登山日和
pixivで鬼天狗さんの椛霖を見かけて思わず。
きっと椛の尻尾は振りっぱなしですね。
霖之助 椛
冬の息吹が風となり、霖之助の頬をふわりと撫でる。
標高が高いことも相まって気温は低いものの、息が白くなるほどではない。
雲は少なくよく晴れており、むしろ過ごしやすい塩梅だと言えた。
「今日みたいな日を、絶好の登山日和と呼ぶんだろうね」
「はあ」
得意げな顔で頷く霖之助。その隣を歩きつつ、白狼の少女……椛は戸惑った表情を浮かべた。
それから少し考え、ひとつ首を傾げる。
「霖之助さん、ひょっとして何か悪いものでも食べましたか?」
「それじゃまるで僕が変みたいじゃないか」
「変です、すごく」
「変かい?」
「はい」
きっぱりと言い切る椛の声に、霖之助は少しだけ肩を落とした。
二人が歩くのは、妖怪の山の登山道。
道と言っても通る者がいないそれはほとんど整備されておらず、単に足場の悪い獣道が延々と続いているだけにも見受けられる。
椛はそんな山を見渡して、改めて彼に視線を戻した。
「あの霖之助さんが、守矢神社に参拝したいから通らせてくれなんて……一瞬異変かと思っちゃいましたよ」
「僕が外出するのがそんなに珍しいかな。結構仕入れとかで出歩いてはいるんだけど」
「逆に言えば、休みの日以外はお店にいるわけでしょう?」
「まあ、そうなるね」
従業員が何人もいる霧雨店ならともかく、店主ひとりで経営している香霖堂では店主不在と店の休業日がイコールで結ばれてしまう。
つまり霖之助が出歩かないのはすなわち営業日が多く、商売に対する熱意が現れているということなのだが……なかなかそこのところをわかってくれる相手は少ないようだ。
……昔慧音に同じことを言ったら、思い切り呆れた顔をされたのだが。
「君達が仕事柄山から離れないのと同じように、僕も仕事上店から出るわけにはいかないのさ」
「……それを一緒にしていいんでしょうか」
「似たようなものさ。多分だけどね」
その言葉に、椛もまた困ったような表情を浮かべていた。
霖之助はひらひらと手を振りつつ、山道を見上げる。
部外者立ち入り禁止の、妖怪の山。
しかし一度何らかの用事で入山したことがあり、ちゃんとした手続きを踏めば足を踏み入れるのはそう難しくない。
……ただし天狗の監視付きだったり、明確な行き先が必要だったりと色々条件があるのだが。
隣を歩いている椛も、監視役で駆り出されたというわけだ。
霖之助は飛べないので、徒歩の行程に付き合ってくれているのである。
自分よりも白い髪を持つ少女を横目で眺めながら、霖之助は安堵の吐息を吐き出した。
「それにしても、監視役に君が来てくれてよかったよ」
「わふ。そ、そうですか?」
「ああ、もちろん」
椛は驚き、その拍子にぴょこんと犬耳が跳ねた。
霖之助はその様子を微笑ましく眺めながら、言葉を続ける。
「他の天狗だったら、歩いてる間に酒樽が出てきそうだからね。その点君は無茶もしないから、助かってるよ」
「……もしかして、よかったってそういう……」
「ん、何か言ったかい?」
「いーえ。なんでもないです」
なにやら少しだけ不機嫌になってしまったらしく、椛は唇を尖らせた。
しかしすぐに気を取り直したようで、ちょこちょこと霖之助に駆け寄り、彼を見上げて胸を張る。
「でも霖之助さん。今日は私が勤務時間だったからよかったものの、もし非番だったら大変でしたよ。それこそお酒に溺れてたかもしれません」
「考えたくはないが、可能性はあるね」
「だから次来る時は、事前に私に言ってくれればおつきあいしますよ。話も通しやすいですし」
「なるほど、それもそうか。わかった、次からは予約することにしよう」
「絶対ですよ。約束ですからね」
確かに彼女の言うとおり、警備をするのは白狼天狗なわけだし、確かに同じ白狼天狗から話して貰えばこれほど心強いことはない。
そして椛は霖之助の小指と自分の小指を繋ぎ、楽しそうにぶんぶんと振った。ついでに尻尾も。
「けど、守矢神社に何しに行かれるんですか? 特に今日は神事があるわけではなかったと思いますが」
「何って、申請通りだよ。神社に参拝するのは当たり前のことだろう」
「当たり前……ですか?」
ひとしきり振り終わると、椛はきょとんとした顔を浮かべた。
神がそこら中にいる幻想郷において、神社そのものに対する信仰は薄いため当然の反応とも言える。
……霖之助自身、自分で言っててあり得ないと思っているのだが。
退屈しのぎに、もう少し誤魔化してみることにした。
「ああ、当たり前だとも。その顔は信じてないね」
「はい。私もわりと長く生きてますけど、そんな話は聞いたことありませんし」
「ふむ。だったら神社の宴会に招かれた、とかはどうかな」
「天狗の宴会にも来てくれないのに、ですか?」
「……前の誘いを断ったのは悪かったと思ってるよ」
どうやらいらないところをつついてしまったらしい。
霖之助は椛のジト目を避けながら、苦笑交じりに口を開いた。
それから降参とばかりに両手を挙げ、理由を話すことする。
「実は山の神が倉庫の整理をしたいらしくてね。手伝いに来ないかと誘われていたのさ」
「掃除するのに、わざわざ?」
「ああ。しかもただの倉庫じゃなく、外の世界の道具がたくさん詰まったまさに宝の山だからね。
使えそうなやつはくれるという話だから、こうして山登りをしているというわけだよ。
やはりこういうのは直に自分の目で見て選びたいからね。動かない道具でも、動力をこちらの技術でまかなえるものがあるかもしれないし」
「なるほど……霖之助さんらしいというか、なんというか」
ようやく納得してくれたらしい。
会話も一段落したところで、それにしてもと霖之助はため息をついた。
「……しかしこの勾配をただ歩くというのも、しんどいものだね」
「もうバテたんですか?」
椛は驚いたような顔で、霖之助を見つめた。
そしてその驚きは、すぐに呆れのそれへと変わっていく。
さすが天狗といったところか、彼女は息切れひとつしていないようだ。
「さっき絶好の登山日和だって言ってたじゃないですか」
「さっきはさっき、今は今だよ。時は常に移ろうものさ」
「自信たっぷりに言うセリフじゃないですよ、それ」
苦笑する椛に肩を竦め、霖之助は視線を逸らす。
眼下には遙かな大瀑布が広がっていた。
ここまで徒歩で登ってきただけでも賞賛してもらいたいものである。
……まあ、椛も徒歩で登ってきているのだが。
霖之助も無縁塚に行ったり配達などで動いてはいるのだが、彼女たちは鍛え方が違うようだ。
「なんなら私が抱えて飛びましょうか?」
「ありがたい話だが、遠慮しておくよ。監視役にそこまでさせるわけもいかないし……それに」
「それに?」
「鴉天狗にでも見つかったら大事になりそうだ。君も明日の朝刊を飾りたくはないだろう?」
彼女の申し出を丁重に断りながら、霖之助は記憶にある道筋を辿っていった。
今のところ行程の7割と言ったところか。
「でも守矢神社が山の中腹にあってよかったよ。これが頂上だったりしたら登ろうと思うことすらなかっただろう」
「そんなあ。何事もチャレンジですよ、霖之助さん」
「善処はしたいところだが……さすがにね」
「まあ確かに、歩いて登ろうって人は滅多にいませんね。人間の参拝客も里に設置した分社がほとんどでしょうし」
「まったく、神社ならもう少し参拝客に対する配慮があってしかるべきだと僕は思うね」
「本人に言ってください、そう言うことは。人じゃないですけど」
「機会があればそうするよ」
そういえばいつか見た鴉天狗の新聞で、ゴンドラを使って参拝客を運ぶという計画があったと書いてあった気がするのだが、色々と問題があって実現はされてないようだ。
妖怪の山も一枚岩ではないということだろう。
そんなことを話していると、ようやく守矢神社が見えてきた。
まるで肩の荷が下りたような感覚に、思わず胸を撫で下ろす。
……実際はまだ始まってもいないのだが。
「やっと目的地に到着かな」
「お疲れ様です、霖之助さん」
「ありがとう、椛。君と話せて気が紛れたよ。ひとりだったら引き返していたかもしれない」
「もう、それじゃ倉庫の片付けが出来ませんよ」
冗談めかしてそう言いながら、霖之助は椛の頭に手を置いた。
そのまま軽く撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細める。
そして彼女の白髪から手を離し、守矢神社へ向かおうとした矢先。
「……うん?」
「あ……」
霖之助は袖に違和感を覚え、くるりと振り向いた。
「椛、どうかしたのかい?」
「ごめんなさい」
無意識だったのか、彼女はぱっと掴んでいた袖を離す。
それから少し慌てたように、早口で付け加えた。
「えっと、霖之助さんは帰りはどうされるんですか?」
「ん、特に考えてはいなかったんだが……」
空を見上げる。
わりと早くから出てきたつもりだったが、時刻は昼を少し回ったくらいだろうか。
こんなに苦労して登ってきたというのに、帰りのことを考えると軽くめまいのする思いだ。
「長く居座るのもなんだし、出来るだけ早めに帰ろうとは思ってるんだがね。
それに神の宴会なんてのに参加させられたら、色々と面倒なことになりそうだ」
「あの、でしたら私が迎えに行きましょうか?」
「いいのかい? 何時になるかわからないけど」
「はい、どうせ暇ですし……それに帰りも誰か付き添いが必要でしょうから」
確かに、ひとりでふらふらして侵入者と見なされてはたまったものではない。
守矢の神に頼んだら、柱に乗せられて流されそうでもあるし。
「それに私なら千里眼もありますし、合図していただければすぐに参上しますよ」
「それもそうか。じゃあお願いしようかな」
「お任せください!」
椛の提案を受け、霖之助は笑みを浮かべた。
先約があると言えば宴会の回避も出来るに違いない。
何よりせっかく外の世界の道具を知るチャンスなのだから、記憶をなくさず帰りたいと霖之助は考えていた。
正直、前後不覚になるまで飲まされる天狗の宴会はこりごりなのである。
「君と一緒なら、夜道も安心かな」
「なんでしたら、お店まで護衛しましょうか?」
「そうかい? じゃあ時間によってはお願いするかもしれないね」
「はい。いつでも歓迎です」
頷く椛に、ふと霖之助は思い出した。
先日仙人に聞いた、ある動物の話。
「そういえば、里の人々を妖怪から守る送り犬ってのが最近人気らしいけど」
「もう、私は犬じゃなくて狼ですよ!」
「わかってる、冗談だよ」
腰に手を当て怒る椛を宥めつつ。
霖之助は今度こそ、神社に向かって歩き出す。
「ではまた頼むよ、椛」
「はい、お待ちしております」
手を振る椛に見送られ。
霖之助はまだ見ぬ道具へと、期待を高まらせるのであった。
後日。
香霖堂の店主が椛のことを「彼女は正しく送り狼だったよ」と称しており。
またそのことが鴉天狗の新聞に掲載され、一騒動を巻き起こすのだった。
きっと椛の尻尾は振りっぱなしですね。
霖之助 椛
冬の息吹が風となり、霖之助の頬をふわりと撫でる。
標高が高いことも相まって気温は低いものの、息が白くなるほどではない。
雲は少なくよく晴れており、むしろ過ごしやすい塩梅だと言えた。
「今日みたいな日を、絶好の登山日和と呼ぶんだろうね」
「はあ」
得意げな顔で頷く霖之助。その隣を歩きつつ、白狼の少女……椛は戸惑った表情を浮かべた。
それから少し考え、ひとつ首を傾げる。
「霖之助さん、ひょっとして何か悪いものでも食べましたか?」
「それじゃまるで僕が変みたいじゃないか」
「変です、すごく」
「変かい?」
「はい」
きっぱりと言い切る椛の声に、霖之助は少しだけ肩を落とした。
二人が歩くのは、妖怪の山の登山道。
道と言っても通る者がいないそれはほとんど整備されておらず、単に足場の悪い獣道が延々と続いているだけにも見受けられる。
椛はそんな山を見渡して、改めて彼に視線を戻した。
「あの霖之助さんが、守矢神社に参拝したいから通らせてくれなんて……一瞬異変かと思っちゃいましたよ」
「僕が外出するのがそんなに珍しいかな。結構仕入れとかで出歩いてはいるんだけど」
「逆に言えば、休みの日以外はお店にいるわけでしょう?」
「まあ、そうなるね」
従業員が何人もいる霧雨店ならともかく、店主ひとりで経営している香霖堂では店主不在と店の休業日がイコールで結ばれてしまう。
つまり霖之助が出歩かないのはすなわち営業日が多く、商売に対する熱意が現れているということなのだが……なかなかそこのところをわかってくれる相手は少ないようだ。
……昔慧音に同じことを言ったら、思い切り呆れた顔をされたのだが。
「君達が仕事柄山から離れないのと同じように、僕も仕事上店から出るわけにはいかないのさ」
「……それを一緒にしていいんでしょうか」
「似たようなものさ。多分だけどね」
その言葉に、椛もまた困ったような表情を浮かべていた。
霖之助はひらひらと手を振りつつ、山道を見上げる。
部外者立ち入り禁止の、妖怪の山。
しかし一度何らかの用事で入山したことがあり、ちゃんとした手続きを踏めば足を踏み入れるのはそう難しくない。
……ただし天狗の監視付きだったり、明確な行き先が必要だったりと色々条件があるのだが。
隣を歩いている椛も、監視役で駆り出されたというわけだ。
霖之助は飛べないので、徒歩の行程に付き合ってくれているのである。
自分よりも白い髪を持つ少女を横目で眺めながら、霖之助は安堵の吐息を吐き出した。
「それにしても、監視役に君が来てくれてよかったよ」
「わふ。そ、そうですか?」
「ああ、もちろん」
椛は驚き、その拍子にぴょこんと犬耳が跳ねた。
霖之助はその様子を微笑ましく眺めながら、言葉を続ける。
「他の天狗だったら、歩いてる間に酒樽が出てきそうだからね。その点君は無茶もしないから、助かってるよ」
「……もしかして、よかったってそういう……」
「ん、何か言ったかい?」
「いーえ。なんでもないです」
なにやら少しだけ不機嫌になってしまったらしく、椛は唇を尖らせた。
しかしすぐに気を取り直したようで、ちょこちょこと霖之助に駆け寄り、彼を見上げて胸を張る。
「でも霖之助さん。今日は私が勤務時間だったからよかったものの、もし非番だったら大変でしたよ。それこそお酒に溺れてたかもしれません」
「考えたくはないが、可能性はあるね」
「だから次来る時は、事前に私に言ってくれればおつきあいしますよ。話も通しやすいですし」
「なるほど、それもそうか。わかった、次からは予約することにしよう」
「絶対ですよ。約束ですからね」
確かに彼女の言うとおり、警備をするのは白狼天狗なわけだし、確かに同じ白狼天狗から話して貰えばこれほど心強いことはない。
そして椛は霖之助の小指と自分の小指を繋ぎ、楽しそうにぶんぶんと振った。ついでに尻尾も。
「けど、守矢神社に何しに行かれるんですか? 特に今日は神事があるわけではなかったと思いますが」
「何って、申請通りだよ。神社に参拝するのは当たり前のことだろう」
「当たり前……ですか?」
ひとしきり振り終わると、椛はきょとんとした顔を浮かべた。
神がそこら中にいる幻想郷において、神社そのものに対する信仰は薄いため当然の反応とも言える。
……霖之助自身、自分で言っててあり得ないと思っているのだが。
退屈しのぎに、もう少し誤魔化してみることにした。
「ああ、当たり前だとも。その顔は信じてないね」
「はい。私もわりと長く生きてますけど、そんな話は聞いたことありませんし」
「ふむ。だったら神社の宴会に招かれた、とかはどうかな」
「天狗の宴会にも来てくれないのに、ですか?」
「……前の誘いを断ったのは悪かったと思ってるよ」
どうやらいらないところをつついてしまったらしい。
霖之助は椛のジト目を避けながら、苦笑交じりに口を開いた。
それから降参とばかりに両手を挙げ、理由を話すことする。
「実は山の神が倉庫の整理をしたいらしくてね。手伝いに来ないかと誘われていたのさ」
「掃除するのに、わざわざ?」
「ああ。しかもただの倉庫じゃなく、外の世界の道具がたくさん詰まったまさに宝の山だからね。
使えそうなやつはくれるという話だから、こうして山登りをしているというわけだよ。
やはりこういうのは直に自分の目で見て選びたいからね。動かない道具でも、動力をこちらの技術でまかなえるものがあるかもしれないし」
「なるほど……霖之助さんらしいというか、なんというか」
ようやく納得してくれたらしい。
会話も一段落したところで、それにしてもと霖之助はため息をついた。
「……しかしこの勾配をただ歩くというのも、しんどいものだね」
「もうバテたんですか?」
椛は驚いたような顔で、霖之助を見つめた。
そしてその驚きは、すぐに呆れのそれへと変わっていく。
さすが天狗といったところか、彼女は息切れひとつしていないようだ。
「さっき絶好の登山日和だって言ってたじゃないですか」
「さっきはさっき、今は今だよ。時は常に移ろうものさ」
「自信たっぷりに言うセリフじゃないですよ、それ」
苦笑する椛に肩を竦め、霖之助は視線を逸らす。
眼下には遙かな大瀑布が広がっていた。
ここまで徒歩で登ってきただけでも賞賛してもらいたいものである。
……まあ、椛も徒歩で登ってきているのだが。
霖之助も無縁塚に行ったり配達などで動いてはいるのだが、彼女たちは鍛え方が違うようだ。
「なんなら私が抱えて飛びましょうか?」
「ありがたい話だが、遠慮しておくよ。監視役にそこまでさせるわけもいかないし……それに」
「それに?」
「鴉天狗にでも見つかったら大事になりそうだ。君も明日の朝刊を飾りたくはないだろう?」
彼女の申し出を丁重に断りながら、霖之助は記憶にある道筋を辿っていった。
今のところ行程の7割と言ったところか。
「でも守矢神社が山の中腹にあってよかったよ。これが頂上だったりしたら登ろうと思うことすらなかっただろう」
「そんなあ。何事もチャレンジですよ、霖之助さん」
「善処はしたいところだが……さすがにね」
「まあ確かに、歩いて登ろうって人は滅多にいませんね。人間の参拝客も里に設置した分社がほとんどでしょうし」
「まったく、神社ならもう少し参拝客に対する配慮があってしかるべきだと僕は思うね」
「本人に言ってください、そう言うことは。人じゃないですけど」
「機会があればそうするよ」
そういえばいつか見た鴉天狗の新聞で、ゴンドラを使って参拝客を運ぶという計画があったと書いてあった気がするのだが、色々と問題があって実現はされてないようだ。
妖怪の山も一枚岩ではないということだろう。
そんなことを話していると、ようやく守矢神社が見えてきた。
まるで肩の荷が下りたような感覚に、思わず胸を撫で下ろす。
……実際はまだ始まってもいないのだが。
「やっと目的地に到着かな」
「お疲れ様です、霖之助さん」
「ありがとう、椛。君と話せて気が紛れたよ。ひとりだったら引き返していたかもしれない」
「もう、それじゃ倉庫の片付けが出来ませんよ」
冗談めかしてそう言いながら、霖之助は椛の頭に手を置いた。
そのまま軽く撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細める。
そして彼女の白髪から手を離し、守矢神社へ向かおうとした矢先。
「……うん?」
「あ……」
霖之助は袖に違和感を覚え、くるりと振り向いた。
「椛、どうかしたのかい?」
「ごめんなさい」
無意識だったのか、彼女はぱっと掴んでいた袖を離す。
それから少し慌てたように、早口で付け加えた。
「えっと、霖之助さんは帰りはどうされるんですか?」
「ん、特に考えてはいなかったんだが……」
空を見上げる。
わりと早くから出てきたつもりだったが、時刻は昼を少し回ったくらいだろうか。
こんなに苦労して登ってきたというのに、帰りのことを考えると軽くめまいのする思いだ。
「長く居座るのもなんだし、出来るだけ早めに帰ろうとは思ってるんだがね。
それに神の宴会なんてのに参加させられたら、色々と面倒なことになりそうだ」
「あの、でしたら私が迎えに行きましょうか?」
「いいのかい? 何時になるかわからないけど」
「はい、どうせ暇ですし……それに帰りも誰か付き添いが必要でしょうから」
確かに、ひとりでふらふらして侵入者と見なされてはたまったものではない。
守矢の神に頼んだら、柱に乗せられて流されそうでもあるし。
「それに私なら千里眼もありますし、合図していただければすぐに参上しますよ」
「それもそうか。じゃあお願いしようかな」
「お任せください!」
椛の提案を受け、霖之助は笑みを浮かべた。
先約があると言えば宴会の回避も出来るに違いない。
何よりせっかく外の世界の道具を知るチャンスなのだから、記憶をなくさず帰りたいと霖之助は考えていた。
正直、前後不覚になるまで飲まされる天狗の宴会はこりごりなのである。
「君と一緒なら、夜道も安心かな」
「なんでしたら、お店まで護衛しましょうか?」
「そうかい? じゃあ時間によってはお願いするかもしれないね」
「はい。いつでも歓迎です」
頷く椛に、ふと霖之助は思い出した。
先日仙人に聞いた、ある動物の話。
「そういえば、里の人々を妖怪から守る送り犬ってのが最近人気らしいけど」
「もう、私は犬じゃなくて狼ですよ!」
「わかってる、冗談だよ」
腰に手を当て怒る椛を宥めつつ。
霖之助は今度こそ、神社に向かって歩き出す。
「ではまた頼むよ、椛」
「はい、お待ちしております」
手を振る椛に見送られ。
霖之助はまだ見ぬ道具へと、期待を高まらせるのであった。
後日。
香霖堂の店主が椛のことを「彼女は正しく送り狼だったよ」と称しており。
またそのことが鴉天狗の新聞に掲載され、一騒動を巻き起こすのだった。
コメントの投稿
No title
無意識に袖に手を伸ばす子はほんとうにたまらんですなぁ!
ところで忠犬、もとい送り狼のひと騒動が気になりますわ!
ところで忠犬、もとい送り狼のひと騒動が気になりますわ!
No title
千里眼で見る事が出来るってそれ、山の外でも……
いや、よそう、勝手n(血で汚れていてこの先は読めない
いや、よそう、勝手n(血で汚れていてこの先は読めない
なんという忠犬…いや狼。
無意識に袖つかんじゃったり、自分から帰りの約束取り付けたり、もう可愛すぎます。
ずっとしっぽの動き見てたくなりましたわ。
無意識に袖つかんじゃったり、自分から帰りの約束取り付けたり、もう可愛すぎます。
ずっとしっぽの動き見てたくなりましたわ。
No title
霖之助「彼女は正しく送り狼だったよ(見送り的な意味で。我ながら今上手いこと言ったな、僕)」
文「送り狼(一般常識的な意味で)ですと……!? も、椛ぃぃ(ギリリ」
こんなやり取りがあったに違いない。
訓練された読者である俺は霖之助が何を言っても信用しないからな。アイツのことだから絶対つまらない冗談を混ぜてそんなこと言うに違いない。
霖之助が本当の意味で椛狩りしちゃうなんてそんなことある筈がないですよ、道草さん!
文「送り狼(一般常識的な意味で)ですと……!? も、椛ぃぃ(ギリリ」
こんなやり取りがあったに違いない。
訓練された読者である俺は霖之助が何を言っても信用しないからな。アイツのことだから絶対つまらない冗談を混ぜてそんなこと言うに違いない。
霖之助が本当の意味で椛狩りしちゃうなんてそんなことある筈がないですよ、道草さん!
千里眼があっても、霖之助さんの合図に気付くってことはいつも見ているのか、送り狼さんは(笑)。
No title
何気なしに言った「送り狼」の言葉がえらい意味になってはる~
これは椛さんの危機+霖之助さんの絶体「説明」の危機・・・ って奴ですねッ(wktk)
そして椛さんの甲斐甲斐しさに終始ニヤケっぱなしでした。
やはりスピーカー的なブン屋よりも真面目な白狼天狗ですよn(返事がない。ただの肉塊のようだ。
これは椛さんの危機+霖之助さんの絶体「説明」の危機・・・ って奴ですねッ(wktk)
そして椛さんの甲斐甲斐しさに終始ニヤケっぱなしでした。
やはりスピーカー的なブン屋よりも真面目な白狼天狗ですよn(返事がない。ただの肉塊のようだ。
「送り狼」と聞けば誰だって本来の意味で捉えてしまいますよね(笑)
•••もっとも本来の意味で使われてあたら、それはそれで面白いですがwww
•••もっとも本来の意味で使われてあたら、それはそれで面白いですがwww