王手への道
銀髪白髪キャラが最近ツボ過ぎて。
もみじもみもみ。
霖之助 椛
「こんにちは……どうかしたんですか?」
香霖堂にやってくるなり、椛は首を傾げた。
銀とも白ともつかない色合いの髪が、ふわりと肩口にかかる。
頭の上に出ている耳がぴょこんと動き、彼女の心情を物語っていた。
そんな動きに、霖之助は目を瞬かせる。
「いいや、僕はいつも通りのつもりだけど」
「そうですか? なんだかいつもより疲れてるように見えますよ。
顔色も悪いですし、なんだか眠そうだし……」
「……やれやれ、驚いたな。それも千里眼の能力かい?」
「いえ、これくらい顔を見れば一瞬で」
「一瞬……ね。そんなに顔に出てたかな」
「私は人の顔を見るのが仕事ですから……まあ、霖之助さんは顔に出やすいですけど」
椛はそう言うと、じっと霖之助の顔を見つめた。
「ひょっとして、また徹夜したんですか?」
「……読みたい本があって、ついね」
霖之助は視線を逸らすように立ち上がると、戸棚から来客用の湯飲みを取りだした。
彼女に自分の対面、カウンターの前の席を勧め、お茶請けの煎餅もセット。
椛の分のお茶を入れ、それから自分の湯飲みにお代わりを注ぐと、再び席に腰を下ろす。
「ありがとうございます。……先日も同じような事を言ってましたけど。
その時後悔してましたよね、確か。また同じ事を繰り返すつもりですか?」
「わかってはいるんだがね」
今更隠しても仕方ないと思ったのだろう。
大きなあくびをひとつ漏らすと、ゆっくりと彼女に向き直った。
「ところで今日は何か用事で来たのかな」
「あ、はい。えっと、新しい将棋の本があればと思いまして」
「ああ、任せてくれたまえ。ちょうど素晴らしい本が入荷したところだよ。
その面白さと言えば、時間も忘れると言っても過言ではないくらいにね」
「……ひょっとして、その本を読んでたから徹夜した、とか」
「さて、どうだったかな」
霖之助は話題を逸らしつつ、机の中や近くの棚から本やボードゲームを出しては並べていく。
すべて椛のために用意していた商品だ。
彼女は香霖堂の常連であり、そして霖之助の将棋仲間である。
比較的常識人の椛を霖之助は気に入っていた。
真面目すぎるが故に融通が利かないところも含めて。
何年か前、霖之助がひとり縁側で詰め将棋を指していたところを、哨戒中の椛と目が合った事がきっかけで知り合った。
無論目が合ったと言っても、彼女の能力による一方的なものだったが。
将棋が趣味という彼女はたまにいつものメンバー以外と勝負したいと思い、休みの日などに香霖堂に顔を出すようになったというわけである。
「……私には、よくわかりません」
その様子を眺めながら、椛はふとため息を漏らす。
「ん、なんのことかな」
「徹夜してまで本を読むことです。どんなに面白い本だったとしても、次の日読めばいいじゃないですか。
だって、本は逃げないんですから」
「そうかい? まあ、確かに徹夜しても集中力が続くかというと怪しいところだがね」
「ですよね? ……それに、そんなに面白い本なら、一気に読むのはもったいないと思うんですけど」
「確かにそういう考え方もあるだろう。
ただ僕の場合は、書かれていたことに対して考察したいから、早く読み終えたいというのもあるね」
「そういうものですか?」
「そういうもんだよ」
つられて頷く椛だったが、あまり納得していないようだ。
少し考え、それから口を開く。
「寿命が長い妖怪達はみんな、暇を潰すのに忙しいですから。
だから暇を潰せる手段があったとしても、一気に消費してしまおうとは思いません」
「確かに、千年単位で考えるとそうかもしれないがね……。
でも鴉天狗の新聞記者は、毎日忙しそうにしてるじゃないか」
「あの人達はちょっと変わってますから」
霖之助の言葉に、やや不機嫌そうに答える椛。
妖怪の山の警備をしている彼女にとって、人間をかくまう鴉天狗はむしろ商売敵なのかもしれない。
鴉天狗というか、文がだろうか。
「まあ、定期的に締め切りが来るからね。ある意味寿命みたいなものかな」
「寿命ですか。記者生命がどうとかはよく言ってますけど……よくわかりません」
「確かに、当事者以外には理解しがたい感覚だね。
とはいえ打ち込むことがあるのは素晴らしい事だよ。はい、これ」
霖之助は商品をまとめ、椛に手渡した。
それらを確認する彼女を見ながら、解説を加える。
「今回は棋譜もおまけしておいたよ。あと将棋漫画も入荷したんで読んで気にいるようなら買ってくれると嬉しいね」
「ありがとうございます。でも手持ちがあまりないので、そちらはまた今度にでも」
「そうかい? 別にツケでも構わないが」
「いえ、先ほども言った通り、楽しみは残しておきたいので」
「なるほどね」
ひとつ頷くと、霖之助は椅子に腰を落ち着ける。
そして彼女が開いている本を見て、笑みを浮かべた。
「なんにせよ、その将棋の指南書はオススメだよ。徹夜はオススメできないが」
「やりませんよ、仕事もありますし」
「耳が痛いね。……しかし、その言い方だとまるで僕が仕事をしてないみたいに聞こえるんだが」
「いえいえ、気のせいですよ」
椛は素知らぬ顔をして本に視線を落とす。
だがふと気づいたように、ページをめくる手を止めた。
「でも、そんなお気に入りの本を売ってもいいんですか?」
「ああ、構わないよ。もう覚えるほど読んだからね」
「……本当に、時間を忘れてたんですね」
「お褒めの言葉をありがとう」
「褒めてません」
彼女の呆れ顔も、どこ吹く風。
霖之助は満足そうな表情でお茶をすすっていた。
「霖之助さんだって長く生きてますよね」
「そりゃあね、それなりには。神や鬼ほどではないが」
「でもあんまり時間が余って苦労しているようには見えません。
いえ、暇そうには暇そうなのですが」
「一言多いよ。まあ、それは……」
そこで一度言葉を切った。
椛の顔を眺め、しばしの間。
「人間と妖怪のハーフたる僕には、人間のような向上心があるから……なんて言葉は無用だろうね」
「はい。それにその言葉を認めるわけにはいきません。妖怪にだって向上心はありますよ」
「やれやれ、真面目だね」
霖之助はポンと椛の頭に手を置いた。
一瞬ぴくりと彼女の耳が動き、それから安心するかのように倒れていく。
剣や将棋に真面目に打ち込む彼女を前に、向上心がないなんて言葉を吐けるわけがない。
「どちらかというと、環境によるものが大きいかな」
「環境ですか?」
首を傾げ、店を見渡す椛。
それからもう一度首を傾げる、
「……今、失礼な事を考えなかったかい?」
「い、いえ、そんな」
真面目故の正直さだった。
それがなんとも霖之助を傷つけるのだが。
「僕は人間の中で生活してきたからね。
人間のリズムが身体の中に染みついているんだよ……というか、親父さんにたたき込まれたというか」
霖之助は苦笑を浮かべ、そして窓の外へと視線を送る。
魔法の森、そして博麗神社の方角へと。
「もちろん、今の環境だってそうだ。
人間の知り合いも多いし、そうなれば必然的にそれに合わせる必要が出てくる。
まあ人間だからと言ってちゃんと昼に来店してくるわけでもないんだが」
紅魔館のメイドの時間感覚はそれなりに長い付き合いとなった今となってもさっぱり推し量ることが出来ない。
そもそも本当に人間か怪しいところなのだが。
「それに商売柄、そういったことに気を遣った方が利点が多いんだよ」
「そうなんですか」
「ああ、それも含めての環境ってところかな」
人間にも妖怪にも対等に商売をする店の店主としては、人間にも妖怪にも合わせる必要がある。
あまり気長なことばかり言っていては、人間のお客に対応できないのだ。
……もっとも、妖怪にも気の短いのはたくさんいるわけだが。
「君の環境だと、周囲は妖怪ばかりだろう? となれば、時間感覚もそれ相応のものというわけだ」
「ええ、確かにそうですね。同僚や河童の友達とずっと将棋を指してた気がします。
100年前も、200年前も」
「……そうか」
そう言えば彼女は何歳なのだろうか。
ふとそんな事を考えた。
霖之助より遥かに年上であっても不思議ではない。
だからといって、彼女との関係が変わるわけではないのだが。
「決して生き急いでいるわけではないけどね。
時間は有効に使った方が何かと楽しいんだよ」
「使う、ですか」
そこで初めて、椛は納得したような……感心したような表情を浮かべた。
「ん? 何か?」
「いえ、時間は潰すものだとみんな言っていたので、少し新鮮でした」
「なるほど、寿命の長い妖怪らしい言葉だね。
だけど僕の知り合いの吸血鬼は言っていたよ……退屈こそ死、だってね」
「それは実に吸血鬼らしい言葉ですね」
「僕もそう思うよ」
退屈で死にそうだ、とはよく聞く言葉だ。
精神に重きを置く妖怪にとってあながち冗談ではないのかも知れない。
そんな妖怪にとって魅力的な店になりたいと、霖之助は思う時もある。
どんなに長く生きた妖怪でも、人間の知恵には驚かされることがあるのだから。
「というわけで、退屈凌ぎに一局指していかないかい?」
「はい、構いませんよ。今日来たのはそれが目的でもありますし」
椛の了承に、霖之助は笑みを浮かべる。
「それはよかった。正直本に書いてあった戦法を試したくて仕方なくてね。
もちろん書いてあったことそのままではなく、一晩考えて僕流に改良した結果なんだが」
「でもそれで徹夜して集中力を欠いては、かえって負ける可能性が高くなる気がしますけど」
「さて、それは試してみてのお楽しみと言ったところかな」
「それはこちらとしても……望むところ、ですよ」
自信ありげな霖之助の表情に、椛も挑戦的な視線で返すのだった、
「……でも、少しだけわかった気がします」
「ああ、時間についてかい?」
将棋盤、お茶、お湯の入った魔法瓶。
一局と言った割にすっかり長期戦の準備を整えていく霖之助の作業を眺めながら、椛は口を開いた。
「はい。周囲にいる人の影響って大きいですね」
「そう言えば、最近は妖怪の山にも人間が訪れることが多くなったんだったかな。
神社も出来たし……ほとんどが知った顔のような気もするが」
「ええ、それはそうですけど」
今日も明日も同じ日が来ると、ずっと思っていた。
だけど霖之助の話を聞いて、少し考えたことがある。
天狗の新聞記者が忙しそうに見えるのは、今しかない瞬間をカメラで切り取るためだろうか。
そう考えると、少しだけ納得できる気がする。
「妖怪の寿命の使い方もそれぞれですからね」
「考える暇があるのは、君が妖怪だからだよ」
「そうでしょうか。でもそれは霖之助さんも同じでしょう?」
「まあ、半分はね」
「……そうですか」
おそらく彼は自分より早く死ぬだろう。
ただそんな事実に思い当たっただけ。それなのに。
いや、それだからこそ。
限りある時間を大切にしたいと……そう、思い始めていた。
「霖之助さんと知り合えたおかげ、ですかね」
「ん、僕がどうかしたかい?」
「いいえ、なんでも」
椛はゆっくりと首を振る。
時間の流れが、少しだけ違って見える気がした。
「では、有意義な時間の使い方とやらをご教授いただきます」
「なに、君という相手がいてこそだよ」
対面に座る霖之助に、どんな一手をぶつけていこうか。
今日、そして明日から。
どんな手を使って、攻略していこうか。
ふと、そんな事を考える。
こんな時間が続けばいいのに、と願いながら。
もみじもみもみ。
霖之助 椛
「こんにちは……どうかしたんですか?」
香霖堂にやってくるなり、椛は首を傾げた。
銀とも白ともつかない色合いの髪が、ふわりと肩口にかかる。
頭の上に出ている耳がぴょこんと動き、彼女の心情を物語っていた。
そんな動きに、霖之助は目を瞬かせる。
「いいや、僕はいつも通りのつもりだけど」
「そうですか? なんだかいつもより疲れてるように見えますよ。
顔色も悪いですし、なんだか眠そうだし……」
「……やれやれ、驚いたな。それも千里眼の能力かい?」
「いえ、これくらい顔を見れば一瞬で」
「一瞬……ね。そんなに顔に出てたかな」
「私は人の顔を見るのが仕事ですから……まあ、霖之助さんは顔に出やすいですけど」
椛はそう言うと、じっと霖之助の顔を見つめた。
「ひょっとして、また徹夜したんですか?」
「……読みたい本があって、ついね」
霖之助は視線を逸らすように立ち上がると、戸棚から来客用の湯飲みを取りだした。
彼女に自分の対面、カウンターの前の席を勧め、お茶請けの煎餅もセット。
椛の分のお茶を入れ、それから自分の湯飲みにお代わりを注ぐと、再び席に腰を下ろす。
「ありがとうございます。……先日も同じような事を言ってましたけど。
その時後悔してましたよね、確か。また同じ事を繰り返すつもりですか?」
「わかってはいるんだがね」
今更隠しても仕方ないと思ったのだろう。
大きなあくびをひとつ漏らすと、ゆっくりと彼女に向き直った。
「ところで今日は何か用事で来たのかな」
「あ、はい。えっと、新しい将棋の本があればと思いまして」
「ああ、任せてくれたまえ。ちょうど素晴らしい本が入荷したところだよ。
その面白さと言えば、時間も忘れると言っても過言ではないくらいにね」
「……ひょっとして、その本を読んでたから徹夜した、とか」
「さて、どうだったかな」
霖之助は話題を逸らしつつ、机の中や近くの棚から本やボードゲームを出しては並べていく。
すべて椛のために用意していた商品だ。
彼女は香霖堂の常連であり、そして霖之助の将棋仲間である。
比較的常識人の椛を霖之助は気に入っていた。
真面目すぎるが故に融通が利かないところも含めて。
何年か前、霖之助がひとり縁側で詰め将棋を指していたところを、哨戒中の椛と目が合った事がきっかけで知り合った。
無論目が合ったと言っても、彼女の能力による一方的なものだったが。
将棋が趣味という彼女はたまにいつものメンバー以外と勝負したいと思い、休みの日などに香霖堂に顔を出すようになったというわけである。
「……私には、よくわかりません」
その様子を眺めながら、椛はふとため息を漏らす。
「ん、なんのことかな」
「徹夜してまで本を読むことです。どんなに面白い本だったとしても、次の日読めばいいじゃないですか。
だって、本は逃げないんですから」
「そうかい? まあ、確かに徹夜しても集中力が続くかというと怪しいところだがね」
「ですよね? ……それに、そんなに面白い本なら、一気に読むのはもったいないと思うんですけど」
「確かにそういう考え方もあるだろう。
ただ僕の場合は、書かれていたことに対して考察したいから、早く読み終えたいというのもあるね」
「そういうものですか?」
「そういうもんだよ」
つられて頷く椛だったが、あまり納得していないようだ。
少し考え、それから口を開く。
「寿命が長い妖怪達はみんな、暇を潰すのに忙しいですから。
だから暇を潰せる手段があったとしても、一気に消費してしまおうとは思いません」
「確かに、千年単位で考えるとそうかもしれないがね……。
でも鴉天狗の新聞記者は、毎日忙しそうにしてるじゃないか」
「あの人達はちょっと変わってますから」
霖之助の言葉に、やや不機嫌そうに答える椛。
妖怪の山の警備をしている彼女にとって、人間をかくまう鴉天狗はむしろ商売敵なのかもしれない。
鴉天狗というか、文がだろうか。
「まあ、定期的に締め切りが来るからね。ある意味寿命みたいなものかな」
「寿命ですか。記者生命がどうとかはよく言ってますけど……よくわかりません」
「確かに、当事者以外には理解しがたい感覚だね。
とはいえ打ち込むことがあるのは素晴らしい事だよ。はい、これ」
霖之助は商品をまとめ、椛に手渡した。
それらを確認する彼女を見ながら、解説を加える。
「今回は棋譜もおまけしておいたよ。あと将棋漫画も入荷したんで読んで気にいるようなら買ってくれると嬉しいね」
「ありがとうございます。でも手持ちがあまりないので、そちらはまた今度にでも」
「そうかい? 別にツケでも構わないが」
「いえ、先ほども言った通り、楽しみは残しておきたいので」
「なるほどね」
ひとつ頷くと、霖之助は椅子に腰を落ち着ける。
そして彼女が開いている本を見て、笑みを浮かべた。
「なんにせよ、その将棋の指南書はオススメだよ。徹夜はオススメできないが」
「やりませんよ、仕事もありますし」
「耳が痛いね。……しかし、その言い方だとまるで僕が仕事をしてないみたいに聞こえるんだが」
「いえいえ、気のせいですよ」
椛は素知らぬ顔をして本に視線を落とす。
だがふと気づいたように、ページをめくる手を止めた。
「でも、そんなお気に入りの本を売ってもいいんですか?」
「ああ、構わないよ。もう覚えるほど読んだからね」
「……本当に、時間を忘れてたんですね」
「お褒めの言葉をありがとう」
「褒めてません」
彼女の呆れ顔も、どこ吹く風。
霖之助は満足そうな表情でお茶をすすっていた。
「霖之助さんだって長く生きてますよね」
「そりゃあね、それなりには。神や鬼ほどではないが」
「でもあんまり時間が余って苦労しているようには見えません。
いえ、暇そうには暇そうなのですが」
「一言多いよ。まあ、それは……」
そこで一度言葉を切った。
椛の顔を眺め、しばしの間。
「人間と妖怪のハーフたる僕には、人間のような向上心があるから……なんて言葉は無用だろうね」
「はい。それにその言葉を認めるわけにはいきません。妖怪にだって向上心はありますよ」
「やれやれ、真面目だね」
霖之助はポンと椛の頭に手を置いた。
一瞬ぴくりと彼女の耳が動き、それから安心するかのように倒れていく。
剣や将棋に真面目に打ち込む彼女を前に、向上心がないなんて言葉を吐けるわけがない。
「どちらかというと、環境によるものが大きいかな」
「環境ですか?」
首を傾げ、店を見渡す椛。
それからもう一度首を傾げる、
「……今、失礼な事を考えなかったかい?」
「い、いえ、そんな」
真面目故の正直さだった。
それがなんとも霖之助を傷つけるのだが。
「僕は人間の中で生活してきたからね。
人間のリズムが身体の中に染みついているんだよ……というか、親父さんにたたき込まれたというか」
霖之助は苦笑を浮かべ、そして窓の外へと視線を送る。
魔法の森、そして博麗神社の方角へと。
「もちろん、今の環境だってそうだ。
人間の知り合いも多いし、そうなれば必然的にそれに合わせる必要が出てくる。
まあ人間だからと言ってちゃんと昼に来店してくるわけでもないんだが」
紅魔館のメイドの時間感覚はそれなりに長い付き合いとなった今となってもさっぱり推し量ることが出来ない。
そもそも本当に人間か怪しいところなのだが。
「それに商売柄、そういったことに気を遣った方が利点が多いんだよ」
「そうなんですか」
「ああ、それも含めての環境ってところかな」
人間にも妖怪にも対等に商売をする店の店主としては、人間にも妖怪にも合わせる必要がある。
あまり気長なことばかり言っていては、人間のお客に対応できないのだ。
……もっとも、妖怪にも気の短いのはたくさんいるわけだが。
「君の環境だと、周囲は妖怪ばかりだろう? となれば、時間感覚もそれ相応のものというわけだ」
「ええ、確かにそうですね。同僚や河童の友達とずっと将棋を指してた気がします。
100年前も、200年前も」
「……そうか」
そう言えば彼女は何歳なのだろうか。
ふとそんな事を考えた。
霖之助より遥かに年上であっても不思議ではない。
だからといって、彼女との関係が変わるわけではないのだが。
「決して生き急いでいるわけではないけどね。
時間は有効に使った方が何かと楽しいんだよ」
「使う、ですか」
そこで初めて、椛は納得したような……感心したような表情を浮かべた。
「ん? 何か?」
「いえ、時間は潰すものだとみんな言っていたので、少し新鮮でした」
「なるほど、寿命の長い妖怪らしい言葉だね。
だけど僕の知り合いの吸血鬼は言っていたよ……退屈こそ死、だってね」
「それは実に吸血鬼らしい言葉ですね」
「僕もそう思うよ」
退屈で死にそうだ、とはよく聞く言葉だ。
精神に重きを置く妖怪にとってあながち冗談ではないのかも知れない。
そんな妖怪にとって魅力的な店になりたいと、霖之助は思う時もある。
どんなに長く生きた妖怪でも、人間の知恵には驚かされることがあるのだから。
「というわけで、退屈凌ぎに一局指していかないかい?」
「はい、構いませんよ。今日来たのはそれが目的でもありますし」
椛の了承に、霖之助は笑みを浮かべる。
「それはよかった。正直本に書いてあった戦法を試したくて仕方なくてね。
もちろん書いてあったことそのままではなく、一晩考えて僕流に改良した結果なんだが」
「でもそれで徹夜して集中力を欠いては、かえって負ける可能性が高くなる気がしますけど」
「さて、それは試してみてのお楽しみと言ったところかな」
「それはこちらとしても……望むところ、ですよ」
自信ありげな霖之助の表情に、椛も挑戦的な視線で返すのだった、
「……でも、少しだけわかった気がします」
「ああ、時間についてかい?」
将棋盤、お茶、お湯の入った魔法瓶。
一局と言った割にすっかり長期戦の準備を整えていく霖之助の作業を眺めながら、椛は口を開いた。
「はい。周囲にいる人の影響って大きいですね」
「そう言えば、最近は妖怪の山にも人間が訪れることが多くなったんだったかな。
神社も出来たし……ほとんどが知った顔のような気もするが」
「ええ、それはそうですけど」
今日も明日も同じ日が来ると、ずっと思っていた。
だけど霖之助の話を聞いて、少し考えたことがある。
天狗の新聞記者が忙しそうに見えるのは、今しかない瞬間をカメラで切り取るためだろうか。
そう考えると、少しだけ納得できる気がする。
「妖怪の寿命の使い方もそれぞれですからね」
「考える暇があるのは、君が妖怪だからだよ」
「そうでしょうか。でもそれは霖之助さんも同じでしょう?」
「まあ、半分はね」
「……そうですか」
おそらく彼は自分より早く死ぬだろう。
ただそんな事実に思い当たっただけ。それなのに。
いや、それだからこそ。
限りある時間を大切にしたいと……そう、思い始めていた。
「霖之助さんと知り合えたおかげ、ですかね」
「ん、僕がどうかしたかい?」
「いいえ、なんでも」
椛はゆっくりと首を振る。
時間の流れが、少しだけ違って見える気がした。
「では、有意義な時間の使い方とやらをご教授いただきます」
「なに、君という相手がいてこそだよ」
対面に座る霖之助に、どんな一手をぶつけていこうか。
今日、そして明日から。
どんな手を使って、攻略していこうか。
ふと、そんな事を考える。
こんな時間が続けばいいのに、と願いながら。
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No title
正直な椛がかわいすぎてもう。最後の椛のセリフでにやけがとまりませんwこれからもお幸せに!
バッドエンドを予感させる感じですね。むしろ、ハッピーエンドになっても、結局バッドエンドになるような感じでしょうか?
寿命の問題は霖之助さんなら、つねに付きまとう問題、寿命がお互いを引き離すまで幸せにすごしてね。などと青臭い事を考えてしまいました。
寿命の問題は霖之助さんなら、つねに付きまとう問題、寿命がお互いを引き離すまで幸せにすごしてね。などと青臭い事を考えてしまいました。
No title
椛かわいいよwww
攻略には紅白黒を筆頭にライバルが多いですからねぇ・・・
是非とも頑張って欲しいところです。
無事攻略できて、もみもみしたりされたりする椛霖SSはマダカナ?
攻略には紅白黒を筆頭にライバルが多いですからねぇ・・・
是非とも頑張って欲しいところです。
無事攻略できて、もみもみしたりされたりする椛霖SSはマダカナ?
少し物悲しいようで、そうでもないような、不思議な気持ちになりました。椛の実直さを表した考え方が素晴らしかったです。もみじもみもみ