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ブンキシャ! 第04話

文の悩み、阿求の悩み、霖之助の悩み。

起承転結。
ここまででひとまとまり。

霖之助 文 阿求








「これでいいのかなあ」


 香霖堂の屋根の上で空を見上げ、文はぼんやりと悩んでいた。
 本当はこんなところで油を売ってないで、ネタを集めるなり紙面の構成をしなければならない。
 そして最近の文は紙面構成にほとんどの時間を費やしていた。

 忙しい。

 書く人が増えればそれだけ手間も増える。
 しかし書く人が増えればその人の関係者が新聞を購買してくれる。
 さらに人里、妖怪の山問わず読者は増えてきており、
新聞の発行部数は以前とは比べものにならないほど増加していた。


「真実を伝えるのはジャーナリストとしての使命ですからね……」


 昔自分はそんなことを言っていた。

 しかしあのとき伝えたかったのは本当に真実だろうか。
 それとも文々。新聞を読んでもらいたかったのだろうか。

 否、真実を書いた文々。新聞を読んでもらいたかったはずである。


「文々。新聞はつまらないってよく言われてましたね……」


 手に持った新聞を広げる。

 先日発行した最新号だ。
 文が担当したのは一面のみ。全体と比較するとごく一部だろう。
 確かにどうでもいい記事で空白を埋めるより、一面だけに集中したほうが密度も出来も段違いになる。

 しかし果たして、これは射命丸文の文々。新聞と言えるのだろうか。


「こんなところにいたのか」


 声とともに、霖之助が文のいる屋根に上がってきた。


「よくわかりましたね」
「まあ……何となく、ね」


 参拝客を驚かせるといけないので、下からは見えない位置のはずだったが……。
 口ごもる霖之助だったが、文はそれ以上追求するのをやめた。
 かわりに新聞を差し出し、霖之助の手の平の上に乗せる。


「霖之助さん」
「うん?」
「この新聞、霖之助さんの能力でなんて名前ですか?」


 突然聞かれ、霖之助は思わず文の顔を見る。
 しかし彼女はいたって真面目な表情をしていた。


「これは私の新聞ですか?
 私が作った新聞って言えますか?」


 口を開きかけた霖之助だったが、やめた。
 文の瞳をじっと見つめ、彼女の言葉を聞く。


「霖之助さんなら知ってるでしょう?
 何年も何年も、私の新聞はほとんど読まれませんでした。
 無理矢理号外出して、絶対気づいてもらえるようにって窓割ってまで投げ入れたりして」


 それについては霖之助にも覚えがある。
 ちょうど霊夢たちが来ていた時で、定期購読している家にまで投げ入れるのはさすがにどうかとあの時思ったものだ。


「結局読まれもしないうちに雨に濡れて捨てられた新聞を片付けたり、お芋を包む紙に使われてるの見てたり。
 知ってます? 妖怪の山では新聞を出すたび見本を置いておくんです。
 毎回毎回、新しいのを作る度、誰からも読まれた形跡のない新聞と交換するんですよ。
 今回は誰かに読まれますように、って思いながら」


 泣いてはいない。声も震えていない。
 文は淡々と喋っていた。


「今はすごく楽しいです」


 淡々と。


「楽しいはずなんです」


 突然、声が歪む。


「楽しすぎて不安なんです。最近、自分のやりたかったことが思い出せない。
 私が私じゃなくなってしまう気がして」


 顔を伏せる文。
 彼女の言葉を聞いていた霖之助は、改めて新聞を広げ……。


「文々。新聞。用途は読み物だよ」
「…………」


 しかし文の反応はない。
 霖之助はいくつか言葉を考え、選ぶ。

 無縁塚に流れ着いていた同人誌という文学本。
 料理人と食材の例え。
 外の世界の新聞形式。

 だがどれもかけるべき言葉ではない気がした。


「僕の能力でこの新聞の名前を見たとき、どのページも文々。新聞なのさ。
 僕や阿求や魔理沙や早苗の記事だって……
 みんな好き勝手に書いているけど、それは君の記事あってのこと。
 これは、文の新聞だ」
「でも。一番つまらない記事しか書けないのに……」
「つまらなくなんかない」


 思わず反論してしまい、しまったと思った。
 コホン、と咳払いして言い直す。


「いや、ちゃんと君の記事だって読まれてるさ。この前魔理沙なんて……」
「嘘」
「嘘じゃない」


 魔理沙からは黙ってろと言われたのだが、この際仕方ない。


「だって昔の私の記事じゃ……。
 売れる書き方に変えろって、何度も言われてたのに」
「売れるために書き方を変えたんじゃなくて、売れるように書き方が成長したんだ」
「そう……ですか。そうですよね」


 文はまだ完全に納得できたわけではないようだったが、気は晴れたようだった。

 そうでなくては困る。
 少しくらいの疑問や障害など、軽く吹き飛ばす風神少女でなければ。

 それでこそ、皆がついて行くというものだ。


「しっかりしてくれよ、編集長。君の記事はこの新聞の顔なんだからね」



     ☆



「清く正しい射命丸、復活です!」
「あ、やっと戻ってきた。ずいぶん上機嫌ですね、文さん」


 先に戻るからと言う霖之助と別れた後、しばらく日向ぼっこをしていた。
 晴れ晴れとした気持ちで見る空は実に気持ちがいい。
 もし曇っていたら、風で吹き飛ばせばいいだけだ。

 十分に太陽を堪能したところで店に戻る。


「ええ、それはもう」
「じゃあ、早く手伝ってください」
「あーうー」
「にゃあ、すみませぇん」


 対照的に不機嫌そうな阿求からエプロンが投げ渡される。
 すでに店の一角が客でごった返していた。

 すべて守矢神社主催の参拝ツアーの客である。
 数日に一度、人里から八坂神社香霖堂分社への護衛往復便が出るのだ。
 今回は諏訪子がその任に就いていた。

 他にもいくつは分社はあるはずなのだが、なぜここだけこれほど混むのか。

 町で呼び込む際、いつの間にか文や阿求も信者のひとりに数えられ、
『あの阿礼乙女や天狗も信仰している八坂様!』などという売り出し方をされているからであり、
客寄せパンダとして利用されていることに一同が気づいた時には、既に遅かったのかもしれない。

 ついでに阿求の持ち込んだ書や文々。新聞のバックナンバー、それに載っていた記事の資料がいつでも読め、
さらに当事者との会話もできることもあってか客足は増える一方だった。茶店の方には。

 それを見て、霖之助がまるで漫画喫茶だな、とこぼしていたこともあった。
 外の世界の雑誌にそう言う店舗形式が載っていたらしい。


「あい、これあがったよ~」
「はーい、ただいまー」
「こっちも席空いてますよ~」


 参拝客に呼び込みをかけるのは諏訪子とミスティア。
 最初は諏訪子がケロちゃん饅頭を売り始めたことをきっかけに、
香霖堂の一角が茶店扱いにされそのまま占拠。
 それでもとても席が足りなくなってきたので、急遽ミスティアの屋台を呼び出したのだ。

 かくして、香霖堂を客でいっぱいにするという夢は叶った。
 ……確かに客は増えたが、外の道具を扱う部分はいつも通りの閑古鳥。
 商品が雑多に並んでいるため座席代わりに使うことも出来ない。


「あーうー、これはちょっと忙しすぎるねえ」
「ちょっと文さん、手伝ってくださいよ。猫の手も借りたい状況なんですから」
「猫ならそこにいるでしょ?」
「この猫はちょっと……」


 阿求の視線の先には、紫が置いていった橙。
 今日は珍しく大がかりな仕事があるらしく、霖之助の監視のために紫が置いていったのだが。


「はい、おまんじゅうで~す」


 すっかり店員その一である。
 しかしメニューを運んでいるだけなのにフラフラと危なっかしい。
 さっきも何度か皿をひっくり返したことがあった。

 次の幻想郷縁起では評価を下げることにしないといけませんね、と呟く阿求の言葉は聞かなかったことにする。


「じゃあネズミなら黒白のが……」
「取材だそうです」
「はぁ……逃げられましたか」


 魔理沙がいればおまけでふたりほどついてくるからかなり楽なのだが。
 いや、おまけのふたりはむしろ客として居座るから邪魔なだけかもしれない。

 とにかく、いないものをあれこれ言ってもどうしようもない。
 そう言えば、文より先に戻ったはずの霖之助の姿が見あたらなかった。


「で、霖之助さんは? 忙しくなってきたからって文さんを呼びに行ったはずなんですが」
「あれ? 私より先に戻ってましたよ?」
「……逃げましたね」
「ですね……」


 ため息を吐く阿求。
 隣が盛況なのに、誰もいない店をひとりで店番するのはそんなに辛いのだろうか。


 ……羨ましそうな目でたまに見ていたので、結構辛いのかもしれない。


 どうしても茶店側の人手が足りない時は、霖之助にも古道具屋を休業させて手伝ってもらうのだ。
 もちろん、それで香霖堂が困ったことは一度もない。
 困ってないからこそ、霖之助は困ったのだろうけど。


「ちょっとそこの天狗、祠にお参りしてきてよ。そんで神奈子に早苗を寄越すように伝えてー」
「え? あ、はいはい」


 諏訪子に言われ、文は外の祠へ向かった。

 信者の声を聞くための分社も、神様にとっては便利な電話程度の扱いらしい。



     ☆



 大きな桜の下を通り過ぎ、無縁塚へと向かう。


(ここに来たのも久しぶりかもしれないな)


 いつ来てもここの景色は変わらない。

 変わるのは無縁塚に落ちている道具くらいのものだ。
 外の世界のスピードに合わせるように、落ちている道具もめまぐるしく変化、進歩していく。

 しかし道具は常に変化するものだ。
 それを念頭に踏まえると……やはりこの無縁塚の景色は変わらない、と言えるのかもしれない。

 無縁仏を丁重に弔い、いくつか道具を拾う。
 今日はリアカーがないため、手に持てる程度のもの中心に集め、
持ちきれないようなものは次回のためにチェックしておく。

 いつもはさほどかからない一連の動作も、今日に限ってなかなかはかどらない。


「無縁塚で迷っちゃいけないよ」


 ふと、霖之助の背中に声がかかる。


「久しぶり。珍しいね、旦那がそんなになるなんて」


 振り返ると、近くの丘で死神の小町が寝転がっているのに気づいた。


「迷ってる……ああ、そうかもしれない」


 苦笑しつつ歩み寄り、隣に腰掛ける。

 無縁塚に初めて来た時からだから、彼女とは長い付き合いになる。
 一緒にいて会話が途切れても気まずくならない程度の友人、と言ったところか。


「文にはああ言ったけど、迷ってるのは自分の方かもしれない」


 霖之助はぽつりと喋り出した。


「僕は妖怪ほど長く生きられないし人と同じにも生きられない。
 人里に10年もいれば奇異の目で見られるようになる。
 だからといって妖怪の中で過ごせるほど強くはない」


 最近はその限りでもないようだが、と人間好きな幼馴染みの姿を思い出す。

 今までひとりでいいと思っていたし、ひとりでも出来る香霖堂をやっていたのもそのせい。
 けれどいつからか周りが騒がしくなってきて、ひょんなことから新聞なんてのを作ることになった。
 流されるまま手伝っていくうちに人が増え、環境も変化して……。


「意外と、古道具屋以外の仕事も楽しかった」


 決して自分のやりたいことをやれてるわけではない。
 だけど不思議と心地いいのだ。
 自分らしくないとは思う。


「僕の周りにはお節介が多すぎる。
 だけど失うのが怖いのかもしれないな。だからこうして逃げて迷っている」
「あたいには話が全く見えないけど」


 霖之助が言葉にしているのは考えていることの部分部分だけ。
 理解しようというのも無理な話だ。

 それに懺悔を聞くのは死神の仕事じゃない、と小町は笑う。
 大して気にしてないのだろう。
 相変わらず寝っ転がったまま、幸せそうにまどろんでいる。


「それでいいじゃないか。なにも迷うことはないよ」
「そう……かな?」
「大事な人なら転生しても必ず会える。そうでなくても冥界で会える」


 幽霊になって記憶があるかはともかく。
 まあ、それすら方法はいくらでもある。


「それにあんたの周りのやつらには、そんな障害なんて小さなものだろう。
 あたいも含めて、ね」


 冗談めかしてひらひらと手を振る小町。
 顔が紅いように見えるのは……気のせいだろう。


「……ありがとう」
「礼はいいよ。どうしても礼がしたいなら酒の一つくらい奢ってくれれば」
「ああ、今度持ってくるよ」


 そう言って、霖之助は立ち上がった。


「おい、これはいいのかい?」
「近いうちにまた取りに来るさ。盗まれ……ることはないだろうから、置いておいてくれ」


 拾った道具はそのままに、言うだけ言って歩き出す。

 霖之助に声をかけようとして……やめた。
 またすぐに会えるならそれでいいだろう。

 見送っていた小町の背後から、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「サボっただけでは飽きたらず、勤務中に酒を飲む気満々とは……」



     ☆



 無縁塚の帰り道。
 空が紅く染まり始めていた。
 これからは妖怪の時間だ。

 この時間なら参拝客はいなくなってるだろう。
 帰ったらどんな文句を言われるやら。

 そんなことを考えながら歩いていると、視界の先から歩いてくる影一つ。


「こんなところにいましたか」


 阿求だった。


「昔から変わってないんですね」
「……なんのことだい?」


 霖之助の前で立ち止まる。
 身長の差でどうしても阿求が見上げる形になるのだが、
精神的には見下ろされている気がしていた。


「ひとりで悩むときの顔です。
 でも、迷いは晴れたみたいですね」


 お見通しだったらしい。


「こんなところまでひとりで、危ないじゃないか。もう日が暮れる」
「平気です。何度も通った道ですから」


 何度も。
 その言葉が霖之助の耳に残った。

 そのうち自分も通ることになるのだろうか。
 小町との会話の影響か、そんなことを考える。


「思い出しますね。覚えてます?
 霖之助さんがまだ小さかった頃、町中で迷ったことがあって、私が迎えに行ったんですよ。
 もう慧音さんは泣くし霖之助さんは見つからないし、大変でした」


 昔を思い出して笑う阿求。
 霖之助はその笑顔に、どうしようもない既視感を覚えていた。


「阿求、君は本当に9代目なのかい? それとも8代目の……」
「別にいいじゃないですか、そんな些細なこと」
「些細、か」


 すべてを記憶できる彼女が言うなら、本当にそうなのだろう。


「別れは怖くないのかい?」


 稗田の子は転生のため長くは生きられない。
 すぐに別れを経験することになる。お互いに。


「別れ、ですか。一言で表すなら」


 うーん、と考える。


「風流、ですね」
「風流?」


 意外な言葉だった。


「私にとって転生の間はちょっと一眠り、くらいのものですからね。
 あるがままを受け入れれば、それでいいじゃないですか」


 それは阿求が辿り着いた真理なのだろう。
 霖之助にはピンと来なかったのだが、言いたいことはわかる気がした。


「それに、変わらないものだってありますし」
「変わらないもの?」
「はい」


 阿求は一つ頷き、霖之助にそっと抱きついた。


「10代目になっても11代目になっても。
 霖之助さんのことは覚えてますよ。忘れません。探しに行きます」


 そう言って、身体を離す。
 少しはにかむように微笑んだのを見て、霖之助は阿求の頭を撫でた。


「出来るなら、迎えに来てくれるといいんですけどね」
「善処するよ」
「そうなったらもうお姉ちゃんも返上かもしれませんね」


 数代後には、間違いなくそうなるだろう。
 おしめを替えてやったのは自分なんだと、言われる立場から言う立場に変化するかもしれない。
 きっと阿求もそう考えていたのだろう。

 だけどそうなったからと言って、阿求や霖之助自身が変わったとは思えない。
 つまりはそう言うことだ。


「だから今は」


 はい、と手を差し出してきた。


「お姉ちゃんと一緒に手をつないで帰りましょう。昔みたいに、ね」
「そうだね」


 霖之助は素直な気持ちで阿求の手を取った。
 これが今しかない光景なら、受け入れればいいのだ。


「霖之助さんの手、大きくなりましたね」
「そうですね、予想以上で吃驚しました」


 空いていたはずのもう片方の手を、いつの間にか文が握っていた。


「おっと、抜け駆けは許しませんよ、阿求さん」
「いつの間にここへ……」
「清く正しい射命丸は何でもお見通しです」


 ふふん、と鼻で笑う文。
 そして霖之助を一睨み。


「知らなかったんですか? 烏天狗からは逃げられないんです」
「もう逃げる気はないよ」


 降参、と言うように両の手を握り返す。
 そして3人で一緒に歩き出した。


「帰ろうか、皆の家へ」









「今日はすごく忙しかったんです。誰かさんが逃げたせいで」
「あ、なんか今回たくさん仕事が残ってるんで終わるまで手を離しませんよ」
「……両腕ふさがってるんだが」
「文さんが外せば問題ないですよ」
「阿求さんが外せば問題ないですよ」


 ふたりの少女は視線を交差させ……なにやらにやりと微笑んだ。


「じゃあ私たちの仕事が終わるまで待っててください。
 なんなら食事も食べさせてあげましょうか?」
「それは勘弁してほしい」
「そう言えば、魔理沙さんもそろそろ帰ってくるかもしれませんね」
「橙さんが帰ったので紫さんも来るかもしれません」
「ああ、慧音さんが迎えに来たら今日は帰らないって伝えないと」


 霖之助の背中を冷たい汗が流れる。


「……手を離してくれないか……」
「ダメです。離しません」
「なんならずっとこのままでも……ね?」
「…………」

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