夏の兎、何見て跳ねる
霖スレに上がってたプロットを見て。
あれ、ひょっとして病んだうどんげしか書いた記憶がない……?
霖之助 鈴仙
「それでですね、師匠ったらひどいんですよ」
「ああ、うん」
霖之助は本を読みながら、視線も上げずに頷いた。
端から見れば適当に相槌を打っているだけに見えるが……。
「てゐのせいで怒られたのに、本人はすぐどこか行っちゃうし。そう言えば姫様が……」
それでもちゃんと聞いていることがわかっているせいか、鈴仙は気にした様子も見せずに話を続ける。
付き合いの長さから来る気安さ。
ツーカーの仲、と言うのだろうか。
霖之助のお茶が減ってきたところを見て、鈴仙は近くにある柱時計を見上げた。
「あ、そろそろご飯の支度しますね」
鈴仙はいつもだいたいこの時間に香霖堂に寄っては食事を作っていた。
最初は人里帰りに寄っては愚痴を零すだけだったのが、いつの間にか霖之助の身の回りの世話や料理を作るようになっていた。
兎肉を食べないよう矯正する、と本人は言っているのだが。
「水炊きとおでんどっちがいいですか?」
「……この暑いのにかい?」
「暑いからこそですよ。夏バテの予防は重要だって師匠が言ってました」
彼女の話を聞く限り、師匠……竹林の医者からわりとひどい目にあわされているようだが、同時に愛されてもいるようだ。
だがひどい事には変わりないので、こうして愚痴を零しにやってくるのだろう。
そう言えば最近あまり自分で料理をした記憶がないのだが……。
好物のひとつが封印されているのだ。
これくらいの対価は許容範囲なのではないだろうか。
「またなにか考えてます?」
「……いや?」
「もう、嘘ばっかり。眉間にしわ、出てますよ」
「そうかい?」
「そうですよ。すぐわかるんですから……私には」
鈴仙は人差し指で霖之助の頭をちょん、と触ると、照れたように台所に引っ込んだ。
「ひょっとして霖之助さんのこと好きなんですか?」
「はぁ? 馬鹿なこと言わないで。どうして私が地上の、それも半妖なんかを」
新聞記者の質問に、眉ひとつ動かさず答える。
「それにしては毎日ですよね、もうずっと」
相手によって性格を変える。
波長を操る鈴仙独特の特性だが、既に知っているため文は構わず質問をぶつけた。
「たまたまよ。それより天狗の仕事は覗き見だったかしら」
「それが新聞のネタになるなら、覗き見ではなく取材と言うんですよ」
不敵に笑う文から、鈴仙は興味を失ったように視線を外す。
「それではいつか面白い記事になったら進呈しますので。
あ、今回のこれはサービスですから是非読んでください」
文は鈴仙の後ろから歩み寄り、彼女の懐に文々。新聞をねじ込んだ。
「いらないわよこんな……」
振り返った時には既に誰の姿も見えない。
幻想郷最速というのはあながち嘘でもないのかもしれない、と鈴仙は思った。
「面白い記事が出来たらなんて……大した記事じゃなくても進呈して回ってるくせに」
鈴仙は新聞を捨てようとして……道端に放り投げるわけにも行かず、仕方なく永遠亭に持って帰る事にした。
もし誰かに見られていたら評判を下げる……のはどうでもいいが、師匠に怒られるかもしれない。
使えなくても燃料にはなるだろう。
そう思ってふと一面に目を落とし……。
「夏祭り……?」
準備は出来た。
浴衣もばっちり。
なけなしのお小遣いも財布に入れた。
こういう時は鼻緒のある下駄を履くのがマナーらしい、と文々。新聞に書いてあった。
髪も跳ねてないし、おかしなところはないはず。
「……うん、だいじょうぶ」
夏祭りの日だというのに、あの店主はどうせ引きこもっているのだろう。
あまりに哀れだから連れ出してやろう。別に他意はない、ただそれだけの事。
最初になんて声をかけようか。
そう言えば今日夏祭りが……いや、偶然を装うなら普段着でないとダメだ。
師匠に言われて……いや、会ったことはないはずだが師匠の人となりはすべて自分が話してしまっている。
説得力がない。
考えがまとまらないうちに、香霖堂の前に着いてしまった。
大きく息を吸い込む。
成り行きに任せようと、意を決してドアを開けようとしたところで……。
「ほら早く行こうぜ」
「慌てなくても祭りは逃げないよ……」
「逃げなくても終わっちゃうだろ。花火が見られなくてもいいのかよ」
目の前を通り過ぎていく店主と魔理沙。
鈴仙には気づかない。
すぐ近くにいるのに、気づかない。
……とっさに隠れてしまったから、無理はないのだが。
「……あれ?」
胸中を渦巻く感情に、鈴仙は首を傾げた。
考えがまとまらない。
何故自分はここにいるのだろう。
何故あの位置に魔理沙がいるのだろう。
あそこにいるのは……自分でなければいけないはずなのに。
「あ、あはは……」
こういうときには笑ってしまうものなのだと、初めて知った。
そして、自分の中にある感情の正体も。
怒りと……嫉妬。
黒い感情からわかることもある。
「……そっか、そうだったんだ」
ようやく気が付いた。
自分は、霖之助に恋をしていたのだと。
あれ、ひょっとして病んだうどんげしか書いた記憶がない……?
霖之助 鈴仙
「それでですね、師匠ったらひどいんですよ」
「ああ、うん」
霖之助は本を読みながら、視線も上げずに頷いた。
端から見れば適当に相槌を打っているだけに見えるが……。
「てゐのせいで怒られたのに、本人はすぐどこか行っちゃうし。そう言えば姫様が……」
それでもちゃんと聞いていることがわかっているせいか、鈴仙は気にした様子も見せずに話を続ける。
付き合いの長さから来る気安さ。
ツーカーの仲、と言うのだろうか。
霖之助のお茶が減ってきたところを見て、鈴仙は近くにある柱時計を見上げた。
「あ、そろそろご飯の支度しますね」
鈴仙はいつもだいたいこの時間に香霖堂に寄っては食事を作っていた。
最初は人里帰りに寄っては愚痴を零すだけだったのが、いつの間にか霖之助の身の回りの世話や料理を作るようになっていた。
兎肉を食べないよう矯正する、と本人は言っているのだが。
「水炊きとおでんどっちがいいですか?」
「……この暑いのにかい?」
「暑いからこそですよ。夏バテの予防は重要だって師匠が言ってました」
彼女の話を聞く限り、師匠……竹林の医者からわりとひどい目にあわされているようだが、同時に愛されてもいるようだ。
だがひどい事には変わりないので、こうして愚痴を零しにやってくるのだろう。
そう言えば最近あまり自分で料理をした記憶がないのだが……。
好物のひとつが封印されているのだ。
これくらいの対価は許容範囲なのではないだろうか。
「またなにか考えてます?」
「……いや?」
「もう、嘘ばっかり。眉間にしわ、出てますよ」
「そうかい?」
「そうですよ。すぐわかるんですから……私には」
鈴仙は人差し指で霖之助の頭をちょん、と触ると、照れたように台所に引っ込んだ。
「ひょっとして霖之助さんのこと好きなんですか?」
「はぁ? 馬鹿なこと言わないで。どうして私が地上の、それも半妖なんかを」
新聞記者の質問に、眉ひとつ動かさず答える。
「それにしては毎日ですよね、もうずっと」
相手によって性格を変える。
波長を操る鈴仙独特の特性だが、既に知っているため文は構わず質問をぶつけた。
「たまたまよ。それより天狗の仕事は覗き見だったかしら」
「それが新聞のネタになるなら、覗き見ではなく取材と言うんですよ」
不敵に笑う文から、鈴仙は興味を失ったように視線を外す。
「それではいつか面白い記事になったら進呈しますので。
あ、今回のこれはサービスですから是非読んでください」
文は鈴仙の後ろから歩み寄り、彼女の懐に文々。新聞をねじ込んだ。
「いらないわよこんな……」
振り返った時には既に誰の姿も見えない。
幻想郷最速というのはあながち嘘でもないのかもしれない、と鈴仙は思った。
「面白い記事が出来たらなんて……大した記事じゃなくても進呈して回ってるくせに」
鈴仙は新聞を捨てようとして……道端に放り投げるわけにも行かず、仕方なく永遠亭に持って帰る事にした。
もし誰かに見られていたら評判を下げる……のはどうでもいいが、師匠に怒られるかもしれない。
使えなくても燃料にはなるだろう。
そう思ってふと一面に目を落とし……。
「夏祭り……?」
準備は出来た。
浴衣もばっちり。
なけなしのお小遣いも財布に入れた。
こういう時は鼻緒のある下駄を履くのがマナーらしい、と文々。新聞に書いてあった。
髪も跳ねてないし、おかしなところはないはず。
「……うん、だいじょうぶ」
夏祭りの日だというのに、あの店主はどうせ引きこもっているのだろう。
あまりに哀れだから連れ出してやろう。別に他意はない、ただそれだけの事。
最初になんて声をかけようか。
そう言えば今日夏祭りが……いや、偶然を装うなら普段着でないとダメだ。
師匠に言われて……いや、会ったことはないはずだが師匠の人となりはすべて自分が話してしまっている。
説得力がない。
考えがまとまらないうちに、香霖堂の前に着いてしまった。
大きく息を吸い込む。
成り行きに任せようと、意を決してドアを開けようとしたところで……。
「ほら早く行こうぜ」
「慌てなくても祭りは逃げないよ……」
「逃げなくても終わっちゃうだろ。花火が見られなくてもいいのかよ」
目の前を通り過ぎていく店主と魔理沙。
鈴仙には気づかない。
すぐ近くにいるのに、気づかない。
……とっさに隠れてしまったから、無理はないのだが。
「……あれ?」
胸中を渦巻く感情に、鈴仙は首を傾げた。
考えがまとまらない。
何故自分はここにいるのだろう。
何故あの位置に魔理沙がいるのだろう。
あそこにいるのは……自分でなければいけないはずなのに。
「あ、あはは……」
こういうときには笑ってしまうものなのだと、初めて知った。
そして、自分の中にある感情の正体も。
怒りと……嫉妬。
黒い感情からわかることもある。
「……そっか、そうだったんだ」
ようやく気が付いた。
自分は、霖之助に恋をしていたのだと。