エイプリルフールネタ
エイプリルフールと言うことで、嘘にまつわるショートショート。
ある春先の出来事。
どうしてもと言う頼みを断れず、霖之助はお見合いをすることになってしまった。
罠にはまってしまった、と言い変えてもいい。
すっぽかすことも考えたが、相手の顔に泥を塗ることになるし、変な噂でも立ってしまったら商売上都合が悪い。
とりあえず適当な嘘でも並べ立ててやり過ごすことに決め、外食にでも行く気分で出立した霖之助。
しかし彼が見合い会場で出会ったのは、見知った少女の姿だった。
ここまでテンプレ。
仲介人が誰かは少女による、ということで。
ゲストの方に感謝感謝。
<慧音の場合>
扉を開けた瞬間、不機嫌そうな彼女と目が合った。
そのまま扉を閉め、立ち去ることが出来たらどんなに楽だろう。
そう思っても、残念ながら最初からその選択肢を選ぶことは出来ない。
「……やあ、慧音。奇遇だね」
「奇遇だと?」
ぴくり、と彼女の眉が吊り上がる。
逃げることも叶わず、霖之助は彼女の向かいの席に腰を下ろした。
慧音。
いわゆる幼なじみという関係だ。
そんな彼女とこんな席で向かい合いになるのは……実に気まずい。
「今日は、見合いをする予定だったんだよ」
「知ってる」
「この店でやる予定でね。いや、霧雨の親父さんに無理にだな」
「知ってる」
「受付で名乗ったら、この席に通されたんだが……」
「知ってる」
さらに慧音の機嫌が悪くなっていくのを霖之助は肌で感じていた。
いたたまれない空気に気まずい思いを感じつつ、霖之助は出されたお茶を飲む。
……どうやら高級なお茶らしいのだが、残念ながらロクに味がわからなかった。
やがて目の前の少女は、重々しく口を開く。
「私がその相手だからだ」
「……え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
その意味を理解するまで、しばしの時間を要する。
「どうして……」
「私では不服か?」
「いや、そんなわけじゃないけど」
ゆっくりと首を振る霖之助。
慧音は渋々といった様子で、事情を説明し始めた。
「私も霧雨の親父さんに紹介されたんだ。どうしても霖之助と、とな」
「なるほど、君は相手が誰だか知ってたのか」
「ああ。霖之助は知らなかったのか?」
「残念ながらね」
そこでようやく霖之助は安心したかのように息を吐き出す。
気心の知れた相手なら、やりやすいというものだ。
「なら僕が考えてることもわかるだろう?」
「…………」
じっと慧音は霖之助の瞳を見つめた。
少し迷っていたようだが……ややあって、言葉を紡ぐ。
「断るための話を合わせろ、と?」
「ご名答」
少しだけ、彼女の瞳が揺れた気がする。
それが何故かは……わからなかったが。
だから、だろうか。
思わず別の言葉を口にしていた。
「この埋め合わせは、後日。
……甘味処にでも行くかい? ふたりで」
「ふむ? 珍しいじゃないか」
「たまにはね」
そう言って、慧音は笑う。
彼女の笑みを見られたことで、何となく霖之助の心も軽くなった。
……怒った顔より、ずっといいと思う。
「なるほど……ふたりで甘味処、か」
「なんだい?」
「いや、ちょっと考えてみたんだ」
慧音はひとり、呟く。
霖之助に届かないくらいの、小さな声で。
「もし見合いが成功したら、こんな感じかな……」
「何か言ったかい?」
「なんでもない。とりあえず食事にしようじゃないか。ここの料理は有名でな、どうせまともに食べてないんだろう?」
嬉々として世話を焼き始める慧音に、霖之助はため息を吐いた。
<妖夢の場合>
「邪魔したね」
「ちょっと待ってくださいよ、霖之助さん!」
そのまま返ろうとした霖之助を、慌てた声が追ってくる。
声に遮られたわけではないが……さすがに思い直し、霖之助は改めて部屋の中へと入っていった。
「馬子にも衣装かな」
「それって褒めてませんよね!?」
煌びやかな和服を身に纏った少女――妖夢が、頬を膨らませる。
おそらく幽々子のものだろう。まったく着こなしが出来ていない。
髪を下ろし、高価な着物を纏った彼女は少しだけ大人びて見えたが……。
姿と表情がまるで釣り合っていなかった。
「君はどうしてここに来たんだい?」
「どうしてって、幽々子様がここへ行けって言うから来たんですけど」
「……なるほど。何も知らないわけか」
霖之助はため息を吐いた。
目の前で平和そうな顔をしている妖夢に向かって、肩を竦めてみせる。
「今日はここで見合いがあるんだよ」
「へー、ロマンチックですね。誰のです?」
「誰って、ここにいるだろう」
「へ? え?」
改めて、大きなため息。
この見合いを持ってきた映姫は、何を考えているのだろうか。
説明をまるでしていない冥界の姫も一枚噛んでいるようだが。
「まあ、見合いの相手が君でよかったよ」
「そ、そうですか?」
「ああ、勿論だとも」
そう言って、霖之助は満足げに頷いた。
「遠慮無く断ることが出来るからね」
「ううう……」
がっくりと肩を落とす妖夢。
それから恐る恐ると言った様子で、霖之助を見上げる。
「私のこと、嫌いですか……?」
「好きとか嫌い以前の問題だよ」
「……え?」
霖之助の言わんとしていることがさっぱりわかっていないようだ。
仕方なく腰を下ろし、彼女の対面に座る。
用意されていたお茶を飲みつつ、言葉を続けた。
「例えば君は、自分が誰かと結婚したらと考えたことはあるかい?」
「えーっと……?」
首を傾げる彼女に、霖之助は質問を重ねる。
「結婚しても冥界に住むのかい?
君の主の世話はどうする? 確か庭師の仕事もしてたはずだが……」
「それは、私が続けて……」
「となると、相手も冥界に住んでもらうのかい?
つまりそれは婿入りが条件と言う事かな」
「そう……なるんですかね?」
考えながら、妖夢は頭を捻った。
そんな彼女の言葉を聞き、霖之助は大きくため息。
「僕に聞かれても困る。君は自分のことも決めてないのかい?」
「その……すみません」
「まあ、そう言うわけだ。それ以前の問題だとよくわかっただろう」
「ううう」
なにやら意味不明の呻き声を上げる妖夢。
……そんなことだからいつまで経っても半人前扱いされるのだ。
当の霖之助も彼女を半人前扱いしている者のひとりなのだが。
「だが、君の主のことだ。いつ君を本当にお見合いされるかわからないからね。
今日はその予行練習だと思って、気楽に過ごすといい」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも」
ゆっくりと霖之助は頷く。
妖夢が相手と言うことで、すっかりとリラックスしていた。
「じゃあ、予行演習と思って頑張ります!
そして、いつか……」
「ああ、がんばるといいよ」
妖夢の目の輝きに、気付かないままで。
<咲夜の場合>
「こんにちは、霖之助さん」
「あ、ああ……」
彼女の挨拶に、思わず曖昧な返事を返す霖之助。
見慣れたメイド服ではなく、丈の短い着物を着ていたせいか一瞬誰だかわからなかった。
ミニ着物、と呼ばれるらしいそれは、彼女の知らない一面を引き立てているようだった。
「メイド服です」
「和風のかい?」
「ええ」
「それなら女中と言うべきかもしれないね、咲夜」
霖之助の思考を読んだのか、咲夜は笑う。
と言っても別に覚妖怪のような能力があるわけではない。
思っていることが顔に出やすいのだ、と彼女は言っていた。
甚だ不本意ではあるが。
「お嬢様が読んでいた漫画に載っていたもので、作ってもらいました」
「なるほどね。かなりの変化球だと思うが」
「そうですか? でも、可愛いですよね?」
「まあね。可愛いと思うよ」
「……突然褒められると照れますね。でも高ポイントですよ」
「何を言ってるんだ……」
霖之助は肩を竦め、彼女の対面に座る。
店主と客という関係以外でこうやって向かい合っていると、なんだか新鮮な気がする。
「しかし君はそんな時でも従者なんだね」
「ポリシーですから」
澄まし顔で、彼女は言った。
寸分の隙もない、完璧な表情。
「でも、メイド服じゃなく和服にしたのはどういう心境の変化だい?」
「今日の私は主役だそうです」
「主役、ねぇ」
そこでようやく思い出した。
霖之助がわざわざここに来た理由を。
「もしかして、今日の見合いの相手というのは……」
「ええ。私ですわ」
頷く咲夜に、霖之助は肩を竦める。
「レミリアが見合いを持ってきたから、もしやとは思ったが……」
「ふふふっ。これくらいの運命操作はお手の物らしいですよ」
「運命を操る程度の能力、ね。
こういうのは操ったとは言わないよ」
言うなれば世話を焼いた、だろうか。
どちらにしろ運命ではないと思う。
「でも誰が来たとしても、霖之助さんは受ける気はないんでしょう?」
「まあ、ね。そう言う君も同じだろう」
「あら、どうしてそう思うんですか?」
「あくまで君は従者としての服を選んだ。
つまり君は何よりレミリアの従者としての立場を最優先させるということさ」
そして、それでこそ咲夜という少女だ。
考えてみれば簡単なことである。
「大方見合いに来たのも、主を満足させるためだろう?」
「あらあら、お見通しですね」
「嘘吐きだね」
「お互い様です」
「……違いない」
肩を竦める霖之助に、しかし咲夜はイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「でも、お嬢様が霖之助さんと結婚しろと言えばその通りにいたしますよ」
「そういうものかい?」
「そういうものですわ。メイドですから」
何か言いたそうな彼に、彼女は先回りして口を開いた。
「相手が霖之助さんだったら、ですけど」
しばらく答えに窮す霖之助を、楽しそうに咲夜は見つめる。
「それも嘘、かな?」
「さて、どうでしょう?」
その表情から真意を読み取ることは、到底不可能に思えた。
落ち着かない気持ちでお茶を飲み、渇いた喉を潤す。
本当によくできたメイドだと、そう思いながら。
<輝夜の場合 by 姫街道さん>
「ハーイ、香霖堂」
通された部屋で待っていたのは月の姫――輝夜だった。
この見合いの席をお膳立てしたのは永琳。
てっきり相手が鈴仙だと思っていた霖之助は、少し意表を突かれた。
そんな彼を見て、輝夜は首を傾げる。
「ん? 私が見合い相手で驚いた?」
「正直驚いたよ。僕はてっきり鈴仙が来ると思っていたからね」
「本当は鈴仙が来るはずだったんだけど、面白そうだから代わってもらったのよ」
どうやら輝夜は見合いの席を暇潰しにしか思っていないようだ。
霖之助は少し呆れたが、これが逆に好都合だということに気付いた。
「何? 私じゃ不服だったかしら?」
「いや、そんなことはない。却って君で良かったと思っているよ。
君なら縁談を断ることくらい御手の物だろう?」
数多の男達を袖にした輝夜なら、今回の縁談で首を縦に振りはしない、そう霖之助は考えたのだ。
「あら、香霖堂は断る気だったの」
「ああ、相手が誰だろうと、僕はまだ所帯を持つ気はないよ」
「残念ねぇ、今回は特別に嫁いであげようと思ったのに」
「冗談はよしてくれ。それとも僕に嫁ぐのは、君にとって暇潰し程度なのかい?」
「さて、どうかしらね……」
輝夜は口元を隠しながら霖之助に笑顔を向けた。
おそらく冗談なのだろう。
鈴仙を薦めてきた永琳が、輝夜との縁談を了承しているとは考えられない。
「とにかく、君の方から断ってくれ。
鈴仙ならいくらでも断り様はあったが、相手が君の場合、永遠亭の沽券に関わってくるからね」
「そんなこと言ってるけど、香霖堂の場合、永琳を敵に回したくないだけでしょ。
……まあ、いいわ。私から断ってあげる」
「そうしてもらえると助かるよ」
霖之助は安堵の溜息を漏らした。
鈴仙が相手だったとしても、此方から縁談を断ると何かしら角が立ってしまう。
それを覚悟していたのだが、輝夜に縁談を断ってもらえばその心配もない。
ただ、『かぐや姫』に振られた男達の中に、森近霖之助という名前が増えるだけのことだ。
「うーん……。ただ断っても面白くないわね」
霖之助の安堵の表情を目にした輝夜は、少しの逡巡の後、何かを思いついたように手を合わせた。
「あっ、そうだわ。香霖堂、私の出す難題を解いたら、この縁談を断ってあげるわ」
「……なんだって?」
「私も暇なのよ。だから暇潰しに付き合ってもらおうと思ってね。
大丈夫、難題と言っても貴方に出来ることにしてあげるから」
輝夜を娶るために難題に挑戦した貴族達とは違い、霖之助の場合、輝夜を娶らないために難題に挑戦しなくてはならないようだ。
霖之助は溜息を吐きそうになったが、なんとか堪えた。
輝夜の心証を害して、難題のレベルを上げてしまわないためだ。
「……判ったよ。それで僕に課せられた難題は何かな?」
「それじゃあ、ひとつめはねぇ……」
「ひとつめって、いくつ僕に解かせる気だ?」
「勿論五つよ。断って欲しいなら大人しく私に従いなさいな」
「……やれやれ」
――これは断らない方が楽なのかもしれない。
そんな考えが頭を過った霖之助は、我慢しきれず、大きく溜息を吐いた。
<ミスティアの場合 by 姫街道さん>
「霧雨の親父さんと面識があったんだね」
「いえ、この縁談をいただくまで面識はありませんでしたよ」
親父さんが手を回した縁談なので、てっきり相手は里の人間だと思っていた霖之助。
そんな彼の前に現れたのは、女手ひとつで屋台を切り盛りする夜雀の妖怪――ミスティア・ローレライだった。
「手に職を持った妖怪を探していたそうです。
どうやら私のところの常連さんにお知り合いがいたらしく、そこから話が回ってきたようです。
私なら香霖堂さんも納得するだろうと、この晴れ着を手渡されました」
いつも屋台で目にしている割烹着姿のミスティアとは違い、今日は煌びやかな赤い振袖を身に付けている。
少し羽根が窮屈そうであるが、却ってその姿が彼女の艶やかさを引き立てていた。
今迄散々見合いを断わってきた霖之助に対し、人間が駄目なら妖怪でどうだ、ということのようだ。
どうやら今回は親父さんも本気らしい。
「どうやら君を巻き込んでしまったようだ。すまないことをした」
「あっ、気にしないでください」
頭を下げる霖之助をミスティアは慌てて制止した。
「私だって相手が香霖堂さんじゃなかったらお受けしなかったですよ」
「僕だから受けたのかい?」
「はい。香霖堂さんならおそらく、この縁談を断るだろうと思いまして。
私もまだ一人で頑張ってみたいですから」
ミスティアは霖之助が縁談を断ると思っていたらしい。
常連絡みの頼みを無下に断るわけにはいかないところだが、相手が霖之助ならば話も付け易いと考えたのだろう。
霖之助としてもその考えは都合の良いものだった。
「此方としても助かるよ。相手が君で良かった。
何か埋め合わせをしないといけないな」
「そのお気持ちだけで十分ですよ。これからも御贔屓にしていただければ」
笑顔になるミスティア。
それは屋台の暖簾をくぐった先にある、商売をしている時の彼女の笑顔に酷似していた。
彼女の目的は最初からこれだったのかもしれない。
「判ったよ。君の店に今迄以上に通わせてもらうよ」
「ありがとうございます」
霖之助の言葉を聞いて、ミスティアは先程とは違う笑顔になる。
おそらく店の繁盛することに喜んでいるのだろう、そう思った霖之助には、笑顔の本当の意味を知ることはできなかった。
<星の場合 by こたびさん>
「……どうして君がここにいるんだい?」
「えっと、話せば分かる、といいますか。す、すみません……」
霖之助は、目の前の出来事に首を傾げるしかなかった。
霧雨の親父さんに押し切られ、渋々受けることとなってしまったお見合い。
そして、呼ばれて訪れた場所は人里の霧雨道具店。
そこのお見合い相手の席に……香霖堂に宝塔を取りに来る常連、寅丸星がちょこんと座っていたのだ。
「何故、君が霧雨道具店に? しかもお見合い相手とは……」
「えっと、かいつまんで話しますと、数ヶ月前、宝塔をなくしてしまった際にここのお父さんが宝塔を拾っていてくれていたんです。
それが元でこの店を知ってから、様々なものを扱う道具屋ということもあって、よく物を買いに来るようになりまして」
「なるほど、それで親父さんにお見合いを勧められたわけだね」
「うぅ……はい。
本当は断ればよかったんですけど、断ってしまったら霧雨さんに失礼ですし……」
言って、星が見て分かるほどしゅんと縮こまった。
根がいい人体質なのだろう。押しに弱いといえば……霖之助自身と同じだ。
なら、ここで話しにケリをつけるのは、軽い気分で来た霖之助の仕事だろう。
「まさか親父さんが相手も決めていたとは……ふむ、なら話が早い。僕から親父さんに断ってくるよ」
「ええっ、そんな、霖之助さんに申し訳ないですよっ」
「む、それじゃあどうするんだい。お見合い相手に嘘をつければ良かったが君だったし……親父さんに僕の嘘は通用しないんだ」
大分長く世話になっていたからか、いくら霖之助が嘘をつこうと、親父さんには全く意味が無かった。
親父さん曰く、「お前は分かり易すぎる」らしいが……今考える事ではない。
そう霖之助が考えていると、星がポンと両手を合わせた。
「あっ、じゃあ私が嘘をつけばいいんですね?
ちょっと罪悪感もありますが、元々私が断りきれなかったというのもありますし」
「君が? 親父さんに通用すればそれでいいんだが……そもそも断るのでなく、嘘なら大丈夫なのかい?」
「嘘で相手の方が傷つかず事なきを得るのであれば、嘘も方便です。今回は霖之助さんを救うためもありますから」
星が嘘をつく。考えれば考えるほど不安要素しかない気がするのだが……。
しかし、この状況を打破するには、星の手助けが必要であるのも事実。
不安を感じるなんてことよりも、相手を信じずにはどうしようもないだろう。
「……すまないね、ではお願い出来るかい。このお礼はまた後日させてもらうとするよ」
「いえ、お気になさらず。
任せてください。他でもなく霖之助さんのお願いですからね……少し残念ですけど」
「ん?」
「いえ、なんでもないですよ。では、行って来ますね」
そう言うと星が席を立ち、そのまま店の方へと向かっていった。
その後、星から「お見合いが無しになりましたよ」との笑顔の報告があり、霖之助は香霖堂へ戻ることになった。
帰る際、「何も知らずすまなかった」と親父さんから言われたが、「押し切られた方も悪い」と霖之助と星の言葉で笑い話のような雰囲気で話は終われたのである。
星が何を話したかは分からなかったが、事なきを得て良かったと、霖之助はそう思っていた。
そう、思っていたのだが。
「こんにちは、霖之助さん」
「ああ、わざわざ来てくれてすまないね」
「いえいえ、これくらいの道なら苦でもなんでもないですよ」
お見合いが終わってから数日後。香霖堂に星がやって来ていた。
ただ今回は珍しく、霖之助が星を呼んだのだ。
「それで霖之助さん、どうかしましたか? 呼んでくださって、とても驚いたんですが」
「それが……この前この記事を見てね。
何故こうなったのか訳がわからなかったから、君に聞こうと思ったんだよ」
言うと、霖之助は星にある物を手渡した。
一部にガラスの破片が付いている、霖之助にとってはお馴染みのとある新聞。
「これって……山の天狗さんの新聞ですね。これがどうかしましたか?」
「ちょっと、読んでみてくれないか?」
「あ、はい」
霖之助に言われたとおりに星が新聞を広げ、一面に目を通し……「えっ」と目を見開かせた。
そう、新聞の一面に大きく書いてあった記事、それは……
「……どうして、僕と星が付き合っていることになっているんだ?」
「えっ、あれ!? ど、どうしてでしょうか」
他でもなく、霖之助と星が交際しているとか何だののスキャンダル記事だったのだ。
しかし、そこにはお見合いの一文字も書いてなく、ただ付き合っている等のうわさが書いてあるのみ。
「僕もさっぱりなんだ。
この前はなんとかなったと思ったんだが……それで、君は一体、親父さんに何て嘘をついたんだい?」
霖之助は、星に気になっていた疑問を投げ掛ける。
あのお見合いを無しにしてくれたのは、星が嘘をついてくれたからである。
しかし、このうわさが広がっている原因を考えてみると、お見合いから広まったとしか思えないのだ。
疑ってしまうのは失礼だが、あの現状を打破した星の嘘に何かあったと霖之助は思ったのである。
「私がついた嘘ですか?
ここは一番ベターに、『元々付き合っている人がいたのですが、言い出せなかった』と言いましたけど」
「……君にしては随分と正当な嘘だね」
「それって褒めてないですよね!?
えと、でも、その嘘が……駄目だったんでしょうか?」
「ああいや、君のその嘘から考えるに、それが原因だとは」
その時、ふと霖之助は嫌な予感を感じた。嫌な予感しか感じなかった。
星のその嘘、もしかすると……もしかしなくても。
「……星、親父さんから相手は誰だなどと聞かれたかい?」
「はい、そう聞かれましたので、言おうと決めていた人を伝えましたよ。
何度も嘘をつくのはいけないと思ったので、私の好きな人の名前を言ったんです」
ほんわかとした雰囲気を出しながら、星が照れながら、恥ずかしそうに答えた。
「『その人は霖之助さんです』って」
<アリスの場合 by 十四朗さん>
「あ、あの……至らぬ点もあると思いますがよろしくお願いします」
「……」
「私、こういうの……初めてだから、ひょっとしたら気持よく出来ないかもしれないけど……」
「……」
「あぅ……な、何か言ってよ霖之助さん!」
部屋に入るなり、頬を赤く染め、
お見合いを少し勘違いしたアリスのたどたどしい挨拶をスルーして、
霖之助は用意された席についた。
「アリス、聞きたい事は山程ある。いや、聞きたい事しかない。
とりあえず、君は日本式のお見合いについてどこまで知っているんだい?
「えっ、えっと……霧雨さんが、お見合いにはテイクアウトとこちらでの二種類があって、
こちらでと言われた場合は服を脱いで、相手の趣味によっては服を脱がずに……」
「……続けてくれ」
「テイクアウトの場合は自宅に連れて行かれて……その、しっぽりと」
「そんな訳がないだろう」
真っ赤な顔で泣きそうになりながら、
必死に説明しようとしているアリスを見ていると、いたたまれない気持ちになった。
霖之助をこの場に連れてきたのは霧雨の親父さんなので、
アリスをここに連れてきたのも霧雨の親父さんという事になるだろう。
霖之助の場合は旧知の仲である事を利用した、畳み掛けるような見合いの誘いで。
アリスに対しては、根が善人である事を利用して、どうしても見合いをして欲しいと泣きながら頼んだのだろう。
どうせ嘘泣きだろうが。
「どうして、アリスはこんな馬鹿馬鹿しい悪戯に乗ったんだい?」
「霧雨さんが、霖之助さんとお見合いして欲しいって涙ながらに頼んできたの。
人里の大通りで泣きつかれたものだから、視線が痛くて。
とりあえず近くの茶屋でお話を聞いたら、あれよあれよと決まっていって……
相手が霖之助さんだからまぁいいかな、と思ってたんだけど」
「僕も相手が君で良かったと心底思っているよ。
君とならこの状況も抜け出しやすい」
「霖之助さんはどう思ってるのかしら……このお見合いを?」
「なかった事にしたいと思ってる。
いや、別に君が気に入らない訳ではないんだ。
ただ、このお見合いのやり方自体フェアじゃないだろう?」
「確かに、レッドカードすれすれね」
「だからこのお見合いはどうか無かった事で頼むよ」
湯呑みのお茶を一口啜る。
温くもなく、熱くもなく、良い温度で丁度いい。
美味しいお茶だ。お見合いの場だから、それなりに良い茶葉も使っているのだろうが、
それ以上にこのお茶を入れた人物が、茶と言うものをよく理解している。
そんな風に思えるお茶だった。
「それね、私がいれたのよ」
「君が?」
悪戯っ子の様に意地悪な笑みで、アリスがそう言った。
「気付いてなかったでしょ?」
「全然。だって君は紅茶派じゃないか。
緑茶をいれるのはあまり得意じゃないと言ってただろう?」
「得意じゃないから練習したの。
いつまでも不味いままだと他人に出せないじゃない」
「出す気でいたのか」
「それはまぁ……霖之助さん緑茶の方が好きみたいだし……」
「僕が?」
「とにかく何でもないの! これってもう帰っていいんでしょう?
わ、私先に帰るから!」
「あぁ、待ってくれアリス」
立ち上がろうとするアリスを制止して、霖之助が続けた。
「君は、悔しくないのかい?」
「悔しいって?」
「物の見事に口車に乗せられた挙句、
待っていたのがこんなオチだなんて、君は悔しくないのかい?
「まぁ、確かに内心腹立たしくはあるけども。
というか、霖之助さんがそんな事をいうなんて意外だわ。
なんだか子供っぽい気がする」
「童心は何時まで経っても忘れないのが、いい男の条件らしい」
「それで? 具体的には何をするのかしら」
「お見合いを上手くいかせる」
「はい?」
「お見合いを上手くいったように見せかけるのさ」
冷静さが戻り始めたアリスの顔に、また焦りが生まれた。
わたわたと両手を忙しなく振り、顔を真赤にして慌てるアリスを見て、
霖之助は相変わらずこういうところは可愛げがある少女だと思った。
「だ、だって霖之助さんさっきなかった事にしようって言ったじゃない!
急にそんな事言われても私慌てちゃうわよ! 馬鹿! バカ! バーカ!」
「まぁまぁ、落ち着いて。という冗談を考えてみたんだけど、ダメかな?」
「えっ、冗談?」
「そう、冗談。君の表情があんまりにも硬かったから冗談を言ってみたんだけど……」
涼しい顔で霖之助は美味しいお茶をもう一口。
本当にこのお茶は美味しい。毎日でも飲みたいぐらいだ。
「面白かったかい? アリス」
「うるさいこのバカ! もうバカ! ホントバカ! 凄いバカ!
なによ! 面白くもなんともないわよ! バカじゃないの? バカじゃないの!」
涙目で湯呑み、座布団、人形、魔道書等を次々投げつけるアリスの攻撃を、
回避したり受け止めたりしながら、霖之助は冗談っぽく謝った。
それが余計アリスの心に火をつけて、攻撃は更に加熱する。
このようにお互いが暴れれば、自然とお見合いの話しも消滅するだろう。
そして二人は犬猿の仲だと認知されて、お見合いを開かれることもなくなる。
我ながらいい案だ、と納得しながらも、霖之助は顔面を狙ったアリスの座布団投げを回避した。
やはり自分とアリスには騒がしくとも、他人に干渉されない関係の方が肌にあっている。
そんな事を考えながら。
ある春先の出来事。
どうしてもと言う頼みを断れず、霖之助はお見合いをすることになってしまった。
罠にはまってしまった、と言い変えてもいい。
すっぽかすことも考えたが、相手の顔に泥を塗ることになるし、変な噂でも立ってしまったら商売上都合が悪い。
とりあえず適当な嘘でも並べ立ててやり過ごすことに決め、外食にでも行く気分で出立した霖之助。
しかし彼が見合い会場で出会ったのは、見知った少女の姿だった。
ここまでテンプレ。
仲介人が誰かは少女による、ということで。
ゲストの方に感謝感謝。
<慧音の場合>
扉を開けた瞬間、不機嫌そうな彼女と目が合った。
そのまま扉を閉め、立ち去ることが出来たらどんなに楽だろう。
そう思っても、残念ながら最初からその選択肢を選ぶことは出来ない。
「……やあ、慧音。奇遇だね」
「奇遇だと?」
ぴくり、と彼女の眉が吊り上がる。
逃げることも叶わず、霖之助は彼女の向かいの席に腰を下ろした。
慧音。
いわゆる幼なじみという関係だ。
そんな彼女とこんな席で向かい合いになるのは……実に気まずい。
「今日は、見合いをする予定だったんだよ」
「知ってる」
「この店でやる予定でね。いや、霧雨の親父さんに無理にだな」
「知ってる」
「受付で名乗ったら、この席に通されたんだが……」
「知ってる」
さらに慧音の機嫌が悪くなっていくのを霖之助は肌で感じていた。
いたたまれない空気に気まずい思いを感じつつ、霖之助は出されたお茶を飲む。
……どうやら高級なお茶らしいのだが、残念ながらロクに味がわからなかった。
やがて目の前の少女は、重々しく口を開く。
「私がその相手だからだ」
「……え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
その意味を理解するまで、しばしの時間を要する。
「どうして……」
「私では不服か?」
「いや、そんなわけじゃないけど」
ゆっくりと首を振る霖之助。
慧音は渋々といった様子で、事情を説明し始めた。
「私も霧雨の親父さんに紹介されたんだ。どうしても霖之助と、とな」
「なるほど、君は相手が誰だか知ってたのか」
「ああ。霖之助は知らなかったのか?」
「残念ながらね」
そこでようやく霖之助は安心したかのように息を吐き出す。
気心の知れた相手なら、やりやすいというものだ。
「なら僕が考えてることもわかるだろう?」
「…………」
じっと慧音は霖之助の瞳を見つめた。
少し迷っていたようだが……ややあって、言葉を紡ぐ。
「断るための話を合わせろ、と?」
「ご名答」
少しだけ、彼女の瞳が揺れた気がする。
それが何故かは……わからなかったが。
だから、だろうか。
思わず別の言葉を口にしていた。
「この埋め合わせは、後日。
……甘味処にでも行くかい? ふたりで」
「ふむ? 珍しいじゃないか」
「たまにはね」
そう言って、慧音は笑う。
彼女の笑みを見られたことで、何となく霖之助の心も軽くなった。
……怒った顔より、ずっといいと思う。
「なるほど……ふたりで甘味処、か」
「なんだい?」
「いや、ちょっと考えてみたんだ」
慧音はひとり、呟く。
霖之助に届かないくらいの、小さな声で。
「もし見合いが成功したら、こんな感じかな……」
「何か言ったかい?」
「なんでもない。とりあえず食事にしようじゃないか。ここの料理は有名でな、どうせまともに食べてないんだろう?」
嬉々として世話を焼き始める慧音に、霖之助はため息を吐いた。
<妖夢の場合>
「邪魔したね」
「ちょっと待ってくださいよ、霖之助さん!」
そのまま返ろうとした霖之助を、慌てた声が追ってくる。
声に遮られたわけではないが……さすがに思い直し、霖之助は改めて部屋の中へと入っていった。
「馬子にも衣装かな」
「それって褒めてませんよね!?」
煌びやかな和服を身に纏った少女――妖夢が、頬を膨らませる。
おそらく幽々子のものだろう。まったく着こなしが出来ていない。
髪を下ろし、高価な着物を纏った彼女は少しだけ大人びて見えたが……。
姿と表情がまるで釣り合っていなかった。
「君はどうしてここに来たんだい?」
「どうしてって、幽々子様がここへ行けって言うから来たんですけど」
「……なるほど。何も知らないわけか」
霖之助はため息を吐いた。
目の前で平和そうな顔をしている妖夢に向かって、肩を竦めてみせる。
「今日はここで見合いがあるんだよ」
「へー、ロマンチックですね。誰のです?」
「誰って、ここにいるだろう」
「へ? え?」
改めて、大きなため息。
この見合いを持ってきた映姫は、何を考えているのだろうか。
説明をまるでしていない冥界の姫も一枚噛んでいるようだが。
「まあ、見合いの相手が君でよかったよ」
「そ、そうですか?」
「ああ、勿論だとも」
そう言って、霖之助は満足げに頷いた。
「遠慮無く断ることが出来るからね」
「ううう……」
がっくりと肩を落とす妖夢。
それから恐る恐ると言った様子で、霖之助を見上げる。
「私のこと、嫌いですか……?」
「好きとか嫌い以前の問題だよ」
「……え?」
霖之助の言わんとしていることがさっぱりわかっていないようだ。
仕方なく腰を下ろし、彼女の対面に座る。
用意されていたお茶を飲みつつ、言葉を続けた。
「例えば君は、自分が誰かと結婚したらと考えたことはあるかい?」
「えーっと……?」
首を傾げる彼女に、霖之助は質問を重ねる。
「結婚しても冥界に住むのかい?
君の主の世話はどうする? 確か庭師の仕事もしてたはずだが……」
「それは、私が続けて……」
「となると、相手も冥界に住んでもらうのかい?
つまりそれは婿入りが条件と言う事かな」
「そう……なるんですかね?」
考えながら、妖夢は頭を捻った。
そんな彼女の言葉を聞き、霖之助は大きくため息。
「僕に聞かれても困る。君は自分のことも決めてないのかい?」
「その……すみません」
「まあ、そう言うわけだ。それ以前の問題だとよくわかっただろう」
「ううう」
なにやら意味不明の呻き声を上げる妖夢。
……そんなことだからいつまで経っても半人前扱いされるのだ。
当の霖之助も彼女を半人前扱いしている者のひとりなのだが。
「だが、君の主のことだ。いつ君を本当にお見合いされるかわからないからね。
今日はその予行練習だと思って、気楽に過ごすといい」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも」
ゆっくりと霖之助は頷く。
妖夢が相手と言うことで、すっかりとリラックスしていた。
「じゃあ、予行演習と思って頑張ります!
そして、いつか……」
「ああ、がんばるといいよ」
妖夢の目の輝きに、気付かないままで。
<咲夜の場合>
「こんにちは、霖之助さん」
「あ、ああ……」
彼女の挨拶に、思わず曖昧な返事を返す霖之助。
見慣れたメイド服ではなく、丈の短い着物を着ていたせいか一瞬誰だかわからなかった。
ミニ着物、と呼ばれるらしいそれは、彼女の知らない一面を引き立てているようだった。
「メイド服です」
「和風のかい?」
「ええ」
「それなら女中と言うべきかもしれないね、咲夜」
霖之助の思考を読んだのか、咲夜は笑う。
と言っても別に覚妖怪のような能力があるわけではない。
思っていることが顔に出やすいのだ、と彼女は言っていた。
甚だ不本意ではあるが。
「お嬢様が読んでいた漫画に載っていたもので、作ってもらいました」
「なるほどね。かなりの変化球だと思うが」
「そうですか? でも、可愛いですよね?」
「まあね。可愛いと思うよ」
「……突然褒められると照れますね。でも高ポイントですよ」
「何を言ってるんだ……」
霖之助は肩を竦め、彼女の対面に座る。
店主と客という関係以外でこうやって向かい合っていると、なんだか新鮮な気がする。
「しかし君はそんな時でも従者なんだね」
「ポリシーですから」
澄まし顔で、彼女は言った。
寸分の隙もない、完璧な表情。
「でも、メイド服じゃなく和服にしたのはどういう心境の変化だい?」
「今日の私は主役だそうです」
「主役、ねぇ」
そこでようやく思い出した。
霖之助がわざわざここに来た理由を。
「もしかして、今日の見合いの相手というのは……」
「ええ。私ですわ」
頷く咲夜に、霖之助は肩を竦める。
「レミリアが見合いを持ってきたから、もしやとは思ったが……」
「ふふふっ。これくらいの運命操作はお手の物らしいですよ」
「運命を操る程度の能力、ね。
こういうのは操ったとは言わないよ」
言うなれば世話を焼いた、だろうか。
どちらにしろ運命ではないと思う。
「でも誰が来たとしても、霖之助さんは受ける気はないんでしょう?」
「まあ、ね。そう言う君も同じだろう」
「あら、どうしてそう思うんですか?」
「あくまで君は従者としての服を選んだ。
つまり君は何よりレミリアの従者としての立場を最優先させるということさ」
そして、それでこそ咲夜という少女だ。
考えてみれば簡単なことである。
「大方見合いに来たのも、主を満足させるためだろう?」
「あらあら、お見通しですね」
「嘘吐きだね」
「お互い様です」
「……違いない」
肩を竦める霖之助に、しかし咲夜はイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「でも、お嬢様が霖之助さんと結婚しろと言えばその通りにいたしますよ」
「そういうものかい?」
「そういうものですわ。メイドですから」
何か言いたそうな彼に、彼女は先回りして口を開いた。
「相手が霖之助さんだったら、ですけど」
しばらく答えに窮す霖之助を、楽しそうに咲夜は見つめる。
「それも嘘、かな?」
「さて、どうでしょう?」
その表情から真意を読み取ることは、到底不可能に思えた。
落ち着かない気持ちでお茶を飲み、渇いた喉を潤す。
本当によくできたメイドだと、そう思いながら。
<輝夜の場合 by 姫街道さん>
「ハーイ、香霖堂」
通された部屋で待っていたのは月の姫――輝夜だった。
この見合いの席をお膳立てしたのは永琳。
てっきり相手が鈴仙だと思っていた霖之助は、少し意表を突かれた。
そんな彼を見て、輝夜は首を傾げる。
「ん? 私が見合い相手で驚いた?」
「正直驚いたよ。僕はてっきり鈴仙が来ると思っていたからね」
「本当は鈴仙が来るはずだったんだけど、面白そうだから代わってもらったのよ」
どうやら輝夜は見合いの席を暇潰しにしか思っていないようだ。
霖之助は少し呆れたが、これが逆に好都合だということに気付いた。
「何? 私じゃ不服だったかしら?」
「いや、そんなことはない。却って君で良かったと思っているよ。
君なら縁談を断ることくらい御手の物だろう?」
数多の男達を袖にした輝夜なら、今回の縁談で首を縦に振りはしない、そう霖之助は考えたのだ。
「あら、香霖堂は断る気だったの」
「ああ、相手が誰だろうと、僕はまだ所帯を持つ気はないよ」
「残念ねぇ、今回は特別に嫁いであげようと思ったのに」
「冗談はよしてくれ。それとも僕に嫁ぐのは、君にとって暇潰し程度なのかい?」
「さて、どうかしらね……」
輝夜は口元を隠しながら霖之助に笑顔を向けた。
おそらく冗談なのだろう。
鈴仙を薦めてきた永琳が、輝夜との縁談を了承しているとは考えられない。
「とにかく、君の方から断ってくれ。
鈴仙ならいくらでも断り様はあったが、相手が君の場合、永遠亭の沽券に関わってくるからね」
「そんなこと言ってるけど、香霖堂の場合、永琳を敵に回したくないだけでしょ。
……まあ、いいわ。私から断ってあげる」
「そうしてもらえると助かるよ」
霖之助は安堵の溜息を漏らした。
鈴仙が相手だったとしても、此方から縁談を断ると何かしら角が立ってしまう。
それを覚悟していたのだが、輝夜に縁談を断ってもらえばその心配もない。
ただ、『かぐや姫』に振られた男達の中に、森近霖之助という名前が増えるだけのことだ。
「うーん……。ただ断っても面白くないわね」
霖之助の安堵の表情を目にした輝夜は、少しの逡巡の後、何かを思いついたように手を合わせた。
「あっ、そうだわ。香霖堂、私の出す難題を解いたら、この縁談を断ってあげるわ」
「……なんだって?」
「私も暇なのよ。だから暇潰しに付き合ってもらおうと思ってね。
大丈夫、難題と言っても貴方に出来ることにしてあげるから」
輝夜を娶るために難題に挑戦した貴族達とは違い、霖之助の場合、輝夜を娶らないために難題に挑戦しなくてはならないようだ。
霖之助は溜息を吐きそうになったが、なんとか堪えた。
輝夜の心証を害して、難題のレベルを上げてしまわないためだ。
「……判ったよ。それで僕に課せられた難題は何かな?」
「それじゃあ、ひとつめはねぇ……」
「ひとつめって、いくつ僕に解かせる気だ?」
「勿論五つよ。断って欲しいなら大人しく私に従いなさいな」
「……やれやれ」
――これは断らない方が楽なのかもしれない。
そんな考えが頭を過った霖之助は、我慢しきれず、大きく溜息を吐いた。
<ミスティアの場合 by 姫街道さん>
「霧雨の親父さんと面識があったんだね」
「いえ、この縁談をいただくまで面識はありませんでしたよ」
親父さんが手を回した縁談なので、てっきり相手は里の人間だと思っていた霖之助。
そんな彼の前に現れたのは、女手ひとつで屋台を切り盛りする夜雀の妖怪――ミスティア・ローレライだった。
「手に職を持った妖怪を探していたそうです。
どうやら私のところの常連さんにお知り合いがいたらしく、そこから話が回ってきたようです。
私なら香霖堂さんも納得するだろうと、この晴れ着を手渡されました」
いつも屋台で目にしている割烹着姿のミスティアとは違い、今日は煌びやかな赤い振袖を身に付けている。
少し羽根が窮屈そうであるが、却ってその姿が彼女の艶やかさを引き立てていた。
今迄散々見合いを断わってきた霖之助に対し、人間が駄目なら妖怪でどうだ、ということのようだ。
どうやら今回は親父さんも本気らしい。
「どうやら君を巻き込んでしまったようだ。すまないことをした」
「あっ、気にしないでください」
頭を下げる霖之助をミスティアは慌てて制止した。
「私だって相手が香霖堂さんじゃなかったらお受けしなかったですよ」
「僕だから受けたのかい?」
「はい。香霖堂さんならおそらく、この縁談を断るだろうと思いまして。
私もまだ一人で頑張ってみたいですから」
ミスティアは霖之助が縁談を断ると思っていたらしい。
常連絡みの頼みを無下に断るわけにはいかないところだが、相手が霖之助ならば話も付け易いと考えたのだろう。
霖之助としてもその考えは都合の良いものだった。
「此方としても助かるよ。相手が君で良かった。
何か埋め合わせをしないといけないな」
「そのお気持ちだけで十分ですよ。これからも御贔屓にしていただければ」
笑顔になるミスティア。
それは屋台の暖簾をくぐった先にある、商売をしている時の彼女の笑顔に酷似していた。
彼女の目的は最初からこれだったのかもしれない。
「判ったよ。君の店に今迄以上に通わせてもらうよ」
「ありがとうございます」
霖之助の言葉を聞いて、ミスティアは先程とは違う笑顔になる。
おそらく店の繁盛することに喜んでいるのだろう、そう思った霖之助には、笑顔の本当の意味を知ることはできなかった。
<星の場合 by こたびさん>
「……どうして君がここにいるんだい?」
「えっと、話せば分かる、といいますか。す、すみません……」
霖之助は、目の前の出来事に首を傾げるしかなかった。
霧雨の親父さんに押し切られ、渋々受けることとなってしまったお見合い。
そして、呼ばれて訪れた場所は人里の霧雨道具店。
そこのお見合い相手の席に……香霖堂に宝塔を取りに来る常連、寅丸星がちょこんと座っていたのだ。
「何故、君が霧雨道具店に? しかもお見合い相手とは……」
「えっと、かいつまんで話しますと、数ヶ月前、宝塔をなくしてしまった際にここのお父さんが宝塔を拾っていてくれていたんです。
それが元でこの店を知ってから、様々なものを扱う道具屋ということもあって、よく物を買いに来るようになりまして」
「なるほど、それで親父さんにお見合いを勧められたわけだね」
「うぅ……はい。
本当は断ればよかったんですけど、断ってしまったら霧雨さんに失礼ですし……」
言って、星が見て分かるほどしゅんと縮こまった。
根がいい人体質なのだろう。押しに弱いといえば……霖之助自身と同じだ。
なら、ここで話しにケリをつけるのは、軽い気分で来た霖之助の仕事だろう。
「まさか親父さんが相手も決めていたとは……ふむ、なら話が早い。僕から親父さんに断ってくるよ」
「ええっ、そんな、霖之助さんに申し訳ないですよっ」
「む、それじゃあどうするんだい。お見合い相手に嘘をつければ良かったが君だったし……親父さんに僕の嘘は通用しないんだ」
大分長く世話になっていたからか、いくら霖之助が嘘をつこうと、親父さんには全く意味が無かった。
親父さん曰く、「お前は分かり易すぎる」らしいが……今考える事ではない。
そう霖之助が考えていると、星がポンと両手を合わせた。
「あっ、じゃあ私が嘘をつけばいいんですね?
ちょっと罪悪感もありますが、元々私が断りきれなかったというのもありますし」
「君が? 親父さんに通用すればそれでいいんだが……そもそも断るのでなく、嘘なら大丈夫なのかい?」
「嘘で相手の方が傷つかず事なきを得るのであれば、嘘も方便です。今回は霖之助さんを救うためもありますから」
星が嘘をつく。考えれば考えるほど不安要素しかない気がするのだが……。
しかし、この状況を打破するには、星の手助けが必要であるのも事実。
不安を感じるなんてことよりも、相手を信じずにはどうしようもないだろう。
「……すまないね、ではお願い出来るかい。このお礼はまた後日させてもらうとするよ」
「いえ、お気になさらず。
任せてください。他でもなく霖之助さんのお願いですからね……少し残念ですけど」
「ん?」
「いえ、なんでもないですよ。では、行って来ますね」
そう言うと星が席を立ち、そのまま店の方へと向かっていった。
その後、星から「お見合いが無しになりましたよ」との笑顔の報告があり、霖之助は香霖堂へ戻ることになった。
帰る際、「何も知らずすまなかった」と親父さんから言われたが、「押し切られた方も悪い」と霖之助と星の言葉で笑い話のような雰囲気で話は終われたのである。
星が何を話したかは分からなかったが、事なきを得て良かったと、霖之助はそう思っていた。
そう、思っていたのだが。
「こんにちは、霖之助さん」
「ああ、わざわざ来てくれてすまないね」
「いえいえ、これくらいの道なら苦でもなんでもないですよ」
お見合いが終わってから数日後。香霖堂に星がやって来ていた。
ただ今回は珍しく、霖之助が星を呼んだのだ。
「それで霖之助さん、どうかしましたか? 呼んでくださって、とても驚いたんですが」
「それが……この前この記事を見てね。
何故こうなったのか訳がわからなかったから、君に聞こうと思ったんだよ」
言うと、霖之助は星にある物を手渡した。
一部にガラスの破片が付いている、霖之助にとってはお馴染みのとある新聞。
「これって……山の天狗さんの新聞ですね。これがどうかしましたか?」
「ちょっと、読んでみてくれないか?」
「あ、はい」
霖之助に言われたとおりに星が新聞を広げ、一面に目を通し……「えっ」と目を見開かせた。
そう、新聞の一面に大きく書いてあった記事、それは……
「……どうして、僕と星が付き合っていることになっているんだ?」
「えっ、あれ!? ど、どうしてでしょうか」
他でもなく、霖之助と星が交際しているとか何だののスキャンダル記事だったのだ。
しかし、そこにはお見合いの一文字も書いてなく、ただ付き合っている等のうわさが書いてあるのみ。
「僕もさっぱりなんだ。
この前はなんとかなったと思ったんだが……それで、君は一体、親父さんに何て嘘をついたんだい?」
霖之助は、星に気になっていた疑問を投げ掛ける。
あのお見合いを無しにしてくれたのは、星が嘘をついてくれたからである。
しかし、このうわさが広がっている原因を考えてみると、お見合いから広まったとしか思えないのだ。
疑ってしまうのは失礼だが、あの現状を打破した星の嘘に何かあったと霖之助は思ったのである。
「私がついた嘘ですか?
ここは一番ベターに、『元々付き合っている人がいたのですが、言い出せなかった』と言いましたけど」
「……君にしては随分と正当な嘘だね」
「それって褒めてないですよね!?
えと、でも、その嘘が……駄目だったんでしょうか?」
「ああいや、君のその嘘から考えるに、それが原因だとは」
その時、ふと霖之助は嫌な予感を感じた。嫌な予感しか感じなかった。
星のその嘘、もしかすると……もしかしなくても。
「……星、親父さんから相手は誰だなどと聞かれたかい?」
「はい、そう聞かれましたので、言おうと決めていた人を伝えましたよ。
何度も嘘をつくのはいけないと思ったので、私の好きな人の名前を言ったんです」
ほんわかとした雰囲気を出しながら、星が照れながら、恥ずかしそうに答えた。
「『その人は霖之助さんです』って」
<アリスの場合 by 十四朗さん>
「あ、あの……至らぬ点もあると思いますがよろしくお願いします」
「……」
「私、こういうの……初めてだから、ひょっとしたら気持よく出来ないかもしれないけど……」
「……」
「あぅ……な、何か言ってよ霖之助さん!」
部屋に入るなり、頬を赤く染め、
お見合いを少し勘違いしたアリスのたどたどしい挨拶をスルーして、
霖之助は用意された席についた。
「アリス、聞きたい事は山程ある。いや、聞きたい事しかない。
とりあえず、君は日本式のお見合いについてどこまで知っているんだい?
「えっ、えっと……霧雨さんが、お見合いにはテイクアウトとこちらでの二種類があって、
こちらでと言われた場合は服を脱いで、相手の趣味によっては服を脱がずに……」
「……続けてくれ」
「テイクアウトの場合は自宅に連れて行かれて……その、しっぽりと」
「そんな訳がないだろう」
真っ赤な顔で泣きそうになりながら、
必死に説明しようとしているアリスを見ていると、いたたまれない気持ちになった。
霖之助をこの場に連れてきたのは霧雨の親父さんなので、
アリスをここに連れてきたのも霧雨の親父さんという事になるだろう。
霖之助の場合は旧知の仲である事を利用した、畳み掛けるような見合いの誘いで。
アリスに対しては、根が善人である事を利用して、どうしても見合いをして欲しいと泣きながら頼んだのだろう。
どうせ嘘泣きだろうが。
「どうして、アリスはこんな馬鹿馬鹿しい悪戯に乗ったんだい?」
「霧雨さんが、霖之助さんとお見合いして欲しいって涙ながらに頼んできたの。
人里の大通りで泣きつかれたものだから、視線が痛くて。
とりあえず近くの茶屋でお話を聞いたら、あれよあれよと決まっていって……
相手が霖之助さんだからまぁいいかな、と思ってたんだけど」
「僕も相手が君で良かったと心底思っているよ。
君とならこの状況も抜け出しやすい」
「霖之助さんはどう思ってるのかしら……このお見合いを?」
「なかった事にしたいと思ってる。
いや、別に君が気に入らない訳ではないんだ。
ただ、このお見合いのやり方自体フェアじゃないだろう?」
「確かに、レッドカードすれすれね」
「だからこのお見合いはどうか無かった事で頼むよ」
湯呑みのお茶を一口啜る。
温くもなく、熱くもなく、良い温度で丁度いい。
美味しいお茶だ。お見合いの場だから、それなりに良い茶葉も使っているのだろうが、
それ以上にこのお茶を入れた人物が、茶と言うものをよく理解している。
そんな風に思えるお茶だった。
「それね、私がいれたのよ」
「君が?」
悪戯っ子の様に意地悪な笑みで、アリスがそう言った。
「気付いてなかったでしょ?」
「全然。だって君は紅茶派じゃないか。
緑茶をいれるのはあまり得意じゃないと言ってただろう?」
「得意じゃないから練習したの。
いつまでも不味いままだと他人に出せないじゃない」
「出す気でいたのか」
「それはまぁ……霖之助さん緑茶の方が好きみたいだし……」
「僕が?」
「とにかく何でもないの! これってもう帰っていいんでしょう?
わ、私先に帰るから!」
「あぁ、待ってくれアリス」
立ち上がろうとするアリスを制止して、霖之助が続けた。
「君は、悔しくないのかい?」
「悔しいって?」
「物の見事に口車に乗せられた挙句、
待っていたのがこんなオチだなんて、君は悔しくないのかい?
「まぁ、確かに内心腹立たしくはあるけども。
というか、霖之助さんがそんな事をいうなんて意外だわ。
なんだか子供っぽい気がする」
「童心は何時まで経っても忘れないのが、いい男の条件らしい」
「それで? 具体的には何をするのかしら」
「お見合いを上手くいかせる」
「はい?」
「お見合いを上手くいったように見せかけるのさ」
冷静さが戻り始めたアリスの顔に、また焦りが生まれた。
わたわたと両手を忙しなく振り、顔を真赤にして慌てるアリスを見て、
霖之助は相変わらずこういうところは可愛げがある少女だと思った。
「だ、だって霖之助さんさっきなかった事にしようって言ったじゃない!
急にそんな事言われても私慌てちゃうわよ! 馬鹿! バカ! バーカ!」
「まぁまぁ、落ち着いて。という冗談を考えてみたんだけど、ダメかな?」
「えっ、冗談?」
「そう、冗談。君の表情があんまりにも硬かったから冗談を言ってみたんだけど……」
涼しい顔で霖之助は美味しいお茶をもう一口。
本当にこのお茶は美味しい。毎日でも飲みたいぐらいだ。
「面白かったかい? アリス」
「うるさいこのバカ! もうバカ! ホントバカ! 凄いバカ!
なによ! 面白くもなんともないわよ! バカじゃないの? バカじゃないの!」
涙目で湯呑み、座布団、人形、魔道書等を次々投げつけるアリスの攻撃を、
回避したり受け止めたりしながら、霖之助は冗談っぽく謝った。
それが余計アリスの心に火をつけて、攻撃は更に加熱する。
このようにお互いが暴れれば、自然とお見合いの話しも消滅するだろう。
そして二人は犬猿の仲だと認知されて、お見合いを開かれることもなくなる。
我ながらいい案だ、と納得しながらも、霖之助は顔面を狙ったアリスの座布団投げを回避した。
やはり自分とアリスには騒がしくとも、他人に干渉されない関係の方が肌にあっている。
そんな事を考えながら。
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星霖に悶えました。
砂糖が口から、しゃばたばだー
砂糖が口から、しゃばたばだー
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豪華すぎて悶えた
No title
アリスの話がどう見ても犬も食えねえ痴話喧嘩ですほんとうにありがとうございました
No title
素敵なエイプリルフールネタをありがとうございました
満腹だ・・・これであと1ヶ月は戦える
満腹だ・・・これであと1ヶ月は戦える