暇つぶしの答え
リクエストの輝霖。
しかし五つの難題を聞いて護式・斬冠刀が思い浮かんでしまうから困る。
霖之助 輝夜
「愛されるより愛したいわー」
輝夜の呟きに、霖之助は読んでいた本から顔を上げた。
月の都の姫君は、つまらなそうに商品を物色している。
いつだったか、兎の従者と一緒に店にやってきてから、たまにこうやって暇つぶしに訪れるようになっていた。
着物を着ているため動きにくそうに見えるのだが、予想に反して彼女の動きは軽快である。
……ひょっとしたら、少しだけ浮いているのかもしれない。
「なるほど。
姫と言っても、守られるばかりでもいられないということかい?
最近はそういうのが流行っているらしいね」
「ん~、なんか違う気もするけど……。
まあ面倒だからそれでいいわ」
輝夜は商品棚から白い悪魔の模型を取り出すと、四方から調べ始めた。
確かあれも月で開発されたと聞くが……。
「最近退屈なのよ。
前みたいに、人が押し寄せて来たら、暇も紛れるでしょうけど」
目立っちゃうしね……と、輝夜はため息を吐く。
「それはそうだろうね。
なんと言っても君たちは語り継がれるほどの大物語だったわけだし。
さぞかし賑やかだったんだろう」
「当事者はあまり笑えた状況でもなかったんだけど。
こっちも、向こうも」
確かに、竹取物語でかぐや姫に求婚した男たちは皆悲惨な目にあっている。
当の姫も、月の使者のことを考えるとあまり暢気に構えているわけにも行かなかったのだろう。
だからこそ、すべての誘いを断ったのだ……とも取れる。
「幻想郷にいる限り、大丈夫だとは思うんだけど。
だからと言ってあんまり目立つようなことは、永琳がさせてくれないし」
「そうか。
大変なんだな、姫という身も」
「そうなのよー」
そう言えば一度、月都万象展を開催していたことを思い出した。
あれも一応、細心の注意を払ってのことだったのだろう。
「だからこうやって仕方なく暇を持て余しているわけ。
なにか面白いことない?」
「面白いこと、か」
ふむ、と考える。
何を以て面白いとするか、まずはそこからだ。
「僕としては、月の姫が香霖堂にいること自体、面白い事態だと思うんだが」
「だって家にいてもやることないんだもん。
別にどこにいってもいいんだけど。
ここって鈴仙の巡回ルートだからいろいろと楽なのよね」
確かに薬師の手伝いをしている彼女は定期的にここに来るようになっているが……。
あくまで仕事で来ているわけであって、姫のお守りをするためではないと思う。
「アルバイトでもしたらどうだい」
「させてくれるの?
一度やってみたかったのよね、店員さん」
「そうだな。もしアルバイトを雇ったら、是非やって貰いたいことがあるね。
暇を潰したいなんていうお客の無茶に応えるのも、最近は店のメニューらしい」
「あら、それじゃ私には無理ね。
困るより困らせたい側だもの」
きっぱりと言い切った。
……従者の苦労が忍ばれる。
「そうだ。竹取物語と言えば、見て貰いたいものがある」
「なに? 面白いの?」
「まあ、面白いかどうかはわからないけどね……」
そう言って、霖之助はいくつかの包みを取り出し、カウンターの上に並べる。
「かぐや姫と言えば五つの難題だ。
実はそれを、いくつか手に入れてね」
「なんだそんなこと。
どうせ偽物よ」
「偽物……ね。
確かに、そうかもしれない。
だがまずはこれを見て欲しい」
カウンターの上に現れた物体。
輝夜はそれを見て……首を傾げた。
「……なにこれ」
「見てわからないかな?
これが仏の御石の鉢、という代物だよ」
「どう見てもただの欠けた茶碗にしか見えないんだけど」
大きな猫……虎だろうか? の絵が描かれた茶碗は、少し端が欠けていた。
随分古いもののようだ。
しかし大事にされてきたのだろう。
「ふむ、さすがだな。
実は新しく出来た寺の仏様がね、うっかり割ってしまったお気に入りの茶碗なんだ。
ちょっと頼まれてね、いま修復中なのさ」
数日前、晩飯時にナズーリンがものすごい勢いで香霖堂にやってきた。
主が落ち込んでるから助けてくれと言うから何事かと思ったのだが……。
「……まあ、確かに仏の御鉢ではあるけど。
でも茶碗よね、これ」
「うん、僕もそう思うよ」
霖之助は星印のうっかり茶碗を大事にしまうと、次の道具を取り出した。
「じゃあこれはどうかな」
じっと見る輝夜。
……繋がりが、よくわからない。
「花瓶が欲しいなんて言った覚えないんだけど」
「違うよ、見て欲しいのは花の方さ」
「花? 花ね……」
花瓶ばかりに目が行って、中身に目が行っていなかった。
しかし、そう言われても。
「どこをどう見ても、普通の秋桜よねこれ」
「花自体はそうだね。
しかしこれは君のところの従者が摘んできた花なんだよ」
永遠亭の従者、つまり優曇華である。
「彼女の花、つまりは」
「……優曇華の花?
さすがに少し苦しくないかしら」
「まあ、それはさておき」
次の包みを開く霖之助。
ふたりして中を覗き込む。
「貝ね」
「貝だね」
海の物だろうか。
幻想郷では見ない形だった。
「で、燕が生んだのかしら?」
「いいや、先日ミスティアの屋台で食べた味噌汁の具でね。
紫にもらったはまぐりを……」
「最初から違うじゃないの、もう!」
輝夜は畳んであった布を手に取り、霖之助に投げつけた。
彼は苦笑しながら、当たる前に受け取る。
「ゴミは、ゴミ箱に!」
「わかっているよ。
でもこれはゴミじゃなく、貝合わせ用にちゃんと綺麗にだね」
言ってみるが、輝夜は聞いていないようだ。
仕方なく、霖之助は次の包みを取り出す。
「じゃあ火鼠の裘はどうだい?
火に入れても燃えない、正真正銘の火鼠の裘だ。
だたし俗称は、だけどね」
最近よく外の世界から流れ着くようになった。
危険だから、とほとんど紫が回収していくのだが……。
「これは外の世界で石綿……アスベストと呼ばれていたものさ。
奇跡の鉱物なんて言われていたらしい。
火鼠の裘もこれだったのではないかと言う話だが……。
もっとも、後世の人間が竹取物語にあやかってつけた名前かもしれないけどね」
「でしょうね。
私が求めたのは『火鼠』の裘だもの。
こんな石じゃないわ」
きっぱりと輝夜は言い切った。
どうあっても認めないらしい。
「やれやれ、手厳しいことだ」
「それで、次は?」
輝夜は楽しそうに目を輝かせる。
竹取物語の難題は五題だ。
そのうち四つは、今見せた。
「残念ながら、龍の首の珠はまだ入荷していなくてね。
これで打ち止めだよ」
「なーんだ」
輝夜はあからさまに肩を落とした。
……だが、その表情は明るい。
「少しは暇を潰せたかい?」
「ちょっとはね。
貴方の無茶苦茶な話も面白かったし。
でもさすがにこじつけ過ぎね」
「努力しよう」
そう言って、霖之助は笑みをこぼす。
偽物なのは最初からわかっていたことだ。
……彼女が言ったとおり。
「ふと思ったんだが」
「なに?」
霖之助は、かねてから疑問に思っていたことを尋ねてみることにした。
「君の望んだものは、本当に存在するんだろうか?」
「あら、ちゃんとあるわよ。
無い物を要求するなんて意地の悪いことはさすがにやらないわ」
輝夜はあくまでも優雅に笑う。
しかし霖之助は、首を振った。
「じゃあ、こう聞こう。
君の望んだものは、地上に存在するんだろうか?」
その言葉に、輝夜は何も応えなかった。
「どうしてそう思うの?」
ややあって、輝夜は首を傾げる。
「ひょっとしたら、と思っただけさ。
理由はいろいろあるのだが……」
そもそも五つの難題は、結婚を避けるために出したものである。
ならば、結婚を避けなければならなかった理由は何か。
「君の出した五つの難題の答えは、
本当は月にあるんじゃないかってね」
だとすると、輝夜と結婚するための条件とは何か。
月の住民か……そうでなければ、月の秘宝を奪い、生還出来る地上の者。
月との戦争に生き残れる者。
しかし輝夜は、やはり質問には答えなかった。
代わりに、霖之助に疑問を投げかける。
「自分より早く死ぬとわかっている相手を、愛せると思うかしら?」
「……どうだろうね。
その答えは……僕も探しているところさ」
首を振る。
それきり何も答えない。
「まあ、暇つぶしならいつでも来ると言い。
月の道具を持ってきてくれるのなら、さらに歓迎するがね」
やがて気を取り直すように、霖之助はいつもの調子で言う。
「さらにって、今まで歓迎されたことあったかしら」
「ひどい言い草だね。
君のようにたまに商品を買っていってくれるお客は大事にしているよ」
「そう。
じゃあもっと大事にするといいわ」
言って、輝夜は時計を見た。
そろそろ鈴仙が来る時間だろうか。
「……そういえば、さっきの答えだけど」
「うん?」
彼女は花瓶の花を手に取り、にこやかに微笑んだ。
「私も探してみようかしら。
貴方と、一緒に」
しかし五つの難題を聞いて護式・斬冠刀が思い浮かんでしまうから困る。
霖之助 輝夜
「愛されるより愛したいわー」
輝夜の呟きに、霖之助は読んでいた本から顔を上げた。
月の都の姫君は、つまらなそうに商品を物色している。
いつだったか、兎の従者と一緒に店にやってきてから、たまにこうやって暇つぶしに訪れるようになっていた。
着物を着ているため動きにくそうに見えるのだが、予想に反して彼女の動きは軽快である。
……ひょっとしたら、少しだけ浮いているのかもしれない。
「なるほど。
姫と言っても、守られるばかりでもいられないということかい?
最近はそういうのが流行っているらしいね」
「ん~、なんか違う気もするけど……。
まあ面倒だからそれでいいわ」
輝夜は商品棚から白い悪魔の模型を取り出すと、四方から調べ始めた。
確かあれも月で開発されたと聞くが……。
「最近退屈なのよ。
前みたいに、人が押し寄せて来たら、暇も紛れるでしょうけど」
目立っちゃうしね……と、輝夜はため息を吐く。
「それはそうだろうね。
なんと言っても君たちは語り継がれるほどの大物語だったわけだし。
さぞかし賑やかだったんだろう」
「当事者はあまり笑えた状況でもなかったんだけど。
こっちも、向こうも」
確かに、竹取物語でかぐや姫に求婚した男たちは皆悲惨な目にあっている。
当の姫も、月の使者のことを考えるとあまり暢気に構えているわけにも行かなかったのだろう。
だからこそ、すべての誘いを断ったのだ……とも取れる。
「幻想郷にいる限り、大丈夫だとは思うんだけど。
だからと言ってあんまり目立つようなことは、永琳がさせてくれないし」
「そうか。
大変なんだな、姫という身も」
「そうなのよー」
そう言えば一度、月都万象展を開催していたことを思い出した。
あれも一応、細心の注意を払ってのことだったのだろう。
「だからこうやって仕方なく暇を持て余しているわけ。
なにか面白いことない?」
「面白いこと、か」
ふむ、と考える。
何を以て面白いとするか、まずはそこからだ。
「僕としては、月の姫が香霖堂にいること自体、面白い事態だと思うんだが」
「だって家にいてもやることないんだもん。
別にどこにいってもいいんだけど。
ここって鈴仙の巡回ルートだからいろいろと楽なのよね」
確かに薬師の手伝いをしている彼女は定期的にここに来るようになっているが……。
あくまで仕事で来ているわけであって、姫のお守りをするためではないと思う。
「アルバイトでもしたらどうだい」
「させてくれるの?
一度やってみたかったのよね、店員さん」
「そうだな。もしアルバイトを雇ったら、是非やって貰いたいことがあるね。
暇を潰したいなんていうお客の無茶に応えるのも、最近は店のメニューらしい」
「あら、それじゃ私には無理ね。
困るより困らせたい側だもの」
きっぱりと言い切った。
……従者の苦労が忍ばれる。
「そうだ。竹取物語と言えば、見て貰いたいものがある」
「なに? 面白いの?」
「まあ、面白いかどうかはわからないけどね……」
そう言って、霖之助はいくつかの包みを取り出し、カウンターの上に並べる。
「かぐや姫と言えば五つの難題だ。
実はそれを、いくつか手に入れてね」
「なんだそんなこと。
どうせ偽物よ」
「偽物……ね。
確かに、そうかもしれない。
だがまずはこれを見て欲しい」
カウンターの上に現れた物体。
輝夜はそれを見て……首を傾げた。
「……なにこれ」
「見てわからないかな?
これが仏の御石の鉢、という代物だよ」
「どう見てもただの欠けた茶碗にしか見えないんだけど」
大きな猫……虎だろうか? の絵が描かれた茶碗は、少し端が欠けていた。
随分古いもののようだ。
しかし大事にされてきたのだろう。
「ふむ、さすがだな。
実は新しく出来た寺の仏様がね、うっかり割ってしまったお気に入りの茶碗なんだ。
ちょっと頼まれてね、いま修復中なのさ」
数日前、晩飯時にナズーリンがものすごい勢いで香霖堂にやってきた。
主が落ち込んでるから助けてくれと言うから何事かと思ったのだが……。
「……まあ、確かに仏の御鉢ではあるけど。
でも茶碗よね、これ」
「うん、僕もそう思うよ」
霖之助は星印のうっかり茶碗を大事にしまうと、次の道具を取り出した。
「じゃあこれはどうかな」
じっと見る輝夜。
……繋がりが、よくわからない。
「花瓶が欲しいなんて言った覚えないんだけど」
「違うよ、見て欲しいのは花の方さ」
「花? 花ね……」
花瓶ばかりに目が行って、中身に目が行っていなかった。
しかし、そう言われても。
「どこをどう見ても、普通の秋桜よねこれ」
「花自体はそうだね。
しかしこれは君のところの従者が摘んできた花なんだよ」
永遠亭の従者、つまり優曇華である。
「彼女の花、つまりは」
「……優曇華の花?
さすがに少し苦しくないかしら」
「まあ、それはさておき」
次の包みを開く霖之助。
ふたりして中を覗き込む。
「貝ね」
「貝だね」
海の物だろうか。
幻想郷では見ない形だった。
「で、燕が生んだのかしら?」
「いいや、先日ミスティアの屋台で食べた味噌汁の具でね。
紫にもらったはまぐりを……」
「最初から違うじゃないの、もう!」
輝夜は畳んであった布を手に取り、霖之助に投げつけた。
彼は苦笑しながら、当たる前に受け取る。
「ゴミは、ゴミ箱に!」
「わかっているよ。
でもこれはゴミじゃなく、貝合わせ用にちゃんと綺麗にだね」
言ってみるが、輝夜は聞いていないようだ。
仕方なく、霖之助は次の包みを取り出す。
「じゃあ火鼠の裘はどうだい?
火に入れても燃えない、正真正銘の火鼠の裘だ。
だたし俗称は、だけどね」
最近よく外の世界から流れ着くようになった。
危険だから、とほとんど紫が回収していくのだが……。
「これは外の世界で石綿……アスベストと呼ばれていたものさ。
奇跡の鉱物なんて言われていたらしい。
火鼠の裘もこれだったのではないかと言う話だが……。
もっとも、後世の人間が竹取物語にあやかってつけた名前かもしれないけどね」
「でしょうね。
私が求めたのは『火鼠』の裘だもの。
こんな石じゃないわ」
きっぱりと輝夜は言い切った。
どうあっても認めないらしい。
「やれやれ、手厳しいことだ」
「それで、次は?」
輝夜は楽しそうに目を輝かせる。
竹取物語の難題は五題だ。
そのうち四つは、今見せた。
「残念ながら、龍の首の珠はまだ入荷していなくてね。
これで打ち止めだよ」
「なーんだ」
輝夜はあからさまに肩を落とした。
……だが、その表情は明るい。
「少しは暇を潰せたかい?」
「ちょっとはね。
貴方の無茶苦茶な話も面白かったし。
でもさすがにこじつけ過ぎね」
「努力しよう」
そう言って、霖之助は笑みをこぼす。
偽物なのは最初からわかっていたことだ。
……彼女が言ったとおり。
「ふと思ったんだが」
「なに?」
霖之助は、かねてから疑問に思っていたことを尋ねてみることにした。
「君の望んだものは、本当に存在するんだろうか?」
「あら、ちゃんとあるわよ。
無い物を要求するなんて意地の悪いことはさすがにやらないわ」
輝夜はあくまでも優雅に笑う。
しかし霖之助は、首を振った。
「じゃあ、こう聞こう。
君の望んだものは、地上に存在するんだろうか?」
その言葉に、輝夜は何も応えなかった。
「どうしてそう思うの?」
ややあって、輝夜は首を傾げる。
「ひょっとしたら、と思っただけさ。
理由はいろいろあるのだが……」
そもそも五つの難題は、結婚を避けるために出したものである。
ならば、結婚を避けなければならなかった理由は何か。
「君の出した五つの難題の答えは、
本当は月にあるんじゃないかってね」
だとすると、輝夜と結婚するための条件とは何か。
月の住民か……そうでなければ、月の秘宝を奪い、生還出来る地上の者。
月との戦争に生き残れる者。
しかし輝夜は、やはり質問には答えなかった。
代わりに、霖之助に疑問を投げかける。
「自分より早く死ぬとわかっている相手を、愛せると思うかしら?」
「……どうだろうね。
その答えは……僕も探しているところさ」
首を振る。
それきり何も答えない。
「まあ、暇つぶしならいつでも来ると言い。
月の道具を持ってきてくれるのなら、さらに歓迎するがね」
やがて気を取り直すように、霖之助はいつもの調子で言う。
「さらにって、今まで歓迎されたことあったかしら」
「ひどい言い草だね。
君のようにたまに商品を買っていってくれるお客は大事にしているよ」
「そう。
じゃあもっと大事にするといいわ」
言って、輝夜は時計を見た。
そろそろ鈴仙が来る時間だろうか。
「……そういえば、さっきの答えだけど」
「うん?」
彼女は花瓶の花を手に取り、にこやかに微笑んだ。
「私も探してみようかしら。
貴方と、一緒に」