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カラオケシリーズ09

霖之助と紫がイヤホンで第九を聴くSSが大好きなので思わず。


霖之助 紫








 珍しく、彼女は不機嫌だった。

 その表情は、いつもの超然とした胡散臭い笑みではない。
 不機嫌を描いたような目は半眼で、不満を飲み込んだような唇はへの字に結ばれている。

 だから、だろうか。
 なんだかとても、親しみやすく感じていた。


「君もそんな顔をするんだな」
「そんな顔ってどんなのかしら?」
「今のような、ね。
 何か怒るようなことでもあったのかい?」
「私、怒ってるかしら」


 先ほどの表情は無意識だったのだろうか。
 彼女は自分の顔に手を当て、首を傾げる。


「怒るときはいつも笑顔だと、君の式から聞いていたものでね。
 少し意外に思っただけだよ」
「……その話、いつどこでどんな風にどんな流れで出てきたのかとても興味がありますわ。
 帰ったらじっくりたっぷり聞き出すことにしようかしら」
「いや、酒の席でちょっとね……。
 彼女も本心じゃないと思うよ」
「うふふ、そういうことにしておきましょうか。
 ところで私、その『酒の席』に覚えがないのだけど。
 一体いつのことなのかしらね」


 ……なるほど、笑顔だ。

 霖之助は背筋の寒さと……。
 上客のひとりの身の安全を憂い、黙祷を捧げた、


「話が脱線してしまったね。
 単に君ほどの人物がそれほど不機嫌になる理由。
 それに興味が湧いただけなんだ。
 もし立ち入った話なら……」
「別に大したことじゃないわ。
 少し夢見が悪かっただけよ」


 少女は気怠そうに手を振り、ため息を吐く。
 しかし彼女の言葉に、霖之助は驚いていた。


「妖怪の賢者でも夢を見るんだね、紫」
「あら、私をなんだと思ってるのかしら、霖之助さん」


 なんだと聞かれても、妖怪の賢者と思っているのだが。

 夢、と聞いてふと霖之助は疑問を浮かべる。
 彼女は冬の間、冬眠していると聞いていた。

 しかし間欠泉が吹き出したときに起こった異変は寒い季節だったが、
紫は起きていたと言うし……必ずしもその通りでもないのだろう。


「なんだか寝てる間に大事なものを盗られちゃう、そんな夢。
 そう言えばなんで冬眠してるんだろうって思ったら、すこしね」


 そして紫は扇で口元を隠し、可愛らしい声を上げた。
 あくびだろうか。なんだか随分眠そうだ。


「せっかく気持ちよく寝てたのにそれで目が醒めちゃって。
 仕方がないから、気分転換に散歩でもと思ったのよ」
「散歩、か。
 その割にはスキマで移動しているようだが」
「細かいことは気にしないの。
 ついでに、寝直すためのお供を買いに、ね」
「ああ、お客様なら歓迎するよ」
「相変わらず現金な人」


 紫は苦笑しながらため息を吐いた。
 結局冬眠はするらしい。


「でも霖之助さんの顔見てたら、どうでもよくなってきたわ。
 なんだかいい夢も見られそう」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてるのに……」


 やや不満そうな表情の紫だったが、特に気にしてはいないようだ。
 これもいつものこと。
 そしていつものように、商品の物色を開始する。

 歌を、口ずさみながら。


「あなたと出会った、あの頃のわたしは
 あなたのいちばん、きらいなタイプだった」


 紫の歌声が、店内に流れて溶ける。
 機嫌が直ったというのは本当のようだ。

 霖之助はひとつ笑うと、紫が選び終わるまで待とうと手元の本に視線を落とした。


「いつでもわたしを、無視してたあなたは
 話の合わない、ヤボったい男だったわ……」


 ……何故だか、紫の歌う相手にすごく共感できた。
 理由はわからないのだが。全く。


「ああ、熱い恋に予感なんてない
 少しずつ、少しずつ、ふたり、変わった」


 楽しげな紫の声は、霖之助の心に深く染み渡る。
 まるで、彼女がそう望んでいるかのように。


「桜が散るころに、偶然会いましょう。
 見馴れない服を着て、他人の顔をして」


 どさり、という音を立て、紫は商品をカウンターの上に置いた。
 あまりの量に、思わず霖之助は眉根を寄せる。


「じゃあ、これ全部いただけるかしら」
「……これが冬眠の準備かい?
 随分と……」
「うふふ、オンナにはいろいろと必要なんですのよ」
「必要と言ってもね」


 紫が持ってきたものはCDや漫画に小説、学術書。
 果てはゲームソフトに缶詰やお菓子まで。

 まるで……。


「まるで布団の中で暇を潰すための買い物だね」
「あら、よくわかったわね。
 眠くなるまでゴロゴロしているのって最高の贅沢だと思わない?」


 その意見には同意できる。
 できるのだが……していいものか、頭を悩ませた。


「冗談よ。
 私が眠ってる間暇だろうと思って、藍のためにね」


 そう言って彼女は笑う。
 いつもの笑顔。いつもの胡散臭い笑みで。

 どっちが本当のことだろうか。
 どちらも正解のようで、どちらも違うようにも思える。

 ……そう迷っている霖之助の耳に、なにやら触れる感触があった。


「対価はこれでいいかしら?」
「これは……」


 霖之助の耳に付いているのはイヤホン。
 用途は音楽を聴くためのもの。

 目の前に、いつだったか紫が持って行った白い箱があった。


「この道具の使い方と一緒にね。
 冬の間、貸しておくことにします」
「レンタルかい?
 元々僕のものだったはずだが」
「あら、あなたが持ってるだけでは使えないでしょう?
 霖之助さんにお似合いの曲も入れてきたし、破格だと思うけど」


 紫は問いかけるように、小首を傾げる。
 霖之助は渋い顔を浮かべていたが……答えはすでに決まっていた。


「バッテリーが切れたら藍を呼べば充電するよう言っておきますわ。
 しばらく会えないかもしれないけど、私だと思って」


 相変わらず、どこまでが本気かわからない。

 そして紫がリモコンを操ると、イヤホンから音楽が流れてきた。
 ……なるほど、そうやって使うものらしい。


「これは……第九じゃないか」


 霖之助の耳に届いたのは、第九の旋律。

 幻想郷が結界で覆われる前に聞いたことがあった。
 懐かしさに、思わず驚きの表情を浮かべる。


「こんな小さな箱でも、楽しむには十分に過ぎるわ」


 一通りの操作法を見せたあと、紫はそっと口を開く。


「だから……箱の中でもいいじゃない。
 外に出なくても……貴方は……」


 紫の呟きは音楽に遮られ、霖之助には届かなかった。


「何か言ったかい?」
「ええ。お代はこれでよろしいかしら? と尋ねたの」
「ああ、構わないよ。
 レンタルというのが少し残念だがね」
「なら、差し上げたくなるくらい魅力的な商品を用意することね。
 もっとも、その場合電力は別料金ですけど」
「やれやれ、それではかえって高く付きそうだよ」


 霖之助はため息を吐くと、イヤホンに手を添えた。
 なるほど……これは確かにいい道具だ。

 子供のように目を輝かせる彼を見つめながら、紫は商品をスキマに詰め始める。


「もう一度はじまる、いつだって戻れる
 長い時間をかけた、最高の恋だもの」


 イヤホンを弄る霖之助の指に、紫はそっと手を添えた。


「長い時間をかけた……本当の恋だもの」

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No title

霖之助と紫がイヤホンで第九を聴くSSといったらseiさんのですかね
そういえば最近seiさん更新されていませんね
お身体は大丈夫なんでしょうか
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