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紅茶の飲み方

霊夢に根こそぎ緑茶を奪われ、困り果てる霖之助。
そんなとき現れたのは紅魔館のメイドだった。

霖之助 咲夜









 入り口のカウベルが音を立てる。
 来客の合図――だが、霖之助は気にせず手元に集中していた。

 手元には開いた本と、ティーカップ。


「いるかしら?」
「やあ、いらっしゃい」


 霖之助は声を聞いて初めて顔を上げた。
 たちの悪い常連ならともかく、たまの上客を逃す手はない。
 もっとも、その常連のおかげで現在少々不機嫌なのだが。


「あら、紅茶かしら?」


 上客……咲夜は霖之助の手元を見て、小首を傾げる。
 霖之助は緑茶、もしくは酒というイメージが彼女の中にあるため軽く違和感を覚えた。


「ああ。霊夢に根こそぎ使える茶葉を持って行かれてしまってね」


 機嫌の悪い声で返す霖之助。
 全く、お茶が好きなのは霊夢だけではないというのに。


「それで、紅茶を?」
「こっちは無事だったのだが……。紅茶を入れるなんて久しぶりだ。良かったら君も飲むかい?」
「遠慮しておきますわ」


 咲夜は瀟洒に微笑む。
 この完璧なメイドが客としてやってきて出された物を断るとは珍しい、
と霖之助は不思議に思ったが、すぐにその疑問は氷解した。


「う……」
「不味いでしょう?」


 どうやら咲夜は見ただけでわかっていたようだ。
 霖之助は渋面を誤魔化すように紅茶を一息で呷り……楽しそうに微笑んでいる咲夜の顔を恨ましげに見つめた。


「わかっていたなら教えてくれればいいのに」
「わかっていたからこそ、ですわ。お茶のグレードはまあまあ、でも入れる人の腕が悪くては……」
「耳が痛いよ」


 やれやれ、と霖之助は手元の本を閉じた。


「なんですか? それ」
「ああ、外の世界の本さ。紅茶についていろいろ書かれてたから真似してみたんだが……」
「ちょっと失礼しますね」


 次の瞬間、本は咲夜の手元に収まっていた。
 咲夜の能力は知っているためいちいち反応しないが、内心結構驚く。


「……なるほど」
「何かわかったかい?」
「これはかなり上級者向けの本みたいね」
「上級者、か。参ったな、素人のつもりはないんだが」


 と言ってももう紅茶を飲んだことなど何十年も昔の話だ。
 素人と言われても否定は出来ない。


「それで、何かお探しかい?」
「ええ、何か面白い物でも、と思っていたのだけど」


 咲夜は言葉を切り、手元の本を差し出した。


「この本をいただくわ」
「なるほど、上級者というわけか。しかし……」
「お代は美味しい紅茶の飲み方、でどうかしら?」


 ふむ、と霖之助は出された提案について思案を巡らせる。
 確かに美味しい紅茶が飲めるならその本は必要無くなる。
 読み物としてもなかなか興味深かったのだが……似たような本ならいくつかある。
 それに、自らの趣味嗜好が増えるというのは金銭に換えられないくらいの価値がある。
 あとは……。


「条件がある」
「なにかしら?」
「僕が紅茶を入れられるようになったら、少し茶葉を分けてくれないかな?」
「あら、売るほどあるのではなくて?」
「ここは道具屋だよ。茶屋ではない。少しはあることにはあるが、品質がね……」


 嗜好品の中でも高級品というのはなかなか無縁塚に流れてこない。
 忘却とは縁遠い存在というのは素晴らしいことだが、霖之助にとっては少し困る。


「その点紅魔館の物なら安心だろう?」
「……そうね。わかりました」


 咲夜の了承に、霖之助は胸をなで下ろす。
 さすがに先ほどのような渋さの塊を飲み続けるわけにはいかない。


「では早速始めましょうか。茶葉はまだあるのでしょう?」
「ああ、あるが……。このグレードでいいのかい?」
「ええ、構いませんわ」


 咲夜はにっこりと笑って。


「どうせ何度か失敗するんですもの。それに同じ茶葉のほうが、味の違いが明確でしょう?」








 紅茶の入れ方は本で知っていたが、咲夜のやり方は少し違っていた。
 それが紅魔館式なのか彼女個人のこだわりなのかはわからなかったが。


「紅茶を入れる技術的なコツはさっき説明したとおりです。
 あとは各人の好みに合わせて、砂糖やミルク、ジャム……貴方ならお酒を数滴入れるのもありかもしれないわね」
「酒か」
「ええ、ブランデーとかが一般的かしら」


 咲夜の講習を一通り受け、霖之助は早速紅茶にチャレンジすることになった。
 量、温度、蒸らし時間……。
 咲夜曰く、時間を計るのに時計は使わないらしいが、
霖之助には出来ない芸当なので懐中時計の秒針とにらめっこすることしばし。


「よし、これでいいはず」
「……うん。最初にしてはまあまあ、ですかね。まあ、私が教えたのですから……」


 向かいのテーブルに座り、得意げな顔をする咲夜に苦笑する霖之助。

 彼女から教えて貰った『基本』を使った紅茶はできた。
 あとは霖之助の好みに合わせ、入れるたびに少しずつ変えていけばいい。
 それが出来るのも、お茶の魅力なのだから。


「じゃあ早速……」
「待って」


 カップを持とうとした手を、咲夜が止める。


「まずは視覚で、次は嗅覚で。目で紅を堪能したなら……」
「なるほど」


 霖之助は改めてカップを持ち上げ、鼻先で止めるとゆっくりと目を閉じた。
 深い紅茶の香りが鼻孔をくすぐる。
 確かに、紅茶も悪くない。


「うん……? んむっ……」
「ん……」


 いきなりカップが何者かに奪われたかと思うと、次の瞬間喉の奥を熱い液体が通り過ぎる。
 驚いて目を開けると、咲夜の長いまつげがすぐそこにあった。
 唇に感じる感触は、やはり唇。
 おまけに舌を艶めかしく絡めてくる。

 ……紅茶味のキスは、すべて彼女の唾液で洗い流されるまでたっぷりと続いた。


「ごちそうさま、でした」
「…………」


 霖之助が言葉を発するより先に、咲夜が口を開く。


「どうです? 最初に飲んだ紅茶より美味しかったでしょう?」


 悪びれもなく微笑む咲夜に、霖之助はどう返答した物かと悩み続ける。


「最後のレッスンです。紅茶の美味しい飲み方は、愛する人とともに……ですわ」


 そう言い残して、彼女は忽然といなくなった。
 あの本も一緒になくなっていたところを見ると、時間を止めて帰ったらしい。


「……参ったな……」


 霖之助はまだ感触の残る唇にティーカップを当てる。
 ……紅茶の香りとともに思い出すのは先ほどの記憶。
 まさかこれが彼女の狙いだったのだろうか……。











「…………」


 ふと、入り口に人影があることに気が付いた。
 なにやら身体をわななかせているように見えるのは……きっと気のせいだろう。

 霖之助は精一杯の笑顔を浮かべ、震える声で……。


「いらっしゃい、香霖堂へようこ……」











「ーっ……!!!」
「咲夜ー? どうしたの、帰ってくるなりベッドに潜り込んでバタバタと……」
「い、妹様!? 見ていらしたんですか?」
「うん、ちょっとパチュリーが用事があるからって……なんか顔が赤いよ?」
「なんでもありませんよ、なんでも。じゃあ私、その用事とやらに……」
「ふーん……」


 いつもと違った様子のメイドに、フランはぽつりと呟いた。


「なんだかあの店のにおいがする」
「!?」
「ねーねー、なんかあったの? なんか咲夜がいつもと違うのはそのせいなの? 何かされたの?」
「いえ、その……」
「何かされたのなら私が仕返しを……」
「いえ! これは恥ずかしいからというか嬉しいからというか……」
「嬉しい? なんで?」
「う……」

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霖之助に立派な死亡フラグが立ちました。
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