切り出したに過ぎないと思わない?」
言って、周囲のプールを見渡す。
ここでは世界の有名な海をほとんど体験できる。
成分のほとんどは同じものだし、砂浜を再現してある場所だってある……らしい。
さすがに魚や貝はいないのだが。
「楽しむためなら模倣が本物を超えることだってあるわよ。いえ、そもそも本物なんてないのかもしれないわね。
少なくとも、海水浴程度ならここの設備で十分だわ」
「……なるほど」
もちろん本物の海でないと体験できないことだってある。
だが『遊泳の為の海』とはそもそもが造られたものではないか。
おそらく彼女はそう言いたいのだろう。
保護するために管理され、隔離された空間。
……何となく、幻想郷を思い出した。
「慣れているようだが、結構来るのかい?」
「たまに、だけどね。ここが出来たのは最近だし……」
夢美はそう言うと、自分が入っているプールの水を叩いて見せた。
「あなたも入ってみたらわかるかもしれないわよ。一緒に本でもどうかしら?」
「そうしたいのは山々なんだがね。せっかくの機会だ。いろいろと見て回りたくてね」
「そう」
断られても、特に気にした様子はない。
もしかしたら、霖之助の答えを予想していたのかもしれない。
「また今度にしましょう。今日はそういうコトみたいだからね」
彼女は笑うと、再び本に視線を戻した。
霖之助は夢美に一礼をすると、死海をあとにした。
今度入ってみよう、と思いながら。
再び案内板を見ながら歩くことしばし。
「ゆか……メリー?」
隣へ流れてきた人影に、霖之助は思わず声を上げた。
イルカ型の浮き輪に乗ったまま、ぷかぷかと浮いている。
どうやら流れるプールというらしい。
「霖之助さん、楽しんでるかしら」
メリーは流されたまま、霖之助に返事をした。
……夢美もだったが、浮かぶのが流行っているのだろうか。
「おかげさまでね」
「ならよかったわ」
彼女を追うようにプールサイドをゆっくりと歩きながら、メリーと会話する。
流されるままのメリーというのも何となく不思議な感じだ。
普段はどうしても妖怪の賢者というイメージが強いせいだろうが。
「便利な場所でしょう? いつか霖之助さんと行きたいと思ってたのよ」
どうやら彼女も何度か来たことがあるらしい。
となると、蓮子もだろう。
「本当は本物の海へ連れて行ってあげたかったのだけど」
「いや……」
メリーの言葉に、霖之助は首を振る。
「ここで十分だよ。模倣だからといってこの瞬間が本物に劣るわけじゃないからね」
「そう? そう言ってくれるとありがたいわね」
先ほどの夢美との会話が思い出された。
もちろん、本物の海に行けたらそれはそれで楽しいと思うが。
「それにしても、早いものね。もう半年も経つなんて」
「もうそんなになるんだね」
感慨深げに、彼女は呟く。
その視線はどこを見つめているのか。
「ねぇ霖之助さん。もし約束の期間が過ぎたら……」
言いかけて、止めた。
あと半年。
その先のことを考え……頭を振る。
「いえ、今聞くことじゃないわね」
メリーは肩を竦め、霖之助に手を振った。
「今日一日、楽しんでね」
「了解したよ」
霖之助が足を止めると、メリーはどこかへと流されていく。
しばらく経てばまたここに戻ってくるのだろう。
……なかなか心地よさそうなので、一度体験してみたいところだ。
「一年、か」
呟きと共に、ため息を漏らした。
まだ先のことのようで……。
すぐ目の前のようにも思える。
まだ先のことと割り切り、足を進めた。
しばらく進むと、見慣れた後ろ姿が目に入る。
「ちゆり、何をしてるんだい?」
「ああ、霖之助か」
声をかけると、ちゆりはなにやら悩んでいるようだった。
少し大きな休憩所に設けられた、ファーストフード店。
メニューを書かれた看板と睨めっこしているらしい。
「どっちを食べるか悩んでるんだぜ」
「……たこ焼きと焼きそば、ねぇ」
難しい顔で悩むちゆりがなんだかおかしくて、霖之助は思わず笑みを浮かべた。
「両方行ければ楽なんだろうけどね」
「理想はそうだが、そんなにたくさんはお腹に入らないんだ」
「そうだったね。どうだい? 半分ずつ食べるというのは」
「いいのか?」
「ああ。読んだ本によると、海水浴の醍醐味は海の家らしいからね。
……少し違うが、まあ似たようなものだろう。それに初めてでもないしね」
「そうだな」
少し前にも同じようなことがあった。
夏期講習を受けた昼休み、今と同じようにカフェでちゆりが悩んでいたのだ。
プリンを食べるかアイスを食べるか悩んでいた彼女に、霖之助は折半を申し込んだ。
霖之助としては食べなくても構わないのだが、もちろん食べても構わないわけで。
まあその結果、ついプールに行くことを話してしまったのだが。
「いただきまーす」
運ばれてきた料理に、ちゆりは心底嬉しそうな表情を浮かべていた。
きっちり料理と支払いを半分に分け、食事を進める。
このあたりは実にしっかりしていると思う。
「なぁ、霖之助はなんで蓮子達と一緒にいるんだ?」
「さてね」
お腹もふくれて一段落付いたのか、ちゆりが疑問を投げかけてきた。
確かに、説明した覚えがなかった気がする。
メリーがいるから……ではあるのだが。
それだけではすべて説明できない気がする。
「ま、別になんででもいいんだけどさ。
そう言えば、なんか霖之助って私に優しいよな」
「ああ……」
言われて、霖之助は肩を竦める。
「なんだか知人に似ててね。放っておけないんだ」
「そうか。なんかそんな感じだろうと思ってたぜ」
「迷惑だったかい?」
「いいや、私はかまわないぜ。苦労を分かち合える人間がいると助かるからな」
「そうだね」
正確には人間ではないのだが。
この際構わないだろう。
「お互い苦労するね」
「違いない」
年齢に似合わない悟ったような表情で、ちゆりは笑って見せた。
腹ごなしに運動してくるぜ、という彼女と別れ、霖之助は再び散策に出る。
やがて建物の中でも特に大がかりな施設のある一角に辿り着いた。
ウォータースライダー、らしい。
言葉通り、滑り落ちることを楽しむのだろう。
百聞は一見にしかず、ということで階段を上り、入り口へ向かう。
中は数種類に分かれていたが、上級コースの説明に目が止まった。
曰く、空も飛べるはず、と。
「空、ねぇ」
霖之助は幻想郷の少女達のように空を飛ぶことが出来るわけではない。
飛ぶ必要がなかったから、という理由もあるが。
幻想郷が今の形になるまで、空を飛ぶのは妖怪か妖怪退治の人間くらいだった。
妖怪と人間のハーフたる霖之助がそんな真似をすれば間違いなく目立ってしまうわけで。
出る杭になりたくなかった、というのもある。
まあ、今だったら飛んでも誰も気にしないだろうが。
今更飛ぶのも、という気もするわけで。
……するのだが、それはそれ。これはこれ
「……試してみるか」
やはり機会があれば試してみたいと思うのが人の常だろう。
霖之助はスライダーのコースに足を踏み入れ、流れに身を任し……。
一瞬で後悔した。
チューブ状になったコースは全て透明なプラスチックで出来ており、このプールの全景どころか壁に映し出された京都駅あたりまで見ることが出来た。
確かに飛んでいる気分が味わえないことはない。
ないのだが……いかんせん流れが速く、確認できるわけもない。
楽しむ余裕もないので、叫び声を上げないでいるのが精一杯だった。
「……別の意味で飛びそうだな……」
ようやくスライダーも終わり、ゴール地点でのプールで息を吐く。
そもそもいきなり上級者から始めるのが間違いだったかもしれない。
今度は初級コースを試してみよう、と思ったその時。
「どいて下さーい!」
背後から突然声がしたかと思った矢先。
続く衝撃に、思わず霖之助は咳き込んだ。
少し水を飲んでしまったらしい。
「ごめんなさい……って、霖之助君?」
「蓮子……か」
「大丈夫?」
「いや、すまない。着地点で立ち止まっておくべきじゃなかったな」
霖之助の背におぶさるような形になっているため、顔は見えなかったが。
背中にかかる彼女の体重は、水の中のせいかやけに軽い。
しかし水の中にかかわらず、触れている肌がなんだかとても熱く感じられた。
「すまないが、離してくれないかな。泳ぎにくくて仕方ない」
「あ、うん、ごめん……って、あれれ?」
離れようとした蓮子は、何故か突然動きを止める。
「ちょっと霖之助君、お願いがあるんだけど」
「……お願い?」
怪訝な顔で振り向こうとする霖之助を、蓮子は手で静止する。
「いいから、そのまま右に3メートル。あ、振り向いちゃダメだよ」
「右……?」
視界の端に、見覚えのある布が映った気がした。
白い色のそれに蓮子は手を伸ばし、なにやらゴソゴソと動くことしばし。
「……ごめんね」
「いや、問題無い」
「……見てないよね?」
「もちろんだ」
プールから上がった蓮子と霖之助の間に、なんだか気まずい空気が流れていた。
彼女は隠していたつもりだろうが、落ちていたものは霖之助の能力ではっきりとわかる。
「そっかー。うん。いやいいのよそれで」
アハハ、と乾いた笑い。
……先ほど目に止まった布は、今は蓮子の胸元に収まっていた。
白い水着の上半身部分。
用途は裸体を隠すこと。
「見るほどない、とか思ってないよね?」
「そんなことはない」
「本当かなぁ」
どうやら訝しんでいるらしい。
慌てるとかえって不自然なので、霖之助はゆっくりと首を振った。
「……ま、いいや。どう? 楽しんでる?」
「メリーにも同じことを聞かれたよ」
「そっか」
蓮子はとても楽しそうだった。
その表情を見ているだけで、なんだか霖之助まで楽しくなってくる気がする。
「こういうスライダーとか、好きなのかい?」
「うん、絶叫マシーンとかもね。空とか飛べたら面白いだろうなーって」
「……確かにそうだね」
普通の人間の普通の感想に、霖之助は思わず笑ってしまった。
……難しく考える必要はないのだ。
あるがままを楽しめば、それで。
「それにしても、こんな近い場所にこんな場所があったとはね」
「でしょ。まだまだ知らないところはたくさんあるんだから」
そう言って、蓮子は微笑む。
「これからもいろいろ案内してあげるからね」
「……よろしくお願いするよ」
少なくとも今この時を満喫するために。
霖之助はスライダーを一通り見て回るため、蓮子と共に階段を上っていった。
うるちさんに挿絵を描いていただきました。
感謝感謝。
霖之助 蓮子 メリー 夢美
大学の前期試験が終了すると、長い夏休みに入る。
蓮子やメリー、そして夢美のおかげもあって霖之助はまずまずの成績を修めることができた。
しかし夏休みと言っても短期集中カリキュラムでこの大学に在籍している霖之助には夏季集中講座などの予定が入っており、普通の学生である蓮子達と比べて休日は圧倒的に少ない。
蓮子達もバイトや帰省、旅行といった予定を入れていたので、なかなか一緒の休日が取れないでいた。
そして夏休みもひと月ほどが過ぎた頃、なんとか予定を合わせてプールに行くことにしたのだが。
「で、どうして教授達がここにいるんですか?」
「あら、いちゃ悪いかしら」
更衣室を出たところにある休憩所で、蓮子はため息を吐いた。
集合地点に指定していた場所に、見知った顔があったせいだ。
先に待っていた霖之助とちゆりが、気まずそうに口を開く。
「すまない。大学で会った時、ちょっとちゆりに話してしまってね」
「そしてご主人に漏らしてしまったんだぜ」
「口は災いの元ってやつね」
「教授は自分が災いって自覚があるんですね」
「どうかしら。天才って自覚はあるけど」
「あ、蓮子と同じ事言ってるわよ」
「ちょっとメリー、一緒にしないでよ」
一同揃って、なにやら言い合うことしばし。
端から見れば、ひょっとしたら仲の良さそうなグループに見えたかもしれない。
……実際はともかく。
そんな中、夢美は霖之助とちゆりを見比べ、ふと首を傾げる。
「ま、こっちとしては僥倖だったけど……ところでいつの間にふたりは仲良くなったのかしら?」
「ねぇメリー。霖之助君って、その、小さい子が好みだったりするの?」
「いえ、そうじゃない……と、思う……けど?」
「ちょっと、どうして疑問系なのよ」
「そうね、そこは私も気になるわ」
「だって霖之助さんってああ見えて面倒見がいいから前からよく小さい子に懐かれてたし……だからよく小さいこと一緒にいたところは見かけたんだけど」
3人は霖之助とちゆりを見比べながらなにやらよからぬことを話し合っているようだ。
……一番霖之助をよく知っているはずのメリーが不安げなのはどういうことなのだろう。
「本人を目の前にして変な憶測は止めてもらいたいんだが」
「あら、聞こえてた?」
「そりゃあね」
悪びれることもなく、夢美は逆に問いかける。
……まあ、いちいち気にしても仕方がない。
「と、予定外のアクシデントはあったけど」
コホンと咳払いし、蓮子は霖之助に向き直る。
蓮子が変なことを聞くから脱線したのではないかと思うのだが。
それはさておき。
「ね、霖之助君。どうかな、この水着。メリーと一緒に選んできたのよ」
くるりと一回転。
スレンダーな彼女の身体を、白いセパレートタイプの水着が包んでいた。
彼女の活発な印象をより強めており、なかなかのチョイスだった。
「ああ、似合ってるよ、蓮子」
「本当? よかった」
はにかんだ彼女の笑みは、水着姿ということもあっていつもとかなり違って見えた。
……それにしても。
こういう時の受け答えの例を昔本で読んだことがあってよかったと心から思う。
備えあれば憂い無し。
それは知識にも当然適用されるのだ。
「霖之助さん、私も新調してみたのよ?」
「メリーも似合っているよ」
メリーが着ているのは、紫のビキニだった、
豊満な彼女の身体を、下品にならない程度に魅力的に見せている。
紫色を好むのは、やはり紫だからか。
「あら、私のはどうかしら、森近」
言って、夢美が霖之助の前に歩み出た。
真っ赤なワンピースタイプ。
蓮子とはまた違った健康美と派手さが、いかにも夢美らしい。
「似合ってると思うよ」
霖之助は三度口を開き……周囲からため息が漏れた。
「霖之助君、それしか感想無いの?」
「……そういうわけではないが」
結論、付け焼き刃は剥げやすい。
慣れないことはするものではないのである。
「ま、期待してないけどね」
「そんな事だろうと思いましたわ」
「嘘は吐いてない、ってところだけは評価してあげるわ」
三者三様に肩を竦め、首を振った。
とても視線が痛い。
「気にするな、霖之助」
「……すまない」
ちゆりに慰められ、霖之助は苦笑を漏らした。
彼女が着ているのは一昔前のスクール水着と言われるものだ。
胸のところに書かれた名前が、なんだか妙に似合っていた。
……まあ結局、やっぱりその感想が真っ先に出るわけだが。
「とにかく、せっかくプールに来たんだし、泳ごうよ」
気を取り直してか、蓮子が微笑んだ。
視線の先には大型の室内プール施設。
今日中にすべてを体験できるのかわからないくらいの規模だ。
「でね、メリーと話して決めたんだけど。今日はそれぞれ自由行動にしようかなって思うの」
「ふむ?」
彼女の提案に、霖之助は驚いた表情を浮かべる。
「本当は案内してあげたいんだけど、いつも一緒にいると疲れちゃうかなって。霖之助君も、たまには羽を伸ばしたいだろうs」
言いながら、蓮子は少しだけ残念そうに笑う。
本当は一緒にいたいんだけど、というのが言外に伝わってきた。
「構いたがると嫌がるか。僕はまるで猫みたいだね」
「あら、お望みなら耳でも生やしてみましょうか?」
「やめてくれ」
そっと耳打ちしてくるメリーに、首を振る霖之助。
メリーなら……紫なら本当にやりかねないから困る。
「それに霖之助さん。こういう場所ってじっくり見て回りたいでしょう?」
「……まあね」
彼女の心遣いに、霖之助は素直に感謝した。
確かにじっくりと見て回りたい気持ちはある。
休日まで考え事してて疲れないのかと蓮子に笑われるのだが。
やはりこう、好きなことをやってると疲れはどこかに行ってしまうのだろう。
「……ということなんですが、構いませんよね?」
釘を刺すように、蓮子は夢美に視線を送る。
「釘を刺されなくてもわかってるわよ。私だって骨休みに来たんだから。それにもう目的は果たしたしね」
「目的?」
首を傾げる彼女に、夢美はニヤリと微笑んで見せた。
そこで彼女は大きく伸びをする。
大きく反った腕から肩、腋へのラインは緻密に構築された数式のようにこの上ない調和を保っていた。
「森近に水着を見せること、よ」
その表情だけでは、本気かどうか窺い知ることが出来ない。
からかっているようでもあるし、そうでないようでもある。
「行くわよ、ちゆり」
「了解だぜ、ご主人」
そう言い残して、夢美とちゆりは踵を返す。
「……先手を取られた……」
「何のことだい? 蓮子」
「ううん、なんでもない。なんでも」
去っていくふたりを見送ると、霖之助達もそれぞれ自由行動に入ることにした。
一口に室内プールと言っても、いろいろな設備があるらしい。
しかも天井設えられたスクリーンには空が映し出されていており、さながら外のような開放感すら漂っている。
霖之助はプールのひとつひとつをじっくりと見ているので、まだ全体の2割も回れてないはずだ。
広い施設だが、人で混み合っているというわけではない。
今日が平日だからなのか、それとも別の要因か。
もっとも、人が少ない方がゆっくり出来て都合がいい。
そんな中、ひときわ目を惹く一角で霖之助は立ち止まった。
近くにある説明書きによると、世界の海を再現している場所のようだ。
「あら、森近じゃない」
「ああ、教授……?」
名を呼ばれ、振り向く。
夢美はプールで寝そべったまま、本を広げていた。
「こんなところでも読書かい?」
自分で言って、思わず笑ってしまう。
――こんなところでも読書なのか?
幻想郷にいた頃よく言われた言葉だ。
まさか自分が言う側になるとは思わなかった。
そんな突然の含み笑いに、しかし夢美は表情ひとつ変えず首を振る。
「こんなところだからよ」
「ほう? よっぽどの理由があるんだね」
「そうね。少なくとも大学じゃ無理だし」
言いながら、夢美は本のページをめくる。
この時代では少なくなった、紙で出来た本。
それにしても。
「随分浅いプールだな」
夢美が寝そべっているのは確かに水の上なのだが。
悠々と本を読めると言う事は、単なる水たまりなのだろうか、と霖之助は首を傾げる。
「あら、深さは1メートルって書いてあるわよ」
「ん? しかし……」
そんなに深ければ沈んでしまうのではないか。
そう考える霖之助に、夢美は案内板を指差し、口を開く。
「ここは死海を模したプールでね、塩分濃度が30%くらいあるのよ。
水の比重が大きいから、沈む方が難しいってわけ」
「ほう……そんな場所もあるのか」
「西方にね。一応この本は防水処理してるけど」
こんなところ……最初の質問の答えの意味がようやく理解できた。
確かに大学にはこんなプールはない。
「そんなものに入っても大丈夫なのかい?」
「特にはね。現に今大丈夫だし、ちゃんと防護レンズもつけてるし」
洗えばいいんじゃない? と夢美は軽い調子で答える。
「しかしいろいろな設備があるものだね。
居ながらにして世界の海を疑似体験できるというのも便利なものだ」
「疑似、ねぇ。じゃあ本物って何かしら」
彼女は本を閉じ、霖之助の瞳を真っ直ぐに見つめてきた。
「泳ぐための海? 安全のため仕切りで区切られた海水浴場? それは本当に本物かしら。
海という環境の、ただ一面を切り出したに過ぎないと思わない?」
言って、周囲のプールを見渡す。
ここでは世界の有名な海をほとんど体験できる。
成分のほとんどは同じものだし、砂浜を再現してある場所だってある……らしい。
さすがに魚や貝はいないのだが。
「楽しむためなら模倣が本物を超えることだってあるわよ。いえ、そもそも本物なんてないのかもしれないわね。
少なくとも、海水浴程度ならここの設備で十分だわ」
「……なるほど」
もちろん本物の海でないと体験できないことだってある。
だが『遊泳の為の海』とはそもそもが造られたものではないか。
おそらく彼女はそう言いたいのだろう。
保護するために管理され、隔離された空間。
……何となく、幻想郷を思い出した。
「慣れているようだが、結構来るのかい?」
「たまに、だけどね。ここが出来たのは最近だし……」
夢美はそう言うと、自分が入っているプールの水を叩いて見せた。
「あなたも入ってみたらわかるかもしれないわよ。一緒に本でもどうかしら?」
「そうしたいのは山々なんだがね。せっかくの機会だ。いろいろと見て回りたくてね」
「そう」
断られても、特に気にした様子はない。
もしかしたら、霖之助の答えを予想していたのかもしれない。
「また今度にしましょう。今日はそういうコトみたいだからね」
彼女は笑うと、再び本に視線を戻した。
霖之助は夢美に一礼をすると、死海をあとにした。
今度入ってみよう、と思いながら。
再び案内板を見ながら歩くことしばし。
「ゆか……メリー?」
隣へ流れてきた人影に、霖之助は思わず声を上げた。
イルカ型の浮き輪に乗ったまま、ぷかぷかと浮いている。
どうやら流れるプールというらしい。
「霖之助さん、楽しんでるかしら」
メリーは流されたまま、霖之助に返事をした。
……夢美もだったが、浮かぶのが流行っているのだろうか。
「おかげさまでね」
「ならよかったわ」
彼女を追うようにプールサイドをゆっくりと歩きながら、メリーと会話する。
流されるままのメリーというのも何となく不思議な感じだ。
普段はどうしても妖怪の賢者というイメージが強いせいだろうが。
「便利な場所でしょう? いつか霖之助さんと行きたいと思ってたのよ」
どうやら彼女も何度か来たことがあるらしい。
となると、蓮子もだろう。
「本当は本物の海へ連れて行ってあげたかったのだけど」
「いや……」
メリーの言葉に、霖之助は首を振る。
「ここで十分だよ。模倣だからといってこの瞬間が本物に劣るわけじゃないからね」
「そう? そう言ってくれるとありがたいわね」
先ほどの夢美との会話が思い出された。
もちろん、本物の海に行けたらそれはそれで楽しいと思うが。
「それにしても、早いものね。もう半年も経つなんて」
「もうそんなになるんだね」
感慨深げに、彼女は呟く。
その視線はどこを見つめているのか。
「ねぇ霖之助さん。もし約束の期間が過ぎたら……」
言いかけて、止めた。
あと半年。
その先のことを考え……頭を振る。
「いえ、今聞くことじゃないわね」
メリーは肩を竦め、霖之助に手を振った。
「今日一日、楽しんでね」
「了解したよ」
霖之助が足を止めると、メリーはどこかへと流されていく。
しばらく経てばまたここに戻ってくるのだろう。
……なかなか心地よさそうなので、一度体験してみたいところだ。
「一年、か」
呟きと共に、ため息を漏らした。
まだ先のことのようで……。
すぐ目の前のようにも思える。
まだ先のことと割り切り、足を進めた。
しばらく進むと、見慣れた後ろ姿が目に入る。
「ちゆり、何をしてるんだい?」
「ああ、霖之助か」
声をかけると、ちゆりはなにやら悩んでいるようだった。
少し大きな休憩所に設けられた、ファーストフード店。
メニューを書かれた看板と睨めっこしているらしい。
「どっちを食べるか悩んでるんだぜ」
「……たこ焼きと焼きそば、ねぇ」
難しい顔で悩むちゆりがなんだかおかしくて、霖之助は思わず笑みを浮かべた。
「両方行ければ楽なんだろうけどね」
「理想はそうだが、そんなにたくさんはお腹に入らないんだ」
「そうだったね。どうだい? 半分ずつ食べるというのは」
「いいのか?」
「ああ。読んだ本によると、海水浴の醍醐味は海の家らしいからね。
……少し違うが、まあ似たようなものだろう。それに初めてでもないしね」
「そうだな」
少し前にも同じようなことがあった。
夏期講習を受けた昼休み、今と同じようにカフェでちゆりが悩んでいたのだ。
プリンを食べるかアイスを食べるか悩んでいた彼女に、霖之助は折半を申し込んだ。
霖之助としては食べなくても構わないのだが、もちろん食べても構わないわけで。
まあその結果、ついプールに行くことを話してしまったのだが。
「いただきまーす」
運ばれてきた料理に、ちゆりは心底嬉しそうな表情を浮かべていた。
きっちり料理と支払いを半分に分け、食事を進める。
このあたりは実にしっかりしていると思う。
「なぁ、霖之助はなんで蓮子達と一緒にいるんだ?」
「さてね」
お腹もふくれて一段落付いたのか、ちゆりが疑問を投げかけてきた。
確かに、説明した覚えがなかった気がする。
メリーがいるから……ではあるのだが。
それだけではすべて説明できない気がする。
「ま、別になんででもいいんだけどさ。
そう言えば、なんか霖之助って私に優しいよな」
「ああ……」
言われて、霖之助は肩を竦める。
「なんだか知人に似ててね。放っておけないんだ」
「そうか。なんかそんな感じだろうと思ってたぜ」
「迷惑だったかい?」
「いいや、私はかまわないぜ。苦労を分かち合える人間がいると助かるからな」
「そうだね」
正確には人間ではないのだが。
この際構わないだろう。
「お互い苦労するね」
「違いない」
年齢に似合わない悟ったような表情で、ちゆりは笑って見せた。
腹ごなしに運動してくるぜ、という彼女と別れ、霖之助は再び散策に出る。
やがて建物の中でも特に大がかりな施設のある一角に辿り着いた。
ウォータースライダー、らしい。
言葉通り、滑り落ちることを楽しむのだろう。
百聞は一見にしかず、ということで階段を上り、入り口へ向かう。
中は数種類に分かれていたが、上級コースの説明に目が止まった。
曰く、空も飛べるはず、と。
「空、ねぇ」
霖之助は幻想郷の少女達のように空を飛ぶことが出来るわけではない。
飛ぶ必要がなかったから、という理由もあるが。
幻想郷が今の形になるまで、空を飛ぶのは妖怪か妖怪退治の人間くらいだった。
妖怪と人間のハーフたる霖之助がそんな真似をすれば間違いなく目立ってしまうわけで。
出る杭になりたくなかった、というのもある。
まあ、今だったら飛んでも誰も気にしないだろうが。
今更飛ぶのも、という気もするわけで。
……するのだが、それはそれ。これはこれ
「……試してみるか」
やはり機会があれば試してみたいと思うのが人の常だろう。
霖之助はスライダーのコースに足を踏み入れ、流れに身を任し……。
一瞬で後悔した。
チューブ状になったコースは全て透明なプラスチックで出来ており、このプールの全景どころか壁に映し出された京都駅あたりまで見ることが出来た。
確かに飛んでいる気分が味わえないことはない。
ないのだが……いかんせん流れが速く、確認できるわけもない。
楽しむ余裕もないので、叫び声を上げないでいるのが精一杯だった。
「……別の意味で飛びそうだな……」
ようやくスライダーも終わり、ゴール地点でのプールで息を吐く。
そもそもいきなり上級者から始めるのが間違いだったかもしれない。
今度は初級コースを試してみよう、と思ったその時。
「どいて下さーい!」
背後から突然声がしたかと思った矢先。
続く衝撃に、思わず霖之助は咳き込んだ。
少し水を飲んでしまったらしい。
「ごめんなさい……って、霖之助君?」
「蓮子……か」
「大丈夫?」
「いや、すまない。着地点で立ち止まっておくべきじゃなかったな」
霖之助の背におぶさるような形になっているため、顔は見えなかったが。
背中にかかる彼女の体重は、水の中のせいかやけに軽い。
しかし水の中にかかわらず、触れている肌がなんだかとても熱く感じられた。
「すまないが、離してくれないかな。泳ぎにくくて仕方ない」
「あ、うん、ごめん……って、あれれ?」
離れようとした蓮子は、何故か突然動きを止める。
「ちょっと霖之助君、お願いがあるんだけど」
「……お願い?」
怪訝な顔で振り向こうとする霖之助を、蓮子は手で静止する。
「いいから、そのまま右に3メートル。あ、振り向いちゃダメだよ」
「右……?」
視界の端に、見覚えのある布が映った気がした。
白い色のそれに蓮子は手を伸ばし、なにやらゴソゴソと動くことしばし。
「……ごめんね」
「いや、問題無い」
「……見てないよね?」
「もちろんだ」
プールから上がった蓮子と霖之助の間に、なんだか気まずい空気が流れていた。
彼女は隠していたつもりだろうが、落ちていたものは霖之助の能力ではっきりとわかる。
「そっかー。うん。いやいいのよそれで」
アハハ、と乾いた笑い。
……先ほど目に止まった布は、今は蓮子の胸元に収まっていた。
白い水着の上半身部分。
用途は裸体を隠すこと。
「見るほどない、とか思ってないよね?」
「そんなことはない」
「本当かなぁ」
どうやら訝しんでいるらしい。
慌てるとかえって不自然なので、霖之助はゆっくりと首を振った。
「……ま、いいや。どう? 楽しんでる?」
「メリーにも同じことを聞かれたよ」
「そっか」
蓮子はとても楽しそうだった。
その表情を見ているだけで、なんだか霖之助まで楽しくなってくる気がする。
「こういうスライダーとか、好きなのかい?」
「うん、絶叫マシーンとかもね。空とか飛べたら面白いだろうなーって」
「……確かにそうだね」
普通の人間の普通の感想に、霖之助は思わず笑ってしまった。
……難しく考える必要はないのだ。
あるがままを楽しめば、それで。
「それにしても、こんな近い場所にこんな場所があったとはね」
「でしょ。まだまだ知らないところはたくさんあるんだから」
そう言って、蓮子は微笑む。
「これからもいろいろ案内してあげるからね」
「……よろしくお願いするよ」
少なくとも今この時を満喫するために。
霖之助はスライダーを一通り見て回るため、蓮子と共に階段を上っていった。
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No title
教授かっこいい、さすが教授だ
でも気をつけないと死海の水って目とかに入ったら大変な事になると聞いたことがあるきがする
最後のイラストをパッと見て連子役得だな、と思ってしまった俺の脳は完全に天狗
でも気をつけないと死海の水って目とかに入ったら大変な事になると聞いたことがあるきがする
最後のイラストをパッと見て連子役得だな、と思ってしまった俺の脳は完全に天狗
No title
プールの三文字を目にした瞬間から、我等が道草さんなら蓮子の水着ハプニングを書いてくれると確信しておりました。なんたって正統派ヒロイン(?)ですからね!
今回のゆかメリーの発言で、滞在期間延長(≠幻想郷崩壊)か素性明かしのフラグが立ったような気がしないでもない。そういえば霖之助は残りの夏休みの間に一時帰省はしないのでしょうか?
今回のゆかメリーの発言で、滞在期間延長(≠幻想郷崩壊)か素性明かしのフラグが立ったような気がしないでもない。そういえば霖之助は残りの夏休みの間に一時帰省はしないのでしょうか?
No title
蓮子と霖之助の話がどう見てもラブコメの主人公&ヒロインです
本当にありがとうございました
秘封好きで霖之助さん好きの私にはこのSSはたまらないです
秘封霖もっと流行れ!
本当にありがとうございました
秘封好きで霖之助さん好きの私にはこのSSはたまらないです
秘封霖もっと流行れ!
No title
さりげなくちゆりの好感度も高いんじゃないかと思った。
それでいて本人にそんなつもりがない、気軽に居られる友達という認識しかなさそうw
自分の中での 霖之助→外の住人 好感度レベル
蓮子=教授>ちゆり≧メリー
最近やっと出番増えてきてよかったねゆかりん!
あとプール・海水浴SSの醍醐味ですよね!>水着事故
直に押しつけられた霖之助の方が役得なはずなのに、蓮子役得だなと思ってしまった自分ww
次の更新も楽しみにしてます!
それでいて本人にそんなつもりがない、気軽に居られる友達という認識しかなさそうw
自分の中での 霖之助→外の住人 好感度レベル
蓮子=教授>ちゆり≧メリー
最近やっと出番増えてきてよかったねゆかりん!
あとプール・海水浴SSの醍醐味ですよね!>水着事故
直に押しつけられた霖之助の方が役得なはずなのに、蓮子役得だなと思ってしまった自分ww
次の更新も楽しみにしてます!
No title
毎度の事ながらパーフェクトだ、ウォルター