冬の空、晴れのち雨
わりと昔にSPIIさんのところに寄稿した藍霖です。
まだまだコタツの季節は続きますよね!
霖之助 藍
香霖堂は監視されている。
霖之助がそれに気づいたのは、いつからだっただろうか。
「これで全部、かな」
カウンターの上に道具を並べ、霖之助は肩を竦める。
しかしそんな彼に、少女は疑いの眼差しを向けた。
「本当ですか? 隠し立てすると店主さんのためになりませんよ?」
「まさか。君達相手に隠し続けられるとは思っていないさ」
「なかなかいい心がけですね。とはいえ、店主さんには前科がありますから」
「前科があればこそ、悟ったんだよ」
「それはなにより。紫様も喜ばれますよ」
楽しそうにそう言って、彼女……藍は微笑んだ。帽子から零れた金色の髪が、冬の空気にさらりと揺れる。
「では店主さんの言葉を信用するとしましょう。少々お待ちくださいね」
「ああ、お手柔らかに頼むよ」
それからひとつ頷くと、藍は道具の検品を開始した。
冥界、魔界、外界の道具を扱う香霖堂には、様々な道具が集まってくる。
当然、中には危険なものもあるわけで。ある程度のものなら霖之助も処理できるものの、手に負えないものや判断に迷ったものなどはこうして八雲の主従に検品を依頼していた。
もっとも、最初の頃はいろいろ理由を付けて霖之助が自分で管理する、解明してみせると息巻いていたが……幻想郷を牛耳る妖怪少女に勝てるわけもなく、長いものに巻かれろということで任せることにしたのである。
月に一度、彼女たちはやってくる。夏は紫、冬は藍の番だ。
このやりとりが始まったのは、霊夢に紫のことを教えて貰ってからなのだが……彼女たちと知り合う前からたまに店の道具が消えていたのは、いつの間にか回収されていたのかもしれないと今にして思う。
藍に聞いても、教えてはくれないだろうが。
「お待たせしました。こちらの道具は回収させていただきます」
「ふむ、危険な道具だったのかな?」
「そうですね。幻想郷は全てを受け入れますが……ふさわしくないものもあります。まあ、最近紫様が集めてるだけの道具もありますが」
「そうなのかい? まあ、どのみち売り物にならないから構わないがね」
藍はそう言って、取り分けた道具を持ってきた箱の中に放り込んだ。
掌サイズのそれに、一抱えほどの道具の山が吸い込まれていく。
おそらく魔法がかけられているのだろう。あるいは、紫のスキマ能力かもしれない。
主に回収されるのは、外の世界の兵器や呪いのアイテムと言った具合である。今回はその他に、月の石や伊弉諾物質などもあった。
売れないし捨てるのも一苦労なので、回収してくれるのはありがたいものの。兵器といえど道具のひとつである。思う存分調べられないというのは、残念ではあった。
……まあ、取り扱いを間違って店ごと吹き飛ぶよりマシなので文句は言えないのだが。
霖之助が素直に言うことを聞いているのは、似たような事態に陥って紫に助けられたということがあるせいだ。藍はそれを、霖之助の前科と言って笑うのだった。
「しかし君の作業中はなんというか、判決を待つ被告人の気分だったよ」
「あら、裁判がお好みなら閻魔様を呼んで参りましょうか?」
「お断りするよ。貴重な一日を無為に過ごしたくない」
「時間なら売るほどあるでしょうに」
「あいにく切り売りはしない主義でね」
「ではまとめ買いなら売ってくれるのでしょうか」
霖之助は澄まし顔で、ゆっくりと首を振る。そんな彼に、藍は楽しそうに笑みを浮かべた。
そして彼女は箱をしまい込むと、霖之助へと向き直る。
「さて、これからは私の時間と参りましょう」
「お勤めご苦労様、だね」
香霖堂は監視されている。
裏を返せば、常連客が店へとやってくる、ということである。
「実はですね、今度結婚式に参加することになりまして」
「……結婚?」
「ええ、それでお祝いの品を探しているのですが……」
目を瞬かせる霖之助に、藍は何かに気づいた様子でぱたぱたと手を振ってみせる。
「違いますよ、店主さん。紫様ではなく私の古い友人です。人ではなく狐ですけど」
「ああ、なるほど。びっくりしたよ」
「ふふ、紫様に言いつけましょうか?」
「勘弁してくれ。今度は何を没収されるかわかったもんじゃない」
霖之助はため息をつくと、苦い表情を浮かべた。
昔紫相手に変なことを言って、大事にしていた道具を持って行かれたことを思い出したのだ。
「とにかく結婚おめでとう、と君の友人に伝えてくれ。こうやって知ったのも何かの縁だ。と言っても言葉くらいしか贈れないがね」
「十分ですよ。伝えておきます」
そう言って笑う藍に、霖之助はふむと頷いてみせる。
「しかし結婚か……なるほど通りで、最近天気がいいのに雨が降っていたわけだな」
「言っておきますが、天気雨のたびに狐が嫁入りするわけではありませんよ?」
「わかっているさ」
狐の嫁入りとは天気雨のことである。もちろん彼女の言う通り、二つがイコールでもないのだろうが。
「しかし結婚式のお祝いというのは、ご祝儀じゃなくていいのかい?」
「妖狐たるもの、施しを受けていては格好が付きませんからね。それに富とか名声にはわりと不自由しませんし。そんな感じなので、話のタネになりそうな珍品のほうが喜ばれるんですよ」
「なるほどね。なんとも住む世界の違う話だ」
まあ傾国の美女に代表される狐の妖怪だ。金に困ると言うことがないのかもしれない。狐社会がどのようなものかはわからないが……見栄の問題もあるのだろう。
「それに、せっかくの祝い事にお金を持ち出すのは狸か人間くらいですよ」
「……そういうものかな」
言いながら目を細める藍に、霖之助は肩を竦めた。
これ以上聞かない方がいい気がして、話を進めることにする。
「つまり友人の結婚式に贈る珍しいもの、というのが今回のオーダーかな」
「はい、そんな感じでよろしくお願いします」
「了解したよ。問題はどんな方向性で行くかだが」
腕を組み、頭を捻る霖之助。そんな彼に、藍は思い出すように付け加えた。
「まあわりと長く生きてますから、ちょっとくらい珍しいものじゃ驚かないんですよね」
「わりと、ね」
妖怪のわりととは、いったい何百年のことなのだろうか。ひょっとしたら千年単位かもしれない。
それに藍自身、いったい何歳なのか皆目見当も付かない相手である。……まあ女性に年を聞くのも失礼な話であるのだが。
「そんなわけで、変わったものばかり取りそろえている店主さんの店にご相談に参った次第です」
「変わったものばかりというわけじゃないんだが」
「怒らないでください、褒めたんですよ」
「怒ってはいないよ。褒められた気分もしないがね」
冗談めかしたやりとりをしつつ、霖之助いつもの席から腰を上げた。
九尾の狐から頼られるのも悪い気分ではない。道具屋としての目利きが試されるというやつである。
「それにしても結婚式か……」
「何か?」
眼鏡に適いそうな道具を商品棚から探しながら、ふと霖之助は口を開いた。
「いや、お祝いの品じゃなくてむしろ逆なんだが、引出物ってあるだろう?」
「はい。結婚する側が配る物品ですね」
「ああ。実はわりと引出物らしき道具を拾う機会が多くてね。この前なんて結婚した二人の写真が印刷された大きな絵皿なんてものが流れ着いたのを思い出してさ」
「それはまた、なんとも扱いに困りますね」
藍の苦笑に、霖之助も肩を竦める。
あとは二人の馴れ初めを綴った詩集なんかも拾ったことがあるな。そういうものを貰った側はどうしてるんだろうね」
「やはり……大事に仕舞ってるんじゃないですか?」
「まあ、使用に耐える道具じゃないね、やっぱり」
「それはそうですよ」
道具はふさわしい主人を待っているのだ、と言うのが霖之助の持論ではあるが。そういった道具がどんな相手のものに辿り着くのかは……未だ答えが出ないままである。
むしろ、それよりも。
「問題は、そういった品々がこの幻想郷に流れ着いているってことなんだが」
「そうですね……」
藍は少し寂しそうに笑うと、小さなため息をついた。
若干暗くなった雰囲気を変えるように、霖之助は首を振って答える。
「まあ、君の友人ならそんなことにはならないだろうけど」
「ええ、それは大丈夫だと思いますよ。連絡を取るたび、惚気をよく聞かされますし」
再び藍のついたため息は、今度は別の色のものだった。
霖之助は彼女の心中を察しながら、棚からいくつかの道具を引っ張り出してカウンターの上に並べてみせる。
「とりあえず色々考えてみたんだが」
「はい、どんなのでしょう」
「例えばこのビニール傘なんてのはどうかな? 軽いし視界も良好。幻想郷では生産できない道具でもあるし、実用には十分だと思うが」
「確かにそうですけど、外の世界に行けばいくらでもありますから珍品ではないですね」
それに、と藍は空を指してみせた。
「だいたい、ハレの日に傘は必要ありませんよ」
「それもそうか」
霖之助はあっさり納得すると、今のは小手調べとばかりに次の道具を指し示す。
「ならこっちはどうだい?」
「これは……釣り竿ですか?」
「ああ。名称は太公望の釣り竿。用途は考え事をする、だね。本物かどうかはわからないけど」
「なるほど……」
しかし封神演義に登場するとはいえ、三国悪狐伝と称されるほどだ。あまりいいイメージの狐であるとはいえないのだが……。
「つまり相手に尽くすのなら国を滅ぼすくらいまで、逃げられそうになったらこれでひっかけろ、ということですね」
「いや、そこまでは考えてなかったんだが」
彼の予想に反し、藍はなにやら納得した顔で頷いていた。
「ではこれにします。いただいてもよろしいでしょうか?」
「……あ、ああ。かまわないよ。まいどあり」
「ふふ、やはり店主さんに相談して正解でした」
「そう言ってくれると道具屋冥利に尽きるね」
本命の道具以外を気に入られ、何となく複雑な心境ではあったものの。
当人が満足ならそれでいいと考え、霖之助は釣り竿をプレゼント用にと梱包する。
「じゃあお土産を貰ったら、お裾分けに来ますよ」
「いいのかい? きっと豪華なんだろうね」
「ふふ、それはもう。期待していてくださいね」
狐の結婚式というものがまったく想像付かないのだが。
それは藍の土産話に期待することにして、霖之助はラッピングされた堤を藍へと手渡した。
「しかしそういう準備をしている間というのが、本人達は一番楽しいのかもしれないね」
「そうですね。祭りの準備とか前日というのは、やはり心が躍りますし」
祭りの準備というのは、開催者も参加者も楽しいものだ。
直接的ではないにしろ霖之助もこうやって関わっているわけで、その気持ちは十分に理解することが出来た。
「ところで店主さんは結婚式に参加されたことはありますか?」
「呼ばれたことなら何度かあるが、さすがに自分が当事者になったことはないな。君はどうだい?」
「似たようなものですよ。まさか、結婚してると思ってました?」
「さて、どうかな」
霖之助の言葉に、藍はひどいです、と唇を尖らせる。
「すまない、冗談だ」
「……しょうがないですね、許します」
その仕草が意外と可愛らしく見え、霖之助は素直に謝ることにした。
「でもこうしてみると、結婚も悪くないものと思いますよ」
「ああ、そうだね」
霖之助の記憶の中、結婚式で一番記憶に残っているのは、霧雨の親父さんのものだ。盛大に行われたそれを思い返し、彼は懐かしさに目を細める。
……いつか、霧雨のお嬢様もまた同じ道を辿るのだろうか。そしてそれを、霖之助はどんな顔で送り出すのだろう。
ふとそんなことを考えると、知らずえも言われぬ感情が胸にこみ上げてくる。
「何かありましたか?」
「……いいや、少し考え事をしていてね」
そんな思考を知ってか知らずか、藍はひとつ首を傾げた。
「では店主さんは、どんな引出物を用意するのでしょう」
「さて、考えたこともなかったな」
少なくとも写真入りの絵皿ではないはずだ。しかしながら、実用一辺倒の道具というのも面白みに欠ける気がする。
「まあ、まずは相手あってのことだしね。好みもあるだろうし」
「それもそうですが」
「そんな君はどんな用意をするつもりなんだい?」
「そうですねぇ……」
うーん、と彼女は眉根を寄せる。だが考えてはみたものの、しっくりくるイメージがなかったらしい。
悩み顔の藍は、霖之助の顔を見てぱっと顔を輝かせる。
「もしよろしければ」
「うん?」
藍は霖之助に身を寄せ、にっこりと笑みを浮かべた。
「一緒に引出物を考えるのも、面白いかもしれませんね」
「一緒に、かい?」
「ええ、一緒に」
じっと見つめ合う二人。
彼女の瞳は、面白がってはいるが……決して嘘や冗談のたぐいではないと物語っていた。。
霖之助はその意味を、じっくりと考えつつ。
「あるいはそれも悪くない、かな」
そんな風に答えて、笑うのだった。
天気の良かった冬の寒空に。
いつしか雨が、降り始めていた。
まだまだコタツの季節は続きますよね!
霖之助 藍
香霖堂は監視されている。
霖之助がそれに気づいたのは、いつからだっただろうか。
「これで全部、かな」
カウンターの上に道具を並べ、霖之助は肩を竦める。
しかしそんな彼に、少女は疑いの眼差しを向けた。
「本当ですか? 隠し立てすると店主さんのためになりませんよ?」
「まさか。君達相手に隠し続けられるとは思っていないさ」
「なかなかいい心がけですね。とはいえ、店主さんには前科がありますから」
「前科があればこそ、悟ったんだよ」
「それはなにより。紫様も喜ばれますよ」
楽しそうにそう言って、彼女……藍は微笑んだ。帽子から零れた金色の髪が、冬の空気にさらりと揺れる。
「では店主さんの言葉を信用するとしましょう。少々お待ちくださいね」
「ああ、お手柔らかに頼むよ」
それからひとつ頷くと、藍は道具の検品を開始した。
冥界、魔界、外界の道具を扱う香霖堂には、様々な道具が集まってくる。
当然、中には危険なものもあるわけで。ある程度のものなら霖之助も処理できるものの、手に負えないものや判断に迷ったものなどはこうして八雲の主従に検品を依頼していた。
もっとも、最初の頃はいろいろ理由を付けて霖之助が自分で管理する、解明してみせると息巻いていたが……幻想郷を牛耳る妖怪少女に勝てるわけもなく、長いものに巻かれろということで任せることにしたのである。
月に一度、彼女たちはやってくる。夏は紫、冬は藍の番だ。
このやりとりが始まったのは、霊夢に紫のことを教えて貰ってからなのだが……彼女たちと知り合う前からたまに店の道具が消えていたのは、いつの間にか回収されていたのかもしれないと今にして思う。
藍に聞いても、教えてはくれないだろうが。
「お待たせしました。こちらの道具は回収させていただきます」
「ふむ、危険な道具だったのかな?」
「そうですね。幻想郷は全てを受け入れますが……ふさわしくないものもあります。まあ、最近紫様が集めてるだけの道具もありますが」
「そうなのかい? まあ、どのみち売り物にならないから構わないがね」
藍はそう言って、取り分けた道具を持ってきた箱の中に放り込んだ。
掌サイズのそれに、一抱えほどの道具の山が吸い込まれていく。
おそらく魔法がかけられているのだろう。あるいは、紫のスキマ能力かもしれない。
主に回収されるのは、外の世界の兵器や呪いのアイテムと言った具合である。今回はその他に、月の石や伊弉諾物質などもあった。
売れないし捨てるのも一苦労なので、回収してくれるのはありがたいものの。兵器といえど道具のひとつである。思う存分調べられないというのは、残念ではあった。
……まあ、取り扱いを間違って店ごと吹き飛ぶよりマシなので文句は言えないのだが。
霖之助が素直に言うことを聞いているのは、似たような事態に陥って紫に助けられたということがあるせいだ。藍はそれを、霖之助の前科と言って笑うのだった。
「しかし君の作業中はなんというか、判決を待つ被告人の気分だったよ」
「あら、裁判がお好みなら閻魔様を呼んで参りましょうか?」
「お断りするよ。貴重な一日を無為に過ごしたくない」
「時間なら売るほどあるでしょうに」
「あいにく切り売りはしない主義でね」
「ではまとめ買いなら売ってくれるのでしょうか」
霖之助は澄まし顔で、ゆっくりと首を振る。そんな彼に、藍は楽しそうに笑みを浮かべた。
そして彼女は箱をしまい込むと、霖之助へと向き直る。
「さて、これからは私の時間と参りましょう」
「お勤めご苦労様、だね」
香霖堂は監視されている。
裏を返せば、常連客が店へとやってくる、ということである。
「実はですね、今度結婚式に参加することになりまして」
「……結婚?」
「ええ、それでお祝いの品を探しているのですが……」
目を瞬かせる霖之助に、藍は何かに気づいた様子でぱたぱたと手を振ってみせる。
「違いますよ、店主さん。紫様ではなく私の古い友人です。人ではなく狐ですけど」
「ああ、なるほど。びっくりしたよ」
「ふふ、紫様に言いつけましょうか?」
「勘弁してくれ。今度は何を没収されるかわかったもんじゃない」
霖之助はため息をつくと、苦い表情を浮かべた。
昔紫相手に変なことを言って、大事にしていた道具を持って行かれたことを思い出したのだ。
「とにかく結婚おめでとう、と君の友人に伝えてくれ。こうやって知ったのも何かの縁だ。と言っても言葉くらいしか贈れないがね」
「十分ですよ。伝えておきます」
そう言って笑う藍に、霖之助はふむと頷いてみせる。
「しかし結婚か……なるほど通りで、最近天気がいいのに雨が降っていたわけだな」
「言っておきますが、天気雨のたびに狐が嫁入りするわけではありませんよ?」
「わかっているさ」
狐の嫁入りとは天気雨のことである。もちろん彼女の言う通り、二つがイコールでもないのだろうが。
「しかし結婚式のお祝いというのは、ご祝儀じゃなくていいのかい?」
「妖狐たるもの、施しを受けていては格好が付きませんからね。それに富とか名声にはわりと不自由しませんし。そんな感じなので、話のタネになりそうな珍品のほうが喜ばれるんですよ」
「なるほどね。なんとも住む世界の違う話だ」
まあ傾国の美女に代表される狐の妖怪だ。金に困ると言うことがないのかもしれない。狐社会がどのようなものかはわからないが……見栄の問題もあるのだろう。
「それに、せっかくの祝い事にお金を持ち出すのは狸か人間くらいですよ」
「……そういうものかな」
言いながら目を細める藍に、霖之助は肩を竦めた。
これ以上聞かない方がいい気がして、話を進めることにする。
「つまり友人の結婚式に贈る珍しいもの、というのが今回のオーダーかな」
「はい、そんな感じでよろしくお願いします」
「了解したよ。問題はどんな方向性で行くかだが」
腕を組み、頭を捻る霖之助。そんな彼に、藍は思い出すように付け加えた。
「まあわりと長く生きてますから、ちょっとくらい珍しいものじゃ驚かないんですよね」
「わりと、ね」
妖怪のわりととは、いったい何百年のことなのだろうか。ひょっとしたら千年単位かもしれない。
それに藍自身、いったい何歳なのか皆目見当も付かない相手である。……まあ女性に年を聞くのも失礼な話であるのだが。
「そんなわけで、変わったものばかり取りそろえている店主さんの店にご相談に参った次第です」
「変わったものばかりというわけじゃないんだが」
「怒らないでください、褒めたんですよ」
「怒ってはいないよ。褒められた気分もしないがね」
冗談めかしたやりとりをしつつ、霖之助いつもの席から腰を上げた。
九尾の狐から頼られるのも悪い気分ではない。道具屋としての目利きが試されるというやつである。
「それにしても結婚式か……」
「何か?」
眼鏡に適いそうな道具を商品棚から探しながら、ふと霖之助は口を開いた。
「いや、お祝いの品じゃなくてむしろ逆なんだが、引出物ってあるだろう?」
「はい。結婚する側が配る物品ですね」
「ああ。実はわりと引出物らしき道具を拾う機会が多くてね。この前なんて結婚した二人の写真が印刷された大きな絵皿なんてものが流れ着いたのを思い出してさ」
「それはまた、なんとも扱いに困りますね」
藍の苦笑に、霖之助も肩を竦める。
あとは二人の馴れ初めを綴った詩集なんかも拾ったことがあるな。そういうものを貰った側はどうしてるんだろうね」
「やはり……大事に仕舞ってるんじゃないですか?」
「まあ、使用に耐える道具じゃないね、やっぱり」
「それはそうですよ」
道具はふさわしい主人を待っているのだ、と言うのが霖之助の持論ではあるが。そういった道具がどんな相手のものに辿り着くのかは……未だ答えが出ないままである。
むしろ、それよりも。
「問題は、そういった品々がこの幻想郷に流れ着いているってことなんだが」
「そうですね……」
藍は少し寂しそうに笑うと、小さなため息をついた。
若干暗くなった雰囲気を変えるように、霖之助は首を振って答える。
「まあ、君の友人ならそんなことにはならないだろうけど」
「ええ、それは大丈夫だと思いますよ。連絡を取るたび、惚気をよく聞かされますし」
再び藍のついたため息は、今度は別の色のものだった。
霖之助は彼女の心中を察しながら、棚からいくつかの道具を引っ張り出してカウンターの上に並べてみせる。
「とりあえず色々考えてみたんだが」
「はい、どんなのでしょう」
「例えばこのビニール傘なんてのはどうかな? 軽いし視界も良好。幻想郷では生産できない道具でもあるし、実用には十分だと思うが」
「確かにそうですけど、外の世界に行けばいくらでもありますから珍品ではないですね」
それに、と藍は空を指してみせた。
「だいたい、ハレの日に傘は必要ありませんよ」
「それもそうか」
霖之助はあっさり納得すると、今のは小手調べとばかりに次の道具を指し示す。
「ならこっちはどうだい?」
「これは……釣り竿ですか?」
「ああ。名称は太公望の釣り竿。用途は考え事をする、だね。本物かどうかはわからないけど」
「なるほど……」
しかし封神演義に登場するとはいえ、三国悪狐伝と称されるほどだ。あまりいいイメージの狐であるとはいえないのだが……。
「つまり相手に尽くすのなら国を滅ぼすくらいまで、逃げられそうになったらこれでひっかけろ、ということですね」
「いや、そこまでは考えてなかったんだが」
彼の予想に反し、藍はなにやら納得した顔で頷いていた。
「ではこれにします。いただいてもよろしいでしょうか?」
「……あ、ああ。かまわないよ。まいどあり」
「ふふ、やはり店主さんに相談して正解でした」
「そう言ってくれると道具屋冥利に尽きるね」
本命の道具以外を気に入られ、何となく複雑な心境ではあったものの。
当人が満足ならそれでいいと考え、霖之助は釣り竿をプレゼント用にと梱包する。
「じゃあお土産を貰ったら、お裾分けに来ますよ」
「いいのかい? きっと豪華なんだろうね」
「ふふ、それはもう。期待していてくださいね」
狐の結婚式というものがまったく想像付かないのだが。
それは藍の土産話に期待することにして、霖之助はラッピングされた堤を藍へと手渡した。
「しかしそういう準備をしている間というのが、本人達は一番楽しいのかもしれないね」
「そうですね。祭りの準備とか前日というのは、やはり心が躍りますし」
祭りの準備というのは、開催者も参加者も楽しいものだ。
直接的ではないにしろ霖之助もこうやって関わっているわけで、その気持ちは十分に理解することが出来た。
「ところで店主さんは結婚式に参加されたことはありますか?」
「呼ばれたことなら何度かあるが、さすがに自分が当事者になったことはないな。君はどうだい?」
「似たようなものですよ。まさか、結婚してると思ってました?」
「さて、どうかな」
霖之助の言葉に、藍はひどいです、と唇を尖らせる。
「すまない、冗談だ」
「……しょうがないですね、許します」
その仕草が意外と可愛らしく見え、霖之助は素直に謝ることにした。
「でもこうしてみると、結婚も悪くないものと思いますよ」
「ああ、そうだね」
霖之助の記憶の中、結婚式で一番記憶に残っているのは、霧雨の親父さんのものだ。盛大に行われたそれを思い返し、彼は懐かしさに目を細める。
……いつか、霧雨のお嬢様もまた同じ道を辿るのだろうか。そしてそれを、霖之助はどんな顔で送り出すのだろう。
ふとそんなことを考えると、知らずえも言われぬ感情が胸にこみ上げてくる。
「何かありましたか?」
「……いいや、少し考え事をしていてね」
そんな思考を知ってか知らずか、藍はひとつ首を傾げた。
「では店主さんは、どんな引出物を用意するのでしょう」
「さて、考えたこともなかったな」
少なくとも写真入りの絵皿ではないはずだ。しかしながら、実用一辺倒の道具というのも面白みに欠ける気がする。
「まあ、まずは相手あってのことだしね。好みもあるだろうし」
「それもそうですが」
「そんな君はどんな用意をするつもりなんだい?」
「そうですねぇ……」
うーん、と彼女は眉根を寄せる。だが考えてはみたものの、しっくりくるイメージがなかったらしい。
悩み顔の藍は、霖之助の顔を見てぱっと顔を輝かせる。
「もしよろしければ」
「うん?」
藍は霖之助に身を寄せ、にっこりと笑みを浮かべた。
「一緒に引出物を考えるのも、面白いかもしれませんね」
「一緒に、かい?」
「ええ、一緒に」
じっと見つめ合う二人。
彼女の瞳は、面白がってはいるが……決して嘘や冗談のたぐいではないと物語っていた。。
霖之助はその意味を、じっくりと考えつつ。
「あるいはそれも悪くない、かな」
そんな風に答えて、笑うのだった。
天気の良かった冬の寒空に。
いつしか雨が、降り始めていた。
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No title
藍と霖之助のゆったりとした空気、素敵です。
傾国の美女こと狐妖怪には、やはり一国一城の主がお似合いですよね!
自分たちの引き出物には香霖堂商品を推す霖之助と、やんわり断りそうな藍が浮かびます。
傾国の美女こと狐妖怪には、やはり一国一城の主がお似合いですよね!
自分たちの引き出物には香霖堂商品を推す霖之助と、やんわり断りそうな藍が浮かびます。
本命の贈り物は一体どんなものだったのやら?
もし藍しゃまと結婚することになったら冬眠から目覚めた時の紫さまの反応が楽しみで仕方ないですなwww
もし藍しゃまと結婚することになったら冬眠から目覚めた時の紫さまの反応が楽しみで仕方ないですなwww
No title
泣く子と地頭には勝てぬ!つまり藍が泣きながら回収すれば霖之助さんは簡単に折れるんだよ!(錯乱)
霖之助さん分かっている・・・んだよね?多分。
鈍ければただの店主と客の関係・・・。
霖之助さん分かっている・・・んだよね?多分。
鈍ければただの店主と客の関係・・・。
No title
次は藍さまと霖之助さんの挙式ですね。
それを祝福しながらも引きつった表情の妹分二人とゆかr(ドカッバキッグシャッピチューン
それを祝福しながらも引きつった表情の妹分二人とゆかr(ドカッバキッグシャッピチューン