さくら、さくら
カラオケシリーズとは幽々子様の性格が違いすぎる気がするがそれはそれ、これはこれということでひとつ。
原作登場時の涙目の妖夢が可愛すぎて辛い。
霖之助 妖夢
ガチャガチャとドアノブを回す音が聞こえてきた。
続いて、ドンドンとドアを叩く音。
「……ああ、開いてなかったのか。
忘れていた」
そこでようやく霖之助は顔を上げた。
今日は起きてすぐ、ストーブをつけて読書に没頭していた。
店番のついで……のはずだったのだが。
どうやら玄関の鍵を開け忘れていたらしい。
「これではどっちがついでじゃわからないな」
ひょっとしたら今まで何度か同じことがあったのかもしれない。
ただ、お客がひとりも来なかったから気付かなかっただけで。
「霖之助さぁ~ん……開けてくださぁ~いぃ……」
未だに鳴り続いているノックの音とともに、外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
中に霖之助がいることは、気付いているのだろう。
ストーブの光が見えたのか、それとも暖かい空気が流れているのか。
「やれやれ」
霖之助はようやく腰を上げ、玄関へと移動する。
鍵と扉を開けると、涙目で身体を震わせる少女が霖之助を見上げてきた。
「留守という可能性は考えなかったのかい?」
「だって、窓から見えましたから……」
答えは単純だった。
なるほど、それなら間違いない。
「さ、寒いです……」
少女の頭に雪が乗っている。
よほど長い時間外にいたのだろう。
……香霖堂の前に、ではないはずだ。
そんなに待たせた覚えはない。
読書をしていて気付かなかった……わけではないだろう。きっと。
最初の時のように、屋根から雪が落ちてきたわけでもない。
それならやはり、彼女の身体ごと雪に埋まってしまうはずだ。
見ると、空から白いものがちらほらと舞い降りていた。
魔法の森周辺も、もうすっかり一面の銀世界だ。
しかしやはり外は寒い。あまり長居すると風邪を引いてしまいそうだ。
そんな彼以上に寒そうにしている少女に、霖之助はあえて丁寧に尋ねる。
「いらっしゃいませ、お客様?」
「うー、あの、お客……というわけでは……その……」
「ふむ、ここは道具屋だからね。
最初から客ではない者を入れるのも……」
開けたままの扉にかけた手に、力を込める霖之助。
その様子を見て、彼女は慌てて口を開く。
「あ、あの! 今日は霖之助さんに教えて貰いたいことがあって来たんです」
「教えて貰いたいこと?」
扉を閉めようとした手の動きが止まり、少女は安堵の表情を浮かべた。
「よくわからないが、そう言うことなら中にお入り。
このまま扉を開けているとせっかくの熱が逃げてしまうからね」
「霖之助さんが入れてくれなかったんじゃないですか……」
「何か言ったかい? 妖夢」
「いいえ、なんでもありません」
霖之助の言葉に、慌てて首を振る妖夢。
彼に続いて、店内に入ろうとしたところで……。
「わわっ」
「妖夢?」
何かに躓いたように、バランスを崩す。
咄嗟に支えようと振り向いた霖之助の腰あたりに抱きつくようにしてしがみつき、なんとか転倒は免れた。
「寒くて身体が動きませぇん……」
「やれやれ、それでも剣士かい?」
肩を竦める霖之助。
だが確かに、触れた彼女の身体は小刻みに震えていた。
これほどになるまで外にいたとなると、よほど大事な用事だったのだろう。
「もう数メートルもすればストーブだ。
それまで頑張るといい」
「でも、ここでも十分温かいです……」
妖夢の声は小さく、霖之助には聞き取ることが出来なかったが……
彼女が自分から動く気がないことだけはわかった。
「仕方ないな」
放っておいてもいいのだが、このままでは自分も寒い。
霖之助は妖夢をくっつけたまま……半ば抱き上げるような形で、ストーブのそばへと移動する。
「外に出たせいで僕まで冷えてしまったからね。
運賃はサービスにしておくよ。
……それで、ここに来た理由を聞こうか」
「あ、はい……それなんですけど」
なぜか残念そうな表情を浮かべながら、妖夢は霖之助の隣でストーブに当たり始めた。
「さくらを探してるんです」
「さくら? さくらというと……」
「はい、えっと、多分……」
「この時期にかい?」
「なんでこの時期なんでしょうねぇ……」
自分が言った言葉なのに、しかし妖夢は自信なさげだった。
「あのですね、幽々子さまが昨日」
そこで妖夢は言葉を切った。
居住まいを正し、咳払いひとつ。
「妖夢~、さくらを楽しみたいわ~」
「なるほど……まったく似てないが原因はわかった」
「……すみません」
顔を真っ赤に染め、俯く妖夢。
照れるくらいならやらなければいいのにと思うが……誤解無く伝えようとしたのだろう。
努力だけは評価できる。
努力だけは。
「しかしなかなか風流な事を言うね、君の主は」
「何が風流ですか!」
妖夢は怒ったように声を上げた。
頭に乗っていた雪が溶け、滴となって飛散する。
ストーブにかかったそれは、一瞬で湯気となり、見えなくなった。
「幻想郷を中を探し回りましたけど、どこにもさくらなんて無かったですよ!
冬になったばかりで、また春を集めることも出来ませんし……」
それに寒いですし……と呟き、彼女はストーブに一歩近づいた。
最後の言葉が一番の理由だろう。
主人が無茶を言うのには、もう慣れているはずだから。
「ちなみにどんなところを探してきたんだい?」
「え? ええ、無縁塚の桜の木とか、人里で誰か持ってないかとか。
さっきここの家の裏も見せてもらいましたけど……。
やっぱりどこも咲いてないです」
言って、妖夢はがっくりとうなだれた。
「それで、霖之助さんなら何かいい答えを知ってるんじゃないかと思って……」
「なるほどね」
霖之助はそんな彼女の頭に手を置き、軽く撫でる。
つまり回答に行き詰まり、ここにやってきたと言うことらしい。
努力したあとに頼られるのは、悪い気がしない。
最初から答えを求めてここに来ていたら、放り出していたかもしれないが。
「君の主は、さくらを、と言ったんだろう?」
「ええ、そうです。
その……さっき言ったとおりに……」
「まあ、ものまねはともかく……。
いや、ものまねと言えば見立てというものがある。
この場合同じさくらでも、まったく別のものを指しているわけだね」
「別のもの……ですか」
首を傾げる妖夢に、霖之助はひとつ頷いた。
ストーブの上に乗せておいたヤカンを持ち上げ、ポットにお湯を注ぐ。そこから急須へ。
移し替えるのは一度。熱めのお茶の方がいいだろう。
湯飲みを受け取った妖夢は、息を吹きかけながら口をつけた。
「そう、例えばさくら肉。
これは馬肉のことだが、切り口がさくらに似てたり、色がさくら色だったりすることからこの名が付いたわけだね」
「聞いたことはありますけど……」
霖之助の言葉に、しかし妖夢は首を振る。
「幻想郷で馬肉なんて手に入らないんじゃないでしょうか」
「大事なのはその考え方だよ。
つまり何が何でもさくらの木を探す必要はないのさ」
「……なるほど」
う~ん、となにやら妖夢は考え込んでいた。
まあ、そんなにすぐにさくらの代用品が出てくるわけもないだろう。
「妖夢、君がさくらと言われて思いつくものはなんだい?」
「えっと……さくらですよね。
幽々子様、でしょうか」
「なるほどね」
冥界のお嬢様と、何度か霖之助も会ったことがある。
確かに彼女の言うとおり、さくらのイメージを持った女性だった。
幽玄で、どこか儚い。
そして何より、美しい。
「……霖之助さん?」
「ん? 何か言ったかい?」
「いえ……なんでもないです」
妖夢は何か言いたそうにしていたが……結局、彼女は何も言わなかった。
代わりに、先ほどの答えについて頭を捻る。
「君がさくらと言われて主人を想像するなら、それでいいんだよ」
「どういうことですか?
まさか幽々子様をもうひとり用意するわけにもいきませんし……」
「いや、そうじゃない」
妖夢の答えに苦笑を浮かべながら、霖之助は言葉を続けた。
「君の主人の好きなものを用意すればいいんだと思う。
つまり君の主人が望んでいるのは、『妖夢が想像するさくら』を楽しみたいと……僕はそう思ってるね」
「そうなんですか……なるほど。
私のイメージするさくらかぁ……」
妖夢がどんな回答を選ぶのか興味はあったが……あとは彼女自身の問題だ。
霖之助はひとつ微笑むと、カウンターにある自分の席へと歩みを進めた。
「ありがとうございます、霖之助さん。
でも……」
「でも?」
予想外の言葉に、霖之助は歩を止め、振り返る。
「さくらを楽しみたいと言うお嬢様に、お嬢様の好きなものをそのままお出ししてもいつもと変わらない気がします」
「そのいつもを望んでいるんじゃないかな?」
「そうだとしても……やっぱり言われた以上、何か見つけたいです。せっかく来たんですし」
「ほう、ではどうするんだい?」
「それは……」
そこで妖夢はまた考え込んだ。
その様子に、霖之助は内心驚きと、嬉しさを感じていた。
妖夢も少しは成長したのかもしれない。
喜ばしくもあり、少しだけ寂しいような……不思議な気分だ。
「う~ん……」
「とりあえず、思いついたのから言ってみるといい。
僕に出来ることなら、手伝ってあげるよ」
悩む妖夢に声をかける。
単純に興味本位だったのだが、彼女はまるで天啓を受けたかのように表情を輝かせた。
「そうですか?
じゃあ、ひとつお願いがあるんですけど……」
「あら、おいしい」
「これはチェリーブロッサムと言ってね。
外の世界のカクテルなんだ。
チェリーブロッサムとは即ちさくらのことで……」
霖之助はシェーカーを振りながら、幽々子に説明していた。
そう言えば、随分前だが本を参考にカクテル作りにハマっていたとき、妖夢に一度呑ませたことがある。
彼女はそれを覚えていたのだろう。
香霖堂の内装は、シックな風景に改装されていた。
バーをイメージしているらしい。
設置と後片付けの両方を妖夢がやることを条件に、霖之助は幽々子のもてなしの手伝いをすることになった。
材料費は冥界のお嬢様が出してくれるようだし、たまには違った趣向も悪くない。
「なるほど、確かにさくらだわ」
「お気に召したかい?」
「ええ。とっても。
これを妖夢が?」
「ああ。どうやら君に褒めてもらいたいらしくてね。
随分頑張ってさくらを探していたよ」
「あらあら、そうなの」
文句を言っていたことは……あえて言わないでおく。
さすがにそこまで野暮ではない。
「それで、このアイデアはあなたが妖夢に教えてあげたのかしら?」
「僕がしたのはヒントをあげたことくらいさ。
それと、さくらに関連する酒を用意することかな」
「あら、お酒はお任せなのね」
「まあね。
そして料理は……」
霖之助の言葉に応えるかのように、キッチンから足音が近づいてきた。
「お待たせしました~」
両手にお盆を抱えた妖夢の服装は、いわゆるメイド服というやつだ。
紅魔館のメイド長が着ているものに似ているが、背丈が違うので妖夢に合ったものを霖之助が仕立て直した。
普段慣れない服なので転ばないかと心配だったが……さすが剣士というか、足運びに迷いがない。
「カクテルに合う料理……です。
と言っても、初めて作る料理ばかりですから、お味のほうはお気に召すか……」
「大丈夫よ。妖夢が私のために作ってくれたんですもの」
そう言って、幽々子は霖之助と妖夢を見比べた。
こうやって並んでいると、なかなか様になっている。
「今夜はふたりの初めての共同作業かしら」
「いいや、僕はあくまで裏方だからね。
妖夢がメインだよ」
「ふぇ?
で、でもでも、私ひとりじゃ……」
慌てる妖夢に、幽々子は微笑みを浮かべる。
「まだまだ料理もお酒もたくさん出てくるのかしら?」
「はい、もちろんです!」
「そう、じゃあある程度並べ終わったらみんなで一緒に楽しみましょうね」
「え? でも、今日は幽々子様を……」
「妖夢、せっかくの好意だ。
素直に受けるといい」
「……はい!」
そう言って、妖夢は嬉しそうにキッチンに向かった。
次の料理を取りに行ったのだろう。
妖夢が選んだのは、さくらに関係するお酒を……頬がさくら色になるまで、楽しんでもらうこと。
周りの人間も一緒なら、より一層楽しめる。
つまりはまあ、そう言うことだろう。
幽々子の反応を見るに、どうやら正解のようだ。
「妖夢は最後に、あなたのところに来たのね」
「……ああ」
妖夢の背中を見送って、幽々子が口を開いた。
「だとすると、あなたに褒めてもらいたかったのかしら。
自分でさくらを見つけて」
「僕にかい? いや……」
「うふふ、照れてる?」
「……そんなことはない」
仏頂面で応える霖之助に、やはり幽々子は笑顔だった。
彼は知らないはずだ。
妖夢は出かける前に、誰かに手伝って貰っていいですか? と尋ねたことを。
つまり最初から誰かのところに行くつもりで……。
「季節外れのさくらを私より先に楽しみたかったのかしら。
うふふ、妬けちゃうわね」
「何を言っているんだ、君は」
「ん~ん。なんでもないわよ。
……ねえ、霖之助さん」
幽々子はじっと、霖之助の瞳を見つめた。
酒のせいか……熱く、潤んだ瞳。
「あの子のこと好き?」
「……少なくとも嫌いではないよ。
成長していく姿を見ると、楽しくもあり……寂しくもあるね」
「あらあら、ダメよ~。その役割はわたしのなんだから。
……妖夢は娘みたいなものだから」
幽々子はそっと、グラスを傾ける。
チェリーブロッサムは飲み口は甘いが強い酒だ。
……もっとも、一杯や二杯でどうにかなる人物でもないだろうが……。
「私は、亡霊だから」
つい本心を話してしまうには、十分かもしれない。
「ねえ、霖之助さん」
亡霊は温かい。
しかしいくら温かくても……命の温かさではない。
新しい物を作り出すことは出来ない。
だから。
「いつか私に、孫を抱かせてくれるかしら……」
原作登場時の涙目の妖夢が可愛すぎて辛い。
霖之助 妖夢
ガチャガチャとドアノブを回す音が聞こえてきた。
続いて、ドンドンとドアを叩く音。
「……ああ、開いてなかったのか。
忘れていた」
そこでようやく霖之助は顔を上げた。
今日は起きてすぐ、ストーブをつけて読書に没頭していた。
店番のついで……のはずだったのだが。
どうやら玄関の鍵を開け忘れていたらしい。
「これではどっちがついでじゃわからないな」
ひょっとしたら今まで何度か同じことがあったのかもしれない。
ただ、お客がひとりも来なかったから気付かなかっただけで。
「霖之助さぁ~ん……開けてくださぁ~いぃ……」
未だに鳴り続いているノックの音とともに、外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
中に霖之助がいることは、気付いているのだろう。
ストーブの光が見えたのか、それとも暖かい空気が流れているのか。
「やれやれ」
霖之助はようやく腰を上げ、玄関へと移動する。
鍵と扉を開けると、涙目で身体を震わせる少女が霖之助を見上げてきた。
「留守という可能性は考えなかったのかい?」
「だって、窓から見えましたから……」
答えは単純だった。
なるほど、それなら間違いない。
「さ、寒いです……」
少女の頭に雪が乗っている。
よほど長い時間外にいたのだろう。
……香霖堂の前に、ではないはずだ。
そんなに待たせた覚えはない。
読書をしていて気付かなかった……わけではないだろう。きっと。
最初の時のように、屋根から雪が落ちてきたわけでもない。
それならやはり、彼女の身体ごと雪に埋まってしまうはずだ。
見ると、空から白いものがちらほらと舞い降りていた。
魔法の森周辺も、もうすっかり一面の銀世界だ。
しかしやはり外は寒い。あまり長居すると風邪を引いてしまいそうだ。
そんな彼以上に寒そうにしている少女に、霖之助はあえて丁寧に尋ねる。
「いらっしゃいませ、お客様?」
「うー、あの、お客……というわけでは……その……」
「ふむ、ここは道具屋だからね。
最初から客ではない者を入れるのも……」
開けたままの扉にかけた手に、力を込める霖之助。
その様子を見て、彼女は慌てて口を開く。
「あ、あの! 今日は霖之助さんに教えて貰いたいことがあって来たんです」
「教えて貰いたいこと?」
扉を閉めようとした手の動きが止まり、少女は安堵の表情を浮かべた。
「よくわからないが、そう言うことなら中にお入り。
このまま扉を開けているとせっかくの熱が逃げてしまうからね」
「霖之助さんが入れてくれなかったんじゃないですか……」
「何か言ったかい? 妖夢」
「いいえ、なんでもありません」
霖之助の言葉に、慌てて首を振る妖夢。
彼に続いて、店内に入ろうとしたところで……。
「わわっ」
「妖夢?」
何かに躓いたように、バランスを崩す。
咄嗟に支えようと振り向いた霖之助の腰あたりに抱きつくようにしてしがみつき、なんとか転倒は免れた。
「寒くて身体が動きませぇん……」
「やれやれ、それでも剣士かい?」
肩を竦める霖之助。
だが確かに、触れた彼女の身体は小刻みに震えていた。
これほどになるまで外にいたとなると、よほど大事な用事だったのだろう。
「もう数メートルもすればストーブだ。
それまで頑張るといい」
「でも、ここでも十分温かいです……」
妖夢の声は小さく、霖之助には聞き取ることが出来なかったが……
彼女が自分から動く気がないことだけはわかった。
「仕方ないな」
放っておいてもいいのだが、このままでは自分も寒い。
霖之助は妖夢をくっつけたまま……半ば抱き上げるような形で、ストーブのそばへと移動する。
「外に出たせいで僕まで冷えてしまったからね。
運賃はサービスにしておくよ。
……それで、ここに来た理由を聞こうか」
「あ、はい……それなんですけど」
なぜか残念そうな表情を浮かべながら、妖夢は霖之助の隣でストーブに当たり始めた。
「さくらを探してるんです」
「さくら? さくらというと……」
「はい、えっと、多分……」
「この時期にかい?」
「なんでこの時期なんでしょうねぇ……」
自分が言った言葉なのに、しかし妖夢は自信なさげだった。
「あのですね、幽々子さまが昨日」
そこで妖夢は言葉を切った。
居住まいを正し、咳払いひとつ。
「妖夢~、さくらを楽しみたいわ~」
「なるほど……まったく似てないが原因はわかった」
「……すみません」
顔を真っ赤に染め、俯く妖夢。
照れるくらいならやらなければいいのにと思うが……誤解無く伝えようとしたのだろう。
努力だけは評価できる。
努力だけは。
「しかしなかなか風流な事を言うね、君の主は」
「何が風流ですか!」
妖夢は怒ったように声を上げた。
頭に乗っていた雪が溶け、滴となって飛散する。
ストーブにかかったそれは、一瞬で湯気となり、見えなくなった。
「幻想郷を中を探し回りましたけど、どこにもさくらなんて無かったですよ!
冬になったばかりで、また春を集めることも出来ませんし……」
それに寒いですし……と呟き、彼女はストーブに一歩近づいた。
最後の言葉が一番の理由だろう。
主人が無茶を言うのには、もう慣れているはずだから。
「ちなみにどんなところを探してきたんだい?」
「え? ええ、無縁塚の桜の木とか、人里で誰か持ってないかとか。
さっきここの家の裏も見せてもらいましたけど……。
やっぱりどこも咲いてないです」
言って、妖夢はがっくりとうなだれた。
「それで、霖之助さんなら何かいい答えを知ってるんじゃないかと思って……」
「なるほどね」
霖之助はそんな彼女の頭に手を置き、軽く撫でる。
つまり回答に行き詰まり、ここにやってきたと言うことらしい。
努力したあとに頼られるのは、悪い気がしない。
最初から答えを求めてここに来ていたら、放り出していたかもしれないが。
「君の主は、さくらを、と言ったんだろう?」
「ええ、そうです。
その……さっき言ったとおりに……」
「まあ、ものまねはともかく……。
いや、ものまねと言えば見立てというものがある。
この場合同じさくらでも、まったく別のものを指しているわけだね」
「別のもの……ですか」
首を傾げる妖夢に、霖之助はひとつ頷いた。
ストーブの上に乗せておいたヤカンを持ち上げ、ポットにお湯を注ぐ。そこから急須へ。
移し替えるのは一度。熱めのお茶の方がいいだろう。
湯飲みを受け取った妖夢は、息を吹きかけながら口をつけた。
「そう、例えばさくら肉。
これは馬肉のことだが、切り口がさくらに似てたり、色がさくら色だったりすることからこの名が付いたわけだね」
「聞いたことはありますけど……」
霖之助の言葉に、しかし妖夢は首を振る。
「幻想郷で馬肉なんて手に入らないんじゃないでしょうか」
「大事なのはその考え方だよ。
つまり何が何でもさくらの木を探す必要はないのさ」
「……なるほど」
う~ん、となにやら妖夢は考え込んでいた。
まあ、そんなにすぐにさくらの代用品が出てくるわけもないだろう。
「妖夢、君がさくらと言われて思いつくものはなんだい?」
「えっと……さくらですよね。
幽々子様、でしょうか」
「なるほどね」
冥界のお嬢様と、何度か霖之助も会ったことがある。
確かに彼女の言うとおり、さくらのイメージを持った女性だった。
幽玄で、どこか儚い。
そして何より、美しい。
「……霖之助さん?」
「ん? 何か言ったかい?」
「いえ……なんでもないです」
妖夢は何か言いたそうにしていたが……結局、彼女は何も言わなかった。
代わりに、先ほどの答えについて頭を捻る。
「君がさくらと言われて主人を想像するなら、それでいいんだよ」
「どういうことですか?
まさか幽々子様をもうひとり用意するわけにもいきませんし……」
「いや、そうじゃない」
妖夢の答えに苦笑を浮かべながら、霖之助は言葉を続けた。
「君の主人の好きなものを用意すればいいんだと思う。
つまり君の主人が望んでいるのは、『妖夢が想像するさくら』を楽しみたいと……僕はそう思ってるね」
「そうなんですか……なるほど。
私のイメージするさくらかぁ……」
妖夢がどんな回答を選ぶのか興味はあったが……あとは彼女自身の問題だ。
霖之助はひとつ微笑むと、カウンターにある自分の席へと歩みを進めた。
「ありがとうございます、霖之助さん。
でも……」
「でも?」
予想外の言葉に、霖之助は歩を止め、振り返る。
「さくらを楽しみたいと言うお嬢様に、お嬢様の好きなものをそのままお出ししてもいつもと変わらない気がします」
「そのいつもを望んでいるんじゃないかな?」
「そうだとしても……やっぱり言われた以上、何か見つけたいです。せっかく来たんですし」
「ほう、ではどうするんだい?」
「それは……」
そこで妖夢はまた考え込んだ。
その様子に、霖之助は内心驚きと、嬉しさを感じていた。
妖夢も少しは成長したのかもしれない。
喜ばしくもあり、少しだけ寂しいような……不思議な気分だ。
「う~ん……」
「とりあえず、思いついたのから言ってみるといい。
僕に出来ることなら、手伝ってあげるよ」
悩む妖夢に声をかける。
単純に興味本位だったのだが、彼女はまるで天啓を受けたかのように表情を輝かせた。
「そうですか?
じゃあ、ひとつお願いがあるんですけど……」
「あら、おいしい」
「これはチェリーブロッサムと言ってね。
外の世界のカクテルなんだ。
チェリーブロッサムとは即ちさくらのことで……」
霖之助はシェーカーを振りながら、幽々子に説明していた。
そう言えば、随分前だが本を参考にカクテル作りにハマっていたとき、妖夢に一度呑ませたことがある。
彼女はそれを覚えていたのだろう。
香霖堂の内装は、シックな風景に改装されていた。
バーをイメージしているらしい。
設置と後片付けの両方を妖夢がやることを条件に、霖之助は幽々子のもてなしの手伝いをすることになった。
材料費は冥界のお嬢様が出してくれるようだし、たまには違った趣向も悪くない。
「なるほど、確かにさくらだわ」
「お気に召したかい?」
「ええ。とっても。
これを妖夢が?」
「ああ。どうやら君に褒めてもらいたいらしくてね。
随分頑張ってさくらを探していたよ」
「あらあら、そうなの」
文句を言っていたことは……あえて言わないでおく。
さすがにそこまで野暮ではない。
「それで、このアイデアはあなたが妖夢に教えてあげたのかしら?」
「僕がしたのはヒントをあげたことくらいさ。
それと、さくらに関連する酒を用意することかな」
「あら、お酒はお任せなのね」
「まあね。
そして料理は……」
霖之助の言葉に応えるかのように、キッチンから足音が近づいてきた。
「お待たせしました~」
両手にお盆を抱えた妖夢の服装は、いわゆるメイド服というやつだ。
紅魔館のメイド長が着ているものに似ているが、背丈が違うので妖夢に合ったものを霖之助が仕立て直した。
普段慣れない服なので転ばないかと心配だったが……さすが剣士というか、足運びに迷いがない。
「カクテルに合う料理……です。
と言っても、初めて作る料理ばかりですから、お味のほうはお気に召すか……」
「大丈夫よ。妖夢が私のために作ってくれたんですもの」
そう言って、幽々子は霖之助と妖夢を見比べた。
こうやって並んでいると、なかなか様になっている。
「今夜はふたりの初めての共同作業かしら」
「いいや、僕はあくまで裏方だからね。
妖夢がメインだよ」
「ふぇ?
で、でもでも、私ひとりじゃ……」
慌てる妖夢に、幽々子は微笑みを浮かべる。
「まだまだ料理もお酒もたくさん出てくるのかしら?」
「はい、もちろんです!」
「そう、じゃあある程度並べ終わったらみんなで一緒に楽しみましょうね」
「え? でも、今日は幽々子様を……」
「妖夢、せっかくの好意だ。
素直に受けるといい」
「……はい!」
そう言って、妖夢は嬉しそうにキッチンに向かった。
次の料理を取りに行ったのだろう。
妖夢が選んだのは、さくらに関係するお酒を……頬がさくら色になるまで、楽しんでもらうこと。
周りの人間も一緒なら、より一層楽しめる。
つまりはまあ、そう言うことだろう。
幽々子の反応を見るに、どうやら正解のようだ。
「妖夢は最後に、あなたのところに来たのね」
「……ああ」
妖夢の背中を見送って、幽々子が口を開いた。
「だとすると、あなたに褒めてもらいたかったのかしら。
自分でさくらを見つけて」
「僕にかい? いや……」
「うふふ、照れてる?」
「……そんなことはない」
仏頂面で応える霖之助に、やはり幽々子は笑顔だった。
彼は知らないはずだ。
妖夢は出かける前に、誰かに手伝って貰っていいですか? と尋ねたことを。
つまり最初から誰かのところに行くつもりで……。
「季節外れのさくらを私より先に楽しみたかったのかしら。
うふふ、妬けちゃうわね」
「何を言っているんだ、君は」
「ん~ん。なんでもないわよ。
……ねえ、霖之助さん」
幽々子はじっと、霖之助の瞳を見つめた。
酒のせいか……熱く、潤んだ瞳。
「あの子のこと好き?」
「……少なくとも嫌いではないよ。
成長していく姿を見ると、楽しくもあり……寂しくもあるね」
「あらあら、ダメよ~。その役割はわたしのなんだから。
……妖夢は娘みたいなものだから」
幽々子はそっと、グラスを傾ける。
チェリーブロッサムは飲み口は甘いが強い酒だ。
……もっとも、一杯や二杯でどうにかなる人物でもないだろうが……。
「私は、亡霊だから」
つい本心を話してしまうには、十分かもしれない。
「ねえ、霖之助さん」
亡霊は温かい。
しかしいくら温かくても……命の温かさではない。
新しい物を作り出すことは出来ない。
だから。
「いつか私に、孫を抱かせてくれるかしら……」