朱鷺色の朝
春なので朱鷺子をひとつ。
そろそろ本編でも朱鷺子の出番をですね。無理ですかね。無理ですね。
霖之助 朱鷺子
混濁した意識の中、霖之助はぽすんと腹部に軽い衝撃を受けた。
何かがぶつかってきたかのような感覚。
だがその正体を確かめるよりも、霖之助は逃避を選択する。
明るい光から逃れるように、意識をより深層へと向け……。
「朝ですよー。おーい」
しかしそんな抵抗虚しく、小さな手に緩く揺さぶられ、霖之助は薄目を開いた。
目の前にいるのは銀と青、そして朱い色をした幼い少女の姿。
見覚えはある。名前が思い出せない。
確か彼女の趣味を端的に表した言葉があったはずだ。
……そう、確か……名無しの目覚まし妖怪。
「このまま起きないのなら、寝顔を激写して天狗に売りつけちゃうよ」
「やめてくれ」
彼女がどこからか取り出したカメラに、両手を挙げて降参のポーズ。
霖之助は少女と目を合わせ、確認するように口を開いた、
「……おはよう、朱鷺子」
「もー、やっと起きたー」
思い出した。
本を読んでいたところを霊夢に襲われた不幸な妖怪。
霖之助と同じく本好きで、どこからか本を拾ってきては繋がりでよく遊びに来るようになり、今では香霖堂の屋根裏に住むようになった少女だ。
霖之助はひとしきり思い出せたことに満足すると、ゆっくりと目を閉じ……。
「って、起きたそばから二度寝しようとするなー!」
「……ああ、そうだね」
頷きながらも、霖之助は布団を手放そうとしない。
朱鷺子が身体の上に乗っているようだが、彼女ひとりの体重くらい軽いものだ。
生きていくための食事が必要ない体質の霖之助ではあるが、さて睡眠はどうかというとむしろ楽しむために取るのである。
ましてや寝起きのまどろみは言わずもがなだ。
「今日は商品の入れ替えをするから早めに起こしてって霖之助が言うからわざわざ早く起こしたのにー」
「……そうだった」
彼女の言葉に、霖之助は渋々上体を起こした。
時計を見ると、いつもの起床時間より1時間ほど早い。
上体を起こした拍子に上に乗っていた朱鷺子がころんと転がりなにやら文句を言ってくるが、それはそれ。
「おはよう、朱鷺子」
「2度目だよ、それ」
「うん、なんだか僕もそんな気がしていたところだ」
「今の霖之助のことを端的に表す言葉を私は知ってる気がするよ」
「たぶん間違ってると思うが、一応聞こうじゃない」
「ダメ亭主!」
「…………」
大きくため息。
どこをどう判断したらその言葉が出てくるのだろうか。
「案の定、間違ってる。覚え直すように」
「ええー? でもスキマのおねーさんがそう言ってたよ?」
「何でも素直に信じることは君の美徳であり、そして欠点でもある。
あのスキマ妖怪の言うことはなんでも疑ってかかるように」
「ほんとにー?」
「そこは素直に頷いていいよ、朱鷺子」
「はーい」
笑顔の不吉なスキマ妖怪は子供の教育に悪いらしい。
彼女の式の式の将来が不安になってくる言葉である。
まあ彼女も朱鷺子のことをなにやら可愛がり、いろいろと本などプレゼントしているようだ。
そしてその本を見せてもらうという恩恵にあずかってる身としては、あまり本人に文句は言えないのだが。
「とにかく、朝ご飯にしよーよ」
「別に食べなくても平気なんだがね」
「朝ご飯は大事なんだよ。朝ご飯を食べることで栄養だけではなく身体がこれから活動するぞっていう準備を」
「わかったわかった。大人しく食べることにする。それでいいだろう」
「そうそう、それでいいのよ」
早口で捲し立てる朱鷺子に根負けし、霖之助は肩を竦めた。
満足そうに頷く彼女に、疑問をひとつ。
「ちなみに誰からその話を聞いたんだい?」
「えっとね、もこー」
「……なるほど、それはなんとも健康志向だ」
いつの間にか幅広い交友関係を持っているようだ。
喜ばしいことなのだろう、たぶん。
「今日の朝ご飯はご飯と味噌汁、それから八宝菜よ」
「つまり昨日の残りだね」
「そうとも言う」
とりあえず朝食を済ませるため、霖之助は眠い目を擦りつつ居間へと向かうのだった。
朝食を済ませ、身だしなみを整える頃にはすっかり目も醒めていた。
いつもだったらようやく起き出す頃だろう。
この時間を有効に使えるのは朱鷺子のおかげということか。
「霖之助ー。これ、最後に掃除したのいつなのー?」
「さて、いつだったかな」
その本人はというと、エプロン姿にはたきを持ったまま固まっていた。
処分する物は好きに持って行っていいという条件で、朱鷺子が手伝ってくれることになっていたのだが。
「おや、これはひどい」
「なんでこんなに埃が溜まってるのよ!」
「何故かというとそれはアレだ、商品が売れなかったからだよ」
「つまり霖之助のせいって事ね」
「……今回ばかりは甘んじて受けておこう」
確かに彼女の言う通り、棚の影になっている部分には埃が堆積していた。
考えてみれば、このあたりの商品を動かした記憶があまりない。
まあそんなだからこそ入れ替えようとしているわけで。
それに商品は順繰りに入れ替えていっているので、すべての棚を一巡する頃にはそれなりの時間が経ってしまうものなのだ。
だから埃が溜まっていても仕方ない。
一応、カウンターから見えるような部分は軽くはたいたりはしていたのだが。
「じゃあ文句ばかり言ってないで早速取りかかろうか」
「文句を言わせている原因は霖之助でしょー!」
朱鷺子が大声を上げるたび、頭と背中の羽根が大きく広がる。
これは威嚇のようなものなのだろうか。あまり迫力はないが。
「で、今日やる分はこの棚だっけ?」
「ああ。まずは全部外に持ち出してくれるかい?」
「わかったー」
今日やろうとしている棚は小物類ばかり置いている場所のため、朱鷺子ひとりでも軽々と持てるようなものばかりだ。
霖之助は朱鷺子に商品を渡しつつ、積もった埃を掃除していく。
「持って行った道具はどうすればいいの?」
「ああ、埃を払って一箇所にまとめておいてくれるかな」
「はーい」
「物を大事にする事は大事だが、大事にするあまり新しい道具との出会いが阻害されては本末転倒なんだよ」
「そんな事言っても、どうせ倉庫に仕舞い直すだけなんでしょ?」
「……まあ、ね」
朱鷺子に図星を指され、霖之助は言葉を詰まらせた。
なんと言ってもまだ使える道具ばかりなのだ。
捨てるなんてとんでもない話である。
まあ、相変わらず使い方がわからない道具も数多いのだが。
「片付いたよ、霖之助」
「ああ、ありがとう」
「あっという間だったね」
「朱鷺子が頑張ってくれたおかげだよ」
「えへへー」
照れる朱鷺子に、霖之助は肩を竦める。
商品棚ひとつ分のスペース。元々ひとりで気が向いたときにやるくらいの仕事量なのだ。
ただその気が向くタイミングがなかなか掴めないので、朱鷺子に手伝って貰ったというわけで。
ひとりだったらあと1ヶ月はそのままだったかもしれない。
「とはいえ、むしろ本番はこれからなんだがね」
「そうなの?」
「そうだとも。空いたスペースに売れそうな商品を選んで置いていくんだ。
これからの季節や客のニーズに合わせてね」
「なるほどー。じゃあ私の出番はなさそうだね」
「そういうこと。でも助かったよ、朱鷺子」
霖之助はひとつ微笑むと、朱鷺子の頭に手を置いた。
そして軽く撫でると、彼女の頬が気持ちよさそうに緩んでいく。
「じゃあ約束だからね、好きなのを持って行くといい」
「ほんとにいいの?」
「もちろん。でもひとつだけだよ?」
「わかってるよー」
早速物色を始める朱鷺子。
先程は運ぶことが優先で道具の内容までは見ていなかったのだろう。
「霖之助、このケースって何?」
「ん」
彼女が発掘したのは楕円形をしたプラスチックケース。
中央にあるボタンを押すと、音もなくそのケースは開いた。
「なんだ、こんなところにあったのか」
「これってメガネだよね」
「ああ。少し前まで僕が使っていたやつだよ。
新しいのに交換した時、どこかになくしてしまったんだが……こんなところにあったのか」
ケースの中には、霖之助が今かけているのと同じ型のメガネが入っていた。
度が少し弱くなったので、せっかくだからとフレームごと交換したのだ。
どこかに仕舞ったはずなのだが、商品棚に紛れてしまっていたらしい。
「私、これにする」
「朱鷺子、でもそれは……」
「なんでもいいんでしょ?」
売り物ではないのだが、と言い掛けた言葉を遮られた。
どのみち使うアテはないので問題ないのだが、疑問は残る。
「別に朱鷺子は目が悪いわけじゃないだろう?」
「そーなんだけど。なんかカッコイイじゃない?」
「そういうものかね」
「そういうものなの! 私の目標はメガネの似合うクールなれでぃーになることなんだから!」
「……まあ、頑張ってくれ」
彼女が望むなら、好きにさせることにした。
霖之助としては外の世界の道具を選んで魅力にとりつかれてくれることを期待したのだが。
そんな事を考えていると、早速朱鷺子はメガネの試着を始めているようだった。
「うー、くらくらする」
「無理に付けない方がいいよ。度が合ってないとそうなるんだ」
「むー……」
眉根を寄せ、何事か唸る朱鷺子。
慣れようと頑張っているらしいが、努力でどうなるものではない。
と言うか弱いとはいえ度が入っているので、慣れたらそれはそれで問題だろう。
「わかったわかった。お礼だしね、朱鷺子に合ったレンズを作ってあげよう」
「ほんと? ありがとう、霖之助!」
頷く朱鷺子に、安堵のため息を漏らす霖之助。
彼女はやると決めたら一直線な上に変なところが頑固なので、あのまま度があってなくてもかけ続けただろう。
全く目が離せない少女だと思う。
まあ、これくらいはいいだろう。手伝って貰ったわけだし。
「じゃあ先に店内を片付けてしまうから、待っていてくれるかな」
「私のほうはあとでもいいから、じっくり考えるといいよー」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「店番は任せてねー」
朱鷺子は手を振り、倉庫に向かう霖之助の背中を見送った。
それから手元のメガネに視線を移し、じっと見つめる。
近くにあった鏡を引き寄せ、メガネを掛ける。
先程と同じく視界が滲むが、もうしばらくの辛抱だ。
「えへへ、おそろいー」
知らず、口元が綻んだ。
その呟きはパタパタという嬉しそうな羽音とともに、香霖堂の店内へ静かに染みていくのだった。
そろそろ本編でも朱鷺子の出番をですね。無理ですかね。無理ですね。
霖之助 朱鷺子
混濁した意識の中、霖之助はぽすんと腹部に軽い衝撃を受けた。
何かがぶつかってきたかのような感覚。
だがその正体を確かめるよりも、霖之助は逃避を選択する。
明るい光から逃れるように、意識をより深層へと向け……。
「朝ですよー。おーい」
しかしそんな抵抗虚しく、小さな手に緩く揺さぶられ、霖之助は薄目を開いた。
目の前にいるのは銀と青、そして朱い色をした幼い少女の姿。
見覚えはある。名前が思い出せない。
確か彼女の趣味を端的に表した言葉があったはずだ。
……そう、確か……名無しの目覚まし妖怪。
「このまま起きないのなら、寝顔を激写して天狗に売りつけちゃうよ」
「やめてくれ」
彼女がどこからか取り出したカメラに、両手を挙げて降参のポーズ。
霖之助は少女と目を合わせ、確認するように口を開いた、
「……おはよう、朱鷺子」
「もー、やっと起きたー」
思い出した。
本を読んでいたところを霊夢に襲われた不幸な妖怪。
霖之助と同じく本好きで、どこからか本を拾ってきては繋がりでよく遊びに来るようになり、今では香霖堂の屋根裏に住むようになった少女だ。
霖之助はひとしきり思い出せたことに満足すると、ゆっくりと目を閉じ……。
「って、起きたそばから二度寝しようとするなー!」
「……ああ、そうだね」
頷きながらも、霖之助は布団を手放そうとしない。
朱鷺子が身体の上に乗っているようだが、彼女ひとりの体重くらい軽いものだ。
生きていくための食事が必要ない体質の霖之助ではあるが、さて睡眠はどうかというとむしろ楽しむために取るのである。
ましてや寝起きのまどろみは言わずもがなだ。
「今日は商品の入れ替えをするから早めに起こしてって霖之助が言うからわざわざ早く起こしたのにー」
「……そうだった」
彼女の言葉に、霖之助は渋々上体を起こした。
時計を見ると、いつもの起床時間より1時間ほど早い。
上体を起こした拍子に上に乗っていた朱鷺子がころんと転がりなにやら文句を言ってくるが、それはそれ。
「おはよう、朱鷺子」
「2度目だよ、それ」
「うん、なんだか僕もそんな気がしていたところだ」
「今の霖之助のことを端的に表す言葉を私は知ってる気がするよ」
「たぶん間違ってると思うが、一応聞こうじゃない」
「ダメ亭主!」
「…………」
大きくため息。
どこをどう判断したらその言葉が出てくるのだろうか。
「案の定、間違ってる。覚え直すように」
「ええー? でもスキマのおねーさんがそう言ってたよ?」
「何でも素直に信じることは君の美徳であり、そして欠点でもある。
あのスキマ妖怪の言うことはなんでも疑ってかかるように」
「ほんとにー?」
「そこは素直に頷いていいよ、朱鷺子」
「はーい」
笑顔の不吉なスキマ妖怪は子供の教育に悪いらしい。
彼女の式の式の将来が不安になってくる言葉である。
まあ彼女も朱鷺子のことをなにやら可愛がり、いろいろと本などプレゼントしているようだ。
そしてその本を見せてもらうという恩恵にあずかってる身としては、あまり本人に文句は言えないのだが。
「とにかく、朝ご飯にしよーよ」
「別に食べなくても平気なんだがね」
「朝ご飯は大事なんだよ。朝ご飯を食べることで栄養だけではなく身体がこれから活動するぞっていう準備を」
「わかったわかった。大人しく食べることにする。それでいいだろう」
「そうそう、それでいいのよ」
早口で捲し立てる朱鷺子に根負けし、霖之助は肩を竦めた。
満足そうに頷く彼女に、疑問をひとつ。
「ちなみに誰からその話を聞いたんだい?」
「えっとね、もこー」
「……なるほど、それはなんとも健康志向だ」
いつの間にか幅広い交友関係を持っているようだ。
喜ばしいことなのだろう、たぶん。
「今日の朝ご飯はご飯と味噌汁、それから八宝菜よ」
「つまり昨日の残りだね」
「そうとも言う」
とりあえず朝食を済ませるため、霖之助は眠い目を擦りつつ居間へと向かうのだった。
朝食を済ませ、身だしなみを整える頃にはすっかり目も醒めていた。
いつもだったらようやく起き出す頃だろう。
この時間を有効に使えるのは朱鷺子のおかげということか。
「霖之助ー。これ、最後に掃除したのいつなのー?」
「さて、いつだったかな」
その本人はというと、エプロン姿にはたきを持ったまま固まっていた。
処分する物は好きに持って行っていいという条件で、朱鷺子が手伝ってくれることになっていたのだが。
「おや、これはひどい」
「なんでこんなに埃が溜まってるのよ!」
「何故かというとそれはアレだ、商品が売れなかったからだよ」
「つまり霖之助のせいって事ね」
「……今回ばかりは甘んじて受けておこう」
確かに彼女の言う通り、棚の影になっている部分には埃が堆積していた。
考えてみれば、このあたりの商品を動かした記憶があまりない。
まあそんなだからこそ入れ替えようとしているわけで。
それに商品は順繰りに入れ替えていっているので、すべての棚を一巡する頃にはそれなりの時間が経ってしまうものなのだ。
だから埃が溜まっていても仕方ない。
一応、カウンターから見えるような部分は軽くはたいたりはしていたのだが。
「じゃあ文句ばかり言ってないで早速取りかかろうか」
「文句を言わせている原因は霖之助でしょー!」
朱鷺子が大声を上げるたび、頭と背中の羽根が大きく広がる。
これは威嚇のようなものなのだろうか。あまり迫力はないが。
「で、今日やる分はこの棚だっけ?」
「ああ。まずは全部外に持ち出してくれるかい?」
「わかったー」
今日やろうとしている棚は小物類ばかり置いている場所のため、朱鷺子ひとりでも軽々と持てるようなものばかりだ。
霖之助は朱鷺子に商品を渡しつつ、積もった埃を掃除していく。
「持って行った道具はどうすればいいの?」
「ああ、埃を払って一箇所にまとめておいてくれるかな」
「はーい」
「物を大事にする事は大事だが、大事にするあまり新しい道具との出会いが阻害されては本末転倒なんだよ」
「そんな事言っても、どうせ倉庫に仕舞い直すだけなんでしょ?」
「……まあ、ね」
朱鷺子に図星を指され、霖之助は言葉を詰まらせた。
なんと言ってもまだ使える道具ばかりなのだ。
捨てるなんてとんでもない話である。
まあ、相変わらず使い方がわからない道具も数多いのだが。
「片付いたよ、霖之助」
「ああ、ありがとう」
「あっという間だったね」
「朱鷺子が頑張ってくれたおかげだよ」
「えへへー」
照れる朱鷺子に、霖之助は肩を竦める。
商品棚ひとつ分のスペース。元々ひとりで気が向いたときにやるくらいの仕事量なのだ。
ただその気が向くタイミングがなかなか掴めないので、朱鷺子に手伝って貰ったというわけで。
ひとりだったらあと1ヶ月はそのままだったかもしれない。
「とはいえ、むしろ本番はこれからなんだがね」
「そうなの?」
「そうだとも。空いたスペースに売れそうな商品を選んで置いていくんだ。
これからの季節や客のニーズに合わせてね」
「なるほどー。じゃあ私の出番はなさそうだね」
「そういうこと。でも助かったよ、朱鷺子」
霖之助はひとつ微笑むと、朱鷺子の頭に手を置いた。
そして軽く撫でると、彼女の頬が気持ちよさそうに緩んでいく。
「じゃあ約束だからね、好きなのを持って行くといい」
「ほんとにいいの?」
「もちろん。でもひとつだけだよ?」
「わかってるよー」
早速物色を始める朱鷺子。
先程は運ぶことが優先で道具の内容までは見ていなかったのだろう。
「霖之助、このケースって何?」
「ん」
彼女が発掘したのは楕円形をしたプラスチックケース。
中央にあるボタンを押すと、音もなくそのケースは開いた。
「なんだ、こんなところにあったのか」
「これってメガネだよね」
「ああ。少し前まで僕が使っていたやつだよ。
新しいのに交換した時、どこかになくしてしまったんだが……こんなところにあったのか」
ケースの中には、霖之助が今かけているのと同じ型のメガネが入っていた。
度が少し弱くなったので、せっかくだからとフレームごと交換したのだ。
どこかに仕舞ったはずなのだが、商品棚に紛れてしまっていたらしい。
「私、これにする」
「朱鷺子、でもそれは……」
「なんでもいいんでしょ?」
売り物ではないのだが、と言い掛けた言葉を遮られた。
どのみち使うアテはないので問題ないのだが、疑問は残る。
「別に朱鷺子は目が悪いわけじゃないだろう?」
「そーなんだけど。なんかカッコイイじゃない?」
「そういうものかね」
「そういうものなの! 私の目標はメガネの似合うクールなれでぃーになることなんだから!」
「……まあ、頑張ってくれ」
彼女が望むなら、好きにさせることにした。
霖之助としては外の世界の道具を選んで魅力にとりつかれてくれることを期待したのだが。
そんな事を考えていると、早速朱鷺子はメガネの試着を始めているようだった。
「うー、くらくらする」
「無理に付けない方がいいよ。度が合ってないとそうなるんだ」
「むー……」
眉根を寄せ、何事か唸る朱鷺子。
慣れようと頑張っているらしいが、努力でどうなるものではない。
と言うか弱いとはいえ度が入っているので、慣れたらそれはそれで問題だろう。
「わかったわかった。お礼だしね、朱鷺子に合ったレンズを作ってあげよう」
「ほんと? ありがとう、霖之助!」
頷く朱鷺子に、安堵のため息を漏らす霖之助。
彼女はやると決めたら一直線な上に変なところが頑固なので、あのまま度があってなくてもかけ続けただろう。
全く目が離せない少女だと思う。
まあ、これくらいはいいだろう。手伝って貰ったわけだし。
「じゃあ先に店内を片付けてしまうから、待っていてくれるかな」
「私のほうはあとでもいいから、じっくり考えるといいよー」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「店番は任せてねー」
朱鷺子は手を振り、倉庫に向かう霖之助の背中を見送った。
それから手元のメガネに視線を移し、じっと見つめる。
近くにあった鏡を引き寄せ、メガネを掛ける。
先程と同じく視界が滲むが、もうしばらくの辛抱だ。
「えへへ、おそろいー」
知らず、口元が綻んだ。
その呟きはパタパタという嬉しそうな羽音とともに、香霖堂の店内へ静かに染みていくのだった。
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No title
朱鷺子がいい奥さんにしか見えない(笑)
しっかり者の面も見せつつ、霖之助とのおそろいを嬉しがる可愛らしさも見られて、
思わず2828。すでに同棲しているわけですから、それ以上の関係になるのも
問題ないのではと思ったり。まぁそう簡単にはいきませんけどねwww
・・・霖之助の寝顔の写真は一体いくらで買い取られるのだろうか(笑)
しっかり者の面も見せつつ、霖之助とのおそろいを嬉しがる可愛らしさも見られて、
思わず2828。すでに同棲しているわけですから、それ以上の関係になるのも
問題ないのではと思ったり。まぁそう簡単にはいきませんけどねwww
・・・霖之助の寝顔の写真は一体いくらで買い取られるのだろうか(笑)
お揃いのものをもらって喜ぶ少女。うーん、可愛い!
僕も名無しの目覚まし妖怪が欲しいです。
僕も名無しの目覚まし妖怪が欲しいです。
No title
名無しの目ざまし妖怪吹いたww
しかしこの朱鷺子可愛すぎである。まさに幼な妻!!
もしくは早くに母親を亡くしてしまい、生活能力皆無の父親を頑張って支えてる健気な娘!
しかしこの朱鷺子可愛すぎである。まさに幼な妻!!
もしくは早くに母親を亡くしてしまい、生活能力皆無の父親を頑張って支えてる健気な娘!
No title
目覚まし妖怪て。
まあ寝惚けてたからね。仕方ないね。
そして朱鷺子が居候から看板娘を経ていつしか奥さんになるのも仕方ないね。
話は変わりますが、今日久々にさと霖ゴーストを起動していて、初めてゆかりんが出てくるのに気付きました。
いや、アイコン化とかしなかったもんで……
まあ寝惚けてたからね。仕方ないね。
そして朱鷺子が居候から看板娘を経ていつしか奥さんになるのも仕方ないね。
話は変わりますが、今日久々にさと霖ゴーストを起動していて、初めてゆかりんが出てくるのに気付きました。
いや、アイコン化とかしなかったもんで……
No title
霖之助さんが完璧にダメ亭主だこれ。
あと、二人のおそろいは
おそろいの眼鏡→おそろいの服→中略→おそろいの指輪
という流れですねよく分かります。
あと、二人のおそろいは
おそろいの眼鏡→おそろいの服→中略→おそろいの指輪
という流れですねよく分かります。
なにこの朱鷺子かわいい。
あれですねいい奥さんでありながら可愛らしい看板娘、そして目覚ましを兼ねるなんておそろしい子…www
結婚式には呼んでくださいね。
あと、目のハイライトの消えた魔理沙や霊夢にいびられないよう気を付けてwww
あれですねいい奥さんでありながら可愛らしい看板娘、そして目覚ましを兼ねるなんておそろしい子…www
結婚式には呼んでくださいね。
あと、目のハイライトの消えた魔理沙や霊夢にいびられないよう気を付けてwww
ところで名無しの本読み妖怪と種族不明の本好きな半人半妖だとどんな子供ができるかね?