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あなたと私の届く距離

霖之助と喧嘩をする霊夢、という話だったので。

『紅と白の』の続きっぽいかもしれないしそうでないかもしれない。


霖之助 霊夢








「だから謝ってるじゃない、もう!」
「謝ればいいと言う問題ではないよ」


 霖之助はため息を吐き、倒れた湯飲みに手を伸ばした。
 中に結構な量のお茶が入っていたため、零れたそれは机の上を濡らし、尚も被害を拡大させている。

 布巾で液体を拭き取り、湯飲みを霊夢の前に戻す。
 当然ながら、中にはほとんど残っていない。


「……謝るよりも、だ。
 興味がないなら最初から言わないで欲しかったかな」
「だからっ……!
 霖之助さん、私の話聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ」
「全然聞いてないじゃない!」


 中でももっとも被害を受けたのは、非ノイマン型計算機の未来と銘打たれた本。
 その第1巻だ。

 救出が間に合わず、中のページまで濡れてしまっている。

 霊夢が読みたい、と言ったので貸したのだが。
 居眠りしたせいで、湯飲みを倒し……今に至る、と言うわけだ。


 ――居眠りするほど興味がないなら、どうして読みたいなんて言い出すのか。


「……滲んでいるな」


 本を開き、再びため息をこぼす。

 中までお茶色に染まり、インクも滲んでしまっていた。
 普通に読む分には……少し支障があるだろうか。


「あーもう、貸してよ!」


 霊夢が霖之助の手から本を奪い取った。
 お返しとばかりにため息を吐き返す。


「直せばいいんでしょ、直せば」
「どうするつもりだ?」
「紫に頼むのよ。
 あいつならこんな境界線引き直すのなんて簡単だろうし、同じ本も持ってるかもしれないじゃない」
「だから、紫を呼び出すと?」
「そうよ。文句ある?」
「ああ。あるね。止めなさい、霊夢」
「なんでよ!」


 霊夢は激昂し、霖之助に食ってかかった。

 霖之助は肩を竦め、諭すようにゆっくりと口を開く。


「紫は便利屋じゃないんだよ。
 それに今回の件は君のミスだろうに」
「だって本が直れば霖之助さんが……」
「そもそも誰も直せなんて言ってないだろう?
 道具はいつか壊れるものだし……」
「だったら目の前でため息なんか吐かないでよ!」


 目に涙を浮かべ、頭を振る霊夢。

 少し言いすぎたかと思ったが……今更後には引けない気がした。
 しばしの逡巡のあと、霖之助は言葉を続ける。


 こんなことを言うつもりはないのに、と思いながら。


「だいたい、少し頼りすぎなんじゃないか?」
「……何が言いたいのよ」
「博麗の巫女が妖怪をあてにするなんて、ね。
 そもそも彼女はこの幻想郷の管理者と言っても差し支えない妖怪の賢者だ。
 気軽に呼び出すのもどうかと思うがね」
「……いやに紫の肩を持つのね、霖之助さん」
「そんなつもりはないが」


 つもりはないが……そう取られても仕方ないのだろう。
 だが紛れもない事実であり、霖之助も常々そう思ってきた。


「彼女の能力や叡智は遙かな高みにあるからね。
 敬うのは当然だろう?」
「わかってるわよ。霖之助さんなら話も合うでしょうしね」
「……いや、それはどうだろう」


 胡散臭い彼女の笑みが思い出され、苦い表情を浮かべる霖之助。
 しかし霊夢は別の意味に取ったようだ。


「……霖之助さん、紫と話す時はいつも楽しそうだもの」
「そうかい? そんなつもりはないが」
「自分でも気付いてないのよ。だから、私は……」


 彼女は何かを言いかけ……止めた。


「霊夢?」
「帰る」


 くるりと踵を返し、そのままドアから外へ。
 一度も振り向かないまま、彼女の姿は見えなくなった。


「……はぁ」


 やるせない気分でため息を吐く。
 こんな事を言いたかったわけではないはずなのだが。


 霖之助は原因となった本に手を伸ばそうとして……。

 本が見当たらないことに、首を傾げる。


「探し物はこれかしら」


 聞き慣れた声と共に、虚空から少女の上半身が現れた。
 大妖怪にして賢者、紫だ。

 その手には、霊夢が濡らした本が握られている。


「紫か」
「ええ」
「見てたのかい?」
「しっかりと、一部始終を」


 言いながら、紫は霖之助に本を手渡した。

 濡れていたはずのそれはしっかりと乾いており、滲んだ痕跡さえない。

 そもそも同じ本かどうかも怪しい。


 大した能力だ、と思う。
 霊夢が頼りたがるのも頷ける。


「参ったね。年頃の少女の考えはわからないよ」
「あら、まるでそれ以外はわかるような口ぶりね」
「さてね」


 紫は霖之助の瞳を覗き込むように顔を近づけると、ひとつ微笑んだ。
 心の奥を見通すような、胡散臭い笑み。

 霖之助が苦手な表情だとわかっていて、わざとやっているのだ。


 ――まったく、いい性格をしている。


「わからないのは自分の世界で判断しようとしているからよ」
「僕が、他の世界を知らないと?」
「少なくとも、霊夢の世界を知ってるとは思えないわね」


 そう言うと、紫は首を振った。


「でもあの子は違うわ。
 霊夢はどうして貴方に本を求めたのかしら?」
「…………」


 彼女の言葉に、霖之助は視線を逸らす。
 窓の外、霊夢が飛んでいった神社の方角。


「君は、いろんな世界がわかるんだな」
「長く生きてるからよ。
 ……もちろん、貴方の世界もね」


 紫は扇で口元を隠しながら、霖之助の視線を追うように外を見る。


「私は今の幻想郷が気に入ってるの」


 霖之助はゆっくりと紫に向き直った。
 すると彼女は霖之助にしだれかかり、甘えるように至近距離から見上げてきた。


「もっと気軽に呼んでくれてもいいのだけど」
「ありがたい申し出だが……考えておくよ」


 吐息のかかる距離。
 首を振る霖之助に、しかし紫は楽しそうな笑みを浮かべる。


「多く語ることはないわ。
 百聞は一見にしかず、と言うし」


 瞬間、彼女の声が遠くなっていく。
 はっとしたときには既に遅し。


「実際に見てきたら、わかるんじゃないかしら」


 目の前に浮かぶ無数の目を最後に。
 霖之助の姿は香霖堂から消えた。









 神社の扉を乱暴に開け放ち、霊夢は歩を進める。


「霖之助さんのバカ」


 感情のままに悪態を吐くも、遅れて罪悪感が襲ってきた、
 彼が悪いわけではないのはわかっているのだが。


「おーっす。おかえりー」
「またアンタは勝手に上がりこんで……」


 お茶を用意し、沈んだ気分で居間に向かうと、横から声が飛んできた。

 縁側で寝そべり酒を呑んでいるのは萃香。
 いつの間にか神社に棲み着くようになった鬼だ。


「どうした霊夢、なんか元気ないぞ」
「なんでもないわよ」


 霊夢の表情を見てか、萃香が手招きをした。
 ひとりになろうと思っていたのだが……。

 ……少し考え、なんとなく萃香の隣に腰を下ろす。


「ま、酒でも呑めば元気になるんじゃない?」
「今日はそんな気分じゃないの」
「そのわりには湯飲みを睨んでるな。
 お茶に恨みでもあるのかえ?」
「……別に、何となくよ」


 萃香の瓢箪を断り、仇のようにお茶を睨んでいる霊夢に、彼女は困り顔を浮かべた。


「香霖堂で何かあったのかい?」
「別に……」
「鬼に向かって嘘はいけないなあ、霊夢」
「全部話さなきゃいけないわけでもないでしょ」
「それもそうだ。ニャハハ」


 笑い飛ばし、萃香は瓢箪を呷った。
 話したくなったら話せ、ということだろう。

 あくまで軽い彼女の態度に霊夢はいくらか表情を緩ませ、やがてぽつりぽつりと話し始めた。


「本を読んでたら、居眠りしちゃって。
 それでお茶を、本にね」
「珍しいことをするからだよ」


 自業自得だ、と言いながら、萃香はつまみに手を伸ばす。
 そのせんべいは……確か先週、霊夢が香霖堂から持ってきたものだ。


「霊夢は自分が興味のあること以外動かないからねえ」
「私、そんな感じに見られてるの?」
「そうだよー」


 頷く萃香に内心ショックを受けていた霊夢だったが、すぐに我に返り彼女の手からせんべいを救い出した。
 奪われた萃香が不満を漏らしているが、気にしない。


「寝るってことは、興味なかったんだろ?」
「でも、読みたかったんだもん」
「ふ~ん」


 曖昧な相槌のあと、萃香は霊夢に顔を寄せた。


「でも霊夢が知りたかったのって、興味あったのって、本に書いてあることじゃないよね」
「さぁ……」


 鬼の視線から逃れるように、霊夢は空を見上げる。
 澄み渡る、何物にも縛られない空。

 だが曇ることもあれば、雨が降ることもあるわけで。


「ねえ萃香」
「ん~?」


 やる気のない返事に、かえって霊夢は安心してしまった。


「博麗の巫女って、妖怪退治をするのよね」
「そうだねぇ」


 視線は空を向いたまま、問いかける。


「異変を解決するのに妖怪を頼る巫女って、やっぱり変なのかな」
「別にどうでもいいんでない?」


 萃香は空を仰ぐようにして瓢箪を傾けている。
 いつ息をしているのだろうとかどうやって喋っているのだろうという疑問は些細なことなのだろう。


「だって霊夢って適当な巫女だし」
「失礼ね。ちゃんと修行してるわよ。たまには」


 月に行った時や……あと、いろいろだ。
 サボっているのがいつものように思われるのは困る。

 そんなのは死神だけで十分だ。


「そもそも霊夢、巫女服とか全部あのハーフ任せじゃん。
 今更人間も妖怪もないんじゃないの?」
「……そっか、そうだよね」


 萃香の何気ない一言に、霊夢は思わずハッとなった。

 迷うことはなかったのだと。
 自分の大本は、最初からそこだったのだから。


「……決めた」
「おお?」


 言って、霊夢は立ち上がる。


「霖之助さんに謝ってくる。
 あと、宣言してくる」
「お? なにをだい?」
「妖怪もハーフも、幻想郷の一部だもん。
 誰をあてにしようが、それこそ今更よ、ってね」
「今の幻想郷を見れば、それもありかな」


 そう言って、萃香は笑う。


「考えてみれば、私って自分ひとりで妖怪退治してるわけじゃないのよね。
 服も道具も、霖之助さん任せだし」
「依存してるねえ」
「そうなのよ。それが私なの。
 ……ついでに責任も取ってもらおうかな」


 冗談めかして言う霊夢に、萃香は寝そべったまま器用に肩を竦めた。


「ま、ゆっくり行ってきな」
「……そうするわ。
 心の準備もしないといけないし」
「お土産よろしくねー」


 巫女を見送り、鬼は息を吐き出す。


「さて、と」


 視線を移動させぬまま、声を背後に投げかけた。


「盗み聞きは感心しないねえ」
「……どうやら一方通行らしくてね」


 押し入れの襖を開け、霖之助は萃香の横に移動した。

 スキマから出た先があそこだったのだ。
 おそらく最初から萃香は気付いていたのだろう。


「ま、聞いての通りさ」


 先ほどと同じ、やる気のなさそうな声。
 けども確かに優しさを含んでいた。


「霊夢は霖之助が触れている世界に触れようとした。
 ある程度のことは、大目に見てやってくれないか」


 考えてみれば。

 霊夢が持ってきたシリーズだったからあの本を渡したのだが。
 もっと別の本を渡せばよかったかもしれない。
 もっと別の言い方もあったかもしれない。


「ああ。そうだね。
 僕も少し、考えが足りなかったようだ。
 ……霊夢の世界に少し触れて、よくわかったよ」


 考えてみれば、博麗の巫女自体が紫の管轄とも言えるわけで。
 妖怪も人間もないのかもしれない。


「ま、先は長いんだ。ゆっくりやりな」


 結局、霖之助の未熟なのだろう。

 彼女が言外に、そう言っている気がした。


「ずいぶん達観してるんだな」
「私から見ればまだまだヒヨッコだからね。
 霊夢も、アンタも」


 古き時を生きる鬼は、酒を呑み、笑う。


「で、どうするんだい? なんなら送っていってやろうか?
 だいたいこの角度で投げれば、ちょうど香霖堂の屋根に届くはずだよ」
「いいや、そのあと何も出来そうにないからね。
 遠慮しておくよ」


 彼女の問いに、霖之助は首を振る。

 力を借りる必要はない。
 ……借りる場面ではない。


「走れば追いつくさ」
「そしてどうするんだい?」


 心の準備が必要だ、と霊夢は言った。
 霖之助も同感である。

 が、今は残念ながらそんな時間はない。


「一緒に歩くよ。
 歩幅を合わせてね」


 一緒に歩きながら、考えればいいのだ。
 少なくとも今、同じ時を生きているのだから。


「ん。がんばんな」


 鬼に見送られ、霖之助は神社をあとにした。

 もう少しだけ、霊夢の世界に触れるために。

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非公開コメント

No title

うひゃあ、萌え死んだ
道草さん本当にありがとうございます!
我ながら書き難そうなネタだと思ったいたのですが……流石道草さんマジ神
ああ気の利いた感想が書けない自分が憎い……
兎に角最高です!ありがとうございます!

No title

きっかけという言葉はこの話にぴったりかもしれませんね。
一緒に見る世界は如何なものか?

No title

ただ一言…。

面白かった!!
プロフィール

道草

Author:道草
霖之助がメインのSSサイト。
フラグを立てる話がメインなのでお気を付けください。
同好の士は大ウェルカムだよね。
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