黒いカラスと黒い布
先日鬼さんから『ストカー黒パンスト文霖(原文ママ)』を書くようにという話だったので文霖。
ウフフ。
霖之助 文
見られている。
いつしか直感は確信に変わっていた。
首筋あたりがむずむずするのは、きっとそのせいだろう。
霖之助は視線を窓の外に向け、ため息ひとつ。
上手く隠れているつもりだろうが、無意味なことだ。
「文、いるんだろう?」
「あやややや」
霖之助が声を上げると、窓の外からガタガタという音が聞こえてきた。
声は予想通り、天狗の少女のものだ。
「見つかってしまいましたか」
「隠れられると思っていたのかい?」
やがて窓から顔を覗かせた少女に、霖之助は肩を竦める。
「ええ、思ってました。撮影技術には結構自信があったんですけどねぇ」
「それは甘い見通しと言わざるを得ないね。それに撮影じゃなくて盗撮だろう」
「いえいえ、滅相もない」
窓越しに、彼女は首を傾げる。
自信があったというのは本当なのだろう。
しかし霖之助の能力の前には児戯に等しい。
なにせ視界の隅で『名称:文のカメラ』などというものがちらつくのだ。
……気づくなという方が無理かもしれない。
「仕方ありませんね。隠密取材は失敗です」
文は諦めたように、あっさりと窓から離れた。
姿が見えなくなったのはほんの僅かのこと。
カランカランというカウベルの音とともに、再び玄関から天狗の少女が顔を覗かせる。
「というわけで、密着取材をしたいと思います」
「どういうわけだい、まったく」
……どうして幻想郷の少女というものは、人の話を聞かないのだろうか。
長年の疑問に再び挑もうとした霖之助だったが、すぐに無駄だと悟る。
わからないことは考えない。
それが幻想郷で生き抜くためには必要なのだ。
「ひょっとして、またネタ切れというやつかな?」
「……ええまあ、似たようなものです。または余計ですけど」
文は霖之助の対面に腰かけると、ぱらぱらと手帳をめくる。
寄せられた眉根は、彼女の心境を物語っているようだ。
「ここのところ幻想郷が平和すぎるのですよ。大きな異変もないですし」
「いいことじゃないか」
「とんでもない! 好奇心の塊みたいな私を退屈で殺す気ですか!」
「退屈が妖怪の大敵というのはよくわかるがね」
「おかげで私の新聞の発行部数も下がる一方ですよ」
「それはあんまり関係が……いや、なんでもない」
危うく余計な一言を言うところだった。
文の視線を避け、コーヒーの入ったカップを傾けることで表情を隠す。
黒い液体とどろりとした苦みが口の中に広がった。
気分転換に入れてみたのだが、なかなかどうして悪くない。
「いつも通り、文が事件を起こして記事にすればいいじゃないか」
「ちょっと霖之助さん。まるで私がいつも自作自演をしているような言い方はやめてくださいよ」
「違うのかい?」
「私は清く正しい射命丸ですよ? ……最近少々警戒されてることは事実ですけど」
「なるほど、よくわかった」
どのあたりが清く正しいかはさておき。否定はしないあたり、あながち間違いでもないのだろう。
苦笑しつつ、先日霊夢から貰ったパパラッチお断りの御札を思い出した。
霖之助が使うわけではないが、文の普段の行動が実によくわかるというものだ。
「で、困った君は香霖堂の取材でもしに来たというわけかな」
「そのはずなんですけどねぇ」
文はそこで店内を見渡すと、ゆっくりと霖之助に視線を戻した。
それからあからさまにため息を吐き、言葉を続ける。
「この4日間、店に来たのは客はゼロですよ、ゼロ! やる気あるんですか? この店」
「もちろんだとも。たまたま客足が悪かっただけで。それに来店者は何人かいただろう?」
「紅白や白黒は数に数えないことにしております」
「……賢明な判断だ」
彼女の言葉通り、霊夢達は常連ではあるが客ではない。
数に計上することは出来ないだろう。
いや、それ以前に気になることがひとつ。
「というか、いったいいつから見ていたんだい?」
「そんな事はどうでもいいじゃないですか。取材に来たのに当てが外れたこの私のやるせなさの責任を取ってくださいよ!」
「どうして逆ギレしてるんだい、君は」
だいたい責任取れとか真昼に叫ばないで欲しいものだ。
あらぬ誤解をされたら困るではないか。
「そこでひとつ霖之助さんにお願いがあるんですけど」
と、そんな霖之助の心境を知ってか知らずか文は満面の笑みを浮かべる。
「仕方がないので、店主さんを取材しようかと思います」
「僕の?」
「はい」
「商品ではなく?」
「それはいつもやってるじゃないですか」
「そうだね、あまり効果は見られないけど」
「それは私のせいじゃありませんよ」
霖之助の言葉に、文は視線を逸らす。
霖之助にとっても耳の痛い言葉だが、彼女にとっても自覚はあるらしい。
しばしの沈黙。
……だがこの話を追及してもお互いにいいことはなさそうなので、霖之助は話題を変えることにした。
「しかし僕個人を記事にしても、いったい誰が喜ぶのやら」
「それはそれ、ある方面の方々が大喜びですよ」
「酒の肴にかい? 変な噂が一人歩きするのは勘弁願いたいんだが」
「じゃあごくごく一部、数人ほどで」
「そこまで話題にならないのもそれはそれで哀しいものがあるな」
「わがままですねぇ、もう」
腰に手を当て、苦笑いを浮かべる文。
んー、と考える素振りを見せると、霖之助の顔をじっと見つめる。
「例えば霖之助さんを知ってる人は、霖之助さんの取材が載ってたら私の新聞取ってくれそうじゃないですか」
「かもしれないけどね。君の新聞はそれでいいのかい?」
「使えるものはなんだって使う。女は計算高い生き物なんです」
「一般論にすり替えないでくれ。怖いじゃないか」
「これは失礼。それに私思ったんですよ」
そして彼女はふと真面目な表情を浮かべる。
その手には彼女の新聞。1週間ほど前に発行されたものだ。
内容については……今は割愛しておこう。
「幻想郷の住人には、そもそも新聞を読むって習慣がないと思うんですよね」
「まあ、そうだろうね」
少し前まで、幻想郷では紙は貴重な物だった。
ある時期を境に大量に紙が流れ込んでくるようになったのだが、昔から紙を扱ってきた天狗と違って人間に印刷技術があるわけではない。
従って、新聞などという代物は人間の間では縁が薄いものだった。
もちろん天狗の新聞が人間向けに作られてないというのも大きな要因ではあるが。
「まずはそこからどうにかしないといけないと思うんですよ。そのきっかけになれば」
「なるほどね」
「そうしたらきっと、天狗の中じゃイマイチ人気のない私の新聞もいつしか大人気に」
「……それはどうだろう」
確かにその考えは霖之助も共感できるものだ。
アカデミズムによる幻想郷の発展こそ彼が望むものでもある。
……なんとなく動機が不純のような気はするが、そこは目をつぶるとしよう。
「そんなわけで、霖之助さん。霊夢さんや魔理沙さんが知らないけど人に話してもいいくらいのちょっとした秘密のエピソードあたりお願いします」
「またずいぶん限定的な質問だね」
「それくらいがいいのですよ。私が公表しても惜しくない程度の情報で、なおかつそれくらいの秘密を話して貰えるという間柄をアピールできれば」
「何か言ったかい?」
「いえいえこちらの話しです」
怪しげな天狗の笑みに、霖之助は肩を竦めた。
胡散臭い笑顔はスキマ妖怪を思い出すからやめて欲しいのだが。
「ありませんか?」
「取り立ててわざわざ話すまでもないことならあるよ。面白いかは保証できないし、紙面に使えるかも確約できないが」
「かまいませんよ、むしろどんと来いです」
表情を輝かせる文に、しかし霖之助は首を振る。
「ちょっと待った。まだ僕は受けるとは言ってないよ」
「あやや、そうでしたっけ?」
「商売の基本はギブアンドテイクさ。わかってるだろう?」
「むむむ、つまり霖之助さんは私の身体を……」
「まあ、間違ってはいないが」
「えっ?」
文の驚く声を聞きながら、店内を見渡す霖之助。
雑然と並べられた魔界、霊界、そして外の世界の道具を眺めつつ、ため息をついた。
「文、うちの商品が売れないのはどうしてだと思う?」
「特に魅力的な商品がないからじゃないでしょうか」
「…………」
こうもはっきりと言われると、さすがにぐざりと来るものがある。
……なんとか気を取り直し、咳払いひとつ。
「正確には、魅力的な商品があるということを知らない事だと思うね」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ、きっとね」
半ば自分に言い聞かせるようにして、霖之助は断言した。
店内、そして文の顔へと交互に視線を移す。
「先程君が言った言葉に近いんだが、幻想郷ではまだまだ外の世界の道具を活用するという習慣があまりないと考えられる。
それはつまり、使ってる者があまりいないせいでその便利さが十分に認知されていないことが大きいだろう」
「なるほど確かにそれはあるかも知れませんね。それだけが理由とは思えませんけど」
「君の言いたいことはわかっているが、余計なことは言わなくてよろしい」
先手を打ちつつ、もしくは予防線を張りつつ。
霖之助は手元のマグカップを口に運んだ。
そもそもこのコーヒーにしたってそうだ。
実際使ってみれば虜になる人間も少なくはないだろうに、そもそもこれを使おうという発想があまりないのだろう。
それでは商品が売れないのも無理はない。
あるいは、ここ香霖堂で売り出されていることを知らないのかもしれないが。
……それは後の課題である。
それから霖之助は言葉を切り、文の顔を見つめた。
「君は人前に出る事が多いだろう?」
「ええ、そうですね。天狗の中でも一番だと自負してますよ」
「だったら話は早い。君にはうちの商品を人前で使って貰いたいんだよ」
「それだけですか?」
「ああ、簡単だろう?」
「簡単ですね。簡単すぎて裏がありそうなくらいに」
さすがだ、と霖之助は頷いた。
人間の何倍も頭の回転が速いと言われているのはあながち間違いでもないのだろう。
「使う際、出来るだけ商品の魅力をわかりやすいように伝えて欲しい。
要するに宣伝も兼ねてるということだね」
「なるほど。まずは実演してみせるって事ですね」
「ああ。外の世界で似たようなマーケティング方法があるらしい」
なんでも、口コミが広がるのがブームの第一歩という話だ。
その真偽は定かではないが、試してみる価値はあるだろう。
「君ならスタイルもいいし、注目されると思ってね」
「あやや、褒めても何も出ませんよ」
珍しく、文が慌てた気がした。
それから彼女はなにやら考えていたようだが、やがて意を決したようにひとつ頷く。
「わかりました。霖之助さんの要望を飲むことにします」
「よし、商談成立だね」
文はネタを。
霖之助は広告を。
これぞギブアンドテイクというやつだろう。
常にこうありたいものである。
「それで私は何を使えばいいですか?」
「それなんだが……」
霖之助は腕組みをして、思考に沈む。
いろいろ考えてはみたものの……この手法の難しさは、あくまで自然でなくてはならないことにある。
宣伝だと気づかれてしまっては意味がないのだ。
「……どの道具を使うかは、君に任せるよ」
「私にですか?」
「そもそも君が気軽に使ってくれそうな道具じゃないと意味がないからね。
できるだけ普段から身につけられていられるような道具がいいんだが」
「なるほどなるほど。そういうことですか」
ふむふむ、と頷く文。
それから店内を物色するように見渡し……そこで彼女は首を傾げた。
「道具というのは、身につけるものとかでも構わないんですか?」
「そうだね、最初は何でも構わないよ。折を見て何か頼むかもしれないが」
「わかりました。じゃあ霖之助さんのオススメってことにしておきますね」
「まあそれくらいなら構わない、かな」
まずは本当に効果があるのかの検証をしなければならない。
売りたい道具を選択するのは、それからでも遅くはないだろう。
「温かくなってきたとは言え、上空はまだ肌寒いですからね。渡りに舟というやつでしょうか」
「……何を持っていくつもりだい? 文」
「それはあとのお楽しみってことで、ひとつ。
ではご理解を頂けたところで、私も霖之助さんに密着取材を開始したいと思います」
「インタビューじゃなかったのかい?」
「たいして差はありませんよ、たぶん」
そう言って文はスススと霖之助ににじり寄ってきた。
密着取材とは例えであって実際に密着する必要はないと思うのだが。
きっとまた、言っても無駄なのだろう。
「じゃあまず第1問! えーと……」
「まずは質問を決めてから来てくれないかな」
「今決めます! すぐ決めます!」
文は手帳に質問候補らしき文字をものすごいスピードで書き始めた。
そんな姿を見、霖之助はため息ひとつ。
まさかすべて質問されるのだろうかと、先が思い遣られつつ。
意外と可愛い文字だ、と思いながら。
それから数日後。
店主オススメの黒ストッキングとの口コミから、霖之助は黒ストッキング好きとの噂が立つことになるのだが。
それはまた、別の話。
ウフフ。
霖之助 文
見られている。
いつしか直感は確信に変わっていた。
首筋あたりがむずむずするのは、きっとそのせいだろう。
霖之助は視線を窓の外に向け、ため息ひとつ。
上手く隠れているつもりだろうが、無意味なことだ。
「文、いるんだろう?」
「あやややや」
霖之助が声を上げると、窓の外からガタガタという音が聞こえてきた。
声は予想通り、天狗の少女のものだ。
「見つかってしまいましたか」
「隠れられると思っていたのかい?」
やがて窓から顔を覗かせた少女に、霖之助は肩を竦める。
「ええ、思ってました。撮影技術には結構自信があったんですけどねぇ」
「それは甘い見通しと言わざるを得ないね。それに撮影じゃなくて盗撮だろう」
「いえいえ、滅相もない」
窓越しに、彼女は首を傾げる。
自信があったというのは本当なのだろう。
しかし霖之助の能力の前には児戯に等しい。
なにせ視界の隅で『名称:文のカメラ』などというものがちらつくのだ。
……気づくなという方が無理かもしれない。
「仕方ありませんね。隠密取材は失敗です」
文は諦めたように、あっさりと窓から離れた。
姿が見えなくなったのはほんの僅かのこと。
カランカランというカウベルの音とともに、再び玄関から天狗の少女が顔を覗かせる。
「というわけで、密着取材をしたいと思います」
「どういうわけだい、まったく」
……どうして幻想郷の少女というものは、人の話を聞かないのだろうか。
長年の疑問に再び挑もうとした霖之助だったが、すぐに無駄だと悟る。
わからないことは考えない。
それが幻想郷で生き抜くためには必要なのだ。
「ひょっとして、またネタ切れというやつかな?」
「……ええまあ、似たようなものです。または余計ですけど」
文は霖之助の対面に腰かけると、ぱらぱらと手帳をめくる。
寄せられた眉根は、彼女の心境を物語っているようだ。
「ここのところ幻想郷が平和すぎるのですよ。大きな異変もないですし」
「いいことじゃないか」
「とんでもない! 好奇心の塊みたいな私を退屈で殺す気ですか!」
「退屈が妖怪の大敵というのはよくわかるがね」
「おかげで私の新聞の発行部数も下がる一方ですよ」
「それはあんまり関係が……いや、なんでもない」
危うく余計な一言を言うところだった。
文の視線を避け、コーヒーの入ったカップを傾けることで表情を隠す。
黒い液体とどろりとした苦みが口の中に広がった。
気分転換に入れてみたのだが、なかなかどうして悪くない。
「いつも通り、文が事件を起こして記事にすればいいじゃないか」
「ちょっと霖之助さん。まるで私がいつも自作自演をしているような言い方はやめてくださいよ」
「違うのかい?」
「私は清く正しい射命丸ですよ? ……最近少々警戒されてることは事実ですけど」
「なるほど、よくわかった」
どのあたりが清く正しいかはさておき。否定はしないあたり、あながち間違いでもないのだろう。
苦笑しつつ、先日霊夢から貰ったパパラッチお断りの御札を思い出した。
霖之助が使うわけではないが、文の普段の行動が実によくわかるというものだ。
「で、困った君は香霖堂の取材でもしに来たというわけかな」
「そのはずなんですけどねぇ」
文はそこで店内を見渡すと、ゆっくりと霖之助に視線を戻した。
それからあからさまにため息を吐き、言葉を続ける。
「この4日間、店に来たのは客はゼロですよ、ゼロ! やる気あるんですか? この店」
「もちろんだとも。たまたま客足が悪かっただけで。それに来店者は何人かいただろう?」
「紅白や白黒は数に数えないことにしております」
「……賢明な判断だ」
彼女の言葉通り、霊夢達は常連ではあるが客ではない。
数に計上することは出来ないだろう。
いや、それ以前に気になることがひとつ。
「というか、いったいいつから見ていたんだい?」
「そんな事はどうでもいいじゃないですか。取材に来たのに当てが外れたこの私のやるせなさの責任を取ってくださいよ!」
「どうして逆ギレしてるんだい、君は」
だいたい責任取れとか真昼に叫ばないで欲しいものだ。
あらぬ誤解をされたら困るではないか。
「そこでひとつ霖之助さんにお願いがあるんですけど」
と、そんな霖之助の心境を知ってか知らずか文は満面の笑みを浮かべる。
「仕方がないので、店主さんを取材しようかと思います」
「僕の?」
「はい」
「商品ではなく?」
「それはいつもやってるじゃないですか」
「そうだね、あまり効果は見られないけど」
「それは私のせいじゃありませんよ」
霖之助の言葉に、文は視線を逸らす。
霖之助にとっても耳の痛い言葉だが、彼女にとっても自覚はあるらしい。
しばしの沈黙。
……だがこの話を追及してもお互いにいいことはなさそうなので、霖之助は話題を変えることにした。
「しかし僕個人を記事にしても、いったい誰が喜ぶのやら」
「それはそれ、ある方面の方々が大喜びですよ」
「酒の肴にかい? 変な噂が一人歩きするのは勘弁願いたいんだが」
「じゃあごくごく一部、数人ほどで」
「そこまで話題にならないのもそれはそれで哀しいものがあるな」
「わがままですねぇ、もう」
腰に手を当て、苦笑いを浮かべる文。
んー、と考える素振りを見せると、霖之助の顔をじっと見つめる。
「例えば霖之助さんを知ってる人は、霖之助さんの取材が載ってたら私の新聞取ってくれそうじゃないですか」
「かもしれないけどね。君の新聞はそれでいいのかい?」
「使えるものはなんだって使う。女は計算高い生き物なんです」
「一般論にすり替えないでくれ。怖いじゃないか」
「これは失礼。それに私思ったんですよ」
そして彼女はふと真面目な表情を浮かべる。
その手には彼女の新聞。1週間ほど前に発行されたものだ。
内容については……今は割愛しておこう。
「幻想郷の住人には、そもそも新聞を読むって習慣がないと思うんですよね」
「まあ、そうだろうね」
少し前まで、幻想郷では紙は貴重な物だった。
ある時期を境に大量に紙が流れ込んでくるようになったのだが、昔から紙を扱ってきた天狗と違って人間に印刷技術があるわけではない。
従って、新聞などという代物は人間の間では縁が薄いものだった。
もちろん天狗の新聞が人間向けに作られてないというのも大きな要因ではあるが。
「まずはそこからどうにかしないといけないと思うんですよ。そのきっかけになれば」
「なるほどね」
「そうしたらきっと、天狗の中じゃイマイチ人気のない私の新聞もいつしか大人気に」
「……それはどうだろう」
確かにその考えは霖之助も共感できるものだ。
アカデミズムによる幻想郷の発展こそ彼が望むものでもある。
……なんとなく動機が不純のような気はするが、そこは目をつぶるとしよう。
「そんなわけで、霖之助さん。霊夢さんや魔理沙さんが知らないけど人に話してもいいくらいのちょっとした秘密のエピソードあたりお願いします」
「またずいぶん限定的な質問だね」
「それくらいがいいのですよ。私が公表しても惜しくない程度の情報で、なおかつそれくらいの秘密を話して貰えるという間柄をアピールできれば」
「何か言ったかい?」
「いえいえこちらの話しです」
怪しげな天狗の笑みに、霖之助は肩を竦めた。
胡散臭い笑顔はスキマ妖怪を思い出すからやめて欲しいのだが。
「ありませんか?」
「取り立ててわざわざ話すまでもないことならあるよ。面白いかは保証できないし、紙面に使えるかも確約できないが」
「かまいませんよ、むしろどんと来いです」
表情を輝かせる文に、しかし霖之助は首を振る。
「ちょっと待った。まだ僕は受けるとは言ってないよ」
「あやや、そうでしたっけ?」
「商売の基本はギブアンドテイクさ。わかってるだろう?」
「むむむ、つまり霖之助さんは私の身体を……」
「まあ、間違ってはいないが」
「えっ?」
文の驚く声を聞きながら、店内を見渡す霖之助。
雑然と並べられた魔界、霊界、そして外の世界の道具を眺めつつ、ため息をついた。
「文、うちの商品が売れないのはどうしてだと思う?」
「特に魅力的な商品がないからじゃないでしょうか」
「…………」
こうもはっきりと言われると、さすがにぐざりと来るものがある。
……なんとか気を取り直し、咳払いひとつ。
「正確には、魅力的な商品があるということを知らない事だと思うね」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ、きっとね」
半ば自分に言い聞かせるようにして、霖之助は断言した。
店内、そして文の顔へと交互に視線を移す。
「先程君が言った言葉に近いんだが、幻想郷ではまだまだ外の世界の道具を活用するという習慣があまりないと考えられる。
それはつまり、使ってる者があまりいないせいでその便利さが十分に認知されていないことが大きいだろう」
「なるほど確かにそれはあるかも知れませんね。それだけが理由とは思えませんけど」
「君の言いたいことはわかっているが、余計なことは言わなくてよろしい」
先手を打ちつつ、もしくは予防線を張りつつ。
霖之助は手元のマグカップを口に運んだ。
そもそもこのコーヒーにしたってそうだ。
実際使ってみれば虜になる人間も少なくはないだろうに、そもそもこれを使おうという発想があまりないのだろう。
それでは商品が売れないのも無理はない。
あるいは、ここ香霖堂で売り出されていることを知らないのかもしれないが。
……それは後の課題である。
それから霖之助は言葉を切り、文の顔を見つめた。
「君は人前に出る事が多いだろう?」
「ええ、そうですね。天狗の中でも一番だと自負してますよ」
「だったら話は早い。君にはうちの商品を人前で使って貰いたいんだよ」
「それだけですか?」
「ああ、簡単だろう?」
「簡単ですね。簡単すぎて裏がありそうなくらいに」
さすがだ、と霖之助は頷いた。
人間の何倍も頭の回転が速いと言われているのはあながち間違いでもないのだろう。
「使う際、出来るだけ商品の魅力をわかりやすいように伝えて欲しい。
要するに宣伝も兼ねてるということだね」
「なるほど。まずは実演してみせるって事ですね」
「ああ。外の世界で似たようなマーケティング方法があるらしい」
なんでも、口コミが広がるのがブームの第一歩という話だ。
その真偽は定かではないが、試してみる価値はあるだろう。
「君ならスタイルもいいし、注目されると思ってね」
「あやや、褒めても何も出ませんよ」
珍しく、文が慌てた気がした。
それから彼女はなにやら考えていたようだが、やがて意を決したようにひとつ頷く。
「わかりました。霖之助さんの要望を飲むことにします」
「よし、商談成立だね」
文はネタを。
霖之助は広告を。
これぞギブアンドテイクというやつだろう。
常にこうありたいものである。
「それで私は何を使えばいいですか?」
「それなんだが……」
霖之助は腕組みをして、思考に沈む。
いろいろ考えてはみたものの……この手法の難しさは、あくまで自然でなくてはならないことにある。
宣伝だと気づかれてしまっては意味がないのだ。
「……どの道具を使うかは、君に任せるよ」
「私にですか?」
「そもそも君が気軽に使ってくれそうな道具じゃないと意味がないからね。
できるだけ普段から身につけられていられるような道具がいいんだが」
「なるほどなるほど。そういうことですか」
ふむふむ、と頷く文。
それから店内を物色するように見渡し……そこで彼女は首を傾げた。
「道具というのは、身につけるものとかでも構わないんですか?」
「そうだね、最初は何でも構わないよ。折を見て何か頼むかもしれないが」
「わかりました。じゃあ霖之助さんのオススメってことにしておきますね」
「まあそれくらいなら構わない、かな」
まずは本当に効果があるのかの検証をしなければならない。
売りたい道具を選択するのは、それからでも遅くはないだろう。
「温かくなってきたとは言え、上空はまだ肌寒いですからね。渡りに舟というやつでしょうか」
「……何を持っていくつもりだい? 文」
「それはあとのお楽しみってことで、ひとつ。
ではご理解を頂けたところで、私も霖之助さんに密着取材を開始したいと思います」
「インタビューじゃなかったのかい?」
「たいして差はありませんよ、たぶん」
そう言って文はスススと霖之助ににじり寄ってきた。
密着取材とは例えであって実際に密着する必要はないと思うのだが。
きっとまた、言っても無駄なのだろう。
「じゃあまず第1問! えーと……」
「まずは質問を決めてから来てくれないかな」
「今決めます! すぐ決めます!」
文は手帳に質問候補らしき文字をものすごいスピードで書き始めた。
そんな姿を見、霖之助はため息ひとつ。
まさかすべて質問されるのだろうかと、先が思い遣られつつ。
意外と可愛い文字だ、と思いながら。
それから数日後。
店主オススメの黒ストッキングとの口コミから、霖之助は黒ストッキング好きとの噂が立つことになるのだが。
それはまた、別の話。
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No title
今回の文の取材の効果でどれくらい黒ストッキングの購入率が
増えることやらwww
しかし、もし香霖堂に無数の隠しカメラが設置されていたらと考えると
なんだかゾっとするものがありますね・・・
増えることやらwww
しかし、もし香霖堂に無数の隠しカメラが設置されていたらと考えると
なんだかゾっとするものがありますね・・・
No title
東方SS200個目おめでとうございます。
これからも楽しみに待ってます。
これからも楽しみに待ってます。
記事を読んだアリスがガッツポーズしてそうなwwwww
このあと、香霖堂は黒ストを求める少女達で繁盛したとか。 しないとか。
霖之助のストーカーと言えば紫様もよく候補に上がりますよね。・・・・・・はっ、つまり香霖堂では日夜縄張り争いが起こっているんだよ!!
霖之助のストーカーと言えば紫様もよく候補に上がりますよね。・・・・・・はっ、つまり香霖堂では日夜縄張り争いが起こっているんだよ!!
No title
計算高いはずなのに、どこか抜けてそうな文ちゃんですね。
同じく計算高くやった霖之助なのに、最後の噂でひと騒動に巻き込まれそうw
同じく計算高くやった霖之助なのに、最後の噂でひと騒動に巻き込まれそうw
これで次はアリスがスカートをたくし上げて黒パンストを見せるんですね、わかります
そして衣玖さん辺りが「通常のもいいですよ」とスカートをたくし上げる、と
そして衣玖さん辺りが「通常のもいいですよ」とスカートをたくし上げる、と