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月はいつもそこにある

めてお(黒マテリア)さんの本が完売というので、寄稿したれーむちゃんSSをアップしていいという話をいただいたのでひとつ。
挿絵は鳥威プロデューサーに描いていただきました。可愛いですねウフフ。


霖之助 霊夢 咲夜



 霖之助は宣伝の重要性というものを改めて考えていた。
 そろそろ肌寒くなってきたとは言え、小春日和のいい天気だ。しかし店内に客の姿はない。
 昨日も来客数はゼロだった。ちなみにその前も、その前の日も。
 その理由を考えるに、やはり知名度というものが原因だろうと思い当たる。
 真っ当な客を増やすには、先日知り合った天狗の新聞に頼ってみるのも面白いかもしれない。
 ……客以外の常連なら、よく来るのだが。


「なんだい霊夢、その格好は」
「ん。何か変?」
「変というかなんというか」


 いつもの無表情ジト目でやってきた霊夢を見るなり、霖之助はため息をつく。


「少しは身だしなみにも気を遣ったらどうだい。髪はぼさぼさ、服もボロボロじゃないか。また妖怪退治かい?」


 おそらく弾幕によるものだろう。霊夢の服は破け、ヘソが見えていた。その状態でも彼女の身体には傷ひとつないのはさすがと言ったところだが。
 幼い故か性格か、彼女は自分の見た目に無頓着のようだ。
 博麗の名前を背負っているのだから気にした方がいいとはいつも言っているのだが、聞く素振りはない。


「それが博麗の義務だもの」
「仕事に生きるのも結構だがね。少しは隠す努力をしなさい」
「お日様の下、少しも恥じることなく生きている私に何を隠せというの」
「あー……いや、それもそうだね、うん」
「霖之助さんももう少し太陽の下に出るべき」
「僕は遠慮しておくよ。屋根の下でやることがたくさんあるんだ」
「私は太陽の子」
「それを言うなら子供は風の子だろう」


 霖之助は肩を竦め、首を振ってみせる。
 まだ幼いこの巫女と初めて会ったのは数ヶ月ほど前のこと。七歳と本人は言っていた。
 人間と妖怪のハーフたる霖之助は博麗の巫女にとって監視対象らしい。監視といっても食事をたかり、風呂をせがんでくる程度なのだが。


「巫女服だってこの前作ったばかりなのに、もうこんなにして……」
「博麗たるもの、外に出れば七人の敵。昨日の敵は今日の敵」
「敵ばかりじゃないか。友にはならないのかい」
「ならない。妖怪は敵。明日も敵」
「そうか、修羅の道だね」
「戦いはきびしい」


 聞き流しつつ、霖之助は彼女の服を確認する。
 この霊夢の服は霖之助が誂えたものだ。最初は渋々了解したのだが、いつの間にかなし崩し的に霖之助が彼女の服担当になっていた。このままいくといつか妖怪退治の道具まで作らされそうな、そんな気がしてくる。
 そうなるまでに、毅然とした態度で接しなければならないのだが。


「なんにせよ、縫い直せばまだ使えるんだから、大事にしてくれよ? その服だってタダじゃないんだからね」
「んー」


 霊夢はいつも通りの無表情に少しだけ思案の色を混ぜる。だがそれも一瞬のこと。


「霖之助さん、直して」
「まあ直すのは構わないがね」


 予想通りの答えに、霖之助はため息をついた。
 見たところまだ直せば使えそうだし、何より霊夢に任せたら台無しになりそうなので、仕方なく了承する。
 ……結局引き受けてしまうあたり、自分は子供に甘いのだろう。


「霊夢、ひとつ確認しておきたいんだけど」
「ん、何」


 しかしここは道具屋で、霖之助はその店主だ。
 いつまでもタダというわけにはいかない。


「君は何か、対価になりそうなものは持ってるかい?」
「お金はない。神社にもない」
「相変わらず賽銭は入ってないみたいだね。いい機会だから君にもちゃんと物の価値というのを教えておくべきかと思ってるんだが」
「ツケで」


 霖之助の言葉を聞き終わるより早く、きっぱりと霊夢は言い切った。
 どこで覚えてきたのか、感情の話になると決まって彼女はツケと言ってくる。
 育て方を間違えたのかもしれない、と霖之助は頭を抱えた。

 もちろん霖之助が育てたわけではないのだが。


「まあいい、どのみち君をそんな格好で放っておくわけにもいかないからね、講義はまた今度だ」
「れつじょーをもよおす?」
「……本当に、どこでそんな言葉を覚えてくるんだい」
「おばさんが」
「変なことを教えないように、と前言ったはずだがね」
「もよおす?」
「これ以上その話を続けるなら今日のおやつはなしだ」
「わかった、聞かない」


 たびたび霊夢の話に出てくるおばさんは、聞く限り彼女の保護者的立ち位置らしい。
 そのわりにはかなり放任主義というか、悪く言えばほったらかしにしているようで気になっていた。
 もしかしたら、最初から霖之助に霊夢の面倒を見させようとしていたのかもしれない。
 だがそれはあまり考えにくいのだ。なにせ、そのおばさんとやらと霖之助は面識さえないのだから。


「とにかく服は僕が直すから、奥で着替えて来なさい」
「言われなくてもそうする」
「いや、そこは言われてから行動を起こすところだよ」
「なんで?」
「親しき仲にも礼儀ありと言ってね」
「親しい?」


 霖之助の言葉に、霊夢は首を傾げる。その反応は予想外だったので、霖之助は少しの驚きをこめて彼女を見つめた。
 その視線を真っ向から見つめ返しながらも、彼女にしては珍しく、どこか不安そうに口を開く。


「私と霖之助さんは親しい?」
「違うのかい?」
「よくわからない。わかっているのはただひとつ。霖之助さんは監視対象。今までも、これからも」
「確かに、それだけわかれば十分だね」
「そう、たったひとつのシンプルな答え」


 霊夢は満足したかのようにひとつ頷くと、店の奥へ消えていった。
 彼女の中ではそういうことで納得しているのだろう。未知の感情に怖がるような、未成熟な感情の光に、霖之助は肩を竦める。

 妖怪退治の実力に対してあまりにも霊夢の感情は幼すぎた。あえてそうしているのかは、わからなかったが。
 ひょっとしたらおばさんとやらの教育方針かもしれない。


「やれやれ」


 嘆息しながら、霖之助はいつもの椅子から立ち上がる。


「しかし見事にボロボロだったな。それだけいつも着ているんだろうけど」


 思い出しつつ針と糸、それから巫女服の生地を戸棚から取り出した。
 手の掛かることだと思いながらも……気に入ってくれているのだと思うと、少しだけ嬉しくなる。


「霖之助さん、いつものお茶がない」
「ん? ああそう言えば切らしてたな」
「しょっく。この私に安い茶で満足しろと言うの」
「そもそも飲んでいいなんて一言も言ってないんだが」


 霖之助は霊夢に文句を言おうと振り返り……そこで動きを止めた。
 彼女が着ているのは、見慣れた色合いの服。そう、見慣れすぎていた。何故なら。





「で、君はどうして僕の服を着てるんだい」
「どうしてって、どうして?」
「質問を質問で返すのはよくないな、霊夢」
「いいって言ったから」
「確かに着替えてこいとは言ったが……君の巫女服も予備があっただろうに。どうして僕の服なんだい?」
「なんとなく」
「なんとなくか」
「そう、なんとなく」


 彼女がそう言うならそうなのだろう。
 僕が着る服だけに一番手に取りやすい位置にあった。そんな理由なのかもしれない。
 そもそも理由なんて無いことも考えられる。


「いつもと違うからちょっと面白い」
「そうかい、それはなによりだ」
「重い長い動きにくい」
「僕のサイズだからね。文句を言うなら着替えてきなさい」
「それは断る」
「ずいぶん頑なじゃないか」


 珍しく霊夢ははしゃいでいるように見える。
 顔はいつもと同じ無表情だが、どこか楽しそうだ。
 そんな彼女を眺めながら、霖之助は服の補修に取りかかろうとして……。


「ごめんください」


 玄関のカウベルの音と友に、少女の声が響いた。
 紅白が消え、青と黒ばかりだった店内に、青と白の色が咲く。


「やあいらっしゃい、久しぶりだね」
「ご無沙汰してます。買い物に来たんですけど、開いてますか?」
「もちろんだとも」
「……霖之助さんが、見たことない顔になってる」


 営業スマイルを浮かべる霖之助を、霊夢は気味悪そうな表情を浮かべた。

 やって来たのは、いわゆるメイド服に身を包んだ少女。
 霊夢より少し年上くらいだろうか。銀色の髪にメイドカチューシャを乗せている。

 しかし年若いその外見に似合わず、彼女の物腰は熟練のそれだった。
 まあ、プロ意識で言えば霊夢も負けてはいない。妖怪退治だけは、だが。


「妖怪?」
「違う、人間だ」
「むぅ」
「どうして残念そうな顔をするんだい」
「妖怪だったら退治してた。こんな店に来るなんてきっと変人」
「失礼な事を言うんじゃない。彼女はお客様だよ。それにうちに客が来るのは君も何度も見ただろう」
「何度もってほどではない。確か両手で数えられるレベル」
「わかったから数えるのをやめてくれ。悲しくなってくる」
「でもお客は大人か妖怪だった。人間ってのは胡散臭い」
「君のおばさんほどではない」
「それについては反論のしようもない」


 霊夢と霖之助のやりとりに、メイドの少女が首を傾げる。


「あの、お取り込み中でしたか?」
「ああ、すまない。気にしないでくれると嬉しいね」
「そうですか。えっと……店員さんですか?」


 霊夢のことが気になっているようだ。こんな店に同年代の女の子がいたら、当然の反応かもしれない。

 それにしてもずいぶん神経の太い娘だと思う。
 普通、退治されると聞こえたらもう少し怖がりそうなものだろうに、と。


「こんな店員がいるわけがないだろう」
「これは世を忍ぶ仮の姿」
「仮であることに違いはないけどね」
「じゃあ妹さん?」
「いいや」


 霖之助はゆっくりと首を振った。
 霊夢の本職は博麗の巫女なのだ。霖之助の妹でも香霖堂の店員でもない。安い茶を残念そうな顔で啜っている姿からはとても想像は出来ないが。


「見た目というか服で判断したね、今」
「実に失礼。ばんしにあたいする」
「失礼度合いじゃ君も人のこと言えないだろうに」
「なるほど、よくわかりました」


 そこまで聞くと、少女は納得したかのように大きく頷く。


「ほう、今のやりとりでかい?」
「ええ。よくわからないことが、よくわかりました」
「……なるほどね」


 わからないことは考えない。この幻想郷では限りなく正解に近い答えだ。

 大人びた雰囲気を醸すメイドは、同じくどこか大人びた霊夢とは対照的な印象を受ける。
 霊夢のはどっちかというと成熟と言うより老成に近い気がする。枯れていると言うべきか。その割に未発達な部分が多すぎるのだが。


「メイド。あなたは見た感じまんまメイド」
「ええ、メイドですから」
「あなたも太陽の子?」
「私はどちらかと言えば月の子ですね」


 霊夢の言葉に、彼女は微笑んだ。少女のメイド服を不躾に見据え、言葉を続ける。


「どうしてこんな店に来たの?」
「失礼なことを言うんじゃないよ」


 霖之助は思わずふたりの会話に割って入った。
 放置しておくと会話がどこへ飛んでいくかわかったものではない。


「この小さなメイドさんはうちの数少ない上客なんだ。だから霊夢、商売の邪魔をしないでくれないか」
「そうなの?」
「月に一度くらいの頻度で来てくれるんだよ。僕としてはもっと来てくれると嬉しいんだがね」
「でもお嬢様のお使いですから、私の一存ではどうにも」
「むぅ」


 メイドと話す霖之助に、霊夢は唇を尖らせた。
 彼女としては珍しい反応で、すぐにいつもの表情に戻る。しかし自分でもどうしてそんな気分になったかわからないようで、少しだけ困惑気味のようだった。
 もっとも霖之助はちょうどメイドと話していたので気づかなかったのだが。


「お嬢様ってことは、偉いの?」
「ええ。私の雇い主ですわ」
「雇い主。おばさんみたいな感じ?」
「いえ、見た目は私より年下ですけど」
「おばさんもたまに私より年下になる。見た目は」
「お嬢様は私より年上には見えませんねぇ」


 霊夢のおばさんという単語に、首を振るメイド。
 相手が知ってる前提で話すからおかしくなるのだ。霊夢の言うおばさんとは特定の人物のことで、対する彼女はたぶん一般的な単語として捉えているのだろう。
 さらにそこから話を続けるから余計タチが悪い。


「と言うことは、お嬢様は妖怪?」
「ええ、そうなりますね」
「妖怪のメイドということは、メイドも妖怪?」
「いえ、私は人間ですわ」
「えっと、妖怪がメイドでメイド妖怪が人間で……」


 さすがに霊夢も混乱してきたようだ。
 霖之助は天然ふたりの会話を聞いて頭が痛くなってきた。


「すまない、ややこしくなるからその話はまた今度でいいかな」
「……仕方ない。決着はいずれ付ける」
「そうですね」


 霖之助の提案に、巫女とメイドは素直に頷く。
 ひょっとしたらふたりとも限界を感じていたのかもしれない。


「それで、今日は何をお求めなんだい?」
「あ、ティーカップを頂けたらと思うんですよ」
「またかい?」
「はい。以前のは壊れてしまったので……」


 少し恥ずかしそうに、メイドは目を伏せる。ひょっとしたら彼女が割ったのかもしれない。
 もちろんそんな事は些細な問題だ。むしろ変なところに突っ込んで商談がダメになる方が大問題なわけで。


「ちょっと待っててくれ」


 霖之助は彼女のリクエストに応えるべく、商品棚へと近寄る。
 だが一歩踏み出したところで、ふと霊夢に視線を向けた。


「霊夢、暇してるならお茶でも入れてきてくれないか、三人分」
「暇じゃない。忙しい」
「じゃあ僕が紅茶を入れてこようかな、彼女のために」
「私が緑茶を入れてくる。仕方ない、これも運命」


 あっさり意見を覆し、霊夢は立ち上がった。運命を信じるような性格ではないのだが、やはり紅茶より緑茶派なのだろう。


「お茶なら私がやりましょうか? 慣れてますし」
「いいや、君は座ってくれていればいいんだよ」
「そうなんですか?」
「もちろんだとも。客というのは居てくれるだけでありがたいんだから」
「私も客」
「確かに常連ではあるが、客じゃないね。それに君は監視に来たんだろう。ああ、お茶はいつもの戸棚の三段上の右奥にとっておきがあるからそれを使ってくれ」
「……ずるい、そんなところに隠してた」
「君に飲まれないようにするためだけどね」
「ぶー」


 霊夢はむくれてそのまま店の奥へと姿を消す。
 なんにせよ場所を知られてしまったので、また新しい隠し場所を探さなければならない。
 いつか勝手に探すようになったら困りものだが。


「さて、いくつか候補はあるけど、まずはこれかな。前回と同じ型で、柄が違う。使い慣れた中に少しの新鮮さを楽しみたいならこれだ」
「あら、素敵ですね。花柄のワンポイントが可愛らしくて。なかなかいい品物ですけど、他も見せていただけます?」
「もちろんだとも。僕のお薦めはこちらだ。つい先日入荷したばかりの、アンティークのティーセットだよ」
「でも、お高いんでしょう?」
「とんでもない。今なら同じものがもうひとつ付いてなんとこのお値段さ」


 霊夢とさほど歳が変わらないと言っても彼女を甘く見てはいけない。多少……いや、結構天然なところはあるが、経済観念や交渉術においてはその辺の大人にも引けを取らない。
 下手なものをお勧めしても見向きもしないし、彼女の浮かべる瀟洒な笑顔はそのままポーカーフェイスとなる。
 本当によくできたメイドだと思う。そして同時に、客としてこれほど厄介で、面白い人物も早々居ないだろう。

 商談に思わず熱が入る。すると横から熱いものが差し出された。


「お茶」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」


 小さな手の主はいつも通り……いや、いつも以上の不機嫌そうな顔で、ふたりに向かって湯飲みを突き出す。


「ところで私の服は」
「あとでやるよ」
「む」


 霊夢に短く答え、メイドに向き直る。彼女の不満そうな声に、霖之助は肩を竦めた。
 無論これには理由がある。香霖堂は当然ながら道具屋であって、客とそうでない者の違いというのをいい機会だから教えようかと思ったのだが。


「どちらも素敵ですね……」
「存分に選んでくれて構わないよ」


 悩む彼女を前に、霖之助は霊夢の入れたお茶を口に運んだ。
 美味い、と思わず吐息を零した。さすがというかなんというか、霊夢はお茶を入れるのが上手だ。褒められたと思ったようで、霊夢は嬉しそうに胸を張る。


「私の最高傑作」
「とっておきの高いお茶なんだ、味わって飲んでくれよ」
「普段から飲みたい」
「そういうわけにはね」
「もう飲めない気がして」
「君が上客になればいつでも飲めるさ」


 それにはまずツケを返すところから始めなければならないのだが。
 そんな事を喋っていると、メイドがようやく顔を上げた。決心したようだ。


「迷いましたけど……今回はこっちのティーカップを頂くことにします」
「ほう、お目が高いね。君にも君の主人にも、アンティークはよく似合うと思うよ」
「あら、お上手ですね、店主さん。お代はこれくらいでいいですか?」
「ああ、十分だ」


 受け取った貴金属を確認し、頷く霖之助。それを金庫にしまいつつ、満足そうに霊夢へと向き直った。


「どうだい霊夢、これが正しい売買というやつだよ」
「だいたいわかった」
「わかったらちゃんと対価を持ってくるように」
「でもお金はない」


 自慢げに霊夢は言い切った。
 どうしてこう自信たっぷりなのか。お金がないんじゃなくて買う気がないだけではないのか。
 メイドを例に、売買の基本というのを教えようとしたのだが失敗したようだ。
 ……まあ、きっと伝わっていないだろうという予感もあったのだが。


「どうぞ、壊さないようにね」
「ありがとうございます、店主さん」


 霖之助は諦め、メイドにティーセットを包んで渡す。多少揺らしても大丈夫なように、霖之助が開発した梱包材込みだ。
 彼女は大事そうに包みを受け取ると、はにかんだような笑みを浮かべた。


「いつものやつもおまけしておいたよ」
「本当ですか?」


 ぱっと顔を輝かせるメイドに、霖之助もつられて口角を上げる。
 こうだから自分は子供に甘いのかもしれない。

 そんなやりとりを、霊夢が不思議そうな瞳で見つめていた。


「いつものって何?」
「これです、飴ですよ」
「あめ? あめ」


 霖之助が渡した包みの中から、メイドは小さな粒を取り出した。
 霊夢は顔を近づけ、じっと観察する。やがて甘い匂いを感じたのか、霖之助へと視線を向けた。


「私にもちょうだい」
「ダメだ」
「どうして?」
「あの飴は特別な存在にあげるためのものだからね」


 霖之助の目には、その飴の用途がそう見えたのだ。
 若干間違っている気もしなくはないが、喜んでくれるなら特に問題ないだろう。


「大丈夫、私も特別」
「ほう、例えばどのあたりがだい?」
「もっともっと特別なオンリーワン」
「確かに君のような人間がふたりといたら僕はすごく困るがね」


 言葉の意味はよくわからないがとにかくすごい自信だった。試しに霊夢が三人に増えたところを想像してみる。
 ……頭が痛くなってきた。


「だいたい君、洋菓子は苦手だって言ってたじゃないか」
「そんなことない。ケーキ大好き」
「でもおはぎの方が好きなんだろう」
「なんだか食べたい気分」
「わがままだね、実に」
「それがにんげんというものだもの」
「わかったようなことを言うじゃないか」
「ふふっ」


 メイドが漏らした笑みに、ふと我に返る霖之助。やりとりが面白かったのだろうか。
 ……少し恥ずかしいところを見られた気がする。
 霊夢に近づき、彼女の手を握るメイド。


「よろしければ、おひとつどうぞ」
「ありがとう、メイドの人。退治するのはしばらく保留にしておく」
「そこでようやく保留なのかい」
「世の中は生きるか死ぬか」


 したり顔で霊夢は飴を口に放り込んだ。

 こんな事もあろうかと多めに入れておいて正解だった。とはいえそうでなくても霊夢に分けてあげただろうという予想はある。いい子なのだ。
 ついでに友人になってくれたら霖之助としても嬉しいのだが。


「でも霖之助さんは退治対象」
「監視対象から格下げだね」
「飴くれなかったし」
「彼女から貰っただろうに」


 退治されてはかなわない。機嫌を取ろうと霊夢に話しかけたところで……メイドが口を挟んだ。


「ダメですよ、店主さんを退治したりなんかしちゃ」
「騙されてはダメ。霖之助さんの甘い誘惑の犠牲は私ひとりで十分」
「大丈夫、騙されるつもりはないですよ」
「そう?」


 そもそも騙すつもりもないのだが。
 霊夢の中で霖之助はどういう評価に落ち着いているのだろうか。


「もちろん。でも私、珍しいものに目がないんですよ」
「目がないというと?」
「好きって事です」
「…………」


 ジト目で霊夢は霖之助を睨んだ。
 いつもよりジド目度合いが強い気がする。

 きっとお気に入りのおもちゃを取られたような気分なのだろう。
 それにしても、最近の少女にはずいぶんと驚かされっぱなしだと思う。
 いろんな意味で。


「あんまりその子をからかうのはやめてくれないか、本気にするだろう」
「からかってはないんですけど……そうですね、今日はこの辺にしておきます」


 少し残念そうに、彼女は微笑んだ。
 それから指先でスカートを少し持ち上げ、完璧な淑女の礼を見せる。


「じゃあ店主さん、今日はありがとうございました。またお暇な時、刺繍を教えてくださいね」
「ああ、待ってるよ。またおいで」


 彼女を見送り、霖之助は霊夢が入れたお茶を飲み干した。
 一仕事終わってほっと一息。そろそろ巫女服の修繕に取りかかろうかとした矢先、霊夢がぽつりと呟いた。


「……よくわからない」
「なにがだい?」
「メイドは霖之助さんが好き?」
「彼女はレアハンターなんだ」


 霊夢にしては珍しく、表情に感情の色が濃い。だがその感情の正体を、彼女は掴みかねているようだ。


「あのメイドとは、親しいの?」
「さて、どうだろうね。気になるのかい?」
「よくわからない。おばさんに相談する。霖之助さんとメイドが怪しい関係って」
「……人聞きの悪そうなことになりそうだから、ひとりで考えてくれ」
「うん」


 悩み、考えることは成長に繋がる。
 問いを与えることも保護者のような役割を持ってしまった霖之助の務めなのだろう。
 ……五分もすれば忘れていそうな気もするが。


「メイドは敵。いつか倒す」
「保留期間はもう終了かい」
「当然の処置」


 きっかり五分。
 今のところはそう言う結論に落ち着いたらしい。
 霊夢らしいとも言えるし、他人への興味が薄い彼女にしては珍しいとも言える。


「なんにせよ、ライバル心を持つことはいい事だ。君のお姉さんみたいなものだろう、仲良くするといい」
「機会があればそーする」
「じゃあ退治はしないのかい?」
「機会があれば退治する」


 そこで霊夢は霖之助に近づいてきた。
 膝の上へ尻を乗せ、至近距離からじっと瞳を見つめてくる。


「霖之助さんは、メイド好き?」
「僕が好きなのはお客様だよ」


 言いながら、霖之助は彼女の頭に手を置き、優しく撫でた。
 気持ちよさそうに眼を細める霊夢を見ると、ネコを連想する。
 この子達はどんな風に成長するのだろう。
 寿命の長い妖怪だけなら、こういう気分になることはなかったはずだ。
 近い将来訪れるであろう光景が、少し楽しみだった。



          ◇



 音もなく、香霖堂の扉が開く。鍵を開けた覚えなどないにも関わらず、だ。
 流れ込んでくる早朝の空気に、霖之助はため息を吐いた。珍しく早起きし、カウンターで時間を潰していたのは僥倖というやつだろうか。
 侵入者と目が合う。しかし彼女は慌てることなく、小首を傾げた。


「あら、いたの?」
「いなかったらどうするつもりだったんだい」
「そうね、大人しく買い物してたわ」
「買い物は店主がいる時に頼むよ」


 おそらく時間でも操ったのだろう。彼女……紅魔館のメイド長は瀟洒な笑みのまま、霖之助の対面に一瞬で移動した。
 時間は空間と等価である。店の鍵を開けたのも、彼女の能力によるものかもしれない。まさか、ピッキングなどの技能ではないと思うのだが。


「空いてるかしら?」
「開いているよ。まるで空き巣みたいなことを言うね、咲夜」
「でも空き巣は声はかけないと思うわ」
「つまり声をかけた君は空き巣じゃないと」
「当然よ、ここには買い物に来たんだもの」


 ああ言えばこう言う。相変わらずつかみ所のない人物だ。
 香霖堂を開けようという時間にはずいぶん早いが、こうなっては仕方がない。霖之助は席を立ち、玄関の札を営業中に変えると、香霖堂店主としての顔で咲夜に向き直る。


「さて何用かな」
「ティーカップを探しに来たんですよ。お嬢様に似合うような、高貴な感じの」
「また壊したのかい?」
「いいえ、その言い方は語弊がありますね。かたちあるものはいつか壊れるというのは万物の理。お嬢様の言葉ではありませんが、運命と言っても差し支えないでしょう。問題はその壊れる時期がいつか、ということだと思います。その前では理由など些細な問題ですわ」
「つまり壊したんじゃなく壊れるべくして壊れたんだと」
「ご理解いただけたようで何よりです」


 完璧な動作で、咲夜は仰々しくお辞儀をひとつ。
 これで何個目だろう、と霖之助は肩を竦めた。大事にしてくれるのはわかっているが、所詮は人間が作った物体だ。やはり妖怪の館での使用ともなればそういう事もあるだろう。それこそ、その道具の運命だったように思う。
 霖之助としては、その度に買いに来てくれるので助かっているのだが。
 思えば長い付き合いだ。彼女と会ってからいろいろなことがあった。


「君は昔の方がかわいげがあったよ」
「あら、なんですか突然」
「いいや、ちょっと昔を思い出していてね」
「その言い方だと、今の私に可愛げが欠けているように聞こえますわ」
「魅力的なことには変わりないよ。数少ない上客としてね」


 言いながらも、彼女向けの商品を探す。
 茶器はよく拾う道具でもある。しかし品のいい、咲夜が気に入りそうなものとなればやはり数はそう多くはない。
 いつしか霖之助は彼女の好みがわかるようになっていた。正確には彼女の主を含めた好みだろうか。


「昔……と聞いて、ちょっと思い出したのだけど」


 待っているのも暇だったのか、ふと咲夜が口を開く。
 霖之助は視線だけで彼女に返事すると、続きを促した。


「そういえば店主さんって、妹か誰かいたかしら」
「妹分ならいるがね。そもそも人間と妖怪のハーフの妹って、人間なのか妖怪なのかハーフなのか」
「それもそうね。でもずっと昔に店主さんの妹っぽい子に会ったような、会わなかったような……」
「さて、僕の記憶には残っていないが」
「あらそうですか」


 咲夜は当てが外れたとばかりにため息を吐いた。それから思い出すように、視線をやや斜めに向ける。


「昔、この店で女の子に会ったような気がして」
「そりゃ会うだろう。うちの客は君だけってわけでもないんだから」
「確かにそうですけど」


 昔この店で霊夢と会ったことは覚えていないようだ。
 幼かったし、ムリもないだろう。それにその後、不思議と香霖堂ではあまり会わなかったようだ。よく会うようになったのは紅霧異変の後かららしい。
 無意識のうちに勘で霊夢が避けていた……と思うのは考えすぎだろうか。


「霖之助さん、いる?」


 ちょうどいいタイミングで、霊夢の声が店内に響く。
 ……まだ朝も早いというのにどうしてこんな時ばかり集まるのだろうか。
 そんな疑問を浮かべてみたが、無論答える者はいない。
 霊夢は咲夜に気づき、昔ながらのジト目を見せる。


「なによ、咲夜じゃない。こんなところに何の用かしら」
「見ての通りですわ。香霖堂ですることと言ったらふたつでしょう?」
「霖之助さんと話すことと、お茶を飲む事かしら」
「店主さんと話すことと、買い物をすることですよ」
「買い物をメインにしてくれ、ここは道具屋だよ。それに霊夢、こんなところとはご挨拶だね。彼女は客だよ、君と違って」
「あらそう。でも私も今日は客として来たのよ」


 くるりと回ると、確かに彼女のスカートが破けていた。
 鋭利な切断面を見る限り、弾幕によるものと推測できる。


「なるほど、また妖怪退治かい?」
「ええ、季節の変わり目にははしゃぐやつが多くてね。大忙しよ」


 聞くところによると、朝顔を洗いに出掛けたら妖怪と会ったので退治したらしい。身体に傷はないようだが、かすってしまったのはきっと寝起きだったからだろう。
 単純なその答えに霖之助は苦笑しつつ、それから諦めの混じったため息を吐いた。


「客というのは金を払う気のある人物のことを言うんだと思ってたんだが」
「いつか払うわよ。それが今じゃないってだけで」
「つまり店主さんは巫女服の修繕を有料で行いたいのですね?」
「一言で言えばそうなるがね」


 行いたいというより、今までもそうしてきたつもりだ。それはツケというかたちで今なお増え続けている。
 ……回収できる気はしないのだが。


「そして霊夢は今回も霖之助さんにツケるつもり、と」
「そうだけど……たまたまよ」
「たまたまじゃなくていつもだろう、霊夢」
「では、こうしたらどうでしょう」


 咲夜はポンと手を打った。何事かとふたりの視線が咲夜に集中する。
 刹那、彼女の姿がぶれて見えた気がした。だがそれも一瞬のこと。


「さて、いかがかしら」
「いかがって……すごいな、君がやったのか」


 何が起こったのか、把握するのにそれほど時間はかからなかった。先程まで眺めていた場所……霊夢の破けていたスカートが、綺麗に修復されている。
 時を止め、直したのだろう。手際の良さとその裁縫技術に、霖之助は思わず感嘆の声を上げる。


「これで店主さんのやるはずだった手間、時間、その他は私が買い取ったことになりますね」
「さすが、実に鮮やかなお手並みだ」
「あ……うん……」


 霖之助がじっくりやってもなかなかこう上手くは縫えない。
 さすが瀟洒なメイドは技術も一流だった。小さい頃、刺繍をするのに悪戦苦闘していた時代を思うと驚きもまたひとしおである。咲夜は努力家なのだ。

 ……ふと見ると、なにやら霊夢が残念そうな表情をしているのが気になったが。


「というわけで、その分のサービスくらいは期待してもいいのかしら?」
「仕方ない、ただより高いものはないというからね」


 咲夜の笑顔に、霖之助は肩を竦めた。
 貸すのはいいが、借りっぱなしにしておくのは霖之助の性分ではない。いつ取り立てられるかわからない問題を抱えるのは精神衛生上よくないからだ。

 そしてそんなふたりのやりとりに、霊夢がぽつりと口を開く。


「やっぱりあの時退治しておけばよかったわ……」
「あら、何か言ったかしら」


 にこやかに笑い合う、霊夢と咲夜。
 そんな光景を眺めながら、霖之助は霊夢に友人が増えたことを素直に喜んでいた。

 ……火花を散らすふたりの視線に、気づかないまま。


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No title

『れーむちゃんはとまらない!』に掲載されていた作品ですね。
霖之助と親しげに話す咲夜を見てむっとするれーむちゃんの子供っぽい
ところが何とも言えませんwww 全く、7歳のれーむちゃん=○学生は
最高だぜ!!ということですね(笑)

・・・太陽の子ということは「怒りの王子」や「哀しみ王子」になったりするんだろうか?

No title

「月はいつもそこにある」って某ガンダムの最終回のタイトルと同じで驚いたwwwここの二次創作サイトのSSは安定して面白く定期的に読ませてもらってます。管理人さんに感謝しております!!

No title

れーむちゃんkawaii!

お久しぶりです。1000P越えの本を読んでたらいつの間にか時間がたっていました。

幼い霊夢もいいですねぇ。
こう・・・感情の表し方と言うかなんと言うかが不器用で。可愛らしい

そして咲夜さんはあまりかわってないなぁ。完成されてると言うか美しい。

月は出ているか?
月は出ているかと聞いている!

れーむちゃんは霊夢になっても、多少落ち着いたところはあるけど根本は変わってないですねw
咲夜は幼い頃より達者になってる気がします。色々と。

あれ、これ一歩間違えたら光源氏…いや少女からしたら早くて出せよこの野郎!ってとこですかねw

れーむちゃんと咲夜さんは果たして何歳差……おっとスキマさんが来たようだ。


ところで件の合同誌を買って来ようと思ったんですが、生憎と最寄りのお店では取り扱いがありませんでした。

……。

……貴様、貴様ァァァ!←

三回読み直して、ふとヴェルタースオリジナルの事を言っているのだと気づいた(汗)
道草様の作品はいつもネタが多く散りばめられてて面白いぜぇ
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