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鬼神天狗

『夫婦杯』の続きかもしれないしそうでないかもしれない。
そして神様に教えて貰ったことは実行するべきだと思います。


霖之助 勇儀








「つまり豆は神器なんだよ」
「ふむ……?」


 彼女の言葉に、霖之助は腕を組んだ。

 物思いに耽りたいところだが、足場が悪くちゃんと見てないと転びそうになるので諦める。
 空はよく晴れていた。
 太陽はまだ高い位置にあったが、秋の訪れは幻想郷から昼の時間を奪っていく。
 うかうかしているとあっという間に真っ暗になるだろう。

 もっとも、夜になったところで妖怪に襲われる心配などないのだが。
 それに……。


「いやーそれにしても、絶好の山登り日和だねえ」


 今日は鬼も一緒なのだし。

 大きく伸びをする勇儀。
 彼女が持つ物を見て、霖之助は苦笑を浮かべた。


「歩きながらも酒かい?」
「だって呑まなきゃ損だろ?」
「確かに景色はいいけどね」


 天狗や河童たちが住む山は、景色によって様々な顔を見せる。
 紅葉には少し早い時期だが、祭りの前と言うべきか、どこか落ち着かない景色というのも楽しいものだった。
 まだまだ冬眠には遠い。
 収穫祭の時には、このあたりも盛り上がるのだろう。

 それはそれとして。


「豆を炒るということが儀式になるのかな」
「ん? さっきの話かい?」
「ああ。ただの豆が鬼に効く。
 その結果をもたらす方法がだね……」


 しかし霖之助の言葉に、勇儀は首を振った。

 鬼は炒った豆に弱い。
 その理由を霖之助は考えてみたので勇儀に披露したのだが、返ってきたのは最初の答えだった。


「いいや、炒った豆であると言うことが重要なんだよ。
 過程なんてどうでもいいのさ」
「……そうか、なるほど」


 霖之助は感心したように頷くと、懐から手帳を取り出しなにやら書き込む。

 文の文花帖を真似してみたのだが、その場で書いた考えと時間が経って考えたことの両方を並べられるのでなかなか面白い。


「つまり、節分があること……。
 鬼に豆が効く、と思われていること自体が重要なわけだ」
「そういうことだね」


 鰯の頭も信心から。
 つまり信仰である。

 鬼に効くという炒った豆を鬼退治の行事に使っているのだから、そのイメージは確固たるものだろう。
 信仰を纏った道具……。確かに神器と言えなくもない。

 ただ、豆が神器と言われると霧雨の剣が泣く気がして、なんとも微妙な気持ちになるのだった。


「鬼の豆がどうかしましたか?」


 突然声が降ってきたかと思うと、一陣の風が舞い降りた。
 瞬きの間に佇む影ひとつ。


「珍しい人がいますね」
「人じゃないけどね」
「人じゃないねぇ」
「そうですね」


 あっさり頷き、文はふたりの前に立ち止まる。
 まるで、通せんぼするかのように。


「そんなことはどうでもいいんです。
 どうしたんですか、おふたりで……。
 っていうか、知り合いだったんですね」
「ああ、まあね」
「偶然会ったんだよ」


 確かに知り合ったきっかけは偶然だったが。
 霖之助は苦笑を漏らすと、文に向き直る。


「こんなところには何もありませんから、早く帰った方がいいですよ」
「僕たちもこんなところには用はないさ。
 目的地は神社だからね」
「……天狗の住処ではなく?」
「行って欲しいのかい?」
「いいえ、滅相もない」


 文はものすごい勢いで首を振った。


「貴女が山に来るとみんな驚くんですよ。
 何かあったのかって」
「なにもしやしないのに、つれないねぇ」
「警備員じゃない私が真っ先にかり出されるのはどうしてなんでしょうねぇ、霖之助さん」
「……まあ、一番の顔見知りだからだろうね」


 鬼がいたころの山はどんな感じだったのだろうと、興味はある。
 文に聞いても、教えてくれないだろうが。


「顔見知り、ですか……。まあいいです。
 それで、何しに行くんですか?」
「ああ、そうそう」


 何故か不満そうな文に、勇儀は胸を張って応えた。
 背筋を伸ばした瞬間にその豊かな胸がゆさりと揺れ、霖之助は思わず視線を逸らしたのだが……。
 さらに文が不機嫌になったのは、どうしたことか。


「ああ、死んでみたいんだよ」
「は?」


 そして、そんな文も彼女の言葉に絶句する。


「君は言葉が足りないね。
 死ぬほど美味い酒を呑みたいってことだよ」
「……なるほど」


 霖之助の言葉に、彼女はなにやら納得したように頷いた。


「……それで、さっきの会話になるわけですか」
「ああ。神ならそういうの持ってるかと思ってさ」


 霖之助は勇儀に誘われ、はるばる妖怪の神社まで酒を探しに来たのだ。
 皆が美味いと思っている酒。

 もとの味は、この際たいした問題ではない。
 酒とは美味くなるものなのだ。
 特にこの幻想郷では。

 しかし、さっきの会話、と文は言ったが。
 彼女はいつから、会話を聞いていたのだろうか。


「本当に神社だけですよね?」
「心配症だねぇ」
「なんならついてくるかい?」
「……そうします」


 文は一瞬考え……頷いた。
 目の届かないところで暴れられるよりは、近くにいた方がいいと思ったのだろう。

 勇儀が苦笑とため息を漏らしたのに、霖之助は気付かなかった。









「酒ねぇ~。
 御神酒なんてどうだい?」
「美味いというか、堅苦しいよ、あれは」
「イメージが重要らしいですよ」
「とはいえビールかけのビールは美味いと聞いたんだが、かけただけでは美味くならなかったんだよ」
「もったいない。今度持ってくるといい、教えてやるよ。
 ま、それはそれとして……。」


 うーん、と悩む神奈子。
 腰掛けている賽銭箱には博麗神社と違って、たくさんの賽銭が入っているようだ。

 彼女は社を振り返り……なにやら白紙のノートに落書きをしているもう一柱の神に声をかける。


「諏訪子ー、何か知ってるー?」
「なにが?」
「だから美味しい酒よ」
「酒? 美味しいやつ?」


 ごろん、と仰向けになり、諏訪子は応えた。


「決まってるでしょ。
 恋人同士愛を語らいながら、君の瞳に乾☆杯!」
「いつの時代よ……」


 高々と掲げられた諏訪子の手を、神奈子は冷ややかに見つめる。
 彼女は口を尖らせ……そして霖之助と勇儀を見比べ、笑みを浮かべた。
 邪悪な笑みを。


「じゃあもうわかめ酒や芋酒でいいじゃん。きっと美味しいくいただけるよ、いろんな意味で」


 下品な笑い声を上げる諏訪子にため息を吐き、神奈子は社の扉をパタンと閉じた。
 隙間からまだ声が漏れてくるので、少し怖い。


「……さすが山の神は言うことが違うねぇ」
「いえ、感心されてもですね」


 なにやら感心する勇儀に、ため息を吐く文。
 なんとなく悪い予感がしたので、霖之助は勇儀にこっそりと耳打ちする。


「まさか試そうだなんて思ってないだろうね」
「うん? どうしたい?」


 勇儀に見つめ返され、霖之助は困ったように視線を逸らした。
 文あたりに見つかったらなにを書かれるかわかったものではない。


「ああそうだ、ひとつあったよ、ぴったりなやつが」


 声を上げた神奈子は、早速神社の中に引っ込んでいった。
 待つことしばし。

 すぐにラベルのない瓶を抱え、戻ってくる。


「いやね、この前天狗から貰った酒なんだけど。
 ちょうどいいから今呑もうじゃないか」
「あー」


 その言葉に、文は思い当たったように声を上げた。
 ばつが悪そうに顔を背ける。


「どんな酒だい?」
「外にいたとき何度か呑んだことがあるが……。
 ま、呑んだ方が早いよ」
「それもそうだね」


 いそいそと酒を呑む準備をする勇儀と神奈子。
 霖之助は気まずそうな表情の文に疑問を投げかけた。


「……なんの酒なんだい?」
「ほら、香霖堂で前私が買ったじゃないですか。
 山のみんなへのお土産にしたんですけど、いつの間にか回り回ってたみたいです」


 そういえば、そんなことがあった気がする。
 外の世界の酒なのだが、名前が気に入ったと文が冗談交じりに買っていったのだ。

 名前は確か……。


「鬼ころ……」
「からーい!」


 勇儀の絶叫が、山に木霊した。
 名前の所以は、鬼を殺せそうな辛口、らしい。

 もちろん死ぬわけはないだろうが……。


「……でもイケるよ、これ」
「お、やるねえ」


 現に勇儀は、早速飲み干している。


「妖怪の声がしたのでやって来ました!」


 ……都合の悪いことに、最近はしゃぎ気味の巫女もやってきた。
 山を信仰してない妖怪に喧嘩ばかり売るので、最近よく香霖堂が被害にあった妖怪のたまり場になっているのはどうにかしてほしい。


「霖之助さん」
「……なんだい?」
「私と一緒に逃げましょう」


 文の顔は真っ青だ。
 あの酒を買ったのが自分だとばれたら大変なことになる、と思っているのだろう。

 霖之助は苦笑を浮かべ……文の手を取り、勇儀に近寄っていく。


「鬼が死ぬほど美味い酒、天狗からの贈り物だそうだよ。
 まだ死にたいかい?」
「ん? 酒は百薬の長。
 私が酒で死ぬはずはないだろ。
 ほら、一緒に呑もうじゃないか」
「……だ、そうだ」


 肩を竦め、文に目配せ。
 ほっと安心した表情の彼女に、霖之助は盃を渡した。


 鬼と神と天狗。
 二日酔いで済めばいいが、と思いながら。

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「鬼の豆」を責めて指先一つでダウンさせる霖之助を想像した自分はもうダメだ
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