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酉京都幻想 第10話

こんな時だからこそ平常運転を。
誰かの気分転換になれば幸いです。

『酉京都幻想 第9話』の続きの最終話。
蓮子や夢美達の住む世界は少し未来の話なんですよね。

しゃもじさんに挿絵を描いていただきました。
感謝感謝。


霖之助 蓮子 紫 夢美









「ようやく終わったねー」


 大学の構内を歩きながら、蓮子は大きく伸びをした。

 先ほどの時間で後期試験がようやく終わりを告げたのだ。
 開放的にもなるというものである。


「まだ追試が残ってるからね。勝って兜の緒を締めよ、だよ。
 ……勝ったと確定したわけじゃないんだが」
「あ、うん、そうだね」


 蓮子の言葉に、しかし霖之助は首を振る。


 ……最近、どこかぼんやりと考え事をすることが多くなったと蓮子は思う。

 霖之助がそうなったのは、初詣で博麗神社を訪れてからだ。

 だがあの時特別なことがあったわけではない。
 ただ人のいない……朽ちた神社を見に行っただけだ。

 そこで彼が何を思ったのかは、蓮子はわからなかった。
 どうしてメリーがそこに行こうと言い出したのかもわからない。


 何となく言い表せないもやもやを抱えたまま、蓮子は霖之助の横顔を眺めていた。









「霖之助君、やったね!」
「……ああ……」


 感慨深げに、霖之助は空を見上げる。

 卒業判定発表の日。
 合格の文字を噛みしめるように、彼はため息を吐いた。


「これでようやく、修行の本番かしらね?」


 メリーが意味ありげに笑う。
 それに応えるような霖之助の笑みは、何か隠しているようで。


 蓮子はそれ以上何も聞けなかった。


 だから。

 ただ忙しなく、邪魔をしない程度に……彼を連れ回して遊び回った。
 動いている間は楽しかったから。


 何も考える必要がないように。
 考える暇がないように。








 そして――卒業式の日。


「おめでとう、霖之助君」
「ああ、ありがとう」


 桜舞い散る中で、霖之助は微笑んでいた。

 最初に会った時の服装で。
 大陸の導師が着るような、不思議な衣装。


「これでようやくゴールかな?」
「いいや、これからがスタートさ。
 学校というのはそう言うものだろう?」
「あ、うん。そうだね。
 ……その、今まで聞けなかったんだけど……」


 蓮子は深呼吸して、口を開く。
 霖之助の目を、真っ直ぐに見つめて。


「霖之助君って、卒業したらどうするの?」


 先延ばしにしてきた言葉。
 怖くて聞けなかった言葉。


「故郷に帰るよ。
 そこで学んだ技術を役立てるのが僕の夢だったからね」
「そう、なんだ」


 彼の言葉に、蓮子は少し肩を落とす。

 予想は付いていた。
 だけど……聞かなければならなかった。

 納得しなければならなかった。


 ……もう、一緒にいられないのだと。


「霖之助君」


 意を決し、蓮子は顔を上げた。


「私ね、霖之助君に……」
「蓮子」


 しかし決意は彼の言葉で遮られる。


「先に僕の話を、聞いてくれるかな」
「……うん」


 卒業式だというのに、いつの間にか周囲から人の気配が消えていた。
 大学の中だというのにまるで知らない場所に迷い込んでしまったかのように。

 まるで、神隠しに遭ってしまったかのように。


「ここまで来られたのは、間違いなく君の存在が大きいと思う。
 ありがとう、蓮子」
「あの、どういたしまして」


 どうして彼は、改まってこんなことを言うのだろう。


「今までありがとう。
 君に会えて楽しかったよ」


 どうしてそんな、最後の別れみたいなことを言うのだろう。


「この1年、楽しかったよ。
 いろいろ教えてくれて助かった」


 いつの間にか、メリーが彼の横に立っていた。

 見たこともない服を着て。
 見たこともない顔をして。


「霖之助君」
「卒業出来たのは、君のおかげだよ。感謝している。
 結局会えなかったが……教授にもよろしく言っておいてくれるかな」
「霖之助君!」


 思わず蓮子は声を上げた。

 まだ、大事なことを教えてない。
 何ひとつ、伝えてない。

 それなのに。


「さようなら、蓮子」


 優しく彼は、微笑んでいた。

 そして、彼の横にいたメリーが傘を振るった瞬間。


「霖……!」


 周囲に人影が戻った。
 まるで白昼夢を見ていたかのように、蓮子は我に返る。




 ……ふたりの姿は、どこにも見当たらなかった。





 部屋に戻って、待ってみても。
 朝を迎えて、夜が来ても。


 彼らが帰ってくることはない。


 やがて蓮子は、メリーの名義で自分の口座にお金が振り込まれていることに気付いた。
 ふたりが一緒に住むはずだった時期までの家賃と生活費。

 ……それにかなり色を付けた額が。





 それからしばらく、ただいたずらに時間だけが過ぎていった。
 春休みなのがせめてもの救いだろうか。


 霖之助達がいなくなって、ちょうど一週間後のある日。

 彼のPDAからの着信音が鳴っているのに、蓮子は気付いた。


「……霖之助君?」


 どこを探しても見つからなかった、彼のPDA。
 どうしてこんなところに置いてあるのか。

 ……一瞬、親友の姿が脳裏によぎる。

 どうやら予約送信されていたらしい。

 見るべきか迷ったが……。
 蓮子は決心すると、メールソフトを起動した。


 ――蓮子へ。


 思わず蓮子は目を見開いた。
 これは霖之助が蓮子に宛てたメッセージだ。

 日付を見ると、彼が帰るよりずっと前に書かれていたことになる。


 ――いきなり君の前から消えることを、どうか許して欲しい。
   察していると思うが、僕たちは別の世界から来た者だ。
   言うべきかずっと迷ったが……ひとつの感謝の形として、話しておこうと思う。
   親愛なる教育係へ――


 長々と、霖之助のメールは続いていた。

 時に脱線しながら。
 いかにこの1年楽しかったかを。
 いかに彼が感謝していたかを。

 ……いかに彼が、迷っていたのかを。


「……馬鹿」


 いつの間にか流れていた涙を、蓮子はそっと拭った。

 直接言ってくれればよかったのに、と思う。
 ……だが、言えなかったのは自分も同じだ。

 もし言えていたら、違う未来もあったのだろうかと思う。


 蓮子はもう一度メールを読み直そうとして……。


 突然の着信に、慌てて通話ボタンを押した。


「お、霖之助か?」
「いえ……」


 確認せず取ってしまったが、どうやら電話の主はちゆりらしい。
 久し振りの声に、少しだけ平静を取り戻す。


「蓮子よ。宇佐見蓮子」
「ああ、その声は確かに。ん? なんで蓮子が出るんだぜ?」
「……ちょっと、ね」


 霖之助はもういない。
 その事実を……言葉で伝えることは、まだできなかった。


「まあいいや、ちょっと困ったことが起こってさ」


 電話の向こうで、頬をかいているのがわかる。
 そんな彼女の電話で初めて……。



 夢美が学会から追放されたことを知った。







「教授! 学会から追放されたって本当ですか!?」
「なによ、うるさいわねぇ」


 大学にある、夢美の研究室。
 蓮子が飛び込んだ時には、もう殆ど片付けられていた。

 ……出ていくつもりなのだろう。
 見た瞬間、予想できた。


「私の完璧な理論を理解できない輩の集団なんて、こっちから願い下げよ」
「そりゃ、世界を救うのは宗教だ、なんて主張したらなあ」


 茶化すように笑うちゆりを、じろりと睨み付ける夢美。

 やがて彼女はため息を吐き……蓮子に向き直る。


「こっちの現状は、見ての通りよ」
「……は」
「そっちもいろいろあったみたいね」


 蓮子がひとりだけでいることは、ちゆりを通して伝わっているはずだ。
 夢美はじっと蓮子を見つめると、ゆっくりと口を開く。


「宇佐見。何があったのか、話してくれるかしら」


 彼女の言葉に、蓮子は躊躇いながらも言葉を紡いだ。
 すべてを話すわけにはいかないものの……。

 何が起こったか。
 親友が何者だったのかを。

 話を聞き終わった夢美は、静かにため息を吐いた。


「アイツ、勝手にいなくなるなんて……!
 私はまだ卒業を認めてないわよ」
「って、教授ってずっといなかったじゃないですか」


 結局、蓮子は年末からずっと授業に戻ってこなかった。
 試験も代理人任せで研究に没頭していたらしい。


「それはそれ、これはこれよ」


 言い切る夢美に、蓮子は苦笑を浮かべる。


 ――この人が追放されたのは、別の理由もあるんじゃないだろうか。


「その結果が追放なんだぜ」


 ふと、同じように苦笑を浮かべるちゆりを目が合った。
 ふたりそろって肩を竦める


「で、どうするのかしら」
「どうするって……」


 その質問は、蓮子がずっと自分に投げかけてきたものだった。

 相手がもうこの世界にいないこともわかっている。
 相手が自分と違う存在だと言うこともわかっている。

 だけど。


「諦めきれない、って顔ね」
「はい」


 先延ばしにした結果、後悔した。
 もうこれ以上、後悔はしたくないから。


「いい覚悟ね」


 夢美はひとつ頷くと、真っ直ぐに蓮子を見つめた。
 自分と対等な者だと認めたような、そんな瞳で。


「じゃ、会いに行く?」


 あくまで軽い口調で、夢美は尋ねた。
 ……だからだろうか。

 その意味を理解するのに、しばしの時間を要した。


「手段があるなら、ぜひ……」
「あるわ」


 そう言って、夢美は壁に設えられた装置へと視線を向ける。

 いつか見た転移装置。
 夢美はあれで……幻想郷に行く、と言っていたはずだ。


「彼らが行った先のデータは取ってあるし。
 この大学全域は全て観測領域だしね」


 いつの間にそんな事をしていたのだろうか。
 あまりの用意周到さに、もう笑うしかない。

 ひょっとしたら、こうなることを見越していたのかもしれない。


「……行きます」
「そ」


 頷く蓮子に、満足げに夢美は笑みを浮かべる。


「ちゆり、準備お願いね」
「あいよー」


 ちょっとそこまで散歩してくるかのようなノリだ。
 だがそんなところが、やはり教授たる所以なのだろう。

 負けられない、と蓮子は決意を新たにして。


「教授は知ってたんですか?」
「んー」
「その……彼のこと」


 夢美が霖之助に興味を持っていることは蓮子も知っていた。
 だがその興味はどのレベルのものだのだろうか。

 ……今の蓮子には、結構気になるところだった。


「まあだいたい予想通りってとこかしらね」


 そう言うと蓮子は鞄の中から何かを取り出した。

 それを受け取り、蓮子は首を傾げる。
 どうやら一冊の本のようだ。


「これは?」
「そもそも私が魔法に興味を持ったのはその本のせいなのよ。
 古い店の日記でね。その本――」


 何度も読み返したのだろう。
 ボロボロになったその表紙からは、確かに漢字が読み取れる。


「――東方香霖堂、って言うんだけど」











 一見ゴミ捨て場のようにも見えるその建物の前に、蓮子は立っていた。

 店の扉らしきものの横には狸の置物や道路標識、旧式のパソコンなどが山と積まれている。
 そしてその上には、屋号らしき文字を書かれた看板が掲げられていた。


 ――香霖堂。


「いらっしゃ……」


 店内に一歩足を踏み入れると、店主の挨拶が……途中で途切れた。

 店にいた巫女と魔法使いのような格好をした少女が睨んでくるのがわかる。
 親友の姿も確認した。

 驚いた顔をしていた彼女は……やがて苦笑を浮かべる。
 いらっしゃい、とどこからか聞こえてきた気がした。


「教授はあとから来るんだって。
 もうカンカンだったよ。まだ卒業証書は渡してないって」
「……そうか。じゃあ謝らないとね」


 夢美は世話になった巫女に挨拶してくるらしい。
 またこことは違う世界なのかもしれない。

 まあ、些細な問題だ。
 今はそれより……。


「私も、免許皆伝は渡してないよ、霖之助君」
「おや、そうだったかな」
「そうだよ。でも私、こっちの世界のことわからないから……教えてくれると嬉しいな」
「君には借りもあるしね。僕に出来ることなら構わないよ」


 頷く霖之助に、蓮子は笑顔で返した。


「じゃあ、またよろしくね。
 ついでにこの家での暮らし方も教えて欲しいんだけど」
「……一緒に住む気かい?」
「そうだよ。だって他に知り合いいないし――それに、今までだって一緒に住んでたじゃない」


 霖之助と一緒にいた少女達が視線を強めるが、しかし蓮子は素知らぬ顔。


「それなのに、いきなり消えるなんて――」


 カウンターの前で、立ち止まる。
 やれやれと肩を竦める彼は、やっぱり会った時から変わっていない。


「絶対許さないから」


 にっこり笑って、蓮子はそう言った。

絶対に許さない蓮子

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No title

まさかそこで東方香霖堂が出てくるとは・・・
これは現実世界の東方香霖堂なのか、それとも霖之助さんが書いたものが何故かそっちに流れ着いたのか
ともかく蓮子に教授、ライバルは多いけどがんばれっ

震源地から遠いと油断していたら震度4の地震ががが
道草さんもここを見ている皆さんも気をつけて

No title

道草さんご無事で何よりです!
こっちは四国ですが、南海トラフがあるのでちょっと戦々恐々してたりします。


最終話、蓮霖に落ち着きましたね。再会できて実に良かった^^

●蓮子(&教授たちも?)が香霖堂に住むことが決定した後

霊「どういうことかしら」
魔理「説明してくれるんだよな?」
鈴「何ですかあの泥棒猫どもは(メギャァ)」

↑前の話の手紙のおかげでこんな修羅場が容易に想像できたwww

No title

終わった、だと・・・?
続編・・・後日談でもいいので凄く読みたいです。
霊魔理と蓮子との修羅場とか修羅場とか修羅場とか。
まー何にせよすごくおもしろいシリーズでした(´・ω・`)

No title

取りあえず霊夢と魔理沙の執着心はかなり強くなってるだろうね
ナイスボートになる

霖之助がいない話とか後日談とか出ないのかね←

No title

原作を考えると教授の向かう先は旧東方の世界になるが・・・転送ミスったんだろうかw
それとも、このSSでは・・・なにはともあれお疲れ様でしたー
後日談てか初日から修羅場の予感しかしないなこれw

ペロ…これはほのぼの修羅場!
素敵過ぎる蓮霖に癒されました
後日談にも期待です
ちゆりが教授と一緒にこっちにも来るなら魔理沙とのだぜだぜ対決が…

こ、こいつは後日談が楽しみだぜ。
教授達が合流した後も気になります。

No title

感動で涙が出ました

面白かったです

ありがとうございました
プロフィール

道草

Author:道草
霖之助がメインのSSサイト。
フラグを立てる話がメインなのでお気を付けください。
同好の士は大ウェルカムだよね。
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