摂氏36度、湿度100%
オナ韮さんが『湿度100%で謎のサウナ状態になる香霖堂』というネタを言ったので。
一見まったくカプ要素のない諏訪霖だが、『八坂大蛇 第03話』の続きと考えれば……いやどうだろう。
霖之助 諏訪子
空は厚い雲に覆われ、完全に太陽の姿を隠していた。
雨が香霖堂の窓を叩き、不規則なリズムを奏で続ける。
昔拾った湿度計を見ると、100%を指していた。
……この表示が正確かは不明だが、ジメジメしていることに変わりない。
これほど湿気が多いといろいろとカビてしまわないか心配である。
霊夢にも、お酒以外のものにしてしまう神が多すぎると言われたことだし。
四季以外の代表的な時期とも言える、梅雨。
こんな時に元気なのは、蛙と妖精くらいのものだろう。
「やっほー、元気してるー?」
訂正、神も元気なようだ。
霖之助は肩を竦め、元気よく手を挙げて入ってきた諏訪子に目を向けた。
「開店中の札は出してなかったはずだが」
「開いてても閉まっててもたいして変わらないからいいじゃない。
それに今日はお客さんとして来たんだから、もっともてなしてよ」
「本当かい? ああすまない、靴の水はそのマットで拭いてくれないか」
「はいはーい」
諏訪子は霖之助に言われたとおり、足拭きマットで靴底の水分を落とす。
幼い外見の彼女には、雨合羽に長靴という出で立ちがよく似合っていた。
年中出しっぱなしにしてあるコートかけに雨合羽を脱ぎ、かける。
「しかしこんな雨の日に、もし僕がいなかったらどうするんだい?」
「絶対いるって思ってた。こんな雨の日に出歩くのなんて河童くらいだよ」
「君がそれを言うかね」
「私はいいの。神様だもん」
自信たっぷりに無い胸を張り、諏訪子はカウンターの前に腰掛けた。
床に足が付いておらず、ぶらぶらと揺らす。
見た目も相まって、とても子供っぽい。
「でね、神奈子や早苗が暑い暑いって言うから、涼しくなるものを買いに来たんだよ」
「買いに来たってことは……そんなものがうちにあるのかい?」
「そうだよ。そのために来たんだから。って、なんで香霖堂が驚くのさ」
「是非僕にも教えてくれないかな。その分お代は勉強させてもらうから」
「あれ、使ってないの? 結構あった気がするけど」
「見ての通りだよ」
霖之助はカウンターに肘を置き、項垂れるようにため息を吐いた。
この湿気では汗も蒸発しないので、熱は籠もる一方だ。
そんな彼に、諏訪子は苦笑を漏らす。
「なんだなんだ、情けない有様だねぇ」
「この温度と湿気だからね。まるで蒸し風呂だよ」
「湿気なんて元気の源じゃん。お肌ツヤツヤになるし」
「そりゃ、君にとってはそうだろうけどね」
諏訪子は本当に元気そうで、少しだけ羨ましく思える。
ふと見ると、彼女の着て来た雨合羽はもうあらかた乾いているようだった。
この湿気でこの速乾性ということは、ずいぶん手の込んだものなのかもしれない。
「どこで雨合羽なんて手に入れたんだい? ずいぶんいい生地を使ってるみたいじゃないか」
「河童に作ってもらったんだよ。雨合羽とかけてね」
「合羽はポルトガル語のcapa、つまりケープと語源を同じくする言葉だよ。
河童とは全然別物のはずだが……」
「それくらい知ってるよ。だけど音はそれだけで意味を持つ。
合羽と河童の音が近いと言うことは、何かしらそこには意味があるんだよ。
なければ作ればいいしね」
「それが神の言葉かね」
無から有を創り出すのは人間だけの特権というわけでもないらしい。
地獄鴉に力を与えたり、ダムで信仰拠点を増やそうとしたりする彼女なら、本当にやりかねないが。
霖之助は言葉を続けようとして……大きく首を振った。
「……すまない、先に涼しくなる道具というのを教えてくれないか。どうやら限界が近くてね」
「だらしないねぇ。子供は風の子、大人は火の子。多少暑いくらいでなんなのさ」
「その言葉の意味は、火を扱うのは大人の特権ということだよ。
つまり人間の英知を活用できるようになるまで時間がかかると言うことさ。
だからまだ僕がこれらの英知を知らなくても仕方ないんだ」
「あら、じゃあ私と火遊びしてみる? それがオトナの特権なんでしょ?」
「あいにくとこの暑さでその体力持って行かれてね」
「ほんっとだらしないねぇ」
呆れ顔の諏訪子の視線が痛いが、背に腹は代えられない。
「この天気じゃ打ち水しても意味ないし。水気があれば火気は弱まるかと思ったんだが」
「その水気自体が熱を持ってるからねぇ。そんなんじゃどうしようもないよ」
「じゃあどうしたらいい?」
「そこで私の出番というわけだよ!」
「ふむ、何かいい知恵を頂こうか。神にご教授賜るというのもありがたい話だからね」
「うん、任せて任せて」
彼女は満面の笑みを浮かべると、商品を置いてある棚へと近寄った。
使い方のわからない道具が数多く納められているそこから、目当ての一品を取り出す。
「じゃーん! これなーんだ?」
「うん、団扇だね」
「うん、団扇だよ」
「あまり気合いを入れて扇ぐとかえって暑くなるアレだな」
「そうそう」
諏訪子は頷き、カウンターへと歩み寄った。
霖之助に団扇を渡し、再び腰掛ける。
「で、これをどうするんだい?」
「扇いで?」
「いやいや、僕が求めてるのはそう言うプレイじゃないから」
「ちぇー」
全然残念そうではないのは、予想していたからなのだろう。
霖之助としては、あまりそういう冗談に付き合ってる体力もないのだが。
「あ、あったあった。これこれ」
再度諏訪子が商品棚から持ってきたのは、いわゆる保冷剤と呼ばれる商品だった。
大中小様々なサイズのそれを、しかし霖之助は戸惑った目で見る。
「諏訪子、ひとつ聞いておくが、これは冷蔵庫で冷やして使うもので合ってるかな」
「そうだよ。ご名答!」
「なるほどね。だが残念ながら、電気のない幻想郷では使えないんだ」
霖之助はこの道具をかつて試したことがあった。
いや、名前と用途を見て真っ先に飛びついたと言ってもいい。
だが長時間低温を保つはずのこれらは、同じく低温の部屋で冷やしておく必要があるらしい。
そんな都合のいい部屋があるなら自分がそこに入った方が早いんじゃないかと思い、お蔵入りになったのだ。
しかし。
「香霖堂、アンタがそんなことでどうするのさ」
二度目の諏訪子の呆れ顔に、霖之助はなんだか負けた気分になった。
「ま、香霖堂の考えもわからなくもないけど。
郷に入りては郷に従えってことだよ」
彼女はそう言うと、自らの懐に手を突っ込んだ。
なにやら手探りをしたあと、勢いよく取り出したのは真っ白い幽霊の姿。
「閻魔に怒られる前に返してきた方がいいんじゃないかな」
「怒られるなんてとんでもない。神の許に来られる幸せを与えてるところだよ」
「……ほどほどにね」
確かに夏場、幽霊を使って涼む者は結構いる。
直接触っていると凍傷になってしまうくらい冷たいのだが、神なら問題ないのだろう。
今まで幽霊を身につけていたから、この暑さでも平気だったのかもしれない。
「その通り、涼しいもんだよ。人間にはお勧めしないけどね。
で、この幽霊を利用して涼もうってわけさ」
どうやら霖之助の思考もお見通しのようだ。
諏訪子はカウンターの上の保冷剤をひとつ掴むと、幽霊の中に突っ込んだ。
待つことしばし。
ややあって、彼女は保冷剤を取り出し、霖之助に投げてよこす。
「はい、どうよ?」
「……生き返るようだ」
「死んでる幽霊から出来たもんだけどね」
短時間で冷やしたせいか、冷たすぎることもない。
もし冷たかったらタオルでくるむといいんだよ、と諏訪子は笑っていた。
確かにこの使い方は盲点だった。
霖之助は外の世界の道具をまず外の世界のように使うことを考えていたため、思いつかなかったのだろう。
あくまで拘ったせいだ。
発想で負けたわけではない。たぶん。
「ま、幽霊は各自で調達ってことで」
「ああ、死神にでも聞いてみることにするさ」
「閻魔に怒られないようにね」
「善処するよ」
頭も冷えたせいか、ようやく調子が戻ってきた感じがする。
彼女に笑みを返しつつ、引き出しから太陽電池付きの電卓を取り出した。
だが。
「じゃあ、また来るよ。これは貰っていくからね」
「ん? まだお代を頂いてないが」
「えー? 情報料だよ。私が教えなければ死蔵してたんだから、これくらいいでしょ?」
「それを言われると痛いがね。だが僕は勉強させてもらうと言ったはずだよ」
彼女の言い分ももっともだが、易々と折れては商売人の沽券に関わる。
諏訪子はなにやら考えていたようだが……やがて諦めたかのように、ゆっくりと首を振った。
「仕方ない、もう一肌脱ぐとしようじゃない。
この香霖堂全体を涼しくしてあげるよ」
「なんだって? そんなことが可能なのかい?」
「もちろん。私にかかれば軽いもんだよ。じゃ、ちょっとこっちに来てね」
諏訪子に手招きされるまま、霖之助は香霖堂の外へと歩み出した。
相変わらずの雨が服を濡らし、傘を持つ手がじっとりと汗ばむ。
不快極まりないがやむを得ない。
正直な話、この暑さをなんとかできるなら藁にも縋りたかったこともある。
「う~ん、この辺かな」
「何をするんだい?」
「ちょっと離れてて」
香霖堂の裏庭まで来ると、彼女は地面に両手を付いた。
「えいや!」
気合一発、彼女のかけ声で地面に大きめの穴が穿たれる。
そしてその穴から吹き出してきたものに、霖之助は驚きの声を上げた。
「熱っ……これは蒸気かい?」
「そうそう。地下の核センターから生まれた熱がこの下に溜まってたみたい」
「それであんなに暑かったのか」
「まさにサウナ状態ってやつだね。よく我慢してたもんだと感心するよ」
今までとはうって変わり、感心したように頷く諏訪子。
それから再び地面に手を付き、ぽんぽんと叩いた。
「地面の穴も埋めておくからね、感謝してよ。地盤沈下みたいなことはないと思うよ」
「ああ、わかった。助かるよ」
「約束通り、保冷剤は貰っていくからね」
「仕方ないな……」
霖之助は頷き……やがてふと動きを止める。
「……ん? ちょっと待てよ」
よく考えてみれば、地下核センターを管理しているのは諏訪子達山の神だ。
その核センターが原因でこんなに暑くなったのなら、そもそも商品を割り引く意味はないわけで。
もちろん使い方を教えてもらったことには感謝しているが。
だがそう思ったときにはすでに後の祭り。
周囲を見渡してみても、諏訪子の姿はどこにもない。
「やられた……」
いつの間にか地下の穴も綺麗に修復されていた。
実に仕事の早いことだ。
彼女は最初からこの予定で来たのかもしれない。
そのための雨合羽と考えれば納得がいく。
「……まあ、いいか」
しばらくいろいろ考えてみたものの、霖之助は肩を竦めて店内へと向かった。
首に当てた保冷剤の冷たさを感じながら。
多めに仕入れたら氷精や死神と組んで売り出してみよう、と考えつつ。
――近いうちにまた神社に顔を出すのもいいかもしれない。
一見まったくカプ要素のない諏訪霖だが、『八坂大蛇 第03話』の続きと考えれば……いやどうだろう。
霖之助 諏訪子
空は厚い雲に覆われ、完全に太陽の姿を隠していた。
雨が香霖堂の窓を叩き、不規則なリズムを奏で続ける。
昔拾った湿度計を見ると、100%を指していた。
……この表示が正確かは不明だが、ジメジメしていることに変わりない。
これほど湿気が多いといろいろとカビてしまわないか心配である。
霊夢にも、お酒以外のものにしてしまう神が多すぎると言われたことだし。
四季以外の代表的な時期とも言える、梅雨。
こんな時に元気なのは、蛙と妖精くらいのものだろう。
「やっほー、元気してるー?」
訂正、神も元気なようだ。
霖之助は肩を竦め、元気よく手を挙げて入ってきた諏訪子に目を向けた。
「開店中の札は出してなかったはずだが」
「開いてても閉まっててもたいして変わらないからいいじゃない。
それに今日はお客さんとして来たんだから、もっともてなしてよ」
「本当かい? ああすまない、靴の水はそのマットで拭いてくれないか」
「はいはーい」
諏訪子は霖之助に言われたとおり、足拭きマットで靴底の水分を落とす。
幼い外見の彼女には、雨合羽に長靴という出で立ちがよく似合っていた。
年中出しっぱなしにしてあるコートかけに雨合羽を脱ぎ、かける。
「しかしこんな雨の日に、もし僕がいなかったらどうするんだい?」
「絶対いるって思ってた。こんな雨の日に出歩くのなんて河童くらいだよ」
「君がそれを言うかね」
「私はいいの。神様だもん」
自信たっぷりに無い胸を張り、諏訪子はカウンターの前に腰掛けた。
床に足が付いておらず、ぶらぶらと揺らす。
見た目も相まって、とても子供っぽい。
「でね、神奈子や早苗が暑い暑いって言うから、涼しくなるものを買いに来たんだよ」
「買いに来たってことは……そんなものがうちにあるのかい?」
「そうだよ。そのために来たんだから。って、なんで香霖堂が驚くのさ」
「是非僕にも教えてくれないかな。その分お代は勉強させてもらうから」
「あれ、使ってないの? 結構あった気がするけど」
「見ての通りだよ」
霖之助はカウンターに肘を置き、項垂れるようにため息を吐いた。
この湿気では汗も蒸発しないので、熱は籠もる一方だ。
そんな彼に、諏訪子は苦笑を漏らす。
「なんだなんだ、情けない有様だねぇ」
「この温度と湿気だからね。まるで蒸し風呂だよ」
「湿気なんて元気の源じゃん。お肌ツヤツヤになるし」
「そりゃ、君にとってはそうだろうけどね」
諏訪子は本当に元気そうで、少しだけ羨ましく思える。
ふと見ると、彼女の着て来た雨合羽はもうあらかた乾いているようだった。
この湿気でこの速乾性ということは、ずいぶん手の込んだものなのかもしれない。
「どこで雨合羽なんて手に入れたんだい? ずいぶんいい生地を使ってるみたいじゃないか」
「河童に作ってもらったんだよ。雨合羽とかけてね」
「合羽はポルトガル語のcapa、つまりケープと語源を同じくする言葉だよ。
河童とは全然別物のはずだが……」
「それくらい知ってるよ。だけど音はそれだけで意味を持つ。
合羽と河童の音が近いと言うことは、何かしらそこには意味があるんだよ。
なければ作ればいいしね」
「それが神の言葉かね」
無から有を創り出すのは人間だけの特権というわけでもないらしい。
地獄鴉に力を与えたり、ダムで信仰拠点を増やそうとしたりする彼女なら、本当にやりかねないが。
霖之助は言葉を続けようとして……大きく首を振った。
「……すまない、先に涼しくなる道具というのを教えてくれないか。どうやら限界が近くてね」
「だらしないねぇ。子供は風の子、大人は火の子。多少暑いくらいでなんなのさ」
「その言葉の意味は、火を扱うのは大人の特権ということだよ。
つまり人間の英知を活用できるようになるまで時間がかかると言うことさ。
だからまだ僕がこれらの英知を知らなくても仕方ないんだ」
「あら、じゃあ私と火遊びしてみる? それがオトナの特権なんでしょ?」
「あいにくとこの暑さでその体力持って行かれてね」
「ほんっとだらしないねぇ」
呆れ顔の諏訪子の視線が痛いが、背に腹は代えられない。
「この天気じゃ打ち水しても意味ないし。水気があれば火気は弱まるかと思ったんだが」
「その水気自体が熱を持ってるからねぇ。そんなんじゃどうしようもないよ」
「じゃあどうしたらいい?」
「そこで私の出番というわけだよ!」
「ふむ、何かいい知恵を頂こうか。神にご教授賜るというのもありがたい話だからね」
「うん、任せて任せて」
彼女は満面の笑みを浮かべると、商品を置いてある棚へと近寄った。
使い方のわからない道具が数多く納められているそこから、目当ての一品を取り出す。
「じゃーん! これなーんだ?」
「うん、団扇だね」
「うん、団扇だよ」
「あまり気合いを入れて扇ぐとかえって暑くなるアレだな」
「そうそう」
諏訪子は頷き、カウンターへと歩み寄った。
霖之助に団扇を渡し、再び腰掛ける。
「で、これをどうするんだい?」
「扇いで?」
「いやいや、僕が求めてるのはそう言うプレイじゃないから」
「ちぇー」
全然残念そうではないのは、予想していたからなのだろう。
霖之助としては、あまりそういう冗談に付き合ってる体力もないのだが。
「あ、あったあった。これこれ」
再度諏訪子が商品棚から持ってきたのは、いわゆる保冷剤と呼ばれる商品だった。
大中小様々なサイズのそれを、しかし霖之助は戸惑った目で見る。
「諏訪子、ひとつ聞いておくが、これは冷蔵庫で冷やして使うもので合ってるかな」
「そうだよ。ご名答!」
「なるほどね。だが残念ながら、電気のない幻想郷では使えないんだ」
霖之助はこの道具をかつて試したことがあった。
いや、名前と用途を見て真っ先に飛びついたと言ってもいい。
だが長時間低温を保つはずのこれらは、同じく低温の部屋で冷やしておく必要があるらしい。
そんな都合のいい部屋があるなら自分がそこに入った方が早いんじゃないかと思い、お蔵入りになったのだ。
しかし。
「香霖堂、アンタがそんなことでどうするのさ」
二度目の諏訪子の呆れ顔に、霖之助はなんだか負けた気分になった。
「ま、香霖堂の考えもわからなくもないけど。
郷に入りては郷に従えってことだよ」
彼女はそう言うと、自らの懐に手を突っ込んだ。
なにやら手探りをしたあと、勢いよく取り出したのは真っ白い幽霊の姿。
「閻魔に怒られる前に返してきた方がいいんじゃないかな」
「怒られるなんてとんでもない。神の許に来られる幸せを与えてるところだよ」
「……ほどほどにね」
確かに夏場、幽霊を使って涼む者は結構いる。
直接触っていると凍傷になってしまうくらい冷たいのだが、神なら問題ないのだろう。
今まで幽霊を身につけていたから、この暑さでも平気だったのかもしれない。
「その通り、涼しいもんだよ。人間にはお勧めしないけどね。
で、この幽霊を利用して涼もうってわけさ」
どうやら霖之助の思考もお見通しのようだ。
諏訪子はカウンターの上の保冷剤をひとつ掴むと、幽霊の中に突っ込んだ。
待つことしばし。
ややあって、彼女は保冷剤を取り出し、霖之助に投げてよこす。
「はい、どうよ?」
「……生き返るようだ」
「死んでる幽霊から出来たもんだけどね」
短時間で冷やしたせいか、冷たすぎることもない。
もし冷たかったらタオルでくるむといいんだよ、と諏訪子は笑っていた。
確かにこの使い方は盲点だった。
霖之助は外の世界の道具をまず外の世界のように使うことを考えていたため、思いつかなかったのだろう。
あくまで拘ったせいだ。
発想で負けたわけではない。たぶん。
「ま、幽霊は各自で調達ってことで」
「ああ、死神にでも聞いてみることにするさ」
「閻魔に怒られないようにね」
「善処するよ」
頭も冷えたせいか、ようやく調子が戻ってきた感じがする。
彼女に笑みを返しつつ、引き出しから太陽電池付きの電卓を取り出した。
だが。
「じゃあ、また来るよ。これは貰っていくからね」
「ん? まだお代を頂いてないが」
「えー? 情報料だよ。私が教えなければ死蔵してたんだから、これくらいいでしょ?」
「それを言われると痛いがね。だが僕は勉強させてもらうと言ったはずだよ」
彼女の言い分ももっともだが、易々と折れては商売人の沽券に関わる。
諏訪子はなにやら考えていたようだが……やがて諦めたかのように、ゆっくりと首を振った。
「仕方ない、もう一肌脱ぐとしようじゃない。
この香霖堂全体を涼しくしてあげるよ」
「なんだって? そんなことが可能なのかい?」
「もちろん。私にかかれば軽いもんだよ。じゃ、ちょっとこっちに来てね」
諏訪子に手招きされるまま、霖之助は香霖堂の外へと歩み出した。
相変わらずの雨が服を濡らし、傘を持つ手がじっとりと汗ばむ。
不快極まりないがやむを得ない。
正直な話、この暑さをなんとかできるなら藁にも縋りたかったこともある。
「う~ん、この辺かな」
「何をするんだい?」
「ちょっと離れてて」
香霖堂の裏庭まで来ると、彼女は地面に両手を付いた。
「えいや!」
気合一発、彼女のかけ声で地面に大きめの穴が穿たれる。
そしてその穴から吹き出してきたものに、霖之助は驚きの声を上げた。
「熱っ……これは蒸気かい?」
「そうそう。地下の核センターから生まれた熱がこの下に溜まってたみたい」
「それであんなに暑かったのか」
「まさにサウナ状態ってやつだね。よく我慢してたもんだと感心するよ」
今までとはうって変わり、感心したように頷く諏訪子。
それから再び地面に手を付き、ぽんぽんと叩いた。
「地面の穴も埋めておくからね、感謝してよ。地盤沈下みたいなことはないと思うよ」
「ああ、わかった。助かるよ」
「約束通り、保冷剤は貰っていくからね」
「仕方ないな……」
霖之助は頷き……やがてふと動きを止める。
「……ん? ちょっと待てよ」
よく考えてみれば、地下核センターを管理しているのは諏訪子達山の神だ。
その核センターが原因でこんなに暑くなったのなら、そもそも商品を割り引く意味はないわけで。
もちろん使い方を教えてもらったことには感謝しているが。
だがそう思ったときにはすでに後の祭り。
周囲を見渡してみても、諏訪子の姿はどこにもない。
「やられた……」
いつの間にか地下の穴も綺麗に修復されていた。
実に仕事の早いことだ。
彼女は最初からこの予定で来たのかもしれない。
そのための雨合羽と考えれば納得がいく。
「……まあ、いいか」
しばらくいろいろ考えてみたものの、霖之助は肩を竦めて店内へと向かった。
首に当てた保冷剤の冷たさを感じながら。
多めに仕入れたら氷精や死神と組んで売り出してみよう、と考えつつ。
――近いうちにまた神社に顔を出すのもいいかもしれない。
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道草さんの書く諏訪子は大人ですねぇ。それとも八坂大蛇の続きだからですか?
なんにしても一度道草さんの書くようzy・・・子供っぽい諏訪子と霖之助の話も読んでみたいなぁと思いました。
最近、気温も天気も大荒れで大変ですがお元気で。
次も楽しみにしています。
なんにしても一度道草さんの書くようzy・・・子供っぽい諏訪子と霖之助の話も読んでみたいなぁと思いました。
最近、気温も天気も大荒れで大変ですがお元気で。
次も楽しみにしています。