厄神の距離
『ココアな関係』の続きかもしれない。
雛は巨乳だと思います。
そして胸の髪で隠れている部分は素肌が見えてると思います。
霖之助 雛
「錆びてるわね」
「ああ、錆びてるね」
雛はただ単純に感想を漏らす。
しかしなにやら霖之助は自信たっぷりな顔。
たいていこう言うとき、彼は何か企んでいるのだ。
自分ではきっといいアイデアだと思っているのだろう。
顔を見ればわかる。
……雛にとっては、嫌な予感でしかないけれど。
「いつの時代のものかしら」
「そこまで長くは経ってないみたいだね」
雛は目の前にある足踏み式のミシンをじっくりと見つめた。
店先に置いてあるということは拾ってきたのは最近のことなのだろう。
アンティークのものなのか、品物自体は立派なものだ。
ところどころ錆びていることを除けば。
「……それで、私に何をしろというの?」
「うん? ああ、さっきも言ったとおり」
さっき聞いたからこそ聞き返しているのだが、彼には伝わらなかったらしい。
……どうしてわかってくれないのか。
何となく、ため息を吐いた。
「この錆を取って欲しいんだよ」
「私が?」
「ああ。君にしかできないんだ」
雛はミシンから霖之助へと視線を移す。
時間があったら店まで来て欲しいと頼まれたのが先週のこと。
少し前のことで雛が香霖堂まで行くのを嫌がってるかと思っていたのだが……。
そうでもないようなので、なぜか少し嬉しくなった。
何があるのかと少し期待して、やって来てみればこの通りである。
――またいじけて厄玉でもばらまいてあげようかしら。
雛は霖之助をじっと見つめる。
彼女の危険な思考に気付かず、彼は少し首を傾げた。
諦めて、視線をミシンに戻す。
「錆びてるわね」
「ああ、錆びてるね」
同じ言葉を繰り返す。
面倒だが、こうしてても仕方がない。
「錆取りなら河童にでも頼んだらどうかしら?」
「いや、そうもいかないんだよ」
雛の質問に、霖之助の目が輝き出す。
きっと聞かれるのを待っていたに違いない。
もったいぶるのは彼の悪い癖だ。
……だから、端的に説明してもらうのを待っていたのに。
無駄な望みだというのもわかってはいるのだが。
「見ての通り、このミシンは長らく使われた様子がない。
もちろんそれには理由があるのだろうが、ここで重要なのはもっと別のことだ。
そう、錆びてること自体が重要なんだ」
霖之助の言葉にだんだん熱がこもってきた。
雛は適当に頷きつつ、ミシンに手を触れてみる。
……瞬間、すべてが理解できた。
「身から出た錆という言葉がある。
この錆は文字通りの錆ではなく、つまり厄だ。
錆は寂に通じる。そんなものを店内に持ち込むわけにかいかないからね。
だからこそわざわざ山から君に来て貰ったわけだよ。
僕が思うに……」
「ねぇ、森近さん」
霖之助の言葉を遮って、雛は笑顔を浮かべた。
「身から出た錆、って言ったわよね」
「ああ。概念的なものだけどね。
基本的に使うのは生物相手であり、そして生物が錆びることは……」
少しだけ、霖之助の目が揺れていることに雛は気付いていた。
一歩。
雛は霖之助に近寄る。
「その身に当たること……。
このミシンが使われなかった原因。
私、すごく重要なことだと思うのだけど」
つい、と霖之助は視線を逸らす。
隠し通せるとでも思っていたのだろうか。
彼はなんというか、たまに子どもっぽいところがある。
そのあたりはまあ、可愛いと思うのだけど。
「…………」
「その、だな」
無言でもう一歩、雛は歩みを進めた。
「このミシン、つまり曰く付きなものなのね。
……もう、またこんなの拾ってきて。
ほどほどにしなさいって言ったでしょ」
「いや、それがだね。
これに憑いていた霊は何でも有名な職人らしくて、上手く厄を払えれば……」
「……森近さん?」
既にお互いの距離はゼロにまで近づいていた。
ふたりの胸が触れ合い、すぐ近くからじっと雛は見上げる。
もちろん、あくまでも笑顔で。
彼が説明しようとしなかったのは、きっとこうなることを予想していたからなのだろう。
そしてばれた以上、どうなるかもわかっているはずだ。
「ねぇ。私、どうしたらいいかしら?」
「できれば厄だけ……」
「……なに? 少し、聞こえないのだけど」
なんという往生際の悪さだろう。
そしてこういう人々を導くために雛たち神が居るのだ。
決して楽しんでいるわけではない。
義務である。神がそう決めたのだから間違いない。
「こういう危険な道具はどうしたらいいかしら?」
雛は笑顔のまま、霖之助に密着した状態で懐から厄玉を取り出した。
「……実用的な商品にするため、厄を綺麗に払ってもらうとしようかな」
言って……厄神様の方が余計危険だよ、と霖之助は肩を竦める。
実にひどい話だ。
こんなに心配しているというのに。
結局、錆取りまで香霖堂でやることになった。
単に雛の家まで持ってこなかったのは大きさと重さのせいなのだろう。
雛もゴム手袋をつけ、ミシンを磨く。
霖之助に手渡された外の世界の錆取り液というのは実に効果覿面だった。
みるみるうちに綺麗になるそれをみていると、なんだか楽しくなってくる。
「ああ、そこの面はやらなくていいよ。
別の液体で磨くからね」
「この辺は塗り直すのかしら?」
「そうなるだろうね。
何かいい色があったら言ってくれて構わないよ」
言いながらも、霖之助はてきぱきと手を動かしていく。
「ずいぶん手慣れてるのね」
「外の世界の道具はまともな状態がすべてというわけではないからね。
なんとかしてるうち、何とかなっていたよ」
その言葉に、雛は笑みを浮かべた。
相変わらず、彼は嘘が下手だ。
一緒にやっているからわかる。
これほどになるまで、どれだけ努力を重ねてきたか。
どれほどの時間を費やしてきたか……。
「……まあ、こんなものか。
あとはしっかり乾くのを待ってから、かな」
「ふ~ん。そっか、こうやって直すのね」
見違えるほど綺麗になったミシンを前に、雛は満足げに頷いた。
「結構楽しかったかもしれないわ」
「ああ、そうだろう。
道具は人の手で輝かせてこそだからね」
まさか雛が手伝うとは思っていなかった霖之助だったが、僥倖だった。
人手は多い方が単純にプラスであるし、彼女の力のせいか邪魔が入ることもない。
「それで、このミシンはどうするの?」
「そうだね……せっかく普通の道具になったんだ。
自分で使ってもいいし商品にしてもいいし、河童に複製を頼んでもいいな」
現在進行形で夢が広がっていくのを感じていた。
当初の予定こそ違えど、これはこれで悪くない。
「君にも何かお礼をしないといけないね」
「そう? そうね……」
雛はミシンに視線を向けた。
自分が修復に関わったこのミシンで作られた服は、どんなに素晴らしいものになるだろうか。
想像するだけで、心が躍る。
「服を一着、作って貰えるかしら」
「ほう。ちょうどいい注文だね。
おやすいご用さ」
頷く霖之助に、雛は言葉を付け加えた。
「白い……真っ白なドレスがいいわ」
雛は巨乳だと思います。
そして胸の髪で隠れている部分は素肌が見えてると思います。
霖之助 雛
「錆びてるわね」
「ああ、錆びてるね」
雛はただ単純に感想を漏らす。
しかしなにやら霖之助は自信たっぷりな顔。
たいていこう言うとき、彼は何か企んでいるのだ。
自分ではきっといいアイデアだと思っているのだろう。
顔を見ればわかる。
……雛にとっては、嫌な予感でしかないけれど。
「いつの時代のものかしら」
「そこまで長くは経ってないみたいだね」
雛は目の前にある足踏み式のミシンをじっくりと見つめた。
店先に置いてあるということは拾ってきたのは最近のことなのだろう。
アンティークのものなのか、品物自体は立派なものだ。
ところどころ錆びていることを除けば。
「……それで、私に何をしろというの?」
「うん? ああ、さっきも言ったとおり」
さっき聞いたからこそ聞き返しているのだが、彼には伝わらなかったらしい。
……どうしてわかってくれないのか。
何となく、ため息を吐いた。
「この錆を取って欲しいんだよ」
「私が?」
「ああ。君にしかできないんだ」
雛はミシンから霖之助へと視線を移す。
時間があったら店まで来て欲しいと頼まれたのが先週のこと。
少し前のことで雛が香霖堂まで行くのを嫌がってるかと思っていたのだが……。
そうでもないようなので、なぜか少し嬉しくなった。
何があるのかと少し期待して、やって来てみればこの通りである。
――またいじけて厄玉でもばらまいてあげようかしら。
雛は霖之助をじっと見つめる。
彼女の危険な思考に気付かず、彼は少し首を傾げた。
諦めて、視線をミシンに戻す。
「錆びてるわね」
「ああ、錆びてるね」
同じ言葉を繰り返す。
面倒だが、こうしてても仕方がない。
「錆取りなら河童にでも頼んだらどうかしら?」
「いや、そうもいかないんだよ」
雛の質問に、霖之助の目が輝き出す。
きっと聞かれるのを待っていたに違いない。
もったいぶるのは彼の悪い癖だ。
……だから、端的に説明してもらうのを待っていたのに。
無駄な望みだというのもわかってはいるのだが。
「見ての通り、このミシンは長らく使われた様子がない。
もちろんそれには理由があるのだろうが、ここで重要なのはもっと別のことだ。
そう、錆びてること自体が重要なんだ」
霖之助の言葉にだんだん熱がこもってきた。
雛は適当に頷きつつ、ミシンに手を触れてみる。
……瞬間、すべてが理解できた。
「身から出た錆という言葉がある。
この錆は文字通りの錆ではなく、つまり厄だ。
錆は寂に通じる。そんなものを店内に持ち込むわけにかいかないからね。
だからこそわざわざ山から君に来て貰ったわけだよ。
僕が思うに……」
「ねぇ、森近さん」
霖之助の言葉を遮って、雛は笑顔を浮かべた。
「身から出た錆、って言ったわよね」
「ああ。概念的なものだけどね。
基本的に使うのは生物相手であり、そして生物が錆びることは……」
少しだけ、霖之助の目が揺れていることに雛は気付いていた。
一歩。
雛は霖之助に近寄る。
「その身に当たること……。
このミシンが使われなかった原因。
私、すごく重要なことだと思うのだけど」
つい、と霖之助は視線を逸らす。
隠し通せるとでも思っていたのだろうか。
彼はなんというか、たまに子どもっぽいところがある。
そのあたりはまあ、可愛いと思うのだけど。
「…………」
「その、だな」
無言でもう一歩、雛は歩みを進めた。
「このミシン、つまり曰く付きなものなのね。
……もう、またこんなの拾ってきて。
ほどほどにしなさいって言ったでしょ」
「いや、それがだね。
これに憑いていた霊は何でも有名な職人らしくて、上手く厄を払えれば……」
「……森近さん?」
既にお互いの距離はゼロにまで近づいていた。
ふたりの胸が触れ合い、すぐ近くからじっと雛は見上げる。
もちろん、あくまでも笑顔で。
彼が説明しようとしなかったのは、きっとこうなることを予想していたからなのだろう。
そしてばれた以上、どうなるかもわかっているはずだ。
「ねぇ。私、どうしたらいいかしら?」
「できれば厄だけ……」
「……なに? 少し、聞こえないのだけど」
なんという往生際の悪さだろう。
そしてこういう人々を導くために雛たち神が居るのだ。
決して楽しんでいるわけではない。
義務である。神がそう決めたのだから間違いない。
「こういう危険な道具はどうしたらいいかしら?」
雛は笑顔のまま、霖之助に密着した状態で懐から厄玉を取り出した。
「……実用的な商品にするため、厄を綺麗に払ってもらうとしようかな」
言って……厄神様の方が余計危険だよ、と霖之助は肩を竦める。
実にひどい話だ。
こんなに心配しているというのに。
結局、錆取りまで香霖堂でやることになった。
単に雛の家まで持ってこなかったのは大きさと重さのせいなのだろう。
雛もゴム手袋をつけ、ミシンを磨く。
霖之助に手渡された外の世界の錆取り液というのは実に効果覿面だった。
みるみるうちに綺麗になるそれをみていると、なんだか楽しくなってくる。
「ああ、そこの面はやらなくていいよ。
別の液体で磨くからね」
「この辺は塗り直すのかしら?」
「そうなるだろうね。
何かいい色があったら言ってくれて構わないよ」
言いながらも、霖之助はてきぱきと手を動かしていく。
「ずいぶん手慣れてるのね」
「外の世界の道具はまともな状態がすべてというわけではないからね。
なんとかしてるうち、何とかなっていたよ」
その言葉に、雛は笑みを浮かべた。
相変わらず、彼は嘘が下手だ。
一緒にやっているからわかる。
これほどになるまで、どれだけ努力を重ねてきたか。
どれほどの時間を費やしてきたか……。
「……まあ、こんなものか。
あとはしっかり乾くのを待ってから、かな」
「ふ~ん。そっか、こうやって直すのね」
見違えるほど綺麗になったミシンを前に、雛は満足げに頷いた。
「結構楽しかったかもしれないわ」
「ああ、そうだろう。
道具は人の手で輝かせてこそだからね」
まさか雛が手伝うとは思っていなかった霖之助だったが、僥倖だった。
人手は多い方が単純にプラスであるし、彼女の力のせいか邪魔が入ることもない。
「それで、このミシンはどうするの?」
「そうだね……せっかく普通の道具になったんだ。
自分で使ってもいいし商品にしてもいいし、河童に複製を頼んでもいいな」
現在進行形で夢が広がっていくのを感じていた。
当初の予定こそ違えど、これはこれで悪くない。
「君にも何かお礼をしないといけないね」
「そう? そうね……」
雛はミシンに視線を向けた。
自分が修復に関わったこのミシンで作られた服は、どんなに素晴らしいものになるだろうか。
想像するだけで、心が躍る。
「服を一着、作って貰えるかしら」
「ほう。ちょうどいい注文だね。
おやすいご用さ」
頷く霖之助に、雛は言葉を付け加えた。
「白い……真っ白なドレスがいいわ」