お弁当にたっぷりの
ミスティアには和服に割烹着がよく似合う。
そしてその背中はきっとあいている。羽根のために。
霖之助 ミスティア
栗、芋、きのこ。
秋の味覚が目白押しだった。
「どんどん食べてくださいね」
りんご、梨、柿、ぶどう、いちじく。
秋の甘味も目白押しだった。
「あ、霖之助さん。この煮物どうぞ。
これ、自信作なんですよ」
「いくらなんでも、そんなには食べられないよ」
ミスティアの笑顔に苦笑いで応えながら、霖之助は箸を取る。
時刻は夕暮れ。
秋の夜長の始まりだ。
開店前のミスティアの屋台で、霖之助は試作メニューの味見を行っていた。
人間と妖怪のハーフだからどちらの好みもわかるはず! とミスティアが話を持ちかけて来たのはもうかなり前のこと。
屋台の常連だった霖之助は、二つ返事で了解した。
新メニューという何とも魅惑的な響きを一番最初に味わえる特権に引かれたというのもあるし、単純に彼女の作る料理が好みだったというのもある。
食事があまり必要無い身といえど、食べるなら楽しみたい。
それにはやはり、新しいチャレンジが必要だった。
「ふーむ、これはもう少し濃い味付けの方がいいね。
こちらは少し香辛料をきかせた方がいい。
……そうだな、日本酒を呑む客に勧めるといいだろう。喜ばれるはずだ。
こちらは焼酎向けかな」
「なるほど~」
実際のところ、霖之助は人と妖怪の二種類などという器用な味覚は持ち合わせていない。
そもそも美味いものは種族関係なく美味いのだ。
むしろ彼は、きちんと味を分析して結論を出していた。
ミスティアとしても役に立つ意見さえ聞ければどちらでもよく、そんな関係がもうずっと続いている。
「霖之助さんに協力してもらってから、売り上げが少しずつ上がってるんですよ」
「そう言ってくれると嬉しいが……八目鰻がメインじゃなくていいのかい?」
「時季が少しはずれてますし、それに私としては焼き鳥が撲滅できればそれでいいですから」
「……ああ、がんばってくれ」
「はい、応援してくださいね」
そう言って微笑むミスティアの手元には、霖之助製の魔法の火炉。
火力を自由に調整でき、しかも安定・継続して熱を出せる優れものだ。
外の世界の道具にカセットコンロというものがあるが、山の神社で動いているところを見せてもらい、ひらめきを得て作成した。
……そもそもヒヒイロカネにする前のミニ八卦炉が、似たような用途で作ったような気もしたが……。
火炉が完成してから、そんなことを思い出した。
それはともかく。
「しかし、ずいぶん大量の秋の味覚だね」
「はい……。
実は、この前突然山の神様がお客にやってきて、食事の代金にって置いていったんです」
「山の神、か。
たくさんいるが……もちろん」
「はい。豊穣の……穣子様です」
ちらりとミスティアが振り返る。
視線の先には、まだまだ中身の入った籠が積まれていた。
「食事の支払いを食材でするか。変わってるね」
「……もしかしたら、と思うんですが」
ミスティアはう~ん、と首を傾げながら続けた。
彼女の羽根が、自信なさげにしおれている。
「ひょっとしてあの方は、秋の味覚を配りたかっただけなんじゃないかと……」
「いや、それで正解だと思うよ」
確信を持って頷く霖之助。
同意を得られた喜びか、ミスティアの羽根がパタパタと嬉しげに羽ばたいた。
「実はこの前、僕も山に登ってきたんだよ。
裏庭の野菜がよくできたんで、そのお礼にね」
「……そしたら?」
「帰りに山ほど、秋の野菜をもらったよ……。
野菜が出来たという報告に行ったのに野菜を渡されて、最初はなんなのかと思ったがね」
「なるほど……霖之助さんもだったんですか」
頷き、苦笑するふたり。
「実はそれがまだまだ残っててね。
到底ひとりで消化できる量でもないし。
かといってこのまま腐らせるのも……」
「もったいないオバケが出そうですねぇ」
オバケはともかく、食材を無駄にするのはやはりもったいないと思う。
ましてや上等な食材と来ればなおさらだ。
「何かいい考えはないものか……」
ふたりそろって首を捻る。
喋りながらも、料理の大半は無くなっていた。
やはり、味がいいのだ。
これを活かさない手はない。
「あ、じゃあこうしたらどうですか?」
ミスティアの提案に、霖之助は耳を傾けた。
「それで、お弁当屋ですか」
「ああ」
「そうなんですよー」
取材に来た文に、ミスティアは笑顔で応えた。
余ってるなら売ってしまおう。
簡単に言うとそういうことだ。
「料理も売れて名前も売れて、夜の屋台にお客が増えてくれれば万々歳です」
「元手はタダみたいなものだしね。
豊穣の神に話を通したら、秋の料理をメインにするなら協力してくれるそうだ」
「なるほど、秋限定ですか。
焼き鳥撲滅には私も賛成ですし、記事にさせてもらいますよ」
「ああ……うん。そうだな」
霖之助としては焼き鳥が無くなるのは困るのだが……。
とてもこのふたりの前ではそんな事言えそうにない。
そう言えば、もう長い間食べてない気もする。
「昼間は仕込みくらいしかやることがなかったのでちょうどいいです」
「妖精みたいに遊びほうけているかと思ってたんですが、意外ですね」
「今のご時世、養ってもらおうなんて考えじゃダメなんですよ。
むしろ養っていくくらいの心構えじゃないと。
相手が趣味人ならなおさらです」
「ええ、それは同感ですね」
「……何の話をしているか知らないが、それを記事にするのかい?」
「いいえ。それはそれ、これはこれです」
文は文花帖を取り出し、早速何かを書き込み始めた。
ややあって、困ったような声を上げる。
「これは純粋に疑問なんですが……本気でここで商売をするつもりですか?」
「最初のインタビューがそれかい?
まさか僕がここで店をやってる道具屋があることを知らないはずはないだろうね」
「だからこそ、なんですけど」
「……無理もないですけどね」
文の疑問に、ミスティアは苦笑を浮かべる。
弁当はこの香霖堂で販売することにしていた。
食材はあると言ってもそう何十食分も作るわけではない、
むしろ数を絞り、質を上げるというやや高級路線だった。
「てっきり里で売るものだと思ってたんですが。
ここまで来るのにお弁当が必要そうですよね」
「さすがにそこまで遠くはないが……」
文の言葉に、霖之助は釈然としない表情で応える。
横で笑うミスティアに、複雑なものを感じながら。
「行商も考えたんだが……涼しくなったとは言えまだまだ昼は暑いからね。
そんな中、長時間食品を運んだりは出来ないよ。
それに今回のターゲットは人間だけじゃないからね」
「というと?」
「妖怪の中には君みたいに幻想郷中を飛び回っている妖怪もいる。仕事でね」
「屋台のお客さんも、仕事帰りの方が多いですからね。
常連さんがたまに顔を出してくれれば、そんなに余ることはないと思います」
「なるほど、忙しいビジネスマンをターゲットにしているわけですね」
「そういうことなんですよー。
はい、文さん」
ミスティアに包みを手渡され、文は首を傾げた。
出来たてなのだろう、まだ暖かい。
「これは?」
「文さんもその中のひとりですから。初回なのでサービスにしておきますね」
「文々。新聞、次も楽しみにしておくよ」
「そう言われてはこちらも張り切らざるを得ませんね」
だけどまるで賄賂ですね、と文は冗談交じりに彼女は笑う。
「……だいたいの話はわかりました。
次の一面を期待しててくださいね」
「よろしくお願いします~」
「頼むよ、文」
去っていく文をふたりで見送りながら、霖之助は大きく息を吐いた。
一通りの仕込みは終了。
あとはまあ……実力勝負だろう。
もちろん弁当屋自体はミスティアの仕事なのだが、乗りかかった船だ。
出来ることは手伝うつもりだった。
……暇なときは、だが。
「じゃあ、ちょっと出かけてくるよ」
「道具を拾いにですか?」
「……埋葬しにだよ」
あくまでそう言い張る霖之助に苦笑するミスティア。
結果として道具を拾うことになるのだが、やはり建前は大事なのだろう。
彼女は台所にとって返すとひとつの包みをもって戻ってきた。
風呂敷に入っているのはお弁当。
売り物ではなく、もう少しシンプルな内容だ。
その代わり……他の以上に手が込んでいるのだが。
「はい、お弁当です」
「ああ、ありがとう」
「じゃあ、お風呂わかしておきますから」
勝手知ったる他人の家、というやつだ。
たまに呑みすぎた霖之助をミスティアが連れてきたこともあるし、
客に付き合って呑んだミスティアを介抱したこともある。
泊まったことも数知れず。
だからまあ、今更彼女が香霖堂の留守番をしてもなんら問題はないのだ。
「あ、ハンカチとちり紙あります?
そうそう、これ妖精回避用のお菓子です。
あとそれから……」
ミスティアに見送られるのも、出迎えられるのも、いつの間にか慣れていた。
……ひょっとしたら、これから毎日になるかもしれないが。
そんな霖之助の考えを知ってか知らずか、ミスティアは笑顔で手を振った。
「いってらっしゃい。晩ご飯までには帰ってきてくださいね」
そしてその背中はきっとあいている。羽根のために。
霖之助 ミスティア
栗、芋、きのこ。
秋の味覚が目白押しだった。
「どんどん食べてくださいね」
りんご、梨、柿、ぶどう、いちじく。
秋の甘味も目白押しだった。
「あ、霖之助さん。この煮物どうぞ。
これ、自信作なんですよ」
「いくらなんでも、そんなには食べられないよ」
ミスティアの笑顔に苦笑いで応えながら、霖之助は箸を取る。
時刻は夕暮れ。
秋の夜長の始まりだ。
開店前のミスティアの屋台で、霖之助は試作メニューの味見を行っていた。
人間と妖怪のハーフだからどちらの好みもわかるはず! とミスティアが話を持ちかけて来たのはもうかなり前のこと。
屋台の常連だった霖之助は、二つ返事で了解した。
新メニューという何とも魅惑的な響きを一番最初に味わえる特権に引かれたというのもあるし、単純に彼女の作る料理が好みだったというのもある。
食事があまり必要無い身といえど、食べるなら楽しみたい。
それにはやはり、新しいチャレンジが必要だった。
「ふーむ、これはもう少し濃い味付けの方がいいね。
こちらは少し香辛料をきかせた方がいい。
……そうだな、日本酒を呑む客に勧めるといいだろう。喜ばれるはずだ。
こちらは焼酎向けかな」
「なるほど~」
実際のところ、霖之助は人と妖怪の二種類などという器用な味覚は持ち合わせていない。
そもそも美味いものは種族関係なく美味いのだ。
むしろ彼は、きちんと味を分析して結論を出していた。
ミスティアとしても役に立つ意見さえ聞ければどちらでもよく、そんな関係がもうずっと続いている。
「霖之助さんに協力してもらってから、売り上げが少しずつ上がってるんですよ」
「そう言ってくれると嬉しいが……八目鰻がメインじゃなくていいのかい?」
「時季が少しはずれてますし、それに私としては焼き鳥が撲滅できればそれでいいですから」
「……ああ、がんばってくれ」
「はい、応援してくださいね」
そう言って微笑むミスティアの手元には、霖之助製の魔法の火炉。
火力を自由に調整でき、しかも安定・継続して熱を出せる優れものだ。
外の世界の道具にカセットコンロというものがあるが、山の神社で動いているところを見せてもらい、ひらめきを得て作成した。
……そもそもヒヒイロカネにする前のミニ八卦炉が、似たような用途で作ったような気もしたが……。
火炉が完成してから、そんなことを思い出した。
それはともかく。
「しかし、ずいぶん大量の秋の味覚だね」
「はい……。
実は、この前突然山の神様がお客にやってきて、食事の代金にって置いていったんです」
「山の神、か。
たくさんいるが……もちろん」
「はい。豊穣の……穣子様です」
ちらりとミスティアが振り返る。
視線の先には、まだまだ中身の入った籠が積まれていた。
「食事の支払いを食材でするか。変わってるね」
「……もしかしたら、と思うんですが」
ミスティアはう~ん、と首を傾げながら続けた。
彼女の羽根が、自信なさげにしおれている。
「ひょっとしてあの方は、秋の味覚を配りたかっただけなんじゃないかと……」
「いや、それで正解だと思うよ」
確信を持って頷く霖之助。
同意を得られた喜びか、ミスティアの羽根がパタパタと嬉しげに羽ばたいた。
「実はこの前、僕も山に登ってきたんだよ。
裏庭の野菜がよくできたんで、そのお礼にね」
「……そしたら?」
「帰りに山ほど、秋の野菜をもらったよ……。
野菜が出来たという報告に行ったのに野菜を渡されて、最初はなんなのかと思ったがね」
「なるほど……霖之助さんもだったんですか」
頷き、苦笑するふたり。
「実はそれがまだまだ残っててね。
到底ひとりで消化できる量でもないし。
かといってこのまま腐らせるのも……」
「もったいないオバケが出そうですねぇ」
オバケはともかく、食材を無駄にするのはやはりもったいないと思う。
ましてや上等な食材と来ればなおさらだ。
「何かいい考えはないものか……」
ふたりそろって首を捻る。
喋りながらも、料理の大半は無くなっていた。
やはり、味がいいのだ。
これを活かさない手はない。
「あ、じゃあこうしたらどうですか?」
ミスティアの提案に、霖之助は耳を傾けた。
「それで、お弁当屋ですか」
「ああ」
「そうなんですよー」
取材に来た文に、ミスティアは笑顔で応えた。
余ってるなら売ってしまおう。
簡単に言うとそういうことだ。
「料理も売れて名前も売れて、夜の屋台にお客が増えてくれれば万々歳です」
「元手はタダみたいなものだしね。
豊穣の神に話を通したら、秋の料理をメインにするなら協力してくれるそうだ」
「なるほど、秋限定ですか。
焼き鳥撲滅には私も賛成ですし、記事にさせてもらいますよ」
「ああ……うん。そうだな」
霖之助としては焼き鳥が無くなるのは困るのだが……。
とてもこのふたりの前ではそんな事言えそうにない。
そう言えば、もう長い間食べてない気もする。
「昼間は仕込みくらいしかやることがなかったのでちょうどいいです」
「妖精みたいに遊びほうけているかと思ってたんですが、意外ですね」
「今のご時世、養ってもらおうなんて考えじゃダメなんですよ。
むしろ養っていくくらいの心構えじゃないと。
相手が趣味人ならなおさらです」
「ええ、それは同感ですね」
「……何の話をしているか知らないが、それを記事にするのかい?」
「いいえ。それはそれ、これはこれです」
文は文花帖を取り出し、早速何かを書き込み始めた。
ややあって、困ったような声を上げる。
「これは純粋に疑問なんですが……本気でここで商売をするつもりですか?」
「最初のインタビューがそれかい?
まさか僕がここで店をやってる道具屋があることを知らないはずはないだろうね」
「だからこそ、なんですけど」
「……無理もないですけどね」
文の疑問に、ミスティアは苦笑を浮かべる。
弁当はこの香霖堂で販売することにしていた。
食材はあると言ってもそう何十食分も作るわけではない、
むしろ数を絞り、質を上げるというやや高級路線だった。
「てっきり里で売るものだと思ってたんですが。
ここまで来るのにお弁当が必要そうですよね」
「さすがにそこまで遠くはないが……」
文の言葉に、霖之助は釈然としない表情で応える。
横で笑うミスティアに、複雑なものを感じながら。
「行商も考えたんだが……涼しくなったとは言えまだまだ昼は暑いからね。
そんな中、長時間食品を運んだりは出来ないよ。
それに今回のターゲットは人間だけじゃないからね」
「というと?」
「妖怪の中には君みたいに幻想郷中を飛び回っている妖怪もいる。仕事でね」
「屋台のお客さんも、仕事帰りの方が多いですからね。
常連さんがたまに顔を出してくれれば、そんなに余ることはないと思います」
「なるほど、忙しいビジネスマンをターゲットにしているわけですね」
「そういうことなんですよー。
はい、文さん」
ミスティアに包みを手渡され、文は首を傾げた。
出来たてなのだろう、まだ暖かい。
「これは?」
「文さんもその中のひとりですから。初回なのでサービスにしておきますね」
「文々。新聞、次も楽しみにしておくよ」
「そう言われてはこちらも張り切らざるを得ませんね」
だけどまるで賄賂ですね、と文は冗談交じりに彼女は笑う。
「……だいたいの話はわかりました。
次の一面を期待しててくださいね」
「よろしくお願いします~」
「頼むよ、文」
去っていく文をふたりで見送りながら、霖之助は大きく息を吐いた。
一通りの仕込みは終了。
あとはまあ……実力勝負だろう。
もちろん弁当屋自体はミスティアの仕事なのだが、乗りかかった船だ。
出来ることは手伝うつもりだった。
……暇なときは、だが。
「じゃあ、ちょっと出かけてくるよ」
「道具を拾いにですか?」
「……埋葬しにだよ」
あくまでそう言い張る霖之助に苦笑するミスティア。
結果として道具を拾うことになるのだが、やはり建前は大事なのだろう。
彼女は台所にとって返すとひとつの包みをもって戻ってきた。
風呂敷に入っているのはお弁当。
売り物ではなく、もう少しシンプルな内容だ。
その代わり……他の以上に手が込んでいるのだが。
「はい、お弁当です」
「ああ、ありがとう」
「じゃあ、お風呂わかしておきますから」
勝手知ったる他人の家、というやつだ。
たまに呑みすぎた霖之助をミスティアが連れてきたこともあるし、
客に付き合って呑んだミスティアを介抱したこともある。
泊まったことも数知れず。
だからまあ、今更彼女が香霖堂の留守番をしてもなんら問題はないのだ。
「あ、ハンカチとちり紙あります?
そうそう、これ妖精回避用のお菓子です。
あとそれから……」
ミスティアに見送られるのも、出迎えられるのも、いつの間にか慣れていた。
……ひょっとしたら、これから毎日になるかもしれないが。
そんな霖之助の考えを知ってか知らずか、ミスティアは笑顔で手を振った。
「いってらっしゃい。晩ご飯までには帰ってきてくださいね」