無縁塚の理髪師
友人ポジションが似合う小町。
しっくり来すぎて一歩踏み出せないっていう関係もいいよね。
SSの内容とはまったく関係ありませんが。
霖之助 小町
今日も無縁塚は平和だった
妖精が暴れていることも、幽霊で溢れていることも、花が咲き乱れていることもない。
「旦那ぁ~。何かいいものは見つかったか~い?」
そして死神はサボっている。
今日も無縁塚は平和だった。
これだけサボっていて異変が起きないのを見ると、たまに小町は優秀なのではないかと勘違いしてしまいそうになる。
もしくは、彼女の上司……閻魔の管理が完璧なのか。
そのどちらなのかはわからなかった。
そもそも霖之助にはたいして関係のないことだ。
異変が起こって道具を拾いに来られなくなるのは困るが……。
「今日はなかなか豊作だよ。いや、不作と言ってもいいかな」
「どっちだい、それは」
「商品はよく落ちてるんだがね。
非売品になりそうなものがないんだよ」
まず真っ先に拾うのは見たことのない道具。
これはものがよければ非売品となる可能性が高い。
非売品、つまり霖之助のお気に入りだ。
次に、外の世界の日用品。
一番売れ筋の商品となるのはこのあたりだった。
焦げ付かない鍋や錆びないハサミなど、幻想郷には無い素材が多い。
もっとも、わりと数が多いので紅魔館や稗田の家にまとめて買い取ってもらっているのだが。
「商品が落ちてりゃいいじゃないか、道具屋なんだから」
「……まあね」
このあたりが道具屋らしくないと言われる所以だろうか。
霖之助としてはそうは思わないのだが、えてして周囲の評価とは食い違うものらしい。
「それよりさ。何か食べられそうなものはないのかい?」
「君は落ちているものを食べる気かい?」
「今に始まったことじゃないだろ。何回もあったんだし」
「それはそうだが……」
「そして、旦那がそう言うときは決まって何かいい物を拾ってるんだよね」
小町は立ち上がると、近くのリアカーを覗き込んだ。
霖之助は観念したかのように、大きくため息を吐く。
「食べるのはきちんと封がされてるやつだけだよ。
それにそもそも、売り物なんだがね……」
「堅いこと言わない。あたいと旦那の仲じゃないか。
……お、結構いろいろあるね」
小町はひょいひょいとリアカーから缶詰などを取り出していく。
いつの間にか酒も準備しているようだ。
……霖之助は確信した。
間違いなく小町の上司が有能なのだろう、と。
「ひとつかふたつにしてくれよ」
「わかってるって」
「どう見ても4つ以上取ってるだろう。
……あと、僕の分も残しておくように」
「なんだ、結局食べるんじゃないか」
笑いながら小町は、それもわかってるよ、と返す。
もちろん酒もふたり分だった。
「長い付き合いだからね」
「そう言えば旦那、髪伸びた?」
「そうかい?」
小町の言葉に、霖之助は前髪に手を添えた。
……自分ではよくわからない。
そんなに頻繁に姿見を見る方でもないし、こまめに手入れをするというわけでもない。
「確かに、前髪が少し目にかかるかな……」
「旦那、旦那」
なにやら小町がもの言いたげにすり寄ってきた。
「切ってあげようか?」
「……誰が?」
「あたいが」
「誰を?」
「旦那をだよ、もう」
わかってるくせに、とぼやく小町。
恩を着せてやろうという魂胆が見え見えだった。
もっとも、着せたところでさっきの缶詰と相殺がいいとこなのだが。
「いや、すまない。
あまりイメージが……おっと」
「なんだい、器用なことはできそうにないって?」
「意外と器用なのは知ってるがね」
それでも、器用さと他人の髪を切る手際はまた別問題である。
立体的な完成図が頭に入っていなければ綺麗に切れないし、
何と言っても相手は生き物だ、いつどう動くかわからない。
つまり、純粋に慣れが必要のはずなのだが。
「意外と、は余計だよ。
あたいの能力を知ってるだろ?」
「確か距離を操る程度の能力、だったかな」
「そうさ。だから切る場所を間違えるはずがないじゃないか」
「ふむ」
しばし考える。
とりあえず、目下のところ凌げればいいだけの話なわけだし。
一回り短くするだけだ。
さほど難しくもない……だろう。
「じゃあお願いするよ。ゆっくりでいいからね」
「よし、じゃあ早速」
「……待ってくれ」
気合いを入れた小町を、霖之助は慌てて静止した。
出鼻を挫かれた彼女は不満げな表情を浮かべる。
「なんだい、旦那」
「それで切るつもりかい?」
「そうだけど」
小町が手にしているのはいつもの鎌だった。
本当に切れるかも怪しい刃だったが、いくら何でもそんなもので切られたくはない。
何か別のものまで切ってしまいそうだ。
「確かさっき拾ったハサミがあるから、そっちを使ってくれ」
「使い慣れた道具のほうがいいんだけどねぇ……」
その言葉に、小町は唇を尖らせながらリアカーを漁る。
霖之助は安堵したかのようにため息を吐きながら、彼女の背に向かって言葉を続けた。
「確か櫛もあったはずだよ。ちょうどいい具合にね。
どこかの床屋が潰れでもしたのかもしれないな」
「世知辛い話だねぇ。ああ、こっちに座っておくれ」
言いながら、目的のものを見つけたらしい小町は、ついでに持ってきた椅子の上に霖之助を座らせる。
「切った髪が服にかかるけど」
「構わないよ。あとで掃除すればいいだけの話だしね。
そうそう、髪と言えば古来から……」
「……旦那、切るからじっとしておいてくれよ。口も」
「ああ……」
残念そうな霖之助に苦笑しつつ、小町はハサミを動かしていく。
金属の擦れ合う音がリズミカルに響き始めた。
「上手いもんだろ?」
「……ああ……そうだな……」
心地よいその音に、次第に霖之助の意識はまどろんでくる。
「そういやさ……」
「…………」
「旦那?」
船を漕ぎ始めた霖之助に、小町は苦笑を浮かべた。
たまに揺れる頭に注意しつつ、手を動かしていく。
「船を漕ぐのは船頭のあたいの役目だってのに」
死神に後ろを取られて、ここまで気を抜くなんてどうかしている、と思う。
「死神ってだけで怖がる輩もいるってのにねぇ」
このまま連れて行ったら、彼はどんな顔をするだろうか。
……まあ、そんなことをしないとわかっているから、信頼しているからこそのこの寝顔なのだろう。
「安心しきった顔しちゃって」
ふと、霖之助の頭が不意に揺れた。
小町は素早く胸で抱き留める。
……まだ寝ているようだ。
「……でも旦那。あまり気を抜いてると、大事なものを奪われちゃうかもよ?」
小町はそう囁くと……。
霖之助が寝ていることを確認した上で、そっと唇を重ねた。
しっくり来すぎて一歩踏み出せないっていう関係もいいよね。
SSの内容とはまったく関係ありませんが。
霖之助 小町
今日も無縁塚は平和だった
妖精が暴れていることも、幽霊で溢れていることも、花が咲き乱れていることもない。
「旦那ぁ~。何かいいものは見つかったか~い?」
そして死神はサボっている。
今日も無縁塚は平和だった。
これだけサボっていて異変が起きないのを見ると、たまに小町は優秀なのではないかと勘違いしてしまいそうになる。
もしくは、彼女の上司……閻魔の管理が完璧なのか。
そのどちらなのかはわからなかった。
そもそも霖之助にはたいして関係のないことだ。
異変が起こって道具を拾いに来られなくなるのは困るが……。
「今日はなかなか豊作だよ。いや、不作と言ってもいいかな」
「どっちだい、それは」
「商品はよく落ちてるんだがね。
非売品になりそうなものがないんだよ」
まず真っ先に拾うのは見たことのない道具。
これはものがよければ非売品となる可能性が高い。
非売品、つまり霖之助のお気に入りだ。
次に、外の世界の日用品。
一番売れ筋の商品となるのはこのあたりだった。
焦げ付かない鍋や錆びないハサミなど、幻想郷には無い素材が多い。
もっとも、わりと数が多いので紅魔館や稗田の家にまとめて買い取ってもらっているのだが。
「商品が落ちてりゃいいじゃないか、道具屋なんだから」
「……まあね」
このあたりが道具屋らしくないと言われる所以だろうか。
霖之助としてはそうは思わないのだが、えてして周囲の評価とは食い違うものらしい。
「それよりさ。何か食べられそうなものはないのかい?」
「君は落ちているものを食べる気かい?」
「今に始まったことじゃないだろ。何回もあったんだし」
「それはそうだが……」
「そして、旦那がそう言うときは決まって何かいい物を拾ってるんだよね」
小町は立ち上がると、近くのリアカーを覗き込んだ。
霖之助は観念したかのように、大きくため息を吐く。
「食べるのはきちんと封がされてるやつだけだよ。
それにそもそも、売り物なんだがね……」
「堅いこと言わない。あたいと旦那の仲じゃないか。
……お、結構いろいろあるね」
小町はひょいひょいとリアカーから缶詰などを取り出していく。
いつの間にか酒も準備しているようだ。
……霖之助は確信した。
間違いなく小町の上司が有能なのだろう、と。
「ひとつかふたつにしてくれよ」
「わかってるって」
「どう見ても4つ以上取ってるだろう。
……あと、僕の分も残しておくように」
「なんだ、結局食べるんじゃないか」
笑いながら小町は、それもわかってるよ、と返す。
もちろん酒もふたり分だった。
「長い付き合いだからね」
「そう言えば旦那、髪伸びた?」
「そうかい?」
小町の言葉に、霖之助は前髪に手を添えた。
……自分ではよくわからない。
そんなに頻繁に姿見を見る方でもないし、こまめに手入れをするというわけでもない。
「確かに、前髪が少し目にかかるかな……」
「旦那、旦那」
なにやら小町がもの言いたげにすり寄ってきた。
「切ってあげようか?」
「……誰が?」
「あたいが」
「誰を?」
「旦那をだよ、もう」
わかってるくせに、とぼやく小町。
恩を着せてやろうという魂胆が見え見えだった。
もっとも、着せたところでさっきの缶詰と相殺がいいとこなのだが。
「いや、すまない。
あまりイメージが……おっと」
「なんだい、器用なことはできそうにないって?」
「意外と器用なのは知ってるがね」
それでも、器用さと他人の髪を切る手際はまた別問題である。
立体的な完成図が頭に入っていなければ綺麗に切れないし、
何と言っても相手は生き物だ、いつどう動くかわからない。
つまり、純粋に慣れが必要のはずなのだが。
「意外と、は余計だよ。
あたいの能力を知ってるだろ?」
「確か距離を操る程度の能力、だったかな」
「そうさ。だから切る場所を間違えるはずがないじゃないか」
「ふむ」
しばし考える。
とりあえず、目下のところ凌げればいいだけの話なわけだし。
一回り短くするだけだ。
さほど難しくもない……だろう。
「じゃあお願いするよ。ゆっくりでいいからね」
「よし、じゃあ早速」
「……待ってくれ」
気合いを入れた小町を、霖之助は慌てて静止した。
出鼻を挫かれた彼女は不満げな表情を浮かべる。
「なんだい、旦那」
「それで切るつもりかい?」
「そうだけど」
小町が手にしているのはいつもの鎌だった。
本当に切れるかも怪しい刃だったが、いくら何でもそんなもので切られたくはない。
何か別のものまで切ってしまいそうだ。
「確かさっき拾ったハサミがあるから、そっちを使ってくれ」
「使い慣れた道具のほうがいいんだけどねぇ……」
その言葉に、小町は唇を尖らせながらリアカーを漁る。
霖之助は安堵したかのようにため息を吐きながら、彼女の背に向かって言葉を続けた。
「確か櫛もあったはずだよ。ちょうどいい具合にね。
どこかの床屋が潰れでもしたのかもしれないな」
「世知辛い話だねぇ。ああ、こっちに座っておくれ」
言いながら、目的のものを見つけたらしい小町は、ついでに持ってきた椅子の上に霖之助を座らせる。
「切った髪が服にかかるけど」
「構わないよ。あとで掃除すればいいだけの話だしね。
そうそう、髪と言えば古来から……」
「……旦那、切るからじっとしておいてくれよ。口も」
「ああ……」
残念そうな霖之助に苦笑しつつ、小町はハサミを動かしていく。
金属の擦れ合う音がリズミカルに響き始めた。
「上手いもんだろ?」
「……ああ……そうだな……」
心地よいその音に、次第に霖之助の意識はまどろんでくる。
「そういやさ……」
「…………」
「旦那?」
船を漕ぎ始めた霖之助に、小町は苦笑を浮かべた。
たまに揺れる頭に注意しつつ、手を動かしていく。
「船を漕ぐのは船頭のあたいの役目だってのに」
死神に後ろを取られて、ここまで気を抜くなんてどうかしている、と思う。
「死神ってだけで怖がる輩もいるってのにねぇ」
このまま連れて行ったら、彼はどんな顔をするだろうか。
……まあ、そんなことをしないとわかっているから、信頼しているからこそのこの寝顔なのだろう。
「安心しきった顔しちゃって」
ふと、霖之助の頭が不意に揺れた。
小町は素早く胸で抱き留める。
……まだ寝ているようだ。
「……でも旦那。あまり気を抜いてると、大事なものを奪われちゃうかもよ?」
小町はそう囁くと……。
霖之助が寝ていることを確認した上で、そっと唇を重ねた。