酉京都幻想
少女が霖之助と一緒に外の世界に行くとしたら、どんな生活になるだろう。
紫が原因で起こしてしまった異変を、ひょんなことから解決してしまった霖之助。
彼女から報酬にと、霖之助が望んでいた外の世界へ行く権利を与えられる。
ただし、1年間という期限付き。
旅をするのもよし、一つ所に留まるもよし。
支度金と場所は紫が用意してくれるらしい。
必要なら仕事も紹介してくれる、と紫は言った。
それから1ヶ月間、霖之助は外の世界について勉強する。
そして……。
~ここまでテンプレ~
霖之助×蓮子+メリー(紫)。
今回のメリーは紫と同一人物説を。
「首都は京都。京都~東京間はヒロシゲで53分。
食事は合成品が主で天然物はほとんど無い」
「ええ、正解よ」
霖之助の言葉に、紫はひとつひとつ頷いていく。
「大学内なら全て学生カードで買い物が出来る。
同じ学校の生徒とルームシェアして生活。住居の住所は……」
「はい、よろしい」
一通り聞き終わると、彼女は満足げに微笑んだ。
修了の証に、スタンプをひとつ。紫特製のガイドブックだった。
「記憶力だけは完璧ね」
「だけ、は余計だよ。紫。そのほかのことも……多分完璧だ」
「いろいろ心配なことはあるけど、その調子なら大丈夫でしょう。
……でも、変わってるわね。外の世界で大学に行きたいなんて」
外の世界で霖之助が望んだのは、大学に行くこと。
最初は意外そうな表情を浮かべていた紫だったが、すぐに了承した。
都合がいい、と言わんばかりに。
「そもそも僕が外の世界に行きたいのは修行のためだからね。
そのためには大学という場所がちょうどいいと思っただけさ。
……それに僕は、学校というものに行ったことがないんでね」
「……そう。ごめんなさい」
「ああ、気にしないでくれ。こういう機会を作ってくれて、君には感謝してるよ」
この1ヶ月間、霖之助は外の世界について勉強していた。
しかし紫から聞いたのは、霖之助が知っている情報とは全く別の外の世界。
ひょっとしたら、時代が違うのかもしれない。
いや、世界すら違う可能性もある。
外とは名ばかりで、どこかの物語の中かもしれない。
(……それでも構わない。機会さえあれば、あとは自分でなんとかできるさ)
どんな世界であろうと、学べるかどうかは自分の姿勢次第なのだから。
「そろそろ出発ね」
「ああ」
出発と言っても物理的な距離があるわけではない。
紫のスキマをくぐればすぐである。
それでも遠く感じるのは……精神的なものだろうか。
「ひとつ聞いておきたいことがあるんだが」
「あら、何かしら」
「僕の髪だが……目立ちはしないかな?」
「……ふふっ」
神妙な顔をした霖之助の質問に、紫は思わず吹き出していた。
「貴方でもそう言うこと気にするのね」
「仕方ないだろう。変に目立ってしまっては、目的に影響が出かねないからね」
「心配しなくても、目立たないと思うわよ。髪はね。銀髪なんて珍しくないし……」
「そうか、ならいいんだが」
「まあ、別の意味で目立つと思うけれど」
「え?」
「いいえ、なんでもないわ」
首を振る紫。
笑いを堪えているように見えるのは、気のせいだろうか。
「それじゃあ、用意はいいかしら」
「ああ、紫」
頷きかけた霖之助は、ふと首を傾げる。
「君は、来ないのかい?」
その言葉に、彼女は虚を突かれたような……そして、嬉しそうな表情を浮かべる。
「先に行って、待ってるわ。向こうの私によろしくね」
そう言い終わるや否や、スキマが霖之助を飲み込んだ。
同時に意識も飲み込まれて落ちる。
どれくらいそうしていただろうか。
暗黒だった世界に聞こえてくる雑踏、喧噪。
そして……。
「もしもーし。おーい、聞こえてるー?」
耳元で少女の声。
「よくこんなところで寝てられるなぁ。……あ、やっと起きた」
目を開けると、声の主らしい少女が間近に立っていた。
白いブラウスにネクタイ。黒のロングスカートに帽子を被った、独特な雰囲気の女性。
大学生だろうか。知的な印象を受ける。
「あなた、新入生? それとも編入生? どっちにしろ、ガイダンスもう始まるわよ」
「あ、ああ」
霖之助は慌てて頷くと、現在位置を確認する。
見覚えのない場所だ。
……当たり前だが。
どうやらベンチで寝ていたらしい。
否、寝ていたことになっていた、か。
「ここは……京都大学かい?」
「……あなた、ここをどこだと思ってたの?」
「いや、念のために……ね」
なにやら納得した様子の彼に、彼女はため息を吐く。
「まったく、メリーが言わなかったら放っておいてるわよ。私たちまで時間に遅れたらあなたのせいだからね」
「メリー?」
少女は空を見ながら顔を顰めていた。
気になる名前に、思わず霖之助は聞き返す。
「そうよ。きっと右も左もわからないお上りさんだからってね。
京都ってことで気合い入れたのかもしれないけど、今時その服はないと思うわ」
「服……かい?」
周囲を見渡してみると、なるほどスーツのような洋服を着ている若者ばかりだった。
和服の者など数えるほどすら見ない。
……間違いなく、霖之助の服は目立っているようだ。
「ああ、すまなかったね。ありがとう、もう大丈夫だ。
ええと、どこに行くんだったかな……」
この際気にしても仕方ないと割り切り、鞄を開けて地図を取り出す。
そんな霖之助に、目の前の少女は再びため息。
懐から小さな箱のようなものを取り出し、なにやら操作。
「ほら、ここに行くのよ」
そしてそれを、霖之助の目の前に突きつけた。
名前はPDA。用途は情報を得ること。
「断言するけど、絶対あなた遅刻するわね。仕方ないから途中まで一緒に行きましょ。
その様子じゃ、構内の建物もわからないんでしょ?」
「あ、ああ。助かる」
ここは素直に好意に甘えることにした。
こんなところで意地を張っても何の得にもならない。
霖之助は少女の後に続き、広い道へと歩き出す。
「あ、私の名前は宇佐見蓮子。それで、連れの名前が……」
「紫――?」
彼女を見た瞬間、霖之助は思わず足を止めた。
蓮子を待っていたのだろう。
少女は振り返り、恭しく一礼した。
「こんにちは、森近霖之助さん。マエリベリー・ハーンと言います。よろしく」
割り当てられた自室で、霖之助はパソコンに向かっていた。
……かれこれ1時間ほど。
大学に編入して最初の休日。
早速講義でレポートが出されたのだ。
面倒事は先に片付けておきたい性格の霖之助は、早速その課題を終わらせようとしていた。
現に書くことは決まっていて、ノートにまとめてある。
あとは……パソコンのデータに打ち込むだけだ。
しかしどうしても打ち込むためのツール、その使い方がわからない。
確か、このあたりのボタンを押して起動したはずだが……。
「森近君、ヒマー?」
コンコンとドアがノックされ、蓮子が顔を覗かせた。
彼女……蓮子とメリーがルームシェアの相手と知ったときは驚いたが、きっと紫が手を回したに違いない。
蓮子もメリーの親戚なら、ということでなんとか了承してくれた。
どうやらマエリベリー=ハーンと森近霖之助は親戚と言うことになっているらしい。
いろいろと細かい決まり事は出来たが……それはともかく。
「買い物行こ、買い物。いつもメリーがべったりなんだから、たまには私に付き合ってよ」
「すまないが、見ての通り作業中なんだよ」
「……あれ、まだやってたの? 最初のレポートなんて簡単だと思うけど」
蓮子は呆れた表情を浮かべた。
物理学で優秀な成績を収めている彼女にとって、パソコンの操作など朝飯前なのだろう。
……いや、この世界の人間にとって、かもしれないが。
「いや、レポート自体は終わってるんだ。あとは打ち込むだけなんだが……」
「なんだ、それだけ?」
「打ち込み方がわからなくてね」
言った瞬間、蓮子のため息が聞こえてきた。
「森近君ってさ、頭は良いのに機械とか一般常識とかに疎いよね。キーボード打つのは早いのに」
「それは練習できたからね」
幻想郷の動かないパソコンでも、電源を使わずともキーボードを打つことは出来る。
アルファベット、つまりローマ字で構成されていることは見て取れた。
あとは指を動かすだけだ。なのでタイピングには結構な自信があった。
……そこまではよかったのだが。
「なのになんでこんなアプリの使い方もわからないかなー。今時手書きのレポート受理してくれるとこなんてないわよ」
蓮子は書き込まれたレポート用紙と画面を見比べ、肩を竦める。
そして蓮子は霖之助に身体を押しつけるようにキーボードとマウスに手を添え、パソコンを操作しようとして……ピタリと動きを止めた。
「そうだ、買い物付き合ってくれたら教えてあげる」
「……まあ、そう言うことなら構わないが」
そう言えば、メリーは出かけると言っていた気がする。
つまり、蓮子は暇なのだろう。
「そうと決まれば早速行くわよ。って、その格好で行く気?」
「ああ、そうだが」
霖之助はいつもの格好をしていた。
いつもの服、いつもの和服。
……しばらく苦い表情をしていた蓮子だったが、やがて肩を竦める。
「……まあいいよ。最初に服屋に寄ればいいだけだから」
京都に遷都が行われてからと言うもの、めまぐるしい発展を遂げた。
古都の面影は消え失せ、管理された街並みが広がる。
もっとも、京都の区画が管理されているのは今に始まったことではないが。
そんな都市の繁華街で、蓮子の宣言通り霖之助は服屋巡りをしていた。
……もうこれで何件目だろう。
「服と靴はこんなものかな? 眼鏡は……このままでいいとして」
街中に出て3時間。
霖之助はすっかり蓮子の着せ替え人形扱いになっていた。
今の霖之助はポロシャツにパンツというカジュアルな格好だ。
蓮子のコーディネイトである。
「あ、あの服よさそう。次はあそこに入ってみようよ」
「やれやれ」
荷物の大半が霖之助の服だ。
もちろん、持つのも霖之助なのだが。
しかしジーンズやジャケットはいいとして。
ダークスーツの上下は一体どういう用途なのだろう。
人間と妖怪のハーフたる彼にとってこれくらいの重さはさしたる問題ではない。
ないのだが……何となく、精神的に疲れていた。
「ちょっといいかな、宇佐見君」
「なに? あ、蓮子でいいわよ」
嬉々として服を選ぶ蓮子は、振り返らないまま答える。
「僕はてっきり君の買い物に付き合うんだと思ってたんだが」
「私の? なんで?」
なんでと言われても困る。
買い物に行こうと誘われたら、普通はそう考えるのではないだろうか。
「だって森近君、和服しか持ってきてないでしょ? 大学で一緒に歩いてるとすごく目立つのよね」
「ふむ……」
なら一緒に歩かなければいいのではないか……と思うのだが、あえて口に出さないでおく。
紫に頼んで幻想郷から持ってきたのは、確かに和服ばかりだった。
京都と言うことで大丈夫だろうと思ったのだが、甘かったらしい。
どのみち目立ってしまうのは頂けない。
ならば。
「仕方ない。君に任せるよ、蓮子」
「うん、任された。あ、でもちょっと休憩しよっか」
霖之助ひとりでは、この問題の対処法は時間がかかる。
長いものには巻かれるべきなのである。
彼女は霖之助を年下のように扱っていた。
なんだかんだ言いながら、(この世界では)世間知らずの彼を放っておけないらしい。
面倒見のいい性格なのだろう。
「あ、あのお店に寄ろうよ。ちょっと気になってたのよね」
蓮子に手を引かれ、霖之助は小洒落たカフェテラスに入る。
なかなか賑わっているらしく、席に座れたのは僥倖と言えるだろう。
「空いててよかったわ」
「中にも席はあるだろうに」
「私はオープンカフェが好きなの。じゃあ森近君……」
「その前に」
蓮子の言葉を、手をあげて制す。
「蓮子、僕も名前で構わないよ。それに今日の礼……にはちょっと早いが」
「え? 私に?」
霖之助は蓮子に小さな包みを手渡した。
中には幻想郷から持ってきたネクタイピンが入っている。
正体が大妖怪だとは知らないようだが、紫……いや、メリーの親友だ。
仲良くしておくに越したことはないだろう。
大学の先輩でもあることだし。
「気に入ってくれるかはわからないがね。服を選んでくれたお礼だよ」
「ありがとう、霖之助君」
蓮子は珍しく、照れたように微笑んでいた。
その顔を見られないようにか、慌てて立ち上がる。
「じゃあ、注文してくるね」
「ああ、僕が……」
「いいの。どうせ頼み方もわからないんでしょ? おねーさんに任せなさい」
とんと胸を叩き、蓮子は店内に入っていった。
その後ろ姿を見送り……霖之助は一息つく。
自分でも気付かないうち、外の世界を歩くのは予想以上に緊張していたらしい。
「……こんなところで奇遇ね、霖之助サン」
そんな折、地獄の底から響いてくるような声に思わず振り返った。
「紫……いや、メリー?」
そこにいたのは、金髪の少女。
結界を操る大妖怪。
「霊夢は駄々を捏ねるし魔理沙は泣くし、咲夜や妖夢は……はぁ……」
呟きは風に消え、霖之助まで届かない。
しかし彼女が疲れていることはよくわかった。
「なんだかよくわからないが、幻想郷まで行ってきたのかい? お疲れ様、紫」
「本当にもう、疲れたわ……。霖之助さんと一緒だって思ってなんとかやれてるけど」
そう言って、彼女は微笑む。
「ところで霖之助さんはなんで街中に……」
「あ、メリー。どしたの? よくここがわかったわね」
「……蓮子?」
ギギギ、と錆び付いたドアのような動きでメリーは首を動かす。
蓮子の持っているふたり分のコーヒーカップから、霖之助の顔へと。
「なんで?」
「なんでって……」
ただの3文字。
その疑問が、やけに怖かった。
そんなやりとりに気付かず、蓮子は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「さっき一緒に街を歩いてたんだけど、色々と目移りしてて子供みたいで可愛かったわ」
「は? 一緒に……歩い……? なんで蓮子と……? え……?」
目立たないよう服を選んでくれた。
紫の親友だから仲良くしておこうと思った。
ただそれだけである。
ただそれだけが……何故か言えない。
「見てよメリー! 霖之助君がお礼にってプレゼントしてくれたの!」
「いや、蓮子がだね……」
「よびすてとかぷれぜんととかわたしわかんないんだけど」
あくまで礼である。
善意には善意で返さなければならない。
商売の基本である。
他意はない。
……わかってくれる気配もない。
「……りんのすけさん。あとでゆっくりおはなししましょうか」
にっこりと微笑むメリーの笑顔に、霖之助は説明と、逃げ出す算段を考えていた。
紫が原因で起こしてしまった異変を、ひょんなことから解決してしまった霖之助。
彼女から報酬にと、霖之助が望んでいた外の世界へ行く権利を与えられる。
ただし、1年間という期限付き。
旅をするのもよし、一つ所に留まるもよし。
支度金と場所は紫が用意してくれるらしい。
必要なら仕事も紹介してくれる、と紫は言った。
それから1ヶ月間、霖之助は外の世界について勉強する。
そして……。
~ここまでテンプレ~
霖之助×蓮子+メリー(紫)。
今回のメリーは紫と同一人物説を。
「首都は京都。京都~東京間はヒロシゲで53分。
食事は合成品が主で天然物はほとんど無い」
「ええ、正解よ」
霖之助の言葉に、紫はひとつひとつ頷いていく。
「大学内なら全て学生カードで買い物が出来る。
同じ学校の生徒とルームシェアして生活。住居の住所は……」
「はい、よろしい」
一通り聞き終わると、彼女は満足げに微笑んだ。
修了の証に、スタンプをひとつ。紫特製のガイドブックだった。
「記憶力だけは完璧ね」
「だけ、は余計だよ。紫。そのほかのことも……多分完璧だ」
「いろいろ心配なことはあるけど、その調子なら大丈夫でしょう。
……でも、変わってるわね。外の世界で大学に行きたいなんて」
外の世界で霖之助が望んだのは、大学に行くこと。
最初は意外そうな表情を浮かべていた紫だったが、すぐに了承した。
都合がいい、と言わんばかりに。
「そもそも僕が外の世界に行きたいのは修行のためだからね。
そのためには大学という場所がちょうどいいと思っただけさ。
……それに僕は、学校というものに行ったことがないんでね」
「……そう。ごめんなさい」
「ああ、気にしないでくれ。こういう機会を作ってくれて、君には感謝してるよ」
この1ヶ月間、霖之助は外の世界について勉強していた。
しかし紫から聞いたのは、霖之助が知っている情報とは全く別の外の世界。
ひょっとしたら、時代が違うのかもしれない。
いや、世界すら違う可能性もある。
外とは名ばかりで、どこかの物語の中かもしれない。
(……それでも構わない。機会さえあれば、あとは自分でなんとかできるさ)
どんな世界であろうと、学べるかどうかは自分の姿勢次第なのだから。
「そろそろ出発ね」
「ああ」
出発と言っても物理的な距離があるわけではない。
紫のスキマをくぐればすぐである。
それでも遠く感じるのは……精神的なものだろうか。
「ひとつ聞いておきたいことがあるんだが」
「あら、何かしら」
「僕の髪だが……目立ちはしないかな?」
「……ふふっ」
神妙な顔をした霖之助の質問に、紫は思わず吹き出していた。
「貴方でもそう言うこと気にするのね」
「仕方ないだろう。変に目立ってしまっては、目的に影響が出かねないからね」
「心配しなくても、目立たないと思うわよ。髪はね。銀髪なんて珍しくないし……」
「そうか、ならいいんだが」
「まあ、別の意味で目立つと思うけれど」
「え?」
「いいえ、なんでもないわ」
首を振る紫。
笑いを堪えているように見えるのは、気のせいだろうか。
「それじゃあ、用意はいいかしら」
「ああ、紫」
頷きかけた霖之助は、ふと首を傾げる。
「君は、来ないのかい?」
その言葉に、彼女は虚を突かれたような……そして、嬉しそうな表情を浮かべる。
「先に行って、待ってるわ。向こうの私によろしくね」
そう言い終わるや否や、スキマが霖之助を飲み込んだ。
同時に意識も飲み込まれて落ちる。
どれくらいそうしていただろうか。
暗黒だった世界に聞こえてくる雑踏、喧噪。
そして……。
「もしもーし。おーい、聞こえてるー?」
耳元で少女の声。
「よくこんなところで寝てられるなぁ。……あ、やっと起きた」
目を開けると、声の主らしい少女が間近に立っていた。
白いブラウスにネクタイ。黒のロングスカートに帽子を被った、独特な雰囲気の女性。
大学生だろうか。知的な印象を受ける。
「あなた、新入生? それとも編入生? どっちにしろ、ガイダンスもう始まるわよ」
「あ、ああ」
霖之助は慌てて頷くと、現在位置を確認する。
見覚えのない場所だ。
……当たり前だが。
どうやらベンチで寝ていたらしい。
否、寝ていたことになっていた、か。
「ここは……京都大学かい?」
「……あなた、ここをどこだと思ってたの?」
「いや、念のために……ね」
なにやら納得した様子の彼に、彼女はため息を吐く。
「まったく、メリーが言わなかったら放っておいてるわよ。私たちまで時間に遅れたらあなたのせいだからね」
「メリー?」
少女は空を見ながら顔を顰めていた。
気になる名前に、思わず霖之助は聞き返す。
「そうよ。きっと右も左もわからないお上りさんだからってね。
京都ってことで気合い入れたのかもしれないけど、今時その服はないと思うわ」
「服……かい?」
周囲を見渡してみると、なるほどスーツのような洋服を着ている若者ばかりだった。
和服の者など数えるほどすら見ない。
……間違いなく、霖之助の服は目立っているようだ。
「ああ、すまなかったね。ありがとう、もう大丈夫だ。
ええと、どこに行くんだったかな……」
この際気にしても仕方ないと割り切り、鞄を開けて地図を取り出す。
そんな霖之助に、目の前の少女は再びため息。
懐から小さな箱のようなものを取り出し、なにやら操作。
「ほら、ここに行くのよ」
そしてそれを、霖之助の目の前に突きつけた。
名前はPDA。用途は情報を得ること。
「断言するけど、絶対あなた遅刻するわね。仕方ないから途中まで一緒に行きましょ。
その様子じゃ、構内の建物もわからないんでしょ?」
「あ、ああ。助かる」
ここは素直に好意に甘えることにした。
こんなところで意地を張っても何の得にもならない。
霖之助は少女の後に続き、広い道へと歩き出す。
「あ、私の名前は宇佐見蓮子。それで、連れの名前が……」
「紫――?」
彼女を見た瞬間、霖之助は思わず足を止めた。
蓮子を待っていたのだろう。
少女は振り返り、恭しく一礼した。
「こんにちは、森近霖之助さん。マエリベリー・ハーンと言います。よろしく」
割り当てられた自室で、霖之助はパソコンに向かっていた。
……かれこれ1時間ほど。
大学に編入して最初の休日。
早速講義でレポートが出されたのだ。
面倒事は先に片付けておきたい性格の霖之助は、早速その課題を終わらせようとしていた。
現に書くことは決まっていて、ノートにまとめてある。
あとは……パソコンのデータに打ち込むだけだ。
しかしどうしても打ち込むためのツール、その使い方がわからない。
確か、このあたりのボタンを押して起動したはずだが……。
「森近君、ヒマー?」
コンコンとドアがノックされ、蓮子が顔を覗かせた。
彼女……蓮子とメリーがルームシェアの相手と知ったときは驚いたが、きっと紫が手を回したに違いない。
蓮子もメリーの親戚なら、ということでなんとか了承してくれた。
どうやらマエリベリー=ハーンと森近霖之助は親戚と言うことになっているらしい。
いろいろと細かい決まり事は出来たが……それはともかく。
「買い物行こ、買い物。いつもメリーがべったりなんだから、たまには私に付き合ってよ」
「すまないが、見ての通り作業中なんだよ」
「……あれ、まだやってたの? 最初のレポートなんて簡単だと思うけど」
蓮子は呆れた表情を浮かべた。
物理学で優秀な成績を収めている彼女にとって、パソコンの操作など朝飯前なのだろう。
……いや、この世界の人間にとって、かもしれないが。
「いや、レポート自体は終わってるんだ。あとは打ち込むだけなんだが……」
「なんだ、それだけ?」
「打ち込み方がわからなくてね」
言った瞬間、蓮子のため息が聞こえてきた。
「森近君ってさ、頭は良いのに機械とか一般常識とかに疎いよね。キーボード打つのは早いのに」
「それは練習できたからね」
幻想郷の動かないパソコンでも、電源を使わずともキーボードを打つことは出来る。
アルファベット、つまりローマ字で構成されていることは見て取れた。
あとは指を動かすだけだ。なのでタイピングには結構な自信があった。
……そこまではよかったのだが。
「なのになんでこんなアプリの使い方もわからないかなー。今時手書きのレポート受理してくれるとこなんてないわよ」
蓮子は書き込まれたレポート用紙と画面を見比べ、肩を竦める。
そして蓮子は霖之助に身体を押しつけるようにキーボードとマウスに手を添え、パソコンを操作しようとして……ピタリと動きを止めた。
「そうだ、買い物付き合ってくれたら教えてあげる」
「……まあ、そう言うことなら構わないが」
そう言えば、メリーは出かけると言っていた気がする。
つまり、蓮子は暇なのだろう。
「そうと決まれば早速行くわよ。って、その格好で行く気?」
「ああ、そうだが」
霖之助はいつもの格好をしていた。
いつもの服、いつもの和服。
……しばらく苦い表情をしていた蓮子だったが、やがて肩を竦める。
「……まあいいよ。最初に服屋に寄ればいいだけだから」
京都に遷都が行われてからと言うもの、めまぐるしい発展を遂げた。
古都の面影は消え失せ、管理された街並みが広がる。
もっとも、京都の区画が管理されているのは今に始まったことではないが。
そんな都市の繁華街で、蓮子の宣言通り霖之助は服屋巡りをしていた。
……もうこれで何件目だろう。
「服と靴はこんなものかな? 眼鏡は……このままでいいとして」
街中に出て3時間。
霖之助はすっかり蓮子の着せ替え人形扱いになっていた。
今の霖之助はポロシャツにパンツというカジュアルな格好だ。
蓮子のコーディネイトである。
「あ、あの服よさそう。次はあそこに入ってみようよ」
「やれやれ」
荷物の大半が霖之助の服だ。
もちろん、持つのも霖之助なのだが。
しかしジーンズやジャケットはいいとして。
ダークスーツの上下は一体どういう用途なのだろう。
人間と妖怪のハーフたる彼にとってこれくらいの重さはさしたる問題ではない。
ないのだが……何となく、精神的に疲れていた。
「ちょっといいかな、宇佐見君」
「なに? あ、蓮子でいいわよ」
嬉々として服を選ぶ蓮子は、振り返らないまま答える。
「僕はてっきり君の買い物に付き合うんだと思ってたんだが」
「私の? なんで?」
なんでと言われても困る。
買い物に行こうと誘われたら、普通はそう考えるのではないだろうか。
「だって森近君、和服しか持ってきてないでしょ? 大学で一緒に歩いてるとすごく目立つのよね」
「ふむ……」
なら一緒に歩かなければいいのではないか……と思うのだが、あえて口に出さないでおく。
紫に頼んで幻想郷から持ってきたのは、確かに和服ばかりだった。
京都と言うことで大丈夫だろうと思ったのだが、甘かったらしい。
どのみち目立ってしまうのは頂けない。
ならば。
「仕方ない。君に任せるよ、蓮子」
「うん、任された。あ、でもちょっと休憩しよっか」
霖之助ひとりでは、この問題の対処法は時間がかかる。
長いものには巻かれるべきなのである。
彼女は霖之助を年下のように扱っていた。
なんだかんだ言いながら、(この世界では)世間知らずの彼を放っておけないらしい。
面倒見のいい性格なのだろう。
「あ、あのお店に寄ろうよ。ちょっと気になってたのよね」
蓮子に手を引かれ、霖之助は小洒落たカフェテラスに入る。
なかなか賑わっているらしく、席に座れたのは僥倖と言えるだろう。
「空いててよかったわ」
「中にも席はあるだろうに」
「私はオープンカフェが好きなの。じゃあ森近君……」
「その前に」
蓮子の言葉を、手をあげて制す。
「蓮子、僕も名前で構わないよ。それに今日の礼……にはちょっと早いが」
「え? 私に?」
霖之助は蓮子に小さな包みを手渡した。
中には幻想郷から持ってきたネクタイピンが入っている。
正体が大妖怪だとは知らないようだが、紫……いや、メリーの親友だ。
仲良くしておくに越したことはないだろう。
大学の先輩でもあることだし。
「気に入ってくれるかはわからないがね。服を選んでくれたお礼だよ」
「ありがとう、霖之助君」
蓮子は珍しく、照れたように微笑んでいた。
その顔を見られないようにか、慌てて立ち上がる。
「じゃあ、注文してくるね」
「ああ、僕が……」
「いいの。どうせ頼み方もわからないんでしょ? おねーさんに任せなさい」
とんと胸を叩き、蓮子は店内に入っていった。
その後ろ姿を見送り……霖之助は一息つく。
自分でも気付かないうち、外の世界を歩くのは予想以上に緊張していたらしい。
「……こんなところで奇遇ね、霖之助サン」
そんな折、地獄の底から響いてくるような声に思わず振り返った。
「紫……いや、メリー?」
そこにいたのは、金髪の少女。
結界を操る大妖怪。
「霊夢は駄々を捏ねるし魔理沙は泣くし、咲夜や妖夢は……はぁ……」
呟きは風に消え、霖之助まで届かない。
しかし彼女が疲れていることはよくわかった。
「なんだかよくわからないが、幻想郷まで行ってきたのかい? お疲れ様、紫」
「本当にもう、疲れたわ……。霖之助さんと一緒だって思ってなんとかやれてるけど」
そう言って、彼女は微笑む。
「ところで霖之助さんはなんで街中に……」
「あ、メリー。どしたの? よくここがわかったわね」
「……蓮子?」
ギギギ、と錆び付いたドアのような動きでメリーは首を動かす。
蓮子の持っているふたり分のコーヒーカップから、霖之助の顔へと。
「なんで?」
「なんでって……」
ただの3文字。
その疑問が、やけに怖かった。
そんなやりとりに気付かず、蓮子は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「さっき一緒に街を歩いてたんだけど、色々と目移りしてて子供みたいで可愛かったわ」
「は? 一緒に……歩い……? なんで蓮子と……? え……?」
目立たないよう服を選んでくれた。
紫の親友だから仲良くしておこうと思った。
ただそれだけである。
ただそれだけが……何故か言えない。
「見てよメリー! 霖之助君がお礼にってプレゼントしてくれたの!」
「いや、蓮子がだね……」
「よびすてとかぷれぜんととかわたしわかんないんだけど」
あくまで礼である。
善意には善意で返さなければならない。
商売の基本である。
他意はない。
……わかってくれる気配もない。
「……りんのすけさん。あとでゆっくりおはなししましょうか」
にっこりと微笑むメリーの笑顔に、霖之助は説明と、逃げ出す算段を考えていた。
コメントの投稿
No title
はじめまして、いつも楽しく拝見させていただいてます。
なにこの可愛いゆかメリー。
蓮子も背伸びしちゃってる世話焼き妹分ポジションがオイシイです。
これはぜひ連載化希望。
なにこの可愛いゆかメリー。
蓮子も背伸びしちゃってる世話焼き妹分ポジションがオイシイです。
これはぜひ連載化希望。
No title
霖之助+秘封倶楽部はもっと増えるべき。
まあ絡ませるのが難しいんですけど。
まあ絡ませるのが難しいんですけど。
No title
ヒャッハー!パルいゆかりんキタァー!こいつは病み付きになる美味しさ(ネタ的な意味で)ですぜ、旦那!
それはそれとして、蓮メリ霖はもっと増えてもイイと思います。蓮霖単体でも大好物ですが。
それはそれとして、蓮メリ霖はもっと増えてもイイと思います。蓮霖単体でも大好物ですが。