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バレンタインSS02

さすがに他のSSを書いている余裕があんまり無い。
ついでに今回は甘くない。


霖之助 幽香









 何となく、人も妖怪も浮き足立っているようだ。
 幽香はふと、そんなことを感じていた。


「バレンタイン?」
「ええ、そうです」


 冬に咲く花は少ない。
 だからこそいつもより丁寧に世話をし、愛でる。

 とはいえ冬用の花壇は小さく、丁寧にやってもすぐに世話も終わってしまう。
 手持ちぶさただった幽香はちょうどその話を聞き、興味を持った。


「なんでも、女の子が男性にチョコレートをプレゼントする日だとか。
 ちなみに気持ちが籠もってるのが本命、籠もってないのが義理だそうです」
「貰うのは男性だけなのかしら」
「貰った男性は一月後にお返しをしなければならないらしいんですが……。
 なんで女性なんでしょうね。私も早苗さんに聞いただけなのでどこまで本当かはわからないんですが」
「本当かもわからないものをこうやって広めてるのかしら」
「重要なのは本当かどうかじゃなく、楽しめるかどうか。
 そうだとは思いませんか?」


 そう言って笑う新聞記者……文の顔を、幽香はじろりと睨み付ける。
 いかにも天狗らしい物言いだ。


「それで最近、そこかしこが騒がしかったわけね」
「あやや、どうやら上手く行ってるみたいですね」


 真実を記事にするのが使命、と文は言った。

 確かにバレンタインの熱狂は真実だろう。
 彼女が記事にするのにふさわしい。

 例えそれが、用意されたものでも。


「仮にも山の神の言葉ですからね。
 天狗全員が一丸となって盛り上げている最中ですよ」
「それは盛り上げじゃなくて扇動と言うのよ」


 わざわざこうやって幽香のところにまで宣伝に来るあたり、よほどのものだ。
 ひょっとしたら、人里などは新聞の号外が撒き散らされているかも知れない。文字通り。


「チョコレートも今なら安く手に入りますよ。
 なんと言っても天狗が全面協力してますから」


 そう言えば、妖怪の山には外の世界に繋がっている穴がある、という話を聞いたことがある。
 下らない噂だと思っていたが……ひょっとしたら本当なのかも知れない。


 ……まあ、どのみち関係のないことだ。
 幽香がそう思い、話を切り上げようとすると、文は満面の笑みで言葉を放った。


「どうです、幽香さんも参加してみては?
 一応女の子なんですから」
「…………」


 無言で放った傘の一撃は、しかし空を切る。


「危ない危ない。当たったらどうするんですか」
「そうね、運が悪かったと思うわ。傘が汚れちゃうもの」
「じゃあ幽香さんは運がいいですね。
 当たるはずがないんですから」


 相変わらず、減らない口だ。
 どうしてやろうかと考えていると……文はあっさりと背中を見せた。


「では、しっかりと伝えましたよ」
「伝えられても困るんだけど」


 花の世話もあるのだし、天狗の安い挑発に乗るほど暇ではない。
 ……しかし。


「そうよね」


 花の世話が終わったら、一応暇なのだ。
 天狗の話に付き合うくらいに。


「一応女の子なのよね」









 バレンタインとは女の子が男性にチョコレートをプレゼントする日だと天狗は言った。
 つまり、参加するには相手が必要だということだ。

 幽香は長く生きているだけあって、男性の知り合いがいないわけではない。
 若き日に拳で語り合った天狗の首領や、お互いの首があと一歩で落ちるところまで競り合った鬼の長老や、刹那を読み合った冥界の剣士や……。

 もちろんそんな相手のところに乗り込んでいってもバレンタインの雰囲気が味わえるとは思えない。
 曰く、バレンタインとは甘いものらしい。

 ただ参加してみたいだけの幽香には、近くにいる手頃な男性で十分だった。


「参加するだけなら安いものよね」


 文の言う通り、人里ではそこかしこでチョコレートが売られていた。
 本命用と義理用が分けて売られている。

 ここまで大々的に売られていては、貰う方も相手の意図がバレバレだろう。
 ……もちろん、人里に住んでいるのなら、だが。

 幽香は義理用の中で一番安いやつを買った。
 土をいじっているといろいろと掘り出すことがある。
 お代はその中から適当に支払っておいた。


「あいつ、どんな顔をするかしら」


 幽香が向かっているのは、魔法の森のほど近くにある古道具屋だ。

 ここからではやや距離があるが、全く苦にならない。
 歩くのは嫌いではないし、そして何より貰った相手の反応を想像するだけで楽しかった。


「喜ぶかしらね。
 それとも……」


 買ったチョコレートは一目で義理とわかる代物だ。
 それに彼は道具の名称を知ることが出来る。
 まさに一目瞭然というやつだろう。


「がっかりするかしらね。
 それとも……」


 傘をくるくると回しながら、足取りも軽く。
 上機嫌で、どうからかうか考えながら歩く。


「驚くのかしら。
 感謝するのかしら。
 ふふ」


 あまりにも楽しかったので、彼女は考えることをしなかった。
 どうして自分が上機嫌なのかを。


「お邪魔するわよ」


 香霖堂に辿り着いた幽香は、とりとめのない思考に区切りをつけた。

 義理チョコは胸ポケットに入る大きさだ。
 いつでも取り出せるように準備をして、店内に足を踏み入れる。


「やあ、いらっしゃい。
 珍しい顔だね」
「そうかしら。
 そう言えば、この前来たのって結構前よね」
「ああ……。
 それもあるが、まさか今日君が来るとは思ってなかったからね……」
「ふぅん?
 そうそう、この前花を見てて思ったんだけど……」


 久し振りの、ただの世間話。


「それは災難だったね……相手が。
 はぁ……」
「でしょう……?」


 しかしいまいち霖之助の反応が悪いことが、妙に気に掛かった。
 ため息の回数も多いし、なんとなく、苦い顔を浮かべているようにも見える。

 どうしてだろう。
 自分は、こんなにも……楽しいのに。


「……あら? そこに置いてあるのは何かしら」
「ああ、これかい?
 君も知っているだろう。天狗が広めたバレンタインというやつでね……」


 聞きはしたが、幽香は既にその正体を知っていた。

 見覚えがある。
 幽香が買った店で、一緒に売られていたチョコレートだ。

 本命チョコ、という名の。
 大きなハート型で、見ただけでそう言うものだとわかる。

 それに彼は……道具の名称を知ることが出来るのだから。


「そ、そう……」


 霖之助の手元にあるチョコと自分の持ってきた義理チョコを比べて……幽香は何故か焦燥感を覚えていた。

 渡そうと思って、チョコレートを持ってきたのに。
 渡そうと、今まで思ってたのに。


「……へぇ、そんなことをやっていたの。
 花の世話に忙しくて知らなかったわ」


 自分が引くなどあり得ない。
 そう思っていても、口が勝手に動いていた。


 誰が渡したのか。
 どんな顔をして受け取ったのか。

 なんと言われたのか。
 何か言葉を返したのか。
 だから困っているのか

 どう返事をするのか。
 ……誰に返事をするのか。


 幽香の心を占める……焦燥感と、もうひとつの感情。
 気が付けば、ドアに手をかけていた。


「……帰るわ」
「幽香?
 そう言えば、今日はどんな用事で……」


 霖之助の言葉に答えることもなく。
 幽香は香霖堂を後にした。

 早く、ここから離れたかった。









「なによ、バカみたい」


 誰もいない道を、ひとりで歩く。


「バカみたいに困った顔浮かべて」


 今はその方が、都合がいい。


「バカみたいに照れた顔して」


 今は誰にも、顔を見られたくない。


「バカみたいに……嬉しそうにして……」


 だんだんと、幽香の声と歩幅が小さくなっていく。
 感情に任せて動かしてきた足は、やがて動かなくなってしまった。


「バカみたい……」


 胸のポケットから、チョコレートを取り出す。

 捨てようと思ったが……。
 これも植物から作られた食べ物だ。

 幽香は包みを開け、口に放り込む。
 義理チョコは一口でなくなってしまった。

 こんな小さなものを、どうして渡せなかったのか。
 どうして……。


「変な味。
 ……甘くて、しょっぱいわ」


 どうして夕陽がこんなに滲んでいるのか。
 幽香はどうしても、わからなかった。

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ゆ~かり~ん!!
俺にプリーw(フラワースパーク!)ピチューン
ちょっともらい泣きしそうでした
こんな幽香もいいもんです
あと幽香が妖忌にチョコを恥じらいながら渡してしまうのを想像できちゃった俺はダメな子www
by読む程度の能力
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道草

Author:道草
霖之助がメインのSSサイト。
フラグを立てる話がメインなのでお気を付けください。
同好の士は大ウェルカムだよね。
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