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妖の刀、煙草の火

妹紅には煙草が似合うと思います。
はらちさんに挿絵を描いていただきました。感謝感謝。


霖之助 妹紅








 香霖堂の天井に、紫煙が漂っていた。

 発生源はふたつ。

 ひとつは香霖堂店主、霖之助。
 もうひとつは、腰まで届く長い白髪をリボンでまとめた少女。


「全然ダメだよ、香霖堂」
「おや、君には合わなかったかい?」
「合うも合わないも……」


 妹紅は大きく息を吐き出し、首を振った。
 咥えていた煙草を見つめ、肩を竦める。


「全然吸ってる気がしない。なんて言うか、軽すぎる。
 やっぱりいつもの銘柄のほうがいいな。こんなんじゃ眠気も取れやしない」
「そりゃ、君がいつも吸ってるやつと比べたらね。
 じゃあ刻み煙草を吸ってみたらどうかな?
 気分に合わせて調合できるから、幅広い楽しみ方が出来るよ」
「遠慮しとく。めんどい」
「そうか……」


 きっぱりと断られ、霖之助は苦笑いを浮かべた。

 ふたりが吸っているのは外の世界の紙巻き煙草だ。
 いつもは水煙草や煙管を好む霖之助だったが、今日は紙巻き煙草派の妹紅に合わせている。
 これはこれでいろいろ種類があるので、なかなか趣深いものだ。


「目を覚ましたいならメンソール入りとかどうだい? 頭がスッとするとはよく言うね」
「うーん、私はそのスッとするのが苦手なんだよねー」
「そう言えばハッカ嫌いだったね。でも最近はその限りでもないかな。
 例えば今僕が吸ってるこれはメンソール系だが、桃の香りが付けられててね」
「どれどれ?」


 妹紅はそう言うなり、霖之助の口から煙草を掠め取った。


「まだ箱に残ってるんだがね」


 そしてそのまま一服する彼女に、霖之助はため息を漏らす。


「ん~……やっぱ苦手だ。これならこっちの方がいい」


 どうやらお口に合わなかったらしい。
 妹紅は霖之助に煙草を返すと、元の煙草に口を付け、深く息を吐いた。

 霖之助は返ってきた煙草を燻らせ、少し残念そうな表情を浮かべる。


「君がいろいろ吸う人なら、愛煙家としては嬉しいんだけどね」
「嬉しいのは商売人としてじゃないの?」


 名残惜しむように最後のひと吸いをすると、短くなってしまった煙草を灰皿に押しつける。
 そして妹紅は唇に指を当てると、確かめるように呟いた。


「……まあ、悪くはなかったよ」
「そうかい? 気に入ってくれたらなによりだよ」
「うん……でもこれ、ヤニって1割くらいしか入ってないんだろ?」
「いつものやつと比べるとそれくらいだね」
「じゃあ値段も1割に……」
「ならないよ」
「詐欺じゃないか」
「煙草の値段の大部分は税金となっております」
「誰が税を取るっていうんだ」


 霖之助は曖昧な笑いで返すと、天井に向かって煙を吐き出した。

 空気清浄機の機能を混ぜ込んだ置物をいくつか配置しているので、あとで換気すれば大丈夫だろう。
 煙草の匂いに敏感な常連には、文句を言われてしまうかもしれないが。


「それに煙草はヤニを吸うだけが楽しみ方じゃないよ」
「そうなの?」
「そうなの」


 喫煙者の知り合いが何人かいるが、誰もが全く別の楽しみ方をしていた。
 それもまた、煙草の面白いところだろうと思う。


「君みたいな楽しみ方もあるがね。香りを楽しんだり、味を楽しんだり。
 僕は最近調合に凝っているんだよ。微妙な違いで味が変わって楽しいんだ」
「ふーん」


 あまり興味がないようだ。
 少し肩を落とす霖之助に、妹紅はやや困り顔で返す。


「気持ちはありがたいけど、私はやっぱりガツンと重いのがいいや」
「そうかい?」
「だってその方が生きてるって実感できるからさ」
「生きてる、か」


 不死身の彼女が言うと少し変わった言葉に聞こえるから不思議だ。

 霖之助は別の煙草を取り出すと、ひとつ咥えた。
 こちらはメンソールが強めの銘柄だ。

 パッケージを眺め、最近追加されたらしい注意書きを見て口を開く。


「でも煙草は身体に悪いらしいよ」
「そうかねぇ」
「未成年は吸わないほうがいいそうだ。あと肺の病気がどうとか……」
「でも私はない方が辛いよ。それに、ため息を誤魔化せるし。
 慧音からは嫌な顔されるけど」
「ああ、慧音はあまり煙草が好きじゃないからね」


 愛煙家もいれば、もちろん嫌煙家もいるわけで。
 最近は嫌煙家の方が増えている気がする。

 そのせいか、喫煙者はどこでも肩身の狭い思いをしているらしかった。


「……それくらいで死ねたら、苦労はしないんだけど」
「ん?」


 物思いに耽っていたせいで、妹紅の言葉を聞き逃してしまった。


「ま、たまには味を変えるのも悪くないけど」


 彼女は首を振り、話題を変えるように箱を叩いた。
 妹紅がいつも吸っている、赤い箱。
 そこから一本を取り出すと、人差し指と中指で挟むように持ち上げる。

 そして彼女が先端に視線を向けると、赤い光が灯り勝手に火がついた。


「んー、やっぱりこっちのが落ち着くよ」


 その煙草を咥え、美味しそうに一服する。
 ぷかりと輪っか状の煙を吐き出し、妹紅は霖之助に笑みを向けた。


「じゃあ、あるだけ頂戴」
「いつもの銘柄だけかな?」
「その通り」
「いろいろ楽しめばいいのに」
「今回はこれでいいの」


 だいたい一日一箱を吸う彼女なので、今回渡した数から考えればまた一週間後くらいにはやってくるのだろう。

 あんまり多く渡しすぎても、吸う量が増えるのかやっぱり一週間後くらいにやってくるので、あるだけと言いつつ一週間分を渡すのが毎回恒例になっていた。


「……で、もうひとつの注文はどうなってる?」


 咥えた煙草をぴこぴこと振りながら、妹紅が言葉を続けた。
 声の調子は同じだが、目が笑っていない。

 彼女の様子に、霖之助は少し考え……やがてひとつ頷いた。


「入荷はしたよ」
「本当に?」
「嘘は吐かない主義でね。気に入るかはわからないが……」


 霖之助はゆっくりと立ち上がり、近くの棚へと歩み寄った。
 そこに置いてあった鍵付きの箱を開け、妹紅に手招きをする。


「注文は、持っているだけで命を落とすような妖刀、だったね」
「そう。魂を蝕むくらいのね」


 箱の中に入っていた細長い包みを取り出し、彼女へ手渡す。

 厳重に封印されたそれを解くと、一振りの刀が姿を現した。
 彼女の望むもの……妖刀だ。


妖の刀、煙草の火


「これが……」
「扱いには注意してくれよ」
「わかってる」


 妹紅は慎重な手つきで鞘から刀身を抜き放った。
 やや赤みがかったそれは、日の光を反射し妖しく輝いている。

 それにしても、妹紅は刀を持つのがずいぶん様になっていると思う。
 生きてきた年月のせいか……それとも、生まれ故か。


「銘はないから抜けば玉散る氷の刃、とはいかないがね。切れ味は保証するよ」
「確かに、よく切れそうだけど」
「その割には不満そうだね。やはり名のあるもののほうがよかったかい?」
「私が欲しいのは妖刀だから、刀の部分には興味がないんだ」


 そう言って、妹紅は強く息を吹きかけた。
 彼女の口から伸びた白煙は、真っ直ぐに刀身へと迫り……しかし何かに阻まれたように流れを変えると、何処かへと消える。

 それこそこの刀が妖刀たる所以だった。

 真剣を調べる時は息を吹きかけないよう和紙を咥えたりするのだが、この刀に関しては必要ない。


「で、妖の部分を説明してくれるかな、香霖堂」


 妹紅はしばし刀を見つめ……やがて霖之助へと向き直る。


「見ての通り、厳重な封印が施してある。理由は知っての通りさ」
「命を落とすんだろ?」
「その通り。非業の死を遂げる……とかなんとか、そんな呪いを持っているらしい」
「曖昧だね。ご自慢の能力で見られなかったの?」
「用途は斬ること。名前はカタナ。僕の目で見えたのはそんなところだ」
「そのままじゃないか」
「そのままだよ。僕の目は、別に包丁にすべて固有名詞がついて見えるわけじゃないからね」
「ふーん」


 一言で妖刀と言っても、いくつかパターンがある。
 例えば村正のように、徳川に仇なす刀として禁忌となり、あとから妖刀と呼ばれるようになったもの。
 また妖夢の持っている刀のように、最初からこの世ならざるものとして造られた刀。
 神の持ち物であったり、鬼を斬ることで信仰を集めたもの。

 真に妖刀と呼ばれるものは、やはりそれ相応の理由があるのだろう。
 そしてこの刀も、その中の一本だった。


「なんて顔してるんだ」
「ん?」
「私は死なないよ。望んでも死ねないしね。
 ま、死ぬような目には遭うかもしれないけど」
「……そう願いたいね」


 不死の者が死ぬ呪いを受けたらどうなるのだろうか。
 その疑問は確かにある。

 ……だが、あまり確認しようという気にはなれなかった。


「輝夜に渡すのかい?」
「んー?」
「ずいぶん呪いを気にしているようだからさ」
「それも面白いかもしれないけど、あの銀髪がいるからなあ。
 すぐ見破るだろうね」


 君だって同じような髪の色だろう、と言おうとしてやめた。
 彼女の瞳を見てしまったからだろうか。


「で、この刀は魂を蝕むくらい強力な呪いなのかな」
「この封印をしてくれた厄神の話だとね」


 言葉を選びながら、ゆっくりと紡ぐ。
 目の前の少女の、言いしれぬ危うさに気をつけながら。


「この刀で斬られた者は、魂がこの刀身に呑み込まれ、やがて消えてしまうそうだよ」
「ふぅん」


 まるで魅入られてしまったかのように、妹紅は妖刀を見つめていた。
 赤く燃える心を映して。


「ねえ、香霖堂」
「……ああ」
「蓬莱の薬ってのは、変質した魂が肉体と置き換わって不死の効果を出すらしいんだ。
 あれ、肉体と魂の分離だったかな」
「永琳に聞いたのかい?」
「そうそう。まあ、きっと輝夜も似たようなものだろ」
「輝夜を斬る、と?」
「この刀が魂を食えるというのが本当なら」
「相手が不死身でも、殺せるかもしれない?」
「どうだろうね。あいつはまた特別かもしれない」


 そして彼女は微笑んだ。
 胸のすくような、どこまでも澄んだ表情で。


「だから、試してみようと思って」
「……!!」


 言うと同時、くるりと逆手に刀を握り、妹紅は自ら目がけて刀を突き立てようとするのが見えた。

 その瞬間、霖之助は思わず手を伸ばす。
 とっさに動けたのは……予感があったからだろうか。


「…………」
「自決するなら、もっと短い刀の方がいい」
「忠告どうも。次回への参考にするわ」
「僕の見てないところで頼むよ」


 妹紅の動きは霖之助によって止められていた。
 両者睨み合ったまま、口だけを動かす。

 刀身を掴んでしまったため、手のひらに鋭い痛みが走るが、気にしてはいられない。
 滴る血液を見て、妹紅が眉を顰めた。


「手、怪我してるよ」
「おかげさまでね」
「斬られたら魂を呑まれるんじゃなかったの?」
「そう言う刀もあるらしいがね」


 妹紅の手に霖之助は手を添え、刀を取り返した。
 抵抗はしないようだ。

 やがて彼女は霖之助を見上げるような距離まで近づき、口を開いた。


「驚いた?」
「……ああ」
「それはよかった。私を騙そうとしたバツさ」


 鞘に収めた刀を見て、ニッと口の端を吊り上げる妹紅。


「妖刀なのは本当みたいだけど、その刀にそんな呪いはない。違うかい?」
「正解。魂を喰らうのも作り話だよ」
「嘘は吐かないんじゃなかったのかな。もしくは、あの言葉自体が嘘か」
「さあ、どうだろうね」


 この刀にはカマイタチという銘があった。
 その名の通り、一振りで風のような斬撃を起こせる妖刀だが、元になった妖怪と同じく傷はそう深くならない。

 ただそうでなくても、対刃の御札を持っていなかったらもう少し大事になっていた可能性もあるわけで。


「……君は、どこまでわかってたんだい?」
「どこまでだと思う?」


 妹紅に問い返され、霖之助は口を噤んだ。
 見つめ合っていても、相手の真意を読み取ることは出来ない。

 だからとりあえず、質問を買えてみることにした。


「本物だったら、どうしたんだ?」
「それはない。そんな刀だったら、香霖堂が手放すはずがないから」


 確かにそれはそうだろう。
 自分でもそう思う。


「ま、もしそうだとしても同じように止めただろうけどね、香霖堂なら」
「さて、ね」


 妹紅に見つめられ、霖之助は首を振った。


「……君は、僕にどうして欲しかったのかな」
「うーん……」


 彼女が何をしたかったのか。
 霖之助はそれを考えていた。

 本物を渡さないことがわかっていての注文となると、最初から無理な注文をしていたことになる。
 ……まるでかぐや姫の難題のように。


「甘えたかった、のかなぁ」
「何か言ったかい?」
「なんでもないよ、香霖堂」


 妹紅は一歩下がると、霖之助から距離を取った。
 それから改めて、彼が持つ妖刀へと視線を向ける。


「せっかくだしその刀、買っていくよ」
「いいのかい?」
「ああ、薪割りに使えそうだし」
「そういうためのものじゃないんだがね」


 霖之助は刀をカウンターの上に置くと、腰を下ろした。
 煙草に火を付け、偽りの封印を片付ける。

 もちろん妖刀なのでそれなりに値段はするし、それに煙草代と、今回は追加請求もあるわけで。


「慰謝料と医者料込みになるから、高いよ?」
「そう?」
「君の煙草代の何年分になるかな」
「なら、身体で払おうかな」


 妹紅は煙草を咥え、霖之助の煙草に押しつけた。
 先端についていた火が移り、紫煙をたなびかせ始める。


「どうせ長い人生だもの。一度くらい他人のモノになってもいいかなってね」
「うちは生き物を取り扱わないんだが……」
「堅いこと言わない。私と香霖堂の仲じゃないの」


 喫煙仲間だね、と言おうとして、妹紅に唇を塞がれた。
 煙草の味をたっぷりと交換し、彼女は身を寄せ、耳元で囁く。


「こうして吸うのも、悪くないと思わない?」
「……否定はしないよ」
「ならよかった。とりあえず怪我した右手の代わりに、イロイロしてあげるよ」

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非公開コメント

No title

不器用に甘える妹紅がとっても可愛い
そして色々言いつつもしっかり対応してくれる霖之助さんはやっぱりいい人やでぇ
煙草吸ってる話なのにとっても甘かったです

No title

”……それくらいで死ねたら、苦労はしないんだけど”
この台詞、不死な妹紅にとっては非常に重い台詞ですな

No title

もこたんや半妖の霖之助さんなら兎も角、俺は吸ってたら確実に健康に悪いよなぁ……

もこたんに似合いそうな銘柄、最近の女性向けは論外……
ゴールデンバッドとかの両切りか、ヤンキー座りでセブンスターやハイライトかピースかな(ぉ

先生は近々母親になる気があるから煙草を近づけたくないんですねわかります

No title

タバコかぁ・・・。家のオトンもピース吸ってるなぁ値上がりしたのに。
妹紅がタバコを吸うのはホントにため息を誤魔化す為だけなのかな?
体に悪い(吸い続けると死にいたる)と知って吸い始めたのかも・・・。
なんてちょっと考えすぎですかねぇ。

今回もすごく面白かったです!

ふむ、イロイロとな。いやエ〇エ〇の間違いでは…うわなにをすrピチューン


初コメがこんなんですみません。

やだこのもこたん妖艶でカッコいい……。
……ハッ!
まさか妖刀だけに、手にした者を妖しい魅力でエロエロにする効果があるのでは……Σ( ̄□ ̄;)!!

もこたん愛に目覚めてしまいそうな素敵なお話でした。ありがとうございます。
ちなみに作中の真っ赤な箱というのはポールモールでせうか、と聞いてしまう私は愛煙家。
プロフィール

道草

Author:道草
霖之助がメインのSSサイト。
フラグを立てる話がメインなのでお気を付けください。
同好の士は大ウェルカムだよね。
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