酉京都幻想 第2.2話
なんかテンションが上がって来たので閑話などを。
『酉京都幻想 第2話』の続きっぽく。
ネタがあれば間の話を追加していこうかと思います。
エンディング後ではないですけども。
霖之助 蓮子 メリー
霖之助が外の世界に出て一番安心したのは、本や新聞が紙のまま出回っているということだった。
事前に紫から聞いていた話だと、この世界ではかなり技術が発達している様子であり、もしかしたらいつか書物で読んだようにすべて電子ペーパーなどに変わっていたらどうしようと思っていたのだが……どうやらそういうことではないらしい。
もちろん望めばそう言う状態でも手に入るようで、家にいながらにしてすべての情報をPDAに集約させることも可能だという。
だがそれほど便利な社会においても、厚く重い本やかさばりゴミと変わる新聞がなくなることはない。
あえて不便なものも活用することで、精神的に豊かな国民性を取り戻した日本。
それがこの世界の選択だった。
そして霖之助はその産物のひとつである図書館へと訪れていた。
見たこともない本に囲まれ、一日を潰す。
技術書に触れ、新聞を読み、実用書に頭を捻る。
こんな遠くまで来ても、ひとの本質というのはやはり変わらないのだろう。
図書館に入り浸る今の霖之助を、紅魔館の魔女が見たらどう思うだろうか。
少し呆れ、そして笑うかもしれない……。
「霖之助君、今笑った?」
「いいや、気のせいだよ」
首を傾げる蓮子に、霖之助は肩を竦める。
気のせいかなと呟いて、彼女は持っていたトレイを置き、対面の椅子に腰を下ろした。
図書館からの帰り道。
秘封倶楽部のふたりと充実した一日を過ごした霖之助は、途中にある食堂へと足を止めた。
気ままに本を読んだり談話室で秘封倶楽部の活動目的を立てているうちに、閉館時間となってしまったのだ。
充実はしたが、まだ全然足りないというのが正直なところ。
住んでいる場所からは少々距離があるものの、また来ようと心に誓った。
「ひょっとして、誰かのこと考えていたのかな?」
「さてね」
冗談めかして言う蓮子は、しかし探るような視線で霖之助を見つめていた。
じっと見られると落ち着かない。とても。
「霖之助さん、あとでちょっとお話があります」
蓮子の隣に座ったメリーが、笑顔で口を開く。
……だいたいこの笑顔の裏にはロクな事がないのだが。
「覚悟しておくよ。それより冷めないうちに頂こうか」
「そうだね」
「ええ、逃げないでくださいね」
念を押され、霖之助はため息をついた。
そして気を取り直すかのように、目の前の丼へと向き直る。
3人が注文したのは極太一本うどんというものだった。
かつて京都で名物だったものを再現したらしい。
文字通り一本の麺しか入っておらず、うどんというものの直径が2センチほどあるのではないかと思うほど太い。
過去存在したものと同じなのかは食べたことがないので判別が付かなかったが……食べるのに少々心の準備が必要だった。
そしてそれは目の前のふたりも同様らしい。
「これってうどんなのかな?」
「多分うどんなんじゃないかしら」
「うどんって書いてはいるね」
メニューを改めて眺め、商品名を確認する。
そして霖之助の能力でも、目の前のアイテムを確かにうどんと示していた。
道具の名前と用途がわかる程度の能力。
食品に対してはわりと流動的なので、あんまり当てにはならないのだが。
……そう言えば、この能力のことはまだ蓮子に話していなかった気がする。
「これほどまでとは思わなかったけど……本来は箸の代わりに白ネギを使って食べるそうよ」
「そうなのかい? でもここでは普通の箸だね」
「ネギが手に入らなかったんじゃないかしら。もしくは保存が面倒とか」
「天然物のネギなんて大変そうね」
蓮子は恐る恐ると言った様子で箸に手を伸ばし、薬味のおろし生姜を乗っけて麺を口に運んだ。
うどんと言えばズルズルと吸い込んでいくものだが、まったく別物の挙動だ。
「私の知ってるうどんと違う……」
「初めての食感ね。でも美味しいわ」
メリーもうどんを咀嚼しつつ、笑みを浮かべる。
「霖之助君、あんまりジロジロ見ないでよ」
「ああ、すまない」
「食事中の女の子をじっと見るのはマナー違反よ、霖之助さん」
「肝に銘じておくよ」
唇を尖らせる蓮子に、霖之助は軽く頭を下げる。
ずっと観察してしまっていたらしい。
自らも目の前のうどんの手を伸ばし、麺と格闘を始めた。
「このうどんって、昔は茹でるのに1時間くらいかかってすぐ売り切れるから、なかなか食べられなかったみたい」
「ほう……」
再現した恩恵だろうか。今回はそれほど待つことなく食べることが出来た。
技術の進歩に感謝だろう。
それとも、偽物と呼ばれるのか。
霖之助自身、京都に来たことがないわけではないが、かつては観光や名物を楽しめるような境遇ではなかった。
それだけに、感慨もひとしおである。
「昔の味はどんなのだったのかしらね」
「昔と同じ材料が手に入ったら、検証してみたいわ」
「昔か……」
紫ならどうなのだろうかと思いメリーを見るが、曖昧な笑みではぐらかされる。
「ふたりとも、食べるのは初めてなのかな?」
「ええ、そうなのよ。いつかこっちに来ようとは思っていたのだけど、なかなかね」
「霖之助君が図書館に行くって言うから、ちょうどよかったわ。
ついでに来られてラッキーだね」
「そう言ってくれると嬉しいよ。僕としても、わがままに付き合ってもらったようなものだからね」
「そんなこと気にしなくていいのに」
「そうよ、わがままはもっと言って頂戴」
実にありがたい話だ。
だがあまり甘えてばかりいるわけにもいかない。
それもひとつの勉強なのだし。
「そうそう、京都名物といえば雀の丸焼きなんてのもあったみたいよ」
「雀を? 丸ごとかい?」
「みたいね。さすがにその辺は再現できてないみたいだけど」
「そうか……」
「残念そうだね、霖之助君。食べてみたかったとか?」
「興味はあるけどね、知り合いに怒られそうだ」
「なあに、愛鳥団体の人でもいるの?」
「そんなところさ」
笑いながら箸を動かしていく。
前々から思っていたが、蓮子はかなり博識のようだ。
メリーは知ってるとも知らないとも言わず、聞き役に回ることが多い。
もっとも、霖之助にあれこれ教えたがるのはふたりとも同じだが。
「名物に美味いものなしって言う言葉があるけど、あれは嘘だと思うのよね」
「これを食べると、そう思うわね」
「じゃあ雀も美味しいのかい?」
「どうだろー。私も興味はあるんだけどね」
「野鳥なんて料理してる人いないしねぇ」
合成品を使った食材の安定供給。
外の世界の食生活はかなり様変わりしているようだった。
しかし生活の根本ともいえる食事が変わったとしても、日々の暮らしが劇的に変化したわけではないらしい。
そのあたりは人間の強さだと霖之助は思っていた。
あとはおおらかさか。
「他の名物も食べてみたくなるよね。日本全国のとか」
「それはなんとも、果てしない野望だね」
「あら、いいじゃない。野望はでっかく持つべきよ」
「秘封倶楽部の活動のひとつに取り入れるのもいいかもしれないわね」
ふたりの所属している霊能者サークル秘封倶楽部。
周囲からはまともな霊能活動をしたことがないように思われているとメリーが零していたが、そういう事ばかり話しているからだとも思ったりする。
「霖之助君も一緒に行こうね、食べ歩き」
「学業の妨げにならないくらいなら、構わないよ」
「じゃあまずは近場からかしら」
「でも京都だけでも結構あるよ」
食べている最中だというのに、ふたりはもう次のことを考えている、
実に逞しいと思う。
……個人的希望を言わせて貰うなら、また別の図書館が近くだと大変嬉しいのだが。
折を見て言ってみることにしよう。
「ふぅ、美味しかった。お腹いっぱい」
「結構ボリュームあったわね」
「一本なのにねえ」
「確かに、これなら名物になるのも頷けるかな」
食べ終わり、お茶で一息。
元々食べなくても平気な体質の霖之助だが、こういう食事はやはり有意義だと思う。
「すみませーん」
そんな事を考えていると、蓮子が店員に向かって手を挙げた。
お会計でもするのかと思いきや、やがて店員が運んできたものを見て霖之助は目を丸くする。
「来た来た来ましたよ」
「やっぱり締めは甘い物よね」
「……さっきお腹いっぱいと聞こえた気がするんだが」
ふたりの前には、様々な和菓子が並んでいた。
実にきらびやかで目に麗しい。
ただすごく甘そうで。
「それはそれ、これはこれよ。おはぎと八つ橋はたまに食べたくなるのよね。中毒かしら」
「あんこ中毒かい? 恐ろしい話だね」
「あら、霖之助さんも食べたかったのかしら。でも何がいいのかわからなかったのよね」
「いや、遠慮しておくよ。見ているだけで十分だ」
「そーお?」
蓮子とメリーは顔を見合わせ、首を傾げた。
それにしても、幸せそうに食べるふたりである。
見ているだけで、なんだかこっちまで幸せな気分になってきた。
「そうだ、今度3人で美味しい八つ橋の店探しに行こうよ」
「ネットで探せないのかい? 確かそう言う情報もあるって言ってたような」
「ダメだよ、ちゃんと自分の舌で確認しないと。
自分の好みに合うかも重要なんだし、何より事象は観測されないと意味がないんだからね。
物理学の基礎だよ、霖之助君」
「僕にはただの屁理屈に聞こえるんだが」
「あら、いいじゃない。行きましょうよ、霖之助さん」
「まあ、観光も悪くないかな」
甘味を平らげ、お茶をおかわり。
談笑しているうちに、いつの間にか周りの客もほとんどいなくなっていた。
「ああ、もうこんな時間か」
ふと時間が気になり、懐中時計を取り出す。
時刻は夜の9時半を回っていた。
夕食の時間はとっくに過ぎていたようだ。
閉館まで図書館にいれば当然ではあるが。
「あれ、お洒落な時計だね」
「ああ、こっちに来る時にね。餞別として貰ったんだよ」
「ふーん?」
「いつの間に……」
シルバーのシンプルなデザイン。
紅魔館のメイド、咲夜からの贈り物だ。
彼女が使っているのとほぼ同型らしい。
「霖之助君ってそういう古風なアイテムが似合うよね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
渡される時、これを見るたび思い出してくださいね、と彼女は言っていた。
たかだか1年で忘れるはずもないのだが、心配性なのだろう。
「じゃあ、そろそろ出ましょうか。明日も学校だしね」
「そうだね、帰ろっか」
「霖之助さん、宿題の忘れ物はなくて?」
「大丈夫だ、心配ないよ」
言いながら、会計を済ます。
霖之助がまとめて出そうとしたのだが、ふたりに拒否された。
対等な関係であるためのなんとやららしい。
……生活費の出資者にそう言われては、霖之助も従わざるを得ない。
「付き合ってもらってすまなかったね」
「え? いやいや、お付き合いならむしろお礼を」
「何を言ってるんだい?」
「ううん、なんでも……」
なにやら勘違いしたのか、蓮子は顔を赤くしていた。
京都の夜道を並んで歩く。
街灯がきちんと整備されているため、特に危険があるわけでもない。
「霖之助さん、もうこっちには慣れたかしら」
「おかげさまでね。PDAの使い方もわかったし……」
「また迷子にならないでよ?」
「……もう大丈夫だ」
メリーの言葉を受け、霖之助の脳裏に苦い思い出が蘇った。
と言ってもつい先日のことなのだが、蓮子と買い物に行く際、ものの見事に霖之助は迷子になったのである。
正確には待ち合わせ場所に辿り着けなかっただけなので、霖之助としては迷子とは思っていない。ノーカウントというヤツである。
幸いなことに目的地の近くまでは行っていたため、蓮子に迎えに来てもらったのだ。
PDAの充電が切れてたらどうなっていただろう。
……あとで蓮子から地図機能について教えてもらったので、多分もう迷うことはない。多分。
「電車ももうひとりで乗れるわよね?」
「子供扱いはやめてくれないか」
「ふふっ、そうね。ごめんなさい」
「まったく……」
メリーの視線に、霖之助は夜空を見上げた。
ダイヤのように輝く星に、ひとつ疑問を口にする。
「そう言えば、電車の時間は大丈夫だったかな。
確かこの時間帯になると本数が減るはずだよ」
「……相変わらずそういう事は覚えているのね」
「もちろん、下調べは基本だよ」
「少し方向性が間違ってる気もするけど」
呆れ顔のメリーに、霖之助は得意げに頷いた。
懐から懐中時計を取り出そうとして……。
「21時50分ジャスト。22時の電車には余裕で間に合うよ」
蓮子の言葉に、一瞬動きを止める。
なにやら彼女は帽子のつばを手で押さえていた。
どこ見ていたのだろうか。それにしては、時計を取り出した様子はないが。
「すごいな、ぴったりだ」
「まあ、ね」
改めて時間を確認し、霖之助は感心した声を上げる。
しかし返ってきたのは歯切れの悪い返事だった。
「いつか教えてあげるね」
蓮子はただそれだけ口にした。
それから何となく、一同に沈黙が落ちる。
「霖之助さんは明日1限目からだったかしら」
「ああ、その通りだよ」
話題を変えるように、メリーが霖之助に疑問を投げかけた。
「私は午前中の講義取ってないから、ちょっと出かけてくるわ」
「じゃあ私と一緒に行こうね、霖之助君」
「わかった。朝ご飯はどうする?」
「そうね、食べていこうかしら」
話しているうちに、地下鉄の入り口が見えてきた。
階段を下りて改札を通り、ホームへ入る。
電車が到着する2分前。実にちょうどいい時間だ。
滑り込んできた電車に乗り込み、閉まる扉を何となく眺める。
「蓮子の言う通り、余裕だったな」
「歩く速度と距離がわかってれば、簡単な計算よ」
得意げに人指し指を立て、蓮子は薄い胸を張った。
物理学の得意な彼女にしてみれば、まさに朝飯前なのだろう。
「しかし便利なものだね、電車というのは」
「私は電車が好きよ。乗り物はどれも好きだけど、中でも電車が一番かしら」
霖之助の言葉に応えるように、メリーは頷く。
「酉京都と卯東京を53分で結ぶヒロシゲも、こうやって街をゆっくり走る地下鉄も。
路面電車や新幹線だって好きよ。こっちではもうほとんど見なくなってしまったけれど」
「こうして乗っていると、わかる気がするよ」
「でしょう?」
そう言って、彼女は微笑んだ。
深い色をした瞳で、真っ直ぐに霖之助を見つめる。
「世界の電車の旅とか、面白そうよね」
「そうだね。やってみたら……楽しいんだろうね」
市内旅行とは規模の違うその話に、霖之助は少し目を細めた。
……その願いが成就することはないだろう。
この世界に来ていることすら、奇跡のようなものなのだから。
「私は速い乗り物が好きだなー。飛行機とか宇宙船とか。なんていうか、ロマンがあるよねー」
「ああ、先日月面旅行に行きたいって話していたことかい?」
「そうなのよ。地上にはあんまり不思議が残ってないからね」
蓮子は宇宙論を専攻し、宇宙ひもを研究しているらしい。
物理学は終焉を迎え、解釈と哲学の時代へ突入していた。
つまり彼女は物理学者であり、哲学者でもあるのだろう。
「地上にもまだまだいいところはたくさんあるわよ?」
メリーの呟きをかき消すように、到着を告げるアナウンスが聞こえてきた。
そして減速の際少しだけ揺れる車体が、彼女の笑みを曖昧なものへ変えていく。
胡散臭いあの笑みを、隠すように。
「僕にはどっちも魅力的だよ」
最寄り駅に到着した電車から降りつつ、霖之助は口を開いた。
その言葉を聞き、ふたりは頷く。
「帰りましょうか。私達の家へ」
「そうだね、毎日は自分の手で輝かせなくちゃ」
霖之助は蓮子とメリーの後に続き、階段を上る。
去っていく電車が奏でる遠いメロディを、背中で聞きながら。
『酉京都幻想 第2話』の続きっぽく。
ネタがあれば間の話を追加していこうかと思います。
エンディング後ではないですけども。
霖之助 蓮子 メリー
霖之助が外の世界に出て一番安心したのは、本や新聞が紙のまま出回っているということだった。
事前に紫から聞いていた話だと、この世界ではかなり技術が発達している様子であり、もしかしたらいつか書物で読んだようにすべて電子ペーパーなどに変わっていたらどうしようと思っていたのだが……どうやらそういうことではないらしい。
もちろん望めばそう言う状態でも手に入るようで、家にいながらにしてすべての情報をPDAに集約させることも可能だという。
だがそれほど便利な社会においても、厚く重い本やかさばりゴミと変わる新聞がなくなることはない。
あえて不便なものも活用することで、精神的に豊かな国民性を取り戻した日本。
それがこの世界の選択だった。
そして霖之助はその産物のひとつである図書館へと訪れていた。
見たこともない本に囲まれ、一日を潰す。
技術書に触れ、新聞を読み、実用書に頭を捻る。
こんな遠くまで来ても、ひとの本質というのはやはり変わらないのだろう。
図書館に入り浸る今の霖之助を、紅魔館の魔女が見たらどう思うだろうか。
少し呆れ、そして笑うかもしれない……。
「霖之助君、今笑った?」
「いいや、気のせいだよ」
首を傾げる蓮子に、霖之助は肩を竦める。
気のせいかなと呟いて、彼女は持っていたトレイを置き、対面の椅子に腰を下ろした。
図書館からの帰り道。
秘封倶楽部のふたりと充実した一日を過ごした霖之助は、途中にある食堂へと足を止めた。
気ままに本を読んだり談話室で秘封倶楽部の活動目的を立てているうちに、閉館時間となってしまったのだ。
充実はしたが、まだ全然足りないというのが正直なところ。
住んでいる場所からは少々距離があるものの、また来ようと心に誓った。
「ひょっとして、誰かのこと考えていたのかな?」
「さてね」
冗談めかして言う蓮子は、しかし探るような視線で霖之助を見つめていた。
じっと見られると落ち着かない。とても。
「霖之助さん、あとでちょっとお話があります」
蓮子の隣に座ったメリーが、笑顔で口を開く。
……だいたいこの笑顔の裏にはロクな事がないのだが。
「覚悟しておくよ。それより冷めないうちに頂こうか」
「そうだね」
「ええ、逃げないでくださいね」
念を押され、霖之助はため息をついた。
そして気を取り直すかのように、目の前の丼へと向き直る。
3人が注文したのは極太一本うどんというものだった。
かつて京都で名物だったものを再現したらしい。
文字通り一本の麺しか入っておらず、うどんというものの直径が2センチほどあるのではないかと思うほど太い。
過去存在したものと同じなのかは食べたことがないので判別が付かなかったが……食べるのに少々心の準備が必要だった。
そしてそれは目の前のふたりも同様らしい。
「これってうどんなのかな?」
「多分うどんなんじゃないかしら」
「うどんって書いてはいるね」
メニューを改めて眺め、商品名を確認する。
そして霖之助の能力でも、目の前のアイテムを確かにうどんと示していた。
道具の名前と用途がわかる程度の能力。
食品に対してはわりと流動的なので、あんまり当てにはならないのだが。
……そう言えば、この能力のことはまだ蓮子に話していなかった気がする。
「これほどまでとは思わなかったけど……本来は箸の代わりに白ネギを使って食べるそうよ」
「そうなのかい? でもここでは普通の箸だね」
「ネギが手に入らなかったんじゃないかしら。もしくは保存が面倒とか」
「天然物のネギなんて大変そうね」
蓮子は恐る恐ると言った様子で箸に手を伸ばし、薬味のおろし生姜を乗っけて麺を口に運んだ。
うどんと言えばズルズルと吸い込んでいくものだが、まったく別物の挙動だ。
「私の知ってるうどんと違う……」
「初めての食感ね。でも美味しいわ」
メリーもうどんを咀嚼しつつ、笑みを浮かべる。
「霖之助君、あんまりジロジロ見ないでよ」
「ああ、すまない」
「食事中の女の子をじっと見るのはマナー違反よ、霖之助さん」
「肝に銘じておくよ」
唇を尖らせる蓮子に、霖之助は軽く頭を下げる。
ずっと観察してしまっていたらしい。
自らも目の前のうどんの手を伸ばし、麺と格闘を始めた。
「このうどんって、昔は茹でるのに1時間くらいかかってすぐ売り切れるから、なかなか食べられなかったみたい」
「ほう……」
再現した恩恵だろうか。今回はそれほど待つことなく食べることが出来た。
技術の進歩に感謝だろう。
それとも、偽物と呼ばれるのか。
霖之助自身、京都に来たことがないわけではないが、かつては観光や名物を楽しめるような境遇ではなかった。
それだけに、感慨もひとしおである。
「昔の味はどんなのだったのかしらね」
「昔と同じ材料が手に入ったら、検証してみたいわ」
「昔か……」
紫ならどうなのだろうかと思いメリーを見るが、曖昧な笑みではぐらかされる。
「ふたりとも、食べるのは初めてなのかな?」
「ええ、そうなのよ。いつかこっちに来ようとは思っていたのだけど、なかなかね」
「霖之助君が図書館に行くって言うから、ちょうどよかったわ。
ついでに来られてラッキーだね」
「そう言ってくれると嬉しいよ。僕としても、わがままに付き合ってもらったようなものだからね」
「そんなこと気にしなくていいのに」
「そうよ、わがままはもっと言って頂戴」
実にありがたい話だ。
だがあまり甘えてばかりいるわけにもいかない。
それもひとつの勉強なのだし。
「そうそう、京都名物といえば雀の丸焼きなんてのもあったみたいよ」
「雀を? 丸ごとかい?」
「みたいね。さすがにその辺は再現できてないみたいだけど」
「そうか……」
「残念そうだね、霖之助君。食べてみたかったとか?」
「興味はあるけどね、知り合いに怒られそうだ」
「なあに、愛鳥団体の人でもいるの?」
「そんなところさ」
笑いながら箸を動かしていく。
前々から思っていたが、蓮子はかなり博識のようだ。
メリーは知ってるとも知らないとも言わず、聞き役に回ることが多い。
もっとも、霖之助にあれこれ教えたがるのはふたりとも同じだが。
「名物に美味いものなしって言う言葉があるけど、あれは嘘だと思うのよね」
「これを食べると、そう思うわね」
「じゃあ雀も美味しいのかい?」
「どうだろー。私も興味はあるんだけどね」
「野鳥なんて料理してる人いないしねぇ」
合成品を使った食材の安定供給。
外の世界の食生活はかなり様変わりしているようだった。
しかし生活の根本ともいえる食事が変わったとしても、日々の暮らしが劇的に変化したわけではないらしい。
そのあたりは人間の強さだと霖之助は思っていた。
あとはおおらかさか。
「他の名物も食べてみたくなるよね。日本全国のとか」
「それはなんとも、果てしない野望だね」
「あら、いいじゃない。野望はでっかく持つべきよ」
「秘封倶楽部の活動のひとつに取り入れるのもいいかもしれないわね」
ふたりの所属している霊能者サークル秘封倶楽部。
周囲からはまともな霊能活動をしたことがないように思われているとメリーが零していたが、そういう事ばかり話しているからだとも思ったりする。
「霖之助君も一緒に行こうね、食べ歩き」
「学業の妨げにならないくらいなら、構わないよ」
「じゃあまずは近場からかしら」
「でも京都だけでも結構あるよ」
食べている最中だというのに、ふたりはもう次のことを考えている、
実に逞しいと思う。
……個人的希望を言わせて貰うなら、また別の図書館が近くだと大変嬉しいのだが。
折を見て言ってみることにしよう。
「ふぅ、美味しかった。お腹いっぱい」
「結構ボリュームあったわね」
「一本なのにねえ」
「確かに、これなら名物になるのも頷けるかな」
食べ終わり、お茶で一息。
元々食べなくても平気な体質の霖之助だが、こういう食事はやはり有意義だと思う。
「すみませーん」
そんな事を考えていると、蓮子が店員に向かって手を挙げた。
お会計でもするのかと思いきや、やがて店員が運んできたものを見て霖之助は目を丸くする。
「来た来た来ましたよ」
「やっぱり締めは甘い物よね」
「……さっきお腹いっぱいと聞こえた気がするんだが」
ふたりの前には、様々な和菓子が並んでいた。
実にきらびやかで目に麗しい。
ただすごく甘そうで。
「それはそれ、これはこれよ。おはぎと八つ橋はたまに食べたくなるのよね。中毒かしら」
「あんこ中毒かい? 恐ろしい話だね」
「あら、霖之助さんも食べたかったのかしら。でも何がいいのかわからなかったのよね」
「いや、遠慮しておくよ。見ているだけで十分だ」
「そーお?」
蓮子とメリーは顔を見合わせ、首を傾げた。
それにしても、幸せそうに食べるふたりである。
見ているだけで、なんだかこっちまで幸せな気分になってきた。
「そうだ、今度3人で美味しい八つ橋の店探しに行こうよ」
「ネットで探せないのかい? 確かそう言う情報もあるって言ってたような」
「ダメだよ、ちゃんと自分の舌で確認しないと。
自分の好みに合うかも重要なんだし、何より事象は観測されないと意味がないんだからね。
物理学の基礎だよ、霖之助君」
「僕にはただの屁理屈に聞こえるんだが」
「あら、いいじゃない。行きましょうよ、霖之助さん」
「まあ、観光も悪くないかな」
甘味を平らげ、お茶をおかわり。
談笑しているうちに、いつの間にか周りの客もほとんどいなくなっていた。
「ああ、もうこんな時間か」
ふと時間が気になり、懐中時計を取り出す。
時刻は夜の9時半を回っていた。
夕食の時間はとっくに過ぎていたようだ。
閉館まで図書館にいれば当然ではあるが。
「あれ、お洒落な時計だね」
「ああ、こっちに来る時にね。餞別として貰ったんだよ」
「ふーん?」
「いつの間に……」
シルバーのシンプルなデザイン。
紅魔館のメイド、咲夜からの贈り物だ。
彼女が使っているのとほぼ同型らしい。
「霖之助君ってそういう古風なアイテムが似合うよね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
渡される時、これを見るたび思い出してくださいね、と彼女は言っていた。
たかだか1年で忘れるはずもないのだが、心配性なのだろう。
「じゃあ、そろそろ出ましょうか。明日も学校だしね」
「そうだね、帰ろっか」
「霖之助さん、宿題の忘れ物はなくて?」
「大丈夫だ、心配ないよ」
言いながら、会計を済ます。
霖之助がまとめて出そうとしたのだが、ふたりに拒否された。
対等な関係であるためのなんとやららしい。
……生活費の出資者にそう言われては、霖之助も従わざるを得ない。
「付き合ってもらってすまなかったね」
「え? いやいや、お付き合いならむしろお礼を」
「何を言ってるんだい?」
「ううん、なんでも……」
なにやら勘違いしたのか、蓮子は顔を赤くしていた。
京都の夜道を並んで歩く。
街灯がきちんと整備されているため、特に危険があるわけでもない。
「霖之助さん、もうこっちには慣れたかしら」
「おかげさまでね。PDAの使い方もわかったし……」
「また迷子にならないでよ?」
「……もう大丈夫だ」
メリーの言葉を受け、霖之助の脳裏に苦い思い出が蘇った。
と言ってもつい先日のことなのだが、蓮子と買い物に行く際、ものの見事に霖之助は迷子になったのである。
正確には待ち合わせ場所に辿り着けなかっただけなので、霖之助としては迷子とは思っていない。ノーカウントというヤツである。
幸いなことに目的地の近くまでは行っていたため、蓮子に迎えに来てもらったのだ。
PDAの充電が切れてたらどうなっていただろう。
……あとで蓮子から地図機能について教えてもらったので、多分もう迷うことはない。多分。
「電車ももうひとりで乗れるわよね?」
「子供扱いはやめてくれないか」
「ふふっ、そうね。ごめんなさい」
「まったく……」
メリーの視線に、霖之助は夜空を見上げた。
ダイヤのように輝く星に、ひとつ疑問を口にする。
「そう言えば、電車の時間は大丈夫だったかな。
確かこの時間帯になると本数が減るはずだよ」
「……相変わらずそういう事は覚えているのね」
「もちろん、下調べは基本だよ」
「少し方向性が間違ってる気もするけど」
呆れ顔のメリーに、霖之助は得意げに頷いた。
懐から懐中時計を取り出そうとして……。
「21時50分ジャスト。22時の電車には余裕で間に合うよ」
蓮子の言葉に、一瞬動きを止める。
なにやら彼女は帽子のつばを手で押さえていた。
どこ見ていたのだろうか。それにしては、時計を取り出した様子はないが。
「すごいな、ぴったりだ」
「まあ、ね」
改めて時間を確認し、霖之助は感心した声を上げる。
しかし返ってきたのは歯切れの悪い返事だった。
「いつか教えてあげるね」
蓮子はただそれだけ口にした。
それから何となく、一同に沈黙が落ちる。
「霖之助さんは明日1限目からだったかしら」
「ああ、その通りだよ」
話題を変えるように、メリーが霖之助に疑問を投げかけた。
「私は午前中の講義取ってないから、ちょっと出かけてくるわ」
「じゃあ私と一緒に行こうね、霖之助君」
「わかった。朝ご飯はどうする?」
「そうね、食べていこうかしら」
話しているうちに、地下鉄の入り口が見えてきた。
階段を下りて改札を通り、ホームへ入る。
電車が到着する2分前。実にちょうどいい時間だ。
滑り込んできた電車に乗り込み、閉まる扉を何となく眺める。
「蓮子の言う通り、余裕だったな」
「歩く速度と距離がわかってれば、簡単な計算よ」
得意げに人指し指を立て、蓮子は薄い胸を張った。
物理学の得意な彼女にしてみれば、まさに朝飯前なのだろう。
「しかし便利なものだね、電車というのは」
「私は電車が好きよ。乗り物はどれも好きだけど、中でも電車が一番かしら」
霖之助の言葉に応えるように、メリーは頷く。
「酉京都と卯東京を53分で結ぶヒロシゲも、こうやって街をゆっくり走る地下鉄も。
路面電車や新幹線だって好きよ。こっちではもうほとんど見なくなってしまったけれど」
「こうして乗っていると、わかる気がするよ」
「でしょう?」
そう言って、彼女は微笑んだ。
深い色をした瞳で、真っ直ぐに霖之助を見つめる。
「世界の電車の旅とか、面白そうよね」
「そうだね。やってみたら……楽しいんだろうね」
市内旅行とは規模の違うその話に、霖之助は少し目を細めた。
……その願いが成就することはないだろう。
この世界に来ていることすら、奇跡のようなものなのだから。
「私は速い乗り物が好きだなー。飛行機とか宇宙船とか。なんていうか、ロマンがあるよねー」
「ああ、先日月面旅行に行きたいって話していたことかい?」
「そうなのよ。地上にはあんまり不思議が残ってないからね」
蓮子は宇宙論を専攻し、宇宙ひもを研究しているらしい。
物理学は終焉を迎え、解釈と哲学の時代へ突入していた。
つまり彼女は物理学者であり、哲学者でもあるのだろう。
「地上にもまだまだいいところはたくさんあるわよ?」
メリーの呟きをかき消すように、到着を告げるアナウンスが聞こえてきた。
そして減速の際少しだけ揺れる車体が、彼女の笑みを曖昧なものへ変えていく。
胡散臭いあの笑みを、隠すように。
「僕にはどっちも魅力的だよ」
最寄り駅に到着した電車から降りつつ、霖之助は口を開いた。
その言葉を聞き、ふたりは頷く。
「帰りましょうか。私達の家へ」
「そうだね、毎日は自分の手で輝かせなくちゃ」
霖之助は蓮子とメリーの後に続き、階段を上る。
去っていく電車が奏でる遠いメロディを、背中で聞きながら。
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No title
メリーがちゃんとヒロインっぽい!!(笑)
あと安心の咲夜さんに2828しました。
・・・「僕にはどっちも魅力的だよ」がメリーと蓮子を口説いているようにしか見えないwww
あと安心の咲夜さんに2828しました。
・・・「僕にはどっちも魅力的だよ」がメリーと蓮子を口説いているようにしか見えないwww
No title
うおぉぉぉぉ こ、これはっ!! これは霖之助が秘封倶楽部の活動に参加するフラグですねww あと、動画へのフラグがw
No title
どんだけフォローうまいんだ霖之助さん。
まぁ対立する2つの意見をまとめて話を終わらせるのはなれっこですもんねぇw
最近忙しくてまだ動画みれてないんですよねぇ。なんとかして、いやなんとしてでも見ようと思います。
まぁ対立する2つの意見をまとめて話を終わらせるのはなれっこですもんねぇw
最近忙しくてまだ動画みれてないんですよねぇ。なんとかして、いやなんとしてでも見ようと思います。
No title
しばらく来ないうちになんだかすごいことになってますね。
遅ればせながら酉京都幻想、動画化おめでとうございます!
雀は小さいがゆえに肉は少ししかないし小骨が多くて食えたものじゃないって誰かが言ってたのを覚えてますね
そして、さすが咲夜さんGJ!ですね
遅ればせながら酉京都幻想、動画化おめでとうございます!
雀は小さいがゆえに肉は少ししかないし小骨が多くて食えたものじゃないって誰かが言ってたのを覚えてますね
そして、さすが咲夜さんGJ!ですね
No title
咲夜さんかわいいです(^q^)
No title
秘封倶楽部も可愛かったけど咲夜さんがががががが
サクヤサンカワイイデス
サクヤサンカワイイデス