例えばこんなレミリアEND
新年一発目ということでレミ霖をひとつ。
改名相談受付中だと思います。
霖之助 レミリア
類は友を呼ぶという言葉の意味を、霖之助は捉えかねていた。
代金を払わない巫女やお騒がせな妹分、営業時間の読めないメイドといった個性的な常連が集まるのは、決して霖之助が同類なわけではない。……と思いたい。
では何故真っ当な客や商売人の得意先が少ないのか。
類は友を呼ぶという言葉が正しいのであれば、幻想郷の大商人を目指すという霖之助と同じ志を持った人妖で店内が活気付いてもいいはずなのだが。
「そりゃまー、店主が営業時間中に本ばかり読んでるからだと思うわ」
「本ばかりじゃないよ、レミリア。きちんと商品を把握するために、道具の考察も欠かしたことがない」
「つまりはぼんやり考え事をしてるってことよね」
だったら今の客層が順当じゃないかしら、と吸血鬼は笑う。
なるほど彼女は顧客が店主の映し鏡だと言いたいらしい。
……確かにそれも一理あるが、だからといって寝そべって漫画本を読んでいる彼女に鏡だと言われたくはない。
「それはそうと店主、お茶が切れたわ」
「お客様、あいにく当店はセルフサービスとなっております」
霖之助は素知らぬ顔で首を振る。
しかしレミリアは彼の言葉が聞こえなかったように、言葉を続けた。
「今日はブレンドティーがいいわね。咲夜が持ってきた青い蓋のやつ。砂糖は多め、ミルクはいらないわ」
「……話を聞いているのかい、レミリア?」
「ちなみに疲れ目に効くらしいから、貴方も飲んでおきなさい。瞬きの回数が増えてるわよ」
「む」
彼女に言われ、霖之助は瞼を押さえた。確かに疲れている気がする。
あまり自覚していなかったが、レミリアは気がついていたらしい。
ちょうど霖之助のお茶も切れたところだ。ひとつ入れるのもふたつ入れるのも手間は変わらない。
霖之助は椅子から立ち上がると、ポットの横に置いてあるバスケットに手を伸ばした。
これはレミリアが香霖堂に入り浸るようになってから彼女のメイドが置いたものだ。
入れ方とレミリアの好みがわかりやすく記載してあるため、わりと重宝している。
「お待たせしました、お嬢様」
「ふん、悪くないわね」
わざとらしいほど恭しく礼をしながら、霖之助はレミリアの前にティーカップを置いた。
しかし彼女は少しも意に介さず、カップに口を付けて満足そうに頷くと、再びソファにころりと寝転がる。
うつぶせの姿勢で漫画本を広げている様は、かつて幻想郷を震撼させた吸血鬼だとはとても思えない。
「レミリア、行儀が悪いよ」
「別にいいじゃない。誰が見てるわけでもないし」
「僕がいるだろうに」
「店主はノーカンでしょ。この場合の『誰が』は、まったく関係の無い第三者のことを指すのよ」
「確かにそうかもしれないけど」
レミリアは豪華なドレス姿のままだが、今度は器用に寝返りを打ち、仰向けになった。
見た目ほど動きにくいというわけではないらしい。
思えばこの服のまま弾幕ごっこに興じているわけで、もしかしたら何かしらの魔法の品という可能性もある。
一度じっくり調べさせて欲しいものだ。
……そんな機会が訪れるとは思えないが。
「まったく、うちは漫画喫茶じゃないんだがね」
「じゃあ執事喫茶なんてどうかしら。きっと似合うわよ、執事服」
「僕は古道具屋の店主だよ」
「いいじゃない。誰も兼業できないなんて言ってないでしょう」
「……執事で店主か。初めて聞くな」
「つまり店主が最初の男になるのよ。夢が広がるわ」
そんな軽口を叩きながら、霖之助は漫画本を読みふけるレミリアを眺め、ため息をついた。
この光景もすっかり見慣れてしまった気がする。
きっかけは河童のバザーが開催された頃、彼女が天狗の漫画にハマったことだろうか。
天狗の漫画をあらかた読みあさってしまったレミリアは、外の世界の漫画に目を付けたのだ。
外の世界の書物といえば当然ここ、香霖堂である。
それまでもたまに買い物などに訪れる上客だったのだが、いつの間にかすっかり霖之助の読書仲間に変わってしまった。
……漫画専門のレミリアを、読書仲間と言っていいものか疑問は残るのだが。
「だいたい本を読むなら図書館に行けばいいじゃないか」
「やぁよ。パチェったら漫画嫌いなんだもの」
「だったら普通の本を読めばいいだろうに」
「試しにパチェが読んでた本を開いてみたら2秒で熟睡できたわ。すごい魔導書もあったものね」
「……素直に居眠りしていたといったらどうだい。なるほど、それで図書館を追い出されたわけか」
その有様が容易に想像できてしまい、思わず笑みを零す霖之助に。
レミリアは少し不機嫌な顔で、視線を強めて問い返す。
「なによ、ひょっとして私に帰って欲しいとか思ってるのかしらね、このぐうたら店主は」
「もしそうだとしたら、君はどうするつもりなのかな」
「そうね、とりあえずこの店で買い物する機会がすっかり減っちゃうかもしれないわ。もちろん、そんなことはないでしょうけど」
「……無論だよ。僕がそんなこと考えるはずないだろう」
「そうでしょう、そうでしょう」
満足げなレミリアに、霖之助はため息で返した。
悲しいことに上得意先には逆らえないのが商売人の常である。
とはいえ。
先ほどのお茶の一件のように意外と気が利くので、一緒にいて不満が出ることがないのはいい点だろう。
しかも来店のたびに何か買っていってくれるとなれば、わざわざ追い返す必要も無いわけで。
静かにしている分には構わない、と霖之助は彼女が店内に居座ることを許可していた。
ちなみにレミリアが寝そべっているソファも元々は売り物だったのだが。
レミリアが購入し、そのまま店内に置いてあるのである。
いわゆる彼女の特等席、というやつだ。
「それで店主、この本の続きは?」
「ないよ。そこにあるのが最新巻だ」
「えー。こんないいところで終わりだなんて、続きが気になるじゃないの」
「それについては全くの同感だが、大人しく入荷するのを待つしかないね」
「私は待つのは嫌いなの。待たせるのは構わないけど」
「寿命はいくらでもあるくせに、気の短い話だ」
霖之助が呆れた声を上げると、レミリアは拗ねたように唇を尖らせて見せた。
が、すぐに他の本に興味が移ったようだ。
それにしても、身の回りで起きた出来事が載っている新聞より空想の人物の物語の方が人気があるとは、何とも皮肉な話である。
……そのあたりについて、一度鴉天狗に尋ねたことがあるのだが。
よっぽど悩んでいたのか店内でマジ泣きされたので、それ以降この件には触れないようにしていた。
「しかし運命を操ることの出来る吸血鬼の口から、まさかそんな言葉が聞けるとはね」
「さすがの私でも、本の登場人物の運命までは視えないもの。だからこそ、純粋に楽しめるのだけど」
「なるほど」
言われてみればもっともな話だ。
霖之助の能力が本の中の道具にまで及ばないように。
彼女の能力もまた、同じなのだろう。
「ちなみに運命が視えるというのは、どんな気分なんだい?」
「んー、小指の先に赤い糸が見える感じかしら」
「随分メルヘンな能力だな」
「もちろんそれだけじゃないけど」
んー、と考えながら、彼女は首を傾げる。
「読む前にあらすじがわかっちゃう漫画ってところかしらね、一言で言うと」
「ふむ、あらすじか」
「今までどうしてきたのか、これからどうなるか、それから運命の相手までわかっちゃうんだもの。つまらないったらないわ。私は退屈が嫌いなのよ」
「……そこまでわかってしまうとは、恐ろしい能力だな」
「そうね……」
レミリアはそう言うと、本から視線を上げた。
それから霖之助の顔を眺め、ため息ひとつ。
「こんな嘘に簡単に騙される、店主の今後の方がよっぽど恐ろしいわ」
「……なんだと」
クスクスと笑いながら、彼女はカップに手を伸ばした。
紅茶の香りを楽しんだあと、余裕たっぷりに片目で霖之助をチラ見する。
「あら、怒っちゃった?」
「いいや、別に」
ぶっきらぼうに言い放つ霖之助を、しかしレミリアは楽しそうな表情で眺めていた。
「ねえ店主。店主って道具の名前や用途が見えない自分って想像したことある?」
「いや……この能力はすっかり生活の一部だからね。ないことなんて考えたことはないな」
「つまりはそういうこと。私にとってはこれが日常なの。能力を疎むより、利用した方が何倍も楽しいじゃない?」
「……そういうことか」
「ものは使いようよ、店主。こんな便利な能力、使わないのはもったいないでしょう」
「まあ、わからなくはないがね」
霖之助は頭をかきながら、苦笑いを浮かべて見せた。
そんな彼に、レミリアはソファーから立ち上がると、テーブルに肘をついて彼の顔を覗き込む。
「ところで店主は運命を信じるクチかしら」
「実はあんまり信じてないんだ。あやふやなものを信じるほど、暇な生活を送ってるわけじゃなくてね」
「神社のご利益は信じてるくせに?」
「そっちはあやふやなものじゃないよ。ちゃんとした神社で信仰し、直接神にお願いする時に限るが」
「それってご利益って言うのかしらね」
呆れ顔で肩を竦めるレミリア。
それから彼女は指をひとつ立て、まるで講義をする教師のように胸を張ってみせる。
「私の能力はともかく、運命なんて簡単に変えられるものなのよ」
「そうなのかい?」
「もちろん。さっきの話じゃないけど、例えば運命の相手がいたとして。
好かれる努力もなしに、相手が自分のことを好きになる確率ってどれくらいのものかしら」
「……確かに、かなり低いだろうね」
ふむ、と霖之助は頷いた。
一目惚れなどという言葉はあるものの……それらが全て運命の相手とは限らないわけで。
「もちろんこれは逆も同じことが言えるわ。相手のことを知ろうとしなければ、そこで終わり。
その相手と会うために着飾ったり気に入られようとするのは、自らの運命を操ろうとしているのと相違ないわね。
あとはその規模がどれくらいってだけの話でしかないの」
「そういうものかい?」
「そういうものよ」
そう言って笑う彼女は、少しだけ大人びて見えた。
なるほど伊達に500年も生きていないらしい。
「私が運命を操っていろんなものと引き合わせるのは簡単に出来るけど、そこから先は当人任せなことがほとんどなの。日本じゃエニシって呼ぶのかしら」
「もしかして、君は縁結びの神か何かかい?」
「あら、そう呼ばれるのも悪くないわ」
冗談めかして口を挟む霖之助に、レミリアは得意げに答えてみせる。
考えてみれば、運命なんて結果論でしかないのかもしれない。
……まあ運命の相手というのは、それこそ結ばれたあとに結果論として称することが多いわけで。
「もちろん、別に私が操るのは人との縁ばかりじゃないけどね。でもわかりやすかったでしょう?」
「確かに」
霖之助は感心した様子で頷き……ふと首を傾げた。
「もしかして君もそんな努力はしているのかい?」
「当たり前よ、私を誰だと思ってるの。他人に合わせようなんてこれっぽっちも思わないけど……まあ、よく会いに行くくらいはしてやってもいいかって思ってるわ」
「ほう、君がそんなことを考えているとは少し意外だね。レミリアも歴とした年頃の少女だと言うことかな」
霖之助としてはいつもの軽口のつもりだったのだが。
「たまにこの店主のニブさを呪ってやりたくなるわね……」
「うん?」
「なんでもないわよ、まったく」
レミリアは唇を尖らせ、何とも言えない表情を浮かべていた。
それから気を取り直すとひらひらと手を振り、紅い目で霖之助をじっと見つめた。
「まあ運命が変わる方法はいくらでもあるけど、もっと手っ取り早く効果をわかりたかったら名前を変えてみることね。それは店主もよくわかってるでしょ?」
「……驚いたな。そんなことまでわかるのかい?」
「私を誰だと思ってるの。当然よ」
自慢げに胸を叩くレミリアだが、実に彼女の言う通りだ。
霖之助の名は、この店を始める時に改名したものである。
と言っても名前は霧雨の親父さんに貰ったものなので、変えたのは名字なのだが。
……きっとこの運命を操る姓名判断師は、そこまでお見通しなのだろう。
そんな風に霖之助が内心驚いていると、じっとレミリアが見ていることに気がついた。
「ちなみに店主の名前、悪くないんだけど」
「……なんだい?」
「もう一度だけ改名をすると、全てが上手くいくようになると思うわ」
「それは君の運命視ってやつかな」
「ま、似たようなものね」
まるで確定事項、と言わんばかりに彼女は自信たっぷりだ。
そこまで言われて気にしないというのもまた、無理な話だろう。
「一応聞くが、どんなご利益があるのかな?」
「そうね。商売繁盛はもちろんのこと、使用人をいくらでも抱える屋敷に住むことが出来るくらいになるわね」
「それはすごいな」
「ついでに図書館もあって本も読み放題な生活が出来るでしょうね。お買い得よ」
「……うん?」
何故かレミリアは少しだけ、慌てたように早口になった。
それに顔が紅いように見えるのは、気のせいだろうか。
「まあ今の生活も気に入ってるんだが」
霖之助は考える素振りをしながらも、吸血鬼に視線を向ける。
興味が無いといえば、嘘になるわけで。
「一応聞いておこうかな、その名前ってやつを」
「あら、簡単よ」
そう言って、レミリアはにっこりと笑った。
回りくどい言い方は通用しないみたいだからね、と零しながら。
そっと霖之助の耳元に、唇を寄せる。
「貴方の名字は、スカーレットに変えるのが一番いいと思うわ」
改名相談受付中だと思います。
霖之助 レミリア
類は友を呼ぶという言葉の意味を、霖之助は捉えかねていた。
代金を払わない巫女やお騒がせな妹分、営業時間の読めないメイドといった個性的な常連が集まるのは、決して霖之助が同類なわけではない。……と思いたい。
では何故真っ当な客や商売人の得意先が少ないのか。
類は友を呼ぶという言葉が正しいのであれば、幻想郷の大商人を目指すという霖之助と同じ志を持った人妖で店内が活気付いてもいいはずなのだが。
「そりゃまー、店主が営業時間中に本ばかり読んでるからだと思うわ」
「本ばかりじゃないよ、レミリア。きちんと商品を把握するために、道具の考察も欠かしたことがない」
「つまりはぼんやり考え事をしてるってことよね」
だったら今の客層が順当じゃないかしら、と吸血鬼は笑う。
なるほど彼女は顧客が店主の映し鏡だと言いたいらしい。
……確かにそれも一理あるが、だからといって寝そべって漫画本を読んでいる彼女に鏡だと言われたくはない。
「それはそうと店主、お茶が切れたわ」
「お客様、あいにく当店はセルフサービスとなっております」
霖之助は素知らぬ顔で首を振る。
しかしレミリアは彼の言葉が聞こえなかったように、言葉を続けた。
「今日はブレンドティーがいいわね。咲夜が持ってきた青い蓋のやつ。砂糖は多め、ミルクはいらないわ」
「……話を聞いているのかい、レミリア?」
「ちなみに疲れ目に効くらしいから、貴方も飲んでおきなさい。瞬きの回数が増えてるわよ」
「む」
彼女に言われ、霖之助は瞼を押さえた。確かに疲れている気がする。
あまり自覚していなかったが、レミリアは気がついていたらしい。
ちょうど霖之助のお茶も切れたところだ。ひとつ入れるのもふたつ入れるのも手間は変わらない。
霖之助は椅子から立ち上がると、ポットの横に置いてあるバスケットに手を伸ばした。
これはレミリアが香霖堂に入り浸るようになってから彼女のメイドが置いたものだ。
入れ方とレミリアの好みがわかりやすく記載してあるため、わりと重宝している。
「お待たせしました、お嬢様」
「ふん、悪くないわね」
わざとらしいほど恭しく礼をしながら、霖之助はレミリアの前にティーカップを置いた。
しかし彼女は少しも意に介さず、カップに口を付けて満足そうに頷くと、再びソファにころりと寝転がる。
うつぶせの姿勢で漫画本を広げている様は、かつて幻想郷を震撼させた吸血鬼だとはとても思えない。
「レミリア、行儀が悪いよ」
「別にいいじゃない。誰が見てるわけでもないし」
「僕がいるだろうに」
「店主はノーカンでしょ。この場合の『誰が』は、まったく関係の無い第三者のことを指すのよ」
「確かにそうかもしれないけど」
レミリアは豪華なドレス姿のままだが、今度は器用に寝返りを打ち、仰向けになった。
見た目ほど動きにくいというわけではないらしい。
思えばこの服のまま弾幕ごっこに興じているわけで、もしかしたら何かしらの魔法の品という可能性もある。
一度じっくり調べさせて欲しいものだ。
……そんな機会が訪れるとは思えないが。
「まったく、うちは漫画喫茶じゃないんだがね」
「じゃあ執事喫茶なんてどうかしら。きっと似合うわよ、執事服」
「僕は古道具屋の店主だよ」
「いいじゃない。誰も兼業できないなんて言ってないでしょう」
「……執事で店主か。初めて聞くな」
「つまり店主が最初の男になるのよ。夢が広がるわ」
そんな軽口を叩きながら、霖之助は漫画本を読みふけるレミリアを眺め、ため息をついた。
この光景もすっかり見慣れてしまった気がする。
きっかけは河童のバザーが開催された頃、彼女が天狗の漫画にハマったことだろうか。
天狗の漫画をあらかた読みあさってしまったレミリアは、外の世界の漫画に目を付けたのだ。
外の世界の書物といえば当然ここ、香霖堂である。
それまでもたまに買い物などに訪れる上客だったのだが、いつの間にかすっかり霖之助の読書仲間に変わってしまった。
……漫画専門のレミリアを、読書仲間と言っていいものか疑問は残るのだが。
「だいたい本を読むなら図書館に行けばいいじゃないか」
「やぁよ。パチェったら漫画嫌いなんだもの」
「だったら普通の本を読めばいいだろうに」
「試しにパチェが読んでた本を開いてみたら2秒で熟睡できたわ。すごい魔導書もあったものね」
「……素直に居眠りしていたといったらどうだい。なるほど、それで図書館を追い出されたわけか」
その有様が容易に想像できてしまい、思わず笑みを零す霖之助に。
レミリアは少し不機嫌な顔で、視線を強めて問い返す。
「なによ、ひょっとして私に帰って欲しいとか思ってるのかしらね、このぐうたら店主は」
「もしそうだとしたら、君はどうするつもりなのかな」
「そうね、とりあえずこの店で買い物する機会がすっかり減っちゃうかもしれないわ。もちろん、そんなことはないでしょうけど」
「……無論だよ。僕がそんなこと考えるはずないだろう」
「そうでしょう、そうでしょう」
満足げなレミリアに、霖之助はため息で返した。
悲しいことに上得意先には逆らえないのが商売人の常である。
とはいえ。
先ほどのお茶の一件のように意外と気が利くので、一緒にいて不満が出ることがないのはいい点だろう。
しかも来店のたびに何か買っていってくれるとなれば、わざわざ追い返す必要も無いわけで。
静かにしている分には構わない、と霖之助は彼女が店内に居座ることを許可していた。
ちなみにレミリアが寝そべっているソファも元々は売り物だったのだが。
レミリアが購入し、そのまま店内に置いてあるのである。
いわゆる彼女の特等席、というやつだ。
「それで店主、この本の続きは?」
「ないよ。そこにあるのが最新巻だ」
「えー。こんないいところで終わりだなんて、続きが気になるじゃないの」
「それについては全くの同感だが、大人しく入荷するのを待つしかないね」
「私は待つのは嫌いなの。待たせるのは構わないけど」
「寿命はいくらでもあるくせに、気の短い話だ」
霖之助が呆れた声を上げると、レミリアは拗ねたように唇を尖らせて見せた。
が、すぐに他の本に興味が移ったようだ。
それにしても、身の回りで起きた出来事が載っている新聞より空想の人物の物語の方が人気があるとは、何とも皮肉な話である。
……そのあたりについて、一度鴉天狗に尋ねたことがあるのだが。
よっぽど悩んでいたのか店内でマジ泣きされたので、それ以降この件には触れないようにしていた。
「しかし運命を操ることの出来る吸血鬼の口から、まさかそんな言葉が聞けるとはね」
「さすがの私でも、本の登場人物の運命までは視えないもの。だからこそ、純粋に楽しめるのだけど」
「なるほど」
言われてみればもっともな話だ。
霖之助の能力が本の中の道具にまで及ばないように。
彼女の能力もまた、同じなのだろう。
「ちなみに運命が視えるというのは、どんな気分なんだい?」
「んー、小指の先に赤い糸が見える感じかしら」
「随分メルヘンな能力だな」
「もちろんそれだけじゃないけど」
んー、と考えながら、彼女は首を傾げる。
「読む前にあらすじがわかっちゃう漫画ってところかしらね、一言で言うと」
「ふむ、あらすじか」
「今までどうしてきたのか、これからどうなるか、それから運命の相手までわかっちゃうんだもの。つまらないったらないわ。私は退屈が嫌いなのよ」
「……そこまでわかってしまうとは、恐ろしい能力だな」
「そうね……」
レミリアはそう言うと、本から視線を上げた。
それから霖之助の顔を眺め、ため息ひとつ。
「こんな嘘に簡単に騙される、店主の今後の方がよっぽど恐ろしいわ」
「……なんだと」
クスクスと笑いながら、彼女はカップに手を伸ばした。
紅茶の香りを楽しんだあと、余裕たっぷりに片目で霖之助をチラ見する。
「あら、怒っちゃった?」
「いいや、別に」
ぶっきらぼうに言い放つ霖之助を、しかしレミリアは楽しそうな表情で眺めていた。
「ねえ店主。店主って道具の名前や用途が見えない自分って想像したことある?」
「いや……この能力はすっかり生活の一部だからね。ないことなんて考えたことはないな」
「つまりはそういうこと。私にとってはこれが日常なの。能力を疎むより、利用した方が何倍も楽しいじゃない?」
「……そういうことか」
「ものは使いようよ、店主。こんな便利な能力、使わないのはもったいないでしょう」
「まあ、わからなくはないがね」
霖之助は頭をかきながら、苦笑いを浮かべて見せた。
そんな彼に、レミリアはソファーから立ち上がると、テーブルに肘をついて彼の顔を覗き込む。
「ところで店主は運命を信じるクチかしら」
「実はあんまり信じてないんだ。あやふやなものを信じるほど、暇な生活を送ってるわけじゃなくてね」
「神社のご利益は信じてるくせに?」
「そっちはあやふやなものじゃないよ。ちゃんとした神社で信仰し、直接神にお願いする時に限るが」
「それってご利益って言うのかしらね」
呆れ顔で肩を竦めるレミリア。
それから彼女は指をひとつ立て、まるで講義をする教師のように胸を張ってみせる。
「私の能力はともかく、運命なんて簡単に変えられるものなのよ」
「そうなのかい?」
「もちろん。さっきの話じゃないけど、例えば運命の相手がいたとして。
好かれる努力もなしに、相手が自分のことを好きになる確率ってどれくらいのものかしら」
「……確かに、かなり低いだろうね」
ふむ、と霖之助は頷いた。
一目惚れなどという言葉はあるものの……それらが全て運命の相手とは限らないわけで。
「もちろんこれは逆も同じことが言えるわ。相手のことを知ろうとしなければ、そこで終わり。
その相手と会うために着飾ったり気に入られようとするのは、自らの運命を操ろうとしているのと相違ないわね。
あとはその規模がどれくらいってだけの話でしかないの」
「そういうものかい?」
「そういうものよ」
そう言って笑う彼女は、少しだけ大人びて見えた。
なるほど伊達に500年も生きていないらしい。
「私が運命を操っていろんなものと引き合わせるのは簡単に出来るけど、そこから先は当人任せなことがほとんどなの。日本じゃエニシって呼ぶのかしら」
「もしかして、君は縁結びの神か何かかい?」
「あら、そう呼ばれるのも悪くないわ」
冗談めかして口を挟む霖之助に、レミリアは得意げに答えてみせる。
考えてみれば、運命なんて結果論でしかないのかもしれない。
……まあ運命の相手というのは、それこそ結ばれたあとに結果論として称することが多いわけで。
「もちろん、別に私が操るのは人との縁ばかりじゃないけどね。でもわかりやすかったでしょう?」
「確かに」
霖之助は感心した様子で頷き……ふと首を傾げた。
「もしかして君もそんな努力はしているのかい?」
「当たり前よ、私を誰だと思ってるの。他人に合わせようなんてこれっぽっちも思わないけど……まあ、よく会いに行くくらいはしてやってもいいかって思ってるわ」
「ほう、君がそんなことを考えているとは少し意外だね。レミリアも歴とした年頃の少女だと言うことかな」
霖之助としてはいつもの軽口のつもりだったのだが。
「たまにこの店主のニブさを呪ってやりたくなるわね……」
「うん?」
「なんでもないわよ、まったく」
レミリアは唇を尖らせ、何とも言えない表情を浮かべていた。
それから気を取り直すとひらひらと手を振り、紅い目で霖之助をじっと見つめた。
「まあ運命が変わる方法はいくらでもあるけど、もっと手っ取り早く効果をわかりたかったら名前を変えてみることね。それは店主もよくわかってるでしょ?」
「……驚いたな。そんなことまでわかるのかい?」
「私を誰だと思ってるの。当然よ」
自慢げに胸を叩くレミリアだが、実に彼女の言う通りだ。
霖之助の名は、この店を始める時に改名したものである。
と言っても名前は霧雨の親父さんに貰ったものなので、変えたのは名字なのだが。
……きっとこの運命を操る姓名判断師は、そこまでお見通しなのだろう。
そんな風に霖之助が内心驚いていると、じっとレミリアが見ていることに気がついた。
「ちなみに店主の名前、悪くないんだけど」
「……なんだい?」
「もう一度だけ改名をすると、全てが上手くいくようになると思うわ」
「それは君の運命視ってやつかな」
「ま、似たようなものね」
まるで確定事項、と言わんばかりに彼女は自信たっぷりだ。
そこまで言われて気にしないというのもまた、無理な話だろう。
「一応聞くが、どんなご利益があるのかな?」
「そうね。商売繁盛はもちろんのこと、使用人をいくらでも抱える屋敷に住むことが出来るくらいになるわね」
「それはすごいな」
「ついでに図書館もあって本も読み放題な生活が出来るでしょうね。お買い得よ」
「……うん?」
何故かレミリアは少しだけ、慌てたように早口になった。
それに顔が紅いように見えるのは、気のせいだろうか。
「まあ今の生活も気に入ってるんだが」
霖之助は考える素振りをしながらも、吸血鬼に視線を向ける。
興味が無いといえば、嘘になるわけで。
「一応聞いておこうかな、その名前ってやつを」
「あら、簡単よ」
そう言って、レミリアはにっこりと笑った。
回りくどい言い方は通用しないみたいだからね、と零しながら。
そっと霖之助の耳元に、唇を寄せる。
「貴方の名字は、スカーレットに変えるのが一番いいと思うわ」
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No title
紅い糸ならぬ鎖でがんじがらめにしそうなレミ霖で、美味しゅうございました。
……霖之助はレミリアの最初の男になれるのか()
……霖之助はレミリアの最初の男になれるのか()
明けましておめでとうございます!
レミリアの自宅のような振る舞いにほっこりしました!
でもそんなアプローチに全く気づかない霖之助ェ…今年も少女達は肩を下げそうですw
「つまり店主が最初の男になるのよ。夢が広がるわ」
これはつまり、そう言うコトでいいんですよね?(酔った頭で)
レミリアの自宅のような振る舞いにほっこりしました!
でもそんなアプローチに全く気づかない霖之助ェ…今年も少女達は肩を下げそうですw
「つまり店主が最初の男になるのよ。夢が広がるわ」
これはつまり、そう言うコトでいいんですよね?(酔った頭で)
なるほどレミ霖か、フラ霖のどちらでもお買い得なのですね。しかしゴロゴロするお嬢様がかわいいですなぁー
No title
お嬢様、他人の瞬きの回数なんて普通は漫画読みながらじゃわかりませんよ!
それこそ実はチラチラ見てたとかでもない限りはね!
あと、もし『紅魔館に引き込む』のが絶対条件でないなら、
霖之助さん相手ならむしろ自分が改名する方が得策なんじゃないかと思いますよ!
それこそ実はチラチラ見てたとかでもない限りはね!
あと、もし『紅魔館に引き込む』のが絶対条件でないなら、
霖之助さん相手ならむしろ自分が改名する方が得策なんじゃないかと思いますよ!
No title
遅ればせながら明けましておめでとうございます。
良し……良し!
運命は自分で掴み取るものですよねー。おぜうさまマジカリスマ
霖之助・スカーレットか……うん、まあ愛の前には些細な問題ですよね!
ところでスカーレットってことはフランちゃんでもなんでもないです
良し……良し!
運命は自分で掴み取るものですよねー。おぜうさまマジカリスマ
霖之助・スカーレットか……うん、まあ愛の前には些細な問題ですよね!
ところでスカーレットってことはフランちゃんでもなんでもないです
No title
・・・おぜうさま、その名字だと妹に取られる可能性がありますぜ(笑)
レミリアが健気に努力しているのに気づかない朴念仁の霖之助は呪われても仕方ないですな。まぁそんな男に惚れた時点でレミリアの負けですからねwww
レミリアが健気に努力しているのに気づかない朴念仁の霖之助は呪われても仕方ないですな。まぁそんな男に惚れた時点でレミリアの負けですからねwww
No title
今回のENDは糖度控えめかな、と思いきや、最後に怒涛のラッシュが・・・
最後の一文でフランちゃんにもフラグが建ちました。ウ フ フ
最後の一文でフランちゃんにもフラグが建ちました。ウ フ フ
No title
そうだいい忘れてた、
マジ泣きする文ちゃん萌えwww
マジ泣きする文ちゃん萌えwww