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三本の矢

『草薙の剣擬人化』の番外編かもしれない。
初めて書いた(?)霖之助のバトルもの。

エイプリルフールで嘘々話にアップしたこともありました。
スペルカードはKONさんのキャラを参考にしたり。


霖之助 早苗







 日本の神には分霊という性質がある。

 神を何分割しようと同じ性格、同じ力を持ち、無限に増やすことができる。

 すべての家庭の神棚に神が宿っているように。
 地底の烏に太陽神が宿っても、空には変わらず太陽があるように。


 新しい命を作るのは神の御業だが、新しい神を生み出すのは人間の所業なのだから。









「だからね、小さな祠でも大きな神社でも、神棚だって同じものなのよ。
 すべては飾りでしかないただの筺。
 神の宿る器さえあれば、それですべては事足りるの」


 諏訪子は喋りながら、ホワイトボードに要点を書き出していく。
 本当は黒板のほうが気分が出るらしいのだが、手が汚れるから、との理由でこちらを使用していた。


「もちろん豪華なほうが信仰は集まりやすいんだけどね。
 あと同じカタチをしていたほうがいいのも確かだよ。
 これは同じものであるという認識から根を同じくするものへの信仰に結びついて……」
「……雨、止みませんね」


 早苗はぽつりと呟いた。
 もう長いこと、地上で太陽を見ていない気がする。


「もー、お勉強の時は集中しようよー!」


 諏訪子が両腕を振り回して喚く。

 と言ってももう何度も聞く話だ。
 反復練習が基本らしいのだが、これで毎回集中しろと言うのは酷な話だろう。


「でも、お洗濯物も乾きませんし……」


 空を見る。
 奇妙な雨は、もう2週間ほど降り続いていた。


 梅雨にはいささか早い長雨は、一向に止む気配がない。
 川や作物の影響が心配だったが、不思議と問題になることはなかった。

 と言うのも、地面に落ちる前にほとんどが消えてしまうのだ。
 まるで霧のように細い雨。

 ただずっと、雨が降っていた。


「別に害はないんだからいいじゃん。
 そんなことより、次のページに行くよ」
「はい……。
 でも、諏訪子様」


 早苗は諏訪子に向き直ると、困ったように声を上げた。


「もう少し、風祝らしい勉強がしたいんですけど」
「なんで? とっても早苗らしいと思うんだけど」


 彼女の言葉に、周囲を見回す諏訪子。

 ホワイトボードにひとり掛けの机と椅子、それからノートに教科書。
 どう見ても高校、もしくは塾の風景だった。

 諏訪子はなにやら楽しそうにぺしぺしと教鞭を弄んでいる。


「それに私、どうせ勉強するならもっと実践的なのがいいんですけど。
 例えば妖怪退治とか……あと妖怪退治とか」
「もう、すぐにそればっかり。
 知識も大事だよー。
 知識だけで妖怪を退けてる店主だっているくらいなんだから」
「それって……」
「そう。よくわからない上に長い話するから、食えない奴だって思うらしいよ」


 見知った人物の話題に、早苗は思わず吹き出してしまった。
 似たような場面を何度か見たこともある。


「ちょうどいい時間だし、今日はここまでにしようか」
「わかりました。
 ありがとうございます、諏訪子様」
「ん~ん。
 これも務めだからね~」


 手早く後片付けをしながら、諏訪子は笑う。

 早苗は彼女に一礼で返すと、買い物カゴと財布を手に取った。


「じゃあ私、夕飯の買い物に行ってきますね」
「うん。
 ……あ、今日はいつもより多めに頼むよ」
「そうですか?
 わかりました、諏訪子様がそう仰るのなら」


 カエルの意匠のがま口を取り、早苗は玄関へと向かう。
 霧雨はいまだ降り続いていた。


「食えない店主、か」


 久し振りに、あの店に行ってみようか。
 早苗はそんなことを考えつつ、空へと舞い上がった。







 傘は差さなかった。
 雨は降っていたが、湿気が多いと感じるくらいで激しく濡れてしまうわけではない。

 山の天狗に聞いてみたところ、紅い霧よりマシだという。
 現実味の無い霧雨も、特に問題になるわけではないようだった。

 ……洗濯物が乾かないのは不便だが。


「……あれ、休みですか?」


 香霖堂の店先で、早苗は肩を落とした。

 なんとなく道具を見に来ただけで、絶対というわけではない。
 だが、休みとなると途端に残念に思ってしまうから不思議だ。


 あの店主はいつも店にいて、行けば会えると思っていたから余計に、である。


「う~ん、どうしようかなぁ」


 夕飯の食材片手に、早苗は首を捻った。
 しばらく待ってみたが、なかなか帰ってくる気配がない。

 仕入れだろうか。
 それとも……。


「りんのすけー」


 そんな折、元気のいい声が響いた。
 声の主……チルノは地面に突っ込むように着地すると、ようやく気付いたかのように顔を上げる。


「あ、巫女だ」
「風祝です……もうどっちでもいいですけど」


 早苗は肩を竦めた。
 とはいえこの幻想郷では巫女は特別な意味を持つようなので、悪くないのかもしれない。


「霖之助さんならいませんよ。
 留守みたいですね」
「なーんだ。
 せっかく今日も一緒に遊ぼうと思ったのにー」


 チルノは唇をとがらせ、つまらなそうに石ころを蹴飛ばした。


「今日も?
 普段も霖之助さんと遊んでるんですか?」


 彼女の言葉が気になった早苗は、思わず聞き返す。


「うん。
 最近よく遊んでくれるんだよ」
「へぇ……どうやって遊ぶんですか?」


 チルノと一緒に遊ぶ霖之助、と言う光景が想像できなかったため、早苗は重ねて疑問を返す。
 肩車とかしているのだろうか。
 それとも蘊蓄でも話しているのだろうか。
 それとも、外の世界の……。


「弾幕ごっこ」
「……え?」


 予想していなかった答えに、早苗は素っ頓狂な声を上げる。

 弾幕ごっこは少女の遊び。
 そう教えられたのは幻想郷に来てすぐのことだ。

 事実、彼がそんな遊技に興じている姿など一度も見たことがない。


「りんのすけって強いんだよ。
 最強のあたいだってほとんど勝てないんだから」


 勝てないのに最強というのも変な話だが、彼女は気にしてないようだ。
 それにしても。


「霖之助さんが……弾幕ごっこ」


 考えてみるが……やはり想像できない。


「まあいいや。
 いないんならあたいは別の子とあそぼーっと」
「あ、はい。
 さよなら、チルノ」
「じゃーねー」


 早苗はチルノを見送り……もう一度、呟いた。


「……少し、気になりますね」









 例えば。
 そう、例えばの話だ。

 同じ材質、同じ形状、そして同じ名前で作られた複製に、本物の神格を分霊したらどうなるか。

 信仰を集めた道具は、やはり神である。
 ならば同じように、無限に増やすことができるのではないか。


 例えば。
 そう、例えば。

 ヒヒイロカネで作られた霧雨の剣から。
 ヒヒイロカネで作った、霧雨の剣に。









「霖之助さん?」
「やあ、早苗か。
 来るとは思わなかったな」


 雨の中心に、彼はいた。

 湖に突き刺さったたくさんの御柱。
 その上に彼は、立っていた。

 幻想郷を覆う霧雨ではなく、本物の雨。
 何故かここだけ、雨が降っている。


「私もです。
 まさかこんな所にいるとは思いませんでしたよ。
 さんざん探してみたんですけど」
「自分の家をこんな場所、かい?」
「言葉のあやです。
 それより、来てたのなら言ってくださればよかったのに」


 幻想郷中を一通り探し回った早苗だったが、結局霖之助を見つけることは出来なかった。
 しかし疲れて家に帰ってきて、なんの気無しに神奈子に尋ねてみたところ……答えが返ってきたのである。

 あの店主なら湖にいるよ、と。


「しかし参ったな……」


 霖之助は肩を竦めた。


「なにがですか?」


 探している途中、早苗は少女たちに尋ねてみたことがある。
 ……つまり、霖之助の弾幕ごっこについて。


「君たちとは、もっと後に会うつもりだったんだ」
「……霖之助さん?」


 チルノたち妖精、それから幽霊。
 永遠亭や命蓮寺にも話を聞いてみた。

 それによると、ここ2週間くらいで霖之助は様々な少女とスペルカード戦をしていたらしい。

 幻想郷の様々な場所で。
 神社と魔法の森……それから、妖怪の山を除いて。


「君たちとは、最後に遊びたかったんだが」


 言いながら、霖之助は腰の刀に手をかけた。

 音もなく、抜き放つ。
 不思議な光を宿したその刀身がその全容を現すと局地的な雨がピタリと止んだ。


「霖之助さん」


 三度、早苗は彼の名を呼ぶ。

 彼は空を飛べたのだろうか。

 君たち、とは誰のことを指すのか。

 どうして彼が、神気にも似た力を放っているのだろうか。

 どうして……刀を自分に向けているのだろうか。


「深く考える必要はない」


 ゆっくりと、彼は首を振った。


「君は少し遊んでくれればいいだけだよ。
 スペルカードで……この剣とね」
「遊んで、ですか」


 早苗はじっと、霖之助の目を見据える。

 見たことのある光だった。
 ……この色は、よく知っている。
 何度も見てきたのだから。

 戦いたい、と言っている瞳を。


「まるで妖怪ですね」
「そうかい?
 ……まあ、この幻想郷では同じようなものだよ。
 神も、妖怪も、人さえもね」


 そのためのスペルカード。
 対等であるがための遊びだ。


「……雨、止みませんね」
「そうだね。
 しばらく止むことはないだろうね」


 早苗は霖之助の瞳をもう一度見て……ため息を吐いた。


「やっぱり、霖之助さんのせいなんですか?
 この雨は」
「そうだ、と言ったら?」
「これはもう、立派な異変です」


 異変なら解決しなくてはならない。
 巫女として。現人神として。


「そうですね、さしずめ……霧雨異変、なんていかがでしょうか」
「ふむ、なかなかだね。
 気が向いたら、僕の歴史書に記載しておくとしようか」
「……その必要はないですよ」


 早苗は御幣を取り出し、戦闘態勢を取った。

 遠慮は要らない。
 これは、異変解決なのだから。

 それに。


「異変として人の記憶に残る前に。
 今日この場で、私が解決してあげます。
 大丈夫ですよ、死にはしませんから。……たぶん」


 妖怪なら……退治しなくてはならない。


「ああ。そうこなくてはね」


 霖之助はひとつ頷くと、刀の切っ先を早苗から少しだけずらす。

 ……準備をしろ、ということなのだろう。
 早苗は目を閉じると、徐に呟いた。


「神奈子様」
「あいよ」
「諏訪子様」
「呼んだ~?」


 彼女の背後に、二柱の神が舞い降りる。


「力をお貸し下さい。
 異変を解決するための力を。
 ……では、東風谷早苗。参ります」









「ああ、私パス。
 今回は静観してる」
「ええっ」


 思いがけない返答に、駆け出そうとした早苗は思わずつんのめった。
 困ったように声の主……神奈子に視線を送る。


「相手は半分なんだからこっちも片方でいいだろ。
 それに2対2で丁度いいじゃないか」
「え? でも神奈子様……」
「まあまあ。細かいことはいいっこ無しだよ。
 どうせ今回は規格外なんだから」


 言って諏訪子はちらりと霖之助を見た。
 彼は既に構えを解いており、こちらの話が終わるのを待っているようだ。

 しっかりと文庫本を用意していたらしい。
 なにやら片手で読書を始めている。

 ……もしくは、あれが彼の集中の仕方なのか。


「神奈子、オンバシラだけ貸してよ」
「……それくらいならね」
「おっけー。じゃ、そういうことで」


 諏訪子の言葉に、神奈子は頷く。

 そしてその言葉を最後に、2柱の姿がかき消えた。
 同時に霖之助も早苗に向き直る。


「もういいかい?」
「はい……お待たせしました。
 お詫びと言っては何ですが」


 手に持った御幣を突きつける。
 宣戦布告。スペルカード戦の開始だ。


「先手は譲ります」


 霖之助と早苗の間には距離がある。

 相手の獲物は刀だ。
 ……しかし、ただの刀とも思えない。

 どのみち一足飛びに近づくことは出来ないし、
どんな行動をするにしても、おそらく抜刀状態の霖之助のほうが早い。

 それに相手の出方も手の内も不明のままだ。
 ……少しは明かしてもらってもいいだろう。


「じゃあお言葉に甘えようかな」


 霖之助はそう呟くと、手にした刀を振りかぶった。

 一閃。そしてもう一閃。
 流れるような斬撃。そして切っ先からは、いくつもの光弾が生じていた。

 一泊を置いて、次々に早苗へと飛来していく。


「飛ぶ斬撃ですか?
 すごいです、見るのは二人目ですね」
「妖夢かい?
 出来れば君より先に、彼女と戦ってみたかったが……」
「そうはいきませんよ。
 私に見つかったからにはもういろいろと最後です!」


 早苗は御札で光弾を迎撃しながら、霖之助との距離を詰めていく。

 ひとつひとつの弾幕の強度はそれほどでもない。
 ……いや、それほどでもない弾を撃っているのか。


「諏訪子様!」
「ほ~い」


 早苗の目の前、霖之助の斜線軸上に割って入るように諏訪子が現れた。
 シャボン玉のような盾を張り、光弾を受け止める。

 諏訪子に守られている間に早苗は五芒星を作り出し、射出。
 それを追いかけるように、自らも駆け出す。


「ここまで~」


 諏訪子が消えるのと同時、五芒星を盾に早苗は霖之助に肉薄する。
 御幣をかざし、振り下ろそうとして……。


「!?」


 早苗は思いきり、横に飛んだ。


「……狙ってましたね」
「読まれてたか」


 刀を振り下ろした姿勢で、霖之助が答える。

 最後に彼が放った斬撃は、易々と五芒星の盾を貫通していた。
 最初の弾幕は見せ技……囮だったのだろう。

 早苗は慎重な足取りで、やや距離を置いた。


「随分慣れてるんですね」
「おかげさまでね」


 肩を竦めて、霖之助は笑う。

 ここ2週間の練習の成果、というよりは。
 霖之助の目の前で何度もスペルカード戦をしていたことを言っているのだろう。


「弾幕ごっこは少女の遊び、じゃなかったんですか?
 その割には随分乗り気なように見えますけど」
「ああ、今でもその考えは変わってないよ。
 だから僕は……身体を貸すだけさ」


 一瞬。
 霖之助の背後に、少女の姿が見えた気がした。

 早苗が気を取られたその隙に、霖之助はスペルカードを展開する。


 ――秘剣「霧雨の剣」


 止んでいた雨が、再び降り始めた。
 霧雨が周囲を包み込んでいく。


「霖之助さんのスペルカード、ですか」


 スペルカードの宣言は成された。
 ……しかし雨が降り出しただけで、なにが変わったというわけではない。


「……!?」


 嫌な予感に、早苗は思わず飛び退いた。

 それと同時。
 先ほどまで彼女が立っていた場所めがけて、一条の雷が落ちる。


「……なるほど、そういうことですか」
「そういうことだよ」


 再び刀を構える霖之助。

 どちらの斬撃が来るか。
 いつ雷が落ちてくるか。

 ……わからない。


「ほんとに、使い手をよく表したスペルカードですね」


 だけど、だからこそ。


「……期待以上ですよ、霖之助さん」


 早苗は笑顔だった。
 楽しい、とはっきり思う。


「でも残念ですね」


 ……戦うことが。
 そして、勝つことが。


「雷の相手は、慣れてるんですよ」


 言って、早苗は走り出した。
 霖之助の斬撃、その光弾を紙一重で避ける。

 3度目。
 彼が連続して剣を振り終わったあと、構え直すまでに少しタイムラグがある。

 また罠かもしれない。
 そうでないかもしれない。

 その時はその時。
 それに弾幕ごっこは、カスってなんぼのものだ。


 ――開海「モーゼの奇跡」


 連続した斬撃、そして飛来した雷を避けると同時、早苗は空へと舞い上がった。

 目的地はすぐそこ。霖之助の頭上。
 まるで意趣返しをするかのように、早苗は自らの身体を雷のように落下させる。


「くっ……」


 踏みつける、が、手応えはない。
 避けたのだろう。だが彼を追い詰めるかのように、津波のような波動が周囲に広がる。


「……そうじゃないかと思ってたんですよ」


 防いだのだろう。霖之助は刀を構え、近くに立っていた。
 とっくに動けるはずだ。

 対して早苗は……ようやくスペルの余韻から抜け、ゆっくりと向き直る。


「この距離でも直接斬りつけて来ないなんて、その刀は飾りですか?」
「いや、この剣はこういう使い方なんだ。
 ……しかし」


 霖之助は肩を竦めた。
 呆れたような苦笑。

 だがそれでも……楽しそうだった。
 早苗と同じように。


「最初からそんな大技を狙ってくるとは思わなかったよ」
「あわよくば、そのまま勝ちを拾おうかと思ったんですが」
「そうか、残念だったね」


 剣を振り、霖之助は構え直す。
 仕切り直すかのように。


「それに直接斬りつけなくても……。
 斬ることなら、できる」


 ――歴史「八重垣剣」


 霖之助が刀を掲げると、周囲の風景が不意に揺らいだ。
 現在と過去があやふやになったような。そんな感覚。

 ……瞬間。
 虚空から飛来する影を、早苗は咄嗟に御幣で受け流す。


「……石の剣!?
 いえ、これは……」


 石剣。木剣。銅剣。鉄剣。

 様々な剣が具現化し、弾幕となって早苗に襲いかかる。


「ああ、そうだ。
 剣の歴史。
 勉強の時間だよ、早苗」
「勉強の押しつけは勘弁して欲しいところですね。
 そういうのは外で十分やってきたので……!」


 御札と五芒星、そして御幣で撃ち合い、競り合う。
 だがいくら剣を叩き落としても次々と湧いてくる上、肝心の霖之助は無傷のままだ。


「こういう時、魔理沙さんみたいな魔砲が使えれば楽なんでしょうけど……」


 残念ながら、今の自分にこれだけの標的をまとめて貫けるスペルはない。

 太刀、脇差、小太刀、大脇差、小柄、野太刀。

 早苗は身をよじり、時には御幣で防ぎ、また避けきれずに食らいながら……。
 ただひたすらに耐えていた。

 霖之助の持つ刀から次々と召喚される、剣、剣、剣。


 剣の歴史。
 剣の記憶。

 剣の眷属。



「スキマ妖怪みたいなことしますね」
「一緒にしないでくれないか」


 不満そうに呟く霖之助に、早苗は思わず笑顔を浮かべた。


「まだまだ続くよ。
 剣の歴史は人の歴史。
 ……今度店に来たらその辺を話して上げよう」
「あまり長い話は御免被りたいんですけど」
「やれやれ、向上心に欠けるね」


 早苗の言葉に、霖之助は少しだけ肩を竦める。


「それに鉄のことなら、こっちにも専門家がいます!」


 トン、と足を鳴らす。
 それが合図。

 言葉にしなくても、すべて伝わっている。


「諏訪子様!」
「はいはい~」


 現れるや否や、諏訪子は鉄の輪を次々に放り投げた。
 金属同士のぶつかり合う音が響く。

 その隙に早苗は、複雑な印を切り終わっていた。


 ――秘法「九字刺し」


 力を溜めていたのは、この時のため。
 圧倒的な効果範囲、そして持続力を誇るスペル。

 直線のみで構成された弾幕が、霖之助を完全に包囲していた。


「少々痛いかもしれませんが……これも運命、ですよね。
 私を倒すなら、ライトとかレーザーと名の付く剣で来て下さい!」
「ふむ、完全に囲まれてしまったね」


 しかし軽い口調で霖之助は応える。
 待ってましたと、言わんばかりに。


 ――護剣「草薙」


 剣の一薙ぎ。
 それだけで、彼を囲んでいた弾幕が揺らいだ。


「なっ……」
「身にかかる火の粉を払いのける」


 もう一薙ぎ。
 彼の周囲は、無風状態へと化していた。


「そういう剣だからね、これは」


 霖之助の刀に斬られた弾幕は早苗の制御を離れ、逆に牙を剥く。
 直線は歪んだ光線となり……文字通り、牙を。


「蛇……?」


 斬られた弾幕は蛇となって、早苗に向かって飛んでくる。
 それらを迎撃しながら……彼女は声を上げた。


「蛇ですよ、神奈子様」
「あ~、そうだね」


 めんどくさそうに、どこからともなく神奈子は応えた。


「蛇の剣なんですね、あれは。
 名ばかりのものと思ってましたが……」
「だとしたら、どうするんだい?」
「……どうしましょう」


 早苗は霖之助から離れるように、弾幕を展開しつつ後退する。
 あまり追ってくる気配はない。

 ……ひょっとしたら、移動は苦手なのかもしれない。

 こんなところも霖之助らしい。
 こんな状態なのに、早苗はそんなことを考えていた。


「蛇……蛇ですか。
 蛇は間に合ってるんですけどねぇ」
「で、どうやって勝つの?」
「それは今から決めます」


 言って、考える。
 こちらにも蛇はいるのだ。

 と言うか、蛇だらけだった。


「……ならば、いっそ」


 早苗は真っ直ぐに、霖之助を見つめた。

 ネコが犬に勝ったところで犬の長になれるわけではない。
 蛇を調伏するには、蛇の力が一番なのだ。


「神奈子様!
 オンバシラなら貸していただけるんですよね!」
「ああ……そうだけど」


 早苗は御幣を持つ手に力をこめ、ビシッと霖之助に向けた。


「諏訪子様、行きますよ!」
「やれやれ、今日は神遣いが荒いね~」


 諏訪子は首を振りながら……パチリ、とウィンクを決める。


「ま、私はその方が嬉しいけど。
 さぁ香霖堂、怪獣大決戦と行こうか。
 私にとっても、懐かしい戦いだからね!」
「そうかい?
 僕にとってはそうでもないが……だがこの剣は、喜んでいるようだ」


 真っ直ぐに、諏訪子が両手を広げた。
 真っ直ぐに、霖之助は切っ先を向けた。

 スペルは同時に展開される。


 ――祟り神「赤口(ミシャグチ)さま」
 ――水龍「八岐大蛇」


 蛇と蛇。
 神と神。

 雨は豪雨へと変わり、弾幕となって降り注いでいた。
 雷は武器となり、鉄を、土を吐き出す。

 大蛇の放つ衝撃波を食らい、お返しとばかりに噛みつく。絡みつく。


「あはははは! 楽しいねぇ、香霖堂!」
「ああ……そうだね。
 予想以上だ。しかし……」


 毒々しい大蛇の牙が、そこかしこで不気味な煌めきを発していた。
 複雑に絡まり合い、締め付ける。
 どこが始まりでどこが終わりなのか。
 蛇は無限の象徴、とはよく言ったものだ。


「いくら神とは言え、早苗を通してでは満足に力を振るえないんじゃないのかい?」
「いくら神剣とは言え、持ち主が未熟じゃね。
 いいハンデだよ」


 言葉とは裏腹に、しかし諏訪子の旗色が悪くなっていく。
 そんな中、早苗はじっとチャンスを窺っていた。


「雪辱を果たすには、いささか難しかったようだね。
 どうせなら本人に……」
「いや、そうでもない」


 もはや、ほとんど諏訪子に力は残されていない。
 最後の一撃を加えようとした霖之助に……しかし、彼女はニヤリと笑う。


「私たちの勝ちだよ。香霖堂」


 私たち。
 彼女はそう言った。


「その通りです。諏訪子様」


 この時を待っていた。

 諏訪子が消えるのを。
 消えそうになるほど、弱っていくのを。


 ――妖怪退治「妖力スポイラー」


 早苗の展開したスペルは、諏訪子の力を借りるのではなく、吸収していく。
 もとの力では大きすぎて……吸い込むことが、出来ないから。


「守矢の神に」


 身体中に、諏訪子の力を感じる。


「三本の矢に」


 遙か頭上に、神奈子のオンバシラを召喚。


「負けはありません!」


 諏訪子と早苗の力をすべて籠め、ただ単純に……早苗はオンバシラを振り下ろした。
 オンバシラは二柱の力を受け、巨大な蛇にへと力を変える。


 霖之助はひとつ笑うと……その蛇に、真っ向から立ち向かった。









 リィン……と澄んだ音を立て、手の中でそれは砕け落ちた。


「やれやれ、僕の負けかな」


 肩を竦める。
 ある程度予想は出来ていた。

 彼女たちの誰かに、自分は負けただろう。

 欲を言えば、もう少し後ならよかったのだが。


「先に気絶したほうが負け、じゃないのかい?」
「……だとしても、やはり僕たちの負けだよ」


 神奈子の言葉に、霖之助は苦笑しながら片手を上げた。
 刀身が綺麗に割れている。

 敗因は……。
 藪を突いて蛇を出してしまったこと、だろうか。

 まさか早苗があんな手段で来るとは思わなかった。


「すまないね」
「いや、君の協力あってのことだ。
 礼こそ言うが、謝って貰うことはなにもないよ」
「でも、貴重な金属だろう?」


 霖之助と神奈子は眼下の水面へと視線を移す。
 霧雨の剣の半分は、もう湖の底だろう。

 ……もっとも、複製ではあるが。


「あとで河童にでも頼んで回収してもらうよ。
 それに彼女も満足してたようだから……問題ないかな」


 彼女。
 ……草薙の剣。

 今頃は本来の住処に戻っていることだろう。
 いや、彼女はどちらにもいたのだから、その言い方はおかしいのかもしれない。


「どうだった?」
「悪くないね」


 剣に認められたら、あんな感じだろうか。
 今回のものは霖之助が霖之助のために作った剣なので、それに入った彼女は霖之助を認めざるをえない。
 自らの主として。

 ……今度は是非、本物の霧雨の剣に認められたいものだ。

 そんなことを考える。


「……けど、しばらくはいいかな。
 天下より……彼女たちの面倒を見ているほうが、今は楽しそうだ」
「そうかい」


 その言葉に、神奈子は肩を竦め、笑う。


「アンタが望むなら、その両方をいっぺんに叶えることだってできるのにね」
「ふむ?」


 首を傾げる。
 そんな方法があったのだろうか、と。


「例えば……守矢神社の神主になるとか」
「……ん?」


 彼女の言っている意味は、文字通りただ神主になるだけではないだろう。
 つまり……。


「……いやいや、それは僕の一存だけで決めることではないだろう」
「そうかい? 早苗もそんなに懐いてることだし、いいと思ったんだけどねぇ」


 そう言って、神奈子は早苗の顔を覗き込んだ。
 霖之助に背負わせて眠る、風祝の寝顔を。


「幸せそうな顔して寝てる」
「遊び疲れたんだろう。まるで子供だよ」
「じゃあ私らが親かい?」
「それもどうかな」


 折れた刀を仕舞うと、霖之助は早苗を背負いなおした。
 そんな様子に、神奈子は大きく頷く。


「じゃあ、ぼちぼち帰ろうか。
 諏訪子がご馳走作って待ってるはずだからね」

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No title

おいおい、いくら材料があるからって草薙作るなよw

どこぞの英霊家政婦を思い出しましたよ。
…ってか、日本神話の三霊剣って基本的にどれもスペックあり得ないよね。
いいエイプリルフールネタでした。

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