バレンタインSS25
一足先にバレンタインSS。
数年前にバレンタインイブなんて言葉を聞いたんですが幻想郷にいってる可能性がひとつ。
霖之助 咲夜
店内に硬い音を響かせながら、黒板の上をチョークが滑る。
窓から差し込む月明かりが浮かび上がらせるのは7つの漢字と、数字の上に赤い丸を4つ。
やがて霖之助は腕組みをすると、満足そうに頷いた。
「ふむ、こんなものかな」
「どんな感じですか?」
「それはね……って」
独り言に相槌を打たれ、霖之助は目を瞬かせた。
慌てて声の方向に向き直ると、見慣れたメイド服に苦笑を浮かべる。
「いきなり現れないでくれと毎回言ってるだろう、咲夜」
「あらごめんなさい。何となく面白そうでしたので、つい」
「君の手品は心臓に悪いよ、まったく」
「お望みでしたら、別の手品もご披露しますよ」
「それはまあ、そのうちにね」
肩を竦めながら、霖之助はため息ひとつ。
原因となったメイドの少女……咲夜はというと、少しも悪びれた様子がなくいつも通りの完璧な笑顔で微笑んでいた。
霖之助は横目で現在時刻を確認し、再び彼女に視線を戻す。
「こんな夜更けに、何か急ぎの用事かい?」
「そういうわけではないのですけど。新しい腕時計が欲しくなりまして」
「ふむ、それじゃあ一番いいのを用意してみよう。日付が変わったことがちゃんと認識できるくらいのやつをね」
「あら、楽しみですね」
皮肉を混ぜてみたつもりだったのだが、彼女の顔はどこ吹く風だ。
静と動の時間の中で生きる彼女にとって、現在時刻はあまり意味の無いことなのかもしれない。
……だからといって、営業時間を無視していいというわけではないのだが。
とりあえず霖之助は彼女に椅子を勧めると、所望の品を用意するため商品棚へと歩み寄る。
「それで、霖之助さんはなにをされてたんですか?」
「ああ、見ての通りだよ」
腕時計の納められた商品ケースを運んでいると、咲夜は先ほどまで霖之助が取りかかっていた黒板を興味深げに眺めていた。
黒板は一抱えほどの大きさで、あらかじめ31までの数字が印刷されている。
さらに月から日までの7つの漢字が彼の手によって書き込まれており、29から31までの数字は二重線で消去してあった。
「……?」
そんな黒板を見ながら……咲夜はひとつ、首を傾げてみせる。
わかっているのか、とぼけているのか。
「咲夜、今は何月の何日だい?」
「1月が終わって、2月の1日になったところですね」
「じゃあ2月は何日までかな」
「28日ですわ。いつもより少ないんですよね」
「その通り。つまりこの黒板の数字を見れば、僕の言いたいことがわかるだろう」
「言いたいこと、ですか」
説明に不備はない。
それは間違いないはずだった。
「ああ」
ぽんと彼女は手を合わせる。
それからにっこりと笑い、人差し指を立てて見せた。
「今度の宴会でやる余興の練習をされてたんですね。ビンゴゲームかダーツあたりだとお見受けしました」
「全然違うよ」
「そうなんですか?」
どうして今の話の流れでそういう結論に達することが出来るのだろうか。
というかそこで驚いてもらっても困るし、そもそも黒板をダーツの的にするはずもないと思うのだが。
……飛躍気味の彼女の思考を追いかけるのも不可能だと割り切り、霖之助は諦めて説明することにした。
彼女の正面に腰を下ろして、咳払いをひとつ。
「この黒板に書いてあるのは、今月の営業日だよ。赤く丸が付けられている日は休業日を表しているんだ」
「このお店って休業日があったんですか?」
「あるよ、もちろん。大がかりな仕入れや個人的な用事を消化する時間も必要だからね。
それに今月4日は春の彼岸だし、墓参りに行く予定なのさ」
黒板の4には赤く丸が書かれている。
霖之助はチョークを握り、その下に無縁塚と書き込んだ。
咲夜はというと、感心した表情でなにやら頷いている。
「そんな日があるなんて、今まで知りませんでしたよ」
「君にはぜひ知っておいて欲しいけどね。重要な取引を僕がいない時に持ってこられて見逃すのももったいないし。
あとついでに営業時間も覚えて帰ってくれると嬉しいんだが」
「それは遠慮しておきますわ」
完璧な動作で、彼女は優雅に一礼。
これでもかというくらいの拒絶である。
……まあ数少ない上客である彼女のためなら、少々の時間外労働くらいは構わないのだが。
それから改めて咲夜は黒板を見つめ、口を開く。
「なるほど、よくわかりました」
「なにがだい?」
「4日以外、今月霖之助さんには特別な用事がないってことが、ですかね」
「……まあね」
春の彼岸は秋のそれと違い、そこまで仕入れ……ではなく、墓参りの数は多くない。
だから休日の予定は1日だけであり、他には11、18、25の日に赤丸が付けられていた。
今年の2月は金曜日から始まるため、毎週月曜が休みということになる。
基本的に香霖堂に決まった休業日はないのだが……これを見れば確かに、予定がないのも一目瞭然かもしれない。
「ですので、こんな感じでいかがでしょう」
「こんな感じって……勝手に人の営業日を書き換えないでくれないか」
「あら、あくまで提案ですわ」
「提案、ね」
咲夜の言葉に、霖之助は苦笑で返す。
時間を止めるいつもの手品だろう。
いつの間にか赤丸の位置と数が変動しているようだ。
「ふむ……」
増えた丸はふたつ。
そして位置の変わった丸がもうひとつ。
霖之助は黒板を指さし、首を捻る。
「3日に赤丸が付けられているのはどういう意味かな」
「節分の日ですから、お屋敷でパーティをするのです。鬼と福の神と呼び込もうと思っているので、商売繁盛のご利益があるかもしれませんよ?」
「確かにそれは心惹かれる話だね。鬼が参加する宴会ってのが懸念材料だけど」
吸血鬼が節分を祝うというのも何とも奇妙な話である。
しかし同時に、彼女たちらしいと霖之助は思った。
それほど大きなパーティがあるのなら、どうせ店に訪れる客などいないだろう。
提案通り休みにしても、なにも問題ないかもしれない。
「墓参りの準備もあることだし、その日は休みにしようかな。
まあ、君のところのパーティに行くかどうかの返事は後でさせてもらうよ」
「承知しました。飛び入り参加も大歓迎ですわ」
「その場合手土産くらいは持って行くさ。長居は出来ないだろうけどね」
「お泊まりしていっていただいてもかまいませんのに」
「それはどうも、光栄な話だね。それはそうとして……」
咲夜の提案を聞き流しつつ、霖之助は次の赤丸を指さした。
「11日の休みが10日に移されているのには何か意味があるのかい?」
「その日はお嬢様がお出かけになりますので、そのついでにティーカップでも買いに寄らせていただこうかと」
「ああ、そういう事情なら歓迎だよ」
「本当ですか?」
そう言って頷くと、咲夜はぱっと顔を輝かせる。
そんな彼女の笑顔に対し、しかし霖之助は苦笑いを浮かべた。
「自分の買い物もそうやって買いに来てくれると助かるんだけど。どうせ君は夜中に来るんだろうね」
「あら、霖之助さんからお墨付きをいただけるとは予想外ですわ」
「そう言う意味じゃないよ、まったく」
営業時間に関しては断固として譲る気は無いらしい。
何が咲夜をそうさせるのだろうか。
どうせ昼間来ても他の客に邪魔されることはほとんど無いのだが……と考え、霖之助は少しだけ悲しくなってしまった。
気を取り直し、その3日後、赤丸のついた13という数字に視線を向ける。
「じゃあこの13日にも、外出の予定があるのかな」
「いえ、そういうわけではありませんわ」
「うん?」
「だって14日はバレンタインデーでしょう?」
「ああ……」
そういえばそんな話をしていた気がする。
お世話になっている人にチョコレートを贈るイベントなのだと山の神が触れ回っていた記憶がぼんやりとあった。
外の世界の行事らしく本来の意味がどれほど残ってるか定かではない上、あまり馴染みのないイベントなので気にしてはいなかったのだが……咲夜はどうやらやる気のようだ。
「お嬢様やパチュリー様にチョコレートを作って差し上げようと思っているのですが、お屋敷で作ってもサプライズにはなりませんので。
それでお願いがあるのですけど、キッチンを貸していただきたいのですよ」
「なるほど、それが今日の本題か」
「ええ、そうなんです。でも腕時計が欲しいのは本当ですよ」
「わかっているよ」
咲夜の言葉を聞き、霖之助は肩を竦めてみせた。
外の世界の道具が優れている点はなにも機能や材質だけではない。
重要なのはその考え方である。
スイッチひとつで調理可能なオーブンやいつでも氷の取り出せる箱。
何より代表的なのは電子レンジと呼ばれる道具だろう。
幻想郷で造り出すことの出来ないそれらは、しかし用途と機能さえわかれば河童の技術や魔女の魔法を用いて再現できるものもある。
結果、そのプロトタイプは香霖堂の台所に設えられ、より高性能になった完成品が売りに出されるということがたまにあった。
もちろん研究費は紅魔館の支援によるものであり、その完成品がどこに行くかなど明白なのだが。
そんなわけで、紅魔館と香霖堂の台所は似たような構成になっているのだった。
咲夜がこうやって借りに来るのも、別に今回が初めてではない。
「構わないよ。好きに使うといい」
「ありがとうございます、霖之助さん」
「しかし店を休みにする必要はあるのかね」
「あら、手伝ってくれないんですか?」
「手伝わせる気なのかい?」
ため息をつく霖之助に、小首を傾げる咲夜。
それから安心してくださいと言わんばかりに、にっこりと微笑んでみせた。
「最初のチョコレートは、霖之助さんに差し上げますね」
「つまり味見をしてくれってことかな」
「そうとも言います」
「せっかくだからご相伴に預かろう。といっても、店を閉めるかどうかは未定だがね」
霖之助はそう言いながら、13の赤丸の下に保留と記入する。
そして思い出したように彼女に視線を移すと、疑問を投げた。
「バレンタインというなら、てっきり14日にまた宴会でもやるかと思ったんだが」
「あら、そしたら来ていただけますか?」
「遠慮しておくよ。女の子のお祭りに男が顔を出すのもね」
「男の方がメインのイベントと聞いたこともあるんですけど」
咲夜はそう呟くと、首を振る。
「でも仕方ありませんね。さすがに独占して、幻想郷を敵に回すには少々気が早いですし。
……けど一番は、譲りませんから」
「うん? どういうことだい?」
「なんでもありませんよ」
瀟洒なメイドは、完璧な笑みを以て彼の問いを無かったことにしたようだ。
霖之助としても下手に首を突っ込むと火傷しそうなので、それ以上聞かないことにするしかないわけで。
咲夜はそれがわかっているのだろう。
じっと彼の目を見つめると、深々と頭を下げた。
「では霖之助さん。改めて今月もよろしくお願いしますね」
「ああ。今後ともごひいきに」
霖之助もつられて頭を下げる。
かくして彼女の提案は無事に受け入れられ。
二人は商談を再開するのだった。
「パチェー。ちょっと聞きたいんだけど」
紅魔館の地下図書館に、ぱたぱたと小さな音が響く。
足音と羽音が混じったそれを聞き、図書館の主はゆっくりと本から顔を上げた。
「なんか屋敷中のカレンダーに落書がしてあるんだけどなんでか知らない?」
「知らないわ。……ちなみにレミィが言ってるのは、13日の花丸の件かしら」
「そうそう、たぶんそれ」
「それなら落書じゃなくて予定が書き込んであるだけだと思うけど……どちらにしろ、理由は知らないわね。犯人なら知ってるけど」
「咲夜よね」
「ご明察」
赤い吸血鬼はパチュリーの正面に腰掛け、大きくため息をつく。
「咲夜ったら、バレンタインイブがどうとか言ってたけどまたどこかで変な知識でも仕入れてきたのかしら」
「本人に聞いたらいいじゃない」
「変な知識を教え込むのってパチェの仕業じゃない?」
「私じゃないわよ。もっといるでしょう、スキマ妖怪とかブン屋とか怪しいのがもっと」
「パチェも怪しいことに変わりないけどね」
ひどいわね、と零すパチュリーにレミリアは笑ってみせた。
それに応えるように、魔女も笑みを浮かべる。
「まあ、ほっといても問題ないわよ」
「そうね。どうせ店主がらみでしょうし」
「私は面白いからいいんだけど」
「私は主人として色々考えないといけないのよ。将来のこともあるし」
レミリアは頬杖をつき、遠くを眺めた。
まったくもう、と愚痴りつつ、二人の運命を思い描く。
「いつになったらくっつくのかしらね」
数年前にバレンタインイブなんて言葉を聞いたんですが幻想郷にいってる可能性がひとつ。
霖之助 咲夜
店内に硬い音を響かせながら、黒板の上をチョークが滑る。
窓から差し込む月明かりが浮かび上がらせるのは7つの漢字と、数字の上に赤い丸を4つ。
やがて霖之助は腕組みをすると、満足そうに頷いた。
「ふむ、こんなものかな」
「どんな感じですか?」
「それはね……って」
独り言に相槌を打たれ、霖之助は目を瞬かせた。
慌てて声の方向に向き直ると、見慣れたメイド服に苦笑を浮かべる。
「いきなり現れないでくれと毎回言ってるだろう、咲夜」
「あらごめんなさい。何となく面白そうでしたので、つい」
「君の手品は心臓に悪いよ、まったく」
「お望みでしたら、別の手品もご披露しますよ」
「それはまあ、そのうちにね」
肩を竦めながら、霖之助はため息ひとつ。
原因となったメイドの少女……咲夜はというと、少しも悪びれた様子がなくいつも通りの完璧な笑顔で微笑んでいた。
霖之助は横目で現在時刻を確認し、再び彼女に視線を戻す。
「こんな夜更けに、何か急ぎの用事かい?」
「そういうわけではないのですけど。新しい腕時計が欲しくなりまして」
「ふむ、それじゃあ一番いいのを用意してみよう。日付が変わったことがちゃんと認識できるくらいのやつをね」
「あら、楽しみですね」
皮肉を混ぜてみたつもりだったのだが、彼女の顔はどこ吹く風だ。
静と動の時間の中で生きる彼女にとって、現在時刻はあまり意味の無いことなのかもしれない。
……だからといって、営業時間を無視していいというわけではないのだが。
とりあえず霖之助は彼女に椅子を勧めると、所望の品を用意するため商品棚へと歩み寄る。
「それで、霖之助さんはなにをされてたんですか?」
「ああ、見ての通りだよ」
腕時計の納められた商品ケースを運んでいると、咲夜は先ほどまで霖之助が取りかかっていた黒板を興味深げに眺めていた。
黒板は一抱えほどの大きさで、あらかじめ31までの数字が印刷されている。
さらに月から日までの7つの漢字が彼の手によって書き込まれており、29から31までの数字は二重線で消去してあった。
「……?」
そんな黒板を見ながら……咲夜はひとつ、首を傾げてみせる。
わかっているのか、とぼけているのか。
「咲夜、今は何月の何日だい?」
「1月が終わって、2月の1日になったところですね」
「じゃあ2月は何日までかな」
「28日ですわ。いつもより少ないんですよね」
「その通り。つまりこの黒板の数字を見れば、僕の言いたいことがわかるだろう」
「言いたいこと、ですか」
説明に不備はない。
それは間違いないはずだった。
「ああ」
ぽんと彼女は手を合わせる。
それからにっこりと笑い、人差し指を立てて見せた。
「今度の宴会でやる余興の練習をされてたんですね。ビンゴゲームかダーツあたりだとお見受けしました」
「全然違うよ」
「そうなんですか?」
どうして今の話の流れでそういう結論に達することが出来るのだろうか。
というかそこで驚いてもらっても困るし、そもそも黒板をダーツの的にするはずもないと思うのだが。
……飛躍気味の彼女の思考を追いかけるのも不可能だと割り切り、霖之助は諦めて説明することにした。
彼女の正面に腰を下ろして、咳払いをひとつ。
「この黒板に書いてあるのは、今月の営業日だよ。赤く丸が付けられている日は休業日を表しているんだ」
「このお店って休業日があったんですか?」
「あるよ、もちろん。大がかりな仕入れや個人的な用事を消化する時間も必要だからね。
それに今月4日は春の彼岸だし、墓参りに行く予定なのさ」
黒板の4には赤く丸が書かれている。
霖之助はチョークを握り、その下に無縁塚と書き込んだ。
咲夜はというと、感心した表情でなにやら頷いている。
「そんな日があるなんて、今まで知りませんでしたよ」
「君にはぜひ知っておいて欲しいけどね。重要な取引を僕がいない時に持ってこられて見逃すのももったいないし。
あとついでに営業時間も覚えて帰ってくれると嬉しいんだが」
「それは遠慮しておきますわ」
完璧な動作で、彼女は優雅に一礼。
これでもかというくらいの拒絶である。
……まあ数少ない上客である彼女のためなら、少々の時間外労働くらいは構わないのだが。
それから改めて咲夜は黒板を見つめ、口を開く。
「なるほど、よくわかりました」
「なにがだい?」
「4日以外、今月霖之助さんには特別な用事がないってことが、ですかね」
「……まあね」
春の彼岸は秋のそれと違い、そこまで仕入れ……ではなく、墓参りの数は多くない。
だから休日の予定は1日だけであり、他には11、18、25の日に赤丸が付けられていた。
今年の2月は金曜日から始まるため、毎週月曜が休みということになる。
基本的に香霖堂に決まった休業日はないのだが……これを見れば確かに、予定がないのも一目瞭然かもしれない。
「ですので、こんな感じでいかがでしょう」
「こんな感じって……勝手に人の営業日を書き換えないでくれないか」
「あら、あくまで提案ですわ」
「提案、ね」
咲夜の言葉に、霖之助は苦笑で返す。
時間を止めるいつもの手品だろう。
いつの間にか赤丸の位置と数が変動しているようだ。
「ふむ……」
増えた丸はふたつ。
そして位置の変わった丸がもうひとつ。
霖之助は黒板を指さし、首を捻る。
「3日に赤丸が付けられているのはどういう意味かな」
「節分の日ですから、お屋敷でパーティをするのです。鬼と福の神と呼び込もうと思っているので、商売繁盛のご利益があるかもしれませんよ?」
「確かにそれは心惹かれる話だね。鬼が参加する宴会ってのが懸念材料だけど」
吸血鬼が節分を祝うというのも何とも奇妙な話である。
しかし同時に、彼女たちらしいと霖之助は思った。
それほど大きなパーティがあるのなら、どうせ店に訪れる客などいないだろう。
提案通り休みにしても、なにも問題ないかもしれない。
「墓参りの準備もあることだし、その日は休みにしようかな。
まあ、君のところのパーティに行くかどうかの返事は後でさせてもらうよ」
「承知しました。飛び入り参加も大歓迎ですわ」
「その場合手土産くらいは持って行くさ。長居は出来ないだろうけどね」
「お泊まりしていっていただいてもかまいませんのに」
「それはどうも、光栄な話だね。それはそうとして……」
咲夜の提案を聞き流しつつ、霖之助は次の赤丸を指さした。
「11日の休みが10日に移されているのには何か意味があるのかい?」
「その日はお嬢様がお出かけになりますので、そのついでにティーカップでも買いに寄らせていただこうかと」
「ああ、そういう事情なら歓迎だよ」
「本当ですか?」
そう言って頷くと、咲夜はぱっと顔を輝かせる。
そんな彼女の笑顔に対し、しかし霖之助は苦笑いを浮かべた。
「自分の買い物もそうやって買いに来てくれると助かるんだけど。どうせ君は夜中に来るんだろうね」
「あら、霖之助さんからお墨付きをいただけるとは予想外ですわ」
「そう言う意味じゃないよ、まったく」
営業時間に関しては断固として譲る気は無いらしい。
何が咲夜をそうさせるのだろうか。
どうせ昼間来ても他の客に邪魔されることはほとんど無いのだが……と考え、霖之助は少しだけ悲しくなってしまった。
気を取り直し、その3日後、赤丸のついた13という数字に視線を向ける。
「じゃあこの13日にも、外出の予定があるのかな」
「いえ、そういうわけではありませんわ」
「うん?」
「だって14日はバレンタインデーでしょう?」
「ああ……」
そういえばそんな話をしていた気がする。
お世話になっている人にチョコレートを贈るイベントなのだと山の神が触れ回っていた記憶がぼんやりとあった。
外の世界の行事らしく本来の意味がどれほど残ってるか定かではない上、あまり馴染みのないイベントなので気にしてはいなかったのだが……咲夜はどうやらやる気のようだ。
「お嬢様やパチュリー様にチョコレートを作って差し上げようと思っているのですが、お屋敷で作ってもサプライズにはなりませんので。
それでお願いがあるのですけど、キッチンを貸していただきたいのですよ」
「なるほど、それが今日の本題か」
「ええ、そうなんです。でも腕時計が欲しいのは本当ですよ」
「わかっているよ」
咲夜の言葉を聞き、霖之助は肩を竦めてみせた。
外の世界の道具が優れている点はなにも機能や材質だけではない。
重要なのはその考え方である。
スイッチひとつで調理可能なオーブンやいつでも氷の取り出せる箱。
何より代表的なのは電子レンジと呼ばれる道具だろう。
幻想郷で造り出すことの出来ないそれらは、しかし用途と機能さえわかれば河童の技術や魔女の魔法を用いて再現できるものもある。
結果、そのプロトタイプは香霖堂の台所に設えられ、より高性能になった完成品が売りに出されるということがたまにあった。
もちろん研究費は紅魔館の支援によるものであり、その完成品がどこに行くかなど明白なのだが。
そんなわけで、紅魔館と香霖堂の台所は似たような構成になっているのだった。
咲夜がこうやって借りに来るのも、別に今回が初めてではない。
「構わないよ。好きに使うといい」
「ありがとうございます、霖之助さん」
「しかし店を休みにする必要はあるのかね」
「あら、手伝ってくれないんですか?」
「手伝わせる気なのかい?」
ため息をつく霖之助に、小首を傾げる咲夜。
それから安心してくださいと言わんばかりに、にっこりと微笑んでみせた。
「最初のチョコレートは、霖之助さんに差し上げますね」
「つまり味見をしてくれってことかな」
「そうとも言います」
「せっかくだからご相伴に預かろう。といっても、店を閉めるかどうかは未定だがね」
霖之助はそう言いながら、13の赤丸の下に保留と記入する。
そして思い出したように彼女に視線を移すと、疑問を投げた。
「バレンタインというなら、てっきり14日にまた宴会でもやるかと思ったんだが」
「あら、そしたら来ていただけますか?」
「遠慮しておくよ。女の子のお祭りに男が顔を出すのもね」
「男の方がメインのイベントと聞いたこともあるんですけど」
咲夜はそう呟くと、首を振る。
「でも仕方ありませんね。さすがに独占して、幻想郷を敵に回すには少々気が早いですし。
……けど一番は、譲りませんから」
「うん? どういうことだい?」
「なんでもありませんよ」
瀟洒なメイドは、完璧な笑みを以て彼の問いを無かったことにしたようだ。
霖之助としても下手に首を突っ込むと火傷しそうなので、それ以上聞かないことにするしかないわけで。
咲夜はそれがわかっているのだろう。
じっと彼の目を見つめると、深々と頭を下げた。
「では霖之助さん。改めて今月もよろしくお願いしますね」
「ああ。今後ともごひいきに」
霖之助もつられて頭を下げる。
かくして彼女の提案は無事に受け入れられ。
二人は商談を再開するのだった。
「パチェー。ちょっと聞きたいんだけど」
紅魔館の地下図書館に、ぱたぱたと小さな音が響く。
足音と羽音が混じったそれを聞き、図書館の主はゆっくりと本から顔を上げた。
「なんか屋敷中のカレンダーに落書がしてあるんだけどなんでか知らない?」
「知らないわ。……ちなみにレミィが言ってるのは、13日の花丸の件かしら」
「そうそう、たぶんそれ」
「それなら落書じゃなくて予定が書き込んであるだけだと思うけど……どちらにしろ、理由は知らないわね。犯人なら知ってるけど」
「咲夜よね」
「ご明察」
赤い吸血鬼はパチュリーの正面に腰掛け、大きくため息をつく。
「咲夜ったら、バレンタインイブがどうとか言ってたけどまたどこかで変な知識でも仕入れてきたのかしら」
「本人に聞いたらいいじゃない」
「変な知識を教え込むのってパチェの仕業じゃない?」
「私じゃないわよ。もっといるでしょう、スキマ妖怪とかブン屋とか怪しいのがもっと」
「パチェも怪しいことに変わりないけどね」
ひどいわね、と零すパチュリーにレミリアは笑ってみせた。
それに応えるように、魔女も笑みを浮かべる。
「まあ、ほっといても問題ないわよ」
「そうね。どうせ店主がらみでしょうし」
「私は面白いからいいんだけど」
「私は主人として色々考えないといけないのよ。将来のこともあるし」
レミリアは頬杖をつき、遠くを眺めた。
まったくもう、と愚痴りつつ、二人の運命を思い描く。
「いつになったらくっつくのかしらね」
コメントの投稿
抜けてるのか天然なのか自信満々に見当違いの答えを出す咲夜さんも、14日は危険と判断してちゃっかり前日は一緒にいられる約束を立てちゃう咲夜さんも。
どちらも見ていてニヤニヤせざるをえませんでした!
お嬢様公認…つまり親公認ならば突き進むしかないですね!
どちらも見ていてニヤニヤせざるをえませんでした!
お嬢様公認…つまり親公認ならば突き進むしかないですね!
主公認となれば、後はメイドさんのアプローチが店主さんに届くのみですね。
…それが一番ハードル高い気がしますが(笑)。
…それが一番ハードル高い気がしますが(笑)。
No title
相変わらず咲夜さんは天然可愛い。
だが確固たる芯の強さ、見えました。
お嬢様とパチュリーさん、その立ち位置はお見合いおばs(続きは焼け焦げて消失しました
だが確固たる芯の強さ、見えました。
お嬢様とパチュリーさん、その立ち位置はお見合いおばs(続きは焼け焦げて消失しました
No title
それで、いつくっつくんですか!?
バレンタインに1番最初に霖之助さんにチョコを渡すのを巡って争いが起きそうだったが咲夜さんのおかげで平和に済みそうですね!
にしてもこの2人は、もうくっ付いても良いと思うんですがね?
にしてもこの2人は、もうくっ付いても良いと思うんですがね?
No title
つまり日付が変わって14日になった瞬間にチョコの“味見”をしてもらおうと云う魂胆か……。瀟洒だなさすがメイド長瀟洒だな。
メイド長の策略、この海のリハクの目をもってしても(ry
でもそれって店主に味見だと思われてる内は根本的な解決にはなりませんよね?
ユー早く告っちゃいなYO!
……そこ、告っても霖之助が気付かない可能性があるとか言わない。
メイド長の策略、この海のリハクの目をもってしても(ry
でもそれって店主に味見だと思われてる内は根本的な解決にはなりませんよね?
ユー早く告っちゃいなYO!
……そこ、告っても霖之助が気付かない可能性があるとか言わない。
No title
イベントの度に"霖之助独占禁止法"を施行しないと洒落になりませんなwww
てか屋敷中のカレンダーの13日に花丸付けてるなんて、どれだけ楽しみなんだよメイド長(笑)
てか屋敷中のカレンダーの13日に花丸付けてるなんて、どれだけ楽しみなんだよメイド長(笑)
No title
私のジャスティスktkrww
ちゃんと一番に渡せるようにしてるのはさすが咲夜さんってとこですかね!
さてと・・・・いつになったらくっつくんだ!!! 個人的にはまだまだこのままであってほしいですけどね
ちゃんと一番に渡せるようにしてるのはさすが咲夜さんってとこですかね!
さてと・・・・いつになったらくっつくんだ!!! 個人的にはまだまだこのままであってほしいですけどね