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太極の理

霖之助は太極拳の名前だけでホイホイついて行ってしまう男なのかもしれないと思ったら、
いつの間にかこんなことになっていた。


武術をやらないか、と誘われる霖之助。

霖之助 美鈴








 射法八節。
 人気のない静かな森の中に、弓を絞るキリキリというだけが響く。

 引分け、会。
 霖之助は弓を引いた姿勢のまま静止した。

 この弓は古の兵が使っていたもので、船の上の扇を射たという伝説もあるほどだ。
 その道具の記憶のままに身を委ね、語り合う。
 霖之助お気に入りの、至高の一時だった。

 そして……離れ。

 放たれた矢は的の中心……から少し離れた位置に刺さる。


「すごいです、当たりましたよ」
「幻想郷では外れだよ……君か、美鈴」
「はい」


 木陰からチャイナドレス姿の美鈴が歩み寄ってきた。

 見られていたのだろうか。
 霖之助は気恥ずかしくなり、少しだけ視線を逸らす。


「パチュリー様からのお届け物です。今日も大量ですねー」


 美鈴が差し出してきたのは本の束だった。

 最近外の世界で行われているサービスを本で知り、真似してみようと試しに打診してみたのだが、
図書館に住む魔女が応じてくれたのは正直予想外だった。

 メール(文通)で借りて自宅(香霖堂)に届き、配達員(主に小悪魔か美鈴)に返却。
 延滞料はないが、配達員の頻度はパチュリーの読み終わり次第。
 早いときもあれば遅いときもある。
 本を返すときに希望の系統を書いておけば、次にそのジャンルをパチュリーが見繕ってくれる。
 もちろん等価交換で霖之助も本を送ることになるのだが、きちんと返ってくるからいいだろう。
 閑話休題。


「ああ、ありがとう。助かるよ」


 霖之助は抱えていた弓を立てかけ、手に付けていたかけを外す。


「それにしても、よくここがわかったね。ここは秘密の場所……と言ったら大げさだが、あまり教えたことはないのだが」
「はい、気で」


 あっさりという美鈴に霖之助は首を傾げ……気にしないことにした。
 美鈴は先ほどから気になっていたようで、弓に近づき見て目を輝かす。


「弓術ですか、香霖堂さんが嗜んでいたなんて知りませんでした」
「ああ……言った覚えはないからね」
「私、やったことないんですよね。試してみていいですか?」
「ほう、興味があるのかい?」


 幻想郷の少女に知られるとてっきり呆れられるかと思っていた。
 そのためこんな場所で引いていたのだが……。

 霖之助の脳裏に常連の少女たちの顔が浮かぶ。
 退魔針を投げた方が早いとか、マスタースパークの方が強いとか。


「はい、やってみたいです」
「やり方はわかるかい?」
「ええ、見てましたから」


 ……やはり見ていたらしい。
 しかしそうすると、ずいぶん最初から見ていたことになるのだが……。

 美鈴は霖之助から弓矢とかけを受け取ると、的の前に立つ。


「……意外と重いですね」
「そうかい?」
「ええ、香霖堂さんが引いてたからてっきり……」
「……君は僕のことをなんだと思っているんだね」
「えへへ」


 美鈴はひとつ笑うと、表情を切り替えた。

 弓を絞る。
 綺麗に形になっていた。
 本当によく見ていたのだろう。

 足腰が強いらしく、その構えに微塵の揺らぎもない。

 狙いを定め……手を離した瞬間。


「いった~い!」


 バチン、という音とともに突然美鈴がうずくまった。


「ど、どうしたんだい?」


 慌てて駆け寄る。
 すると彼女は目に涙を浮かべ、霖之助を見上げてきた。


「思い切り……胸に弦が当たりました……」
「……ああ」


 そう言えば、弓道では女性は胸当てを付けるらしい。
 目の前のような事態にならないように。


「僕には必要のないものだから失念していた。すまない」
「うぅ、腫れちゃうかも……。
 こんなに熱くなっちゃいました……ほら」


 美鈴は霖之助の手を掴み、弦が当たったという場所……彼女の乳房に触れさせる。
 たゆん、と言う感触だけが伝わってきた。


「……落ち着くといい。触ったところで僕にはわからないよ」


 なんとか平静で答える。素早く手を戻すことも忘れない。

 美鈴は……全く気にしていないようだ。
 全く暢気な妖怪だった。


「うー、ひどい目にあいました……」


 痛みが収まってきたのか、美鈴が立ち上がる。


「でも香霖堂さん、弓術はやるんですね」
「弓術……とはちょっと違うけどね。あくまで道具の手入れさ」
「へぇ~。じゃあ他に武術はやらないんですか?」
「……これといって特には」


 武術が特に必要だと感じたことはない。
 というか、武術を囓ったところで出来ることが広がるわけでもない。


「もったいないですねぇ……なんかけっこう雰囲気あるのに。
 そうだ、太極拳なんかどうです? 健康にもいいですよ」
「太極……根幹を冠する武術か。興味はあるのだけどね」


 陰陽の理を修めれば剣に認められるかもしれない。
 そう思ったこともあったが、いかんせん独学では限界があった。

 と言っても、マニュアル本を読んだだけだが。


「じゃあ一緒にやりましょうよ。教えてあげますから」
「……ふむ、それもいいかもしれないな」


 講師がいるなら、やってみようかと思い始めていた。
 運動になるというより……太極拳という名前がいい。

 霖之助の返事に美鈴は満足げに頷くと、元気よく手を挙げる。


「じゃ、明日から朝6時に紅魔館前に来てくださいね」
「……朝かい?」
「はい。太極拳は朝やるものですよ」


 てっきり美鈴が来たときにたまに教えてもらえると思っていた霖之助は肩すかしを食らった気分になる。
 言葉を返そうとして……目の前の美鈴の行動に頭を抱えた。


「あー……やっぱりちょっと赤くなってるかも。
 ちょっと見てくださいよ、香霖堂さん」
「……君はもう少し恥じらいというものを覚えるべきだよ」







 霖之助は早速後悔していた。
 紅魔館まで来るのなら、図書館に直行すればいい。
 そんなことを考えるほど、後悔していた。


「ほら、姿勢が違いますよ」


 太極拳。
 ゆっくりとした動作とは裏腹にひとつの動作がかなり重い。
 そして意外と厳しい美鈴先生。

 霖之助は、後悔していた。


「ゆっくりした動きなのに……きついな……」
「正しい姿勢を学ぶためですから。実戦ではまた違いますけど。
 正しい姿勢から気は練られ、発勁に……また曲がってますよ」


 太極拳の講習はたっぷり一時間。
 終わったときには、体中に疲労が溜まっていた。


「初日ですし、これくらいにしておきましょうか」
「……ああ、初日、ね」


 彼女の言葉に、霖之助は乾いた笑みを浮かべた。
 今日で終わり、と言うとこの少女はどんな反応をするだろうか。


「悪いが……」
「そう言えば香霖堂さん。運動するとお腹が減るだろうと思って、朝ご飯を作ってきました」
「……いただこうか」


 嬉しそうに弁当箱を差し出す美鈴に……霖之助はひとつ頷いた。

 数日なら付き合って良いかもしれない。
 ……もちろん剣に認められる勁力を身につけるためだ。
 いかに神器といえど英雄の剣、やはり体力は必要だろう。


「じー……」
「……なんだい、人の顔を」
「いえ、咲夜さんが言ってました。あの店主はよからぬ言い訳を考えていると眉根に特徴が出るって」
「まさか」


 至近距離で見つめてくる美鈴から目を逸らし、中華ちまきを頬張る。
 味付けは少々変わっていたが、地域の差……だろうか。
 文句なしに美味い部類に入る。


「ごちそうさま、美味しかったよ」
「よかったです」


 安堵したように手を合わせて喜ぶ美鈴。

 ……やはり数日なら、付き合うのもいいかもしれない。
 そんなことを考える。


「じゃあ、僕はちょっと図書館にお邪魔してくるかな……入れてくれれば、だが」


 こんなことなら、何か手土産を持ってくるべきだった。
 まあ、今回はついでなのだ。
 駄目ならその足で無縁塚にでも行けばよい。

 そう思いながら歩き出すと、後ろから引っ張られる感覚を覚える。


「あ……」
「うん? 僕の服に何か?」
「い、いいえ」


 慌てて掴んでいた霖之助の裾を話す美鈴。
 美鈴は何故掴んでいたのか、自分でも理解していない様子だった。


「ではまた明日」
「その前に帰りに会うと思いますよ」
「ああ、そうだったね」
「はい、また」







「で、見張りの仕事サボって何をやっていたのかしら?」
「いえ、ちょっと運動を……」
「……まあ、パチュリー様もいい話し相手が出来たって喜んでたから……許してあげるわ」
「そうですか……」
「……? ま、いい友人が出来たみたいね。仕事の方も頑張りなさい」
「……は、はい!」


 美鈴は咲夜が去ったあとに、ひとり考える。
 自分でもわからない、答えの出ない問題を。


「友人かぁ……嬉しいはずなんだけどなあ」


 だとすると今日の自分は、友人のために早起きして、友人のために弁当を作り、友人のために帰りを待っているのだろうか。


「う~ん?」

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