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酉京都幻想 第6.6話

そう言えばコンソーシアム京都なんてものがありました。
最近夢美がかわいいのでひとつ。


霖之助 蓮子 メリー 夢美








 カランコロンと軽い音を立てながら、霖之助は祭りの活気の中を歩く。
 行き交う人数こそ多いが、道が広く取ってあるため移動に支障が出るほどではない。

 さすがは京都の祭りらしく、和服姿の客もよく見受けられた。
 もちろん霖之助もその中のひとりである。
 ここのところ洋服ばかり着ていたせいか、久しぶりの和服はなんというか……落ち着く。

 あたりには出店が立ち並び、どの店舗もそこそこに賑わっていた。
 さながら街灯に集まる羽虫のような……と言うと、さすがに言葉が悪すぎるだろうか。


「ちょっと霖之助君、歩くの速すぎるよー」
「おっとすまない。大丈夫かい?」


 そんな考えを振り払いつつ、後ろからの声に立ち止まる。
 通行の邪魔にならないよう気をつけながら振り返ると、浴衣姿の蓮子と目が合った。

 彼女はゆっくりと下駄を鳴らしながら、恐る恐るといった様子で歩いてくる。


「蓮子、履き慣れないならあまり無理しない方がいいと思うよ」
「でも浴衣と言ったら草履か下駄でしょう?」
「まあ、そうだね。じゃあせめて草履にしたらよかったのに」
「でも霖之助君は下駄履いてるじゃない」
「僕は慣れてるからね。でも蓮子は……」
「だから私も下駄にしたの!」
「……うん?」


 なにやら言い切る蓮子に、霖之助は首を捻る。
 だがこれ以上考えても無駄だろうと思い、ため息を吐きつつ彼女が隣に歩いてくるのを待つことにした。

 蓮子が着ているのは、夜空を思わせる深い色に天の川をあしらった浴衣だ。
 和服映えする彼女の体型も相まって、とても可憐に思えた。
 ……いや、決して蓮子がスレンダーだからという理由だけではなく。

 今日は下駄に不慣れなせいか歩き方も大人しく、蓮子の黒髪も相まって立派なヤマトナデシコに見えなくもない。
 普段の彼女を知っているからか、どうしてもギャップに戸惑ってしまうのだが。


「でも下駄って初めて履いたんだけど、すごく歩きにくいね。女の子には難易度高いよ。どうしてメリーは普通に歩けるの?」
「どうしてって、別に特別な理由なんて無いけど」


 蓮子の疑問に答えたのは、彼女の少し後ろからしずしずと歩いて来たメリーだ。
 朝を切り取ったような空色の生地に、紫色の朝顔の柄の浴衣が翻る。
 蓮子と対照的なチョイスで、いろいろと対照的なふたりが着るととても似合ってる気がした。
 先日一緒に買いに行ってたのはこれなのだろうか。


「これくらいはたしなみよ、蓮子」
「うー……」


 飄々と言ってのけるメリーを、羨ましげに蓮子は見やる。

 外国人然とした風貌のメリーは、さも当然のように浴衣を着こなしていた。
 普段はドレスばかり着ている紫だったが、霖之助が見たことがなかっただけでひょっとしたら和服も着慣れているのかもしれない。


「あら霖之助さん。興味があるならいつでも見せてあげますのに」
「メリー、勝手に心を読まないでくれないか」


 囁くように唇を寄せてくる彼女に、霖之助は苦笑で返した。
 覚妖怪のような読心の能力はないはずなのだが、心を見透かす不吉な笑顔は本気でやめて欲しいと思う。

 ……と、そんな事を考えていることがメリーにばれると怖いので、霖之助は話題を変えるためにも蓮子に向き直った。


「それに蓮子が履いているのは下駄の歯が短いタイプだろう? それなら慣れるのはそれほど難しくはないさ」
「じゃあもっと難易度が高いやつもあるの?」
「ああ、例えば一本歯の下駄なんかもあるよ。別名天狗下駄と言ってね……」


 天狗下駄。
 霖之助も履いてみたことがあるが、なんというか熟練にコツのいる下駄である。
 妖怪の山の天狗はよくあんなものを普通に履けるものだと感心してしまう。

 そう言えば天狗の新聞記者が履いているのは靴っぽく見えたのだが、やはり一本の高下駄のような歯が出ていたように思う。
 何かこだわりでもあるのだろうか……。


「ねえ霖之助さん? 誰のことを考えているのかしら?」
「……いや、なんでもないよ。さあ祭りを楽しもうじゃないか」


 気がつけば、メリーの目がすぐ近くで妖しい光を放っていた。
 霖之助は慌てて姿勢を正し、周囲の出店を改めて見回した。

 今日は3人が通う京都大学の敷地を利用した夏祭りである。
 企業協賛の元、留学生に日本の文化を楽しんでもらおうと開催されるようになったらしい。

 もちろんこれも大学の講義の一環であり、希望者は受講登録をした上でレポートを提出すれば単位が貰えるという仕組みだ。
 いわゆる大学側のサービスというやつなのだろう。
 無論霖之助がこれを逃す手はなく、蓮子達と一緒に参加したと言うわけである。
 それともうひとつ目的があるのだが……。


「と言ってもそろそろ待ち合わせの時間だから、少し急がないとね。蓮子、大丈夫かい?」
「ちょっと待ってよ、やっぱりそんなに速くは歩けないから……霖之助君、掴まらせてくれる?」
「ふむ、仕方ないね」


 霖之助が肩を竦めると、蓮子は嬉しそうに彼の裾を掴んだ。
 その様子を見て、メリーは深いため息を吐く。


「……何でも出来るのも考え物ねぇ」
「何か言ったかい?」
「いいえ、別に。さて、行きましょうか」


 メリーと蓮子に挟まれ、歩き出す。
 しかしその歩みはなかなか順調とは行かなかった。

 右を見ても左を見ても、そこには無数の誘惑があるのだから。


「あ、ほらあそこ。綿飴が売ってるよ」
「あら本当。霖之助さん、買っていきましょうか」
「君達、まだ食べるのかい?」


 蓮子に袖を引かれ、メリーに促され。
 霖之助の呆れ顔も何のその、ふたりはふらふらと出店へ近づいていった。
 これで4件目の寄り道である。
 いつになったら目的地に到着できるのか、だんだん不安になってきた。


「ねえねえ、綿飴って魔法みたいね」
「そうかな?」
「そうだよ。知ってる? 綿飴ってザラメをスプーンひと匙くらいで作れるんだよ。すごいよね、コストパフォーマンスとかいろいろ。それをあの値段だなんて、まさに錬金術って感じじゃないかな」
「綿飴を食べながらよくそんな話が出てくるね、君は」
「それはそれ、これはこれ。だって綿飴は夢を食べるお菓子だもの」
「ふふ、蓮子らしいわ」
「確かに蓮子らしいけどね」


 今の話題のどこに夢があったのかはさておき。
 綿飴に美味しそうに齧り付く蓮子は、確かに幸せそうに見えた。


「あ、こんなところにいた」
「ん?」
「森近、こっちこっち」


 雑踏の中を進んで行く一行の横手から、聞き慣れた声がした。
 蓮子達にも聞こえたのか、揃って同じ方向に視線を向ける。

 相手も同じ場所に向かう途中だったのだろう。
 霖之助はゆっくりと歩み寄ると、挨拶を交わす。


「やあ奇遇だね、教授、ちゆり。待ち合わせ場所には少し違うが、ちょうどよかったよ」
「こんばんはー」
「お待たせしました、でいいのかしら」
「ふん、この調子だと遅刻してくる気だったわね。レディーを待たせるなんてどういう神経してるのかしら」
「……それは君も同じだろうに」


 霖之助はため息を吐きながら、頬を膨らませる夢美に首を振ってみせる。
 夢美は赤地に白抜きの花、ちゆりは白地に紫陽花の浴衣を着ていた。
 待ち合わせの相手は無論彼女たちだ。

 本当は夢美の研究室前で会うことになっていたのだが。


「気にしなくていいぜ、私達もさっきついたばかりだからな。なんせご主人が途中で輪投げにハマって……」
「ちゆり、余計なことは言わないでいいの」
「へーい」


 夢美の声に、ちゆりは肩を竦めた。
 その頬にかすかな朱が差したのは、きっと気のせいではないだろう。


「教授も人間だったんですねぇ」
「当たり前じゃない。私をなんだと思ってるの」
「えーと、未来から来た猫型ロボットとか」
「蓮子、せめてそこは人型と言いなさいな」
「ほらほら、あまり立ち止まってると迷惑だからそろそろ移動しようじゃないか」


 なにやら言い合う夢美達を宥めながら、霖之助は歩き出した。
 慌てて蓮子は霖之助の裾を掴み、彼の後に続く。
 もう下駄にはずいぶん慣れたらしく、歩く速度もそれほど差はない。

 だったらわざわざ掴まる必要はないだろうと思うのだが……何となく言うと怒られそうなので、何も言わないことにした。


「それで教授、研究の手伝いと聞いてきたんだが、僕は何をすればいいのかな」
「ああそのことなんだけど、まだ時間があるから適当に過ごしてていいわ。どうせレポート書くんでしょ?」
「ああ、助かる」


 彼女の言葉に、霖之助は安堵のため息を吐いた。

 大学教授という立場を利用してこの夏祭りに夢美が何か仕込んだらしく、それについての意見を求められていたのだ。
 ただそれがなんなのかをまだ聞かされていないので、心の準備も出来てなかったりする。
 夢美が言うにはじきにわかる、らしいのだが。
 変なものでないことを祈るばかりである。


「あら宇佐見、綿菓子じゃない」
「ええ。おいしいですよ」
「わかってるわよ、さっき食べたもの。でも知ってる? 綿菓子ってザラメをスプーンひと匙くらいで……」
「あ、その話はさっき済ませました」
「……そう」


 説明の機会を奪われ肩を落とす夢美は、夏祭りを楽しんでいるようだ。
 あまり変なものは仕込んでないだろう。たぶん。


「教授って蓮子と同じタイプなのかしら」
「失礼ね、マエリベリー。謝罪を要求するわ」
「どういう意味ですか、教授!」


 しかもなんというか、祭りの活気に当てられていつも以上に騒がしい。


「……どう思う?」
「悩ましいところだね」


 霖之助は疲れたようにちゆりと顔を見合わせ、大きなため息を吐いた。


「そうだ。せっかくお祭りなんだから教授、何か奢ってくださいよ」
「えー……別にいいけど」
「いいのか」
「いいのよ。投資と思えば安いものだわ」
「やったね、ラッキー。何でも言ってみるものね」
「ただし」


 喜ぶ蓮子に、夢美はニヤリと笑ってみせる。
 その顔を見て、嫌な予感がするわ……とメリーは呟いていた。


「その代わり森近の手は借りていくけどね」
「む」


 裾を掴む蓮子の逆側で、夢美は堂々と霖之助の腕を取った。
 身体を押しつけるようにして霖之助に密着するせいで、いろいろと当たっている気がする。
 どうでもいいが、彼女は和服だからと言う理由で付けてないのだろうか。


「教授、やっぱり今はナシで……」
「ダメよ。契約は既に履行されたわ。だから宇佐見、今日は好きに騒いでいいわよ」
「ふたりから目を離せるわけないじゃないですか! ちょっとメリー、なんか言ってやってよ」
「そうね、むしろ盛大に自爆した蓮子に言いたいことは山ほどあるんだけど」


 ジト目で蓮子のほっぺたを軽くつねるメリー。
 さすが契約を重んじる大妖怪らしく、夢美に文句は言わないらしい。
 それでいいのかはさておき。


「こんなところで騒ぐくらいなら、自由行動にすればいいんじゃないかな」
「わかってないわねぇ」
「わかってないねえ」
「わかってないわ、霖之助さん」


 いい思いつきだと思ったのだが、返ってきたのは呆れの視線だった。


「森近にもわかりやすく説明すると……じゃあ宇佐見。今から自由行動にしたとして、どこか行くところはあるのかしら?」
「え? とりあえず霖之助君の行くところですけど」
「マエリベリーは」
「そうですね、私も同じでしょうか」
「わかったかしら。自由行動にしたとしても現状維持ということよ」
「……なるほど、確かに僕の読みが足りなかったようだね」


 腕を組んでいる夢美は言わずもがなということか。
 そう言えば先日のプールでは、話し合ったと言っていた気がする。


「じゃあ観念して、買い物に付き合ってもらいましょうか」
「やれやれ、わかったよ」
「霖之助君、りんご飴が食べたい。あの舌が真っ赤になりそうなやつ」
「じゃあ私は鈴カステラにしようかしら。美味しいのよあれ」
「ご主人、イカ焼きもあるぜ」
「ちゆり、イカ焼きというのはもっとこう丸いものなのよ」


 財布の心配がなくなるや否や、屋台に足を止める頻度が飛躍的に上昇した。
 まるで全店舗を制覇する勢いにも思える。
 だがこれもきっと祭りの醍醐味なのだろう。


「やはり焼鳥の屋台が多いな。……さすがにウナギはないかな」


 数ある屋台の中でも、特によく見かけるのは焼鳥だ。
 ここに彼女がいたらどんな顔をするだろう、とそんな事を考える。


「この屋台って企業が協賛してるみたいだから、どれも美味しいわよね」
「でも怪しい屋台も多いわよ。私、あそこのクジ屋で1等が当たる気がしないわ」
「そうね、あの景品から伸びた糸を辿ってみたいわ」
「思うのはいいが、実際やらないように」


 釘を刺しておかないとやりかねないのが彼女たちの怖いところである。
 霖之助は苦笑を浮かべつつ、口を開いた。


「食べながら転ぶと大変なことになるから、足下に気をつけてくれよ」
「そんなヘマはしないわ」
「そうよね蓮子?」
「なんで私に聞くのよ」
「僕はちゆりに言ったんだが……」
「ああ、大丈夫だぜ」


 言ってはみたものの、ほとんど聞いていないようだ。
 相変わらずあっちこっちをきょろきょろとしている。


「あら、射的があるわ。どう宇佐見、私と一勝負してみる覚悟はあるかしら」
「望むところですよ。もちろん買っても負けても教授の奢りですけどね」
「ふん、ちゃっかりしてるわね。まあいいわ」
「じゃあちょっと行ってくるね、霖之助君」


 嬉々として出店に向かうふたりを見送り、霖之助はため息ひとつ。
 それは隣のメリー、ちゆりも同感のようだった。


「やっぱり同じタイプよね」
「同感だぜ」
「まあ、ねぇ」


 メリーの言葉に、同じタイミングで頷くふたり。
 それから彼女は霖之助とちゆりを見比べると、楽しそうに微笑みを漏らす。


「ふふっ」
「なんだ? 人の顔を見て笑うとは失礼な奴だぜ」
「ごめんなさい。貴方と霖之助さんが並んでる姿を見ると、なんだか懐かしくて」
「マエリベリーも霖之助みたいなことを言うんだな」
「はは。すまないね、ちゆり」


 霖之助は少し膝を曲げると、ちゆりの視線に合わせて彼女の頭を撫でる。
 賢者にも懐かしく思えてしまうのだろう。ますます彼女の笑みが深くなった気がする。

 そうこうしているうちに勝負は付いたようだ。
 蓮子と夢美はそれぞれに戦利品らしきものを手に抱えている。


「さあ霖之助君、判定をお願い!」
「もちろん私の勝ちよね?」
「うーん」


 意気揚々と突き出されたそれらを、霖之助は出来るだけ公平な視線で見比べる。
 片や乾電池で動く音楽プレイヤー。
 もう片方は、霖之助が昔拾ったこともある携帯ゲーム機……型の弁当箱。
 古道具屋の店主たる霖之助の目をもってしても、なんとも判断に困る道具達だった。


「どう思う? メリー」
「どう思うかしら、ちゆりさん」
「どうって言われてもなあ」


 難しい顔をして、ちゆりが首を捻る。
 しばし考えたあと、やがて彼女は結論を下した。


「引き分けと言うことで」
「ええー」
「ちゆり、あなた満腹で目が曇ってるんじゃないの?」
「いや、彼女は正しい判断をしたと思うよ」
「ええ、私もそう思うわ」


 霖之助は頷き、そしてメリーもそれに追従する。
 蓮子と夢美は顔を合わせると、揃ってため息を吐いた。


「仕方ない。決着は次に持ち越しね。ああ、そろそろ時間かしら」
「そう言えばそんな約束だったね。結局何があるんだい?」
「ふふん。空を見なさい」
「空?」


 彼女に言われ、視線を上に向ける。
 よく晴れた夜空。
 星々の輝くその天蓋に、ふと別の光が輝いた。


「たーまやー」


 破裂音、そして歓声。
 鮮やかな花火が夜空を彩り、祭りの一幕に華を添える。


「成功だな、ご主人」
「ええ、そうね。まあ失敗の可能性は万に一つも考えてなかったけど」
「あの花火、君達が用意したのかい?」
「ああ、そうだぜ。すごいだろ」


 嬉しそうに胸を張るちゆりに、夢美も少し照れたらしい。
 主人の手柄を自分のことのように喜べるのは、本当の信頼関係があるからだと思う。


「ちなみに宇佐見が言った屋号だけど、火事で潰れたらしいわよ」
「楽しんでるのに水を差さないでくださいよ、教授」


 夢美の言葉に、蓮子は唇を尖らせた。
 それでも花火の魅力はたいした物らしく、空を見上げては歓声を上げている。


「メリー、もうちょっと高いところで見ようよ」
「そうね、そうしましょうか。霖之助さん、荷物を頼めるかしら?」
「ああ、行ってくるといい」
「私も行きたいぜ」
「いいわよ。行きましょう」


 はしゃぐ蓮子はメリーとちゆりを連れて、校舎の中へと入っていった。
 上の階から見るつもりなのだろう。祭りの期間は部外者と一般生徒は立ち入り禁止のはずなのだが、そんな事はお構いなしらしい。

 ……まあ、ちゆりがいるから完全に一般生徒というわけではないのだが。


「満足してくれたかしら」


 感慨深げに空を見上げていると、再び霖之助の腕に夢美が手を絡めてきた。
 それから霖之助の胸に頬を当てるようにして寄り添う。


「花火が初めてってわけじゃないでしょう?」
「ああ、まあね。似たようなのなら何度も見たさ」


 囁くようなその問いに、霖之助は静かに答える。

 ……人に交じって花火を見上げたのは、いつ以来のことだろう。
 花火っぽいものなら、幻想郷でいくらでも見られたのだが。


「あの打ち上げ花火……私が魔法で作ったと言ったら、信じるかしら」


 まるでなんでもないことのように。
 ぽつりと夢美はそう漏らした。

 顔を伏せているため、彼女の表情を窺い知ることはできない。
 だが霖之助は少しも迷うことなく、ただ頷いてみせる。


「信じるよ」
「あら、あっさりなのね」
「むしろどうして君が驚いてるのかが僕には不思議なんだが。信じて欲しかったんじゃないのかい?」
「どうなのかしらね。純然たる経過と結果があって、他人の意見は些末ごとに過ぎないはずだけど……」


 そこでようやく彼女は顔を上げた。
 自分が作ったという花火を瞳に映し、それから満足そうに相好を崩した。


「少しだけ、嬉しいかもしれないわ」


 それは霖之助が初めて見る、彼女の年相応の笑顔だったかもしれない。
 先程の蓮子の言葉ではないが……夢美もひとりの少女だったのだと、霖之助は今更ながらに実感した。


「どうして花火を魔法で作ろうと思ったんだい? 君の科学力なら、そっちで製造した方が速いと思うんだけど」


 なんとなく問うてみたものの、彼女は何も答えず。
 空に散る光が、ふたりの視線の先にあった。

 赤に、青に。あるいは黄色。
 めまぐるしく入れ替わる閃光は、まるで人の一生のようで。


「綺麗だな」
「でしょう?」


 呟く霖之助に、夢美は頷いて見せた。
 それから、と彼女は言葉を続ける。


「どこかで美しさを競う決闘法があるらしいのよ」
「ふぅん」
「いつかそこに行くために……ま、練習ってやつかしら」
「そうか」


 実にどこかで聞いた話である。
 いつか見た幻想郷での景色。

 ……その中に彼女がいるのも、悪くないと思えてしまった。


「詳しいことはよくわからないが、君の魔法は十分通用すると思うよ」
「本当?」
「ああ。僕が保証しよう。何の役にも立たないとは思うがね」
「そうね。そういう事にしておくわ」


 そう言って彼女は笑う。
 今度はいつもの笑み。

 自信たっぷりな、いつもの岡崎夢美だ。


「ああ、安心したらお腹がすいたわ。いちご大福でも食べようかしら」
「さっきあれだけ食べてただろうに……というか、君でも緊張することもあるんだね」
「あら、私って小心者なのよ?」
「……今のは聞かなかったことにするよ」


 霖之助が苦笑いで返すと、夢美は少し拗ねたように手の力を強めた。
 すると霖之助は彼女に引っ張られるようにバランスを崩し、あわや転びそうになる。


「罰よ。あそこのたこ焼きを一緒に食べなさい」
「はいはい、仕方ないね」
「はいは一度でよろしい。そのあと私達もあっちに行きましょうか。私ももう少し近くで見たくなってきたわ」
「了解。それにしても蓮子達はどこにいるんだろうね」
「あら、決まってるじゃない。ちゆりが一緒なのよ? もちろん……」


 夢美は空を指さした。
 そこから少しだけ校舎の方向へ傾ける。

 研究室のある棟の屋上で、見知った姿を見かけた気がした。


「一番の、特等席よ」

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No title

幻想郷へ行ってからの準備を着々と進めている夢美は流石ですね。
こりゃ霊夢達もうかうかしていられませんなwww

・・・魔法の言葉「付けていない」に心がトキメキました(笑)

教授かーわーいーいー!
ちくしょう、うちの大学にもこんな教授がいたらなぁwww

教授の魅力はこういう、ふとしたところにみせる少女らしさだと思います。パチェリーさん辺りにも通じるものがありますけどこう・・・人間であり、定命であるからこそのいとおしさとかがありません?

ところで教授、一番の特等席はあなたのいるところでしょうwww
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道草

Author:道草
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フラグを立てる話がメインなのでお気を付けください。
同好の士は大ウェルカムだよね。
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