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春夏冬二升五合

何となく好きな言葉なので。
合同誌の題目に使ったアレだったりします。


霖之助 咲夜









「何をしているんだい、君は」


 店を出て、最初に目についたメイド服の彼女に霖之助は首を傾げる。

 気配を感じて顔を出してみたところ、いつからいたのか咲夜はなにやら考え込んでいるようだった。
 ずっといたようにも見えるし、今来たようにも見える。

 ……だがどのみち時間など、彼女の前では意味のないことかもしれない。


「おはようございます。いい天気ですね」
「ああ、おはよう。君にはこれがいい天気に見えるのかい?」
「それはもちろん。お嬢様は太陽の光がお嫌いですから」
「なるほどね。実に君らしい言葉だ」
「どうせ昼間はほとんど眠ってらっしゃるので、あんまり関係はないんですけど」
「……そうかい」


 とぼけた挨拶を交わしながら、霖之助は空を見上げた。
 もうすぐ梅雨入りという季節のせいか、頭上はどんよりとした雲に覆われていた。
 ……彼女にとってはいい天気、らしいが。

 気を取り直して何をしていたのかと視線で問うと、咲夜は微笑みを浮かべ、霖之助に向き直る。


「ずいぶん変わった表札を下げてるんですね。それともいつの間にか店名を変えたんですか?」
「別にそれは表札として掲げているわけではないよ。それに香霖堂の看板ならずっとここにあるだろう」
「言われてみれば、確かにそうですね。どうも漢字には疎いもので」


 咲夜は入り口の上にある看板を見上げ、それからドアに付いている板に視線を移した。
 彼女が見てるのは、ドアノブのところに引っかけるようにくっついている小看板だ。
 春夏冬中、と書いてある。
 サイズは似たようなものだが、表札と見間違うのは無理があるだろう。

 と、咲夜はなにやら思いついたようにぽんと手を合わせ、ひとつ頷いてみせる。


「わかりました。あれですね、幼虫に生えるという草っぽいやつ。パチュリー様がたまに集めてますし」
「それは冬虫夏草のことじゃないかな。それとこれとは全然違うよ」


 春夏冬中と冬虫夏草。
 春はどこに行き、草はどこから来たのだろうか。


「ちょっと捻ってはあるが、意味は見ての通りだよ」
「……ああ、なるほど」


 再び彼女は頷いた。
 今度は何故か感心したような瞳で、霖之助に熱い視線を送ってくる。


「つまり霖之助さんは新たな異変を起こす気満々ってことですか」
「ちょっと待ってくれ、どうしてそうなるんだい」
「え? だって夏と冬を延ばして秋をなかったことにするっていう決意表明じゃないんですか? ほら、冬を長く延ばすの流行ってましたし」
「流行ってない。というか、それは君が解決したんだろう」
「そう言えばそうでした」


 私が解決しようと思ってましたのに、という彼女のぼやきを、聞かなかったことにしつつ。


「じゃあ秋姉妹に対する宣戦布告とか……」
「そんな剣呑な意味じゃないよ」


 この少女はどこまで本気なのだろう。
 霖之助はそんなことを考えながら、答え合わせをしようと口を開いたところで……ふと考え直した。


「これは判じ物と言ってね。言葉遊びみたいなものなんだが……立ち話もなんだし、店内にどうだい? お茶くらいは出すよ」
「あら、珍しいですね。霖之助さんがそんなことを言うなんて」
「もちろん客であるならそれが一番望ましいがね」


 なんとなく興が乗ってしまったので、彼女を店内に誘ってみる。
 確かに咲夜の言うとおり、珍しいとは思う。

 いつもだったら、長居は無用だよ、くらいは言っているところだろう。


「ご安心ください、今日はパチュリー様のお使いですわ」
「それはよかった。じゃあお茶のグレードも上げておかないとね」
「期待してます」


 可笑しそうに笑う咲夜は、ふわりとスカートを広げ優雅に一礼して見せた。







 店内に入ると、カウンターの上に数冊の本が並んでいた。
 もちろん霖之助が読んでいたものでも、用意したものではない。

 肩を竦め、咲夜を見る。またいつもの手品だろう。
 一瞬の間に目当てのものを見繕ったらしい。


「せっかくですので、先に買い物を済ませておきますわ。その方がゆっくりお話し出来ますし」
「お茶とお茶請けの要求にも気を遣わないし、かい?」
「そうとも言いますね」


 パチュリーのお使いと言っていたのは、このことらしい。
 どうやら聖徳太子について書かれた外の書物をご所望のようだった。

 いつか事を構えることを想定してか、情報収集をしているのだろう。
 確かに最近は彼女関連の書物がたくさん流れ着くようになっていた。


「いつもこうだと面倒がなくていいんだけどね」
「それだとまるで私がいつも無理難題を持ってきているようですわ」
「ノーコメントにしておくよ」


 そんなやりとりをしながら彼女の希望通り手早く会計を済ませ、二人分のお茶と茶請けを用意する。
 いつもより少し高級なそれで舌を湿らし、霖之助は改めて咲夜と向かい合った。


「さて表にあった文字だが、春と夏と冬、これは春夏秋冬から秋を抜いた物になる」
「そうですね。秋がありませんわ」
「だから読み方もその通り、『あきない』になるのさ。つまり商いと同じ意味で、中をつければ『あきないちゅう』だね」
「……え? ああ、なるほど」


 紙に春夏秋冬と書き、秋の時に大きくバツをつけてみせると、ようやく納得がいったように咲夜は頷いた。
 霖之助はその様子を眺め、それから表の看板を指さし、言葉を続ける。


「つまりこの札がかかってるってことは営業時間内ってことだよ」
「そういうことですか。今まで気にしたことがありませんでしたけど、見慣れない札がかかってたものですから」
「その意味では、置いた意味があったかな」


 ……どうせ次から見なかったことにするのだろうけど。
 そんな悲しい予感を胸に抱きつつ、霖之助は肩を竦めた。


「付け加えると、さっきの言葉にはこう続く場合もあるよ」


 ペンを手に取り、先ほどの紙に二升五合と書き足す。
 咲夜はその文字を覗き込むと、首を傾げてみせる。


「にしょうごごう、ですか?」
「普通に読んだらそうなるね。でもこれは同じく言葉遊びなんだ」


 言いながら、霖之助は四角い箱……升の絵を描き、それに目盛りを加えていく。
 そして十合=一升と書いたところで、咲夜に視線を向けた。


「さて、これでわかりやすいかな? 最初の文字は『ます』、それがふたつで『ますます』と読む。
 次の五合は一升の半分だから、半升……つまり『はんじょう』となるんだよ」
「ははぁ。面白いけど意地悪ですね。いかにも霖之助さんが好きそうな言葉です」
「どう言う意味だい、それは」
「もちろん褒めてるんですよ」


 春夏冬二升五合と書かれた文字を眺め、咲夜は感心したような、呆れたような表情を浮かべていた。
 そして『あきないますますはんじょう』と口に出し、なにやら頷いている。


「別に僕に限ったことではないよ。ちょっと前に商人の間で流行ったことがあったのさ。
 僕もそこで教わったんだ。昔は人里にもこんな店があったんだけどね」


 霖之助はメモ用紙を一枚めくると、そこに十三、そして店と書いた。
 咲夜はきょとんとした表情を浮かべていたが、やがて何か思い出したように声を上げる。


「あ、これは見たことある気がします。確か値札と一緒に書かれてたような……ええと、櫛でしたっけ」
「その通り。九に四を足して十三ってことさ」
「ええ、それで目を引いたんですよ。変わったセールスだなと思ったんですけど」
「そうやって目立つってことは、効果があるって証拠だよ」
「確かに言われてみればそうですね。買いませんでしたけど」
「……まあ、引きつけたあとどうするかはまた別問題だからね」


 肩を竦め、苦笑を漏らす霖之助。
 広告は大事だが、それだけで売れるほど商売は甘くないのだ。
 ……と、昔親父さんに言われたことを思いだした。


「こういう意味を持たせるやつは、人の名前とかにも使われているんだよ。
 小鳥が遊ぶと書いて『たかなし』とか、綿を抜く時期ということで四月一日と書いて『わたぬき』とか」
「なるほど、いろいろ考えられてるんですねぇ」


 楽しそうに頷く咲夜に、霖之助はふと視線を向ける。


「君の名前だってそうじゃないのかい?」
「私ですか? どうなんでしょう。お嬢様につけていただいた名前ですから」
「十六夜咲夜、月にちなんだ深い意味が込められているのかと思ってたんだが」
「では今度お嬢様に聞いておきますよ」
「君は知らないのかい?」
「お嬢様の真意は海より深いのですわ」


 澄まし顔で咲夜は答える。
 しかしあの吸血鬼がそこまで深いことを考えているかは疑問が残るところなので、今度本人に聞いてみることにした。
 咲夜に任せていても、ちゃんとした答えが返ってくるか怪しいところであるし。


「霖之助さんの名前も色々と意味が込められてそうですね。森の近くだからとか」
「さあね、それは企業秘密だよ」


 お返しとばかりに咲夜に問われ、霖之助は首を振る。
 霖之助の名前と言えば、霊夢や魔理沙もなにやら持論で解釈していたようだ。
 確かにちゃんとした意味を教えてみたことはなかったように思う。


「しかし困りました」
「ふむ、どう困るんだい?」


 物思いに耽りかけた矢先、咲夜の言葉で我に返る。


「いえ、名字と名前に繋げて意味があった場合なんですけど」


 彼女はメモ帳とペンを霖之助から受け取ると、そこに十六夜咲夜と書き出した。
 それからその隣に、森近と並べてみせる。


「名字を変えたくなった場合、どうしたらいいんでしょうね」


 楽しそうな、それていて悪戯っぽい笑みが霖之助を捉えていた。
 そんな彼女に、霖之助は言葉を詰まらせ。


「最近は、夫婦別姓ってのも流行ってるみたいだよ」


 少しだけ照れた顔で、そう返すのだった。

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非公開コメント

天然かつ攻める時は攻める咲夜さんが可愛すぎて。

森近咲夜でも語呂が良くて良いと思います!!
二升五合な合同紙も売り切れないうちに買いに行かなくては!

秋姉妹「徹底抗戦も辞さない」

森近咲夜、十六夜霖之助
果たしてどちらになるのでしょうか
私的にはどちらになっても
オイシイことに違いはありませんが

それにしても…秋姉妹ェ……

自分も『春夏冬中』を初めて見た時は秋姉妹disっているのかと本気で思ってしまいましたよwww
・・・漢字に疎いことを理由に霖之助との個人レッスンにかこつけるんですよね分かります(笑)

No title

珍しく好意的な店主さんに萌えました。
上客も咲夜さんマジ役得やでぇ…

…秋姉妹が何か言いたそうに見ていますが、どうしましょ?

No title

『面白いけど意地悪ですね。いかにも霖之助さんが好きそうな言葉です』
つまり自分はそこまであなたのことを理解してますよってことなんですね!

春夏冬中・・・最初はなんて読むか分からず中学校名かと←ただの馬鹿
にしても秋ないか・・・おや?どこからか農民の声がするな。しかたない、ちょっと話してくるか。

はじめまして

はじめまして。初投稿します。河崎と申します。よろしくお願いします。

…霖之助さんが今回まともに商売をしようと画策してる、だと!?
うろ覚えですが、商人の言葉遊びのひとつに、確か、商人の絵をひっくり返して(上下反転で)足に鋲か何かで留めて”足どめ”を意味するものもあるとか。
きっと霖之助も次はそうするんだろうなあ(やる気があるかどうかは別として多分知っているでしょうから)……今度は足を留めてもらうだけでなくて、少女に自分の思いを気に留めてもらうために?

変なコメントになってしまいましたが、道草先生の作品はどの作品もGJです!
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フラグを立てる話がメインなのでお気を付けください。
同好の士は大ウェルカムだよね。
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