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変わらぬ言葉と寄せる想い

おこめさんのプロットより制作。

今回の霖之助は多分500歳より上。
書く話ごとに設定が変わりますが、それはそれ。
これはこれ。


霖之助 阿求









「嘘吐き」


 きっぱりと彼女は断言する。
 有無を言わさないほど、きっぱりと。


「そうかな?」
「ええ、嘘吐きですよ。
 ……変わりませんね、霖之助さん。
 何年経っても」


 そう言って、阿求はコロコロと笑う。

 ――何年経っても。
 その言葉が示すとおり、もう彼女とは長い付き合いだ。


「全く変わってないってことはないよ。
 僕は僕らしく、日々を生きてるさ」
「そうですか。
 でも……」


 二十歳を超えたあたりだろうか。

 顔つきも体つきも、少女ではなく女性と呼べるものになっていた。
 昔の面影が残っているので、見違うほど、というわけではないが。


「嘘が下手だと言われるでしょう?」
「いや、あまり……」
「また嘘ですね」


 阿求の言葉に、霖之助は口を噤んだ。

 否定してみたものの、心当たりがありすぎて困る。
 白黒の魔法使いによく言われたものだ。

 香霖は嘘が下手だな、と。


「……しかし、お茶のおかわりを断っただけで嘘つき呼ばわりはひどいんじゃないかな」
「あら、そうですか?」


 阿求は急須を持ち上げ……お湯が入ってないことに気付き、近くに置いた魔法瓶へと手を伸ばした。
 あれは霖之助が売ったものだ。
 お気に入りだったので手放したくなかったのだが……。
 半ば無理矢理持って行かれた気がする。


「普段飲めない高級なお茶なんですから。
 我慢せずにおかわりしてくれていいんですよ」


 そう言って、彼女は霖之助の湯飲みにお茶を注ぐ。

 本来稗田の当主たる彼女がやることではないが、
 彼が来る時は使用人にはさせず、いつも阿求が自ら行っていた。

 なみなみと注がれたお茶を前に、霖之助はため息を吐く。


「君は口が悪いね。
 ……そう、何年経っても」
「そうですか?
 言われたことがないですけど」
「君の耳は都合の悪いことが聞こえない構造にでもなっているのかね」


 トントン、とこめかみを押さえつつ、霖之助は瞳を閉じた。
 思い出すだけで疲れが出てくる、あの書物。


「幻想郷縁起にあんなことを書いておいて、口が悪くないなんて言えるはずがないだろうに」
「事実を書いたまでですよ」
「君の言う事実とは香霖堂をこき下ろすことかい?」
「いいえ、まさかとんでもない」


 もう何度も繰り返したやりとり。
 会うたびに決まってこの話題が出ている気がする。

 ……まさかこれが彼女の狙いだったわけでもないだろうが……。


「店の宣伝をしてくれるなら載せていい、と言ったがね。
 宣伝にもなってないしだいたいなんで英雄に……」
「あら、何ですか?
 妖怪に襲われそうな人間がいても見て見ぬふりをするとでも?」
「いや……さすがにそれはないが……」
「ほうらやっぱり英雄(笑)じゃないですか」
「いや待て、今変な装飾詞が付いただろう」


 可笑しそうに、阿求は笑った。
 前から言っていることなのだが、決着が付いたためしがない。

 ……どのみちもう出てしまった本に何を言っても仕方がないのだが。
 だが言わずにはいられないわけで。

 霖之助はため息を吐くと、諦めて湯飲みに手を伸ばした。
 そのまま一口お茶を啜る。


「うまい」


 思わず口を突いて出た言葉に、にんまりと阿求が微笑む。


「そうそう、人間も妖怪も素直が一番ですよね」


 先ほどの言葉の回答だろうか。
 まあ確かに、欲しくなかったと言えば嘘になるのだが……。


「あいにくながら素直な人間も妖怪も見たことが無くてね」
「目の前にいるじゃないですか、ほらほら」
「はぁ……素直な人間はそもそもそんなことを言わないと思うが」


 霖之助は肩を竦め、開き直るかのようにお茶を飲んだ。
 今度は正直におかわりを頼む。

 ついでに出されたこのお茶請けも、かなり上等なものだ。


「しかし、美味いな」
「とっておきですからね」


 阿求は自分の湯飲みにお茶を注ぎながら、減った茶菓子を追加する。
 一度霖之助がやろうと提案したこともあったが、にべもなく断られた。

 どうやら彼女がやりたいらしい。


「あまりの美味さに胃が驚くかもしれない」
「そうですね」


 阿求もお茶を啜り……大きく頷く。


「私もですよ」


 一瞬、考える。


「ああ、そうだったな……」


 霧雨で修行していた頃に言われたことがあった。
 質素倹約を旨とすべし。
 ハレの日とケの日が明確なのだろう。

 それに何より。
 先代……先の稗田も、同じことを言っていた。


 その考えを読んだのだろうか。
 阿求は霖之助の目を見つめ、言葉を切り出す。


「そろそろ、転生しようかと思うんですよ」
「……そう……か」


 思ったより、衝撃は少なかった。と思う。
 ……予想していたからだろうか。

 転生の準備ではなく、転生。
 つまりは……そういうことだ。


「思えばいろいろありましたからねぇ」
「そうだね」


 本当にいろいろあった。
 この数十年……いや、二十年ほどで。


「今代が一番騒がしかった気がします」
「騒がしいの意味が宴会を含めるなら、間違いなくそうだろうね」


 かつては宴会する余裕がない時期もあったのだし。
 それに宴会と言えば、人間だけでやるものだった。

 今は妖怪も加えての宴会など珍しくない。
 騒がしくもなろうというものだ。


「今代が一番異変も多かった気もしますけど」
「……そうかもしれない」


 それだけ異変解決のプロはいつでも活躍していたようにも思える。
 ただ、異変を解決する人間も増えたのでどっこいどっこいではないか。

 ふと、彼女たちのことを思い出す。
 現在進行形で騒がしい毎日を送っていることだろう。


「……次の私になったらどうなっているかわからないですがね」


 次の私。
 彼女はそう言って……息を吐き出した。

 妖怪と人間の距離はずっと近くなったし、御阿礼の子の編纂する幻想郷縁起の在り方も大きく変わってきた。

 ひょっとしたら、稗田の在り方自体も変わっていくのかもしれない。


 九代目。
 彼女はそれだけ代を重ねてきた。

 次も転生し、生まれてくるだろう。


 だが『彼女』の人生は……『阿求』としての人生はここで終わりなのだと思うと、
霖之助の脳裏に、今まで関わった阿求の先祖の顔がよぎった。

 関わって……そして、別れていった友人たち。
 これから彼女も、この中に入ることになるのだろう。


「次、か……」
「…………」


 霖之助のそんな思いが顔に出たのか、阿求の心境も相まって部屋の中に沈んだ空気が流れる。


「あ、でも」


 うって変わって、阿求が明るい声を上げる。

 空元気だろう。
 それでも、少しは場が明るくなった。


「幻想郷縁起に関わることなら多少は次の世代にも持っていけますからね。
 貴方のことは覚えておきますよ。英雄(爆笑)として」
「次からは是非別の項目を作ってくれると助かるよ」


 また要らぬ装飾詞が付いていた気がする。
 ……そんな記憶まで持って行かれたら困るわけだが。


「その時は、貴方が直接言ってください」
「いいのかい?」
「ええ。話くらいは聞いてあげますよ」


 直談判しても話を聞くだけ、らしい。
 次の幻想郷縁起も、不安で一杯だった。


「だから……」


 ふと、阿求は顔を伏せた。


「だから、変わらないでくださいね……」


 ゆっくりを顔を上げ、霖之助を見つめる。

 震える声で。
 泣きそうな……表情で。


「……そんな顔してまで、訴えることでもないだろう」
「そんな顔はお互い様です」


 どうやら自分もかなり参っていたらしい。

 霖之助は気分を切り替えるために乱暴にお茶を煽り……。
 ややあって、ようやく言葉を絞り出した。


「少し……早すぎるんじゃないのかな」
「…………」


 阿求はなにも答えない。
 じっと、霖之助の目を見つめていた。


「五年とはいわず、あと二、三年は猶予があるはずだ。
 今までと比べても……」
「……今代は、とても楽しかったですよ。
 想い出もたくさん出来て、霖之助さんがずっといて」


 本当に楽しそうに、彼女は笑う。
 昔を思い出しているのだろう。


「だから、転生するんです」
「……だから?」
「ええ。
 そう言えば説明したことありませんでしたね」


 阿求はひとつ頷くと、居住まいを正した。


「転生の儀式で閻魔様に捧げる寿命によって、次代に持ち越せるものは変わるんです。
 私はもともと普通の人の半分以上を、転生のために捧げてますから……」


 限られた時間を、さらに削ってまで。


「この想い出は、失いたくないんです」


 だから。


「例えそれが今生の別れになっても」


 阿求の瞳に、迷いはない。

 長く息を吐き……霖之助は言葉を探す。

 もう決まっているのなら。
 言うべき言葉は、別にあるはずなのだから。


「あなたらしく、生きて」
「え?」
「先代の……阿弥の言葉だよ。最期の。
 遺言、とも言うがね」


 『彼女』と過ごした時代は、いつも刺激的だった。
 ……いや、彼女というか彼女たちというか。


「全く、君にはいつも驚かされるよ。
 初めて会った時のことを、覚えてるかい?」


 だんだん記憶が蘇ってきた。

 初めて会ったのは、もう随分昔のことになる。
 三代前、つまり六代目の御阿礼の子。
 あの時は男として転生していた。


「少しは……いえ、記憶としてはほとんどありませんね」


 なにぶん昔のことですから、と彼女は言う。
 本当に覚えてないのだろう。

 霖之助は懐かしむように、ゆっくりと言葉を紡いだ、


「まあ偶然知り合った男に誘われ、ホイホイ付いていった僕も悪いんだが。
 あいつ、『この幻想郷で俺が知らないことがあってはいけないんだ!』と言って
 いきなり妖怪の山に入ったんだよ。
 ちょっかいをかけられた天狗は怒って、ふたりして命からがら逃げたものさ」
「え? そうでしたっけ」


 目を丸くした阿求に、何となく嫌な予感を覚えつつ、霖之助は聞き返す。


「……なにをそんなに驚いているんだい?」
「え? いえ、その……」


 なにやら言いにくそうにしていたが……。
 やがて観念したかのように、阿求は口を開いた。


「『私』の日記によりますと、天狗に襲われてたハーフを助けて子分にした、と……」
「…………」


 霖之助はがっくりと肩を落とす。
 言葉が出ない、とはまさにこの事だ。

 なるほど、覚えているとは言わなかったが知ってはいたのだろう。
 ……間違った情報を。

 阿求たちの態度のでかさの一端が理解できた気がした。
 もちろんそればかりではないのだろうが……。


「ごめんなさい、私、てっきり……」
「いや、いいんだ。
 悪いのは阿求じゃない。
 悪いのは……」


 この怒りをどこにぶつければいいのだろう。

 里の人間は、冥界で会ったら殴る、とでも言うのだろうが。
 しかし七代目と阿求と同一人物なわけで。


「……はぁ。
 とりあえず、次代への誤解は解いておいてくれよ」
「は、はい」


 ため息。
 まあ、そんな性格のおかげで長らく友人付き合いをしてきたわけでもあるし、感謝もしているのだ。

 腹立たしいことに変わりはないが。


「その時も看取ってくれたんですよね」
「看取ったとは少し違うがね」


 転生には時間がかかるものだ。

 何年もかけて転生の準備をし……。
 最期の半年ともなると、もうほぼに人に会うことも出来なくなる。

 そう。
 阿求も半年後には……。


「……霖之助さん?」
「忘れるな」
「はい?」


 阿求は突然の言葉に、首を傾げた。
 まさか彼女に向けて言われた言葉ではない。
 だとすれば。


「俺のことを忘れるな。
 そう言ったんだよ。最期にね」
「あはは、私らしいです」


 そして霖之助は同時に約束をした。

 百年ごとに、世界のことを伝えると。
 幻想郷から離れられない稗田に代わって、見聞きしたものを伝えると。

 ……忘れずに。


「あの頃は結界もなく、外と中の区切りも曖昧でしたからね」


 博麗大結界が出来たのはひとつ前、先代御阿礼の子の時代だった。
 ちょうど霖之助が幻想郷に来ていた時で……。

 ……いや、多分それすら計画通りだったのだろう。
 妖怪の賢者と知り合った今なら、そう考えることができる。

 それなのに。


「笑い事ではないよ」


 霖之助は盛大にため息を吐いた。
 これで何度目だろう。


「次に会った時の君が何を言ったか、覚えてて欲しいんだがね」
「次ですか? えーと、七代目ですよね」


 六代目と最期に会って、百年ちょっとのあと。


「誰だっけ、だよ。
 はるばるやってきた友人に対しての第一声がね」


 思い出し、頭が痛くなってきた。
 あの時の衝撃は計り知れない。


「僕は約束を守って会いに行ったというのに。
 ハーフだと言ったら思いだしたようだが……その理由もさっき聞いた通りなんだろう」
「さぁて、なにぶん昔のことですからねぇ」


 惚けたように、阿求が明後日の方向を見た。

 聞いた所によると、転生の儀式が遅れたせいで持ち越せたものが少なかったらしい。
 そう言えば遅刻癖があったように思う。


「閻魔様に怒られたらしいですよ。
 日記に書いてありました」
「ああ、それは僕も言われた。
 ……問題は、だよ」


 そう、問題は。


「それが僕のせいにされたことなんだが」
「はて、とんと覚えてないですねぇ。
 きっと霖之助さんと遊ぶのが楽しすぎて転生の準備をほっぽいたんじゃないですかね。
 普通の人は、私が稗田と言うだけで距離を置きますから……」


 妖怪と人間の距離がずっと遠かった頃。
 見聞きしたものを忘れない、それだけで稗田の子は奇異の視線で見られていた。

 今ではとても考えられないものだ。


「じゃあ僕のが手に入れた道具を勝手に持って行ったことは」
「さぁ、忘れました。
 うっかり壊した記憶もありません」


 彼女の言葉を言葉通りに受け取ることも出来ないだろう。
 だが同時に、それが嘘だと証明することも出来ない。


「でも食事を奢ったじゃないですか、二回ほど」
「僕は十三回奢らされた」


 ため息。
 本当に覚えてないのだろうか。
 それとも日記の……記録のたまものか。

 一度彼女の日記を見てみたいものだ。
 不可能だとは思うが。


「高級なお茶菓子をご馳走したこともありましたよね、確か」
「ああ、そうだ。
 そして……今日と同じことを言われたんだ」


 お前は嘘吐きだ、と。
 懐かしさに、胸が熱くなる。

 今のこの時代も、いつかそう思うことになると思うと……。
 また、胸が熱くなった。


「よく覚えてますね」
「僕にとってはにとっては実際に出会い、過ごし、別れた『友人』の話だからね」
「それじゃあ遺言も」
「しっかり覚えてるよ。全部ね」


 全部と言っても四人分だ。
 大したことではない。

 ……各々の時間も、わずかなものだったし。


「忘れちまえ」


 肩を竦め、口を開く。
 七代目の稗田、最期の言葉だ。


「最期にそう言われたよ。
 六代目とは正反対だ」


 阿求はじっと、霖之助の言葉に聞き入っていた。

 ……ややあって、笑みを浮かべる。


「でも、来てくれましたよね」
「ああ、上書きは受け付けてないんだ」


 霖之助は首を振った。
 そんな彼を……阿求は複雑そうな表情で見つめる。


「とはいえそれまでふたりとも男だったからね。
 女性になって驚いたよ」
「嬉しかったですか? 魅力的だったでしょう」
「どうかな」


 その自信はどこから来るのだろうか。
 ……少なくとも、阿求よりはずっとおしとやかな女性だったと思う。

 そして、身体も……。
 ずっと、弱かった。


「今までのイメージがあったからね。
 少し、近寄りがたかったよ。
 どう接していいのかわからないこともあったし」
「それでですか」


 なにやら唇を尖らせ、阿求が不満そうな声を上げる。


「……何がだい」
「来てくれた回数。いつもよりずっと少なかったですよね。
 怒ってましたよ、私」
「なんでそんなことだけ覚えてるんだ」
「日記にメモしてましたから。
 しっかりと、それはもう」
「数えてたのか……」


 比較的常識人だと思っていたのに。
 やはり稗田は稗田だったらしい。


「それにしても……」


 七代目の遺言。

 言われたときは、彼の真意がわからなかったが……。

 ひょっとしたら。
 今にして思えば……女性になった自分と、新たな関係を築いて欲しい。
 そう思っていたのかもしれない。

 確認できる術は、もう無いが。


「……そうですか、上書きはダメなんですね」


 阿求はため息を吐いた。
 そんな彼女に、霖之助は頷く。


「先代からは、あなたらしくと。
 そして今、変わらないで。
 全く、無茶ばかり言うね」
「それでも聞いてくれるのが、霖之助さんですよね」
「……善処はするよ」


 それにしても、と思う。
 転生の際、閻魔はどれだけ御阿礼の子の希望を聞いてくれるのだろうか。


「男男女女、と来て。
 次代はどっちになるのかな」
「どちらがご希望ですか?
 閻魔様にお願いしてもいいですよ」
「そうだな……」


 先代。先々代。そしてその前。
 それぞれの時代を思い出し……苦笑を浮かべる。


「どちらでも大変なことには変わりなさそうだ」


 男として、友人として馬鹿をやっていた事。
 女として、ふたり、ゆっくりとした時間を過ごせた事。

 どれも、かけがえのない時代だ。


「私は……阿求としては、女で良かった。
 そう思います」


 笑顔を浮かべる阿求から、霖之助は目を逸らすことが出来なかった。

 あの頃の彼ら彼女らを重ねて、どれだけの物を置いていくのか考えると、慣れていた筈の寂しさがぶり返してくる。

 ならば何か持たせて旅立たせるのが友人としての務めと考えるが……何も思い浮かばない。


「阿求」
「はい?」


 楽しそうに想い出を語る彼女を遮り、霖之助は口を開く。


「僕は、君に何をあげられるのかな」


 妖怪と人間のハーフ。
 外の道具を扱う古道具屋。

 そんなものは……。
 今のこの場で、何の役にも立ちはしない。


「道具は彼岸には持って行けない。
 記憶もほとんど消えてしまう。肉体も残らない。
 だったら僕は……君になにをしてあげられるのかな」


 次代のために遺言を聞く。
 それが今までやってきたことだ。

 今回もそうするつもりでいた。

 だけど。

 『今の彼女』に、自分は何が出来るだろう。

 そんなことを考え……。

 部屋に、しばしの沈黙が落ちる。


「よろしければ……」


 ゆっくりと、阿求は答えた。


「よろしければ、想い出を」
「……想い出……?」
「はい。この胸に……この身体に」


 彼女は立ち上がり、霖之助に近づく。


「私は……」


 そっと彼の胸に頭を寄せる阿求。
 彼女の表情を、霖之助は見ることが出来ない。


「女で良かった、と思います」


 その言葉が意味すること。

 霖之助は答えの代わりに、彼女の身体を強く抱きしめた。









 一年というのはあっという間である。

 短い寿命しか持たぬ人間でもそう思うのだ。
 その何倍も生きている霖之助にとっては、尚更だった。

 それでも、阿求と別れてからの一年間はずいぶん長く感じられた。
 次に会うまで百年以上待たなければいけないのかと思うと……。

 ……一日千秋とはこういうことを言うのだろう。
 それなのに。


「全く、君にはいつも驚かされるよ」
「あら、そうですか?」


 手の中に赤ん坊を抱え……阿求はたおやかに微笑んだ。
 もう見ることはないと思っていた彼女の笑顔。
 ……言いようのない感情がこみ上げてくる。


「寿命を捧げるため、転生を早めたんじゃなかったのかい」
「ああ、伸びました」


 事も無げに、彼女は言った。

 突然香霖堂に使者がやってきて、稗田の屋敷に呼び出されたのがつい先ほど。
 まさか転生の際に何か起こったのではないかと、慌てて駆けつけてみれば……。

 転生したはずの阿求がそこにいて、満面の笑みで霖之助に告げたのだった。

 子供が出来ました、と。


「知らなかったんですか?
 母は強いんですよ」


 言葉とは裏腹に、彼女の顔には疲労の色が濃い。
 だがその目は生気に満ち溢れていた。

 母。そしてこの赤子。
 間違いなく、霖之助の子供だろう。

 この銀髪と、タイミング。
 それに阿求は初めてだったわけで……。


「まさか、また君に会うことになるとはね」
「不満ですか?」
「いや、驚いただけだよ」
「私もまた霖之助さんと会うとは思いませんでした」
「不満かい?」
「いえ……嬉しいだけです」
「僕もだよ」


 言って、笑いあう。

 ……それにしても。


「教えてくれれば良かったのに。
 その、子供が出来たなら」
「驚かせたかったんです。
 その様子を見ると、大成功みたいですね」
「……はぁ……」


 確かに、ここ数年で一番驚いた気がする。

 とはいえ、それが理由のすべてではないだろう。
 体が丈夫とは言えない阿求だ。
 子供を産んで消耗した身体が、回復するのを待っていたのかもしれない。

 それにおそらく気づいたのは転生準備の最中のはずだ。

 霖之助の視線の意味を気付いてか、阿求はため息を吐いた。


「どうしても、産みたかったんです」
「……そうか」


 ならば、霖之助が何も言うことはない。


「先代の遺言も叶いましたし」
「ん? 遺言?」
「いえ、なんでもありませんよ。
 私用のやつですから」


 ようやく叶いました、と笑う阿求に、霖之助は首を傾げた。


「私は体調が回復したら、今度こそ転生に入らなければなりません。
 おそらく……この子が物心つく前に」


 それに、と付け加える。


「持って行きたい記憶が増えましたからね」


 阿求は腕の中の赤ん坊を愛おしそうに抱き直した。
 そしてゆっくりと息を吐き出す。


「あとのことは、頼みます」
「僕に、育てろと?」
「お願いできますか?」
「……最初からそのつもりで呼んだんだろう」


 まあ、それ自体は吝かではない、
 ……こちらももう、覚悟は決まっている。


「稗田の名は、継がせることが出来ませんけど……。
 でも全力でバックアップしていきます」


 人間の目で妖怪を見る立場の幻想郷縁起には関われないと、つまりはそう言うことだろう。

 それならそれで構わない。
 その仕事はあくまで阿求の……御阿礼の子の物だから。


「ですから、後日レポートを提出してくださいね。
 霖之助さんの育児日誌、楽しみにしてますから」
「なんだと」
「育てられない私に代わって……」


 ヨヨヨ、と泣き崩れる振りをする阿求。
 そんな元気があるなら大丈夫だろうに、と思う。


「やれやれ」


 とはいえ、そう言われてはやらないわけにはいかない。
 いや、レポートは書く気がないが……。

 思い出話くらいは、してあげよう。

 また会えた日に。


「稗田の素晴らしさを教え込んでくださいね!」
「それは断る」
「えー」


 首を振る霖之助に、阿求は不満そうな声を上げた。

 子供っぽいその仕草に、霖之助は苦笑を漏らす。

 ……変わらない。
 何年経っても。


「全く君は……無茶ばかり言うね」
「あら」


 彼の言葉に、阿求は首を振った。


「無茶を言うのは、まだまだこれからですよ」

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No title

稗田阿礼が一代目だから阿求は十代目じゃないかな

No title

何という素敵な阿霖。
口では皮肉を言い合いながらも、お互いの事を大切に思っている、
二人のそんな関係が何ともいえずあったかくて心惹かれます。
「知らなかったんですか? 母は強いんですよ」の台詞では、不覚にも涙腺が緩みました。
阿求と霖之助の子(クォーター? それとも霖之助からは人間部分(?)のみが
受け継がれて、普通に人間かな?)には、お母さんがいなくても幸せに育ってほしいなぁ。


それから、過去の御阿礼の子達も、みんな味があっていいですね。
阿夢さん:武勇伝自重w
阿七さん:遺言が、すごく……かっこいいです……。
阿弥さん:おしとやか、身体が弱い、会う頻度少なめ、阿求「先代の遺言」……
      むむ、私の脳内にある悲恋大好き回路が(ry

キュンときました。
俺のジャスティスが増えた瞬間でもありました。

No title

子供ができるパターンの阿霖は初めて読んだ気がします。しかしこれは…これはイイものだ…!何だかオラみなぎってきたぞぉ!!(ハッピーエンド的な意味で)

No title

キャー阿礼男サーン

霖之助のように変わらない代わらない存在はありがたいものですよ

No title

毎度、良い話ですね

No title

偶然このSSをWHITE ALBUMのPOWDER SNOW聴きながら見てたら涙が止まらなくなった、まだ止まってない

毎度素敵なSSをありがとうございます。霖之助さんが天寿を全うするころには稗田の一族はどうなっているでしょうか。
そして子供は・・・

No title

阿礼は零代目っていわれるんじゃないか

No title

まとめると…

知らない男にホイホイついていった→生まれ変わった男が子供を生んだ
こうですね!

No title

奢った回数www
イサムとガルドw

いい阿求霖でした。
プロフィール

道草

Author:道草
霖之助がメインのSSサイト。
フラグを立てる話がメインなのでお気を付けください。
同好の士は大ウェルカムだよね。
リンクはフリーですが、ご一報いただけたら喜びます。

バナーはこちら。

<wasre☆hotmail.co.jp>
メールです。ご用のある方は☆を@に変えてご利用ください。

スカイプID<michi_kusa>

ついったー。

相方の代理でアップしてます。

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