11月11日
SAGさんの絵にSSを付けてみたり、ぞろ目なので記念SSを書こうと思ってみたり。
そんな感じのにと紫霖。
霖之助 にとり 紫
「配線器具の日?」
「ええ」
朝早くから、スキマ妖怪が香霖堂に顔を出していた。
文字通り、上半身をスキマから出すような格好で。
「11月11日。コンセントの差込口の形状がそう見えるかららしいですわ」
「とは言っても、僕はコンセントの差し込み口なんてほとんど見たことはないんだがね」
紙に1という文字を4つ並べて書く。
延長タップなどに挿す穴は見たことがあるのだが。
実際に電力を供給する差し込み口は見たことがなかった。
当然だろう。
幻想郷に発電所はないのだから。
「11月11日ねぇ。
コンセント自体は確かにそれっぽい形をしているが……。
それで、それが何か?」
「さっきも言いましたけど、今日がその日なのよ、霖之助さん」
スキマからなにやら小さな箱のようなものが顔を覗かせた。
なるほど、これが紫の言うコンセントの差し込み口か。
差し込み口は一対、つまりひとつ分だ。
11月11日には半分ほど足りないが……。
「ねぇ霖之助さん。
もし今日だけ電気を使えるって言ったら、どう思うかしら?」
「……なんだって?」
思わず声を上げてしまった。
ひとつ深呼吸して……改めて、聞き返す。
「何を企んでいるんだい?」
「別に、何も。
ただの気まぐれですわ」
胡散臭い笑みと共に、紫は扇を開いた。
「見返りは?」
「さぁ。それは秘密。
どうします?」
正直怖い。
怖い……が、魅力的な提案であることは事実だった。
仕方なく、霖之助は頷き……。
「わかった、じゃあ……」
「あともうひとつ」
口を開きかけた瞬間、紫が言葉を挟む。
「このことを口外出来るのはひとりだけよ。
人間妖怪問わずにね」
「ふたりに知られたらどうなる?」
「その時点でこのスキマは閉じることになるでしょうね」
それ以上の説明は不要と思ったのか、紫はもう一度微笑んだ。
「では霖之助さん。日没まで楽しんでね」
「……了解したよ、紫」
彼女が去ったあとには、開きっぱなしのスキマと、コンセントの差し込み口だけが残された。
今日ほど空が飛べないことを不便に思ったことはない。
「本当? 外の道具が使えるの?」
「ああ、紫が電気を提供してくれてね。
とりあえず電気スタンドで確認してみたが、本当のようだ」
霖之助と並んで歩きながら、にとりは目を輝かせていた。
「じゃああれもこれも使えるのかな」
「多分ね。どれのことを言っているのかは知らないけど」
電源が使えることを確認した霖之助が向かったのは河童の里だった。
伝えられるのはひとりだけである。
外の世界から来た巫女も候補に挙がったのだが……。
彼女は動く原理には疎そうだった。
霊夢や魔理沙に聞いてもわからないだろうし、
天狗に知られればひとりやふたりどころの騒ぎではないだろう。
ならば機械に詳しそうな人物を、と思っての選択である。
「早く行こうよ、早く」
「急かさないでくれ……」
香霖堂に戻ってきた頃にはもう昼を過ぎていた。
にとりに抱えて飛んでもらう手もあったものの……。
あまり急ぎすぎると他の者に見つかる可能性もあり、却下した。
それだけである。決して霖之助のプライドとは関係なく。
「へー、これがコンセントの差し込み口なんだ」
店に入るや否や、にとりはスキマに直行した。
ふたつの穴を興味深そうに観察している。
「見ての通りひとつしか無くてね。
多数のコンセントを必要とするものは使えないらしい」
「増やせないの?」
「試してみたんだが、どうやら紫が何かしているらしくてね。
無理だったよ」
「そっか。仕方ないね」
霖之助は軽く肩を竦めた。
まあ、使えるだけでも僥倖なのだ。贅沢は言うまい。
「それで、外の世界の道具はどんな風に動くの?」
「ああ、それを君に見てもらうために来てもらったんだ」
言いながら、霖之助は机の上に置かれた道具に視線を向ける。
今日この日を待っていた道具達だ。
霖之助はその中のひとつを手に取り、にとりに示した。
「まず外の世界の式神を動かしてみたいと思う」
「あれ、でもこれってコンセントはひとつでいいの?」
「これはノートパソコンと言ってね。
一体型だからひとつで済むらしいよ」
霖之助はノートパソコンから伸びるケーブルをコンセントに刺した。
そして電源らしきスイッチを押す。
確か早苗がこの辺を押していたはずだ。
……その時は動力が無くて動かなかったが。
「あ、起動したよ」
「ああ、わかってる。
わかってるから首を絞めないでくれ」
「あわわ、ごめんごめん」
にとりのあまりのはしゃぎように、霖之助は苦笑を浮かべた。
本当は霖之助も喜びたいのだが……自分の分まで喜んでいるかのような彼女を見て、少し落ち着きを取り戻す。
Meという表記のあと、そこで画面が止まった。
「ユーザー名とパスワードを入れろだって」
「……どうやら鍵がかかっているようだね」
当然の処置だろう。
おそらく、このノートパソコンにはそれだけの力があるのだから。
「動かないの?」
「無理だろうな。
こう言う物を突破するにはそれ相応の知識が必要と相場が決まっている。
そして残念ながら、僕にそれはない」
霖之助は首を振り、ノートパソコンを終了させた。
終了の仕方がわからなかったのでコンセントを引き抜くという荒技だったが。
「他のもいくつか試してみよう」
2000やXPという文字が出る式神も、どれも鍵がかかっているようだった。
しかし95という文字が出たノートパソコンは、そのまま止まることなく処理を続けていく。
「あ、これ動いたんじゃない?」
「……そのようだね」
期待を胸に、画面を見つめるふたり。
鍵がかかっていなかったということは、別の懸念を抱かせた。
「で、どうするの?」
無機質な表示を出したまま、式神は何かを待っているようだ。
「ふーむ、式神なら何か反応を起こしてくると思ったんだが……」
「ひょっとしてまだ式を組む前の段階なんじゃない?
鍵もかかってなかったし……」
「ふむ、その可能性はある」
正しい命令を与えるまで眠っているのかもしれない。
この様々な模様のどれかが、あるいは全部が、この式神への命令機構なのだろう。
だがそれを調べている時間はない。
これを起動するまでにかなりの時間を使ってしまったわけだし。
「山の巫女に聞けばわかるかも」
「まあそれも考えたんだがね……仕方ない、次に行こうか」
霖之助は首を振り、パソコンを片付けた。
そして次の道具に目を向ける。
「次はどれをやるの?」
「そうだな、エアコンやテレビジョンもやってみたいんだが」
何しろ時間は有限なのだ。
効率的にやっていかねばならない。
「あ、これやろうよこれ」
にとりが指さしたのは、白い箱のようなものだった。
「ん? 冷蔵庫かい?
それくらいの機能なら代用品もあるだろう?」
「それを機械でやるのがいいんじゃん。
それに魔術式はいろいろと面倒でさ。
きゅうりを保存するのも一苦労だよ」
きゅうりというのがなんとも彼女らしい。
霖之助としては反対する理由もないわけで。
「まあ構わないが」
「やった、じゃあ早速」
にとりは喜びながら、冷蔵庫のコンセントを挿した。
ドアを開け、中を確認する。
「おお、冷えてきた冷えてきた」
「奥から冷風が来るんだな。背面が温かいようだが……」
動作を確認し、メモを取っていく。
少し覗いてみたが、にとりのメモは独特すぎて霖之助が読むことは出来ないようだ。
「なるほど、扉で密閉して冷気を逃がさないようにしてるのかな」
彼女は頷きながら、隅々までチェックしていた。
全く関係のないところまで調べているようだが、彼女なりの理由があるのだろう。
「このつまみはなんなんだい?」
「強弱ってあるから、多分冷気を……」
しかしその時、突然ボスンと言う音と共に冷蔵庫が動作を止める。
「あれー? いきなり止まったよ、霖之助。
なんか変なところ押した?」
「そんな覚えはないが……わからないな。
とりあえず、壊れてしまったみたいだが」
なんせ落ちていたものだ。
元々壊れていたのかもしれないし、そうでないかもしれない。
にとりは冷蔵庫のコンセントを抜くと……口を開いた。
「……ねえ霖之助、これ分解してもいい?」
「これをかい? 構わないが、壊れてしまったんだろう?」
「壊れたからこそだよ。
分解したら構造も原因も、原理もわかるかもしれないじゃない」
そう言われては反対することも出来ない。
元々今日は外の道具を調べてみるつもりだったのだから、これもそのひとつだろう。
「僕も手伝うよ」
霖之助はひとつ頷くと、ドライバーを取り出した。
にとりも自分の工具を用意している。
「ふむふむ、この回路はこうなってるのか。
前別の道具でも似たような回路あったよね」
「電気のエネルギーをこうやって循環しているようだね。」
「あれー? これってヒーターなのかな。冷却する機械になんで熱を……」
「冷却するからこそ温めているとか?」
「釣り合いってこと?
うーん、それもあるかもしれないけど……」
にとりは枠や回路をひとつひとつ調べていく。
分解の経験は多いだろう。
その動作によどみはない。
「随分古い冷蔵庫だったようだね」
「この汚れって油かな」
あちこち汚れているため、いつの間にかにとりの顔も汚れていた。
それは冷蔵庫を覗き込んでいる霖之助も同じだろう。
だが躊躇するつもりはない。
ああでもないこうでもないと議論しながら、機械を弄ることしばし。
「よしできた!」
にとりは自信たっぷりに頷くと、コンセントに再接続。
ふたりの見守る中……冷蔵庫は再始動を始めた。
「ほらほらほら、見て見て見て見て! 動いたよ、霖之助!」
「おお……これは……すごいな。本当に直してしまうとは……」
構造をほとんど知らなかったというのに、大したものだ。
霖之助が感心していると、にとりは首を振った。
「外の道具はある程度規格が共通してるみたい。
かなり合理的なことだよ。
私が修理出来たのもそのおかげかな」
「河童の道具は違うのかい?」
「違うねぇ」
なんでも、河童の道具というのはほとんどがハンドメイドのワンオフらしい。
例えば別の河童が作った道具を見てにとりが道具を作ったとしても、
同じ機能をした全く別の構造の道具が出来るとか。
つまり機構の共有と言った発想がないのだろう。
良くも悪くも個人主義の職人気質なのだと。
「別に私は今のままでいいと思うけどね。
それより……」
さて次の道具を、と視線を向けたところで……にとりが首を傾げる。
「あれ? また止まった」
「うん?」
言われて霖之助も振り向いた。
「……コンセントはどこ行ったの?」
「ああ……」
外を見る。
いつの間にか日が暮れていたらしい。
「どうやら時間切れらしいね、にとり」
紫との約束の時間が過ぎたようだ。
冷蔵庫の分解にかなり時間を費やしたせいか。
だが……後悔はない。
「うん、冷蔵庫の構造もだいたいわかったし」
「外の世界の式神も一応見られたしね」
ただし式神は動かなかったが。
そんな彼に……にとりはふと疑問を発した。
「そう言えば、なんで神社の人間呼ばなかったのさ。
もっと楽になったんじゃない?」
「ああ、簡単な話だよ。
今日電気が使えることを伝えられるのは、ひとりだけだったのさ」
「……え?」
その言葉を聞き、にとりは驚いた声を上げる。
そして……なぜか俯いた。
「そっか、霖之助は私を一番に……」
「どうかしたかい? にとり」
「なんでもないよ!」
そう言って笑うにとりの頬は、赤く染まっている気がした。
暗い店内のせいでわからなかったが。
こんな時こそ電気スタンドが使えればいいのにと、霖之助はそんな事を考えていた。
――所詮、こんなものだ。
道具屋の店主や山の河童に動力を与えたところで、幻想郷の脅威にはなり得ない。
元々河童の技術は外の世界を凌いでいる面すらあるのだから。
山の神がエネルギー革命を起こそうとしているようだが……。
しばらくは放置しても構わないだろう。
それに、少しくらいあの道具屋に道具の使い方を教えてみてもいいかもしれない。
そう、脅威にはならないのだから……。
「……実験は終了、ですか? 紫様」
「ええ。万事滞りなくね」
呼びかけられた声に、覗いていたスキマを閉じ、彼女は式神へと視線を移した。
「そのわりには少し残念そうですね」
「そうかしら?」
惜しむらくは、自分があの場にいないことだろうか。
だが……。
「明日香霖堂に行ってくるわ」
「はい。取り立てにですか?」
「ええ」
きっと今日のことで、あの店主は突拍子も無い考察を語って聞かせるのだろう。
きっと目を輝かせて、子供のようにはしゃぐのだろう。
あの河童がいなかったら、彼がそうしていたに違いない。
だって……。
初めて電気スタンドにコンセントを繋いだときの霖之助の反応を思い出し。
紫はひとり、笑みを零した。
「私の見間違いだったようです。
実に楽しそうですね。紫様」
「そうね」
藍は紫の表情を見て、首を振る。
どっちも正しいのだろう。
残念でもあるし……楽しみでもあるのだから。
「考えるだけでわくわくするわね」
「お手柔らかに」
とりあえず明日香霖堂に行って、それから考えましょうか。
紫はそう呟くと、スキマの奥へと姿を消した。
そんな感じのにと紫霖。
霖之助 にとり 紫
「配線器具の日?」
「ええ」
朝早くから、スキマ妖怪が香霖堂に顔を出していた。
文字通り、上半身をスキマから出すような格好で。
「11月11日。コンセントの差込口の形状がそう見えるかららしいですわ」
「とは言っても、僕はコンセントの差し込み口なんてほとんど見たことはないんだがね」
紙に1という文字を4つ並べて書く。
延長タップなどに挿す穴は見たことがあるのだが。
実際に電力を供給する差し込み口は見たことがなかった。
当然だろう。
幻想郷に発電所はないのだから。
「11月11日ねぇ。
コンセント自体は確かにそれっぽい形をしているが……。
それで、それが何か?」
「さっきも言いましたけど、今日がその日なのよ、霖之助さん」
スキマからなにやら小さな箱のようなものが顔を覗かせた。
なるほど、これが紫の言うコンセントの差し込み口か。
差し込み口は一対、つまりひとつ分だ。
11月11日には半分ほど足りないが……。
「ねぇ霖之助さん。
もし今日だけ電気を使えるって言ったら、どう思うかしら?」
「……なんだって?」
思わず声を上げてしまった。
ひとつ深呼吸して……改めて、聞き返す。
「何を企んでいるんだい?」
「別に、何も。
ただの気まぐれですわ」
胡散臭い笑みと共に、紫は扇を開いた。
「見返りは?」
「さぁ。それは秘密。
どうします?」
正直怖い。
怖い……が、魅力的な提案であることは事実だった。
仕方なく、霖之助は頷き……。
「わかった、じゃあ……」
「あともうひとつ」
口を開きかけた瞬間、紫が言葉を挟む。
「このことを口外出来るのはひとりだけよ。
人間妖怪問わずにね」
「ふたりに知られたらどうなる?」
「その時点でこのスキマは閉じることになるでしょうね」
それ以上の説明は不要と思ったのか、紫はもう一度微笑んだ。
「では霖之助さん。日没まで楽しんでね」
「……了解したよ、紫」
彼女が去ったあとには、開きっぱなしのスキマと、コンセントの差し込み口だけが残された。
今日ほど空が飛べないことを不便に思ったことはない。
「本当? 外の道具が使えるの?」
「ああ、紫が電気を提供してくれてね。
とりあえず電気スタンドで確認してみたが、本当のようだ」
霖之助と並んで歩きながら、にとりは目を輝かせていた。
「じゃああれもこれも使えるのかな」
「多分ね。どれのことを言っているのかは知らないけど」
電源が使えることを確認した霖之助が向かったのは河童の里だった。
伝えられるのはひとりだけである。
外の世界から来た巫女も候補に挙がったのだが……。
彼女は動く原理には疎そうだった。
霊夢や魔理沙に聞いてもわからないだろうし、
天狗に知られればひとりやふたりどころの騒ぎではないだろう。
ならば機械に詳しそうな人物を、と思っての選択である。
「早く行こうよ、早く」
「急かさないでくれ……」
香霖堂に戻ってきた頃にはもう昼を過ぎていた。
にとりに抱えて飛んでもらう手もあったものの……。
あまり急ぎすぎると他の者に見つかる可能性もあり、却下した。
それだけである。決して霖之助のプライドとは関係なく。
「へー、これがコンセントの差し込み口なんだ」
店に入るや否や、にとりはスキマに直行した。
ふたつの穴を興味深そうに観察している。
「見ての通りひとつしか無くてね。
多数のコンセントを必要とするものは使えないらしい」
「増やせないの?」
「試してみたんだが、どうやら紫が何かしているらしくてね。
無理だったよ」
「そっか。仕方ないね」
霖之助は軽く肩を竦めた。
まあ、使えるだけでも僥倖なのだ。贅沢は言うまい。
「それで、外の世界の道具はどんな風に動くの?」
「ああ、それを君に見てもらうために来てもらったんだ」
言いながら、霖之助は机の上に置かれた道具に視線を向ける。
今日この日を待っていた道具達だ。
霖之助はその中のひとつを手に取り、にとりに示した。
「まず外の世界の式神を動かしてみたいと思う」
「あれ、でもこれってコンセントはひとつでいいの?」
「これはノートパソコンと言ってね。
一体型だからひとつで済むらしいよ」
霖之助はノートパソコンから伸びるケーブルをコンセントに刺した。
そして電源らしきスイッチを押す。
確か早苗がこの辺を押していたはずだ。
……その時は動力が無くて動かなかったが。
「あ、起動したよ」
「ああ、わかってる。
わかってるから首を絞めないでくれ」
「あわわ、ごめんごめん」
にとりのあまりのはしゃぎように、霖之助は苦笑を浮かべた。
本当は霖之助も喜びたいのだが……自分の分まで喜んでいるかのような彼女を見て、少し落ち着きを取り戻す。
Meという表記のあと、そこで画面が止まった。
「ユーザー名とパスワードを入れろだって」
「……どうやら鍵がかかっているようだね」
当然の処置だろう。
おそらく、このノートパソコンにはそれだけの力があるのだから。
「動かないの?」
「無理だろうな。
こう言う物を突破するにはそれ相応の知識が必要と相場が決まっている。
そして残念ながら、僕にそれはない」
霖之助は首を振り、ノートパソコンを終了させた。
終了の仕方がわからなかったのでコンセントを引き抜くという荒技だったが。
「他のもいくつか試してみよう」
2000やXPという文字が出る式神も、どれも鍵がかかっているようだった。
しかし95という文字が出たノートパソコンは、そのまま止まることなく処理を続けていく。
「あ、これ動いたんじゃない?」
「……そのようだね」
期待を胸に、画面を見つめるふたり。
鍵がかかっていなかったということは、別の懸念を抱かせた。
「で、どうするの?」
無機質な表示を出したまま、式神は何かを待っているようだ。
「ふーむ、式神なら何か反応を起こしてくると思ったんだが……」
「ひょっとしてまだ式を組む前の段階なんじゃない?
鍵もかかってなかったし……」
「ふむ、その可能性はある」
正しい命令を与えるまで眠っているのかもしれない。
この様々な模様のどれかが、あるいは全部が、この式神への命令機構なのだろう。
だがそれを調べている時間はない。
これを起動するまでにかなりの時間を使ってしまったわけだし。
「山の巫女に聞けばわかるかも」
「まあそれも考えたんだがね……仕方ない、次に行こうか」
霖之助は首を振り、パソコンを片付けた。
そして次の道具に目を向ける。
「次はどれをやるの?」
「そうだな、エアコンやテレビジョンもやってみたいんだが」
何しろ時間は有限なのだ。
効率的にやっていかねばならない。
「あ、これやろうよこれ」
にとりが指さしたのは、白い箱のようなものだった。
「ん? 冷蔵庫かい?
それくらいの機能なら代用品もあるだろう?」
「それを機械でやるのがいいんじゃん。
それに魔術式はいろいろと面倒でさ。
きゅうりを保存するのも一苦労だよ」
きゅうりというのがなんとも彼女らしい。
霖之助としては反対する理由もないわけで。
「まあ構わないが」
「やった、じゃあ早速」
にとりは喜びながら、冷蔵庫のコンセントを挿した。
ドアを開け、中を確認する。
「おお、冷えてきた冷えてきた」
「奥から冷風が来るんだな。背面が温かいようだが……」
動作を確認し、メモを取っていく。
少し覗いてみたが、にとりのメモは独特すぎて霖之助が読むことは出来ないようだ。
「なるほど、扉で密閉して冷気を逃がさないようにしてるのかな」
彼女は頷きながら、隅々までチェックしていた。
全く関係のないところまで調べているようだが、彼女なりの理由があるのだろう。
「このつまみはなんなんだい?」
「強弱ってあるから、多分冷気を……」
しかしその時、突然ボスンと言う音と共に冷蔵庫が動作を止める。
「あれー? いきなり止まったよ、霖之助。
なんか変なところ押した?」
「そんな覚えはないが……わからないな。
とりあえず、壊れてしまったみたいだが」
なんせ落ちていたものだ。
元々壊れていたのかもしれないし、そうでないかもしれない。
にとりは冷蔵庫のコンセントを抜くと……口を開いた。
「……ねえ霖之助、これ分解してもいい?」
「これをかい? 構わないが、壊れてしまったんだろう?」
「壊れたからこそだよ。
分解したら構造も原因も、原理もわかるかもしれないじゃない」
そう言われては反対することも出来ない。
元々今日は外の道具を調べてみるつもりだったのだから、これもそのひとつだろう。
「僕も手伝うよ」
霖之助はひとつ頷くと、ドライバーを取り出した。
にとりも自分の工具を用意している。
「ふむふむ、この回路はこうなってるのか。
前別の道具でも似たような回路あったよね」
「電気のエネルギーをこうやって循環しているようだね。」
「あれー? これってヒーターなのかな。冷却する機械になんで熱を……」
「冷却するからこそ温めているとか?」
「釣り合いってこと?
うーん、それもあるかもしれないけど……」
にとりは枠や回路をひとつひとつ調べていく。
分解の経験は多いだろう。
その動作によどみはない。
「随分古い冷蔵庫だったようだね」
「この汚れって油かな」
あちこち汚れているため、いつの間にかにとりの顔も汚れていた。
それは冷蔵庫を覗き込んでいる霖之助も同じだろう。
だが躊躇するつもりはない。
ああでもないこうでもないと議論しながら、機械を弄ることしばし。
「よしできた!」
にとりは自信たっぷりに頷くと、コンセントに再接続。
ふたりの見守る中……冷蔵庫は再始動を始めた。
「ほらほらほら、見て見て見て見て! 動いたよ、霖之助!」
「おお……これは……すごいな。本当に直してしまうとは……」
構造をほとんど知らなかったというのに、大したものだ。
霖之助が感心していると、にとりは首を振った。
「外の道具はある程度規格が共通してるみたい。
かなり合理的なことだよ。
私が修理出来たのもそのおかげかな」
「河童の道具は違うのかい?」
「違うねぇ」
なんでも、河童の道具というのはほとんどがハンドメイドのワンオフらしい。
例えば別の河童が作った道具を見てにとりが道具を作ったとしても、
同じ機能をした全く別の構造の道具が出来るとか。
つまり機構の共有と言った発想がないのだろう。
良くも悪くも個人主義の職人気質なのだと。
「別に私は今のままでいいと思うけどね。
それより……」
さて次の道具を、と視線を向けたところで……にとりが首を傾げる。
「あれ? また止まった」
「うん?」
言われて霖之助も振り向いた。
「……コンセントはどこ行ったの?」
「ああ……」
外を見る。
いつの間にか日が暮れていたらしい。
「どうやら時間切れらしいね、にとり」
紫との約束の時間が過ぎたようだ。
冷蔵庫の分解にかなり時間を費やしたせいか。
だが……後悔はない。
「うん、冷蔵庫の構造もだいたいわかったし」
「外の世界の式神も一応見られたしね」
ただし式神は動かなかったが。
そんな彼に……にとりはふと疑問を発した。
「そう言えば、なんで神社の人間呼ばなかったのさ。
もっと楽になったんじゃない?」
「ああ、簡単な話だよ。
今日電気が使えることを伝えられるのは、ひとりだけだったのさ」
「……え?」
その言葉を聞き、にとりは驚いた声を上げる。
そして……なぜか俯いた。
「そっか、霖之助は私を一番に……」
「どうかしたかい? にとり」
「なんでもないよ!」
そう言って笑うにとりの頬は、赤く染まっている気がした。
暗い店内のせいでわからなかったが。
こんな時こそ電気スタンドが使えればいいのにと、霖之助はそんな事を考えていた。
――所詮、こんなものだ。
道具屋の店主や山の河童に動力を与えたところで、幻想郷の脅威にはなり得ない。
元々河童の技術は外の世界を凌いでいる面すらあるのだから。
山の神がエネルギー革命を起こそうとしているようだが……。
しばらくは放置しても構わないだろう。
それに、少しくらいあの道具屋に道具の使い方を教えてみてもいいかもしれない。
そう、脅威にはならないのだから……。
「……実験は終了、ですか? 紫様」
「ええ。万事滞りなくね」
呼びかけられた声に、覗いていたスキマを閉じ、彼女は式神へと視線を移した。
「そのわりには少し残念そうですね」
「そうかしら?」
惜しむらくは、自分があの場にいないことだろうか。
だが……。
「明日香霖堂に行ってくるわ」
「はい。取り立てにですか?」
「ええ」
きっと今日のことで、あの店主は突拍子も無い考察を語って聞かせるのだろう。
きっと目を輝かせて、子供のようにはしゃぐのだろう。
あの河童がいなかったら、彼がそうしていたに違いない。
だって……。
初めて電気スタンドにコンセントを繋いだときの霖之助の反応を思い出し。
紫はひとり、笑みを零した。
「私の見間違いだったようです。
実に楽しそうですね。紫様」
「そうね」
藍は紫の表情を見て、首を振る。
どっちも正しいのだろう。
残念でもあるし……楽しみでもあるのだから。
「考えるだけでわくわくするわね」
「お手柔らかに」
とりあえず明日香霖堂に行って、それから考えましょうか。
紫はそう呟くと、スキマの奥へと姿を消した。
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これはいいにとりん
だがしかし、
11月11日といったらポッキーの日ですよー!
ポッキーゲームでチュッチュする日ですよー!
だがしかし、
11月11日といったらポッキーの日ですよー!
ポッキーゲームでチュッチュする日ですよー!
No title
やはりこの二人は盟友ですな。基本個人主義な幻想郷なら電気が通っても
大きく変わらないかもね。
大きく変わらないかもね。
幻想郷の技術者による会合、良いですねぇ。
そして香霖堂にエネルギー革命の予感?
そして香霖堂にエネルギー革命の予感?
にと霖は一日1000単位ペースで製造されるべき