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名前で呼んで

先代巫女と言えば鳩潤さんの『巫女さんとハーフ君』ですが、あっちは記憶が残ってるので別バージョンをひとつ。


霖之助 先代巫女








 昨日と今日の境界はどこにあるのだろう。
 今日と明日の境界はどこにあるのだろう。

 少なくとも零時ではないように思う。
 気分的には明け方、だろうか。

 太陽が昇る時が境界だと考えてみたこともある。
 では、朝日の境界はどこか。
 空が白み始めたときか、太陽の縁が見えたときか。

 では、太陽の縁とはどこか……。


「……また考え事?」
「ん? そう見えるかい?」
「うん。眉間に皺、寄ってるよ」


 彼女の白い指が、霖之助の額をつつく。

 自分では気が付かなかった。
 が、彼女が言うならそうなのだろう。


「ああ、少女と女性の境界について考えていた。
 さすがに二十歳超えたら少女と言うには無理が……」
「無理が、なんなのかな?」


 彼女の言葉と同時、目の前で符が爆発した。
 鮮やかな光弾が身体に叩きつけられ、霖之助の身体が吹き飛ばされる。


「ごめん、途中から聞こえなかったよ」


 にこやかに笑いながら、彼女が次弾を装填するのが見えた。


「聞こえてたからこそだろう、まったく……」


 落ちた眼鏡を拾い、かける。
 幸い壊れてはいないようだ。


「口は災いの元。よく言うでしょ」
「災いを運んでくる本人が言うと説得力が増すね」


 彼女は見た目の派手な技や符を好んで使用していた。
 その方が、わかりやすく妖怪退治をしているように見えるからだ、と彼女は言う。

 事実、里の人間から彼女はとても親しまれていた。
 それこそ、巫女と言えば彼女のことを指すくらいに。


「危うく博麗の巫女に退治されるところだったよ。最近は物騒になったものだね」
「半分妖怪だから退治してもいいのよね、霖之助君」
「いいわけがないだろう」


 言って、霖之助は店のカウンターに再び腰を落ち着ける。

 確かに彼女が本気で符を使ったらこの程度では済まないはずだ。
 手加減したのだろう。


「やれやれ……せっかく開店したのに壊さないでくれよ?」
「そうね、おめでとう」
「ああ、ありがとう」


 このやりとりも、もう何度目になるだろうか。
 最近になって、ようやく霖之助は自分の店を持つことが出来た。

 この香霖堂の最初の客は巫女であり、最初の常連もこの巫女だ。


「ずっと夢だったもんね。自分のお店を持つこと」
「ああ。思えば君と出会った頃から、そんなことを言ってた気がするね。
 あれからもう結構時間が経ったが……」


 霖之助は博麗の巫女に視線を向けた。

 彼女の今着ている服は霖之助が修業時代に誂えたものだ。
 動きやすさと巫女としての機能性を考慮したつもりだが……。

 最初にデザインしたときと比べ、巫女が規格外に成長してしまったので今ではややきわどいデザインになってしまっていた。
 それでも彼女は、この服を替えようとはしない。
 決まって霖之助に同じものを作らせるのだ。


「どうしたの?」
「いや、ちょっとね。とにかく、ここには小さいが工房もある。
 祭事や妖怪退治で使う道具の製作やメンテナンスにも今まで以上に対応できるよ」
「……うん」
「それに裁縫のための作業台も作った。そうそう、そろそろ巫女服の新しいデザインを考えようかと……」
「……そうだね」


 おや、と霖之助は首を傾げた。
 いつもなら、何か言ってくるはずなのだが。


「どうしたんだい? 巫女ともあろう者が、やけに暗いじゃないか」
「巫女、か。その名で呼ばれるのも今日が最後かと思うと、ちょっとね」


 瞬間、霖之助の動きが止まる。


「どういう……ことだい?」
「ようやく次の巫女の選定が終わったのよ。今日、あいつが連れてきた」


 あいつ。
 彼女の話でたまに出てくる妖怪だ。
 会ったことはないが、大きな力を持っているらしい。


「どうして、そんな……急に」
「急じゃないよ。知らなかったのは妖怪と、霖之助君だけ。
 わたしもそろそろ限界なのよ。そうね、もう若くないから」


 それに霖之助君は人里に行かないからね、と彼女は笑う。
 笑って……ため息。


「妖怪を退治する博麗の巫女を、妖怪は殺せない。巫女じゃなくなった人間は、どうなると思う?」


 そう言えば、彼女の先代はどうなったのだろうか。
 ……少なくとも、妖怪にやられたという話は聞いたことがない。

 元とはいえ博麗の巫女が殺されでもしたら、それこそ大きなニュースになるだろう。


「記憶から消えるの。妖怪の記憶から。天狗の記事からも、写真からも。
 そして、霖之助君の中からも」


 ――それがあいつの力だから。

 彼女の呟きが、霖之助の胸に染みる。


「だから、言わなかった。言ったって、どうせ忘れちゃうんだから」


 巫女は顔を伏せていた。
 そのせいで、表情はわからない。

 だけど……。
 これが震えていることだけは、嫌でもわかってしまう。


「でも人間は覚えてる。わたし、茶園を作ろうと思うの。
 昔妖怪から助けた親子がね、わたしに任せていいって」


 すごいでしょう? と彼女は言った。
 巫女の表情はわからない。

 ……いや。
 わからないのは、霖之助が彼女の顔を見ていないせいだ。


「次の巫女のこと、大事にしてあげてね。せっかく工房作ったんだから。せっかく、裁縫台を作ったんだから」
「……いつだ?」
「もう、さっき言ったじゃない。……明日になったら、きっと忘れてる。何もかも。
 ううん、ちょっとは覚えてるかもしれないけど……それだけ」


 そう言って、彼女は困ったように首を傾げた。


「霖之助君。そんな顔しないで。
 ……なんだかまだ呼び慣れないね。この名前」


 それはそうだろう。
 彼女とは、ずっと別の名前で呼び合ってきたのだから。


「ねえ、あなたは何でも知ってたけど。
 でも同じくらい、知らないことも多いよね」


 巫女は霖之助の手を取ると、胸の前へと持って行く。

 手の温もりが、体温が。
 名残惜しさを感じていた。


名前で呼んで


「わたしね。あなたのことが、好きだったんだよ。知ってた?」


 ハッと顔を上げる霖之助に、彼女は笑顔だった。


「ちゃんと言えなかったこと、すごく後悔してたんだよ。知ってた?」


 涙を流しながら、それでも、晴れやかな顔をしていた。


「誰にも渡したくないって、今でも思ってる。知ってた?」


 イタズラっぽく笑う彼女の面影は、出会った頃のままで。
 かつて少女だった彼女は、もう大人になっていて。

 そんな彼女を忘れてしまう自分は、昔と変わっていなくて。


「どうせ忘れちゃうだろうけど。わたしはあなたに名前で呼ばれたかったな。
 最後だから、教えてあげるね。わたしの、名前は……」









「おっす香霖……って、どうしたんだそんな顔して」
「やあ……魔理沙か。そんな顔とはどんな顔だい?」
「どんなって……そんな顔だぜ。変な香霖だな」


 訝しんでいた魔理沙は、霖之助の手元に目をつけた。
 カウンターの上には、いつもと違う茶缶が乗っている。


「いや、このお茶を飲んでたらなんだか懐かしくなってしまってね」
「ふぅん。特別なお茶なのか?」
「霧雨の親父さんにもらったんだが……特に変わった能力はないはずなんだが」
「あんな奴にもらったものを飲むからだぜ」
「あまりそう言うことを言うもんじゃないよ」


 苦笑する霖之助は、お茶を啜り……空を見上げた。

 昔と変わらない、香霖堂から見える空。
 誰かと見上げた、青い空を。


「それにしても……いい天気だ」


 このお茶を買うためなら、人里に行ってもいいかもしれない。

 霖之助は、そんなことを考えていた。

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この苦しみは霊夢も味わうことになるのか
魔理沙は覚えているが霖之助は覚えてない・・・
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